*雪の日*  
 
 
 
雪である。  
一面の雪である。  
 
「ユカリ……雪だよ」  
「雪ですねえ、坊ちゃま」  
 
家の周りには屋根雪が落ち、そのままつもって高い白い壁を作っている。  
ダーヴァレイ家長男、ティム・ダーヴァレイはなかばあきれた様子で呟いた。  
雪の壁は、当年とって十歳になる彼の身長よりはるか高くそびえていた。  
金髪碧眼  
定型句であるこの言葉を体現している少年である。  
彼の父、ジョン・ダーヴァレイの髪は黒に近い茶色であるし、瞳の色もティムのような紺碧ではないことからも、  
全体に彼は母親似であるようだ。  
小さな瞳は透き通って蒼く、その上のまぶたは絵に描いたようにきれいな二重まぶたである。  
彼から推測するに、どうやら母親は相当に美人であったようだ。  
彼の母親は彼を産んですぐに死んだ。  
いつの世も、美人は薄命だと相場が決まっているのだろう。  
 
その隣で彼に応えた少女は、田村ゆかりという。  
歴とした日本人である。  
なぜ年端もいかぬ日本人の少女が英国でメイド――それも雑役女中――に身をやつしているか、  
訝しがる向きもあるだろうが、その事情についてはなかなか込み入ったものもあるので、できるだけ簡単に説明する。  
ゆかりは父親らと訪れたイギリスで、猛スピードの馬車にはねられ、記憶喪失になったのだった。  
このままでは日本に帰れないのだった。  
なんだか勢いのうちに、ゆかりは記憶を取り戻すまで、ダーヴァレイ家のメイドとして暮らすことになっているのだった。  
 
そのゆかりである。  
黒一色のワンピースに、反対色の白のエプロン、襟カラー、ヘアキャップ。  
白い綿のソックスに黒皮のシューズ。  
髪は東洋人特有ので艶やかな黒色で、そこに純白のヘアキャップが特に映えている。  
 
見事な白と黒のコントラストである。  
パンダかシマウマのようだ。  
褒め言葉になっていないかもしれないが。  
 
服装が黒と白に統一されているのには実務的な意味があり、なかなか洗濯できないワンピースは  
汚れの目立たない黒色であるべきだし、そうすることで白いエプロンの清潔感をより際だたせられる。  
また一般に、黒の衣料は丈夫にできている。これは衣料に限らずいろいろなものに当てはまる。  
黒という色は丈夫なのだ。  
簡単に言うとそれは、黒の色素というのは全ての色味を含んでいるという特性があるからだ。  
 
 
話がそれた。  
なにしろ雪である。  
雪は豊年の使いとは言うが、こうも多いとやはり辟易してしまう。  
色素の関係から言えば脆弱であるはずの白い雪だが――実際、個体ではひどく脆いが――  
雪は積もるものである。  
 
空から降りてくる時にはこれほど優雅で美しい物もないが、それがつもるとこれはもう  
ひどい。  
道は封鎖されるし人は転ぶし汽車は運転を見合わせるし屋根雪は雪崩のように落ちてくるし  
犬は喜び庭駆け回るしもう大変なのだ。  
 
 
「雪だるまでも作りますか、坊ちゃま」  
「――--…………」  
ティムは黙ったままで窓の外を見つめていた。  
その視線の先には無数の雪だるまが並んでいる。  
無数、というのは数え切れないほどの、という意味である。  
ゆかりは彼の言わんとすることがすぐにわかった。  
 
「さすがに、100体も作ると飽きますよね……」  
「まあ、ねえ」  
「私たちもよく100も作りましたよね」  
「一体あたり雪だま三つだから、ぜんぶで300個の雪だまをゴロゴロころがして作ったってことだもんねえ」  
「なんで途中でやめなかったんでしょうか」  
「ほんとにねえ。二人とも何かにつかれていたとしか思えないね」  
つかれていた、というのはこの場合「憑かれていた」のほうだろう。  
 
