「おい、新米。お前、ちょっとあそこを見て来い」
と、上官に言われて、ミックは肩を竦めた。彼が言うのは、たった今、味方の爆撃機で
粉砕された、小さなビルだった。
「敵はいませんかね」
「それを、お前が見てくるんだよ。さっさと行け」
上官は銃座で小突くように、ミックを促した。
(ちくしょう、俺が移民の子だからって、嫌な役ばかり押し付けやがって)
軍靴でコンクリートの欠片を踏みながら、ミックは進んだ。爆撃を受けたビルは四階建
てで、その半分が吹き飛んでいる。万が一にも中には生きてる奴なんていないはずだ
と、ミックは祈るように自分へ言い聞かせた。
「誰も出てこないでくれよ」
情報ではここにゲリラが居るという話だった。別に憎くも無い相手を殺さねばならない
戦争というのは、本当に嫌だった。ミックは、もし自分が移民の子でなければ、グリーン
カードを取るために、軍へ志願などはしなかっただろう。きっと、どこかで小学校の先生
でもやって、穏やかな一生を過ごすに違いない。そう考えていた。
だが、不法移民の両親を持つミックに市民権はなく、まともな行政サービスも受ける事
は出来なかった。そのため、やむを得ず軍へ入り、兵隊になった。その途端、海外で
紛争が起きて、出征しなければならなくなったのは、計算外の事だった。
「誰か居るか?居るんだったら、手を上げて出て来い」
ライフルの引き金に指をかけ、ミックはビルの中に入る。爆撃で吹き飛んだガラスに注
意しながら、周囲に目を光らせたが、ビルの中にはゲリラどころか、人影ひとつ見当た
らない。
「やっぱり、誰も居ないな。ん?」
ビルの向こう、かなり遠い場所だが、一瞬、何かが動いた。ミックのライフルがそちらを
睨みつける。
「止まれ、撃つぞ!」
ここまでの戦闘では、ミックはただの一人も殺していない。殺す訓練は嫌ほどやったが、
それが実際に身に迫ると、心臓が握りつぶされそうな錯覚を感じる。もし、あれが敵なら
ば、この引き金を絞らなければならない。ミックは全身に汗をかいていた。
「もう一度、言う。止まるんだ!」
そう叫ぶと、動いていた何かがこちらを振り向いた。明らかに人間である。そうしてミック
が引き金を絞りかけた瞬間、
「撃たないで!」
という、声が聞こえたのであった。
「ようし、両手を頭の上にやって、ゆっくりこっちへ来い。走るなよ」
やはり、人間であった。だが、戦意は無い様で、投降するつもりらしい。ビルの中に居る
ミックからは、その全体像が逆光になってて分かりづらいが、ずいぶんと小柄な人物で
ある。
(子供だ。何で、こんな所に・・・)
ミックがライフルの狙いをつけているのは、十二、三歳くらいの少女だった。どう見ても
非戦闘員で、腕には大きなかごをぶら下げている。かごの中には花が一杯に摘まれて
おり、戦場に似つかわしくない雰囲気を醸し出していた。
「あなた、外国の兵隊?私を殺さないで」
少女はたどたどしい英語を話した。身奇麗とは言いがたいが、愛らしい顔をした少女で
ある。ミックはライフルを背負い、安堵のため息をついた。
「撃たなくて、良かった。君は誰?どうして、ここに居るの?」
「私はイレーヌ・・・ここに居るのは、お花を摘みにきたからよ」
少女がそう言うので、ミックは驚いた。
「ここは戦闘区域だよ。住民は皆、避難してるのに」
「だって、ここは・・・私の町だもの・・・」
イレーヌは悲しそうに目を伏せた。外国の軍隊が我が町に来た時の気持ちは、はたして
どんなものなのだろうか。ミックの心が痛む。
「もう手を下ろしてもいいよ。すまなかった」
「聞き取りにくいわ。もっとゆっくり話して」
「手を、下ろして、ください。俺、発音悪いかな・・・」
身振りを混ぜて言うと、少女はようやく手を下ろした。その瞬間、かごから優しい草花の
香りが立った。
「そういうわけで、上官殿。ビル、並びにその近辺には、この少女がただ一人、居るだけで
ありました」
斥候から戻ったミックは、上官にイレーヌを紹介した。結果として、ありのままを報告したの
である。
「そうか。じゃあ、ゲリラの情報は誤報だったんだな。くそったれ、あの爆撃で何十トン、爆弾
