-Prologue-  
 
悪夢など、とうに見慣れている。  
草原が燃える夢。身体が裂かれる夢。誰かを捜し続ける夢。  
そのたびにうなされて、歌紡ぎの婆さんに起こされる。  
そして覚めた頭で、どれも本当にあったことだと思い出す。  
焦げた毛。失った左腕。……離してしまった手。二度と戻らぬ温もり。  
叫びたい。でも俺の弱った身体はそれを許さない。  
喉の奥で、うなり声がかすかに空しく響くだけ。  
 
「今は無理やりにでも眠らなくちゃだめだ」  
 
歌紡ぎはそう言う。歌で俺を無理やり眠らせる。  
俺の心をなだめるために、あのころの夢を見せる。  
むせかえる草の匂い。重さを感じるほどの強い日差し。  
震えながら俺をにらんでいた青い瞳。  
ずっと続くと思っていた、平和で幸せだったころ。  
だからこそ、悪夢より何倍も、この夢は残酷だ。  
 
そして。俺の意識は抵抗もできないままに、あの初夏の草原へと沈んでいく。  
 
 
-1-  
 
おもしれえな。  
“サカリ”の木の下で、俺は白毛のガキに睨まれていた。  
どう考えてもこれは恋心を打ち明けるとかそういう甘ったるい態度じゃない。  
喧嘩を売ってるとしか思えん。  
俺の胸までしか背がないようなコムスメのくせに、挑みかかるように  
まっすぐ俺を見ている。そのくせ膝が合わないぐらい足は震えてるし、  
今にも小便ちびっちまいそうなほどの緊張の匂いをそこいら辺じゅうに振り撒いている。  
だが、こいつははっきりと俺に言ったんだ。  
 
「あたしを抱いてくれませんか」  
 
いったい何を考えているんだ、こいつは。  
 
 
草原の中心近くにある大きな木の下は、ちょっとした広場になっている。  
ここは“サカリ”の匂いをぷんぷんさせたオンナたちと、それを狙うオトコたちが  
集まる場所だ。  
今はまだ日が高いからか閑散としているが、日暮れ時から明け方にかけては、  
どこから集まってくるんだってぐらい、たくさんのヒトで小さな広場が埋め尽くされる。  
オンナを取り合うオトコたちの喧嘩は絶えないし、相手を見つけて  
愛撫に夢中になる連中もいる。そして、それを見物に来る冷やかしも多い。  
 
今日の俺は、どちらかというと、その冷やかしのほうだった。  
何日か前に大きな獲物をとったから、狩りに精を出す必要もない。木陰で涼むの半分  
いいオンナを捜すの半分、ぐらいの軽い気持ちだ。  
俺ももういい加減ガキじゃない。“サカリ”の匂いのするオンナなら誰でもいいとか  
そんな飢えた時期は過ぎた。ナワバリもそこそこ広がったし、仔も何人か作った。  
ガキのころ憧れていたオトナのオトコの、とば口ぐらいには立てたような気がしている。  
 
強いオトコに抱かれれば、強い仔が生まれる。弱いオトコが父親だと、  
仔が生き延びる確立は低くなる。だから、オンナたちのオトコを見る目は厳しい。  
今も何人かのオトコの周りにオンナが集まり、あぶれた奴らはおこぼれを預かろうと  
遠巻きに眺めている。  
ありがたいことに俺の横にはオンナが何人かいた。“サカリ”の時期に入っていない  
暇をつぶしに来たオンナばかりではあったが。  
 
そこに、そいつは来た。  
辺りを見回して俺を見つけると、まっすぐこっちに向かって歩いてきたのだ。  
そして、俺を睨みつけて言った。  
 
「あたしを抱いてくれませんか」  
 
俺も、周りの連中もあっけにとられてそのガキを見た。  
 
「おまえ、自分がなにを言っているのかわかってるか?」  
 
ガキは、俺から視線をはずさずに頷く。  
 
オンナのほうから面と向かって誘いをかけるなんて聞いたことがない。  
オンナは普通、その匂いでオトコを誘うものだ。  
俺の隣に座っていたオンナのひとりが、ガキに見せつけるように俺の首に抱きつく。  
喉に絡みつく笑い声を上げながら、ガキにも聞こえるような声の大きさで俺にささやく。  
 
「アカガネはコムスメなんか相手にしないよねえ」  
 
“サカリ”が来る年齢になっても、身体が出来上がるまではコムスメと呼ばれる。  
いっぱしのオトコなら、そんなのに手を出すことはない。  
もっと年上の、“サカリ”や仔を育てることに慣れたオンナを選ぶ。  
コムスメは仔が出来にくいし、なによりいろいろと面倒くさい。  
 
「やめなさいよ、サビ」  
 
もうひとりが、ガキをからかっていたオンナをたしなめる。  
 
「それより、ねえ。あなた、ギン、じゃない? こないだっから噂になってる」  
 
ガキは少しためらったあとに頷く。  
あまりにも場違いなそいつを興味深げに眺めていた周りのオトコたちが  
いっせいに後ずさる。  
 
「そんな目立つ毛色のコなんてあまりいないもの……。ねえ、あれって本当?」  
 
ギン。その名前なら聞いたことがある。  
たしか、“コムスメ喰い”をしようとした流れ者を殺したとか、オトコとして使い物に  
ならない身体にしたとかそういう噂だ。話すヤツによって内容は違う。  
見た感じ年相応に華奢だし、とてもそんな力があるようには思えないが。  
話に尾ひれがついて大きくなっているんだろう。噂なんてそういうものだ。  
 
最近草原に流れ者が増えてきた。  
俺も3年ほど前に流れてきたんだから偉そうなことは言えないが  
ここ1年ばかりの間に流れてきた連中はどこかおかしい。  
オンナに対して異常なぐらいガツガツしている。  
もちろんそんなオトコを選ぶオンナはいないから、奴らは成熟したオンナは狙わない。  
オトコの誘いを断るのに不慣れなコムスメを狙う。  
仔が欲しいんじゃない。それならコムスメを狙うわけがない。  
ただ己の身体を鎮めるために、だ。  
乱暴に扱われて死んじまったコムスメの話もよく聞く。出来上がっていない身体には  
あれはかなり厳しい行為らしい。  
 