「今となっては……すごい光景ですね、これ」  
「というか……」  
 
怖い。  
 
しんしんと雪が降り積もるなか、ただ黙って虚空を見据え続ける100体の雪男たち。  
怖い。  
二人はただ黙って雪だるまたちを見ていた。  
 
無言の雪だるまたち100体を無言の2人が見つめている。  
炭をはめ込まれたその目はうつろで、物言わぬ口は奇妙につりあがってその笑顔はある種の不気味さをかもし出している。   
 
ずっとそんな風景を見ていると、だんだん、変な気分になってきた。  
 
「――…っっぁぁぁああああああーーーーーーーー!!!だめです、坊ちゃん!いくら雪がひどい  
 からといってこんなに家でじっとしていては、私、気が狂ってしまいそうです!」  
「……ユカリは体育会系だもんね。止めないから、ちょっとそのへん走ってきたら?」  
「ありがとうございます!そうします!!」  
 
言うや言わずや、ゆかりはそのままの格好で、雪降る空の下へ駆け出していった。  
扉を開ける。ちいさな階段が三段、それを一気に飛び降りた――――  
はずであった。  
しかし玄関の扉を開けると、そこにあったのは雪の壁である。  
ゆかりは思い切り雪の壁に飛び込んでしまった。  
冷たい。  
「……なに、これ」  
埋まっているままで、雪に呟いた。  
 
この時代、玄関の扉は大抵が内開きなので、外にどれだけ雪が積もろうが開くことは開く。  
が、開いたところで、そこにあるのはやはり雪であった。  
いつの間にこんなに積もっていたのであろう。  
何しろ今年の雪の量は異常である。昨日の夜に家の前の雪をきれいにどかしたおいたとしても、  
今日の朝には全く元通りになってしまうのだ。  
 
「坊ちゃまぁ……」  
「うん、おかえり」  
「雪が……」  
「うん、しってた」  
「止めてくださいよ、じゃあ」  
「ひゃくぶんはいっけんにしかず、っていうじゃない」  
ティムはユカリと話しながら、ひどく楽しそうな表情をしている。  
「……坊ちゃま」  
「なに?」  
「さては、私で遊んでますね?」  
「あ、わかった?」  
「わかった?じゃないでしょう」  
「いやー、こう雪が続つづくとさあ、ユカリであそびでもしないと気がくるっちゃいそうでさあっはっはっはっはっは」  
「あっはっはっはっは。じゃ、ないでしょうがぁあ」  
ゆかりは身を震わせて怒鳴った。  
震えるたびに体中についている雪がほろほろと落ちた。  
 
「坊ちゃま、寒いです」  
「そりゃ、雪にダイビングしたんだからとうぜんだって」  
「ううう……」  
ゆかりは両手で体を抱き、カチカチと奥歯を鳴らしている。  
「ああほら、石炭、ふやしてあげるから、だんろの前にきなよ」  
「す、すす、すいません」  
 
ぼんやりと燃える石炭の中に、黒々と冷たく光る新しい石炭を放り込む。  
じわ、じわと炎は広がりより大きな熱を生む。  
ゆかりはしばらくその様子を眺めていたが、服も体も乾くと、じきに飽きてきたらしく、  
「坊ちゃま、暇です」  
などと言い出した。  
 
「坊ちゃま、何かして遊びましょうよ」  
「……しごとしなよ」  
「イヤです」  
「そんな」  
「いえ、仕事は一通り終わってるんですよ。一応」  
更に続けた。  
「そんなこと言うなら坊ちゃま、宿題でもなさったらどうですか。たんまり出されているんでしょう?」  
「うん、そうだね、よし……なにして遊ぼうか」  
 
