この日、俺は落ちた、らしい。  
志望校の合格発表を見に行く途中で、先に着いた友人からメールが入って。  
『俺のもお前のも、番号無かった。残念だけど、また来年頑張ろうぜ』  
 そんな内容で。  
 丁度駅を出たばかりの俺は、がっくりしながら、それでも自分で確認しようと、  
第一志望の音大へ向かって歩き出して。  
 そして、暗転。  
 
 
 
「ですから、一人で外出なんて駄目です! 危険です! 認められません!」  
 気晴らしに出掛けようと歩き出したアタシの後ろから、  
ちゃっちゃかちゃっちゃか言う足音と共に、お説教の声が追いかけてくる。  
つやつやに磨かれた石の廊下だから、鈎爪が当たってこんな音がするのよね。  
「だって、アタシの翼じゃ、皆と行ったって追いつけないし!」  
 4枚羽のアタシと、2枚羽の他の人達。2対4枚の翼を同時にはばたかせると、  
どうしても空気を上手に掴めない。  
小回りは利くけど、どうしてもスピードは出ないのよね。かと言って、2枚だけを動かすのって、結構難しいし。  
「他の者が併せれば済む話でしょう!」  
「それで、皆が落ちてくの見てろっての?!」  
 2枚羽の人達は、ゆっくり飛ぶってのが苦手みたい。  
ちょっとバランスを崩しただけで、ぽろぽろ落ちる。  
ある程度のスピードなら、まずそんな事無いし、遠くまで飛べる。  
・・・・アタシが追いつけないけどね。  
 今、アタシと口論してる相手が、海に落ちかけて岩にぶつかって、怪我をしたのは半年前。  
やっと怪我が治って出仕したと思ったら・・・・、これだもの。  
口やかましいのは前からだったけど・・・・、ここまでだったかしらね?  
「あれは私の未熟で・・・・」  
「そ、れ、に! 皆忙しい時期だってのに、アタシに誰を付ける気?」  
 もごもごと口ごもる相手の言葉に、黙らせるダメ押しのつもりで言葉をかぶせた。  
潮の関係なのか、それとも空か、もしかしたら里の位置の関係か、  
この時期は落ち物が多いの。で、それを拾って他の国に売って、里じゃ手に入らない物を買ったりする。  
 出来るだけ多くの落ち物を回収する為に、皆、船やら徒歩って言うか羽とかで出かけているのよね。  
王宮の衛視や侍女達まで駆り出されて、良く声の響く回廊で口論しているってのに、誰も見に来る様子が無い。  
「神楽(かぐら)? それとも穂積(ほづみ)? 神楽は4枚羽の貴族だし、穂積は飛ぶのはもう厳しい年よね?」  
 今の時期で手が空いてるのは、せいぜいこの二人くらいよね。後はアタシ自身か、病み上がりの白羽(しらは)?  
「それとも、貴女が一緒に来る? 戦鳥(いくさどり)族の白羽?」  
 回廊をずんずん進んでいた姫様の歩みが、ぴたっと止まりました。  
 しっかりした作りの、靴のかかとを鳴らして振り返る姫様。  
ぶつかったりしないように、慌てて私も足を止めます。  
BGMのように鈎爪が立てていた私の足音が途絶えて、回廊が一瞬静寂に包まれました。  
 かかとを鳴らして、くるりとこちらを振り向いた姫様の空の色の青い瞳に、私の緋色の瞳が映りこんでいます。  
・・・・こうやって見ると、やっぱり似てますよね。  
 いや、似てないといけないですし、似ていて当たり前なんですけどね。私は姫様の影ですし。  
 
「判りました、お供しますから!」  
 私が数秒考えている間に、再び歩き出した姫様の、鮮やかなカナリア色の翼に向かって声を掛けました。  
急いで後を追う私の足元からは、再び硬質な爪の音が響きます。  
 
「良いの? 半年前みたいに事故でも有ったら、神楽がまた荒れるわよ?」  
 ・・・・何故ここで、この文脈で神楽様の名前が出て来るのでしょう。神楽様は、姫様の許婚だと言うのに。  
「神楽様はどうでも良いんです! 私は、姫様付き武官で・・・・」  
 私の立場で、他にどう答えろと?   
王家の、歌鳥(うたどり)族の血筋を絶やさない為にも、御二方には子を成して頂かなくては参りませんし、  
それを後押しするように動け、と命じられておりますのに。  
 
「あ、船出してる。やっほー!」  
 2、3人乗りの小さな船が、里から離れた所に浮いているのを見つけて、アタシは大きく手を振った。  
船に乗っている里人が、手を振り返してくれる。  
 そんなアタシに、白羽が呆れたようにため息をつくのがちらっと見えた。  
何かを呟いたようにも見えるけど、結構遠いのよね。何を言ったのかまでは聞こえなかった。  
この季節、微妙に風強いし、白羽、アタシの周りぐるぐる回ってるし。  
 確かに、アタシに併せて飛ぶのなら、スピードを落とすんじゃなくて、飛行距離稼ぐ方がやりやすそう。  
・・・・考えたわね。  
 アタシは、久しぶりに感じる潮風を、いっぱいに翼に受ける。  
羽根や髪の間をすり抜けていく風が気持ち良い。  
後で、ちゃんと水浴びしないとガサガサになっちゃうんだけど。  
でも、気持ち良い物は気持ち良いよね。  
 だから、侍女に嘆かれようが、白羽に怒られようが、アタシは気にしない。  
 
