「にへへっ〜♪」  
目の前でにやける妹が突きつけた紙片、それは先日行われた学力試験の結果表だ。  
世間一般では二学期制とかいうことで、夏休み前のテストを行わないような所もあるらしいが、  
こいつの通ってる学校は休み前にちゃんとテストがある。  
「どーだぁっ! 言ったとおり私は『やればできる子』でしょ?」  
たしかに間違いなく学年順位が上がっている。それも半端な上がり方ではない。  
カンニングか?  
…いや、全教科カンニングに成功するとは思えない。  
それにこいつの副担任の須美香は、生徒の不正行為を見逃すような鈍い女じゃない。  
ヤマを張ったところが全部的中したか?  
…いや、確率的に無理があるし、そもそもヤマを張った内容を理解していないと、この点数は取れないはずだ。  
回答用紙のすり替え? 替え玉受験? 予知能力? 他の生徒が全員下痢気味でまともに試験が受けられなかった?  
いかん、どんな無理のある方法でも「こいつが真面目に勉強して成績を上げた」という答えよりも説得力がありそうな気がする。  
「…」  
「お兄ちゃーん? ひょっとして〜私がズルして成績上げたーとか思ってない?」  
「………少しな」  
「ぶーぶー、ぶぶぶぶぶっーーー!! 私ちゃんと勉強したの〜!!  
 センセーや友達も信じてくれないんだから〜、お兄ちゃんまで疑うの〜!?」  
教師や友人の反応は正常だ。これまでのこいつの学業態度を見ていれば、そっちの方を疑う方が妥当だ。  
「…まあ、仮に不正行為をしたとしても、バレずにやれるというのは能力の一部だ。  
 それに、カンニングをしたとしても記述式のテストでここまで点数取れるのは勉強してる証拠だな」  
「してないっつ〜の〜」  
「疑われるだけの原因はお前に有るだろ。…けど、頑張ったんだな。  
 俺はちょっとビックリしたぞ、お前がここまで出来るなんて」  
「…えへっ」  
さっきまでふくれっ面していた顔が、少し褒めたらすぐ嬉しそうに変わった。分かり易い奴め。  
 
まあ真面目に勉強して結果を出すのはいい事だ。  
問題なのは…  
「ふふふっ、お兄ちゃーん? 先月言ったこと、忘れてないよね〜?」  
「…」  
「今度のテストで上位リストに名前が載るくらい良かったら〜、な〜にをしてくれるって言ったっけ?」  
「お前の言うことを三つ聞く…」  
「にひひひひっ、正確には『何でも三つ聞く』だよー!」  
余りに勉強してないので軽い気持ちで言ったのに、この野郎はしっかり結果を出した。  
目の前に人参ぶら下げて馬鹿を走らせるつもりが、しっかり人参に食らい付きやがったとは…  
なんとかの一念岩をも通すってヤツか?  
 
