「ねぇ、先生…」
「ん?」
「お母さん…明日は来るかなぁ」
月明かりに照らされて、仄かに明るい病室。
一つしかないベッドの上で、唯一の友であるミーコという猫のぬいぐるみに顎をのっけてる。
「さぁ…どうだろ?」
「いじわる…こんな時は嘘でも励ましてよ」
ぷくーっと頬をふくらませこちらを睨む。
嘘が嫌いなくせに難しい注文をつけてくるな。いや、甘えてるのかな?
つい、ふっと鼻で笑ってしまった。
そんな俺をちらりと見ただけで、彼女はさっさと自分の世界に戻っていった。
今の彼女は本当に抜け殻の様だ。
万に一つでもここで彼女を襲ったとして、それでも彼女は俺に気づかない振りをするだろう。
夢の中にいれば優しい父母とずっと一緒に居れるのだから。
「…先生はいつまでそこにいるの?」
彼女はふいにこちらに戻ってくる時がある。
その時はちゃんと旅立つ前から続けるのでこちらが会話を忘れていたりすると少々困る。
だから、なかなか彼女と満足いくまで話ができる者はいない。
「普通は見回りって看護師さんがするじゃん?先生暇なの?」
「まぁそんなもん」
本当は今日はもう勤務は終わっている。
更に本音を言えばこんな薬くさいとこ長居はしたくない。
大好きな兄を亡くした事を嫌でも思い出してしまうから。
ふと彼女を見るとまた夢の中に帰っている。
俺がここに残っている理由は
寂しさを全身に身にまとい、それでも必死に孤独と戦う為に夢の中にいる彼女に
そっと、キスをする事。
そうすると、何故か兄の死からくる悲しみが癒されるのだ。
ガンガンと鳴る頭の痛みが和らぐ頃、彼女をそっとベッドに寝かしつけ、部屋をあとにした。