―――真っ暗な空間の中で、少女は意識を取り戻した。  
纏っているのは布一枚だけで、裸足の足の裏からは、金属製だろう固く冷たい床の感触が  
伝わってくる。  
周囲を見回しても、暗闇が広がるだけで、何も見えない。  
「誰か、誰かいないのか!」  
不安からか、少女の口からそんな言葉が飛び出す。  
それに答える者はないが、反響する声のおかげで、自分がどこか室内にいると言うこと分かった。  
湧きあがってくる不安が、彼女の心を覆い始めていた。  
 
突然、閃光が彼女を捉えた、一つ、二つと、その光が増え、辺りを明るくする。  
眩んだ目が徐々に光に慣れ、少女がいる空間の全貌を明らかにしていく。  
漆黒の、おそらくは金属だろう、壁と床、広さはかなりのもので、公園くらいの広さはある。  
中央には周囲とは対照的な、白い鉄パイプのベッドが置かれ、その横には一脚型の小さな  
テーブルがある。  
その上に、パンとコップに入った牛乳、それと大きなサバイバルナイフ。  
「……なんだよ、これ?」  
血の気の引いた顔で周りを見渡しながら、その場に座り込む。  
 
『気が付いたようだな』  
突然、室内に声が響いた。  
どこにあるのかは分からないが、スピーカー越しの、低い男の声だった。  
「誰だよお前は! ここはどこなんだよ!」  
少女は一瞬、身をすくませたが、すぐに立ち上がって、その声に食ってかかる。  
『食べないのかね』  
「質問に答えろよくそ野郎!」  
抑揚のない声とは対照的な、少女の怒声が広い室内に響きわたる。  
『……生憎だが、その問いには答えられん、今はな』  
「ふざけんなよ!」  
自分を照らす照明を睨みながら、それに向かって中指を立てる。  
『不調はないようで結構、ではこちらから質問だ。  
ここに来る前のことは覚えているかね?』  
「ああ? それは……あれ? えと……」  
質問に答えられず、額に手を当てて、うつむく。  
『記憶障害か、まあ、精神的にはかなりのショックだったろうからな』  
「な、なにが……?」  
少女の言葉に、一呼吸置いて声が話し始めた。  
『その前に確認しておきたい。  
名前はアリス、年齢十六歳、両親は十二年前に事故で死亡。  
君はその後、親戚中をたらい回しにされたあげく、施設に預けられる。  
やがて里親が見つかるが、そこでは度重なる虐待と奴隷同然の生活を送る。  
十歳の頃に家が火事で全焼し、里親の死亡が確認された後、保護されていた施設から脱走、  
その後各地を転々と……』  
 
「やめろ!」  
男の言葉を遮るように、アリスの怒声が室内に響く。  
「なんなんだよお前……一体なんなんだよ! オレが何したって言うんだよ!」  
怒りからか、それとも別の何かからか、震えの混じる声を上げる。  
 
『……ふむ、何をしたか、か。  
それは君が一番よく知っているはずだが?』  
それに答えられず、うつむくアリスに変わらない口調で、声は語り続けた。  
『殺人、放火、強盗や売春など。  
具体例としては、君の里親だが、火事の前に既に死亡していた、火元に関しても不明な点が多い』  
「な、そんな、それは……」  
『別にそれらを咎めようと言う訳ではない。  
法律上は罪にはなるが、君のように身寄りも金もない、十やそこらの小娘が自らの身を守る為には、  
そう言ったことも必要だろうからな、言わば、生きる為に、だ』  
「じ、じゃあ、なんだよ……」  
『本当に覚えていないようだな。  
では、君が一番最後にとった“客”のことは覚えているかね?』  
「あ? ああ……別に、普通のオヤジだったよ、それがなんだ」  
『ほう……なるほど、そこまでは覚えているようだな』  
腕を組んで正面のライトを睨み続けるアリスに、まるで感心したかのような言葉が送られる。  
『だが、その男が“普通のオヤジ”ではなかった、と言うことは覚えていないようだな』  
「は? 何言って……」  
呆れたように、額に手を当てたアリスの脳裏に、少しずつだが、記憶が甦り始めた。  
「あ、え、あ、な……に………?」  
不意に甦った記憶に混乱し、アリスは頭を抱えながら床に伏した―――  
 
 
―――安宿の一室に入るや否や、男はいきなりアリスにのし掛かった。  
息を荒げて、自分の衣服を強引に剥ぎ取っていく中年男を見ながら、どれくらいで終わるかを  
思案する。  
ここまでは、彼女の経験上、よくあることだった。  
しかし、ここで予想外のことが起こる。突如として男が雄叫びを上げ、狂ったように首を振り  
始める。  
何事かと驚くアリスの目の前で、男の体が変質し始め、見る間にその体は大きなトカゲに似た、  
醜い姿に変貌を遂げた。  
そいつが、ゆっくりとアリスに近づいていく。恐怖か、それともただ驚愕していただけか、  
逃げることもせずに彼女はそれを見続けていた―――  
 
―――ガタガタと体を震わせ、血の気の引いた顔を上げる。  
「なんだ……“アレ”は………?」  
自分を照らす照明を見上げ、震える声でその総てを知っているであろう、声に問い掛ける。  
 
『当然の疑問か、“アレ”は、我々とは、まったく異なる進化形態をとった生物』  
相変わらずの淡々とした口調で、声は語り始めた。  
『いつから存在しているのかは分からない、おそらくはこの星に生命が誕生した時だろう。  
人類や、他の生き物が進化していくのと同じように、奴らも進化して、現在に至る。  
と言うのが一番有力な説だ』  
「説? おい、説ってなんだよ?」  
『正直に言うと、よく分かっていない、と言うのが本当のところだ。  
まだ奴らの総数や種類、性質など、その全容は明らかになっていない。  
まあ、他の説としては、放射能による突然変異説やどこかの国が開発した生物兵器説。  
奇抜なものでは異世界の生物や、他の星から来た生物など、諸説ある』  
「バカバカしい」  
『だろうな……だが、現実に奴らは存在している。これは動かし難い事実だ。  
そしてそれらは、人類にとって驚異以外の何者でもない』  
淡々と語る声を聞きながら、アリスは興味がない、といった風に溜息をついた。  
 
