「百合さ〜ん? おーい、百合さーーーん」
杖を突きながら、館の中でメイドを探し回る主人。
メイドは主人に探されていることに敏感でないと勤まらない。
すぐさま主人のもとに参上するメイド、百合。
「はい、こちらに居ります。……それと旦那様、『さん』はおやめください」
「あ、居た居た。百合さん、温室の夜支度はもうしてくれました?」
「はい、霜が降りないよう、火鉢に炭を入れておきました。
朝日を浴びられるように、西の窓に白い布も張ってあります」
「わかりました。百合さん、いつもありがとう」
主人のお礼の声を聞き、一瞬はにかむ様な表情を見せる百合。
しかし百合はすぐさまその表情を打ち消すかのように引き締めると、
わざと冷たい口調で聞き返す。
「…旦那様」
「なに?」
「わたくしはメイドです」
「? そんなの知ってますよ?」
「メイドは主人の命令をきくのが仕事です。わたくしは命じられた仕事を
果たしているだけです。ですからいちいちお礼をおっしゃって頂く必要はありません」
すこし考え込む主人。
杖を置いて、椅子に座って百合の顔を見上げる。
「百合さん」
主人は微妙な角度にしか曲がらない膝を叩いて、言った。
「僕は足がこんなですから、温室の花たちの世話をしてやりたくても、できないです」
「……」
「花たちを世話してるとき、百合さんがとても楽しそうにしているのがわかるんです」
「そ、…それは…」
「僕はね、百合さん。大事な花たちが、楽しんで世話されてると思うと嬉しくなるんです。
そう考えるだけで、とても嬉しい気持ちになれるんです」
「ですから、百合さんには、とても感謝してるんですよ。
…メイドとか主人とかじゃなく、百合さん本人にです」
「だからお礼を言いたいんですよ。ダメですか?」
「……で、でしたら…か、構いません」
「百合さん」
「はい」
「いつもどうもありがとう」
主人はそう言って軽く頭を下げた。
蕩けそうな微笑み。
百合の瞳にはそう写った。優しそうな、春の日向のような暖かい微笑み。
その微笑を見ていると、体の中心の冷たい部分にじんわりと暖かい火が点るようだ。
「……し、失礼します」
そう言いながら、ばら色に染まった頬を隠すように百合は踵を返しそそくさと戸口へ向かう。
扉を閉めるときにも、顔を見られないよう深々とお辞儀をして。
火照った頬を冷たい廊下の空気で冷やしながら、早足で歩く百合の胸の中は高鳴っていた。
・・・・・・・メイドさんが照れたまま終わる。