「ねぇ」  
「ん?」  
昼飯を掻っ込もうと、どんぶりに箸を突っ込んだところで鍵が閉まっているはずの玄関よ  
り勝手に上がりこんできた女が呆れた表情で声をかけてきた。  
「それ、おいしい? 」  
腰まである長い黒髪に切れ目、ほっそりとした体躯に対して不釣合いに大きい女性特有の  
曲線。  
十年前この町から出て行き、先日晴れて? うちの隣人に舞い戻った柳瀬美鶴だ。  
こっちに帰ってきて同じ学校に通う様になった彼女は、通い始めて3日目に  
『彼女にしたい子』ランキングのトップに躍り出て、それ以降今日までの一ヵ月半、小幅  
な動きは有るものの四天王の座は譲り渡していない。  
その整った顔と声をひくつかせて聞いてくる。  
「少なくとも食えるな」  
俺はそう言ってどんぶりを持ち上げ中身を啜る。  
「ちなみに中身は何? 」  
異世界の住民を見るような目で俺のことを見ながら聞いてくる。  
「冷ご飯に高菜をのせてお湯をぶっかけた物だ。」  
俺がそう答えると、哀れみというか悲しみというか複雑そうな表情を浮かべる。  
失礼な、れっきとした食い物の組み合わせだぞ。  
「もう、そんなもの食べるのよしなさいよ。」  
そう言って俺の手からどんぶりを取り上げる。  
「それ、俺の昼飯なんだが……」  
恨めしそうに幼なじみの腕の中に囚われたどんぶりを見る。  
「まったく、私が作るわよ」  
「いいよ、それで。捨てたら勿体無いお化けが出る」  
「誰が捨てるといいました。これに手を加えます。」  
学校で着ている大きな猫の着ぐるみは、俺の前だと大トラに変わる。  
こいつは昔からそうだった。  
外ではお淑やかでお嬢様然としているが、俺の前だと暴君同然になる。  
有無を言わさず台所に引き篭もろうとする背中に  
「俺、腹減ってるんだけど」  
と最後の抵抗を試みるも  
「空腹は最高のスパイスって言うでしょ。20分位待ちなさい」  
結局無視される。  
「あ〜ぁ、今日のメシは無しか……」  
ワザと聞こえるようにつぶやく。  
記憶の中にある、美鶴が作った料理モドキが頭を過ぎる。  
間違いなく食い物は出てこない。  
しかもそれを無理矢理口に運ぶことになる。  
それで行き着く先は人生の終着駅だ。  
「さむいよパトラッシュ……」  
思わずつぶやく。  
 
 
「あんた何言ってるの? 」  
いつの間にか台所から出てきた彼女は手に土鍋を持っている。  
あの中に俺にとって最後の晩餐が入ってるわけだ。  
……贅沢は言いません、最後くらいまともなものを食べて死にたかったです。  
「まったく、そんなにお腹が減ってたの? 」  
「はぁ? 」  
何処をどうひっくり返したらそんな発想が出てくるんだ?  
こっちは地球に向かい来る隕石を破壊する位の悲壮な覚悟を決めようとしているのに。  
「じっと土鍋を見つめてるじゃない」  
それは空腹で食べたいとかでは絶対無いぞ。  
俺をあの世に連れて行くものを恨めしそうに見ているのだ。  
「簡単で悪いけど、あんなもの食べるよりマシでしょ」  
そう言って俺の前に土鍋を置き、蓋を開ける。  
湯気の向こう側には見えるのは黄色、白、緑のコントラスト。  
刺激臭は……しない。  
目にもしみない。  
「とりあえず、BC兵器では無いみたいだな」  
正直な感想を述べた俺に対して彼女はニッコリと笑いながら頬に手を添えるとおもいっき  
り引っ張る。  
「いひゃい、いひゃい」  
「人に食事を作らせておいて、文句を言う口はこれ? 」  
「もんきゅひゃなひ、かんひょ……、いひゃひゃ」  
言い訳する俺に対して引っ張るだけでなく捻りも加えてくる。  
「ごめんなさいは? 」  
目だけが笑っていない笑顔を振りまいて謝罪を求める。  
「勝手に人の昼飯取り上げて待たせた挙句、毒殺しようとする人間になんで謝罪する必要  
があるのか……、ごめんなさい」  
足の甲に踵を落とされた挙句、更にグリグリと踏みつけてくる攻撃に俺は涙を堪えて謝る。  
「まったく馬鹿なこと言ってると冷めるわよ。温かい内に食べた方が美味しいんだから」  
そう言って一緒に持ってきていたレンゲを手に握らせる。  
やっぱり食わないとダメなのか……。  
渡されたレンゲと土鍋の中を交互に見る。  
「なぁ、これって……」  
「雑炊。これがステーキに見えるようなら良い精神科の先生を紹介するわ」  
確かに俺が見ても雑炊だ。  
黄色いのは卵の黄身、緑は上にのっけていた高菜だろう。  
香りも変ではない。  
意を決してレンゲを土鍋に入れ、中の物体を取り出す。  
少しトロリとしているが、米粒はしっかりしている。  
……おかしい、視覚、嗅覚、触覚が全て安全な食べ物だと告げている。  
危険を知らせるはずの本能ですら沈黙を守っている。  
俺はレンゲを口に持って行き、含む。  
ほのかに香るのは出汁で炊いたからであろうが、水で溶く主婦御用達の人工的な化学調味  
料の粉末ではなく、昆布と鰹節で取ったモノだ。  
「どう? 」  
レンゲを咥えて固まった俺に対して不安そうに覗き込む。  
「……食べれるな……」  
いつもなら口に含んだ途端遠のく意識も今回はしっかりと保っている。  
しかも悔しいことに美味いと感じてしまう。  
俺の味覚が狂ったのだろうか?  
 