「で? なんでオレがここにいるんだ?」  
ここまでの話を聞いて、最初から抱いていた最大の疑問を、改めてぶつける。  
『なるほど、まだそこまでは思い出していないようだな……  
我々が君のいた部屋に踏み込んだ時、そこにあったのは動かぬ屍と化した奴と、その傍らで  
ナイフを握り、呆然と佇んでいる君の姿だった』  
「……まじかよ」  
震える自分の両手を見つめ、そんなことをこぼす。その手を握り、顔を上げて正面を睨む。  
「なんでだ……だったらなんでオレがこんなところに監禁されなきゃなんねえんだよ!」  
『ナイフ一本で奴を倒した。この報告を受けて、私は君の才能とも言うべき力に興味を持った。  
特に何の訓練も受けていないはずの人間が、奴らに勝つなどそうそうないからな、故に君を  
我々の仲間に迎え入れようと思って、ここに連れてきたのだ』  
「勝手なことを……」  
怒りを押し殺したように、わなわなと身を震わせる。  
『勝手か……まあ、そうかもしれん。だがあのまま、君を死なせるのは惜しいと思ったのでね』  
「死ぬって、オレは奴を殺したんだろ? なんで……」  
『奴らの存在は最高機密だ、君が遭遇した事例は、  
“自殺志願者の男が娼婦を道連れに安宿で死んだ”  
という形で処理されるはずだった』  
 
驚愕の表情を浮かべるアリスを後目に、男は語り続けた。  
『だが、君が奴を殺した、だから私は君を仲間にしようと……  
ああ、言い忘れていたが、我々は奴らに対抗する為に組織された特務機関だ。  
正直、ナイフ一本であんなことができる人間がいるとはな』  
感嘆の言葉を述べる男の声とは裏腹に、アリスの怒気に満ちた声が響きわたる。  
「ふざけんなよ! 最高機密だか別の生き物だか、こっちはんなことの知ったこっちゃねぇんだよ!  
何様のつもりだてめぇ、勝手に人をこんなところに連れてきて、死ぬはずだったのを助けたから  
感謝しろとでも言う気か? なんでオレがそんなことをしなきゃなんねぇんだよ、ざけんな!  
オレを解放しろ! 今すぐだ!」  
『……君は少し感情の起伏が激しいな、うまく抑制できるか、少々心配だな』  
そんなアリスのことなどお構いなしに、声は相変わらずの調子で喋り続ける。  
『別に私は感謝して貰いたいわけではない、ましてや君を助けたつもりもない、ただ君には  
力があった、そして我々はそれを必要としている、単にそれだけのことだよ』  
男の言葉が終わるのとほぼ同時に、室内の一画、ただの壁だと思われた場所が、重々しい  
モーター音と共に開き始めた。  
 
その向こうに現れたのは、ガラス張りの白い小部屋。  
その小さな空間のちょうど中央に、大きな黒い塊が横たわっている。  
『で、君にはちょっとしたテストを受けて貰う』  
「はあ? ち、ちょっと待って、テストってなんだよ」  
黒い塊が気になるのか、不安げな表情を浮かべるアリスの注意は、それだけに向けられている。  
『まあ採用試験と言った方が妥当だな。難しくはない、簡単な二択だよ……』  
小部屋に存在していた塊が大きく脈打ち、その中央から蛇の頭のような物が鎌首をもたげる。  
頭であろうその部分には、眼などの器官は見受けられず、大きく裂けた口のみが存在している。  
「ギシャァァァァァ」  
酷く耳障りな鳴き声を上げると、ただの塊だった部分から、四本の野太い蛸足のような触手が、  
その姿を現す。  
「な………あ、ああ……」  
『生きるか、死ぬかだ』  
現れた異形に対する恐怖からか、その場にへたり込み、震えているアリスに、無情にも試験の  
内容が告げられる。  
 
四本の触手を使って、怪物はゆっくりと部屋を隔てているガラスに近づいていく。  
「オ、オレが見たのと、違うじゃん……」  
『無論だ、奴らの種類はそれこそ、我々の知る生態系に匹敵するほどの数だ。  
安心しろ、“ソレ”は君の遭遇した奴より弱い種類だ』  
「だからって……丸腰で、あんな化け物……」  
『ナイフを一本置いてあったろう、それを使いたまえ。  
別に彼らは不死身の化け物と言う訳ではない、人類より幾らか高い生命力を保持してはいるが、  
生き物であることに変わりはないのだ』  
視線を机の上に置かれた、サバイバルナイフに向ける。  
「あんなので……そんな無茶な………」  
「ギシャァァァァァァーーーー!!」  
怪物が吼号と共に、ガラスに体当たりをし始めた。  
四本の触手をも使って、ガラスに対して攻撃を開始する。  
「お、おい、大丈夫なのかよ」  
『心配ない、強化ガラスだ、少々のことでは……』  
割れることはない、そう繋げられる前に、怪物の放った一撃で、ガラスに大きなひびが入る。  
『おや?』  
「おいてめぇ!」  
「ギシャァァァ!!」  
少しの間の後、ふむ、と息をついて、感心したように声が語り出した。  
『どうやらかなり興奮状態にあるようだな、攻撃能力も  
上がっているようだ』  
「呑気に言ってる場合か! 助けろよ!」  
『それでは試験にならんな、“ソレ”を殺すか殺されるか、君次第だ。  
では、健闘を祈る……』  
声が話し終わるのと同時に、空間を隔てていたガラスが、音もなく開き始める。  
「ち、ちょっと待てよ、そんな……ひっ」  
こちら側に這い出した異形の姿に、アリスの表情が凍りつく。  
 