を使ったと思ってるんだ。あれだけで、五十万ドルがパアだ。俺たちが死んだ時の見舞金よ
りも高いぜ。くだらねえ」
上官は葉巻をくわえつつ、毒づいた。その時、イレーヌが一歩、進み出て、
「あなた、偉い人?だったら、お花、買ってくれない?」
と、言った。
「花?ああ、お前さんが持ってるやつか」
「うん。私、お金が必要なの。だから、買って」
イレーヌは上官にかごごと花を差し出し、訴える。おそらく戦争で窮状にあるのだろう、粗末な
装いがそれを物語っていた。
「いくらなんだ」
「五十ドル」
「分かった。買ってやるから、営舎まで来な」
そこいらで摘んだ花としては法外な値段だが、上官は素直に買ってやると言った。営舎に消え
ていく二人を見て、ミックは親子が並んだようなその姿に、何だか心が温まるのであった。
作戦がひと段落ついた事もあり、隊は昼食に入った。ミックは仲間と共にレーションを
囲み、やたらとカロリーの高い食事を取る。
(あの子、チョコは好きかな)
レーションに入っているチョコレートを傍らに置き、ミックはコンビーフの缶を空けた。後
でイレーヌがここを通ったら、一緒に食事でもどうかと誘ってみるつもりだった。殺伐と
した戦場に咲いた一輪の花。ミックは少女の存在を、そんな風に感じていた。
そうしてスプーンを持ってすぐ、仲間の兵士が気になる事を言った。
「おい、ミック。うまくやったな、お前」
「何が?」
「とぼけるなよ。上官殿、ずいぶん喜んでたぜ」
その言葉で、数人の仲間がいやらしい笑いを見せた。ただひとり、ミックだけがぽかん
と呆けた顔で、訳のわからぬ状態である。
「何の話だよ」
「あのガキの事さ。上官殿が今、営舎でお楽しみだぜ」
ここでようやく、ミックは話の筋を悟った。そういえば、あのイレーヌという少女が、上官
に連れられて営舎に行ってからずいぶん経つのに、まだ姿を見せない。
「キスも知らねえようなガキに、何してやがんだろうな」
「そりゃあ、お前、ナニに決まってら」
兵隊たちはどっと笑い、顔をにやけさせる。だが、ミックだけは微動だにせず、宙を見詰
めていた。
「おいミック。何処へ行くんだ。まだメシが済んでいないぜ。おいってば」
気がつけばミックは、営舎の方に歩き出していた。そして、食事を共にしていた仲間の声
も耳に入らぬほど、呆然としていた。
(もしかしたら俺は、とんでもない事を仕出かしたんじゃ・・・)
イレーヌをここへ連れて来たのは、他ならぬ自分である。外国の軍隊に町を荒らされ、窮
状にある十二、三歳そこらの子供が、訳の分からぬままに卑劣な悪戯をされているかも
しれないと考えると、心が押し潰されそうだった。そうして営舎まで来ると、見るも汚らわし
い光景が、ミックの目に映った。
「ああ・・・」
営舎──と言っても、テントより少し上等という程度の設えなのだが、その屋根を支える
柱にイレーヌが縛られていた。しかも、身にはごわついたパンツが一枚きりで、その傍ら
には、素っ裸になった上官が立っているではないか。この有り様を見て、ミックは頭を抱
える。
(何て事だ)
戦争中に、最もしてはならない犯罪だった。花を買ってやると言って、己が営舎に引きず
り込んだ上官は、世にもおぞましい罪を犯す所なのだ。だが、部下であり、移民の子とい
う負い目を持ったミックに、彼を注意する事は出来なかった。注意すれば、きっと逆恨み
されて、行軍中の心証を悪くするだろう。逆に見て見ぬふりをすれば、上官想いの篤実
な部下として、ミックは称えられるかもしれない。そうなれば、グリーンカードも夢ではな
いのだ。
「お前がスパイだという事は分かってるんだ。白状しろ」
「どうして、こんなひどい事をするの?お花を買ってくれるんじゃなかったの?」
「そんな戯言に、俺が騙されるか。ふふふ・・・」
上官は少しだけ膨らんだイレーヌの乳房を揉んだ。
「あっ!何をするの?やめて!」
「ふふ、案外、育ってるじゃないか」
イレーヌのそれはまだ青く、固い実であった。だが上官はそこがいたく気に入ったようで、
乳房をいやらしい手つきで丸く揉み上げ、乳首を摘むのである。
「いや、放して!」
「いいぞ、もっと喚くんだ」
「ううッ・・・」