広場中からオンナが集まってきた。こいつらはなんでこんなに噂が好きなのか。  
本当は流れ者は何人いたの? 食いちぎったとか殺したって言うのは本当? などと  
口々に不躾としか思えないような質問をぶつけている。  
今まで俺をにらみ続けていた、ぴんと張り詰めた視線がはじめて泳いだ。  
 
「だめ、なら……いいです」  
 
抱けと言ったときとはまったく違う、消え入りそうな声でそのガキ、ギンは言って  
その場を逃げ出そうとする。  
 
「待てよ」  
 
俺はギンの腕をつかもうと手を伸ばした。ギンは毛を逆立てて一歩飛び退く。  
緊張の匂いが一層強くなる。  
他人を怖がっているらしい。噂のせいか、噂の元になった出来事のせいか。  
そんなヤツが、なんでこんなヒトの集まる場所に来たんだ。  
俺にあんなことを言うために?  
とにかく、このままここでさらし者にするのはしのびない。  
 
しょうがない。俺は、女たちに囲まれて動けなくなっているギンの首ねっこをつかんで  
持ち上げ、ぶんと振り回して肩に担いだ。  
ギンは一瞬何が起きたのかわからなかったようだ。  
俺の肩の上で固まっていたが、しばらくして我に返ったのか暴れだした。  
 
「嫌! おろしてください!」  
「やだね」  
 
暴れるギンの身体を片手で軽く制して、俺は歯を見せて笑う。  
 
「おまえは俺に抱かれたいんじゃなかったのか?」  
「あ……」  
「なら、おとなしくしとけ」  
 
俺は静かになったたギンを肩に乗せたまま、オンナたちに手を一振りしてその場を離れた。  
結局、その頃には、俺はギンに少し興味を持ってしまっていたのだ。  
噂の内容にではなく、このコムスメ自身に。  
俺を睨んでいた、夏の空みたいな青い瞳に。  
 
まったく、おもしれえ。  
 
 
-2-  
 
「さて。どうするかな」  
 
“サカリ”の木からかなり離れた川べりまできて、俺は肩の上で身を硬くしているギンに  
声をかける。このあたりはもう俺のナワバリだ。  
途中まで俺たちのあとをつけていた野次馬も引き返した。  
ギンはずいぶん落ち着いたように見える。  
だが、ひどく震えているし、手のひらや足の裏がびしょびしょに濡れている。冷や汗だ。  
体臭は緊張の匂いから、強い恐怖の匂いに変わっている。  
むりやり担ぎ上げたのは悪かったが、ほかにどうやってあそこから  
連れ出せたって言うんだ?  
 
「失礼だな。別に喰おうとか苛めようとか思ってねえぞ」  
 
顔を覗き込むと、ギンは耳を伏せて毛を逆立てた。  
さっきのは、本当にギリギリ精一杯の虚勢だったってわけだ。  
俺は、肩に乗せたときと同じようにギンの首根っこをつかんで草の上にそっとおろした。  
ギンは足に力が入らないのか、その場に崩れ落ちる。  
そして這うように俺から離れようとする。  
 
「なあ、俺はおまえがそこまで怖がるようなことをしたっけ?」  
 
ギンはぶんぶんと大きく首を横に振る。  
 
「じゃあもう少し落ち着け」  
 
俺は毛づくろいで気を落ち着けようとしているギンを横目に、適当な岩に腰をかけた。  
川べりの丈の高い草が風で大きく揺れている。もうすぐ日が落ちる。  
 
「落ち着いたら送ってってやる。家はどこだ」  
 
足を投げ出して、夢中で腹の毛を舐めていたギンが、あわてたように座りなおす。  
すがるような目で俺を見上げる。  
今度は不安の匂いか。匂いがコロコロ変わる。  
ガキからオトナに変わる時期は、気持ちが安定しないもんだ。  
しかも、ガキの頃と比べて匂いは強くなっているし、守ってくれる親からも離れている。  
大きな生き物に捕まって喰われちまいやすい時期だ。  
 
「やっぱり、だめなんですか?」  
 
絞り出すような声でギンが俺に訊く。  
 
「おまえを抱けってやつか? 今は無理だ」  
「噂のせい、ですか?」  
「違う」  
「あたしが、コムスメだから?」  
「それも違うな」  
「……魅力、ないから、なんですか?」  
 
ギンの声はどんどん萎れていく。別に苛めているわけじゃないんだが。  
 
「正直に言うと、それも違う」  
 
身体の均整は取れているし、珍しい白くて細い長毛と青い目も、将来かなりの美人に  
なりそうな気配を見せている。  
 
「じゃあ、なぜ」  
「抱きたくなるかどうかは、相手の“サカリ”のときの匂いを嗅いでみないと  
 わからねえもんなんだよ。おまえは今、“サカリ”じゃない」  
「え」  
 
ギンがただでさえ大きな目をまん丸にする。  
 
「えええ!? ……これ、違うの!? ……じゃない、違うんですか」」  
 
困惑に混じる、安堵の匂い。しかし、おもしろいぐらい感情が匂いに出るヤツだな。  
 
「おまえ今、ヒト恋しくなったり匂いに敏感になったりしてるんだろ? あとは妙に  
 落ち着かねえとか、頭がボーっとしてよくわかんねえ行動とったりとか」  
 
ギンが真剣な目で何度も頷く。  
 
「普通は間違えたりしないもんだけどな。そりゃ“サカリ”の前兆ってやつだ」  
「前兆」  
「前兆の間にオトコの匂いを嗅げば、やがて“サカリ”が始まる。  
 まあ、俺はオトコだから詳しいことはわかんねえが、  
 オンナが仔を作れる身体に変わるには、それなりに時間がかかるってことなんだろうな。  
 コムスメの場合なんかは前兆だけで終わっちまうことのほうが多いらしい」  
 
「……あたしは、あの時“サカリ”じゃなかった」  
 
ギンは呆然とつぶやく。  
 
「そっか、あたし、嘘、つかれたんだ」  
「嘘って?」  
 
ギンは、どう話したらいいのか、といった風情で何度か口を開いては閉じる。  
もう怯えてはいない。まだ近づくと逃げようとするものの、緊張は薄れている。  
 
「アカガネは、噂、どんなふうに聞いてますか? ……あたしは本当言うと  
 噂になってるってことぐらいしか、知らないんです。あんまりヒトと話さないから」  
「それは……」  
 
俺は口ごもる。俺が聞いたとおりに話しちまってもいいものか。  
 
「どんなひどいことでも、あたし大丈夫ですから、教えてください」  
「……流れ者3人が、“サカリ”に入った白毛のコムスメに誘われて  
 ヒト気のないところに行った。ふたりは殺されて、ひとりは命からがら逃げ出した。  
 だいたいそんなところだ。殺し方とかは話すヤツによって違うが」  
 
かなり省略している。  
男を誘って……どんなふうにヤっただの、殺したオトコのハラワタを喰っただの  
そんなくだりは聞かせる必要がないだろう。  
ギンの毛が逆立つ。怒りの匂いが、一瞬だけ漂う。  
 
「あたし、誘ってなんか、いません」  
 
そりゃそうだ、と思う。1回でも“サカリ”を経験したことがあれば  
“サカリ”と前兆を間違えるなんてことはありえないし  
“サカリ”の匂いのしないオンナに、オトコは誘われない。  
おおかたほかのオンナに振られて、興奮が納まらなかった流れ者の仕業だろう。  
ギンは大きくひとつ息をすると、ぽつり、ぽつりと話しはじめた。  
 
「春のはじめのころ、今日みたいに、……前兆っぽい感じのときがあったんです。  
 噂は、たぶんそのときのことだと思います。  
 知らない、大きなオトコのヒトたちに捕まって、殴られて、……無理やり。  
 ……こいつ“サカリ”のクセに濡れねえ、とか、出来損ないのオンナだ、とか。  
 そんなことを言われながら。……でも、“サカリ”っていうのは嘘だった」  
 
ギンは、そこでいったん言葉を切った。  
 
「……“サカリ”になったらどうすればいいか、身体が全部知ってるからって。  
 “サカリ”になればわかるって、オトナたちからは聞かされてた。  
 だから“サカリ”になったことに自分で気づけないとか、そんなことあるはずなくて。  
 ……自分は本当に出来損ないなんだって、思わされちゃったんだ」  
 
ギンの言葉から、俺に話すときに使っていた硬い言い回しが消えている。  
ガキっぽい、舌っ足らずな話し方。たぶん、こっちが本当のギンだ。  
 
「“サカリ”って……オトコのヒトに抱かれるのって、もっとすてきなことだと  
 思ってた。でもすごく痛くて、怖くて。逃げようとしても、ぜんぜんかなわなくて」  
 
恐怖の匂い。思い出してしまったのか、ギンは自分の肩を抱き、尾を膨らませる。  
聞いてて楽しい話じゃない。だが、耳をふさぐこともできない。  
誰にも話せなかった記憶。忘れようとしてただろう記憶。  
訊いちまったのは俺だ。だから、聞くべき、なんだと思う。  
 
「あたし気を失いかけて、オトコのヒトたち、もう逆らわないって思ったんだと思う。  
 ……あたしの身体を押さえつけてたヒトが、あたしの口にアレを突っ込んできた。  
 ちょうどそのときにその、痛いことされて、あたし、歯を食いしばって、  
 …………気が付いたら噛み千切ってた」  
「う」  
 
想像してしまった。思わず俺は自分の股間を押さえる。  
よっぽど痛そうな顔をしていたんだろう。ギンが心配そうに俺を見上げる。  
 
「気にすんな。オトコはその手の話に弱いだけだ。そこはかなり痛ぇ場所だから」  
 
ギンはわかったのかわかんなかったのか、神妙な顔をして言う。  
 
「じゃあ、次に無理やり嫌なことされそうになったら、そこを狙えばいい?」  
「……そんなことをしなくても、オンナが断ればオトコはあきらめる。そういうことに  
 なってるんだ、普通は」  
 
あたりまえだ。無理やり犯したオトコの仔を、オンナが大事に育てるわけがない。  
だが、仔が目的じゃなかったら?   
 
「まあ、おまえを襲ったような、非常識な連中にはそれもいいかもしれないな」  
「わかった。断って、ダメならそうする」  
 
生真面目に答える様子があまりにガキっぽくて、こんな話をしている最中だと言うのに  
俺は思わず微笑む。  
つられたのか、ギンの表情も少しだけ和らいだ。  
 
「で、そいつらがひるんでる隙におまえは逃げたわけだな」  
「うん。痛いことしてたヒトの顔、引っ掻いてから、必死で逃げた」  
 
生きて逃げられただけ、ギンは運がよかったのかもしれない。  
仔が目的じゃないということは、オンナを大事にする必要がないということだ。  
たぶん、逃げなければ口封じで殺されていただろう。  
コムスメを複数のオトコで襲い、しかも反撃されて怪我したとなっては  
恥以外のなにものでもない。  
ああ、それであんな噂を流したわけか。浅はかにもほどがある。  
 
「アカガネ、ひとつ教えて」  
「なんだ」  
「ちゃんと“サカリ”の時だったら、……するのって、痛くないものなの?」  
「痛いって言うオンナもいるし、痛くないって言うオンナもいる。  
 相手のオトコにもよるんだろうな」  
 