その怪物、触手は四本しかないが、その姿はヒトデの中央に大蛇の頭を取り付けたような、  
かなりいびつな物だった。  
大きさは大型の犬ほどあり、所々隆起した黒い皮膚に、口には鮫のような鋭利な牙が並んでいる。  
眼は存在していないはずだが、頭は正面の少女に向けられている。  
「ギシャ、ギシャァァァァァァァ!!」  
おぞましい鳴き声と共に、四本の足を使って驚くような速さで床を這っていく。  
恐怖に震えている、哀れな獲物に向かって……  
 
「ひっ、ひぃ!」  
情けない悲鳴を上げて、机の上にある唯一の武器に向かって一目散に走り出す。  
纏っていた布が床に落ち、肌が露わになるが、そんなことを気にしている余裕はない。  
 
机の上のナイフまで後少し、といったところで、アリスの足に怪物の触手が巻き付く。  
「きゃああああぁぁぁーーー!!」  
悲鳴と共に、少女の体が床に引きずり倒され、その拍子に机も倒れる。  
その状態のまま、なんとか体を動かし、床に落ちたナイフに手を伸ばすが、ほどなくアリスの体は  
触手に絡めとられ、大の字のような形で仰向けにさせられる。  
その上に、胴体をすっぽりと覆う形で怪物がのしかかる。  
「うぐ、くそ、離せこの化け物!!」  
体に掛かる重圧に、顔をしかめながらも必死の抵抗をするが、それも四肢に絡みつく四本の触手に  
よって封じられる。  
怪物の頭が少女の顔に近づき、その顎が大きく開く。  
「シャァァァァァ」  
「あ……あああ………」  
もうだめだ、そう思って、アリスはギュッと目を閉じた。  
 
だがいつまで待っても、アリスにその凶牙が掛かることはなかった。  
代わりに別の感触、怪物と密着している部分、ちょうど腹部の辺りに、ぬめり気を帯びた  
無数の何かが、そこで蠢く感触が伝わってきた。  
「う、あ? な、に……?」  
戸惑うアリスの目に、自分と怪物の体の間からはみ出した、透明な粘液にまみれた、無数の  
黄土色の細い触手が入る。  
蠢くそれは、まるで何かを探すように少女の柔肌の上を這い回る。  
「ひっ!? なんだ、これ……?」  
気味の悪い感触から逃れようと身を捩るが、手足を拘束された状態ではそれもままならない。  
その一部が脇腹から胸部、首筋を伝って顔にまで達する。  
「く、くそ、やめ、や、んぐぅ! んぶっ、ぐ、んむぅーーー!!」  
拒絶の声を上げる口の中に、触手がねじ込まれる。  
一本、また一本と、触手が束になって、少女の小さな口を塞いでいく。  
触手の一本一本が、独立した動きで口内で蠢き始める。  
口を塞がれる息苦しさと、鼻先に感じる生ゴミのような臭気に顔をしかめさせ、唯一自由に  
動かせる首を振って、苦しみから逃れようとする。  
しかし、狭い範囲でいかに足掻こうと、触手が口から離れることはなかった。  
歯をたてるも、固いゴムのような弾力によって押し戻され、噛み切ることも適わない。  
ただ為すがままの状態で、口中を蹂躙され続けた。  
 
触手がまるでピストン運動をしているかのように、少女の喉奥を突き続ける。  
涙を流し、込み上げてくる吐き気を堪えながら、くぐもった呻き声を漏らす。  
顎が外れそうになるほどにねじ込まれた触手は、さらに奥へと侵入し始める。  
 
「おごっ! ごほっ、おぐ、うぶ……んぐぅ!? ぐ、む、ごぶっ!!」  
口の中を動いていた触手の総てが突如として膨張し、その先端から多量の粘液を口内に放った。  
直接喉奥に放出された粘液は、口から吐き出すこともできず、そのほとんどは食道を通って  
胃に流れ込む。  
苦く、ドロリとした粘液の感触、加えてその匂いに、堪えていた吐き気が限界に達する。  
「う、おぶ、ぐ、んぐぅぅぅぅっ!!」  
口を塞がれている為に、胃液と共に逆流した粘液の大半が、鼻から体外へと吐き出される。  
「ん……ぐむ、ぐ、がっ! かはっ、げう」  
嘔吐物にまみれた口から、ゆっくりと触手の束が引き抜かれる。  
そこは怪物が探していた場所とは違ったらしい。  
 
「がはっ、が、うげぇぇぇ、う、うぶぇぇぇぇ……はぁ、はぁ、はぁ」  
再度吐き出した胃液の中に、胃の残留物とは違う、小さな粒のような固形物を見つける。  
「なん……だ……これ? たま、ご?」  
無数にある球状のそれを見るアリスの顔から、徐々に血の気が引き、その脳裏に、彼女にとっては  
最悪の考えがよぎる。  
この化け物はこれを自分に産みつけるつもりなのだ、と。  
受け入れがたい自らの考えを、否定する間もなく、それまで胴の部分で動きを止めていた  
総ての触手が、下腹部へと移動し始める。  
ゾクゾクとしたおぞましい触手の感触が、少女の体を伝う。  
「い、や……いや、いやあああぁぁぁ!!」  
髪を振り乱し、それこそ必死の思いで抵抗するが、触手に拘束された四肢は言うことを聞かない。  
身を捩って逃れようとするも、怪物の重みでそれすら適わない。  
「ギシャッ、ギシャッ、ギシャッ」  
泣き叫びながら足掻いている少女を見下ろし、まるで嘲笑っているかのように、怪物が鳴き声を  
上げた。  
 