人はそれを逃避という。  
 
「そうですねえ、何しましょうか」  
ゆかりはてをあごに当て考え出した。  
なにしろこの長雪で、室内でできる遊びはほとんどと言って良いほどやってしまったのだ。  
スケッチブックは二人の落書きでいっぱいだし、  
トランプはゆかりがルールをなかなか覚えないので辟易したし、  
詩なんか詠めないし、  
刺繍なんてゆかりができるはずもないし、  
ティムが読めるような本はもともと数も少ないし、そらんじることができるほど読んでしまったし、  
古今東西なんかは遊びすぎて「お題になりそうなもの」というお題で遊ぶほどだった。  
 
「おにごっこ!」  
ティムが手をまっすぐあげて元気よく言った。  
しかしゆかりは怪訝な表情をしている。  
 
「家の中ですよ?」  
「でもさぁ、さいきん、運動してないじゃん」  
ティムはその質問がされることをすでに予想していたようで、表情を変えずにそのままの笑顔で答えた。  
「確かに、それはそうですけど……」  
「ユカリ、少し太ったんじゃない?」  
「え、な、突然、何をおっしゃるんですか。そんなこと……」  
「あるでしょう。ユカリ、クリスマスからこっち、ずっと食っちゃ寝してたじゃない」  
「う」  
「ほら」  
ティムはいきなり、ゆかりの横腹をつまんだ。  
指と指の間に柔らかい肉が挟まる。  
「きゃあっ!」  
 
「……何をなさるんですか!急に!」  
「ほら、こんなに肉が」  
そういうとティムは、先ほど横腹のあたりをつまんだままの形で、手を目の前にもってきた。  
親指と人差し指でCの形をつくっている。  
なるほどその隙間が3センチか5センチほどはあるだろうか。  
ティムはその隙間からゆかりの顔を覗き込んだ。  
顔を赤くして怒っている。  
 
「いいでしょう……そこまで言うなら、受けて立ちましょう……あとで泣いても、知りませんからね」  
「へっへへー、おデブのユカリになんかには、つかまんないよー、だ」  
ティムは調子に乗って手をひらひらとあげた。  
が、ゆかりはその挑発には反応しない。  
 
「……に……さん……」  
もう数をかぞえている。黙ってはいるが、目は三角につりあがり、胸を張り肩をいからせ、  
こころなしか髪の毛も逆立っている。  
「げっ!ユカリ!数えるなら数えるって言ってよ!ひ、ひきょうだよ!」  
「し……ご……ろく……」  
ティムの非難にも、ゆかりは身じろぎ一つせずにカウントを続けている。  
ティムは一目散に逃げ出した。  
「……くっそ!」  
おこらせすぎたかな。  
 
階段を駆け上がる。  
とりあえずゆかりの視界から消えなければ。  
自分の部屋の扉を勢いよく開ける。  
 
「はちぃ……きゅぅう……じゅう!」  
階下から10を数え終わった声が聞こえた。  
ティムは柱の陰に隠した身を、ぎゅっとこわばらせた。  
 
だん、だん、だんっ  
ゆかりは一段飛ばしで階段を駆け上がる。  
「太った」と言われたことがそんなに気に障ったのだろうか。  
「(気にしてたのかな……)」  
だとしたら悪いことを言った。  
一秒ごとに近付く足音にびくびくしながらも、ティムはいまさら少し後悔した。  
 
 
階段を上ると、ティムの部屋の扉が開け放しになっているのが見えた。  
「そぉーこぉーかぁー!」  
ゆかりは本物の鬼もかくや、といった様子でティムの部屋に飛び込んで行った。  
「ばかめ、ここに逃げ場はないぞ!」  
 
隠れていたティムはふと思った。  
「(……主人の子供に向かって『馬鹿め』っていうメイドってどれくらいいるんだろう……)」  
ゆかりは運動不足からくる欲求不満でいろいろと精神状態が良くないのだろう。きっと。  
 
