あの唐突な告白から、もう一週間が経つ。  
 
 たった一週間の間だったが、その間に尭は沙希から様々な事を聞いた。  
 
 水瀬の屋敷での生活も、趣味であるお菓子作りの話も。  
 クラス委員の仕事が、入学したての去年ほどではないがかなり忙しいとも言っていた。ちゃんと授  
業に出てくれない人がいるからだと、暗に非難してきたりもした。素直に謝ったが。  
 
 そして、尭を好きになったきっかけも。  
 
 聞いた時は冗談じゃないかと思ったほどの、些細なことだった。  
 それについては何も言うまい。きっかけは言うなれば問題ではないのだ。今はとにかく好きになっ  
てもらえた自分の幸運に感謝しようと尭は思っている。  
 
 同じように尭も、沙希にそれはもう色々なことを話して聞かせた。  
 
 好きな食べ物も、お気に入りのタレントも。  
 まだ沙希と会う前のこと、小さい時の思い出も。  
 
 事の発端、沙希にひどい台詞を吐いてしまった理由…両親が死んだ時のことも。  
 
 尭の両親が死んで、もう一年と半年になる。  
 死因は車で行った買い物の帰りに起きた、ハンドル操作のミスによる交通事故――即死だった。  
 高校が決まった直後の尭が連絡を受けて病院に駆け付けたとき、暗い部屋の中にあったのが物言わ  
ぬ二つの死体だけだった事。死という結果だけがそこにあり、時間が抜け落ちた虚脱感を感じた事。  
 一人で生きていくと決めた…いや、そうしなくてはならなかったこと。  
 …沙希に話して、よかったと思う。  
 自分のことのように泣いてくれた沙希の顔を、きっと一生、忘れない。  
 告白されてから短い間だが、尭は沙希を、沙希は尭を互いに深く知ることができた。  
 
 そして、今日…  
 
                     -*-+-*-+-*-  
 
 とんとんと、舌で沙希の唇を小突く。  
 意を解したらしく、塞がれた所がゆっくり開かれていく。少しずつだが確実に、侵入を始める。  
 と、驚くべきことに、尭のそれに合わせて沙希の舌が熱く絡められた。  
 予想だにしなかった展開に一瞬目を見開き硬直してしまうが、ぎゅっと眼を閉じる恋人の顔が見え  
てすぐにそれに応じる。  
 
「…ぅん……っ…」  
 
 お返しとばかりに舐め返してやると途端に熱くて甘ったるい声が聞こえて、尭は脳が灼かれるよう  
な感覚を覚えた。  
 見るとまだ眼を開いてはいなかった。しかしきゅっと寄っていた細い眉は既に緩み、そこに不要に  
力んでいた先ほどの様子は残っていない。それどころか赤くなったその表情は、どこかとろんとして  
いるようで。  
 愛おしさが募った尭は、そのまま行為を続行する。  
 舌や歯の表も裏も、口腔の中を余すところなく味わう。  
 
「…ふ、ん…んっ……」  
 
 意外にも彼女は、尭の行為を知識として認識しているらしかった。おどおどした動作ではあるもの  
の侵入する尭を受け入れ、それを自分からも愛撫する…そのことが証明しているようである。  
 長い口付けを終える。離すと、銀色の液体がつと糸を引く。  
 
「…何で、こんなこと知ってるんだ?」  
 
 初めてだと言っていた以上まさかその手の経験があるとは思えないので、とりあえず一応聞いてお  
かねばなるまい。  
 すると沙希は着物の桜色と同じように顔を染めて、俯きながら告白した。  
 
「く、倉にあった…え…え、艶書の、類いを…見て」  
 
 この一週間、準備してきたのだと。  
 …何に対しても勉強熱心な娘だ。  
 言葉には出さないが。  
 
「あ、あと…お母様が、お、教えて下さって、それで」  
 
 水瀬家の性教育は一体どうなっているんだ。  
 いや、個人的には嬉しいのだけれど…  
 事の発端である弥生おばさんの顔と今に至るまでの流れを思い浮かべ、尭は心の中で呟いた。  
 
                     -*-+-*-+-*-  
 
『晩餐会にいらっしