白羽パート  
 
 ・・・・少々、しんどいですかね。やはり、陸の者は重たくていけませんね。  
 そんな事を考えながら、オスヒトの胴にまわした手に、更に力を入れました。  
カエルでも踏み潰したような声が聞こえましたが、聞こえなかった事にいたしましょう。  
 意外と遠出していたのか、それとも余計な荷物で遅くなっているのか。  
小一時間ほど飛び続けても、まだ里は見えてきません。  
この状態だと、あんまり長くも飛べないんですけど・・・・。  
 姫様は、あまり外についてご存知では御座いませんし、  
先に行かせて迷子にでもなられたら、それはそれで問題ですし・・・・。  
 私も、あまり長くは飛べそうにありませんし、里が近い事を祈るしかありませんでしょうか。  
近くに里の者が出した船でもあれば、降りて休むのですが。  
この時間では、あまり期待できそうにありませんね。  
僅かに茜の色を見せ始めた空。もう半刻もすれば、一番星が出ることでしょう。  
 遠くに、微かな緑のきらめき。どうやら、それほど長く飛び続ける必要は無さそうです。  
 
 
 
姫様パート  
 
 飛び続ける先に、里の景色が見えてきた。  
午後の暮れかけた太陽の光を浴びて、きらきら輝く緑の葉。  
他国には正確な場所が伝わっていない、らしい、伝説の木<金剛樹>。  
「姫様、先に行っていただけますか?」  
 オスヒトを抱えて飛んでいる白羽が、アタシの後ろから声を掛けてきた。  
平気そうな声を出してるけど、時々苦しそうな喘ぎを漏らしているのが聞こえる。  
「どなたでも構いませんので、医師の手配を」  
 ・・・・本気で、辛いみたいね。自分から『医師を』なんて言い出すの、初めて聞いたわ。  
「それと、網の手配もお願い致します」  
 網? そんな物、何に使うのよ。  
「落ち物回収班にそう伝えれば、それで判りますから」  
 へぇ、そんなのあるんだ。知らなかったわ。  
 背中の一対の翼と、半分翼になった腕をいっぱいに広げる。  
白羽も辛そうだし、早いところ休めるようにしてあげなくっちゃね。  
 
 
 
落ち物パート  
 
 高い、速い、目が回る。  
ぎゅっと背中に押し付けられてる胸から、俺と比べると、かなり早い鼓動が伝わってくる。  
 短い会話の後、黄色い方がスピードを上げた。先に行くみたいだな。  
会話の中身聞いてる余裕なんてないから、良くわからないけどさ。  
 俺を抱えて飛んでた白いのが、スピードを落としたらしい。  
音を立てて顔に当たってきてた風の勢いが、だんだん弱くなる。  
「大丈夫ですか? 寒くはありませんか?」  
 に、日本語、だよな? やっぱり。  
「だ、大丈夫・・・・」  
 何とか声を振り絞って返事する。後ろで、白いのが大きくため息をついたのを感じた。  
ぐっと力を込めて、俺を抱えなおす。  
自分じゃ良く判らないけど、ずり落ちかけてたらしい。  
・・・・あの、腹押されて苦しいんですけど。  
いや、胸当たってんのは、結構気持ち良いんだけどな? ・・・・ノーブラ?  
「前、見られますか? 進行方向、0時」  
 白いのにそう声を掛けられて、俺は伏せてた顔を上げた。  
乗り物じゃないけど、乗り物酔いしそ。  
水平線と空の間に、きらきら光る緑の何か。  
「そろそろ、ヒトの方にも見えてくるかと存じますが」  
 どうやら、アレに向かってるらしい。  
それから後の事は、ちょっと思い出したくも無い。  
 
 
 
白羽パート  
 
「前、見られますか? 進行方向、0時」  
 全力で、魔法も併用すれば10分弱、重い荷物を抱えた状態でも20分。  
かなり里へ近づいた頃合を見計らって、オスヒトの方に声を掛けました。  
里へ入ってしまえば、自力で空を飛べない方にはまず見る事の出来ない景色です。  
多少は堪能していただかないと。  
 ・・・・ろくに、あたりの景色を見る余裕も無さそうな青い顔ですが。  
急いで、降りた方が良さそうですね。  
 ・・・・あまり、気は進みませんが。  
大きく息を吸い込んだのは、飛び続ける為ではなく音律を紡ぐ為。  
本来なら、貴種である歌鳥族にのみ与えられた力を使う為。  
 音を外さぬよう、旋律を違えぬよう。  
言霊を逸らさぬよう、咽喉を痛めぬよう。  
戦鳥の血の濃い私には、本来使えるはずの無い物なのですから。  
 加速の、短い音律を紡ぎ始めてから数秒。  
オスヒトを抱えたままの私の体は、音律の効力に拠って整えられた気流に乗り、一気に加速しました。  
今日は、随分すんなりと、風の精霊も頼みを聞いてくれたようです。  
 海の上に広げられた白い網。  
重い荷物を抱えて飛ぶ者の補助の為に用いられるそれを目指し、  
私は翼を羽ばたかせ、さらに速度を上げる事にいたしました。  
 
 
 
姫様パート  
 
 先に里へ戻って数分。ばたばたと慌しく走り回る人達の間で、アタシは放置されていた。  
確かに、生きてる落ち物なんて滅多にあるもんじゃ無いけどさ。  
仮にも、アタシは将来ここの支配者になるんですけどー。  
・・・・まぁ、お説教されるよりはマシかなー、なんて思ったりもするけどさ・・・・。  
 