「どぉーこぉーだぁー」  
ゆかり(鬼)はティムの部屋を素早く見渡す。  
しかし人影はなく、あるのはベッドと小さな本棚だけである。  
そのとき、背後から誰かが階段を下りる音が聞こえた。  
「何っ!?」  
ゆかりは、ぐりんと首を回して振り返った。部屋の扉は開けたままになっている。  
 
ティムは自分の部屋には入らなかった。  
扉だけ開けておいて、自分は階段を上ったところの陰に隠れていたのだ。  
開いた扉に気をとられたゆかりは、それに気付かず、ティムの真横を通り過ぎたことになる。  
「(あー!どきどきした!)」  
目の前でゆかりをやり過ごすと、ティムは逆に階段を駆け下りて行った。  
 
「……そぉーこぉーかぁー!」  
階上にゆかりの声が響いていた。  
「怖っ!」  
 
ティムが一階へと降り、リビングに入ると、二階で  
だんっ  
と大きな音がした。  
何の音だ  
と振り返る。  
そこで見たのはなまなかには信じがたい光景であった。  
 
まず、鈍い光沢のある黒のシューズと白いソックスをはいた足首が目に入った。  
続いて白い綿のドロワーズの裾。  
一見、綿の長ズボンだが、ドロワーズというのはれっきとした下着である。  
それが腰のあたりまで丸見えだ。  
スカートの裾とペチコートのフリルは完全に逆さをむいて、チューリップかバラの花のようにめくれ上がっている。  
 
一瞬のことであるが、随分と長い時間のように感じられる。  
人は予想だにしない事態に遭遇すると、脳が異常に高速回転して、自動的にそういった現象が起きる。  
「ユカリ」  
この女、かなりの高さがある階段を、一気に飛び降りてきやがった。  
 
ゆかりの目はしっかりと絨毯敷きの廊下を見据え、シューズが廊下に接地したかと思うと、  
しっかりひざを曲げて衝撃を吸収し、両手を着き、ちょうど陸上のクラウチングスタートのような体勢で着地した。  
慣性の法則で、しゃがんだゆかりの頭まで隠していたスカートは、ワンテンポ遅れてゆっくりと、あるべき位置に戻った。  
 
ゆかりがこちらを見た。  
黒い瞳が怪しく、ぎらぎらにきらめいている。  
目が合うと、 ニィッ と笑った。  
 
脱兎。  
「ユカリ!も、もっと恥じらいとかを持ったほうがいいと思うよ!」  
ティムはそう叫んだが、しかしユカリからの返事はない。  
恐ろしい気配だけが背後からひしひしと伝わってくる。  
火の燃えたぎる松明を間近に近づけられたように、背中の産毛が逆立つ――肌が粟立つ――  
ような感覚だ。  
 
ティムは四つんばいになってテーブルの下にもぐりこんだ。  
もう、必死である。  
小さな心臓も精一杯に収縮と拡張を繰り返し、体に酸素を送らんとしている。  
四つんばいで這って進み、いざテーブルを抜けようかとした時、  
「ばあ」  
上からゆかりの首が出てきた。髪は重力で逆立っている。  
 
「ぎゃあ!」  
一生懸命動いていた心臓が一瞬で止まりかけた。  
さっきまでうしろにいたはずなのに。  
恐らくまた一足飛びにテーブルの上に乗ったのだろう。  
ティムは驚いて立ち上がり、テーブルに頭をぶつけてしまった。  
痛い。  
痛いが逃げなければならない。  
 
ティムは体を反転させ、テーブルの下から這い出し、台所へと逃げ込んだ。  
「逃がさんっ!」  
後ろからゆかりの声が聞こえた。  
 
あれ、たしか前にもこんなことがあったような。  
逃げるだれか。追うゆかり。  
そうだ、コベントガーデンの泥棒騒ぎで。  
その時ゆかりは見事に犯人を追い詰めて――――  
 
ティムは犯人がその後どうなったのか思い出して泣きそうになった。  
したたかに投げられて、いきおいよく鼻血を噴いていたのだった。  
 
「(つかまってたまるか!)」  
おかしい、おにごっこはこんなに殺伐とした遊びじゃなかったはずなのに。  
ティムはとにもかくにも台所へと逃げ込んだ。  
 
――――隠れる?どこに!?  
戸棚?流し?テーブル!?  
 
