第3話  キラー・ビアンズ  
 
 俺は絡み合うという言葉をこうも見事に表した姿を見たことが無い。  
 全てが紅に染まった教室の中、痩身黒衣の青年が、白っぽい服を着たなまめかしい女と絡み合っていた。  
 まるで間の空気まで押し出すかのように、顔と顔、腰と腰がくっつき、黒衣の青年の平たい胸を女の胸が押さえている。  
 女の手は青年の背中にまわされ、青年の手は、女の胸と太ももの付け根で蠢いている。  
 足はまるで白い蛇と黒い蛇が絡むように、白い女の足に黒衣の青年の足が巻き付いていた。  
 時折女がのけぞると、青年はそのおとがいに口づけをする。  
 女のあえぎ声と青年のかすかな息づかいが響き渡る。  
 そして俺は、間抜けなことにドアに手を掛けたまま、立ちつくすだけだった。   
 
 
 その日の夕暮れはとても綺麗だった。西の夕日が放つバーミリオンの光が、研究棟の廊下まで容赦なく侵入していた。  
 しかし夕暮れが美しかろうと関係なく大学生の変わらぬ日常が続く……はずだった。鞄に妙な手紙が入っていなければ、だ。  
「夕刻、5−B講義室で待つ」  
 いたずらにしてはそっけない文面が俺の興味をそそった。  
 いろいろとくだらない推理に耽りながら歩いていたため、俺はその音を初め、水たまりで水が跳ねる音だと思っていた。  
 吐息のようなものが混じりだしても、まだ思い至る事はなかった。  
 ここは大学。学問と研究と退屈の宮。  
 古ぼけたコンクリートの中で俺は実験動物でも逃げ出したのかと考えていた。  
 だから何も警戒せず、扉をあけた。  
 開けて、思わぬ光景に凍りつく。  
 あかね色に染まった講義室の中で、人が二人、絡まりあっていたのだ。  
 下になった方のスカートらしきものがまくり上がり、白い太股とおぼしきものがのぞく。  
 その太股にからみつく黒いものは、上になったものの足か。  
 ならば太股の付け根にうごくめく細く長い影は、手なのだろうか。  
 ばつの悪さを感じて視線を逸らすと二つの顔が重なり合ってる。  
 下は女性らしいロングヘア、そして上の青年も男にしてはやや長目の髪だった。  
 だがいずれも逆光の中でその整ったシルエットが優美なラインを引いていた。   
 そして思っても見ないものを見せられていた、俺は立ちつくしていた。  
「はあっ……うふぅ……そこぉ……いいよぉ……ふわぁぁ」  
 下の女がびくりと身を震わせ、舌を突き出す。  
 すかさず上の人間が、突き出された舌に自らの舌を重ね舐めあげた。  
 仔猫が水を飲むような淫猥な水音が響き渡り、下の女の再度の身震いで止まる。  
 すかさず、青年の頭が女の胸まで下がる。  
 小ぶりながら形の良い胸の先端を青年がもてあそび始めると、女は青年の頭を抱え込んで快感に抗った。   
「あうっ……、はあはあはあ、くっ、ぅぅぅぅうあ!」  
 いつしか女が身体を震わす回数が増え、下半身に潜り込んだ青年の手の動きに合わせて、水音が聞こえ始める。  
 もう片方の胸もじっくりと愛撫して、女の十回近く痙攣させた後、ついに青年は顔を自らの手を蠢かせている右手のところに持って行った。  
 青年の舌が閃いただけで女は絶叫をあげながら極度に身をよじった。  
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……、ケイ……ケイの舌……たまらない……」  
 ケイと呼ばれた青年は、あわてることなく舌と指をゆっくりと動かし、女の快感をほじくり出していく。  
「はあっ……んひぃ……くぅ……ああああ……ひぃああああああ」   
 壊れかけの指人形のように女はきれぎれのあえぎ声を発し、身体を幾度となく震わしていた。  
 そしてついに背骨が折れるかというほどのけぞらせる。  
「ああああああああああ、いいくぅぅぅぅぅぅぅ」  
 女はそのまま机に倒れ込み……そして立ちつくした俺と視線があった。  
 俺は反射的に扉を閉めた。そしてすぐに苦く小さな怒りが涌いた。  
(ったく、どこでもさかりやがって、猿かよ)  
 さらに結果として覗いてしまった自分に苦笑する。覗いておいて人のことはいえないな、と。  
 目に焼き付いた光景を、頭を振って払い落とすと扉に背を向けて歩き出そうとした。  
 その時再び扉が開いた。  
 思わず俺は振り返った。  
 
 戸口には先ほどのカップルが立っていた。  
 もう一人が先ほど上になっていた黒ずくめ長身の青年。まずもって宝塚もまっさおな美形だった。  
 こいつは無表情にしているだけでもてるなと思い、視線をそのまま下げると、襟元から覗く胸元にそこそこふくらみが見えた。  
 女!?  