透明な液をまとわりつかせながら、へそ、下腹を通って、触手が女の部分に差し掛かる。  
下半身に伸びた無数の触手の一本が、秘毛を掻き分けてその場所を探り当てた。  
「ひっ!」  
反射的にビクリと体が震わせ、小さく悲鳴を上げる。  
触手が割れ目を二、三度なぞった後、少女の体内へと侵入していく。  
「あ? ぐ、ぃ、やぅ、入って……いやああぁぁぁーーー!!」  
体内に入り込んだ触手を感じ、アリスが叫び声を上げ、いやいやと首を振る。  
奥へ、さらに奥へと、うねりながら少女の体を突き進んでいく。  
 
「ぐぅ、あ、いやぁ、いた、い、んく、やぅ、ぐ、抜いて、抜いてよぉ」  
満足な下準備もされていない為か、苦痛に顔を歪ませ、叶いもしない懇願を口にする。  
そんな彼女の思いも虚しく、膣内に二本、三本と、触手が挿し込まれていく。  
口を蹂躙された時と同様に、何本もの触手が束となって少女の膣口を埋め尽くす。  
下腹部から込み上げる圧迫感と、性器を無理矢理押し広げられる痛みに、苦悶の表情を浮かべる。  
束になったそれぞれの触手が、まるで一本の触手のようにうねりながら、膣内を突き進んでいく。  
それ以外の余った触手も、埋め尽くされた恥部へ何度か侵入を試みるが、それらが入れる余地は  
もはやなく、その周囲で蠢いていた。  
 
「んぎぅ!」  
突然アリスの体が反り返る。体内に侵入していない触手が、もう一つの別の侵入場所を探り当て、  
そこに入り込んだのだ。  
直腸を広げ、通常は犯されるはずのない部分にまで入り込み、その身を踊らせる。  
それに続くように、アヌスにも二本、三本と、黄土色の産卵管が挿し込まれていく。  
「が……あ、かひっ、う、くぅ」  
アリスの口から、苦しげな嗚咽がこぼれる。  
腸壁を掻くように触手が蠢き、腸内を進んでいく。  
手足は引き攣り、全身から汗が滲み出し、悲鳴にすらならない掠れた呻き声が漏れる。  
膣内を進んでいた触手が、子宮の入り口を小突く。  
「いぎっ! あが……くひ、い、あ」  
その度にアリスの体がビクンと跳ね、喉を反らせる。  
触手の粘液と、アリスの分泌液が混ざり合い、グチュグチュと粘着質な音が室内を満たしていく。  
 
子宮口を小突いていた触手の束の何本かが、入り口を抉じ開けて子宮内に入り込む。  
「がっ……! あぎ、ぎ、きひっ」  
何者の侵入をも許さなかった場所を汚され、その痛みと刺激に身を震わせる。  
逃れようにも、上にのし掛かる怪物の重みと、四肢を拘束する四本の触手が、その自由を奪う。  
少女は、ただ歯を食いしばり、それに耐え続けた。  
 
胎内に侵入した触手が、子宮の壁を撫で回し、生命が生まれ出づる場所を蹂躙していく。  
しばらくそれが続いた後、触手の動きが若干弱まるのを、アリスは文字通り体で感じ取っていた。  
刺激が和らぎ、安堵したのも束の間、それと同時に、この怪物の目的を思い出す。  
「うあ、あ、や、やめ、いや、おねが、ゆるしっ、く、ぎぐっ!」  
胎内の触手の動きが、再び激しくなる。  
 
懸命に身を捩り、抵抗するが、やはり無駄な足掻きでしかなかった。  
子宮の中で蠢いていた触手が膨張し、胎内に卵を解き放つ。  
「ひぐっ! く、ふ、あ、いや、で、出てる、いやぁ……」  
胎内に放出される体液、先ほどは感じなかった、体温より若干低いその感触に、身震いする。  
断続的に放たれる怪物の子種を、子宮で感じながら、その瞳から涙がこぼれ落ちた。  
 
彼女の苦しみはこれからが始まりだった。  
放出が終わり、それが子宮内から引き抜かれると、すぐさま別の産卵管が挿入される。  
腸内を犯していた触手も、目的の場所が定まった為かそこから引き抜かれ、侵入する場所を変える。  
子宮の中の小さな空間を、触手とそこから放たれる卵が満たしていく。  
触手が内壁を擦る度に、電撃のような痛みが少女の全身に走り、四肢を痙攣させる。  
苦痛の時間。  
胎内を埋め尽くされる圧迫感と、敏感な肉の壁を擦られる痛み。  
苦痛で意識を失いそうになるが、それも苦痛によって押し留められる。  
大きく開かれた口からは、苦しげな嗚咽と涎がこぼれ、大の字に伸ばされた手足は強張り、  
時折痙攣するように震えている。  
失神することも許されず、ただひたすらに、繰り返される責め苦に耐え続けていた。  
 
どれほどの時間続いたのか、苦痛でしかなかったそれが、徐々に別の物へと変わり始めた。  
なまじ経験が多く、肉の歓びを知っているせいか、怪物の分泌する体液のせいか、胎内を蠢く  
触手の動きに、体が反応し始めた。  
触手が膣内の肉壁を擦る度に、子宮の内壁を引っ掻き、体液と共に卵が放出される度に、  
与えられる刺激に甘美なものが混じり始めていた。  
 
「うあ……? あ? やぅ、くひっ、あ、や、なん……で………あくっ!」  
湧き始めた感覚に戸惑い、歯を軋ませて、下腹部からせり上がってくる快感を振り払うように、  
首を横に振りたくる。  
体の奥底から湧き出した快楽の波が、触手の動きと合わさり、より強いものへと昇華していく。  
いかに拒絶しようとも、少女の肉体は過敏にそれを脳に伝える。  
恥部を埋める触手が秘肉を掻き回し、捲れ上がった秘唇は、波打つ触手と共に出入りを繰り返す。  
湧き上がる快感は彼女の肉体を蝕み、精神を飲み込んでいく。  
混ざり合った粘液が床に広がり、少女の股の間に小さな水溜まりを作りだしている。  
 
