雨足が強くなり、風に煽られた雨滴がガラスを叩く。  
 夏樹はぼんやりと、窓の外を見つめていた。  
 
「ん? ああ、雨か。本降りになってきたな。折り傘持って来て正解だったな」  
 
 夏樹の包帯を換えながら保健室の主任・平澤は言った。  
 夏樹はあの酸が手にかかった後、杉村の手ですぐに保健室に連れて行かれた。その時の事はよく  
覚えていないが、激痛のショックで意識が半濁していたと、完全に覚醒してから聞かされた。  
 情けない話だ。気を失いかけた姿を人にさらすなんて。しかもよりによって、唯の目の前で…  
 
「やっぱり…大丈夫、組織まで溶けてはないみたいだ。眠かったりする?」  
「あ、いえ、特には」  
「よし、じゃあこれ巻いたら行っていいよ。荷物はそうだな、誰かに持って来させるか。  
 あ、でも痛みが強くなったら知らせるんだ。いい?」  
「あ、え、もう終わりですか? 病院とかは…」  
 
 追加の軟膏を塗った上にガーゼを貼り置き、平澤はよし完了、とでも言わんばかりにそう言った。  
夏樹は驚いた。白衣を焦がし、肉を焼く強酸を浴びたのに、病院行きにならないなんて。  
 
「とりあえず一日だけ様子を見よう。表面の火傷だけなら治療はこれで十分だしね。それに、まだ  
 痛みを感じるってことは、深刻な事態までは避けられたんだよ。  
 でもまあ、女の子助けたんだから、気にしない気にしない。名誉の負傷だよ」  
 
 事情は杉村にでも聞いたのか。笑いながら言うのは、彼なりに励ましてくれているのだろう。  
どうやら本当に、深刻な事態は避けられたようだ。  
 手に残る痛みが不安ではあるが、夏樹はとりあえず、安堵の息を吐いた。  
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
 
「「あ…」」  
 
 扉を開けた夏樹の動きが止まった。  
 もう今日最後の授業が終わっていたので、このまま直接帰るために鞄を誰かに持ってきてくれる  
よう、平澤が頼んでくれたらしいのだが。  
 ノックされた扉を開けると、唯が立っていたのだ。二人分の荷物を持って。  
 夏樹は言葉に詰まった。唯を助けるためとはいえ、半ば気を失うという醜態を晒したのだ。何と  
言うか、きまりが悪い。  
 
「な、何よ、元気そうじゃない…」  
 
 最初に口を開いたのは、やはり唯だった。  
 
「あ、うん。なんか中までは溶けてなかったんだって」  
「そ、そう…」  
「えと…あ、あの、…その……い、家…、…って……るから…」  
 
 蚊の鳴くような声で、唯は言った。当然だが夏樹には聞き取れない。  
 
「え? なに?」  
「っ…! だ、だから! 家まで送ってあげるって言ってるの! その手じゃ、傘だってさせない  
 じゃない!」  
「あ、そっか」  
 
 顔を真っ赤にしながら、いつもの通りに復調した語気で、唯は申し出た。  
 考えてみれば当たり前のことだ。片手で荷物と傘を両方持つなどという芸当はできない。そういう  
事を考慮すると、非常にありがたい申し出だ。  
 雨はまだまだ止みそうにないのだし。  
 
(…ん? え、でも、じゃあ…)  
 
 ふと思い当たった。…じゃあ唯は、わざわざ自分のために待っていてくれたのか?  
 唯が。  
 自分のために。  
 そのフレーズが心の中で反芻すると同時に、夏樹は胸の内が温かくなるのを感じた。顔面に血が  
集まり、心臓が早鐘を…  
 
「唯ったら、あなたのためにわざわざ残ってたのよ? う〜ん、愛されてるわね、夏樹ク  
ン?」  
「なっ…!」  
 
…考えていたことをズバリ当てられ、早鐘は突如として大鐘に変わった。  
 
「ちょ、ちょっと瑞希、何を…」  
 
 慌てたのは唯も同じなようだ。声がうわずっている。  
 夏樹が視線を移すと、扉の端から福浦瑞希がひょっこり顔を見せていた。杉村処理請負人として  
名高い瑞希だが、それ以外も時折こうして予想外の行動を見せることがある。  
 …いや、今のはただ単に自分が唯のことしか考えてなくて、彼女に気付かなかっただけか。  
 