「……アカガネのは、痛い?」  
 
突然自分に話を向けられて、俺は少しあわてる。  
 
「お、俺のって、……初めの頃はともかく、慣れてからは痛がらせたことはない、  
 ……と思う」  
 
俺のあわてっぷりがおかしかったのか、ギンの顔が明るくなる。もう少しで笑顔に  
なりそうな、そんな微妙な表情だった。  
 
「それじゃ、俺からもひとつ質問させてくれ」  
 
俺はずっと気になっていたことを訊いてみる。  
 
「なんで俺なんだ?」  
 
そもそも俺とギンが逢ったのは、今日が初めてのはずだ。  
それなのにあの木の下で、こいつはまっすぐ俺のところに歩いてきた。  
 
「まだ、寒かったころ、初めてアカガネに逢った。……アカガネは覚えてないと思うけど。  
 ……あたしまだ巣別れしたばかりで、こんな色だから狩りもへたくそで。  
 そのころは、森の池でサカナ捕まえやすい場所みつけて、それでなんとか食べてた」  
 
確かにこのあたりで白い毛色が珍しいのは、生き残るのが難しいからだ。  
獲物に逃げられやすいし、大きな生き物からは格好の的にされる。逆に、明るい色の毛で  
オトナまで生き残ることができれば、それは生存力の高い証拠になる。  
 
「でも、大きい生き物に、そこ追い出されちゃった。  
 おなかすいて動けなくなって、もう死んじゃうんだろうなって思った。そしたら」  
 
ギンが顔を上げる。  
 
「目の前に肉のかたまりが降ってきたの。で、声がした。『これ食って元気だせ』って」  
「あぁ!? おまえ、あんときのボロボロになってたガキか!?」  
 
俺も思い出した。  
 
俺はあのころ、自分の力を試したくて無謀な狩りに夢中になっていた。  
森で大きな生き物を狩ったのもその一環だ。  
半日かけてなんとか仕留めたはいいものの、疲れ果てて持ち帰るのが  
億劫になっていた。だから、通りすがりの年寄りやガキに気前よく投げ与えた。  
ギンはそのなかのひとりだったらしい。  
 
「ありゃあな、重いの持って帰るのが嫌だっただけで、別におまえを助けようとか  
 そういうんじゃなかった」  
「それでもいいの。アカガネがあいつ倒してくれたから、あたしまたサカナ取れるように  
 なったし、元気になって、狩りも上手にできるようになった」  
 
そう言いながら、立ち上がる。  
 
「あたし、あんなことがあってから、オトコのヒトも、“サカリ”のことも、  
 すごく怖くなっちゃって、でもいまのうちになんとかしないと、  
 仔を産めるような歳になっても怖いままだって思った。  
 ……おかーさんになれないのは嫌だって思った。だから、考えたの。  
 誰になら抱かれたいか、……誰なら痛くても怖くても耐えられるかって」  
 
ギンが、自分から俺に近づこうとする。ゆっくり、1歩、2歩。  
しかしそれ以上は足がすくんで動けなくなる。  
 
「……ごめんなさい。そう簡単には、怖いのって、治んないみたい……でも  
 改めて、お願いします。……あたしに“サカリ”が来たら、抱いてください」  
 
そう言って、ギンはやっと、かすかに笑った。  
 
 
-3-  
 
すっかり日は落ちていた。  
ギンの家は、川のうんと上流の、草原と森がぶつかるあたり、らしい。  
ここからだとかなり遠い。  
帰るとなると夜に長時間歩くことになって危険だし、ギンは緊張しすぎて疲れ果てている。  
 
とりあえず、今夜は俺のナワバリに泊めることにした。食い物を与えて、背の低い木が  
茂っている、身を隠しやすいところを選んで寝床をつくってやった。  
俺は腕っ節には多少の自信がある。本気でやりあう心積もり無しに、オトコは他人の  
ナワバリに足を踏み入れないものだ。  
本当は俺の住処に泊めるべきだったんだろうが、オトコの匂いが強い場所じゃ安心して  
眠れないだろう。あの様子だと。  
 
ひととおりナワバリを見廻りして異常がないのを確かめると、俺は“サカリ”の木に  
足を向けた。  
オンナを漁りに、じゃない。オトコを捜しに、だ。  
 
木の下は、昼間の何倍ものヒトであふれていた。嬌声や罵声が飛び交う中で、  
俺は耳を澄ます。例の噂を話しているものはいないか。  
誘いをかけてくるオンナの匂いや、顔見知りの挨拶を無視して、  
俺は広場のはずれに向かった。  
 
流れ者の群れ。  
ほかの集団と違い、オンナが近寄らないからすぐわかる。  
下卑た笑い声。酩酊の実と呼ばれる果実を齧りながら、自慢話や噂話に花を咲かせている。  
しばらく話に付き合ったり、あたりをうろついたりしたが、  
それらしい噂は聞こえてこない。  
あの話が流行りはじめたのは、たぶんギンが襲われて間もないころだ。  
旬はもう過ぎている。  
あきらめて別の方法を捜そう、そう思ったときだった。それが聞こえてきたのは。  
 
「で、そいつの話だとそのギンってコムスメはえらく具合がよかったらしくてな」  
 
うなじの毛が逆立つ。  
 
「ガキのクセに自分から腰振ってよがりまくってよ。しまいにゃ白い毛が血で真っ赤に  
 なっちまってるのにまだやりたがる。それが腹いっぱいオトコの精を受けて  
 満足したとたん、恐ろしく凶暴になったそうだ」  
 
話しているのは、その集団の中でいちばん大きい赤茶マダラのオトコ。  
左目が3本の爪傷で半分ふさがっている。  
 
「おい」  
 
俺は声をかけてそいつを呼び出した。  
 
「その噂、誰に聞いた?」  
「知らないやつだ」  
 
嘘をついている。目をあわせようとしない。  
 
「目の傷、喧嘩でもしたのか?」  
「あ……ああ。でかいヤツとやってな、俺が勝った」  
 
見栄だ。……馬鹿が。  
こいつは、弱い。  
 
顔の傷は珍しいものではない。顔や身体の前面に付く傷は、喧嘩に強いオトコの証だ。  
怯えて逃げれば、傷は背中に付く。しかし、こいつの顔の爪傷は間隔が狭い。  
オトコの爪じゃ、こうはならない。もっと身体の小さいガキの爪だ。  
こいつだ。こいつがギンを苦しませた。  
 