「そぉー…こぉー…かぁー…」  
「(鬼!?)」  
だめだ、追いつかれてしまった。  
ゆかりは正に鬼のような形相だ。  
年端も行かない女性に、鬼、とは随分な形容だが、  
ティムにはすくなくともSnow White――白雪姫――には見えなかった。  
もう、逃げるしかない。  
 
にげ、に、にげなきゃ――――  
ばん  
裏口の扉を開ける。  
一気に外へ飛び出す。  
ゆかりもそれに続く――――  
 
もふっ。  
「……なにこれ」  
体中に予想外の感覚である。  
外は雪であった。  
否、正確に言うと雪の壁であった。  
そこに飛び込んだティムは、人の形を残して雪に埋まってしまった。  
「くらい!何!?つめたっ……!」  
すっかりパニックに陥ってしまった頭で、どうにかこうにか現状を把握しかけたところに  
 
ももふっ。  
ゆかりも飛び込んできた。  
 
ティムは雪の中でゆっくりと振り返った。  
ゆかりの顔が間近である。  
運動中の、熱い吐息が互いに鼻にかかる距離である。  
 
「わ……!ユカリ!」  
ゆかりは無言である。  
「ユ、ユカリ、なに、おこってる!?ごっ…ごめん!まさかそんなにおこるとは……!  
 ていうかユカリ、はくりょくありすぎだよ!おにごっこ、っていうのは『鬼』じゃなくてもっと『ごっこ』に  
 重点をおいて――――!」  
ティムがわめくのも意に介さない様子で、ゆかりは黙って手を伸ばしてきた。  
殴られる――!?  
 
「ご、ごめんよっ!ごめんなさい、ってば――!」  
なんとか防御すべく、眼前に伸ばしたティムの小さな手にゆかりの手が重ねられた。  
 
「――――……え」  
 
ティムがおそるおそるまぶたを持ち上げると、ゆかりは口を開いた。  
「坊ちゃま、なんですか、こんなところに飛び込んで!風邪でもひいたらどうするんですか!  
 ほら、手だってこんなに冷えてしまって……」  
ゆかりは心配そうに、ティムの手に重ねた手をこすり合わせて、暖めようとしている。  
鬼のように見えた形相も、すっかりいつものゆかりに戻り、よほど心配なのか眉がハの字になっている。  
ティムはあっけにとられたように呟いた。  
「あ……、うん、ごめん」  
「まったくもう、遊びにこんなに必死にならなくても良いじゃないですか!」  
だってユカリが怖かったんだもん。  
とは言わなかった。  
 
                         *  
 
ゆかりが淹れた熱い紅茶を飲み干すころには、服も乾いて体も温まっていた。  
暖炉さまさまである。  
 
「ふぅ……」  
とティムが一息ついていると、やおら  
「思い出しました!」  
と叫んで、ゆかりが立ち上がった。  
 
「え……なに、ニホンのこと?」  
説明すると、ゆかりは記憶喪失で、今は何とか日本のことを思い出そうと、いわばリハビリ中の身なのである。  
「ええ、そうです。坊ちゃん、カマクラ作りましょう。カマクラ!」  
「え、幕府?」  
「誰が源頼朝の話をしてますか。ていうか何で知ってるんですか。ていうかベッタベタですよね」  
 
「え、なにそのきびしいツッコミ……。いや、この前先生に習ったじゃん」  
「そうでしたっけ?」  
そうなのだ。二人の家庭教師であるマーロットは、ゆかりの記憶の回復の一助にでもなれば、  
と、どこからか日本に関係する本などをちょくちょく持ってくることがある。  
 