「気付いてなかったの? まったく、唯以外は全然見てないのね〜」  
「いや、あの、それは…」  
 
 またしても図星である。  
 目の前でいたずらっぽい笑みを浮かべるクラスメイトの、心が読めるんじゃないかと思えるほどの  
正確な推測に、夏樹はふためいた。  
 
「まあ、いいわ。じゃあね唯、頑張ってね!」  
「な、ち、ちょっと瑞希!」  
 
 ポンと肩を叩かれた唯は、真っ赤なまま飛び上がる。そして背を向けた瑞希に何かを言おうと  
したが、彼女の逃げ足の勝ちだったらしく、結局何を言うでもなく口をつぐんでしまった。  
 
(何だったんだ、一体…)  
 
 いきなり現れて、空気をかき回して去っていった。旋風みたいな娘だ。それでも、あれくらいの  
元気がないと杉村の相手は務まらないのかもしれないと、妙に納得したような気持ちになった。  
 
「ほ、ほら、帰るわよ! 早く来て!」  
 
 何かを誤魔化すように、唯は急かした。  
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
 
「「…」」  
 
 二人とも一言も発する事なく、表面上は淡々黙々と、そして少なくとも夏樹は内心では悶々と  
しながら歩き続けた。  
 
(…こ、これって…)  
 
 一つの傘に、二人で入る。コツン、コツンと肘が触れる。  
 そしてその度にお互いが、できるだけ相手に気付かれないように、腕を引く。  
 どう見てもアイアイガサです本当にありが…  
 …んなこと考えてる場合ではない  
 横を歩く幼い頃からの親友は、何も物言わずに傘を持っている。だが夏樹としては、文句でも愚痴  
でも何でもいいから、何か言ってくれた方が良かった。間が持たない。  
 
(唯は…どう思ってるんだろ。こういう事してて、何も思わないのかな…)  
 
 つかつかと歩き続ける横顔を見ながら、ふとそんな事を考えた。  
 
 夏樹は、唯のことが好きだ。  
 
 それもいわゆる、「Like」でなくて「Love」、つまり日本語で言う、恋愛感情というやつである。  
 当たり前と言えば当たり前だった。好きにならない理由がないのだ。  
 性格に目を瞑りさえすれば、容姿は淡麗だし、またあまり知る人はいないが、この上に家事も  
出来る。そして自分は、この少女の性格には既に慣れきっている。それどころか逆に、そんなところ  
が、可愛いとすら思えているのだ。付き合いの長さの為せる業かも知れない。どこかの男子に話し  
たら、重症と言われるかもしれないが。  
 自分がこの少女に好意を持っているんじゃないか…そう以前から薄々感じてはいたが、完全に自覚  
症状が出たのはつい最近の事だ。ようやく色気付いたかとその時は半ば他人事のように感じたが、  
今は到底そんな余裕はない。  
 要するにだ。  
 心臓が先ほどから、ドラムのような速さで胸の壁を叩き続けているのだ。そして無論こんな状態で  
自分から口を利くほど、恋愛経験は豊富ではない。  
 
「ねぇ、手…大丈夫、なの?」  
 
 ようやく言の葉を紡いだのは、唯の方だった。  
 頭の中でいろいろな思いを巡らせていた夏樹は一瞬フリーズするが、すぐに回復し、応じる。  
 
「え、…ん、まだちょっと痛むかな。でも薬のおかげで、今は楽になってる」  
 
 保健室の主の顔を思い出した。あまりぱっとしない方だが人当たりが良く、学校内では男女問わず  
(ウホッな意味は除いて)人気のある人物の一人だ。そしてその人気を失望させる事のない、いい腕の  
校医だった。そのことには感謝、感謝である。  
 
