『妹尾様。そろそろお時間の方になりますので、式場の方へお進み下さい』  
「……はい」  
待合室へ係員が呼びに来た。  
いよいよ式が始まるのだ。  
私の胸は生涯で一番ドキドキしている。  
緊張のあまり大事なブーケを忘れそうになった位だ。  
着替え終わってからも、鏡を前にしてママに何度も聞いた。  
「ど、どうかな? 変になってる所は無い?」  
そんな私を見て、ママは『大丈夫よ。あなたは日本一の花嫁さんなんだから』と  
笑いながら太鼓判を押してくれた。  
 
ここはとある観光地に建てられたチャペル。  
今日、私はついに最愛の人である兄と結婚するのだ。  
戸籍上は血縁関係が無いとしても、色々紆余曲折はあった。  
お兄ちゃんは多情で絶倫な人だから、私以外にも彼女や恋人や愛人や女友達がわんさか居た。  
私の真摯なアタックを鉄壁のブロックで跳ね除けられ、何度もくじけそうになった。  
それでもなお、私はお兄ちゃんを愛し続けた。  
その思いが実り、やっと結婚にこぎつけたのだ。  
 
私はもう一度大きく深呼吸をする。  
「ふうぅ……」  
緊張の余り、脚が絨毯を踏む感触すらフワフワしてたけどやっと人心地がついた。  
「も、もう大丈夫だから…… パパ」  
ヴェール越しに見ると、パパもにこやかな顔で私に微笑んだ。  
幼い頃に失踪した父親だったけど、息子と娘の結婚式にはせ参じてくれたのだった。  
やっぱり親子だけあって、お兄ちゃんによく似てる。  
お兄ちゃんが老けたらこんな感じになるんだろうなー、って私は思った。  
 
パパと腕を組んで、私はこれから入場する。  
そこでお兄ちゃんと私は永遠の愛を誓うのだ。  
花嫁と父親が腕を組んで進む、恐らく人生で最も喜びに満ちた道程だろう。  
係員が合図をする。  
そして音楽と共にチャペルのドアが厳かに開かれ、目の前に式場の光景が広がる。  
祭壇の前に立つお兄ちゃんは、ばっちりタキシードを着こなしている。  
妹の贔屓目で私が見ても、日本一…… いや世界一素敵でカッコいいお兄ちゃんだ。  
そして、今日の式に集まってくれたのはパパだけじゃない。  
お兄ちゃんのこれまでの彼女たちも、私達を祝福するために集まってくれ……  
 
「ほえ?」  
私は思わずすっとんきょうな声を上げた。  
「どうしたんだ」  
「……お兄ちゃん。今日は私とお兄ちゃんの結婚式だよね」  
「そうだよ、我が妹」  
「じゃあ、その……あの……」  
思わず声がうわずってしまう私だが、お兄ちゃんの周りに居る参列者たちを指差して言った。  
「なんで……  
 愛さんと香積さんと沙織さんと妙さんと奈々さんと初美さんと繭さんと八重さんと蘭さんと和歌子さん、  
 泉美さんと恭子さんと静さんと知恵ちゃんとニコルちゃんと日観子さんと瑞樹さんと里香さんと  
 宇美さん久美さんと須美香先生と月美さんとヌーちゃんと不二子さんと睦美さんと雪奈さんと瑠璃さん、  
 瑛理子さんと慶花さんと瀬里奈さんと哲子さんと寧々さんとヘレナさんとメアリーさんと蓮さんと  
 音子様と小雪さんとソーニャさんと時子さん乃莉香さん穂積さんと桃祢さん夜思乃さんと露魅奈さんも  
 ウェディングドレスを着ているのー!?」  
「ははは、何だそんな事か」  
私の声とは対照的に、落ち着き払ってお兄ちゃんは笑った。  
「今日は俺とお前、そして皆との結婚式じゃないか!」  
「えっ……ええぇーーっ!!」  
「今年から民法が改正されて、重婚がオッケーになったのは知ってるだろ?」  
「知らないっ、聞いてないっ、有り得なーい!!」  
半狂乱になって私はお兄ちゃんに詰め寄った。  
「今日は私とお兄ちゃんの二人きりの結婚式のはずでしょー!?  
 折角パパだってこうして私の為に来てくれたのよぉ!!」  
「あー、その事だがな…… じつは親父はお前の為だけに来た訳じゃないんだよ」  
「へ?」  
「内緒にしていたが、実は愛も香積も沙織も妙も(中略)夜思乃も露魅奈も俺たちの兄妹だったんだよ」  
「な、なんだってーーーッ!!」  
「これまで不自然に思わなかったか?  
 あの親父がこさえた子供が、俺とお前の二人きりだったなんて……  
 ぶっちゃけそっちの方が有り得ないだろ」  
「うっ嘘だぁーーー!!」  
「これからは皆の事を『お姉さん』って呼ぶんだぞ」  
周りの人たちを見回すと、皆にこやかに微笑んでいる。  
知らなかったのは私だけ?  
「じゃあ、誓いの言葉と指輪の交換をしないとな。  
 手順良くやらないと時間がかかるから、最初の奴以降は以下同文、指輪交換はセルフサービスだ」  
「そんな結婚式ないよぉー! 兄ちゃんの大馬鹿野郎ーーー……」  
 