 港に降りて(いや半分落ちたみたいな感じだったけど!)白羽の言葉を皆に伝えて・・・・。  
あれ? アタシ使いっパシリみたいになってない?  
 網を広げたり、船を出したりしてる皆の間で、アタシはぽつんと立ってるわけで。  
普段はあんまり、こんな下まで降りて来ないから、大汗かいて走り回ってる戦鳥の男達のくちばしが、ちょっと新鮮。  
戦鳥族も、思ってたより結構カラフルなのねー。  
いつも見てるのはマダラの男達ばっかりだし、たまには下に降りてみるのも良いかもね。  
 ぼんやりそんな事を考えてると、ワーッと言う歓声と共に、大きな羽音と網が激しく揺れる音が聞こえてきた。  
白羽が、たどり着いたみたい。  
港にバラバラと出ていた船が、一斉にこっちに向かって動き出したのが見える。  
 
「ちょっと通してねぇ〜」  
 たたんだ担架を二つまとめて、医師のイーシャが走ってきた。  
鳥の隠れ里には珍しい異種族なのよね、この人。いや、猫なんだけどさ。  
どう考えても怪しい偽名なのに、なぜか里の医療関係を一手に引き受けてる。  
アタシの母様の時代からね。・・・・一体、幾つなんだろ、この人。  
見た目だけなら、アタシや白羽よりも五、六歳くらい上に見える。  
 そうそう、一回言って見たかった言葉あるのよね。  
行かなきゃ。  
 
 
 
白羽パート  
 
 網にくるまれた状態のまま、と言うか、網に包まれてぶら下げられた状態で、港まで運ばれました。  
・・・・他に手段は無いですし、自力で飛ぶだけの元気は無いので良いのですが・・・・。荷物扱いですか。  
 
「ようこそ、金剛樹の里へ! って、白羽だったの?」  
 ええ、姫様。落ち物は向こうです。網の中で暴れております。  
落ち物の方へ、ぱたぱたと走っていく姫様を見送りながら、私は大きなくしゃみを一つ。  
いけませんね、長く空に居たせいで体が冷えて・・・・。  
「大丈夫? シロちゃん」  
 そう声を掛けてきた医師どのに、片手を上げて反応。すいません、起き上がる元気も無いんです。  
・・・・子供の頃の呼び名で呼ぶのは止めてください。  
「シロちゃん、羽ちゃんと畳まないとひきずるよ〜」  
 やーめーてー。シロちゃんも、担架にうつ伏せに乗せた状態で、半開きの翼引き摺るのもやめてー。  
 ちょっと急いで無茶をしたせいで、節々が痛む翼を何とか畳み、担架の上に収めました。  
落ち物の方も、網から解かれて担架の上に乗せられたようですね。  
 
「はい、骨には異常無し! ゆっくりお風呂入って、マッサージしておけば大丈夫でしょ」  
 ぽん、と翼を叩かれて、痺れるような鈍い痛みが走りました。  
思わず顔をしかめる私の様子には気も止めず、イーシャどのが落ち物に向き直ります。  
「じゃ、次はこっちの子の健康診断ねぇ。はい、服脱いで〜」  
 イーシャどの、よだれ垂れてます。  
 
「一応、姫様の持ち物なんで、滅多な事はしないで下さいね? 脅えさせたりとか、手を出したりとか」  
 一応、止めておきましたよ、私は。一応、ですけどね。  
 
 
 誰か、今の状況を説明してくれ。マジで。  
イヤ、大体のところはわかってるんだけどさ。  
 道歩いてて気が付いたら、何でか知らんけど空飛んでたんだよな、最初。  
んで、羽根生えた人間に空中でキャッチされて、抱えられて空飛んで・・・・。  
鳥人間が張ってる網に突っ込んで、地面に下ろされて、担架で運ばれて・・・・。  
 何で、ネコミミ女に服引っぺがされてるんだ?  
 
「健康診断なんだから、さっさと脱ぐのー!」  
「だから、何なんだよお前は!」  
 何か俺、ぺたぺた触られまくりなんですけど。つーか、シャツ返して。  
うぉ、聴診器冷てっ!  
「ちょ、やめろって」  
 ふに。  
 のしかかってくるネコミミおねーさん、結構胸ありますね、じゃなくて!  
パンツ下ろすな、パンツ!  
 下ろされないように、パンツを必死に引っ張り上げる俺。  
 ちゃき、じょきん、じょきん。  
ハサミ・・・・。つか、なんでそこでにやっと笑ってますかおねーさん。  
「では、いただきますにゃ〜」  
 大きくおねーさんが口を開けて、俺のナニを・・・・。  
「はい、ストップ」  
 白い羽根の、さっきシロと呼ばれた少女が、  
俺とおねーさんの間に手を突っ込んだ。助かった・・・・かな?  
 
「これも健康診断の一環だってば」  
「姫様の持ち物で、勝手に遊ばれるのは困るのですが」  
 ん? なんか雲行きが怪しくないか? 俺、物扱い?  
「でもさ、この子、姫様の奴隷になるんでしょ? だったら、ちゃんと出来るかどうか調べておいた方が良くない?」  
 おい、そこで考え込むなよ。・・・・って、どれい? ドレイ? 土鈴? いや、奴隷か。  
「まぁ、病気持ってたりしたら困りますしね。私は手を出しませんので、存分にどうぞ」  
 おぃぃ! そこで引っ込むなよ! 丸め込まれるなよ! つか、助けろよ!  
「んじゃ、シロちゃんのお許しも出た事だし〜」  
 本気で楽しそうですね、おねーさん。  
 
 にじり寄ってくるネコミミ&白衣のおねーさんの前で、追い詰められた俺(全裸)は、壁に貼りつく以外出来なかったわけで。  
・・・・俺、ピンチ。  
 

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