 再度混乱しかかる俺を、少女の声が現実に引き戻した。  
「男ってほんとうにいやらしい。ねぇ、ケイ?」  
 それは歌うようであった。白いワンピースにロングヘア。顔は大人の成熟性よりも少女の危うさのほうが際だっていた。  
 目鼻立ちのはかなげさが、それを一層際だたせている。  
 女子高生マニアなら、写真ですら大枚はたくだろう。昔ながらの美少女というやつだった。  
「ええ、ユリ」  
 黒服の男装の女が頷く。  
「ご、ごめん。びっくりしてしまって扉を……」  
「……今だって、きっと汚いあれを立てて、後で思い出して私たちのことで汚らしくオナニーするんだわ」  
 俺の謝罪をあっさりと遮った女の目は嗜虐と侮蔑に満ちていた。  
「ほんとに汚くておぞましい。男なんてみんな死ねば良いとは思わない? ねぇ、思うでしょ、ケイ」  
「そうね、ユリ」  
 長身の女の顔はあくまでも無表情だった。無表情のまま、ユリという女を左手で抱きしめ、その胸をまさぐっている。  
 そしてユリという女も、自らの胸をまさぐる手に己の手を重ね、なにやら恍惚としていた。  
 その光景は淫らを超えておぞましいとさえ感じる。  
 それで俺は醒めた。醒めたおかげで、長身の女の右手が見えないことに気付く。  
 とっさに出来たのは地面に転がることだけ。  
 それでも左肩の肉がえぐられている。灼熱を肩に感じながら、はねとばされるように転がって、距離をとった……つもりで黒ずくめの姿が眼前にあった。  
 とっさに腕を突き出すと、腕ごと身体が二つに折れるかのような衝撃を受けた。蹴られたらしい。  
 身体が十数メートルも宙を飛ぶと現実感が薄れた。サッカーボールのように弾んで背中から落ちてそれでも延々と滑って階段のところで止まる。  
 恐怖と怒りが痛みを消して、俺は階段に身を躍らせて、……降りたかったが落ちた。背後で冗談のような轟音がする。  
 黒服女の攻撃だろうが、確認する気はなかった。階の文字が冷酷に↑5F↓4Fとなっていた。  
 踊り場から再度ダイブして下の階につくと近くのトイレに滑り込む。  
 そして窓を開けて、身を乗り出した。少し足が震えたが、窓枠を乗り越える。  
 外壁にはほんとうにわずかな出っ張りがある。  
 でっぱりに片足のつま先をそろりとのせた。階段をゆっくりと下りる足音が聞こえ、冷や汗がでた。  
 震えるもう片方の足をなんとかのせる。そして蟹歩きで窓からゆっくりと離れた。  
 ざらついたコンクリートのわずかな起伏に指をかけて全身を支える。周囲はもう夜になり始めていた。  
 なんとか数メートル進んで雨樋をつかんで、俺は安堵でため息を漏らした。  
 
 突然前触れ無く音楽が流れはじめ、俺は飛び上がりそうに驚いた。それは俺の胸元からだった。  
「携帯?」  
 光る液晶にはラミの名が浮かび上がり、あわてて俺は携帯電話を取り出すと耳に当てた。  
「今、どこですか?」  
 おそらくラミの声を聞いて、ここまでほっとしたのは初めてだっただろう。  
「……大学なんだけど……わけがわからん。……はははっ、偶然覗いてしまって殺されそうになっているって言ったら信じるかい?」  
 たぶん、この時俺は壊れていた。  
「……5分だけ待ってください」  
 それだけで電話はきれた。ひどく心細くなったがかけ直す気分にもならなかった。  
 どうやら緊張の糸が切れたらしかった。腹も腕も足も肩も痛み始め、疲労が押し寄せてきた。  
 ふと下をみて、雨樋が下まで続いているのに気付いた。  
「……なんだ、降りてしまえばいいじゃないか」  
 雨樋を壁につなぎ止めている金具に足をかけ、慎重に降り始める。  
 徐々に暗くなる足元を一段一段しっかり確かめて、そして……不意に手首が掴まれた。  
