雲ひとつ無い青空…とは言わないが、今日の空は仄かな陽気を感じさせる。まだ少々涼しさの  
残るこの季節、屋上で陽を浴びながら眠りたいと言う欲望を、一体誰が止められようか。  
 
 という崇高な理念の下に、七条夏樹は目下サボタージュを敢行中、丁度45分程が経過した  
頃になってようやく眼を覚ました。  
 
 教養を重視するこの高校では、たとえ理系生徒であっても世界史を、文系生徒に化学を  
受けさせる暴挙に出た。だが夏樹はもともと世界史に興味はないし、今は全く考えてないが、  
恐らく受験に使うことも無い。単位もきっと…きっと、大丈夫だ。  
 
 横を見ると、そこには既に空になった弁当箱が転がっていた。40分くらい前には食べつくして  
しまっていた気がする。だが夏樹の胃袋は、少し欲張りだった。あと少し、物を欲している。  
 
 チャイムが鳴った → もう昼休みか → ということは購買が始まる → すぐ買いに行こう。  
 
 そんな思考経路を経た夏樹は、軽い食欲に逆らわず、夏樹は鞄を掴み、あくびを手で押さえながら  
階段を下りていった。  
 
 
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 「何で私の分は買ってきてくれないのよ!」  
 
 早めの参上で難なく好物のクリームパンをゲットした夏樹が、それをくわえながら自席に戻ると、  
後ろの席から早速のように罵声を浴びせられた。  
 怒号の主は、白河唯。家が近い縁もあって、夏樹とは小・中・高と10年を越える腐れ縁である。  
 曰く、白河 唯はかつて所属していた柔道部の男子部員に、全て投げ勝っている。  
 曰く、白河 唯は口論で負けたことがない。  
 曰く、白河 唯の名「唯」の由来は「唯我独尊」である。  
三番目についてはたぶんデマだろうが、それ以外については目撃者がいるらしい。いつも思うのだが、  
もうちょっとこう、大人しくというかしおらしくなって欲s  
 
 「ちょっと、何ぼそぼそ言ってんの!?」  
 
思ったことが口に出ていたようだ。万が一耳に入ると後が怖い。以後気をつけよう。  
 
 「そんな事言われても…じゃあ何で購買に行かなかったの?」  
 「世界史のレポートが違ってて、居残りさせられてたの! それを夏樹と来たら、授業にすら  
  出てなかったじゃない! 何処に…」  
 「ああ、ちょっと、屋上で昼寝を」  
 「なら、先に購買に行って買ってこれたでしょ!? 私がクリームパン好きなの知ってるくせに!」  
 
 大きな瞳でキッと睨み付けてくる。夏樹は、ぐっ、と言葉に詰まった。  
 確かに、レポートの不備など知るよしもないが、唯の好物くらいは、多少は知っているつもりだ。その  
中にクリームパンが入っていることも。購買に早く行けることは確定していたのだから、人気のクリームパンを  
確保しておくくらい、してあげてもよかったかもしれない。  
 だがもう購買のおばさんは撤収を完了している頃だから、もう新しくクリームパンを買ってあげることはできない。  
 …しかたない。  
 
 「ごめん、じゃあ……はい」  
 「え?」  
 
 夏樹は最後に、と外の皮の部分をかじると、残りの部分を差し出した。量は減って  
いるものの、クリームはまだかなり残っているのは、楽しみにとって置いた結果である。  
かなり残念ではあるが、きっと唯も喜んでくれるだろう。  
 
 だが、唯はそれを取ろうとしない。そして微妙に顔が赤いのは気のせいだろうか。  
 
 「そんな…そんな、口つけられたの出されても、困る…」  
 
 そうか。確かに、女の子は結構気にするかもしれない。でも残念ながら、夏樹にはこれ以上  
小さくできそうに無かった。歯が触れた部分を取り除こうとすると、大部分が削れてしまう。  
そうなってしまっては逆に突っ返されるかもしれなかったし、鳩の餌みたいなパンを出すのは、  
気が引ける。  
 と、いうことで。  
 
 「いらないの? じゃあ…「あ、なに勝手に食べようとしてるのよ!」」  
 
 夏樹が一度は差し出した好物を、大きく口を開けて食そうとした…と、その前を唯の腕が  
高速でクリームパンをかすめ取った。そこにあるはずのパンに向かって繰り出された夏樹の  
歯は、空を切って互いに思いっきり衝突する。  
 舌を噛まなくてよかった、と夏樹は思った。だが、そうでなくても痛い。  
 
 「そ、そこまで言うなら貰ってあげるわ。今度は、ちゃんと買ってきてよね…」  
 
 唯はそう言って、ツンと横を向いてしまった。  
 
 いまだに鈍痛をかかえる顎をさすりながら、夏樹はクリームパンを持つ彼女の横顔を見る。  
どうやら、もう怒ってはいないようだ。喜んでくれたことを知り、思わず頬が緩んだ。  
 だが。彼女はそれにかじり付こうとはしなかった。どういうわけか、パンを両手で持ったまま、  
それをじーっと見つめて固まっている。そしてやはり顔が、少し赤いようだ。どうしたのだろうか。  
 もしかして、やっぱり、今さっきまで男子がくわえていたものを食べるのは、気がひける…という  
ことなのだろうか?  
 そう思い至った夏樹は、  
 
 「…ちぎろうか?」  
 
と、手を伸ばした。すると、はっと我に返った唯は、パンを夏樹から隠すように遠ざけた。  
 
 「か、勝手なことしないで!」  
 
 そう強く言う口調も、先ほどまでの「怒っている」気配は無い。なんでそんなことわかるんだ、  
と言われても困るが、少なくとも夏樹は、そう思った。  
 
 (…もう、いいかな。)  
 
 怒りはもう収まったようだ。それに、向こうのほうで杉村が呼んでいるのが聞こえる。また馬鹿話でも  
しているのだろう。ゲンキンかもしれないが、ちょっと弁当をつまませてもらえるかも知れない。好物を  
あげてしまった代わりを、マイ・ストマックは求めている。やれやれ、と夏樹は、自分の席から立ち上がった。  
 
 
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 夏樹が席を立つ横で、唯はようやく、クリームたっぷりのパンに口をつけた。  
触れた舌先から、程よく甘い香りと、コクのある味が広がっていく。パンの間から  
漏れたクリームが、頬にひんやりとした感覚をもたらした。人差し指でぬぐい取り、  
ぺろりと舐め取る。  
 
 「…おいし…」  
 
 夏樹のパンは、いつものクリームパンよりも甘く、そしてあたかも微熱を帯びている  
ように感じられた。じっくりと、全て深く味わうように、唯は結局昼休みの3分の2を  
かけて、無言のままでそのパンを食べ続けていた。  
 
 

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