この街の郊外には教会がある。
ここでは、悪魔やアンデッドを浄化するという仕事で生計を立てたエクソシストが、
親を失った子供達を養っていた。
「ふう…」
質素で、だがどこか威厳と神聖さを思わせる外観を持った建物の前に、女剣士ファシス=ガライアが居た。
二十歳を迎えたばかりの彼女は、今日もその長身に赤い鎧を着込んでいる。
凛々しい顔には、迷いと憂いが混在していてが、やがて意を決したように目前の門を開け放った。
小さな教会の中、ステンドグラスから差し込む日の光を浴びながら一人の少女が膝を折り、
神の像に向かって祈っていた。
「――エルカ」
ファシスが、祈りを捧げる少女の名を呼ぶ。エルカと呼ばれた少女がファシスへと振り返った。
青い帽子の下で、滑らかな栗色の長髪が揺れる。全身を白と青の法衣で覆った彼女は、
この教会に住むシスターだ。
「ファシス?」
振り返ったエルカがファシスの元へと歩み寄る。
「おはよう」
「ああ。お、おはよう」
エルカの屈託の無い微笑みに、ファシスは心を癒される思いだった。と、同時に僅かに頬を赤らめる。
二つ下のこのシスターは、ファシスにとって唯一無二の親友だ。いや、家族と言っても良い。
ファシスは幼い頃悪魔に家族の命を奪われ、路頭に迷っていた所にこの教会で拾われたのだ。
それからは悪魔に復讐する為修行し、今では立派な剣士に育った。
その時、教会の中では年の近い同性はエルカしか居らず、二人が仲良くなるのは当然の事だった。
いや、仲が良いなどと言うレベルではない。ファシス本人は気付いていないが、
彼女のエルカに対するそれは友情よりも愛情に近い。
「今日はどうしたの? こんな朝早くに?」
「エルカ、お前に頼みたい事がある」
「? お仕事の事で何か悩みでもあるの?」
「……今この街で起きている事件の事は知っているな?」
「うんうん知ってる。男の人が精気を抜かれてるんだよね?
この前行きつけの八百屋さんの奥さんが訪ねて来たの。ご主人が襲われたらしくてね、
今お仕事大変なんだって。そういえば、傭兵さん達にも被害に遭った、って聞いたけど…?」
「……悪魔の仕業だ」
「え?」
エルカの表情が強張る。
「昨晩、私は奴が、悪魔が仲間の傭兵を襲っている所を見つけたんだ。奴は、その、仲間と…なんだ…えーとだな」
あの時は頭に血が上っていたがいざその時の事を他人に説明しようとすると顔から火が出る思いだった。
「……ごめんファシス? ちょっと外に出ない? お祈りしてたら外の空気が吸いたくなっちゃった」
「ん? あ、ああ…かまわないが」
二人で教会から出る。敵は悪魔だという事を考えるとなるべく教会の中に居た方がいい気もするのだが、
(まあ、早起きな悪魔など居ないだろう)
「んー、空気が美味しいーっ、今日も洗濯物日和だね」
「あ、ああ。そうだな…」
両掌を太陽に向け、伸びをするエルカを見る。
少し歳下の友人は、垂れ目を細めて体を撫でる風を心地良さそうに感じていた。
(相変わらず、良い匂いだ。日向と、石鹸の臭いがする)
風が運ぶ友人の香りは、日頃傭兵仲間という暑苦しい男達に囲まれているファシスにとって、癒しだった。
「…えへへー」
エルカを見つめていると、彼女は照れ隠しをするように笑いかけてくる。
その人懐っこい微笑みを見ると、ファシスの顔は紅潮し、思わず視線を逸らした。心拍数が上昇している。
気恥ずかしくなる気持ちを不思議に思いながら、誤魔化すようにエルカに頼み込んだ。
「お前の力を貸してくれ!」
そうだ、こんな事をしている場合ではない。
「えっと、何の話だっけ?」
「だから! 事件の犯人――人ではないが、ともかくこの事件は悪魔の仕業なんだ!
