「ごめんください」  
平成のこの時代に、こんな洋館があるなんて。  
いったいあるじさまはどのような方なのだろう。  
それなりの会社に就職することもなく、ただ家事手伝いをしていた私には正に朗報だった。  
「中へ、どうぞ」  
「はい」  
扉は空いていた。  
不用心だな、いいのかな、と思いながらも土足で進む。  
ますます日本とは思えない。  
何やら音楽めいたものも聴こえてくる。  
「お入りなさい。」  
きついドアノブを左回りに開けると、髪が鳥の巣のように荒れている洋装の紳士がいる。  
あるじさまも、また日本離れしていらっしゃる…  
「お初にお目文字かかります。志藤空海と申します。」  
「名前を、もう一度」  
「しどうそらみ、です」  
「ふむ」  
何か考えていらっしゃる。  
レコードも止めずに。  
あるじさまが黙られたので、興味深い部屋を見渡すことにした。  
床から天井まで本棚がそびえ立ち、中身は全てレコードで埋まっている。  
「とても音楽が好きなのですね」  
「君の方が好きだよ」  
「え?」  
「生まれながらに5つも音名が入っている。素晴らしい名前だ。我が名は陸野梅黄<りくのばいこう>だ。」  
「りくの、さま」  
「掃除洗濯炊飯を、よろしく頼む」  
面接は無事に済んだらしい。  
ベートーヴェン…音楽の教科書が頭をよぎりながら、深々と頭を垂れる。  
「宜しくお願いします…旦那さま。」  
 
 
それからは毎日働き続けている。  
とはいえ、ティータイムを設ける時間はあるし、いわゆるメイド服も不自由しない。  
「クッキーなどのお菓子は嫌いではない。  
少量で空腹も心も満たされる。君も休息だけはきちんと取りなさい。  
おしゃれ心も忘れては行けないよ」  
「はい、旦那さま」  
掃除と言っても、あまり埃がないのだ。  
私が来る前から最低限の掃除はしてあったのだろう。  
庭掃除も芝刈り器一つで新緑を保っている。  
素敵なのに、何か足りないな。  
何かが分からないまま、銀食器を黙々と磨くことにした。  
 
「今晩は、酒でも飲まないかね」  
「ワインですか?それともウィスキー」  
意外だった。  
顔には出さず、洋館にふさわしいアルコールを挙げたつもりだった。  
「いや、これを」  
差し出されたのは。  
「まあ、日本酒ですね」  
「うちの酒なのだよ」  
そう言えば、旦那さまが自身のことを話されたことはまだない。  
日本的な名前も気になると言えば気になったが、旦那さまの邪魔になるようで敢えて聞くこともしなかった。  
「とてもおいしそうです」  
「このままでも旨いけれど、氷のように冷やすと格別にいい味になるんだ。」  
どことなく寂しそうな表情をそこそこに、私は早速準備に取り掛かることにした。  
「冷えるまでにおつまみを作りますね」  
「ではバルコニーで先に待っているよ」  
 
月の綺麗な晩。  
虫の鳴き声が心地良い音楽を奏でている。  
「ふう」  
こんなに静かな夜は、何年振りかな…  
「お待たせ致しました。…まあ。」  
「ふむ」  
「今夜は一段と素敵です、旦那さま」  
「君も粋なつまみを作ったものだね」  
女性と一緒に酒を飲むのに、櫛も入れなければ失礼にあたるだろう。  
眼鏡も拭くか。ならば服も…  
「旦那さまの方がよほど粋ですよ」  
新米に醤油をたらり。  
渋い、が実にうまいつまみだ。  
「さ、座って」  
「「乾杯」」  
 
「おいしいですね」  
「君は実によく働いている。ささやかなご褒美だよ」  
まるで少年のように穏やかな笑顔をなさる。  
「旦那さまが快適な生活をされることができるのなら、私はそれだけで嬉しく思います。  
それ以上は求めておりません」  
静かな空気。  
星の瞬きがうるさいくらい輝いている。  
「昔の話だよ。」  
「はい」  
「造り酒屋の跡取りが、酒に聴かせていた音楽に酔って家を出た。  
一緒に暮らした女は、男の音楽漬けに愛想を尽かせて男の弟の所に逃げた。  
男は今、酒と音楽の間でさ迷っている」  
全てをはき出したこの館のあるじは、ぼんやり横を向いている。  
杯にはまだ口をつけていない。  
「旦那さま」  
「ん」  
指に手を触れ、唇へ持っていく。  
冷たさが伝わってくる。それは少し溢れたからだ。  
「お酒がおいしいことはもう知ったのですから、もっと知りたい音楽を続けてみてはいかがでしょう」  
メイドが主人に意見するなんて、いけないことだ。  
「私は旦那さまから逃げはしません」  
月と酒のせいにしよう。  
「君を聴きたいね」  
冷たくて熱い唇が、私の手に触れる。  
 
「あんまり…見ないでくださいね」  
「どうして?こんなに綺麗なのに」  
部屋の中は月明かりがさし込み、うっすらと見える。  
スカートを捲り挙げられてへその回りを撫でられているだけとは言え、すごく気持ちいい。  
「だってもう…あ、あんっ!」  
「だって何?はっきり言わないと聴こえないよ」  
だんだん指が登ってきて谷間を往復している。  
あまり胸はふくよかな方じゃなく、はずかしい。  
「胸あんまり大きくないので…だ、旦那さまの気にいるような…」  
「君が感じているのを見ているのはとても興奮するよ、ほら」  
「あ…」  
布の上からでも分かる。  
旦那さま。  
「旦那さま、私に触らせてください」  
有無も言わさずジッパーをおろす。  
私メイド失格だな。  
残った理性でそう思い、娼婦としての本能だけになった。  
 
「君はとても悪い子だね。そんなに欲しかったの?」  
「違います…ただ、旦那さまに、よろこんでもらいたくて」  
喉から旦那さまを出すときに、とぎれとぎれ話す。  
苦しい。けれど耐えられる。  
「そうかい?でも、ほらこんなに濡れているよ」  
「ひゃああんっ!!」  
指を見せられて、私はいやらしく感じている事をまざまざと見せつけられた。  
旦那さまの指は、私を撫でてしっかりと潤っている。  
せっかくのメイド服はくちゅくちゅに…。  
「さて、もうそろそろ君が限界のようだ」  
え、と思う間もなく、旦那さまは起用にも私の下に滑りこんできた。  
下着も取り払われ、ゆっくりと確実に私の中へ…  
「あああああん!!!!」  
「もうぬるぬるでヒクヒクしてるよ。ゆっくり動かすから痛かったら言ってね。」  
痛くない。  
すごく、すごく、気持ちいい。  
「なか…だんな、さまの、擦れて…すごく、いいです」  
「自分から動きながら、とてもいい声をしているね」  
言われてから気付いた。  
だけど、もう止められない。自分の気持ちいいところを探すのに必死になってしまう。  
これからも旦那さまにご奉仕したいな。  
そこで記憶が途絶えてしまった。  
 

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