「へえ。じゃ、俺もお手合わせ願おうか」  
 
そう言うや否や、俺はその流れ者の顔を手の甲で殴った。爪傷などつけてやる気はない。  
あとでどんな自慢話に利用されるかわかったもんじゃないからな。  
一発で沈んだ流れ者が、俺を恨めしそうに見上げる。  
 
「あのガキは俺のツレを殺したんだ。懲らしめて何が悪い!」  
 
死んだのは、噛み千切られたヤツか。自業自得すぎて、哀れむ気にもなれん。  
 
「なんでそんなことになったのか、よく思い出すんだな」  
 
俺は流れ者の腹を踏みつける。  
 
「いいか。次に会ったら殺す。俺の目の届く範囲から出て行け」  
 
ギンは自分の復讐に利用するために俺のところに来たわけじゃない。  
あいつからは、あんな目にあったというのに不思議なぐらい憎しみの匂いがしなかった。  
あいつの頭にあるのは、自分がどうやったら立ち直れるのかということだけだ。  
……ガキすぎて、一度にひとつのことしか考えられないだけかもしれないが。  
 
流れ者を追い出したのは、ただ単に俺がムカついたから、それだけだ。  
 
 
-4-  
 
春の“サカリ”の季節はそろそろ終わる。  
身体の大きさから見て、今ギンが感じている前兆が“サカリ”に育つことは  
まずないだろう。  
本格的な“サカリ”を迎えるのは秋になりそうだ。  
 
それまでのあいだ、夏のあいだに、ギンの恐怖心をなんとかしないと。  
せめて隣に座ることができるようになるまで。  
それから、いろいろなところに連れまわしてヒトに慣らす。  
親しい友達もいないようだし、今のままじゃまともに恋もできないだろう。  
……抱くにしろ、抱かないにしろ、すべてはそれからだ。  
 
面倒くせえ。なんで俺はこんなことを真剣に考えてるんだ。  
俺は一人前のオトナのオトコで、他人に煩わされないで生きてきたし  
これからもそうするつもりだった。  
……コムスメにかかわると、なにかと面倒くさいってのは  
こういうことを言うのかもしれない。  
 
もう少しでナワバリにたどり着くというとき、  
風にかすかにいい匂いが混じっていることに気が付いた。  
オンナだ。それも極上の。  
 
匂いは重要だ。  
どんなに外見が美しいオンナでも、匂いが好みじゃなければ  
オトコの“サカリ”は誘発されない。  
ヒトによって相性も異なり、俺にとっての最高にいい匂いが  
すべてのオトコにとって最高だとは限らない。  
ただ、いい匂いのオンナを抱くのは気持ちいいし、いい仔が生まれると信じられている。  
 
匂いはサカリの木の方角じゃなく、俺のナワバリから漂ってくる。川のあたりか。  
“サカリ”を迎えたオンナが、相手を求めてオトコのナワバリに入ってくることは  
珍しくない。  
境界につけてあった、俺の匂いが気に入ったということだ。  
……抱ける。  
今夜はもうギンのことを考えるのはやめだ。  
今まで嗅いだこともないようないい匂いのオンナが俺を待っているのに  
コムスメのことなど気にしていられるか。  
 
俺の身体が変わり始める。  
オトコの、“サカリ”のオトコの匂いを強く発し始める。  
オンナの匂いは、俺の身体を這い回り愛撫する。  
鼻だけじゃない。口や目や耳や毛穴や、ありとあらゆる穴から入って来て、俺を狂わせる。  
身震いが走る。  
喉が鳴る。毛が逆立つ。  
昂ぶる。  
歓喜。歓喜。歓喜。  
俺は半ば酩酊状態に入ったまま、匂いに向かって走った。  
 
だが、そんな興奮は長続きしなかった。  
俺の足は次第に遅くなり、匂いにたどり着くほんの少し手前で止まった。  
 
なんで、おまえなんだよ。  
 
オンナの匂いに、さっきまでさんざん嗅いでいた匂いが混じっていることには  
気が付いていた。あの川べりではずいぶん長いこと話し込んだし、その匂いが  
残っているんだろう、と自分をごまかしていた。  
月の光が川面に反射して、岸辺に立つ小さな影を青く浮かび上がらせる。  
むせ返るオンナの匂いと、困惑や恐怖が混じった匂い。匂いのもとは、ひとり。  
 
俺は丈の高い草の影に隠れるようにして息を整える。  
“サカリ”に入っちまったオトコの身体は、そう簡単には元に戻らない。  
こっちは風下だが、“サカリ”のオンナはオトコの匂いに敏感だ。  
20歩ぐらいしか離れていない。俺がここにいることなんて、すぐにバレる。  
そうなったら、もう遅い。  
戻るなら、今しかない。  
空気がピリピリしている。匂いは俺をからめとるように誘い続ける。  
俺の足は、動かない。動いてくれない。匂いに、逆らえない。  
 
「アカガネ?」  
 
影が振り向く。泣きそうな顔で。  
心臓が高鳴る。頭の芯がぼおっとする。指先が冷たくなって、しびれる。  
俺はまるで操られるように、草むらを出た。  
 
「アカガネ、あたし……どうしよう」  
 
月に照らされた顔は、まだガキで。でも目のふちがうっすらと赤くなっていて。  
オンナだ。生意気に、オンナだ。  
 
“サカリ”の匂いは、抱いてくれと俺を誘う。  
恐怖の匂いは、自分に近寄るなと叫んでいる。  
叫びだしたいのは俺だ。  
駆け寄って抱きしめたい。思い切り毛並みに鼻を突っ込んで匂いを嗅ぎたい。  
だが、俺を怖がって離れていってしまったら。  
この匂いを二度と嗅げなくなるなんて、考えただけで苦しくなる。  
 