放たれた体液が陰部と触手の隙間から、体外に吹き出しても触手の行動は変わらない。  
いっぱいのはずのその部分の、僅かな隙間をも埋め尽くさんと、半ば強引に侵入していく。  
「あぐっ! ひっ、あ、さ、裂け、る、くぎっ、ああああああーーー!!」  
数を増した触手が膣と子宮内の壁を掻き回し、少女の性感をより強いものへと高ぶらせる。  
「はぅっ、くひ、やぅ、ああ、いや、こんな、ふあっ、ひぅ、あう」  
四肢をわななかせ、快楽を否定するように首を振るが、肉体に叩きつけられる悦楽の波は、  
容赦なく彼女の心を突き崩していく。  
狂ったように首を振りたくり、全身を覆う快感に身悶えする。  
抗う術も、逃れる術もなく、ただされるがままに、異形の生物に蹂躙され、快楽に曝され続けた。  
 
熱く荒い吐息と、艶めかしくさえずる少女の声が、広い室内に響き渡る。  
「あう、ん、はぅ、ひくっ、あ? いや、だめ、や、やだ、いや、いやあああぁぁぁ!!」  
一際甲高い声を上げ、ガクガクと全身を痙攣させる。  
それと同時に、股間から勢いよく透明な液体が噴き出した。  
「ぁ……あぁ、ぃやぁ、こんな、の……いやぁぁ……」  
アリスの目から、一筋の涙がこぼれる。  
醜くおぞましい怪物によって、迎えさせられた絶頂、快楽の極み、女の歓び。  
それが、人外の生物によって与えられる。それこそアリスには耐え難いことだった。  
下唇を噛みしめ、嗚咽を漏らすアリスの体が再び反り返る。  
怪物による生殖行為は、まだ終わりではない。  
 
果てたはずの体に、再び熱が戻り始め、アリスは喉を反らす。  
悦楽の余韻が残る体に、快楽の波が再び押し寄せる。  
「ひあっ、あ、や、やめ、あうっ、ひっ、あ、ああああぁぁぁぁーーー!!」  
一度快感の極限を迎えた体は、堰を切ったように、過敏にそれを脳髄に伝達する。  
ほどなく、ビクビクと四肢を震わせ、二度目の絶頂を迎える。  
「あぐ……くあ、こ、んな、や、つに……っああ!」  
挿入された産卵管が大きくうねり、子宮口を押し広げて体内に侵入する。  
本数を増した産卵管が子宮内でうねり、さらに多量の卵を解き放っていく。  
放出を終えた触手は、少女の裸身を這い、その肉体に快楽の爪痕を刻み込む。  
絶え間なく胎内に放たれる体液。満杯になった子宮内に、まだ足りぬと言わんばかりに  
流し込まれる異種の卵。  
抗う力も、逃れる術もなく、それを受け入れる。それ以外に、彼女に出来ることなど何もない。  
 
ただ自分を失わぬよう、耐え続ける以外には……  
 
どれだけの時間が過ぎたのか、怪物の産卵はいつ果てるともなく続いていた。  
「くか、は、はぅ……く、ぅあ、や、め、も、ゆる、し……ぎひっ!」  
胎内の触手は子宮の肉壁を擦り、アリスに刺激を与え続けている。  
性的快感も、絶えず訪れる絶頂も、こうなってはもはやただの拷問に等しい。  
「あ、か、かはっ! ひぁ、くひっ、ぎぅ、あ、い、あ、たすけ、だれ、か……」  
息も絶え絶えに、来るはずもない助けを呼び始める。  
いっそ狂ってしまえば、壊れてしまえれば、どれほど楽だろう、だが彼女の精神は保たれていた。  
異形の怪物に犯され、卵を胎内に流されても、彼女は狂えずにいた。  
 
膣奥を抉る触手の動きは衰える気配はなく、むしろより激しさを増している。  
触手がピストンする度に、結合部から溢れた体液が噴き出す。  
ただ、わずかにではあったが、産卵管の本数は減ってきてはいた。  
もっとも、今のアリスには、それを実感する余裕などないが。  
体の力は完全に抜け落ち、触手の律動と共に揺れ動き、時折反射的に痙攣するだけとなった。  
「っは………あ……あ……は……か……」  
こぼれる嗚咽もか細くなり、もはや彼女の精神も限界に達しつつあった。  
 
挿入された最後の産卵管が放出を終え、膣内から引き抜かれる。  
広がりきったそこから、収まりきらなかった大量の粘液が、勢いよく溢れ出し床にぶちまけられる。  
秘唇は痛々しく腫れて捲れ上がり、無惨な状態になっている。  
蠢いていた産卵管のすべてが、再び怪物の体に収納され、その姿を消す。  
怪物の頭が、少女の顔に近づく。  
涙や涎でベトベトになった顔は、何の表情も浮かべず、目はどこを見るでもなく、虚ろに宙を  
見つめていた。  
対象が動かなくなったのを確認して、怪物が少女の上から離れる。  
拘束が解かれても、アリスの手足は力なく投げ出されたまま、ピクリとも動かない。  
 
少女から離れた怪物は、一声唸った後、周囲を見回し、その場から移動する。  
床に落ちたパンの元まで這い、それを尖った顎の先で小突いた後、口に咥え丸呑みにした。  
多少腹が満たされたのか、喉を鳴らして天を仰ぐ。  
何を思っているのか、怪物はそのままの状態で、天井を見つめ続けていた。  
 