「約束、約束、やっくそく〜!」  
しかたない… 言ってしまったことは事実だ。ここで言うことを聞かないと一生文句を言うだろうからな。  
「確かに『何でも』とは言ったけどな、俺にも出来ることと出来ないことがあるからな。  
 それに約束ってのは相互の信頼関係に基づくものだから、あんまり過剰な要求をすると兄妹の関係に罅が入るぞ?」  
「分かってるよ〜ん。  
 ひぃひっひひ〜、な〜にをして貰おうかなーって、実はもう決めてあるんだ!」  
本当に分かってるか?と疑問に思わざるをえないが、こいつが成長している事に期待するしかない。  
「一つ目〜、この夏にーお兄ちゃんと二人っきりで〜どっかバカンスに連れって欲しいの〜」  
「それが一つ目か?」  
「うん、色んな都合もあるから、すぐに何処かは決められないけど、ビーチやプールがある所がいいな〜」  
………まあ妥当な線か。どうせ夏はどっかに連れてけと騒ぐ奴だから、適当に旅行にでも連れてってやるつもりはしてた。  
この時期にバカンスとなると、もう予約が取れるか分からないから、  
ひょっとしたら適当な外国へでも連れてく事になるかもしれないが… どっか日本人がいない所がいいだろう。  
「えへへ〜、私のせくしー水着でお兄ちゃんを悩殺して〜、 ビーチバレーをして〜、  
 それからオイルの塗りっこして〜…… あぁんっ、おにーちゃんそんなトコに塗っちゃ駄目ぇ…」  
「…おいコラ」  
「燃え上がったお兄ちゃんは我慢できなくなって木陰で私を押し倒し… って、あれ?」  
「妄想の国から帰ってきたか?」  
…心配だ。こいつを連れて行って大丈夫だろうか?  
「ごめん〜、でも一つ目のお願いはソレ!」  
「OK、バカンスな。細かい予定は後で詰めるとしよう」  
熱い所に行ったとしても、熱射病対策には気をつけないとな… この馬鹿の脳ミソが溶けて流れ落ちたら大変だ。  
「よろしく! じゃあ二つ目〜」  
もう二つ目?あらかじめ考えてたなコイツ。  
「お兄ちゃんは〜 一週間、他の女の人に中出ししちゃ駄目!」  
「それが願いか?」  
「うんっ、私以外はダメ! 中出ししたかったら私にして」  
…ずいぶん馬鹿げた願いだ。まあこいつが言うことだから、賢い願いをする方が不自然ともいえるが。  
「でも、他の女とするときにお前が付いて来る訳じゃないだろ?  
 どうやって俺が中出ししてないってことを確認するんだ」  
「大丈夫! お兄ちゃんは嘘をついたり騙したり欺いたり裏切ったり嵌めたりする事はあっても、  
 約束を破るような人間じゃないもん」  
信頼してくれてどうもありがとう。  
「約束さえしてくれれば、きっと守ってくれるよね!」  
しばし、こいつの申し出の中身を考える。 ………十秒で纏めた。  
「よし、分かった。でも今日からじゃなくって来週から一週間にしてくれ」  
「ほえっ、いいけど?」  
承知したのに驚いてるようだが、実のところ今日から禁止なら俺の異性交遊に深刻な障害になりうる。  
「……ほんとに約束だよっ?」  
「約束する。その一週間はお前以外に中出ししない」  
しかし来週から一週間ならば対処の方法が無いわけじゃない。  
すぐにスケジュールを調整して、その一週間は中出しが嫌いな奴、生理中の奴、危険日に当たってる奴を優先的に配分し、  
中出し以外は嫌っという奴は日程をずらせば良いのだ。とりあえず月美には予定を変更してもらおう。  
おまけにコイツは『自分以外には中出ししないで』とは言ったが、『自分に中出しして』とは言わなかった。  
『他の女にした回数だけ、私にも中出しして』とでも願えばいいものを、間抜けが。  
来週は絶対中出ししてやらん。  
 
「じゃあ、三つ目ね」  
三つ目か、こんな願いをすぐ考え付くような奴じゃないから、よっぽどアレコレ考えてたんだろう。  
きっと俺に願い事が出来るように、必死になって勉強したに違いない。そう思うとなかなか可愛い奴だ。  
「……あのね、そのぅ」  
「何だ?」  
ずいぶん言い出しづらそうにしてる。よっぽど言いにくい願い事か?…中出しのときは堂々と言い出したくせに。  
「お兄ちゃんに…指輪を買って欲しいの」  
「………」  
「あっ、そんな高級品だとか、ちょー有名ブランドの限定物だとか、でっけえ宝石が乗ってるとかじゃ無くてもいいの!  
 ただ、これまでお兄ちゃんにそういう物を貰ったことないから…」  
なるほど、女の子にとって指輪をプレゼントしてもらうという事は、特別な意味があるとか聞いたことがある。  
コイツも俺から指輪を貰いたいのか…  
「何でもって言ってくれたよね? だから、お兄ちゃん私に指輪をちょうだい!」  
「…いいよ、買ってやる」  
「ほんとに!?」  
「三つ目の願いは『指輪をプレゼントして欲しい』だな。  
 バカンスの予定が決まったら色々準備するものがあるだろうから、買い物のついでにお前の指輪を作りに行こう」  
「あぅ…ぅ うぅっ…おっお兄ちゃんにっ… 指輪を貰えるなんてっ」  
また感極まったのか、眼が潤みだした。コイツは最近涙腺が緩みまくってる。大脳のバカさが涙腺にも感染したか?  
やはり女にとって好きな男から指輪を貰うということが、それほど嬉しいという事なんだろう。  
…しかし、そうは問屋が卸さない。  
俺はそう易々と女の言うことを聞く男じゃないのだ。  
「願い事はこれでお終いだな?」  
「うんっお兄ちゃん、ありがとう!」  
「ああ、お前の『せくしー水着』とやらも買わなきゃならないからな。」  
「へへへ〜 すっごいの買っちゃおうね!」  
「その後で、お前の『右中指』にぴったり合う、可愛い指輪を作ってやろう」  
「えっ!? こうゆう場合って、左薬指じゃないの?」  
さっきまで泣いてた目を見開いて驚いてる。  
「おいおい、お前の願いは『指輪をプレゼントして欲しい』だろ? どこの指へのプレゼントかは俺が決めていいじゃないか」  
「ちょっ それ酷い!あまりに都合のいい解釈っ」  
予想通り顔を真っ赤にして怒り出しやがった。  
「俺も左手薬指って指定されてたら、それにせざるを得なかったんだけどなぁ。  
 まあ、最後の詰めが甘過ぎたってことだ………  勉強になったろ?」  
「お兄ちゃんのバカー!!」  
 
 
(終わり)  
 

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