「るんららるんるん〜」
世間は二月の中旬、自宅の台所には薫り高いカカオの匂いが充満している。
そう、一年で一番菓子屋が儲かる日、聖ヴァレンタイン・ディが近付いているのだ。
そんな中、俺の妹君もチョコの準備に余念が無い。
「でも、ほんと〜に手作りチョコって手がかかるね」
「市販のチョコでも心が篭ってれば、俺は構わないが」
「駄目だよぉ。市販のじゃ色々細工できないじゃないの」
「何の小細工をかます積りだ?」
まさか一昨年みたいに媚薬一ケースとかぶっこむつもりじゃなかろうな?
「んん〜、華と野望(略称ハナユメ)に載ってた恋のおまじないかなぁ」
「…なんだそれ」
「アソコの毛をチョコにこっそり潜ませて男の子に食べさせると、絶対その恋は成就するんだって」
…抗議の文章を出版社に送ってやる。
「おい、冷静に考えろ。陰毛を食わされた男がその女に好意を抱くと思ってるのか?」
「それは…もちろん……… 抱かないかも?」
当たり前だ、そんなので喜ぶのはよっぽどのマニアだ。
「はあ、いいかい?我が妹よ」
仕方なく、真剣な表情で俺は妹の目を見る。
久しぶりに正面から見つめられて、妹は頬を赤らめた。
「なっ、なあに?」
「俺はお前の愛と真心を味わいたいのさ。心の篭ったチョコなら、それで十分なんだ。
血の繋がった愛しい妹からもらえるのなら、味や形は二の次だよ」
「そ…そんな風に言われると困っちゃうなあ!」
顔を紅潮させて、妹は身悶えする。
「困らなくていいんだよ? ありのままのお前のチョコを送ってくれ」
「ふいぃ〜ん、そうかなぁ〜」
愛しいとか言われて、舞い上がってるようだ… 騙されやすい奴め。
「判った、お兄ちゃん! 今年のチョコは期待しててねぇ」
我が妹はその貧弱な胸を叩いて断言した。
「えへへ、ありのままの私をお兄ちゃんに食べてもらうからね〜」
…こういう時が一番危ない。
ちゃんと釘を刺しておかないと、どんな真似をやらかすことやら。
「どうでもいいが… 去年みたいにマンチョコ作ろうとして失敗するなよ?」
「任せてよぉ〜、失敗は成功の妹よ!」
成功よりも年下なのかよ。
「ちゃーんと今年は作り方研究したもの! あれって直接身体を象ろうとするからマズイのよ。
まず粘土でアソコの型を取ったらその形を別の雄型に写して、さらにそこから雌型を成型して
最期にようやく溶けたチョコを流し込むのよ〜」
「なんつー無駄な研究だよ…」
「えへへ、哲子さんから教わったブロンズ像の作成技法に着想を得ました〜」
ちっとはその探究心を他の方向に向けろ。
徒労感に打ちひしがれながら、俺は祈る。
『ああ聖バレンタインよ!世界中の恋する妹達から、すべての兄を救いたまえ』
(終わり)