 
・・・・・・  
 
 
「誰が大バカ野郎だ、この超馬鹿娘が」  
「ぶびぃ……?」  
知らない間に布団に潜り込んでいた挙句、訳の判らない寝言を発しやがった妹の腹を俺は踏みつける。  
「お、お兄ちゃん? 結婚式は!?」  
「はあ? なに言ってるんだ。寝言は寝てる間だけにしろよ」  
「よっ、良かったー! 夢だったんだ!」  
全く、夢見と寝言癖が悪いのはいつか矯正するする必要があるな。  
「お兄ちゃーん!」  
「わっ、ちょっと待てっ」  
いきなり抱きつかれ、俺は不覚にもバランスを崩して押し倒される。  
こんな事は他の女にもさせないのに……  
「私、お兄ちゃんの妹だよねっ! お兄ちゃんの妹は私だけだよね!?」  
……何を言っているのやら判らん。  
こいつの脳内は常に俺の理解の範疇を右斜め上にナックルボール気味に外してくる。  
「結婚してくれなくてもいいっ。  
 だけど、お兄ちゃんの事を『お兄ちゃん』って呼んでいいのは私だけなのっ」  
「まあ結婚しなくて良いってのはありがたいけどな……」  
とりあえずこの馬鹿をなだめなければなるまい。  
しかし兄の胸にすがりついた上、涙まで流して言う事だろうか?  
「安心しろ、これまで確認できている俺の妹はお前だけだ」  
「……」  
「それにな、家族になるってのは血縁だけじゃないし、戸籍上の義理の縁だけでもないんだ。  
 一緒に生活して、時間を積み重ねて、だんだん絆を深めていくものだと思ってる。  
 いきなり『貴方の妹です。今後ともよろしく……』なんて言われても、そうはいかないよな」  
「お兄ちゃん……」  
「仮に、これから先に親父の血を引く子が現れたとしても、本当の妹と呼べるのはお前一人だぞ」  
例えどれほどの馬鹿であろうと、俺はこいつを見捨てる事は出来ない。  
それはこれまで培ってきた俺自身との絆を否定することになるからだ。  
「……ありがと。お兄ちゃん」  
その小さな両腕で、妹は力いっぱい俺を抱き締めた。  
「嘘でも嬉しいよぉ」  
「一応ウソをついたつもりはないんだがな」  
「でも、妹と思えないとしても、可愛ければその子も食べちゃうんでしょ?」  
「そりゃ、当然」  
「……ちょっとは否定してよ」  
そこら辺のことはあくまで仮定の話だが、  
もし可愛い妹がやってきて『お兄ちゃんと呼ばせて下さい』と言ったのなら、  
俺はその時どうするだろう。  
ひょっとしたら新しい妹にも兄と呼ばせるかも知れない。  
でも俺はそいつを妹とは思わないだろう。  
兄、妹と呼び合っても、所詮雰囲気を盛り上げるためのプレイに過ぎない気がする。  
少なくとも、この馬鹿妹以上に兄妹の絆(もしくはしがらみ)を感じられるとは思えない。  
まあ可愛くてその気があるなら、本当に俺は『妹と思えない妹』ともやっちゃうかもね。  
 
「あー、結局のところ、妹だと思ってても本気で抱くのはお前一人だってことかな」  
「私も、パパが他所に息子を作ってても、『お兄ちゃん』と呼ぶのは一人だけだよ!  
 私、お兄ちゃんの妹に生まれてすっごく幸せだよ!」  
「そう言って貰えると、悪い気はしないな」  
だが、実際こんな兄貴の妹は幸せと呼べるのだろうか?  
少なくとも、こんな妹を持った兄は幸いとは呼べまい。  
まあ全ては本人次第だと思って、細かい事を指摘するのは止めよう。  
不幸な人間はなるべく少ない方がいいからな。  
 
「お兄ちゃん、ちゅーして」  
「はいはい、今日だけだぞ」  
甘えてくる妹の唇に、俺はキスをしてやった。  
「はあっ……、ホントーに馬鹿とブラコンにつける薬はないな」  
「そうだよっ! 恋する妹にとって、一番の薬はお兄ちゃんの愛情なのっ!」  
「繰り返すが寝言は寝てからだけにしろ。この馬鹿妹めが」  
「うふふっ、愛してるよ。お兄ちゃん!」  
 
 
( 妹尾家の兄妹  完 )  
 

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