だから、お前に協力して欲しい!」
「……それ、本気で言ってるの?」
「エルカの言いたい事は分かる。悪魔祓いの依頼は神父様に頼むものだ。だが」
そう。今この教会を預かる神父は居ない。別件で隣町まで出掛けているのだ。
実質今この教会の管理者はシスター、エルカ=リンウィンクと言う事になる。
「神父様はまだ帰っておられないのだろう? だったらシスターであるお前にしか…」
「ちょっと待ってよ。私、シスターって言っても悪魔祓いなんて出来ないよ。
そりゃ、魔除けの術くらいなら教えてもらったけど、本格的なのはてんで駄目なんだから」
「だが、ディース様――お前の母上は、立派なエクソシストだったぞ?」
「……お母さんの話は止めてよ」
エルカから人懐っこい笑顔が消える。ファシスは後悔した。彼女の母親はすでにこの世に居ない。
悪魔に返り討ちにされ、命を奪われたのだ。この事はファシスが悪魔を恨む要素の一つではある。
「済まない。だが、エルカ、お前には確かにあのディース様の血が流れているんだ」
エルカの母親は悪魔祓いのエキスパートとして有名だった。また聖母と呼ばれるほどの人格者であり、
娘であるエルカは勿論、ファシスにも街の人々にも尊敬される出来た人であった。
だから、その娘であるエルカにも、悪魔祓いの素質はある筈だった。少なくともファシスはそう思っている。
「お母さんはお母さん。私は私だよ?」
「謙遜するな。悪魔祓いは清き心と敬虔な信仰心が基本と聞く。子供達の世話をし、
毎日祈りを欠かさないお前に、悪魔祓いの素質が無い訳が無いだろう」
「それは…」
エルカが目を背ける。それを見たファシスは後一押しと思った。
「なに、相手は戦闘能力に乏しい三流の悪魔だ。まともに戦えば私一人でも余裕で勝てる。
エルカには後方から援護してくれればいい。奴は姑息な魔術を使うからな、それを封じて欲しいんだ。
それくらいなら出来るだろう?」
「魔術の妨害か…神父様に教えてもらった事はあるけど、私に出来るかなぁ?」
「エルカなら出来るさ!」
エルカの肩に手を置き、励ます。
「……うん」
「よし決まりだ! じゃあ私は一度仲間達と合流して作戦を練る。夜また来るからな!」
ファシスは一方的に言い放つとエルカに背を向けて走り出す。
憎き悪魔を倒す。エルカと二人で。それを想像するだけで、ファシスの胸に熱い感情が渦巻いた。
(見ていろ悪魔め! 私とエルカがお前を滅ぼす!)
翡翠の瞳に決意を抱いて、ファシスは教会を後にした。
***
同時刻。
教会から遠ざかる赤い剣士をじっと見詰める影があった。
「ふふふっ、そっかそっか。そういう事ねー! ふふふふっ、あっははははっ!」
教会の近くの雑木林。朝露に濡れた木々の枝に腰を掛けて高笑いを上げるのは、ピンク髪の悪魔、コノットだ。
「朝っぱらから眠いのを我慢してファシスの奴を張った甲斐があったなぁ」
(親友のエルカと幼馴染のファシス。あー違った違った。あの様子だとファシスはエルカって女にベタ惚れだ!
ふふふっ、あの堅物が、真性のビアーンだったなんてね!)