「ギン。おまえが、決めろ」  
 
俺には決められない。  
もう抱くこと以外考えられないから。傷つけること以外考えられないから。  
俺はその場に腰を下ろし、自分の足を封じる。  
 
「え……」  
「今、抱かれるか。それともやめるか」  
 
ギンは息を呑む。  
もっと時間がほしかった。ゆっくり心を開かせる時間が。  
でも、そんな余裕はない。俺はそんなに耐えられそうもない。  
 
「抱かれてもいいなら、俺の手の届くところまで来い。そうじゃないなら」  
 
ギンは、俺に最後まで言わせなかった。  
 
「行く」  
 
震える声で、はっきりと。  
そして、目をつぶって走り出す。俺に向かって。  
あと5歩。3歩。そこから軽くジャンプ。  
勢いよく首に抱きつかれて、俺は後ろに倒れた。  
そして、嗅ぎたくてたまらなかった匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。  
 
 
-5-  
 
俺の横で震える、小さな身体を抱きしめる。  
長い毛に隠された身体は、折れそうなぐらい細い。  
真っ白じゃなかったんだな。いまさらのように気が付く。淡いグレーの縞。  
ここまで近づかないとわからないほどの、薄い色。  
 
「まだ、怖いか」  
 
恐怖の匂いは、まだ消えていない。  
 
「うん。……でもね、“サカリ”がね、背中押してくれたの」  
 
ふわふわの首筋の毛に鼻を突っ込む。俺の身体も震える。歓喜に。  
 
「アカガネの匂い、あたしを呼んでたから。まっすぐ走れた」  
 
軽く、首筋を咬む。ギンの身体に緊張が走る。まだ、だめだ。急いじゃだめだ。  
恐怖が快感に追い出されるまで、ゆっくり。  
首筋を舐める。なだめるように。  
 
「おまえの匂いも俺を呼んでいた。……すごい、いい匂いだ」  
 
ギンが、くすぐったそうに身をよじらせた。  
抱きしめていた手を解く。  
尾の付け根から首筋まで、優しく撫でる。  
ギンがぴくりと震える。喉を鳴らす。  
吐息が俺の肩の毛にこもる。  
 
「……“サカリ”、どういうのか、ちょっと、……わかっ……っ」  
 
かすれた声が、途切れる。  
 
「これから、もっと、わからせる」  
 
俺の声も、かすれていた。  
 
顔を舐める。唾液まみれにする。  
ひげに息を吹きかける。  
涙を舐める。  
耳。そっと、咬む。  
 
「んっ……ふぅ」  
 
ギンは俺に身体をこすり付ける。  
 
「耳、いいか?」  
 
そう聞くと、がくがくと頷く。  
舐める。中に舌を差し入れる。  
 
「く」  
 
息が熱い。身体すべてが熱い。  
 
「ここは?」  
 
耳を愛撫しながら、ほんの少し爪を出してしっぽの付け根を軽く刺激する。  
 
「ふっ……ふぁ」  
 
耳やしっぽ付近のような匂いが強いところは、“いい”ところだ。  
ギンが気持ちのよさそうな声を上げるたび、匂いが強くなる。  
右足をギンの足のあいだに滑り込ませる。  
膝でそっと触れてみた。  
 
「……ん……っ」  
 
濡れている。でも、まだ。衝動を、抑えられる限り、抑える。  
ゆっくり。だ。  
 
すっかり力が抜け、荒い息をするギンを仰向けに寝かす。  
白い毛を透かして、淡いピンクに色づいた乳首が見える。  
鼻先でつつく。  
 
「痛……っ」  
 
ギンが少し嫌そうに身体をよじって逃げる。  
舌で思う存分味わいたいが、未熟なここは痛いだけだと聞いたことがある。  
秋だ。秋の“サカリ”まで我慢だ。  
触れないように腹の真ん中を舐めながら俺は目的地に向かう。  
足のあいだ、俺を酔わせる匂いの源に。  
 
鼻先を足のあいだにねじ込もうとした時、ギンが身を固くした。  
まったく、世話が焼ける。  
不安そうにこっちを見るギンの片足を掴み、高く持ち上げる。  
 
「や、そんなのっ」  
 
足を広げさせたまま柔らかい身体を折り曲げて、俺はギンに自分のオンナの部分を見せる。  
普段は毛に隠されているそこは、“サカリ”の興奮で色づき、ぽってりと膨らんでいる。  
 
「ここ、見えるか?」  
「う。うん」  
 
ひだに沿って、そっと舌を這わす。ぬるぬるする液体が舌に絡む。  
 
「ひっ……ぁんっ」  
 
ギンの首が大きく反る。  
 
「どうなってるか、見えるか?」  
「……なんか、きらき、ら、してる」  
 
月の光が反射しているのか。俺はギンの手をとった。  
 
「爪、しまっとけよ」  
 
そう注意して、指の腹の柔らかいところをそこに軽く触れさせる。  
 
「っ……濡れてる」  
「濡れてる、なんてもんじゃない。周りの毛までぬるぬるだ。なんでだか、わかるか?」  
 
舌の先で、腹側にある小さな突起をつついた。  
 
「……っんっくぅうっ」  
 
こぽっと小さな音を立てて、また液体があふれる。  
 
「おまえが、オンナだから、だ」  
「あ……」  
 
歓喜の匂い。ギンの見開いた瞳から、涙がこぼれる。  
 
「あたし、出来損ないじゃなくて、ちゃんと、オンナ?」  
「ああ。オンナだ。いいオンナだ」  
 
俺は、ギンに見せつけるようにひだのあいだに舌を挿し入れた。  
ギンは声にならない悲鳴を上げる。  
尖らせた舌でさえ、きつい。  
隙間から染み出してくる熱い汁を思い切り啜る。  
そのまま出し入れする。  
舌のざらざらに粘液が絡みつく。  
それ自体が意思を持っているかのように、包み込んでくる。  
滑る。  
……準備、できている。  
もう、できる。  
俺は足を持ち上げていた手をおろす。  
 