「え?」  
 そこは2階だった。左右の窓はしまっており、周囲にも誰もいない。  
 掴まれた手首を見ると黒いものが巻き付き、それが3階の窓から伸びている。  
 黒いものは突如軟体動物のようにふくらみ始め、人の形を取り始めた。  
 俺の手に巻き付いていたものが、細く長く美しい指になり、壁につき立った二つに分かれた部分が細くまっすぐな足になった。  
 腕に繋がった先の固まりに二つの隆起が出来て黒服に包まれた胸になり、その上にある固まりが、黒い毛を生やし頭と顔になった。  
 やがて壁面に垂直に立つ人の姿になったとき、いたのは先ほどケイと呼ばれていた女だった。  
「惜しかったですね。良い逃走経路でした」  
 淡々と語る姿に、意外にも敵意は無かった。だが見逃す気も無いらしい。  
「……なんでこんなことを?」  
「……本来なら治安機関にあなたをゆだねるべきとは思いますし、それに情報の信頼性が保証されてない状況なのですが……しかしユリの望みですから」  
 俺の右手に巻き付いている左手をそのままに、ケイの右手が溶けた。  
 次の瞬間きらめくでかい刃になった。  
 それが振り下ろされる直前、俺は雨樋から手を離し、ケイの手を引っ張って、壁面を全力で蹴り上げた、  
 刃の切っ先が左頬をかすり、熱く赤い筋が流れる。  
 ケイの手が緩んで抜ける。瞬時の浮遊感と、息が止まるような衝撃が背中に届いた。落下したのだ。  
 衝撃のあまり息が出来ない苦しさに咳き込みながらも瞬時に立ち上がる、足を踏み出すとそれだけで背中に激痛が走った。  
 ノロノロと足を引きずり、あえぎながら、数歩歩いた。  
 そうして、デッドエンドが訪れた。  
 背中にあの刃が突きつけられたのである。  
「またしても見事な判断でした。しかし次はない」  
 抑揚のないアルトの声で、男装女は褒めたらしかった。  
 俺はゆっくりと振り返った。  
 目の前には左手を変形させたでっかい刃物があった。その向こうには優美な立ち姿の男装の麗人。 切れ長の黒い目と紅い唇は、しかし整いすぎた顔立ちのせいで、研ぎ上がった刀のような印象を強める役割しか果たしていない。  
「安心してください。苦しむことはないでしょう」  
 刃物がわずかにひかれた。俺の中でいろんな思い出が頭の中をぐるぐると回り始める。  
 
 長い間に感じたが数秒だったのだろう。来るはずの衝撃はいくら待っても来なかった。  
 いつの間にか目を閉じていたらしい。  
 おそるおそる目を開ける。  
 男装の女はいなかった。代わりに……  
「ラミ!」  
「大変でしたね」  
 そこに居たのは、黒髪で優しい顔立ちの生首ロボットだった。もちろん今は胴体がついている。  
 思わず力が抜けふらついて、ラミに倒れかかり、抱き留められた。  
 首の後ろで圧搾空気の抜ける音がする。  
「麻酔と応急処置用のナノマシンです。後できちんとなおしますけど、今は時間がありませんから」  
 言葉と共にふわっとした浮遊感が身体を包んだ。  
 ラミの背中から銀の翼がはえていた。羽一枚一枚が銀色に輝きまるで天使の羽のようにみえる。  
 闇に沈む大学の構内をラミは俺を抱いて飛んだ。  
「ラミ、アイツは?」  
「ご主人様から引き離しただけです。いずれ追ってくるでしょう。あのタイプは頑固に作られてますから、命令に変更が無い限り、壊れるまで狙ってきますわ」  
「……そうだ、なんで俺が狙われるんだ? いくら見たからと言って、そもそも教室で……」  
「罠だと思われます」  
「……どうして? 俺になんの価値がある?」  
「その話はあとで。さ、つきました」  
 気がつくと、校舎の屋上にいた。  