「なにそれ? 」  
ピクリと彼女の眉が上がる。  
「あのな〜、何度お前の調理したものを食べて俺が倒れたと思ってんだ」  
過去の事例を引き合いに出して俺は口を封じようとする。  
「それっていつの話よ」  
「最後に食べたのはお前が引っ越す直前、七歳の時だからちょうど10年前だな」  
あの時は黒い物体が白い皿の上で蠢いていたな。  
食べる事を拒否する俺に対し、怒り、殴り、脅し、宥め賺し、泣き落とし(嘘泣き)まで  
使って、食べさせられたそれは、もうこの世のものとは思えぬもので、綺麗なお花畑で13  
代前の先祖を名乗る鎧武者にしっかりと腕を掴まれたほどだ。  
良く生還できたな俺……。  
「そ、それは幼いころの話じゃない」  
あからさまに動揺して言い訳をし始める。  
「あの頃からあれだけの毒物を生成できるとは恐ろしい才能だな」  
「そういう事言う? 」  
口を滑らせた俺に対して彼女は冷たい視線を送る。  
その視線に耐え切れず、俺は無言で土鍋の中身を黙々と腹の中に移し変える。  
「ご馳走様でした」  
「お粗末さまでした」  
いつの間にか用意された湯飲みを抱え食後のお茶を楽しむ。  
「で、どうだった? 」  
同じように湯飲みを抱えた彼女が感想を求める。  
「ん、まあまあだ」  
本当は美味かったが正直に言うにはなんか口惜しい。  
「まぁ、有り合せだったしそんなものか」  
そういいながらも不満そうに口を尖らせる。  
「でも……あんたがあんなもの食べてるなんてね」  
クックッと喉を鳴らしながら嬉しそうに笑う。  
「しょうがないだろ、お袋は居ないし、準備するのはメンドイし」  
俺がそっぽ向きながら答えると  
「そんなんじゃないわよ。あんたの事だから覚えてないだろうけど、あの『高菜湯漬け』  
私があんたに最初に作ってあげたものよ」  
満面の笑みを浮かべて告げる。  
「そうなのか? 」  
「えぇ、子供の舌には高菜は辛いだけで、あんたが『こんなの食べれない』って言って、  
私が泣いて……」  
あぁ、思い出した、んで無理矢理食べたんだよな。  
それで、『今度は絶対おいしいものを食べさせる』と言って俺の地獄の日々が始まった訳  
だ。  
 
 
「今日はおばさんもおじさんも居ないんでしょ? 」  
次から次へと話題が変わるな……。  
「あぁ、あの不良中年共は哀れな子供を置いて二泊三日の夫婦水入らずだよ」  
音をたててお茶を啜る。  
今頃、昼懐石とか美味いものを食べているんだろうな……。  
「じゃ、買い物に出かけましょ。何か食べたいものある? 」  
彼女は立ち上がり土鍋を台所に運びながら聞いてくる。  
「そうだな〜って、へ? 」  
「おばさんに頼まれてるの、それに……」  
流水の音で声が掻き消える。  
「それになんだ? 」  
洗い物の音が止み、戻ってきた彼女に聞く。  
「え?、えぇっと」  
顔を紅くして忙しなく視線を部屋中に飛ばす。  
こういった態度が人気になるんだろうななどと思っていると  
「……お味噌汁……」  
と囁くように言った。  
「はぁ?」  
味噌汁がどうしたんだ?  
俺は豆腐となめこの味噌汁が好きだけど……。  
「あんたに私の手料理を食べさせて『毎日お味噌汁を作ってくれ』って言わせてやる  
の!!」  
彼女は耳まで真っ赤にして怒鳴るとパタパタと足音を立てて玄関に向かった。  
「なんだかな〜」  
怒るようなものなのか?  
毎日味噌汁を作ってくれって……。  
……え?  
奴の言葉を反芻して固まった俺に  
「ほら、早く行くわよ」  
と玄関先で美鶴が呼ぶ。  
とりあえず俺は先の長い問題は棚上げをして、今日の夕飯に多大な期待と少しの不安を抱えながら席を立ち、不満そうに頬を膨らませてる美鶴の元に向かった。  
 
Fin  
 

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