不意に、怪物を照らしていた光が遮られる。  
 
異変を察し、振り向く怪物の頭に、深々とナイフが突き刺さった。  
「ギィィアアアアアアア!!」  
つんざくような怪物の悲鳴がこだまする。  
ナイフを握る少女は、そのまま無表情でそれを引き抜いた。  
怪物の頭部から、緑色の血液が吹き出し、アリスの顔と体に降りかかる。  
そんなことを意に介す様子もなく、逃れようとする怪物に、再びナイフを振り下ろす。  
不意打ちを食らって混乱しているのか、四本の触手はのた打つように振り回されるだけで、  
襲撃者の体を捕らえることはなかった。  
ナイフを突き立てる音と、それに伴う怪物の悲鳴が響き渡る。  
距離を取ろうとする怪物の上に、半ば馬乗りのような状態になり、刃を振り下ろしていく。  
 
脂肪が多いのか、ナイフは楽々と根本まで突き刺さり、怪物の活力を奪っていく。  
普通なら、最初の一撃で致命傷になるはずだが、その程度では、怪物を死に至らしめることは  
できなかった。  
頭部のみを限定して、アリスは無表情にナイフを振り下ろしていく。  
体を返り血で緑色に染めながらも、その行為を繰り返す。  
 
のた打ち回っていた触手が動きを止め、ピクピクと痙攣し、黒かった体表は緑色が大半を覆い、頭部は  
その原型を失っている。  
怪物の悲鳴もなくなり、動かなくなったのを確認して、アリスは怪物から体を離した。  
肩で息をしながら、手の甲で顔についた緑色の体液を拭う。  
「……した……したぞ、殺したぞ! おい! 殺したぞ!」  
声を荒げ、自らを照らすライトを見上げる。  
「何とか言えよ!」  
周囲を見渡すが、静寂の中に自分の声が反響するだけで、何の反応も返ってはこない。  
「くそっ、なんだよ、ちくしょう、なんなんだよ!」  
手に持ったナイフを床に叩きつけ、怒声を上げる。  
「……この、くそ野郎!」  
苛立ちからか、動かなくなった怪物を、思い切り蹴り飛ばす。  
何度か怪物の死骸を蹴った後、腹を押さえてうずくまる。  
「う……く、くそ」  
そのまま、少し離れた場所に移動し、そこに屈み込んで、自分の腹を押さえて歯を食いしばる。  
彼女の股間から、濁った液体が吹き出した。  
「はあ、はあ、くそ、こんなに……う、ぐぅぅぅ」  
その液体の中に、紫色の粒が混ざっている。  
下唇を噛みしめ、体内に流し込まれたそれらを、体外に排出していく。  
 
吹き出る卵もなくなり、アリスはふらふらとした足取りでベッドに向かい、そのまま横になって、  
今一度怪物の方を見る。  
 
「……ちくしょう、くせぇ」  
鼻をつく匂いからそんなことをこぼし、全身を覆う疲労感、それに精神的なものも相まって、  
そのまま深い眠りに落ちていった―――  
 
―――数時間後。  
静かに寝息を立てていたアリスが、突然飛び起きた。  
「あ……え? なん……だ?」  
自分の腹を触れ、下腹部の中にある妙な違和感を探る。  
「ひっ!」  
触れた部分。体の中で、何かが動くのを感じ取り、ビクリとアリスの体が震える。  
「あ……な……? ひぅっ!」  
体内で動くその感触は、彼女の子宮の中から伝わってくる。  
ゾクリと背筋に戦慄が走る。  
「まさ……か……」  
アリスの視線が、怪物の亡骸に向けられる。  
「う、そだ……そんな……」  
顔から血の気が引いていき、ガタガタと体が震えだす。  
彼女の脳裏によぎる、蠢く産卵管と体内に流し込まれた無数の卵。  
流されずに残留した、たった一つの卵が胎内で孵化した。  
そんな想像も、それを彼女が否定するよりも先に、腹部に内側から加わった圧力によって、  
それは裏付けられた。  
「ひぃっ!」  
手と胎内から、直接伝わってくる感触に、少女は悲鳴を上げる。  
彼女の体内に、確かに“別な何か”が存在していた。  
「う、あ………うわあああぁぁぁーーー!!」  
叫び声を上げ、半狂乱になりながら、自分の腹を両手で殴り始めた。  
力の加減もなく、泣き叫びながら、胎内にいるモノをどうにかしようと、何度も拳を振り下ろす。  
だがそれは、ただ単に中にいるモノを刺激しただった。  
 
腹を内側から突き破らんとしているかのように、アリスの腹部が大きく迫り出す。  
「ぎゃぎっ!」  
全身を走る激痛に、アリスの体が仰け反る。  
胎動する何かは子宮の中で暴れ、彼女に苦痛を与え始めた。  
腹を押さえ、ベッドの上でのた打ち回り、床に転げ落ちる。  
下腹部から伝わる痛みに耐えながら、先ほど床に叩きつけたナイフを探す。  
目的は一つ、己が腹を切って、中にいるモノを引きずり出すこと。  
無論、そんなことをしては、かなり高い確率で死んでしまうだろう。  
だが、自分の体内に醜い化け物がいることや、絶えず伝わってくる痛みは、そんな簡単な思考すら  
彼女から奪っていた。  
 
ぼやけた視界の片隅でナイフを見つけ、無様に床を這いながら、少しずつ近づいていく。  
「ぐぎっ! あ、く」  
床を這っていたアリスの動きが止まり、ピクピクと体が小刻みに震えだす。  
 
体内にいるモノが、出口とも言うべき産道を見つけ、そこから体外へと脱出を開始したのだ。  
子宮口を押し広げ、産道を通る異形のモノ。  
本来なら人の子が通るはずのその場所を、得体の知れないモノが通っていく。  
 