「さて、そうすると――」
悪魔嫌いの女好きファシスを徹底的に貶める為にはどうすればいいか。
悪魔の本能が邪悪なプランを次々と編み出していく――エルカというシスターは使える。
「あのシスターを――させて、ファシスにけし掛けて……にしししっ! ファシスの驚く顔が目に浮かぶっ!」
(――ありゃ? 想像してたらマンコ濡れてきた)
「ふふふのふっ! あー、アタシってひっどい事考え付くなあ♪ ――ん、あんっ」
昂ぶってきた体に手を這わす。邪悪な計画に思いを馳せる悪魔は、それだけで体が敏感になっていた。
昨晩傭兵の男を襲ったときと比べ、遥かに欲情している。
(すっごい感じる! これからの事を想像しただけで、イッちゃいそう♪)
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ!
「んんっ、はぁっ、あっ、はんっ、いいっ、あんっ、アン♪」
ハイレグの脇から片手を突っ込んで、膣内を思うままに掻き回す。
昨晩お預けを食らってしまった体はあっと言う間に臨界点を迎えた。
「ふああん! イッくううううぅぅぅっっ♪」
ぷしゅっ、と秘裂から愛液を噴出して絶頂した。子宮が痙攣する凄まじい快楽を、
体を痙攣させながらじっくりと味わう。
「はっ…! はあぁぁぁんっ…!」
半開きの口からは熱い吐息と、涎が漏れた。
(ふふふっ、ファシスめ、覚悟しなさいっ! 今からアタシが最高の屈辱をプレゼントしたげる!)
「――ちゅるっ」
指に纏わり付いた愛液を舐め取ると、飛び切り妖艶な笑みを浮かべた。
***
「――以上が作戦の内容だ」
日が沈み、街が茜色に染まる頃。小さな教会に屈強の戦士達が集まっていた。
エルカが教会に住む孤児達を寝かしつけた後、悪魔コノットを討伐する為ファシスが街に滞在する傭兵を集め、
作戦を練っていたのだ。
「えーと。つまり、傭兵さん達はいつもと違って二人一組のグループ単位で街を巡回して、
その中に一人だけ単独で行動させる人を組み込むんだ?」
「そうだ。そして私とエルカは、彼の巡回先の廃屋で待機。一人だと思って近づいた悪魔を待ち伏せする」
「罠だってバレないかな?」
「あの悪魔、私が見た限りでは頭が良いとは思えなかった。なに大丈夫、
いざと言う時は私がこの身に変えてもエルカを守ってやる」
「ファシス……その…気持ちは、嬉しいんだけど。皆見てるからね?」
「……む」
気が付けば。一段と狭く感じられる教会内で、傭兵達がいやらしい笑みを浮かべていた。
「あっついねーっ!」
「お兄さん達悪魔と戦う前にどうにかなっちゃいそうだー!」
へへへへっ! と卑下た笑いが沸く。人間に怯える小動物のようにエルカが体を震わせた。
「お前達っ、悪ふざけにも限度があるぞ!」
「おー、おっかねー」
「ファシスちゃんはご立腹だ」
へらへらとした笑いを浮かべながら仲間の男達が鎮まる。
「エルカ、済まない。皆気の良い奴らなんだが少し冗談が過ぎたらしい。許してやってくれ」
「ああ、うん? 分かってるよ。ちょっと引いちゃったけど」
笑みを浮かべるがどこかぎこちない。むさ苦しい男達に囲まれているのだ。
郊外で静かに暮らすエルカにとって男の体臭や、高圧的な態度は少し辛いかもしれない。
「ともかく、ディースさんの娘さんが仲間に加わってくれるなら心強いや!」
「そうだよな! なんたって聖母様の娘さんだもんな! 悪魔なんて裸足で逃げ出すぜ!」
「…あははは…」
エルカが乾いた笑い声を上げている。その表情を見たファシスは胸がちくりと痛んだ。
彼女が母親のディースにコンプレックスを抱いている事には薄々気付いている。
