「百合、クリスマスの準備はどう? 進んでる?」  
 蓮っ葉な笑みを浮かべながら幸恵が問いかける。  
 十二月も中旬。ここは屋敷の物干し台で、そう問いかけた幸恵は  
手すりに寄りかかりながら面白がるように百合の顔を見ている。  
 幸恵はこの屋敷の料理人である。ちょっときつい感じの美人で、  
結婚して三歳の子供がいるというのにいまだに人の色恋に興味津々の体である。  
 
「くりすます……ですか?」  
 生まれて初めて雀を見た子猫のような瞳で百合は幸恵に尋ねた。  
 
「そう。クリスマス。……百合、まさか知らないの?」  
 信じられない、というような顔をする幸恵。  
「いえ、存じ上げていますが……昔の外国の…でいうす様という方のお誕生日のことですよね?」  
 百合は洗濯物を干しながら怪訝そうな目で問いかける。  
「なんだ、知ってるんじゃない」  
 という幸恵に、百合は干す手を止めて小首をかしげながら尋ねる。  
「でも、旦那様も私も、でいうす様に帰依してはおりませんし……」  
 百合がそう言うと、幸恵は一瞬目を丸くしたあとで笑い出した。  
 くすくす、というような、それでも聞くものを不愉快にさせない笑い方で  
幸恵は笑っている。  
「やーね、百合って。……あのね、教えてあげるけど、都じゃあ最近はでいうす様なんてのは  
どうでもいいのよ。クリスマスは好きな男や惚れた女に贈り物をするっていう風習になってんの。  
ここ十年くらいはもうそんな感じのお祭りになっちゃってるんだから」  
「そ、そうなのですか……」  
「で、どうなのよ?」  
「な、ナニがですか?」  
 上ずった声で聞き返す百合。  
「ダンナ様」  
 幸恵はそれだけを口にする。  
「……!」  
「百合ってばさあ、最近、夜中に旦那様と逢引していらっしゃるようじゃああーりませんこと?」  
 瞬時に百合の白い肌が赤く染まる。耳まで赤く火照らせながら、必死に否定する。  
「ち、違います! あれは!旦那様が、ほ、翻訳の手伝いをして欲しいとおっしゃったので  
お、お手伝いさせていただいているだけで……な、なにもやましいことはありませんッ!」  
「ふーん」  
 ニヤニヤ笑いを浮かべながら、面白がる幸恵。  
「毎晩毎晩夜遅くまで、若くて健康な男女が二人っきりになってんのに『何もない』、ねえ?  
お熱い夜の勉強会とか――」  
「そ、そ、そんなこと、旦那様はなさいませんっ!」  
 ふるふる震えながら絶叫する百合。おとなしい百合にしては珍しい。  
「『百合さん。百合さんの手はとても柔らかいね』『ああっ、旦那様、いけません』  
『君のこの白百合のような肌にいつか触れたいと思っていたんだ。ああ百合さん』『旦那様っ』  
『百合さ――  
 
バカンッ  
 
 洗濯籠で頭を殴られてうずくまる幸恵。百合が振り回したせいで干し残っていた洗濯物が  
物干し台の上に散らばってしまっている。  
 
「いたたたたた・・・ひどいわねえ、ぶつことないじゃない」  
「ゆ、幸恵さんがとんでもないことをおっしゃるからです!」  
 真っ赤に上気したままの顔で百合はそう怒鳴る。  
「わ、わたくしはとにかく、旦那様にそういうお噂でも立ったら申し訳が立ちません!」  
「べつにいーじゃん、メイドに手ぇつけるなんて世間でもよくある話なんだしー」  
「ダメですっ!」  
「そーおー? 百合さあ、美人だし器量よしだしさあ、絶対旦那も気に入ってると思うよ?」  
「……そ、そういう問題じゃ、ありません!」  
「いやね、あたしもこの屋敷に勤めてもう6年になるけど、あの人嫌いの旦那様がこんなに長く  
女の子を雇ってたのは初めてだよ。前までは数ヶ月とかでやめちゃったりやめさせられたり  
してたし」  
 散らばった洗濯物はまた洗わなければいけない。幸恵さんたら!  
と百合は怒りながら拾い集める。  
「ま、なんだかんだ言って、旦那様は百合のことが好きなんだと思うね」  
「そ、そんなこと、関係ありません!」  
「ナニが関係ないのさ? 関係大有りじゃない。  
「だ、第一、本当に、だ、旦那様が、そ、そう思っていらっしゃるか…わかりませんし。  
そ、そもそも、わたくしは庶民で……旦那様は貴族さまでいらっしゃって……」  
「それこそ関係ないじゃない」  
 鋭い口調の幸恵の台詞に百合は顔を上げてこの料理人の顔を見る。  
 いつもふざけているような目の色はとても真剣で、百合は少しびっくりした。  
「好きなんでしょ?」  
「…………」  
 長い長い沈黙。  
 田園の中にあるこの屋敷の庭を飛び交う雀の声が物干し台に届く。  
 うつむいたままの百合は、耳どころか首筋まで薄くばら色に火照らせながら押し黙る。  
 
 百合の中でその言葉が渦巻く。  
 この屋敷に勤めて一年近く。  
 ずっと、思わないようにしていたこと。考えてはいけないと思っていたこと。  
 旦那様のお顔。お姿。お声。どれを思い出しても感じることはひとつだけ。  
 
 
 
 長い長い沈黙を破って、百合はつぶやくように口にした。  
「………はい」  
 
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クリスマス当日の顛末はたぶん、日本時間で年明け以降に書かれるだろう、と推測しながら  
 
恥ずかしがりつつもどことなく嬉しいようなドキドキしているような  
メイドさんがうずくまったまま続く。  
 

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