「あぐ、く、くひっ、ひぅっ」  
味わうはずのない、産みの苦しみ味わいながら、アリスは歯を食いしばり、床に爪を立てる。  
通常の出産なら、それなりの処置や、設備などがあるはずだが、ここでそれは望めない。  
金属製の床の冷たい感触も、徐々に感じ取れなくなってきていた。  
 
不意に下半身に異物を感じ、視線を向ける。  
「……ひぃっ!」  
自らの股の間から飛び出した、一本の白い触手を見て、少女の顔が凍り付く。  
とっさに、這い出してくるそれを手で押さえる。  
「ひ、う、や、やめ、出てくるなっ! や、いやぁぁっ!」  
混乱しているのか、飛び出した触手を再び体内に押し戻そうとしている。  
だがその甲斐もなく、這い出す触手の数は増えていく。  
腰が引き攣り尻を高く上げたその姿は、這い出した触手のそれも相まって、犬のようでもあった。  
 
自分がそれを産むのが耐え難いのか、必死に体内に押し留めようと、歯を食いしばって足掻き  
続けていた。  
両手で股間を押さえているが、触手は強引にそこを押し広げ、外界へとその姿を現していく。  
「あぎ、きひっ、ひ、う、うあああぁぁぁーーー!!」  
アリスの体が反り返り、股間から白い塊が床に落ちる。  
「あ、あ……出、て、きた……あ」  
ぐらりと、少女の体が床に崩れ落ちた。  
 
産まれ落ちた異形の子供。  
大きさは生後数週間の子猫ほどで、まだ色素が形成されていないのか、赤い血を纏っている  
体皮の色はほぼ白に近い。  
それらのことを除くと、親である怪物とさほど差違はない。  
「クァァァァァ」  
異形の子供が、掠れた鳴き声を上げて、骸となった親である怪物を見る。  
そして一声鳴いた後、母体となった少女に向き直り、床を這って近づいていく。  
 
顔を上げたアリスの目に、床を這うおぞましいそれが映る。  
自分が腹を痛めて産んだ、異形の赤子。  
「クァァァァ」  
その鳴き声を聞いたとき、彼女の中で何かが弾けた。  
叫び声を上げ、それに掴み掛かる。  
幼体の体は柔らかく、小さな首を掴む指が容易く食い込んだ。  
触手が腕に巻き付くが、締め上げる力は酷く脆弱な物だった。  
片手で首を絞め上げ、もう一方の手を振り上げ、その小さな頭に拳を叩き込んでいく。  
 
何度も何度も、拳を固く握り、小さな頭がひしゃげ、腕に巻き付いていた触手が力を失い、  
床に投げ出されてもなお、手が緑色の血で染まってもなお、彼女は拳を振り下ろし続けた―――  
 
―――数分後。  
室内には怪物の死骸が二体と、布を纏い、膝を抱えて床に座っている少女の姿があった。  
『おめでとう……と言うべきかな?』  
それまでの静寂を打ち破り、再びあの声が室内に響く。  
『君は見事に試験にパスした。  
はっきり言って、私の想像以上だよ……体は大丈夫かね?』  
それに答える代わりに、少女は声に向かってファックサインを出した。  
『……ふむ、無理もないか。  
これを言うと怒られそうだが、実はこうなるのは想定外だったのだ』  
アリスが顔を上げ、正面を睨む。  
 
「……どういうことだよ」  
『“アレ”には三日ほど食料を与えていなくてね、てっきり私は……それが生殖行為をするとは。  
なるほど、奴らの一部は個体の生存より、種の存続を優先するようだな』  
「んなこと聞いてんじゃねぇよ!」  
怒気も露わに、アリスは立ち上がり、声を荒げる。  
「だったら……だったら何ですぐ助けなかったんだよ! 何で……」  
『試験の内容に影響はない、そう判断した、故にだ』  
うつむくアリスの体が、わなわなと震え始める。  
『ふむ、奴らとの戦いに於いて、何が最も重要か、分かるかね?』  
「知るか、んなもん」  
『戦闘技術もそうだが、何より重要になってくるのは精神力だよ。  
奴らの大半は人の姿に擬態する、それこそ老人から子供まで、分かるかね? この意味が』  
驚愕の表情を浮かべるアリスに、声はさらに言葉を繋げていく。  
『擬態するだけではない、中には人の体に寄生するモノもいる、無論、姿はそのままだ。  
そう言った者達に向かって引き金を引く。  
つまりはそう言うことだ』  
「……いかれてる」  
『ああ、まともではない、だからこそまともではいられない。  
相手が女だろうが子供だろうが、躊躇せず撃てる者でなくては務まらない。  
今月に入って五人自殺した、正直これでは困るのだよ』  
黙って話を聞いていたアリスが、突然笑いだした。  
「お笑いだな、つまりはまともじゃない奴らがいかれた戦いをやってるだけじゃねぇか、  
くだらねぇ、それで人類を守る為とか抜かしやがるんじゃねぇだろうな」  
『まあ、大義としては掲げているがね』  
声は変わらぬ口調でアリスに語り掛ける。  
 
「ああ? じゃあ何でてめぇはこんなことを……」  
『私の動機は単純に復讐だよ』  
「けっ、その復讐のためにオレを利用するのか、ふざけんなっ!」  
『フッ、そうだな、そんなところか……さて、では最終確認だ』  
声の終わりと同時に、少女の眼前の壁が重々しい音と共に動き出す。  
「お、おい、今度は何だよ」  
身構える少女の問いに答えず、声は沈黙を続けた。  
開いた壁の向こうから、数名の武装した男達が室内に踏み込んで来た。  
 
