夕暮れ………  
半袖にマフラーの少年が呟く  
 
 
「…………楽しくねぇな……。」  
 
 
意味のない宿題も、話を聞かない教師も、ファッションとしてのマフラーを否定するやつらも、彼は嫌いだった。  
 
『意味のある勉強をさせてくれ、人の話を聞いてくれ、マフラー流行ってたんじゃねぇのか?少し標準とズレたらこれか……』  
 
 
黒髪が耳とうなじをくすぐる、ワックスいらずのツンツン髪。1人の人間というよりも大量の制服がアスファルトの上を歩いている。高校……世の中という1つの生き物。  
その生き物のカケラが、鋭い犬歯を限界まで見せ、幼なさの残る目を見開き、しかし誰にも気づかれぬまま陽炎の中に消えた。  
 
 
気がつくと森の中に居た。体はだるくて起き上がれないし、まだ目が開かないから確かめたわけじゃないが木の匂いがするから多分森の中だ。一度だけ森の中に入ったことがあるからなんとなく分かる。  
あとは………水が流れる音が聞こえる。  
 
ぴちゃ ぴちゃ ぴちゃ  
 
 
一定の間を開けて腹になま暖かさと湿り気を感じる。そのなま暖かさは水の音とリンクしていた。  
木の葉から滴でも落ちているのだろうか?  
水滴にしてはやけにでかい。  
 
 
『違う!!獣だ!!!!何かが腹を舐めてるんだ!!!!』  
 
頭の中がぐるぐると回り出す。  
 
 
落ち着けおちつけオチツケオチツケオチツケオチツケ  
 
 
『一度、落ち着いて深呼きゅ……ダメだ!!!!今深呼吸したら意識があるのがバレる!!!!いや、バレてもいいのか?!』  
 
体から冷や汗が流れ出す、心臓の音がやけにでかい。  
 
同時に、獣の小さな舌が顔を舐めた  
 
 
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」  
 
 
俺はこの世界の全てがおそろしくなり必死に逃げ出そうとしたが、体は動かない、目が開かない、気力を振り絞り四つん這いになると目が開いた。  
目の前にあるのは巨大な木の幹だった。  
前には逃げられない  
 
終わった……  
 
俺は……気を失った。  
 
次に気が付くと藁のようなベッドの上にいた。  
横には  
 
「うわ!!」  
 
俺の叫び声に驚いた顔をしている美少女が。  
背丈は自分より10cm程低く、髪は茶色でシャギーカットになっていた。目は綺麗な深い青で大きく、眉が下がっ  
ているために泣きそうにみえる。耳は……  
 
『?!』  
 
人間の耳がある場所あったのは人間の耳ではなく熊のような耳だった。  
服も普通じゃない。  
石器時代の素材で今風に着こなした感じだ。長袖の茶色い毛を編んだシャツ(?)の上に袖のない服。ズボンも毛を編んだもの。コンバットブーツのような靴もだ。  
人のファッションを否定する気はないが、流石にその姿を見て冷静ではいられなかった。  
自分は昔にタイムスリップでもしてしまったのだろうか?  
昔の人は熊耳だったのか?  
目を見開き思考が訳の分からないことを考え始めた時、少女が口を開いた。  
「あの……。」  
「?!」  
少女というより少年のようなやや低くめの声だ。勿論俺よりは高いが。  
「…大丈夫?」  
「…え?」  
その一言で一気に頭が冷えた。今するべきことは、現状の把握。  
まず、自分の体を見たい。  
体を起こそうとすると腹部に痛みがはしった。  
首だけを傾けて見てみると、15cmもある切り傷がへその下を横方向にのびていた。いつ切ったのだろう?  
「……、やっぱり痛む?」  
 
そういうと彼女は俺の傷口を舐め始めた。俺はその光景を見ながら、『あぁ、この子は俺を助けようとしてくれてたのか……さっきは悪いことをしたな』と思った。不思議と舐められたことには驚かなかった。  
「……ありがとう。」  
「………。」  
ただ、笑顔だけが返ってきた。  
これが、俺とクゥの出会いだ。  
 
 
 
あれからクゥに色々教えてもらった。  
最初に教わったのは自分の置かれている状況についてだ。  
……魔力だとか時空の歪みだとかかなり詳しく教えてくれたのだが、とりあえず俺は平行世界に“落ちて”しまい、元いた世界には戻れないそうだ。  
これは別にショックでもなんでもなかった。どうでもいい。  
問題は“ヒト”=“奴隷”だということ。  
クゥは俺を奴隷商だかなんだかに売り飛ばす気はないらしいしヒトを虐げるつもりもないと言っている。  
この森にいる限り拉致られる心配もなさそうだ。  
 
今俺がいるこの場所は普通ではない、ある種の結界、言わば聖域らしいのだ。  
この世界には“魔法”というものがあり、この森はその魔法で守られている……らしい。  
罪の意識を持って行動しようとすると動けなくなり、しかも1日この森で過ごせば全ての悪意が消え去ると言っていた。  
それならばと俺はクゥの額にでこピンをしてみた。  
魔法が本当なら不可能なはず…なのだが、なんと成功してしまった。  
クゥが言うには悪意や罪の意識がなくたんなる好奇心からくる行動だからだそうで、その後でこピンを仕返された。(無口っぽいイメージだったが、意外によくしゃべるし茶目っ気がある)  
 
次に森や魔法、種族について。  
この世界には様々な種族が存在し、各種族ごとに文明のレベルから得意とする魔法まで全く違うそうだ。  
クゥ達の種族についても教えてもらった。  
クゥ達はこの森に1000年近く前からすんでいる種族で人口は2000人程度。  
種族名は特に無い。  
(ちなみにこの森の直径は200kmでいたるところに泉がある)  
男女共にマダラと呼ばれる形態らしい。(他の種族のオスは基本的に半獣だそうだ。見てみたい)  
文明レベルは低いが、これは今の生活が好きだからで別に知能が低い訳ではないそうだ。  
クゥ達が得意な魔法は生物の感情の強さを増減させたりするマインドコントロールと、知恵の書と呼ばれるもの。  
このマインドコントロールは細胞レベルで働きかけることができるため、生態系を操作することも可能らしい。(種族がマダラだらけなのもこれの作用)  
クゥ達はこの魔法でこの森全体を操作している。  
まず肉食の生き物はいない。蚊の1匹もだ。  
そして木はことごとく大樹。最低でも直径が2mはある。  
さらに全ての木がなんらかの実を実らせている。  
多様な果物から服の材料になる繊維質の毛玉みたいなものまで。  
次に知恵の書  
クゥがいつも肌身離さず持っている赤い表紙に金縁の本で、ここの森に住む人間やヒト全員が持っている。(すぐに俺にも作ってくれるらしい)  
本は自分が後世に伝えたいと思ったことを魔法で書き込み、必要に応じてその知恵を引き出すという仕組み。  
例えば、俺が果物の保存に役立つことを考えつきそれを本に書き込んだとする。  
その後クゥが果物を保存する方法を知りたいと念じなながら本を開くと、俺が書き込んだ内容が頭に流れ込んでくるというわけだ。  
 

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