「ラミ?」  
「あの変態アンドロイドは任せてください。ご主人様は命令者を捕まえて、命令を取り消させてください」  
「どうやって?」  
 俺の疑問にラミは銃とカートリッジを懐から取り出す。  
「マイクロミサイルランチャーです。非致死性弾頭をセットした各種ペンシルミサイルと、少しですが高初速無誘導弾をセットしています」  
「こんなものでどうしろと?」  
「私があのアンドロイドに負けるとは思いませんが、完全破壊もなかなか厄介です。捕らえて命令をキャンセルさせる方が良いでしょう」  
「けどあのアンドロイドの命令者は女の子なんだ! 女の子に力づくで言うことを聞かせるなんて……」  
「ですが、その女性はあなたの殺害を命じました。そして私たちが人間に我々の意思を強要できるのはわずかな例外的事態の時だけです。だから、ご主人様が相手にキャンセルさせるしかありません」  
 ラミの顔はいつになく真摯なものだった。  
「お願いです。どうか私たちを罪にまみれた道具にしないでください。……私たちは人間が人工知性体を導いてくれると信じたいのです」  
 彼女の顔にひどく危うくそして高貴な表情が浮かぶ。人ならば信頼と懇願ともいうべきものか。  
 夜風が屋上を渡っていった。研究室の窓から漏れる明かりが中庭に落ち、東の空に月が浮かんでいる。  
 俺の身体からは痛みが消えていた。  
「……それで命令者の女の子がどこにいるかわかるか?」  
 その時ラミが顔に浮かべたものは、プログラムというにはまぶしすぎる笑顔だった。  
「変態アンドロイドと命令者で交わされたマイクロバースト通信を逆探知して、おおよその位置を確認しました。この校舎の中にいます」  
「……了解。ま、やってみるさ」  
 そういうと俺はランチャーを持ち上げた。  
 
 この時間になると普通講義棟は使われない。教授たちは実験室や己の部屋にこもり、好き勝手なことをしている。  
 学生は学生で飲んだり遊んだり、たまには真面目に勉学したりとやはりこの建物には近づかない。  
 ゆえに経費節減のかけ声が高い昨今、講義棟の夜間照明はイベントが無い限り非常灯を除いて全て消されている。  
「ちょっと雰囲気出過ぎかなって感じ」  
 暗闇の中、おもちゃのようなランチャーを抱えて俺は進んだ。  
「相手も命令者を単独にしている以上、自衛の武器をもっていると見て良いでしょ」  
 ラミの忠告が耳によみがえる。  
 ラミは翼のついた身体から、総金属製の身体に換装した。  
「戦闘用です。普通のボディで立ち向かえる相手ではないので」  
 ……良く俺はなんとかなったものだと思う。  
 廊下のまがり角にたどり着いた。顔をほんの少し出して先を眺める。  
 街灯のわずかな光しか入らない暗い廊下が続いている。  
 前後を確かめて廊下の真ん中に躍り出てランチャーを構える。……誰もいない。 ふう。ため息をついたときブザー音と共にランチャーの砲口が俺に向いた。  
 砲口から炎があふれ何かが飛び出すと俺の右頬すれすれを飛び去った。そして背後で何かと接触し金属を伴って爆発。  
 爆風に吹き飛ばされるかのように床に伏せた俺の前に、折れ曲がった金属片が突き刺さる。  
「オートディフェンス作動! 敵の攻撃です!」  
 耳元で無線を通じたラミがわめくが、立ち上がった俺は答えられなかった。  
「……せっかく楽に死ねたのにね……」  
 振り返った俺の前にはいつ現われたのだか、白いワンピースの少女がいた。  
「でも、楽に死なせてあげる義理もないか」  
 侮蔑の色を目に浮かべている少女の、その周りを金属片のようなものが翼をきらめかせながら飛び回っていた。  
 クスクスとなにが楽しいんだか、少女は笑い出す。  