「あ、唯は大丈夫だった? 突き飛ばしちゃってごめんね」  
「え? べ、…別に…いいわよ…」  
 
 素直に、そして簡単に謝る夏樹に対して――唯はそう言いながら、心の内では自分を叱責していた。  
…何で、思っていることが口に出せないのか。  
 
 ありがとうを言うつもりじゃなかったのか。  
 ごめんねを言うつもりじゃ、なかったのか。  
 
 唯の方も、何も感じずに歩いていた訳ではない。ずっと感謝の言葉を考え、そしてそれを言う  
タイミングを窺っていたのだ。  
 
 ――言うんだ。  
 
 諦めかけた心に、再び灯がともるような感覚を覚えた。  
 
 顔を上げた。  
 
 目の前には夏樹の横顔が、雨を背景に、そこにあった。  
 夏樹は自分を助けてくれた。ありがとうと言うんだ。  
 今しかない。  
 今なら、誰もいない。恥ずかしがる必要はない。今ならきっと、言える。  
 
「……ありがとう……」  
 
 またしても、聞こえるか否かのギリギリの声だった。雨音に消されても、不思議でないほどの。  
 だが今回は、運命は唯に味方した。夏樹の耳が、それをしっかり捉えていたのだ。  
 何を言うべきか、夏樹は迷った。どういたしましてと言うことが、しっくり来なかったのだ。  
 しばらく懊悩しているうちに、それは見つかった。今言うべきは、きっとこの言葉だ。  
 まわりから見たら少し、変に思われるかもしれないけれど。  
 
「ありがとう」  
 
 同じ言葉を、優しい声で。  
 はにかんだその表情は、唯が初めて恋を知った時に見た、まさにその笑顔だった。  
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
 
「…」  
 
 物言わぬまま、夏樹は食卓に頭から突っ伏していた。  
 今日は夏樹の両親は、家族ぐるみの付き合いである白河家の大黒柱――つまり、唯の父親と共に  
旅行に出ていた。  
 つまりは家に誰もいない。  
 ということで夏樹は久しぶりの自炊の必要性に気付いたが、片手では料理もできないのではと  
唯に指摘された。そして反論することができなかったため、遠慮したのに彼女が夕飯を作る事に  
なったのだ。  
 それはもうしょうがないとして、だ。  
 実は夏樹は普通の男子高校生よりも、料理ができる自信が有った。両親が家を開けるのはしばしば  
あった日常生活の中で、その方面のスキルはかなり付いているはずだった。  
 そして…結果から言えば、自信は完璧に砕け散った。  
 美味いのだ。どの一皿をとっても、圧倒的に自分より。  
 家事をこなせるのは知っていたが、これほどまでとは。  
 
(いつの間に、こんなに上達したんだろ…)  
 
 全く不思議でならない。  
 しばらくピクリともしなかったが、その後夏樹は食器を集め、トボトボと流しに向かう。  
 実は何を隠そう、皿洗いの仕事まで剥奪されたのだ。自分の事は自分でやるというのを、家に  
一人でいる時のルールにしているのに、だ。  
 いくら怪我人の身の上とはいえ、本当に立場がない。  
 
「あ、夏樹? さっきも言ったけど、皿は私が洗ってあげるから。お風呂沸いてるから、入ってて」  
「…」  
 
 グウの音も  
 
「それと、今日は私が全部してあげるから。…ゆっくり入りなさいよ、いい?」  
「…」  
 
出ない。  
 代わりにため息が出る始末。  
 だが逆らったところで勝ち目がないのは、目に見えている。夏樹は諦め、足取りも重く脱衣所に  
向かった。  
 …皿を洗い続ける唯の顔が、熟れたトマトのように真っ赤に染まっているのに、気付かないまま。  
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
 
「…さて、どうするか…」  
 
 水よけのために左腕にポリ袋を装着した夏樹は、脇から下を湯につからせながら思案に暮れた。  
 基本的に、一定以上の力を込めると手の甲が痛むのだ。当然ながら体を洗うには使えないし、  
無理に洗おうとして袋が外れでもしたら、リアルな意味で地獄を見るのは目に見えている。  
 
(…しゃあない、今日は顔だけにしておくか)  
 
 痛いのはごめんだ。それに、明日は土曜日…休日だ。時間もたっぷりあるのだし、どこか暇な時に  
でも、体をゆっくり洗えばいい。  
 洗顔クリームを手に取る。  
 その時。  
 