(もっと胸を張れば良いと思うのだが。そうもいかないのだろうな)
「――そろそろ持ち場に戻れ」
「なんでえ、もうちょっとエルカちゃんとお話させてくれよ」
「貴様らの下心などお見通しだ! さっさと帰れ!」
傭兵達が教会内の長椅子から腰を上げ、愚痴を言いながら外へと出て行く。
教会に残されたのはファシスとエルカ、それに一人単独行動を取る事になった傭兵の男、ギズ。計三人だった。
「全く、しょうがない奴らだ」
「ひょっとして俺は邪魔者か?」
「……別にそんな事は無い」
と言いながらファシスはギズをまるで射殺すように睨んでいた。
彼はへいへいと肩を竦め、二人の少女に背を向けたが、そこにエルカが声が掛かった。
「そんな事ないですよ。そうだ、一緒にご飯を食べません? 子供達に作った夕飯、余っちゃって。
ファシスも久しぶりに一緒に食べようよ?」
「む、そうか?」
エルカと二人きり――と言うわけではないが、一緒に食事をするのは久しぶりだ。
邪魔者が居るがこの際目を瞑る事にした。
「なら遠慮なく頂くとしよう」
「おー! エルカちゃんの手料理! 俺はツイている!」
「大げさだよぉ。まあ、お料理には自身あるけどね?」
エルカは悪魔祓いの話の時にはおくびにも出さなかった笑顔を、今では惜しげもなく晒している。
(もしかしたら、エルカは悪魔祓いなどより家政婦の方が似合っているのかも知れないな)
人懐っこい笑顔を眺めながら、ファシスはそう思った。
***
「――しまった」
夜食の最中、唐突にファシスが声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「エルカ、ここに聖水のストックは在るか?」
「聖水……確か神父様の部屋に予備が在ったと思うけど…どうして?」
「いや。念の為に仲間に持たす事が出来たらと思っていたんだが、借りられるのか?」
「いいと思うけど、今から皆に配るの?」
「備えあれば憂いなしと言うだろう。部屋の鍵を貸してくれ」
「うん――はい」
エルカが懐から取り出した神父の部屋の鍵を受け取る。
「ああ、エルカちゃん。俺にも聖水分けてくれよ」
「欲しかったらお前も、残りの皆に聖水を配る手伝いをしろ。私一人に任せる気か?」
「分かったよ――エルカちゃん。飯上手かったよ。また食わせてくれな」
「いいから来いっ」
「いててっ!? 分かったから耳引っ張るな耳! この怪力女!」
食卓から二人の傭兵が慌しく出て行く。一人取り残されたエルカはそっと息を吐いた。
「悪魔祓い、本当にやるんだぁ」
他人事のように呟くと、料理を片付け始める。食器を運ぶと、鼻歌を歌いながら洗い始めた。
悪魔祓いの為に用意する事は色々ある筈なのにも関わらず、だ。
(あー、やっぱり私は、お料理作ったり、洗濯物したり、子供達の世話をしたりする方が性に合ってるよ。
お母さんや神父様みたいに悪魔と戦うなんて――想像も出来ない)
だが、エルカの周りの人間は皆、エルカに期待している。母親のように、良きシスターであると共に、
強いエクソシストになる事に。
「…皆、私に何を期待してるんだろう? お母さんが凄いからって、私が凄いとは限らないのに」
考えれば考える程、今回の作戦に加わる事が億劫になってきた。
だが、これは幼馴染の親友の頼みであるし、また相手は母親とファシスの家族を殺した悪魔だ。
いや、同じ悪魔とは限らないが、少なくとも好意を抱くことは出来ない。
「はーっ」
慣れない緊張に再び溜息が漏れる。
その拍子に、水洗いしていた食器を落としてしまった。
ガチャン! と派手な音が響き渡る。
「あー、やっちゃった。お皿割るなんて何年ぶりだろう」