「どうせならあれを切り取って、男じゃなくなってから……死んでよ!」  
 少女が俺を指さすと、金属片が俺に殺到し始めた。  
 後ろに飛びながら、ランチャーのトリガーを続けざまに引く。  
 打ち出されたペンシルミサイル達が複雑な機動を描きながら金属片を迎撃し、ことごとく打ち落とした。  
「ちっ、ケイ! 来て!」  
 舌打ちをすると、少女は身を翻して走り出す。  
「弾種変更、散弾」  
 完了の短い電子音と共に三連射をして、それから俺は少女を追い始める。  
 ミサイルが赤い光を噴いて曲がる廊下の先に消え、数秒後続けて三回爆音が聞こえた。俺は廊下の曲がり角で止まり、上着を脱ぐと廊下の先に投げ込む。  
 鈍い音と共に上着が廊下の壁に縫いつけられた。  
 散弾ミサイルを2連射して待ち伏せを全て打ち落とした。  
 慎重に角を曲がってゆっくりと歩いた。  
 少女がそこに倒れていた、手足に無数の痣がついている。  
「ケイ! ケイ! 来てよ、ケイ! お願いだからぁ!」  
 しかし泣きわめいていた少女は、俺の足音を聞くとぴたりと泣きやんだ。  
 敵意に満ちた目でただ俺をにらむだけだった。  
 警戒しながらゆっくりと少女に近寄ると、俺は口を開いた。  
「……あれを黙ってみていたのは謝る。だけど、それで殺されるのはごめんだな。悪いけど俺を殺せと言う命令をキャンセルしてくれないか」  
「いや」  
 それっきり、少女は押し黙る。その固い表情が、あらゆる説得を拒んでいた。  
 黙ってランチャーを構えて少女を狙う。  
 
 長い時間が経ってようやく少女は口を開いた  
「そうやって、なんでも力ずくで女を従わせられると思ってたら間違いだから」  
「はぁ?」  
「好きにすればいいわ。その代わり絶対あんたのあれを噛みちぎってやるから」  
「……なんの話だ?」  
「とぼけないで! このレイプ魔!」  
 罵倒されて、却って俺は笑いの発作にとりつかれた。  
 覗きたくもないSEXを目撃して、目があっただけで動揺して扉をしめた俺がレイプ魔?  
 我慢できず肩が震え、そして腹を抱えて、俺は笑った。  
「な、なにがおかしいのよ!」  
「……くっくっく……俺が誰をレイプしたって?……くっくっく」  
 自分が悪人ぽく見えるのを自覚すると、さらに笑いの発作が襲った  
「とぼけないで! 子供もおばあさんもお構いなしにレイプして殺してるのを知ってるのよ」  
 なにかさすがに不安になってきたらしく少女の声が揺れた。  
「……で、その犠牲者はどこに?」  
「……どうせ、埋めたり捨てたりしたんでしょ」  
「……じゃあ、俺は犠牲者とどこで知り合ったんだ」  
「……知らないわよ。……ただあなたが殺すところを見たんだから!」  
「……ほぉ、なにでさ?」  
「ビデオに映ってたんだから! なんとか逃げてきた被害者の子だって知ってるんだから」  
「……どうして警察に言わなかった?」  
「あのねぇ、セカンドレイプって知ってる? 彼女は繊細なんだから公表されたら自殺しちゃうわよ」  
 やっと笑い発作が治まってきた。胸くそが悪くなるような罠に嵌められてるのを自覚したからだ。  
「それはいい。じゃあ、その生きている犠牲者の子と俺はどこで知り合った?」  
「とぼけてもわかるんだからね。バイト先で知り合った彼女を車で送る途中でレイプしたくせに」  
「なんのバイトで、いつのことだ?」  
「3日前の夜、ハンバーガー屋のバイトで!」  
 決定的な言葉を聞いて、俺はランチャーを下ろした。  
「聞いたか、ラミ?」  
「やられました。我々を監視している行動体を確認」  
「……図星をつかれて黙ったわけ?」  
 少女が自信を取り戻した顔で話に割り込んできた。  