胸に悪戯をされ、イレーヌの目に涙が光った。こんな仕打ちを受ける理由が、どこにある
のだろう。まさに、身も世も無いと言わんばかりの姿だった。
今度は、上官の興味が下半身へと移った。いたいけな少女の純潔が、刻一刻と危うくなっ
て来ている。
「薄汚いパンツだな。ちゃんと、洗ってるのか?」
「あなたたちさえ来なければ、清潔で新しいパンツも買えたのよ」
「まあいい。脱がすぞ」
イレーヌは下着を脱がされる間、ずっと上官を睨みつけていた。その眼差しに、燃え盛るよ
うな殺意をミックは見た。
「毛も生えてないじゃないか」
上官は指で割れ目をなぞり、にやついた。おぞましい笑顔だった。
「触らないで!」
「活きの良いスパイだな。責め甲斐がある」
足をばたつかせるイレーヌの抵抗を他所に、上官はしたたかに割れ目を嬲った。指に
唾をつけ、ぴたりと閉じたそこをこじ開けようとするのである。
「やめて!」
「入り口が固いな。まあ、当たり前か。ははは・・・」
「もう、いやあ・・・誰か助けて・・・」
柱に後ろ手を縛られたイレーヌに、純潔を守る術は無い。ごつい男の指は、次第に割れ
目の中へ埋まっていった。
「やだあ・・・指を抜いてえ・・・」
「ははは。悶えろ。悶えるがいい」
少女の白い肌に、うっすらと紅が差した。上官の指は割れ目を出入りし、何やら怪しい
煌きを見せる。窓からその状況を見ていたミックは、それがイレーヌの愛液だと知る。
(あんな子供でも、濡れるのか)
ミックにとって、それは未知なる出来事だった。そして指での悪戯が興に乗ると、イレー
ヌは段々と抗いをやめていった。その代わりに、腰をもぞもぞと動かし、いやいやと頭を
振るようになる。
「はあっ、はあっ・・・」
身を捩じらせ、目をとろんと蕩けさせるイレーヌは、腰が抜け、膝が笑っていた。息も荒く
なり、割れ目を執拗に弄る上官の指使いに、上手く呼応するようにもなっている。
「感じているのか。いやらしいガキだ」
上官は立ち上がり、反り返った男根を突き出した。
「これで、女にしてやろう」
「それは、駄目・・・許して・・・」
イレーヌはその場にしゃがみ込み、うなだれる。愛してもいない外国人に純潔を奪われて
はたまらないのであろう、泣きじゃくり、足をしっかりと組んでいる。
「じゃあ、おしゃぶりをするんだな。こいつを舐めるんだ」
「それで、許してくれる?」
「まあな。俺も、ガキをやって泣かれても困るしな」
上官は男根をぶらつかせ、イレーヌの顔の前へ持ってきた。これを口唇愛撫で楽しませれ
ば、純潔を奪われなくてもすむと言われ、イレーヌは進んで咥え込む。
「おう、いいぞ。たどたどしいが、そこがいい」
勃起した男根が、少女の唇でしごかれた。その動きは拙いが、懸命さが滲み出ていた。イ
レーヌはしゃぶりながら、時々、上目遣いに上官を見た。何か、媚を売っているような眼差
しだった。
(ああ、イレーヌ。何て事だ)
床に落ちた自分の衣服と下着。その中で、少女は辱めに甘んじていた。何ひとつ落ち度
の無い彼女が、理不尽にもこんな事をしなければならない。その不運に、ミックは同情せ
ざるを得なかった。また、自分に対しては、ひどくみっともない男だと思った。
「おい、舌の先で、ペロペロとやってくれんか。アイスクリームを舐めるようにな」
上官が命じると、イレーヌはその通りに従った。男根を一旦、口から離し、舌で奉仕し直す
のである。その懸命さに、上官はすっかりのぼせ上がっている。
「いいぞ・・・ペニスが痺れるようだ」
尿道口に舌が当たると、腰の辺りまで快感が突き抜ける。少し気を抜けば、すぐにでも
おもらしをしそうだった。だが彼の目的は、ここで子種を発射する事ではない。
「おい、お嬢ちゃん。そろそろ、覚悟してもらおうか」
「あっ、何をするの?」
上官はイレーヌと柱を繋ぐ紐を解き、華奢な体を押し倒した。そして、力任せに足を付け
根から左右に広げていく。その奥には、先ほどの指での悪戯で、僅かに入り口が開いた
女苑があった。
「お前さんのここ、もの欲しそうに濡れてるぜ」
「いや!約束が違う!」
「スパイとの約束なんざ、誰が守るかっての。さあ、やらせてもらうぜ」
上官がずしりと体重をかけ、イレーヌに圧し掛かる。哀れ、少女は純潔を散らしてしまう