「待って」  
「嫌だ。もう、待たねえ」  
 
ギンをうつぶせに転がそうとして、抵抗される。  
 
「少しだけ。アカガネの、見せて」  
 
意表を突かれた。  
 
「俺の?」  
「見たいの」  
 
熱に浮かされたように俺を見上げるうるんだ瞳は、見事に俺の気勢をそいだ。  
 
胡坐をかいて座る俺の股間に、ギンが顔を寄せている。  
こんな近くでまじまじと見られるのは初めてかもしれない。  
気恥ずかしい。が、限界まで張りつめたものは、なかなか元に戻ってくれない。  
 
「アカガネ、うそつき」  
 
吐息交じりの声。  
 
「これ、痛くないわけ、ない」  
 
匂いに酔ったのか、俺の腹に身体をこすり付ける。  
興奮している。  
 
「すごい、大きいし、横んとこ、棘、こんなにいっぱい」  
 
円錐形のそれの、根元のほう。先端とは逆向きの短い棘で覆われたあたりに、ギンが顔を  
近づける。  
息がかかる。舌が恐る恐る棘に触れる。  
 
「でも、なんでか、怖くないの」  
 
ざらざらした舌がそのまま尖った頂点まで舐め上げる。  
 
「くっ」  
 
不覚にも声を出してしまった。背筋が震える。  
抑えられなくなってきている。  
初めての時のように。それ以上に。  
オンナなんて、もう何人も抱いているのに。  
オトナだってのに。  
 
「先のほう、濡れてて、……いい、匂い」  
 
ギンは俺の中心に夢中になったまま、腰を高く上げる。  
無意識の動き。  
 
「あたしの、濡れてるの、……これ、ちゃんと、入るように」  
 
白い腰が、動く。  
声が濡れている。誘っている。  
もう、だめだ。余裕あるふりすらできない。  
目の前が真っ赤に染まったような気がした。  
ギンを背中から抱きしめる。  
首筋に顔をうずめて咬む。  
 
「ア……アカガネっ」  
 
ギンが叫ぶ。かまわず胡坐をかいた腰の上に引き寄せる。  
もうとまらない。  
突き入れる。  
 
「はぁ……うっ」  
 
ギンの身体がのけぞる。  
思った以上に狭い。そして、溶けてしまいそうに、熱い。  
 
「は……いってる、す……ご、……おくっ」  
 
すぐにでも爆発しそうなのを必死でこらえ、腰を少しだけ動かす。  
 
「く……んっ中で、ぞわって……動くんあっ……や、棘」  
 
俺の棘は、ギンの入り口近くを内側から刺激する。  
そのたびに、中が締まる。俺を搾りつくそうと動く。  
 
「……痛いか?」  
 
首筋を咬んだ、牙の隙間から、訊く。  
 
「た……くない、いいの……」  
 
うわごとのようにささやく、甘い声。  
匂いが強くなる。酔う。痺れる。  
腰ががくがくと動く。  
 
「んっ……ふぁ、あたる……棘、あたって、い、……いっ」  
 
絡みつく。絡めとられる。意識ごと。  
 
「すご……いぃ」  
 
気が遠くなる。なんで、こんな、早く。  
早すぎる。  
もっと。なのに。  
 
「悪い、もう、……注ぐ」  
 
俺は吼える。全身の毛が逆立つ。  
ギンの中へ。放つ。自分でも、驚くほど、大量に、放つ。  
 
「熱……」  
 
深いため息と共にギンが腰を震わせる。  
……俺の仔種を子宮で受け入れようとしている。  
 
「……終わった、の?」  
 
荒い息の下から聞こえる、その問いに答えられない。  
抱きしめる手を離せない。  
咬んだ首筋も離せない。  
……終われない。  
 
つながったまま、俺は身体を前に倒す。ギンの上体を地面に押し付ける。  
 
「ね、……ね、アカガネ、中……んっ」  
 
ギンが震える。  
 
「また、……大きくなってる?」  
 
何も考えられない。  
深く。中に。  
 
「ふ……ふぁ、んんんっ」  
 
腰を打ち付ける。  
大きく。  
 
「……んっくぅう……ン」  
 
かき混ぜる。  
水音。俺のと、ギンのが混ざった音。  
棘に掻き出され、あふれて草の上にしたたり落ちる音。  
抱きしめた腕をずらし、ギンの脚のあいだにある小さな突起に触れる。  
 
「ひぁ……あンっ」  
 
ギンの声がひときわ高く上がった。  
きつくなる。俺のを逃がすまいと、飲み込もうとする。  
かまわず動く。こすれる。  
爪で。はじく。  
たちのぼる、匂い。強い、匂い。  
 
「……や……んっ、んぁあたし、あたし、へんっ変だよアカガネぇっ」  
 
俺の身体の下で、ギンが、硬直する。  
痙攣する。弛緩する。  
小刻みな、吐息。  
なのに、その部分だけ、別の生き物のように、俺を捕まえようとする。  
だから、もっと。  
撃ち込む。何度も。  
弛緩していたギンの身体が震える。  
ギンの、身体の中の、“いい”ところを。何度も。  
弱弱しく、荒い息。  
ギンを。  
俺の。  
 
「ま、た、……きちゃうッきちゃうのっこわれちゃうっ……いや」  
 
ギンの、声が、遠くに、聞こえる。  
 
 
-6-  
 
恋なんて、すぐに終わるものだ。長くて3日。夜に始まって朝には終わってるようなのも  
珍しくない。  
オンナの匂いに振り回される、はかない感情。  
なら、今俺が抱え込んじまってるものは、いったい何なんだろう。  
 
