―――行く宛もなく彷徨うというのは
まさに今の我が身を表す言葉なのだろうと、思う。
Title: Sky Forever [空よ、果つることなかれ]
敵母機は既に沈黙。
されど自分の帰るべき艦も既に無く。
この機の転移圏内には、恒星さえも無く。
いくら進めど虚空に変わりはなく。
推進剤の残り僅かにして、救援の見込みもなく。
思い浮かぶのは遥かな故郷。
ここから辿り着けるはずもない所。
戯れに、機首だけはその方角へ向け。
何も無い場所へと跳躍航路を設定したはずだった―――
Stage 1 : Beyond The Blue [彼方]
[通告]
[交差航体]
突如、視覚に投影される文字列。
自動回避が働き、周囲に展開する通常空間。
気が付けば、星図には無いどこかの星系。
視界の半分を占める、青い惑星。
何をするもなくそれを見つめる、自分。
[警戒]
[未識別顕現体]
再び文字列。
交差軌道上に出現する無数の輝点。
望遠。明らかに戦うための形をした鋼塊の群れ。
こちらの転移は被阻害のまま。
次の瞬間、反射的に。
逃げられないと頭で考えるより早く、
機体を戦闘機動に切り替える自分がいた。
一拍置いて苦笑する。いまさら戦うつもりなのかと。
そして、気付く。
そうだ。ただ燃料の尽きるのを待つより、
戦って死ぬ方が、多分、楽だ。
なおも警告は続く。
表示されるのは大気圏内から急接近する何かの座標。
視野の隅を切り抜いて映し出される拡大映像。
視界を掠める、接近物体の姿。
最大望遠で捉えられたのは鋼塊ではなく――翼あるヒト。
少女の形をして、鳥の翼をもつもの。
背中の翼には、輝く幾何文様の長翼を纏い、
明るい光球を従えるそれは、
――まるで、御伽に聞いた天使。
そのまま彼女の軌道は、真直ぐにこちらに向かってきて、
前方輝点の群れがこちらの照準に入る直前、
追いつき、交叉して、すり抜けるように前に出る。
瞬間、彼女はついて来いとでも言うかのように一度だけ振り向き、
次には「敵」へと銀針の雨を浴びせていた。
その姿に見惚れる暇は無く、
こちらも、射程に入ってきた敵を照準し、ただひたすらに引金を引く。
群れる雑魚を一閃の下に薙ぎ伏せ、
乱れ撃たれた弾を紙一重でくぐる。
障壁を破って至近から一撃を加え、
外殻を破り必殺の弾丸を打ち込む。
そうして、中心へと活路が開け――
[警戒]
[大熱量反応]
多重の障壁を透かして朧に捉えられるのは、今までより二周り大きな影。
直感は告げる。これを倒せば終わりだ、と。
そして、がむしゃらに、ひたすらに。
機関の悲鳴を聞きながら、赤熱した砲身をなだめながら、弾を打ち込みつづける。
対物隔壁が破壊し、さらけ出された中心核へありったけを叩き込む。
一瞬、全ての映像が過大入力で白く飛ぶ。
それで、終わり。
残骸が漂う空間。そして、彼女の姿。
彼女はさっきと同じようにこちらを一瞬だけ振り向いてから高度を落とし始める。
背景は視界の大半を占めるようになった青い星。
時に先導するように、時に戯れるかのように付き添う彼女。
大気突入の炎の向こうに揺らぐその姿は、相変わらず優雅。
高度が落ち、空が青くなってきた頃。
彼方に輝く湖、氷河を抱く山脈。
湖に、さざなみさえ見分けられるほど近づいて。
先を行く姿が、ふっ、と、何も無いところへ吸い込まれるように消える。
続いてそこを通り過ぎると、眼前に現れる集落。
背後には、なだらかな青草の斜面と一筋の石畳。
機体の入力を通していてもなお心地よい風。
誘導に従い集落を回り込み、近づいてくる草原にむけて降着装置を下ろす。
軽い衝撃。
柔らかい草を巻き上げる。草原に二本の爪痕を残して、止まる。
手早く計器を操作する。大気圧と大気組成に支障は無い。
降機のために機体側との感覚接続を停止する。
草原と青空を映していたいくつかの視野と視点が、一瞬の暗転を経て一つに収束する。
視界と感覚が、無機質な操縦席内へと帰ってくる。
はやる気持ちを抑えて、頸部の神経端子を抜く。
操縦席との固定具を外す。
搭乗口を解放する。
僅かな気圧差に空気が流れる。
軽金属の梯子を降りる。
最後の二段は飛び降りる。
草を踏む。
駆け出す。
立ち止まり、振り向けば、陽炎に包まれた機体。
その陽炎の向こうには、立ち尽くす翼の少女。
そして見上げた空は、ひどく透明な、蒼。
Stage 1 END [ 終劇 ]