「おまえは、その話の裏付けをとったのか?」  
「えっ?」  
 少女の顔がこわばる。そして虚勢を張るように俺をにらんだ。   
「ビデオがあるでしょ!」  
「なんで自分の犯罪を証拠として残しておくんだ?……というか、俺はビデオカメラを持っていないし、そもそも俺の部屋にVHSのデッキは無いぞ」  
 少女の顔が驚愕に染まった。  
「嘘よ。だって……」  
「俺の働いていたというハンバーガー屋、確かめたのか?」  
 少女が頭を振った。  
「だって、彼女が……」  
「3日前、俺は働いていない。サークルで会合があったからね。それに車も持ってないぞ」  
「……口裏をあわせているだけよ……」  
 だがその視線は頼りなく、口調は弱々しかった。  
「ビデオは、画像を合成することができる」  
「……そんな、じゃあ彼女は……」  
「正義感にあふれた単純な人物を駒にして、邪魔な奴を自らは手を下さずに始末する。ありふれているがやられると効果的だな」  
「でも……」  
「では、もう一度当人に確かめればいい」  
 そういうと俺は腰を下ろした。  
 少女も身を起こして座り直し、取り出した携帯を震える指でプッシュした。  
 電話での会話は、俺が口を出す間もなく数分で終わった。話は全く合わなかったらしい。  
 少女の顔が恐ろしく青ざめたのをみて、俺は結果を知った。  
「そんな。あの日にうちに来ていないなんて……信じられない……」  
 それきり少女は黙り込む。  
「……落ち込むのは勝手だが、俺を殺す命令は早くキャンセルしろ」  
「あ、うん……。ケイ、あたし、ミスったみたい。殺すの、なしで」  
「戦闘終了」  
 ラミの報告が耳に響いた。  
 
 その日俺はラミに背負われて帰宅し、ナースボディに換装したラミは治療と称して盛大に俺の身体をいじくり倒した。  
 夜間は体中が熱く痛かったが、その時の記憶は切れ切れだ。何回かラミに水と薬を飲ませてもらったことしか覚えていない。  
 気がついたら、昼下がりだった。  
「ご主人様、お見舞いのお客様ですけど、上がっていただきますか?」  
 俺は頷くだけだった、だるい身体を布団潜らせて目を閉じる。  
 ラミのものではない足音が複数、俺の枕元にやってきたので、俺は薄目をあけた。  
「うわぁ! 変態レズロボット!」  
 目の前には枕元に正座する男装の麗人。俺の叫びにすこし傷ついたような目をした。  
「あんまりかわいそうなこと言わないでよ。そりゃケイは女でもオッケイだし、形も変わるけど、でもちゃんと男だって大丈夫なんだから」  
 こちらは、あのユリという少女。今日はセーラー服を着て、なぜかリンゴを剥いている。  
「なにが大丈夫だ! ……だいたいなにしに来た! 誤解ってわかっただろ!」  
「うん、だからお見舞い。それにビデオデッキが無いか確かめに来たけど、ほんと、テープもデッキも無いし、あの話とも合わないね」  
「……で?」  
「だから悪かったなと思ったわけ。それにケイってね、結構あなたのこと気に入って入るんだよ。だからね、友好を深めようとか、情報交換とか」  
「……」  
 男装の麗人はずっと黙っていたが、しかし敵意は微塵も感じなかった  
 なぜか乱れた布団を丁寧に直して、俺に被せた。  
「ご主人様はこういうのもタイプなんですか?」  
 ラミもどうしてか絡んできて、俺の疲れが増した。  
「傷つき倒れた男をかいがいしく看病する3人の美女。うん、モテモテだね」  
 ユリの言葉に何かこう非常に間違ったものを感じて、俺は布団に潜った。  
 

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