四月の末から五月の初旬。
世間ではゴールデンウィークと呼ばれる日本伝統の大型連休だ。
俺はこのGWを、付き合っている多くの女性たちと一緒に愉しまなければならない。
それぞれに十分な時間は取れないが、そのハンディを感じさせないようにしなければ男として失格だ。
過酷な分刻みのスケジュールを縫って、俺は一度家に荷物を取りに戻ってきた。
次の旅程の為の荷造りは既に済ませてある。
あとはこの大型トランクを持って空港まで行けばいいのだが……
「……」
背中から、冷たい視線を感じる。
「……」
「何かね?我が妹よ」
「……お兄さま、今日もどちらへ行かれるのかしらぁ?」
「時子と空港で待ち合わせして、一緒に飛行機に。
そこで時子には『これからの為にちょっと寝といた方がいいよ』と言って、
彼女が寝てる隙に乃莉香と機内のトイレで一発。
現地に着いたらホテルにチェックイン、穂積とは二人が寝込んだ深夜に合流する予定で……」
「わ・た・し・は?」
「お前? お前との予定はゴールデンウィークに入って無い」
「むきーっ! お兄ちゃんの馬鹿ぁ!!」
「あわわ、危ないじゃないか!?」
かんしゃくを起こした妹は、時計やらクッションやら次々に投げつけてきやがった。
「私だってお兄ちゃんの事が大好きな女の子の一人なんだからね!
何で私の時間も用意してくれないのよぉー!」
「お前とは普段一緒に生活してるじゃないか。他の女にはそんな時間は与えてないぞ?」
「ばかばかばかばかばかばかばかばかーーー!お兄ちゃんの馬鹿ぁー!!
なんで普段の何でもない時間しか、私には呉れないのよぉ?
私だってーお兄ちゃんと素敵なイベントを過ごしたいんだよ?」
そうは言うが、俺は元々複数の女達と綱渡りのような交際を続ける主義の男なのだ。
「うぅっ、うぇーん!」
むー、とうとう泣き出してしまった。
俺は妹に投げつけられた時計をじっと見ながら、しばし考える……
秒針が一周する前に纏まった。
もしこいつが赤の他人なら、このGWもどうにかスケジュールを工面して、
僅かでもこいつとのイベントを滑り込ませてやっていただろう。
しかし、俺は身内の甘えからなのか、休みやイベントに対して妹に時間を割いてやらなかった。
日常では現在自分が付き合っている(大勢の)女の一人として扱い、
特別な日は妹なんだからという理由で割を食わされる……
知らないうちに、二重の基準を当てはめてこいつを差別していないだろうか?
考えてみれば、俺は妹に自分の都合のいい条件を押し付けてしまっているのではないかとも思う。
仮に肉体関係がなかったとしても、家族なんだから面倒を見てやるべきなのに。
「判ったよ、もう泣くな」
「ううぅ〜?」
「今回はかなり無理矢理だが、お前との時間も造ってやる」
「えっ?ホント?!」
泣いた鴉がもう笑った。
「ああ、マジでだ。でも分刻みのスケジュールだからな、そんな長い時間は取れな……」
「わーい、早速準備するね!」
「……」
妹は、俺が荷造りしようとしていたトランクから衣類等を取り出し、
代わりにその身体を屈めて入り込んだ。
「よっ、ちょっと窮屈かなぁ」
「何をする気かね?我が妹よ」
「だって、今からじゃチケットや宿も取れないでしょ!だったらこうしてトランクに入り込んで
コッソリついてくしかないじゃない」
正直に言おう。
俺はこの時、一瞬だがこのまま妹をトランクに入らせ、
海外便で見知らぬ国に郵送してしまいたい衝動に駆られた。
「何がコッソリだ…… この馬鹿め」
それを止めたのは、どうせ税関で引っかかるだろうから無駄だからだ。
「ええー、じゃあ私に呉れる時間ってナニよぉ?」
「お前に呉れてやる時間は、空港までの移動時間だ」
「?」
「俺の車はスモークガラスだから、外から覗かれても見えんだろ。
だから空港に着くまでお前がやりたい事を色々してやる」
「それってつまり、かーせっくすってヤツ?」
「そうだ、お前はまだしたことないだろ?
本当は電車とかで移動して、その間は夜に備えて眠るつもりだったが、今回は特別だ」
「うひゃー!!お兄ちゃんとかーせっくすだー!」
どうやら悦んでくれたようだ。
『そんなのじゃイヤ』とごねられたらどうしようかと思ったが。
「……納得したか?」
「うん」
「帰りは金を渡すからタクシーで帰れ」
「はーい…… そうだ、お兄ちゃん!移動時間を私に呉れるってことは〜、
向こうから帰って来たときの時間も呉れるって事?」
「いや、あっちから帰って来るときは桃祢と一緒だ。次はそのままあいつの山荘に行く事になってる」
「でも、ちょっと工夫すれば〜私との時間も作れるんじゃない?」
「どんな工夫だ?」
「空港に着いたときに私と待ち合わせしてぇ〜、
桃さんにばれないように私を車のトランクに入れる位お兄ちゃんなら出来るでしょ!?」
「それは駄目だ」
「ぶー、なんでぇ!」
「それは先約が有る。車のトランクには、夜思乃を緊縛して入れる手筈になってるんだ」
どうやら夜思乃は
『俺が他の女を隣に乗せている車に、自分は拘束されて荷物のように運ばれる』
というシチュを味わいたいらしい。
ご丁寧に目隠しと荒縄も用意してあるのだ…… まったくアブノーマルな彼女を多く作っても大変だ。
「げげ、惜しい!一ヶ月前に言い出してれば良かったよぉ!
あぁ〜ん、私もトランクの中に縛り上げられたまま運ばれちゃって、
山深い別荘で囚われの少女が変態青年の欲望の餌食に……って感じの
『猟奇!GW式美少女拉致監禁プレイ!』を味わいたかったなぁ」
「誰が変態青年だ、阿呆……」
俺は妹に掻き出された衣類をトランクに詰めなおし、出発の準備を整えた。
「ほれ、車で行くなら早めに行かなきゃな…… ぐずぐずしてると置いてくぞ?」
「ああぁ〜ん、待ってぇん! お兄ちゃん、いくいくイク!すぐ行くからっ。
私を置いてイっちゃ駄目ぇ! イクときは一緒だよぉ!!」
「……この馬鹿妹め。車の中で暴れるなよ?」
「うふふ、それはヤってみないと判らないなぁ。だって初めてなんだもの。
あ〜あ、他の車が事故起こして、大渋滞になってればいいなあ。
そうすれば、長ーくお兄ちゃんとのエッチが楽しめるのになぁ」
「人の不幸を望むんじゃないっ!
無事故無違反が何より、家に帰ってくるまでがGWだぞ!」
(終わり)