私は昔から肩こりがひどくて、冬は特につらい。
今日もクリスマスイブなのに、体中が重くて、ベッドに寝たきりになっている。
今夜はデートなのに。
「ああ‥‥誰かこの体、なんとかして」
「その願い、かなえて進ぜよう」
アパートの、ドアの外から声がした。のぞき窓から見てみたら、ハーレムパンツを穿いた
半裸の美少年が立っていた。
「あなたは! 阿修羅王!?」
「いかにも」
興福寺阿修羅像は天平時代を代表する乾漆造、国宝である。私の好きな仏像のベストワンだ。
「寒くないんですか?」
「寒い。入れてくれ」
ミルクティーをすすりながらマグカップで両手を温めている阿修羅王は、やっぱり惚れ惚れ
するような美少年だった。ただ、腕は普通に二本だし、顔も正面の一つだけ。細い頸が美しい。
そして今は、あの特徴的な悲しい表情ではなく、アルカイックな微笑をたたえている。
「お姉さん、ボクの顔に何かついておるか」
「あっ、いえっ、見とれてなんかいません。いや、そういうお顔も新鮮だなあって」
私はごまかした。
「今日はお休みだし」
阿修羅王はにやっと笑った。
「街中だと変に目立つし。さて、お姉さん、裸になってうつ伏せになられい。気血が滞り、
病んでおられるご様子。ボクが指圧して進ぜる」
阿修羅王の両肩から新たな腕がシャキーン! と生えた。
見ず知らずの美少年に体を揉ませる女がいるだろうか? でも私は本当に困っていた。
言われるままにジャージを脱ぎ捨て、ベッドに伏せると、ブラで胸を隠したまま背中の
ホックをはずした。
「北斗有情拳!」
「殺す気か!」
三十本の指が頭頂部から首筋のツボにヒットした。思わず息を呑む、芯から響く正確な
タッチだった。
「百会、通天、絡却、玉沈、天柱‥‥」
そして両肩から上腕にかけて点穴を加える。
「‥‥肩井、曲垣、秉風、臑愈‥‥」
それから指先は背中に戻り、背骨沿いに下ってゆく。
「‥‥風門、肺兪、厥陰兪‥‥」
点穴の流れがお尻まで来たとき、パンティをぺろんとひん剥かれた。
「あっ、何を」
「蜃赫のツボを押さねばならん」
尾てい骨とお尻の穴の間に深々と指を埋められ、無意識に体がこわばった。と、その時、
突然お腹の雲行きが怪しくなってきた。
「どうした?」
「すいません、ちょっとトイレ!」
くわしい描写は勘弁してほしい。十分後、私は、たいへんスッキリした気分で阿修羅王の
もとに戻った。
「督脈が開いたので陽の気が流れ、腸が活発になったのだ。次は任脈を開かねばならん。
上を向いて、胸のお召し物を外していただきたい」
恥ずかしくて目を閉じたのがいけなかった。体に触れられる感覚が何倍も鋭敏になる。
「‥‥天池、膺窓、乳恨‥‥」
「あっ」
敏感な場所に触れられ、声を出してしまい、思わず両手で口を覆った。
「ツボの一部は性感帯と一致しておる。自然な反応じゃ。恥ずかしがらずともよい」
「でも‥‥」
「別にそのままでも良いよ」
楽しんでいるに違いない。承満、梁門、天枢、と微妙な部分に近づいて来て、いよいよ、
と思うと、鳩尾とか関係ない方へと逃げてしまう。
かと思うと、いきなり曲骨とかを突いてくる。
いつのまにか私の体はじっとりと汗ばみ、内股には汗だけではない湿りで潤っていた。
「任脈が開きかけている‥‥天池に籠っていた水気があふれ出したのじゃ。この上は、
お風呂に参ろう」
私はもう阿修羅王のなすがままだった。彼の指先に逆らえない。
風呂場の壁に手をついて、お尻を上げさせられた。
「体の中のツボを刺激せねばならん」
どこから取り出したのか、内診用の極薄の手袋を付けながら、阿修羅王が言った。
「力を抜いて。リラックスするのじゃ」
彼は私のお尻を、逃げないように二つの手でしっかり固定した。親指で割れ目を押し広げ
られ、あらわになったお尻の穴に、冷たい指が、ゆっくりと押し入ってくる。それから、
一番大事なところにも。
指が静かに、中を探る。
同時に、残る二本の腕が私の胸に伸び、重さで垂れ下がったお乳をすくい上げ、優しく
揺するように揉み始める。
私の肩こりがひどいのはこの大きな胸のせいでもある。人には褒められるけれど、自分に
とっては厄介ものでしかなかった、この時までは。
刺激された乳房は、最初は充血してずっしりと重く、硬くなったが、丁寧に時間をかけて
揉みほぐされていくうちに、やがてすうっと軽くなっていった。
乳房の中が乳汁で潤うのを感じたような気がした。
腋の下から腎臓の辺りへ冷たい水が流れ降りるような感覚があり、次に猛烈な尿意が襲っ
てきた。
「あっあっあの、もう一度トイレ‥‥」
横を向いて訴えた私の唇を、彼が突然奪った。
「――!」
脚をつたって、熱い液体が勢いよく流れ落ちた。
くすん、くすんと半泣きになって座り込んだ私を膝の上に抱いて、阿修羅王は優しくあやした。
私は年甲斐も無く失禁してしまって、ショック状態だった。結局私は、彼にあそこから足
まで全部洗ってもらったのだった。
「腋の下の天池に澱んでいた水気を排出したのだ。楽になったろう」
確かに彼の言う通り、体が綿になったみたいに軽かった。
「これからデートであろう。リフレッシュしたところで一勝負じゃ」
「阿修羅王‥‥何とお礼をしていいのか‥‥」
「ミルクティーをもう一杯、ごちそうになろうかな」
もっとゆっくりお礼をしたかったのだけれど、阿修羅王に「待ち合わせに遅れるであろう」
とせきたてられて、私は恩知らずにも彼をほったらかしでメイクと衣装のセットアップを
終え、アパートを出た。
「武運を祈る」
「あっ阿修羅王、帰ったらゆっくりお礼をしますから、うちに居てくださいね」
「今夜は戻る気ないくせに‥‥勝手に帰らせてもらうぞ。カギはポストに入れておく。
道中、気をつけてな」
ドアが閉じられた。
でも、私はデートの最中も、阿修羅王の技を思い出して、気もそぞろだった。どこへ行っ
たかも、何を話したかも覚えてない。相手は私の気を惹こうと、やけにはしゃいでいたけ
れど、なんだか夢の中の出来事のように遠い気がした。
だめだ。
「一郎さん、ごめんなさい! こんな仏像マニアの変な女のことは忘れてっ」
私はタクシーを拾って、全速力で飛ばさせた。
ポストにカギが無いのを見たときは安堵で膝が緩みそうだった。コートのボタンを順に外し
ながら階段を駆け上がる。呼び鈴を鳴らすと、阿修羅王がビックリした顔でドアを開けた。
「早いな!」
「阿修羅王!」
私は着衣を脱ぎ捨てながら押し入った。
あとずさる彼を追いつめてベッドに押し倒したときには、もうスッポンポンになっていた。
乳房を押し付けて彼の口を覆った。
「ずっとここにいて。一生面倒見てあげるから、私だけのものになって」
翌朝、同じ布団に包まって抱き合いながら、阿修羅王に諭された。
「しょうがないお姉さんだなあ。こんど千手観音が来たらどうするんだ」
三十三間堂の千手観音坐像も湛慶の名作。国宝である、けれど‥‥
「タイプじゃないわ」