「姫様、上!」  
 いつもは冷静な白羽が、アタシに対するお説教以外で慌てたような声を出す。  
珍しい事もあるわねー、何て思いながら上を見上げたら、何か黒っぽいものが落ちてくるのが見えた。  
「な、なななな何っ!?」  
 慌ててアタシは翼を閉じて落ちる。落ちてくる物との距離は変わらないけど、でもそれだけ。  
「横へ!」  
 白羽の声に、閉じた翼を思い切り広げた。斜め下に、滑るように抜ける。  
 うん、実際には避け切れなかったみたいだけど。  
頭の上に、細長い、箱? みたいな物が落ちてきたから。  
頭に当たって、更に落ちていくその黒い箱を慌てて捕まえる。  
白羽や戦鳥族みたいに、物をつかめる足じゃないから、太ももに挟んでだけど。  
・・・・こらそこ、ハシタナイとか言わない。  
 
 目の前を、何とか避けた本体が落ちていく。濃紺の、見慣れない形の服を着たそれは・・・・。  
「白羽、その人間捕まえて!」  
 
 姫様の周りを警戒しながら、ぎりぎり安定するくらいのスピードで空を翔けてみました。  
やっぱり、姫様を追い越してしまいますね。ゆっくりと弧を描いてみたら、丁度良い感じになるのでしょうか。  
あ、これは周りを見渡すのに都合が良いかも知れません。  
 王家の方々は、背の翼自体が小さいし、安定を保つには半分腕になっている翼を広げる必要があるんですよね。  
飛ぶ時には、胸の前で腕を交差させるか何か持ち運ぶ私達戦鳥とは、大違いです。  
ほら、飛んでる時にぶらぶらさせてると、みっともないじゃないですか?  
 
 上から何か、風切り音がしたような気がして、私は上を見上げました。  
何やら、黒っぽい物が二つか三つ、落ちて来るのが見えます。  
「姫様、上!」  
 私の声に、姫様が上を見上げ・・・・。落ちてどうすると言うのでしょうか。  
落ちてくる物の真下から退けば良い話なのですが。  
「横へ!」  
 今度は、姫様もその通りに動いてくださいました。  
・・・・小さい物がぶつかってた気もしますが、飛び続けられているなら大丈夫かと存じます。  
 
「白羽、その人捕まえて!」  
 ひ、人ですって?!   
 翼を一瞬たたんで、体をひねって強引に向きを換え、真っ直ぐに落下物の方へ向かいました。  
確かに、人ですね。交易相手の猫のような耳も無く、私共隠れ里の住民のような翼も無い、奇妙な姿ですが。  
 姫様の命ですし、海面に叩きつけられる前に回収しましょうか。  
多少手荒にはなりますが、網も何も用意して居ないのです。  
・・・・まぁ、仕方御座いません、よね?  
 
 
 
 足元にぽっかりと穴が開いたような感覚がして、俺は唐突に、青の中に放り出された。  
空の青と海の青、突き刺さるような冷たい暴風が、カバンを抱える俺の手を凍えさせる。  
 カバンの中に納まりきれなかったフルートのケースが、ぽろっと上に向かって落ちた。  
いや、俺が逆さになってるのか・・・・って。  
「何だってー!」  
 このままじゃ死ぬ。絶対死ぬ。つーか、人間いきなり空を飛ぶようには出来てねぇ!  
 
 落ちていく先に、鮮やかな黄色と白。  
フルートにぶつかって、それでもキャッチしたらしい黄色と目が合った。  
ひどくびっくりしたような青い目。  
 東欧系のグラビア誌からでも抜け出て来たような、  
とびっきりの美少女の姿が強烈に脳裏に焼き付けられる。  
背中に鳥みたいな翼があるとか、腕にも羽が生えてて腕広げて空飛んでるっぽいのは脇に置いとく。  
 最後に良いモン見れたかな、と思ったのもつかの間。  
空に放り出された時みたいに唐突に、足首の辺りが痛くなる。  
何ていったら良いのかわからないけど、締め付けられるような感じ?  
 
「持ち物も!」  
 あっという間に通り過ぎた黄色い美少女が、やっぱり黄色い声で言った。  
 
に、日本語?  
 
「あぁ、これはいけませんね」  
 場違いな程穏やかなアルトが聞こえた。ぐるん、と景色がひっくり返った。  
すっぽ抜けかけてたカバンが、あっさり宙を舞う。  
すっと伸びて、カバンを捕まえる白い腕。先に鋭そうな鈎爪が生えている。  
 空中で強引に仰向けにされた俺の背中に、クッションのような物が当たる。  
と思ったら、ベルトか何かの拘束具の類が、しっかりと俺の胴体を固定する。  
それと同時に、足が自由になった。  
 再び、景色が反転する。真っ直ぐ前を見れば青い海。  
腹の辺りを押さえてるベルトかと思ったのは、カバンを捕まえたのと同じ白い腕で、  
ちょっと横を向けば同じく真っ白な翼が、音を立てて羽ばたいている。  
 
「姫様、この状態では長く飛べません。帰りましょう」  
 耳元でアルトの声。  
・・・・何が起こったんだか見当も付かないが、どうやら、ここは俺の知ってる日本、いや地球じゃ無いっぽい。  
 
 だって、地球には翼持ってて空飛ぶ人間なんて、居ないだろう?  
 

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