だーめー! みんな帰って帰ってー!  
見せてくださいな王女様! そう我が侭を仰らずに!  
 
 僅かに開いていた、かまくらの扉から聞こえてくる口論。  
我が侭はあんた達だと思うのは気のせいか。  
珍しい物見たさの野次馬と、我が宝とばかりに見せない小学生。  
扉が閉まっていたときは、こんなざわめきが全く聞こえなかった。  
このかまくら、思ったより防音性がすごいのか?  
 
帰らなかったら怒るからね!  
お、王女様! そうお怒りにならずに・・・。  
うるさーい!  
ひ、ひぃ・・・  
 
 僅かに開いていた、かまくらの扉から覗いてみる口論。  
腕を振り上げ、大音量で叫んでいるお前が煩いと思うのは滑稽か。   
海羽を限界まで引っ張り上げるフィルと、蜘蛛の子を散らす様子の野次馬共。  
小学生が片手を上げた瞬間に野次馬は血相を変えて逃げていく。  
何をそんなに脅えて・・・  
 
『みんな帰ってー!』  
 
 フィルが叫ぶ。  
天に掲げた手のひらから小さな、小さな氷が現れる。  
それは次第に大きくなっていく。  
涙目で逃げる女子供、怒り涙でマジ顔な小学生。  
手のひらの氷はどんどん大きくなっていく。  
バレーボールよりも、テレビよりも、雪だるまの胴体よりも。  
最終的に、気球みたいになって・・・。  
 
『帰れえー!!』  
 
 大きく振りかぶってー・・・。  
フィル選手、投げたー!!  
 
「ちょ、おま! 危ないだろ!」  
 
 そう叫んでも最早、後の祭り。  
投げられた球、否、隕石と化した巨大な雹は目の前のご老人に向かってく。  
大きさ故に弾丸の如し、とんでもないスピードで80m先に着弾する模様。  
おばあちゃんは後ろを見ずに走っているので、隕石が迫っていることに気づいていない。  
迫る隕石、嗚呼、もうあれは助からな・・・。  
 
「まったく、方向指定もせずにただ力を使って。」  
 
ぴたっ。  
 
「・・・と、止まった? あのデ○スターが?」  
 心臓がバクバク、もう諦めかけた顔でつぶやいてみた。  
止まってる、止まってるよおい。 あのデス○ターが止まってる。  
それにさっき聞こえた声は何? 妙に優しい声だったが。  
 
ピキ  
 しばらく凝視していると、隕石にヒビが入る。  
ピキピキ   
 ヒビは隕石全域に広がっていく。  
 
 パリン、と小気味いい音を響かせて、巨大な雹は氷の霧と化した。  
光が霧に乱反射して幻想の世界を作り出す。  
霧の塊は風に揺らぎ、少しずつ空気中の水分へと昇華する。  
ダイヤモンドダスト、宝石の霧と謳ったのはどの人か。  
紅に、蒼に、翠に光り、霧は徐々に晴れていく。  
その中心に、巨大な雹を砕いてくれたのが一人。  
 
 霧の中心、頭を抱えてうずくまる老人を背に  
左手に握った真っ白な杖を地面の氷に突き刺し  
右手はフィルがやったように天へ掲げ  
こちらに向かって歩きながら  
女神のような笑顔でにっこり笑う  
不思議な練乳色のローブを着た大人の女性。  
 
「あ、我が娘をはっけーん。 やっほー。」  
 
フィルにそっくりな大人の女性がいた。  
 
「風の噂で聞いたけど、まさかフィルがヒトを拾うなんてねー。」  
「あたしの物だからね! 母様にはあげないんだからね!」  
「けどぉー、猫とか他の国に売れば結構なお金になるわよぉー。」  
「売らないし、あげないし、どこにもやらない!」  
 
 あの雹を砕いたのはフィルの母様、らしい。  
現プンムグンム島第14代女王位、エルステッド・シェルン。  
噂で俺を拾ったことを聞きつけ、忙しい政治からわざわざ来たとか。  
 
 かまくらの中央右、テーブルの上に細かい模様が入ったティーカップが3つ。  
中身は紅茶と思いきや、6分目まで注がれたホットミルク。  
いただきます、と程々に暖かいミルクを啜りながら横目でフィルの母親を見てみる。  
 女王シェルン、右手はまるでアフタヌーンティーを楽しむ貴族のような動作だが  
左手はとても高価そうな杖を、まるで孫の手のように使い、ローブに埋まった背中を掻く。  
つか何、あの軽いノリと、このギャップ。 霧の中から現れた時の威圧感が全く無いし。  
端から見てると、少し怒り気味に夢を話す子供、それを軽く受け流す母親。  
ニヤニヤしながら時折、こっちに向かって熱い視線を送ってるし。  
 
「あのー・・・。」  
「ん、なーに? オスヒト君。」  
「オ、オスヒト・・・。 えと、さっきのはナンディスカ? いきなり氷が出て来たり。」  
「あれは、あ、あたしがちょっと頭に血が上ってそれで・・・。」  
「暴走を起こしかけたのよね。」  
「はい・・・、ごめんなさい・・・。」  
 
ぼ、暴走?  
 