「まぁそれはそれとして、今言ってるのは違うカマクラなんですよ。こう、雪でできた家なんです。  
 坊ちゃん、今から作りましょう!」  
「えぇー…今からぁ?」  
今日はもう十分遊んだし、動いた。満足している。  
というか正直に言ってもう、疲れた。  
ティムはあからさまに嫌そうな顔を見せる。  
 
「人のことをデブ呼ばわりしたのは、どこのどなたでしたっけ……」  
「さぁ!よし!うん!早くつくろうよカマクラ!」  
「ありがとうございます!」  
ゆかりは仰々しく日本式のお辞儀をした。  
 
「くちはわざわいのもん、とはよく言ったもんだね……」  
「そうですねぇ、じゃ、行きましょうか!」  
「うん……」  
ティムは肩を落とし、まだまだ元気なゆかりの後をついていった。  
 
 
日が随分傾いてあたりが暗くなり始めたころ、カマクラは完成した。  
積もっている中でも特別固く積もった裏口のあたりの雪山に横穴を掘る簡単なやり方だが、  
雪を積み上げていくよりこっちの方が頑丈で大きなものができる。  
 
「できました!」  
「おおっ……これは……」  
「えへへ、ちょっとしたもん、でしょう?」  
ゆかりは自慢げに笑って、鼻の下をこすった。  
「うん、それに、あったかいねえ」  
「へっへー、これはですねぇ、雪に多く含まれる空気の粒が、断熱材の役割をして外気を  
遮断してくれるんですよ。知ってました?」  
そう言ってゆかりは、自信満々に胸を張った。  
「ふぅん……いや、しらなかったよ。どうしたのユカリ、まるで、頭がいい人みたいじゃない」  
「え、ちょっと、坊ちゃま」  
 
ゆかりが情けない声を出していると、  
「たっだいまぁ――――!いや――、もう、雪がひどいから店も早仕舞いにしちゃったよ!  
 ティムー!ユカリちゃーん!どこ行ったー!?」  
ティムの父ジョン・ダーヴァレイが、どなりながら帰ってきた。  
「あ、旦那様だ!こっち、こっちでーす」  
「こっち?こっちは外じゃあ……おおすごい!何これ!?……カマクラ?ふーん……  
 わ!暖かいなこの中!」  
「ふふーん、すごいでしょう。パパ、これはねえ、雪に多くふくまれる(中略)ってわけさ!」  
「ちょっと、坊ちゃま」  
「おお、すごいなティム。お前まるで頭が良いみたいに見えたぞ」  
「え、ちょっと、パパ」  
似たもの親子であった。  
 
 
その日、カマクラの中に石炭を持ち込んで、夕飯はそこで作った。  
三人も入るとかなり狭苦しかったが、それでもジョンなどは体をちぢこめて収まっていた。  
石炭の燃える赤色の光がカマクラ中に反射して、異様に美しかった。  
ただ焼いただけのパンや、目玉焼きなどを、ティムもジョンもうまいうまいと言って食べた。  
ジョンは魚を焼いてワインも飲んだ。  
「(何だか、懐かしい感じ――)」  
ゆかりはふとそう思った。  
「ユカリ、ほら、お芋もやけたよ!」  
ティムがそう言って愛らしい小さな手を伸ばしてきた。  
その手には串に刺さったほくほくの焼きジャガイモが握られている。  
「あ、ありがとうございます」  
ゆかりはそれに塩をふって食べた。  
おいしい。  
単純な幸せである。  
 
いつの間にか雪は止み、雲は晴れ、カマクラの屋根の上には、満天の星空である。  
三人はカマクラから出ると、しばらくそれを眺めた。  
 
今日もまた一つ、大切な思い出が増えた。  
 
そしてティムもゆかりも、ついでにジョンも、今日もぐっすりと眠った。  
寝る前に、閉じたまぶたに浮かんだのはやはり、今日の満天の星空だった。  
 
 
 
 
 
 
                         *雪の日・終わり*  
 
 

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