と、神父の部屋がある二階から慌しく階段を駆け下りる足音が近づいてくる。
「エルカ!? どうした!?」
「ファシス、大丈夫だよ。お皿割っただけだから」
「皿を割った? ――それだけか?」
「うん」
にこやかに頷くとファシスは肩を落とし、露骨に溜息を吐いた。
「頼むから余計な心配を掛けさせないでくれ。タイミングがタイミングなだけに、
何かあったのかと思ってしまったぞ」
「あはは。ごめん、ごめん」
「しっかりしてくれ。悪魔討伐にはお前が頼りなんだ。本番もそんな調子じゃ困る」
ファシスの言葉が心に刺さる。それは抜けない棘のようにじくじくと痛み、エルカの胸の中で広がっていった。
「…うん。そうだね。気を引き締めていかないとね」
誤魔化すように笑顔を作ると、ファシスは納得したように頷いた。
「分かってくれたか。それじゃ、私とギズは仲間に聖水を配りに行って来る」
「うん。行ってらっしゃい。気を付けてね」
「――ああ、それと、念の為に言っておくが、私達が戻ってくるまで絶対に教会の外に出るな。
結界が張ってあるこの中なら悪魔に襲われる事は無いからな」
「うん」
「それじゃあ行ってくる。悪魔祓いの道具や術の確認でもして待っていてくれ」
「また後でねエルカちゃん!」
最後まで念を押して、ファシスとギズは教会から出て行った。
「……はぁ」
再び溜息。正直先ほどのファシスの言葉は効いた。悪魔の事となると頭に血が上りやすい親友は、
今日は殊更気が立っているらしい。気遣いが感じられなかった。
(なーんか、億劫だな)
エルカの笑顔の下には、今はただひたすら鬱屈とした感情しかない。ストレスが溜まっているようだった。
「……このままじゃ、駄目だよね…?」
誰にとも無く呟くと、エルカは割れた皿を拾いもせずに、二階にある自室へと向かった。
***
「……ん…! ふっ…!」
教会の二階にあるエルカの私室に、艶っぽい声が響いている。
月光が差し込む部屋の隅、ベッドの上でシスター服を着たままのエルカが自慰に耽っていた。
声が漏れないようにハンカチを咥え、体をくの字に曲げた体勢で捲し上げたスカートに手を突っ込んでいる。
ほっそりとした指が、純白の下着越しに何度もクレヴァスを往復すると、
溢れ出した雌汁が小さな染みを作り出した。
(私、悪い子だ……教会の中で、シスターの服だって着てるのに、こんな事して…!)
しかも、この背徳行為は今回に限った事ではない。
ストレスが溜まった時には、それを発散させるという名目で、自分を慰めていたのだ。
(ファシスも、皆も、私の事買いかぶりすぎなんだよ。本当の私は、こんなにもはしたなくて。だらしない)
脳裏に母親の微笑みが浮かび上がる。優しく、強かった母。彼女はエルカに穏やかな思い出と同時に、
彼女を縛り付ける枷まで与えてしまったのだ。
(お母さん! お母さん!)
温かく、だがどこか煩わしいその想いを振り払うように、指の動きを早めた。
「……んんっ!?」
暴れる指が下着越しに敏感な肉芽を捕らえる。
(や! 痺れる!)
清楚な下着に隠れたピンク色の突起は、冒涜的な行為に興奮し、とうに収まるべき鞘から抜け出している。
それを男の知らない乙女の指が何度も何度も撫で擦る。
「……んんっ! ん! ぅんんんっ…!」
きつく閉じた瞼の裏側で何度も火花が散り、体がガクガクと震える。
だらしない。汚らわしい――そう思っていても一度火のついた情欲は自分の意思では止められそうにもない。
むしろ慣れた手つきで、自ら快楽を貪っていく。エルカの指が自然と下着の中に潜り込む。
(ああ!? 駄目! だめえ! 私、飛んじゃうぅ!)
