「へくちぃんっ!」
唾と鼻水を撒き散らしながら、妹は盛大なクシャミを放った。
俺はティッシュで妹の顔を拭ってやる。
「ったく、あれほど『冷房切り忘れるなって』って言ったのに……聞かずに腹出して寝てるからだぞ」
「ふみぃ〜……」
馬鹿は風邪を引かないと言うが、我が妹の有様を見るにどうやらそれは俗説であったようだ。
最近は体調管理の出来ない馬鹿こそ風邪を引くらしい。
「ほれ、額に熱冷ましシートを貼っとけ」
「うう、お兄ちゃんありがと」
顔を赤くして俺に感謝の眼差しを向ける妹。
たまにはこういった普通の家族関係も悪くない。
「じゃあ、風邪薬を……あれ」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「医薬品箱の中に頓服薬が見当たらない」
しくじったな、ちょっと薬屋に行って買ってくるか。
「待ってぇ……お兄ちゃん」
「?」
「お薬買いに行ってもらうより、側に一緒に居てもらう方が嬉しいの」
「……」
こいつ、なかなか健気な事を言ってくれるじゃ……
「それに、飲み薬は無くても別の薬はあるでしょ!?」
「……どれだ」
「それ〜」
「これか?」
確かにこれも熱を冷ます薬だが……
飲み薬でも貼り薬でも塗り薬でもない。
これは……
「座薬だぞ?」
「いいの、でも〜私頭クラクラしてうまく挿入出来ないから、おにーちゃんが入れて〜」
一瞬、薬品箱の中に頓服薬が無いのはこいつの陰謀ではないかという疑念が俺の脳裏をかすめた。
だが証拠が無い以上、病人を問い詰めるのは止めておこう。
そう、これは家族として仕方の無い看護行為なのだ。
「判った、じゃあ寝巻きとパンツを下ろせ」
「ふぁ〜い……、よいしょ!」
掛け声と同時に、妹は仰向けに寝たままベッド上で下半身を持ち上げて、
両脚を抱きかかえるように身体を屈める。
そしてそのままパジャマと下着を下ろし……
「おいコラ」
「なーに」
「何で座薬を入れるだけなのに、まんぐり返しの体位を取るんだ?」
「だって、お兄ちゃんがそうにゅーし易いように」
こいつ、本当に風邪引いてるのか?
全く、普段常に馬鹿をやってるせいで、病気のせいで頭が朦朧としているのか
いつも通りなのか区別がつかなくて困る。
「まあ、それはいいとして、パンツを足首まで下ろす必要はないだろうが」
「ほえ?」
「肛門だけ見えればいいんだから、ちょっとずらすだけでいいんだよ」
「……あっ、ごめーんお兄ちゃん」
分かってくれたか。
「半脱ぎのロマンチズムを追求するって事を忘れてたよね」
こいつ、全然分かってねえ。
「んっしょ……これでいい?」
妹は股間が見えそうで見えないくらいまでパンツを戻した。
俺はこれ以上このバカに付き合うと、自分の頭がくらくらしてきそうなので、
これ以上の突っ込みは辞める事とした。
専用の指サックを付け(俺が何でそんなものを所有しているかは、あえて言う必要があるまい)
座薬を妹の菊座にあてがう。
「よし、いくぞー」
「う……うん。怖いけど、お兄ちゃんに私の後ろの初めてをあげ……ぐぷぃ?」
訳の分からない事を口走りかけたが、俺は容赦なく妹の肛門に座薬と指をねじ込んだ。
「ひぃ……、ちょっと、なぁっそんな、こんな?」
「力抜いとけ」
ひょっとしてこの台詞は最初に言っておくべき事だったかも知れないが、今更仕方ない。
妹は初めて異物が排泄器官を逆流してくる感触に戸惑っているが、
悶える女に無理矢理というのは俺の十八番なので気にすまい。
「奥まで押し込むぞ」
「アッーー!!」
そこまで大騒ぎする事はないだろうと思わんでもないが、
俺の指が座薬を直腸の深くまで押し込むと、妹は大声で叫んだ。
「終わったぞー、……よっと」
「みぃゃぅ?」
指を引っこ抜く時も不可思議な喘ぎ声を上げたが、妹への座薬投薬は完了した。
「ぬふぅ……聞いてたのと大分違うよぉ。もっと気持ちいいものなのかと思ってたのに」
「慣れてないからだろ?こういうのには個人差も有るし」
「ふぐぅ……お兄ちゃんとの初めての後門体験は散々な結果に終わっちゃったなぁ」
「風邪っぴきが馬鹿なことを言ってるんじゃない。
薬も入れたんだし、とっとと寝ろ」
「うぃ」
「後で粥も作ってきてやるからな」
「わあぃ……、とーぜん食べる時は匙で掬ってフーフーしてくれるんだよね〜っ?」
妹の言葉を聞き、作るのを止めるべきかと俺は悩む。
「お兄ちゃ〜ん、私病人なのよ〜?」
「……ああ、分かったよ」
「あともう一つ」
まだ何か有るのかよ!