 ガラリ。  
 
 聞こえるはずのない音に、全ての動きが停止した。  
 数秒後、硬直した首をギギギと回転すると。  
 …バスタオル一枚の唯が、その場に立ちつくしていた。  
 
「ゆ…唯!? なななんで…」  
 
 視線を反らす事ができない。想いを寄せる女の子が、全裸同然の格好で立っているのだ。  
 
「そ、その手じゃ、体洗えないから…背中、な…流してあげる…」  
 
 言葉の意味を理解するのに、五秒ほどの時間を要した。  
 
(な、何だってぇー――――――――っ!?)  
 
 事態は想像のはるか上を、超特急で走る。  
 
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
 
 夏樹は強制的に腰掛けに座らされ、唯のなすがままにされていた。  
 背中を擦る垢擦りタオルの心地よさを、十分に感じるだけの精神的ゆとりなどありはしない。  
わしゃわしゃという泡の音も右耳から入って左耳へ抜けるだけだ。感知するはずの脳が働かない。  
 当たり前だ。裸の唯が、肩を掴んで自分の背中を洗っているのだ。  
恐らく二人の胴の距離は、十数センチも無かろう。すぐ背後にある肢体を想像した結果…  
 まあその。  
 あれだ。  
 当然のように下半身の一部が異常に元気なわけで。  
 ちなみに少しでも気を抜くと、  
『あぁあぁあ理性切れる理性切れる』  
の世界だ。一言でまとめようとするなら  
(ご、拷問だ…)  
とも言える。  
 
「あ、あのさ唯、…や、やっぱり、こういうのは…」  
 
 何とかそれだけはひねり出した。  
 自分だって健全な男子高校生の一人なんだ。人並みに女性の体に興味はある。しかも今誰が裸に  
なっているかを考えると…  
 これ以上続けられると、いつケダモノになるともわからない。  
 だがタオルと背中の摩擦音で聞こなかったのか、はたまた聞こえていて無視したのかは知る  
よしもないが、唯は何も応えることなく、泡だらけになった背中に熱い湯をかけた。  
 そして夏樹を追い詰める行為は続く。  
 
「じ、じゃあ次、前も洗うから…」  
 
 …。  
 
 What’s?  
 
 今 何 て 言 っ た 。  
 
 聞き間違いでなければ、今確かに、「前を洗う」と言ったような気がしなくもなくもなくもない。  
 ちょっと待て。待て待て待て待て。落ち着け落ち着いて考えろ。Be Cool. Be Cool.  
 そりゃあ、だって、風呂に入っているのだからして、前を洗うのは至極当然だ。洗わなきゃ汚い。  
 問題はそれを盛大に執り行うのが、唯であるということだ。唯が自分の前半身を見るということ。  
つまりだ。唯に渡されたタオルの下でさっきから自己主張し続けている…その…あれだ。  
 例のブツが、丸見えになる訳で。  
 
 夏樹がそんな思考の渦にぐるぐるとハマっている間に、動こうとしないのにしびれを切らした  
のか、唯は自分から彼の前にまわろうと立ち上がる。  
 …次の瞬間には腰に巻いたタオルを押さえながら、反射的に浴槽の中に飛び込んでいた。  
 
「あっ! な、何してんのよ!」  
 
 意表を突かれた唯は驚いた。だが何してると言われてもこれは倫理道徳上の、そして自分の理性の  
限界についての問題であって。  
 惜しいような気がするが、いくらなんでもこれ以上はまずい。  
 何とか逃れた夏樹は、ほっとしたような、それでいて名残惜しいような複雑な心境に駆られ  
ながら、改めて唯に視線をやった。  
 