駄目。いけない。そんな思いに反して、剥き出しのクリトリスを抓り上げた。
「ん―――――っ!!」
びくんびくんっ! くの字に横たわった少女の体が、陸の魚のように跳ねる。
きつく閉じた瞳からは涙が、綻んだ肉壷からは粘液が溢れ出した。
エルカは体を横にしたまま小さな鼻で荒々しく息をしていたが、やがて咥えていたハンカチを離した。
つー、と唾液が銀色の端を掛ける。花柄のハンカチは彼女の涎でべとべとだ。
「……また、やっちゃった」
落ち着いたエルカが深い溜息を吐く。
(何やってるんだろう私? これから悪魔を退治するからって、皆が一生懸命準備をしてるのに、
自分だけさぼってこんな、いやらしい事して)
自己嫌悪で潰れてしまいそうになる。自慰に耽った後は決まって死にたいような気持ちになった。
本当にストレス解消になっているのかどうか自分でも疑わしい。
「でも、準備はしなきゃ」
人の命が関わるかもしれないのだ。ファシスの言った通り、しっかりしないといけない。
エルカは気だるい体と心に何とか鞭打って立ち上がった。その時、
――きい。
「きゃ…っ!?」
月光を取り入れる窓が、軋んだ音を立てた。
(あれ? 私、窓閉めたよね?)
不審に思いながらベッドから立ち上がり、窓際へと近づく。
閉めた筈の窓が、何故か開いている。
「――やだ。どうして…?」
嫌な予感を覚えながら、エルカはそっと窓の外を――教会の周囲を見下ろした。
そして、彼女は見た。
教会の門前で人影が倒れている。
「――あ」
その瞬間。エルカは幼い日の記憶を思い出す。
八年前、十になった頃の話だ。彼女は寝床に着く直前、偶然教会の門前で人が倒れているのを見つけた。
母親を起こし、慌てて教会を飛び出すと、そこには赤毛の少女が倒れ付していた。
痩せ細り、体中に怪我を負っていたその少女の名前は、ファシスと言った。
(大変! 行き倒れだ!)
エルカはバネ仕掛けの人形のように飛び上がると慌てて部屋を出ようとし、
「ああ、臭い! 私、変な臭いしてないかな!?」
くんくんとシスター服の上から自分の体臭を嗅いで、それどころじゃない! と走り出す。
普段怖くて一段ずつしか降りない階段を二段飛ばして駆け下りて、猛然とした勢いで門へと向かう。
重たい教会の門を体当たりするように開けた。
「大丈夫ですか!?」
行き倒れらしい人物に駆け寄ると、慌てて抱き起こした。
真っ黒なマントとフードで全身を黒く覆ったその人物は、エルカより遥かに小柄で、軽い。
「あのっ、あのっ、目を覚まして下さい! 死んじゃ駄目です!」
半分パニック状態でエルカは黒ずくめの人物を揺さぶった。
と、その拍子に顔を覆っていたフードが脱げる。
黒い影の向こうには、桃色の髪を持った少女の顔があった。
「ふふふっ、あっさりひっかっかってくれたわね♪」
「……え?」
気を失っていた思っていた人物――しかも愛らしい少女――が邪悪な笑みを浮かべているのを見て、
エルカの思考が停止した。
「――――――――」
少女が何か呪文のようなものを唱える。それが何か理解する前に、
「……あ、れ? あれれ…?」
急激な眠気が襲い、エルカの意識を混濁させた。目の焦点が合わなくなり、エルカは仰向けに地面に倒れこむ。
「エルカちゃん捕獲成功ー♪」
言って立ち上がった幼い少女の姿が一瞬ぶれると、黒いマントが消滅し、蝙蝠の翼へと変化した。
(……嘘……まさか……この……子が……)
縦長の目に蝙蝠の翼、そして矢じり型の尻尾を目にして、
エルカはこの少女こそがファシスが追っている悪魔だと確信する、と同時に友人の言葉を思い出した。
『私達が戻ってくるまで絶対に教会の外に出るな』
(……ファシス……ごめん……)
エルカは後悔の念に捕われながら、意識を失った。