「おやすみのキスをしてくれると、きっとよく眠れると思うんだけど〜」
「…………」
「お兄ちゃん、私病人……」
「あー!もー!分かったよ!」
これ以上付き合ってられん。
とっととしてしまって、こいつを眠らそう。
「ほれ……、ん?」
軽く唇を触れ合わせるだけ、と思ったが、不意を突かれて妹に頭を抱きかかえられる。
「んっ……ちゅ………ぶちちゅーーーー(中略)ーーーぅ、ぐちゅぐちゅちゅぐちゃぅ、っポン!!」
「ぐほっ、げほっ、げほ」
この野郎!舌まで入れやがった。
つーか無理矢理引き剥がさなかったら何時までする心算だったんだ?
「ぷはぁ、ご馳走さまぁ」
「……もういいよな?早く寝ろ」
「はーい、あっ……お兄ちゃん」
「何だよ!」
「……ありがと」
妹は恥ずかしそうに、そのまま布団を被って寝てくれた。
改まって言われると気恥ずかしいので、俺としてもそれはありがたかった。
それから数日後……
「くしゅん!」
俺の口からくしゃみが飛び出した。
頭が重く、身体はだるい。熱も若干ある。
馬鹿は風邪を引かないという言葉が嘘だったが、
だからといって馬鹿以外が風邪を引かないとも限らない。
現に俺も風邪を引いたようだ。
「たいへ〜ん、お兄ちゃんも風邪?」
「ああ、誰かさんから毎晩ディープキスを要求されたり、散々破廉恥な真似を要求されたからな」
「あわわ〜、うつっちゃったんだ!……私の所為だよねっ」
分かってるじゃないか。
「ちょっと待ってて!いますぐ準備するから!!」
慌てて自室に走っていく我が妹。
俺はその後姿を見て寒気を覚えた。
こういう時は決まって碌なことにならない。
とりあえず俺は携帯を取り出す。
露魅奈の電話番号は何番だったかな?
「あ、もしもし俺だけど――」
・・・・・・・・・
「……ああ、悪いな、そうさせて貰うから、じゃあ」
「おっ待たせ〜ぃ!」
丁度露魅奈との電話が終わった時に、妹は戻ってきた。
その衣装は……
「じゃーん!初公開、白衣の天使!妹ナースさんじょー!」
「……」
何処から手に入れたのか、ナースキャップと純白の制服……
洒落にならん。
こいつの看病を受けるくらいなら未認可の怪しい薬品の被験者になった方がマシだ。
「この前までお兄ちゃんに看病してもらったから、これからは私がお世話しちゃうよん!」
「あー、その、何だ……」
「もち、薬も入れてあげるしー、汗をかいた身体も拭き拭きしてあげるしー、
おトイレの世話も尿瓶でしてあげる〜!」
「盛り上がってる所悪いんだけどな……」
「えへへ、勿論下の世話をするわけなんだから、アッチの欲求も処理してあげちゃうよ〜!」
「……しばらく俺は露魅奈の病院に入院することにしたから」
「へ?」
「だから、それらの世話はみんな露魅奈にして貰うことになる」
「ええー!!」
露魅奈の本職は外科だが、たまにはあいつの病院でしっぽりするか。
ただし一方は病人だけど。
「じゃあ、そういうことで……見送りはいらないぞ。お前も病み上がりなんだから」
「『そういうことで……』じゃなーい!私もおにいちゃんを看病するの〜!」
妹は服の裾を掴んで何とか俺を引きとめようとする。
俺はそんな妹を引き剥がして、何とか我が家を脱出する。
「お兄ちゃ〜ん!
座薬! 尿瓶! お粥フーフーぅ!!」
「……」
俺がとんでもない見舞い客から身を守るため、
完治するまで面会謝絶病棟に篭っていたことは言うまでも無い。
(終わり)