 …はぁっと、思わず溜め息が漏れそうになった。  
 足はすっと長くのびていて。運動しているくせに華奢な腕は、やっぱり女の子ということなのか。  
そしてどちらも、抜けるように白い地の中に、淡いピンクを溶かしこんだような、そんなきれいな色  
をしている。  
 タオルを完全にぴっちり巻いていることで、体のラインがよくわかる。当人はダイエットなんぞ  
したこともないと話していたが、そうとは思えないスリムなシルエットだ。日々の運動の成果か、  
余計な脂肪は女性らしさを主張する部位以外にはほとんどと言っていいほど見られない。  
 その僅かな脂肪を蓄えた、バスタオルに隠された双丘は、察するに成人女性のそれと比べると  
大きすぎるわけでもないが、かといって小さくはなさそうだ。いわゆる「手に丁度いい」大きさか、  
それよりもやや大きい位か。  
 …はっと我に返った。  
 何やってんだ俺は。視線に入った女性の肢体を一瞬のうちに分析してしまった。これが男の  
悲しき性、である。  
 そして逃れたところで、下半身の某一箇所に結集した血が雲散霧消してくれるわけもないことを  
思い知らされた。  
 
「何勝手に入ってんのよ! さっさと出なさい!」  
「ま、前はダメだって…自分で洗うから! 早く出てってよ!」  
 
 唯は怒っているようだが、ここは譲れない。珍しいことだが、夏樹は精一杯の反抗を見せた。  
 …股間を押さえながら、というのが格好悪いが。  
 
「な、何よその言い方! しょうがないじゃない! 私が怪我させちゃったんだから!」  
「じゃあ、もっと駄目だって! (嬉しいけど…)あの、こういうのはちゃんと、その、好き  
な人にする物で…」  
 
 ぼそりと本音が出たが気にしない。唯はさらに頭にきたらしく、こう、まくし立てた。  
 
「ああ、もう! うるさいうるさい! 何よ人の気も知らないくせに!  
                       好きじゃなかったら、こんなことしないわよ!」  
 
。  
 
…夏樹の中で、再び時が、止まった。  
 
今…何て、言った?  
 
「…い、今のって、その…」  
「…!」  
 
 やっとのことで夏樹が紡いだ確認の言葉に、自分の発言の重大さに唯もようやく気付いた。目は  
大きく見開かれ、さっきまではほのかなピンク色だった顔の色があっという間に真紅に染まる。  
 
「ゆ、唯…」  
「…っ!」  
 
 夏樹の伸ばした手は、いとも簡単に払われた。  
 そのまま唯は、そっぽを向いて座りこんでしまう。  
 先ほどの言葉が嘘ではないことを、夏樹は瞬間的に悟っていた。  
 
(…好きでいてくれた、の…?)  
 
 信じられない事実に、もたらされた喜びに、胸の奥が打ち震えるのを感じた。セピア色の写真が  
一瞬のうちに全ての色を得たような、そんな感覚。  
 叶わない恋であると、思っていた。特別なものなど何も持たぬ自分にとって、唯は高嶺の華なのだ  
と。  
 だからこそ、だ。だからこそ…夏樹は天にも昇るような気持ちになった。  
 浴槽の外に出て、もう一度、唯に向かって右手を伸ばす。  
 今度は払い除けられなかった。  
 そのまま、ちいさな膝の上にある唯の左手に、重ね合わせる。  
 ビクリと震えたのは自分か、それとも――  
 
「お、俺も、その、あの…ゆ…唯のことが、その…す…好き…」  
「……!」  
 
 唯は振り返らない。  
 それでも、はっと息を飲んだのだけはわかった。そのまま、二人は沈黙する。  
 まるで額縁に飾られた写真のように、二人はピクリとも動かなくなった。その心の中に、大きな  
炎が燃えているのにもかかわらず。  
 炎は心をすり抜け、胸を焦がし、身体中を駆け巡った。爪先から頭頂にいたるまでが、温かさと  
熱さが同居したような熱で満たされる。  
 
「…全然、気付いてくれなかったんだから…」  
 
 涙の声がした。  
 夏樹がごめんと言う前に、唯は半身をくるりと振り返る。  
 やはり涙をいっぱいに湛えた大きな瞳が、きらきら輝いていた。魅入られそうな光の塊。  
 いやもう、既に魅入られているのだけれど。  
 
「…責任、とってよね…」  
 
 右腕は自然と、彼女を抱き寄せていた。  
 自由にならない左腕が、もどかしかった。  
 

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