自動小銃を構えた、ヘルメットにマスク、防弾着といった、完全武装の特殊部隊員である。  
銃に装着されたレーザーポインターが、アリスの頭と心臓の部分に集中する。  
「これはなんだ?」  
妙に落ち着いたアリスの声が室内に響き渡る。  
『ほう、この程度ではもう驚かんのだな』  
「質問に答えろ」  
『最終確認と言っただろう? 我々の仲間になるか、否か。  
死も選択肢の一つだ、その場合の手伝いだと思ってくれ』  
手で額を押さえ、アリスはうなだれて深く溜息をついた。  
「くそが……その前に聞かせろ、奴らのことが何で秘密なんだ? 公にした方が良くないか、  
驚異なんだろ?」  
『私も最初はそう思った、そうやって人々に注意を促せば、とね。  
だが、君は自分の隣人が化け物かもしれないと思ったらどうする?』  
「それは……」  
『殺す、だろ? だがもしそれが違ったら……  
人の心は容易く恐怖に支配される、疑心暗鬼にさいなまれ、やがてはリンチや、それこそ  
魔女裁判の真似事が公然と行われる。  
果ては世界規模の戦争に発展する。  
無論、これらは誇張ではあるがね、必ずしも有り得ないことではない』  
「……考えすぎ、だろ、たぶん」  
『私もそう願いたい』  
 
しばしの沈黙の後、声は彼女に決断を迫る。  
『で……どうする』  
「そう、だな、お前の思い通りになるのは癪だけど、死ぬのは嫌だ」  
『では……?』  
「ああ、なってやるよお前らの仲間にな」  
『そうか、だがいいのか、散々なことをしておいて何だが、この戦いはかなり過酷なものだぞ。  
それこそ生き地獄のようなものだ』  
「でも、ここであっさり死んじまったら、何の為に今まで生きて来たのか分からなくなっちまう。  
だから……な」  
『そうか、なら何も言うまい』  
声と同時に、アリスに向けられた銃が下ろされる。  
「あ、と、聞きたいんだが、そっちこそいいのか、その、オレみたいなのが……」  
 
『ああ、さっきも言ったが、我々の仕事は特殊で過酷だ。  
必要なのは任務を遂行できる力を持つ者、つまりは殺せる者だ。  
例としては、異形の存在に肉体を蹂躙されても、果てはその子供を産み落としても、発狂せずに  
その手でそれらを殺せる者、生き残れる者が必要なのだ』  
 
しばらく沈黙が続いた後、再度声がそれを打ち破る。  
『君の今後の予定だが、まずは簡単な医療検査を受けて貰う、体にまだ残っていたら困るだろ?  
その後は基本的な戦闘訓練と、奴らについての講義、それから早速任務に就いて貰う』  
「……なんか、めんどくせぇな」  
『そう言うな、大体数週間程度だ。  
ところで、何か欲しい物はあるかね、ある程度の物は用意できるが?』  
「え? あ、ああ、じゃあ熱いシャワーだ、このままじゃ気持ち悪い。  
それと飯と酒、後はたばこ、と、その前になんか着るものだ」  
唐突な切り出しに、やや面食らった表情を浮かべるが、しっかりと自分の要望を伝える。  
『分かった、早速手配しよう。  
時に、一つ聞きたかったのだが、差し支えなければ教えて貰いたい、なぜ君はドラッグに手を  
出さなかった?』  
「……それが何か関係あんのか?」  
うつむくアリスの口から、何かを抑えつけたような静かな声が出される。  
『君のような境遇の者は大体が現実の逃避や快楽を得る為に、そう言った物に手を出す。  
だが君はドラッグをやった経験はない。  
別にそれは何ら問題ではないのだが、個人的に興味が湧いた、それだけだ……  
答えたくないのであれば答えなくて構わない』  
しばらく黙った後、アリスは静かに口を開いた。  
「別に、大した理由じゃねぇよ。  
あの野郎がいつもそれをやった後に、オレを……だから、嫌いなんだよ」  
『……そうか、分かった』  
「ふん……あ、じゃあオレも聞こっかなぁ。  
復讐って言ってたけど、誰のだ?」  
アリスの質問に、声は困ったように唸った後、しばしの間を置いて一言こう告げた。  
『答える必要はないな』  
「なっ!? きたねぇぞ、人のことは洗いざらい調べやがったくせに!  
それにオレはお前の質問にも答えたぞ、こっちの質問にも答えるのがスジだろうが!」  
『そんな物を通す必要もないな』  
「ふざけんなよテメェ!」  
『自分が何かをしたからと言って、必ず同等のものが返ってくるとは限らない』  
「納得いかねぇ」  
『ふむ、では私と君の関係がもう少し親密になれば話そう』  
 
「……はあ?」  
『だから私と君の個人的な関係が、だ』  
額に手を当て、アリスは天を仰いだ。  
「はっ、じゃあ一生無理だな」  
『私はそうでもないが?』  
「こっちにはそんな気はさらさらねぇんだよ!」  
『それは残念だ』  
心底呆れた、と言った感じで深く溜息をついて、顔を正面に戻す。  
「そんなに話したくねぇのか?」  
『あまり人に聞かせるような話でもなくてな』  
「人の過去は調べておいて……」  
『必要だったからな。  
仲間に加えた人物が奴らの擬態だった、などと、笑い話にもならんからな』  
「……絶対、一発ぶん殴ってやる」  
『ふむ、楽しみにしておこう』  
チッと、舌打ちをして、アリスは出口に向かって歩きだした。  
二、三歩進んだところで、ふと足を止め、少々意地の悪い笑みを浮かべる。  
「もう一個聞くけど、オレがアレに犯されている時“おっ起ったか?”」  
『……フッ、それも、もっと親密になれれば教えよう』  
「あ〜はいはい」  
うなだれるように肩を落とし、溜息をついた後、正面を見据える。  
『では、健闘を祈る』  
「けっ……上等だぜ」  
大きく深呼吸をして、アリスは前を向いて進み出した―――  
 
 
 

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