「あはぁ〜ん! いいよぅ! いぃお話だよぉ〜」  
リビングでゆっくり紅茶を飲んでいたら、隣のソファーに寝転がっていた妹が  
突然喘ぎ声を上げたので危うく吹いてしまうところだった。  
珍しく読書をしてたかと思ったら…  
「いかがわしい声を出すんじゃない。何だいきなり?」  
「うぅ〜 今読み終わったんだけど、この本は久しぶりの超かんどー物だよぅ!」  
手にしてるのはかなり厚手のハードカバーだ。  
こいつが読書で感動する?漫画でもジョブナイルでも無いのに?  
「…最近の官能小説はずいぶん装丁も凝ってるんだな?」  
「あっひっどーい!お兄ちゃん、少し私を馬鹿にしてない?」  
…少しどころではない、大分してるぞ。  
「私だってちゃんと真面目な本とか読んだりするんだかねっ!  
 これはれっきとした純愛小説よっ  
 少しはそういう場面もあるけど、読者の劣情を誘う為のてーぞくなモノじゃなくって、  
 切ない二人の気持ちを描写するための表現なのよっ!」  
「…ふぅん」  
こいつがそんなに入れ込むとは珍しいな。  
「どんなストーリーなんだ?」  
「ある家に二人の兄妹がいるんだけどー、二人はずっと昔から相手を愛しちゃってるの!  
 でも近親相姦になることを恐れてお互いにその気持ちを隠してるの。  
 気持ちがばれない様にそっけない振りをしてるから、  
 相手から愛されていないって勘違いして苦しんだりするの〜」  
「………」  
「でもでも、ある事件がきっかけで〜、二人の気持ちが通じ合うの。  
 そうすると若い二人の燃え盛る気持ちが抑えきれなくなってぇ、  
 えへへ、ついに一線を越えちゃうのよっ!」  
 
「…それで?」  
「二人は本当に愛し合ってるんだけれど、周りの人達の理解が得られるわけ無いから  
 今度は二人の関係がばれないように色々工作するの!  
 だけどほんの僅かな綻びから一部の人から疑われるようになっちゃうの。  
 兄妹は自分たちの愛と背徳感と友人知人を騙している罪悪感に翻弄されて、  
 ついに駆け落ちを決意するー!! …ってところで上巻は終わりなのよぅ〜」  
ずいぶん熱の入った説明だ。よっぽど気に入ったらしいな。  
「あぁ〜ん 早く下巻が読みたいよぅ」  
「まあ本に親しむようになるのは良い事だ…  
 ただし他人のいるところではそんな喘ぎ声を上げて読むんじゃないぞ?」  
「はぁーい…… お兄ちゃんも読んでみる?貸したげるょん」  
「いらん」  
「えーっ面白いよ!?  許されざる愛に翻弄される二人…あぁん、ロマンティーックだなぁ!」  
はっきり言って純愛小説は苦手だ。私生活であまり純愛に縁が無い生活をしてるからか?  
しかし、こいつ位の年頃ならそんなロマンチックな話に憧れるのは健全とも言える。  
「ところでぇ、この二人の設定って、どこか私たちに似てるよねぇ?」  
「バフゥッ!!」  
今度はマジに紅茶吹いた。宇美と久美が印度から送ってくれた貴重品なのに…  
「お前、ちゃんと日本語理解できてるか?さっき説明した内容と合ってないぞ」  
「えー? そんなことないよ。二人の兄妹がいて…」  
そこは合ってる。  
「ずっと昔から相手を愛していて…」  
そこは半分しか合ってない、少なくとも俺はずっと昔からこいつを愛してるわけではない。  
「近親そーかんを恐れてお互いの気持ちを隠していて…」  
お前…いつ隠した?  
「そっけない振りをするんでしょ、お兄ちゃんみたいに? 私結構お兄ちゃんに苦しめられてきたよ?」   
………この馬鹿の脳内設定ではそうなってるらしい。  
「で、お互いの気持ちが抑えきれなくなって一線を越えちゃう… ほら、似てるじゃん」  
「……『お互い』という言葉の意味を辞書で引いたほうがいいぞ?」  
 
「まあ全部が全部同じじゃないよねっ、  
 でも〜私たちもこの二人みたいにあんま大っぴらにできる関係じゃないわけだし」  
「結婚は出来るけどな」  
いまのところする積もりはないが。  
「そこはパパとママに感謝だねぇー。でもでも愛し合っているのに、  
 兄弟であるがゆえに苦しむってゆー設定がなんか他人事だと思えないんだ〜」  
「それは違うぞ」  
「へっ?」  
「勘違いしてるようだが、俺はお前が妹じゃないなら抱かなかったし、こんな関係を続けたりはしてないぞ」  
「???」  
「顔が可愛いだけの馬鹿は俺の周りに幾らでも群がってくるからな。  
 お前は顔はいいけど馬鹿過ぎる、妹という関係が無ければヤってなかったぞ」  
これは本心だ。こいつを抱いたきっかけは『抱いてくれなきゃ死ぬ』と言われた事だが、  
もし赤の他人からそう言われたとしたら、『じゃあ死にな』ぐらいの事を言ってたかもしれない。  
「じゃぁ…お兄ちゃんが私を抱いてくれるのは、私が妹だからなの?」  
「いくら馬鹿でもお前は俺の妹だ。俺の出来る範囲のことはしてやる」  
そう、幼い頃から共に時間を過ごして来た異母妹。見捨てることは出来ない。  
…ときどき山中に捨てたい心境になる事もあるが。  
「ただ、いくら妹でも馬鹿なブスとはヤれないからな。可愛いく生まれたことに感謝しろよ」  
「ううぅ…なんか複雑だね」  
「気にするな」  
「お兄ちゃんは私が妹だってこと気にしてないの?」  
「あんまり気にしないな」  
従兄妹は良くって異母兄妹は駄目という基準は俺にとって意味が無い。  
 
「…私、お兄ちゃんを好きになってもいいの?」  
「それはまた話が別だぞ、  
 さっきも言ったように世間一般に受け入れられるような関係じゃないってことはお前も承知してるだろ?   
 兄としては他にいい男を見つけてくれたほうが幸せになる可能性が高いんだから、  
 そっちのほうをお薦めする。俺は特に競争率激しいからな」  
「そんな事言ってぇー、もしかしたらお兄ちゃんよりいい男を見つけてー、そっちに行っちゃうかもよ〜?」  
「その時は娘を取られた親父の心境になるかもな」  
まあいつの日かそういう場面に出くわすこともあるだろう。  
「その時になって〜『行くな、俺の側にいろ!』って言われても駄目だよん?」  
「安心しろ、お前がどうしても手放したくないほどのいい女になってたら、  
 どんな手段を使っても奪い返す」  
「えへへぇ… いい女なんてすぐになっちゃうもーん、  
  ぃ、今のうちに唾つけとかないと、あっ 後で泣いちゃうよ……」  
そんな泣かす台詞を言った覚えは無いが、こいつはまた眼を潤ませている。  
さっき読んだ本で感情が昂ってるのか?  
「ほら、泣くんじゃない。いい年して兄貴の胸で泣きじゃくってるといい女にはなれないぞ」  
「う…ん」  
「この馬鹿、ほらっ望みどおり唾付けといてやるから…」  
泣き止む気配がないので、俺はこいつの涙を舌で拭ってやる。  
我ながら甘過ぎるかもしれないが、まあたまには良いだろう…  
 
    終わり  
 

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