のか。そう思われた次の瞬間、イレーヌは走り出していた。
「待て、こいつ」
素早く駆けて行くイレーヌに追い縋る上官。しかし、男根をぶらつかせた男が、弾けるよう
に飛び出した少女に追いつく道理は無く、イレーヌは部屋の端に置いてある拳銃を手に
取る事が出来た。
「馬鹿にしないでよ!」
撃鉄をカチャリと鳴らし、拳銃を構えるイレーヌ。その後、僅かな逡巡も見せずに、引き金
は絞られた。
「おうっ!」
上官が胸を抑え、倒れた。すぐ後ろの壁が、血に染まっている。拳銃から発射された弾丸
は彼の心臓付近を貫通し、壁にめり込んでいた。
「く、くそッ・・・このガキ・・・」
それが上官の今際の言葉だった。血の海に浸りながら、彼は死んだ。
「・・・くたばれ、この人間のクズ」
イレーヌは死んだ上官の頭を足蹴にした。よほど憎いらしく、何度も何度も蹴っていた。
(大変な事になった)
この一部始終を見ていたミックは、銃声でようやく我に返った。上官が頓死したという事で、
彼に軍人としての心意気が戻って来たのだ。
「動くな!」
営舎の中に入ったミックは、イレーヌ目掛けて銃を構えた。素っ裸のイレーヌは、ゆっくり
と踵を返してミックへ向かって居直った。
「さっき、会った時と同じ状況になったわね」
「銃を放すんだ、イレーヌ」
「その汚い口で、私の名を呼ばないで」
上官に悪戯されながらも、自らの純潔を守った少女は気高かった。イレーヌは気丈にも銃
を構え、ミックに狙いをつける。
「銃を放せ。君みたいな子供を撃ちたくないんだ」
「偽善者ぶって・・・さっきから、私が悪戯をされるのを、ずっと見ていたくせに」
「撃つぞ。本気だ」
「撃てば?私、怖くないわ」
イレーヌは死を覚悟しているようだった。ミックの手にかかりたいようにすら見えた。
「イレーヌ」
「私が死んだら、その花と一緒に埋めてちょうだい」
カチリ、と撃鉄が落ちる音がした。イレーヌが先に引き金を絞ったのである。だが、弾丸は
発射されなかった。イレーヌの銃は、弾切れを起こしていたのである。
その晩、ミックは隊を代表して、本部隊に打電した。
「本日午後、当隊の隊長が殉死しました。祖国のため、彼は懸命に働き・・・」
士気高揚の美談として後に残すので、本当の死因は書かなかった。異国での死は、どれ
ほどみっともなくても、名誉ある戦死として語られる。それが慣わしだった。
今、タイプを打つミックの傍らには、イレーヌが持っていた花かごがある。これを彼女との
約束通り、五十ドルで買ってやった。今日は、ただそれだけの日である。上官の死は残念
だが、前線ではよくある事なので、誰も気には止めないだろう。また二、三日もすれば別の
上官が来る。それまでミックは、この地を守ればよい。自軍が戦局をリードしているので、
何て事も無い話だった。
「・・・以上、報告おわり」
タイプを打ち終え、ミックはイレーヌの事を思い出した。あの時、弾の尽きた銃で撃たれて、
ミックの心には穴が開いたようになってしまった。おかげで随分、風通しが良くなったと思う。
それもこれも、みんなあの少女のおかげだ。ミックはかごに入った花を見て、そう考える。
結局、上官を撃ち殺した罪は問わなかった。軍法には抵触するかも知れないが、どうでも
良い事だった。元はといえば、少女に悪戯をしようとしたあの男が悪い。いっそ、せいぜい
したとミックは笑った。
イレーヌはゴワゴワのパンツを穿き、ちゃっかり五十ドルを貰って帰って行った。衣服は
血にまみれたので、ミックからシャツとジーパンをせしめている。そのしたたかさに、ミッ
クは感服した。あれならば、戦塵にまみれようとも逞しく生きていけるだろう。そんな想像
が、思いの外、楽しくて仕方が無い。そして最後に、彼女はこんなセリフを残していった。
「あなたの英語、訛ってるわよ」
本当の話をすれば、イレーヌのヒアリングの方が怪しいのだが、ミックは反論しなかった。
その物言いに、爽快さを感じていたからだ。
「さて、寝るか」
部屋の明かりを消し、ベッドにもぐり込むとイレーヌの裸身が頭に浮かんだ。それを糧に、
ミックはこの晩、二度も自慰をした。
おしまい