あれだけ激しかったギンの“サカリ”は、二日目の夜、ふたりとも疲れ果てて泥のように  
寝ているあいだに、あっさり終わったらしい。  
朝日の中で見るギンの寝顔は笑っちまうほどガキで、でも愛しくて、離れがたかった。  
 
「なあ、ギン。おまえ、俺の仔を産めよ」  
 
寝ぼけているギンの耳に俺は言ってみた。  
 
「今はまだおまえ小さすぎるけど、秋か、次の春」  
 
たぶん、夢だと思ってるにちがいない。  
 
夏のあいだ、俺はことあるごとにギンを誘い出した。  
一緒に狩りをしたり、メシを食わせたり。  
ギンは俺にからかわれてるんだと勘違いして怒る。  
コムスメをからかって遊んでいるんだと思っている。  
抱きしめようとすると逃げる。だが、俺は知っている。  
俺の腕の中でひとしきり暴れたあと、俺に見えないように、  
こっそり幸せそうに目を閉じていること。匂いはごまかせない。  
 
俺はもっと強くなる。  
強くなって、俺の匂いがついたギンに、誰も手出しができないようにする。  
少なくとも、ギンにとって俺よりもいい匂いのオトコが現れるまで。  
 
 
こんなふうに、日々は過ぎていくんだと思っていた。  
あの、秋のはじめの夜までは。  
 
その夜、俺は別のオンナを抱いていた。  
ギンに“サカリ”が来る前兆はまだなかったし、仔を作るのはオトコの甲斐性だ。  
だが、よりによって、あんな日に。  
 
事が終わってナワバリに戻り、まどろみかけたころ。きなくさい臭いを感じ、飛び起きた。  
夜なのに、空が赤い。  
草原が燃えている。  
 
駆けつけたときには、もう“サカリ”の木もあたりの草も灰になっていて、  
死体がいくつか転がっていた。生きているヒトの姿はない。  
嗅ぎなれない、臭い。  
それに混じって、残り香。ギンは、今夜ここにいた。  
ヒトに慣れてきたギンは、ここでたわいないおしゃべりをして過ごすのを気に入っていた。  
 
俺のせいだ。  
ギンの姿を捜す。名を呼ぶ。匂いを捜して走る。  
遠くから足音。ヒトのじゃない。知らない生き物の。この草原で見たことがない生き物の。  
風下から火のついた何かが高い音を立てて飛んでくる。  
煙。嫌な臭い。嗅いだとたんに身体の自由を奪われ、俺はその場に崩れる。  
闇の中に浮かび上がる、黒くて大きな生き物。  
走ってくる。  
逃げられない。  
跳ね飛ばされる。左腕に激痛が走る。  
俺の意識は、そこで途切れた。  
 
 
-Epilogue-  
 
長い、長い夢を見せられていた。  
目が覚めた俺は自分の目が涙で濡れていることに気が付く。  
 
「……この、くそばばあ」  
「起きたんなら、コレを食いな」  
 
歌紡ぎの婆さんは、木の器に盛った見慣れない食べ物を俺に差し出す。  
 
「いらねーよ」  
「片腕になっちまったとはいえ、オトコ手はこれから必要になる。食いな」  
 
俺はだまって器をつき返す。  
 
草原が燃えた翌日、俺は東のほうから来たと言うこの婆さんの一行に拾われた。  
かろうじて息があったのは俺だけだったという。死体の数は少なかった。  
皆、どこかに連れ去られたらしい。  
あれから何日たったのかは知らない。  
婆さんたちは生死の境をさまよっていた俺を自分たちの住処に運び込み、  
奇妙な歌と薬草で癒した。  
余計な世話だ。あいつを守れなかった俺なんかに、生きている資格などありはしない。  
俺は、自分の闇に閉じこもる。後悔と自己憐憫にまみれた、情けない闇に。  
婆さんのせいで思い出してしまった、ギンの匂いを抱いて。  
 
ギンの、匂い。  
俺は飛び起きようとする。どこからかかすかに、ほんのかすかに。匂いがする。  
確かめたい。だが、身体に力が入らない。  
 
「婆さん、いるか?」  
 
入ってきたのは、婆さんのツレの妙に背の高い灰毛のオトコだった。  
 
「なんだい」  
「ガキが倒れてたから拾ってきた。なんか食わせてやってくれ」  
 
オトコは無造作に背中に背負っていたガキを下ろす。  
黒い。ギンじゃない。ギンよりずっと小さい。しかし。  
この匂いは。  
 
俺は驚く婆さんを尻目に、渾身の力を振り絞って立ち上がり、  
よろけながらガキのところに歩く。  
ギンの匂い。しかも、“サカリ”のときのギンの匂いだ。  
なんで、こんなガキの身体から、そんな匂いが。  
 
「……ギンを、知ってる?」  
 
ガキが俺に尋ねる。真剣な声で。  
 
「ギンの身体、あなたの匂いしてた。……あなたが、ギンの大好きなヒト?」  
「……あいつは生きているのか?」  
 
ガキは頷く。  
 
「捕まってたとこから、おれひとり、逃がしてくれた。おれ、ギンを助けたいんだ。  
 力、……貸してほしい」  
 
まっすぐな目で。  
あの初夏の日のあいつのようなまっすぐな目で、ガキは俺を見上げて言った。  
俺は笑う。力の入らない身体で。涙を流して。声を上げて。  
息が漏れる程度の、か細い笑い声。これが、今の俺だ。  
こんなんじゃ、だめだ。  
俺は、こぶしを握る。  
 
「……婆さん、さっきの食い物、まだあるか」  
 
俺は婆さんが差し出した器を奪い取り、中に入ったどろどろの食い物を腹に流し込む。  
こんなところで倒れてなんかいられない。俺は、元気になる。  
そして、もう一度。  
あいつを取り戻す。この腕で、抱きしめる。  
 

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