「この世界には魔法ってのがあって、私達ペンギン族はその系統を使えるの。」  
「はぁ・・・。」  
「で、ペンギン族は『動異魔法』。 まぁ簡単にいっちゃえば物を自由に動かせるってことね。」  
「物を、自由に、動かす? 簡単に、というのは?」  
「オスヒト君、いー質問。 動かすというより運動中物体のベクトルを強制的に指定するって事かしら。  
 『物質そのもの』に働きかけるんじゃなくて『移動する方向とエネルギー』を無理矢理にするの。」  
「つ、つまりあたしが氷を出しちゃったのは、空気中水分を一点に集中させてしまったからです・・・。」  
 
 訳が分からない。  
いきなり「魔法だ」とか「自由に動かせる」とか発言されても対応に困る。  
た、確かにあの不可思議な現象はそれで立証し得るかもしれないけど・・・。  
魔法だ何だと言われても信じられない、頭イカれてるんちゃうかと、このオバサンは。  
 
「でねー、そこのオスヒト君。」  
「は、はい?」  
 急に話を振られたからすっとんきょんな声を出してしまった。  
「私達の力は、脳信号パルスを波に変換して自らの脳に伝えることも出来るのよ。」  
「え、それはどういう・・・。」  
「あの、あまりに単純な考えを続けていると、あ、あたし達にはそれが読めてしまって・・・。」  
 
 考えを、読む?  
フィルは怯えながら俺の顔と、母様であるシェルンの顔を見比べる。  
対するシェルンは、頬杖を突きながら笑顔で微笑むが・・・。  
隊長、大変です! こめかみに怒りマークが見えます!  
 
頭イカれてるんちゃうかと、このオバサンは。  
 
このオバサンは  
 
オバサン  
 
「殺す。」  
 
笑顔のままキル・コールをしないでください!  
 
 
==  
 
 
「じゃ、またくるからね〜。」  
「母様、今日は本当にありがとう・・・。」  
「オスヒト君も、ま・た・ね。」  
「ひぃ! はいぃ!」  
 
 シェルンがまだ怒りの焔を灯しながらこっちを睨む。  
かまくらの外、親子の別れの言葉を交わしていたのを、  
僅かに開いた扉から盗み聞きしていた俺は縮こまった。  
あの禁句(ときめた)を言った時、俺は光の速さで土下座をし、風の如くに頭を地面に垂れた。  
ヒトの標本としてヒト氷柱花になるか、ここで赤いカーペットを染め上げるか  
選ばさられたのを何とか許して貰ったが、まだお怒りのご様子。  
 
「もうあんな暴走しちゃ、だーめーよ?」  
「は、はい・・・。 気をつけます・・・。」  
「そうそう、これあげるわねー。」  
「これ、何ですか?」  
「それはねー、ごにょごにょ・・・。」  
 
 母親が娘に耳打ちをしていて、俺には全く聞こえない。  
耳打ちをしながらシェルンはローブの中から何かを取りだし、フィルに手渡した。  
女王シェルンの海羽は、楽しそうに規則正しく揺れている。  
対するフィル、最初は頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。  
が、最後の言葉を聞いたときにびっくりしたらしく、  
顔を真っ赤にさせながら手の内の物を凝視する。  
その驚きようを見て、更に楽しそうな顔になった母親。  
 
「後は頑張ってね〜。 さて、と・・・。」  
 
 そういうと、右手を広げ天に掲げ、威圧感が立ちこめた。  
シェルンの海羽が風を纏う、空気の温度が下がる。  
あまりの静けさに、耳が痛い。  
数瞬、卵が割れたような音がした。  
 
パリ  
 空気が震える  
パリリ  
 空間が割れる  
パリリ、パリ  
 女王の目の前に、人一人が入れる裂け目が出来た。  
裂け目は時々、静電気が火花をあげてパリパリ鳴っている。  
掲げていた右手を下げて、女王はその空間に飛び込む。  
 
「またね〜。」  
 
 そういうと、裂け目が縫い合わされるように閉じていく。  
中の女王は振り返らずに歩き続け、裂け目も消えていった。  
見えるのは、ぽつんと立ちつくすフィルだけ。  
俺は扉をそっと開け、一歩も動かない小学生に近づく。  
 
「今の・・・、何なんだ?」  
「大気を限界まで引っ張り上げて次元をねじ曲げ、別の場所へ移転させる動異魔法。」  
 特に感情も入れずに、じっと手を見つめながら機械のようにつぶやくフィル。  
「転移・・・、つまりワープの事? ところで何でさっきから手の平ばかりを見てる?」  
「! あ、あの! な、なんでもありません! ちょっと考え事に耽ってしまって・・・。」  
 
 さっと隠したけど、ちらっと見えたのはどうやら布袋。  
ちゃぷん、と音がしたから水分のようだ。  
フィルは貰った物を抱え、顔を真っ赤に赤らめながら駆け足でかまくらに戻る。  
 
「お、おい・・・、ハッ!」  
 
 背後から視線を感じる。  
そっと振り向くと、俺が居たかまくらとは別の、  
一回り小さいかまくらから目だけが不気味にこっちを睨む。  
しかも一人や二人じゃない、複数。  
 
じー。  
 
俺はその視線に怯み、フィルに続いてかまくらへ駆けていった。  
 
 
===  
 

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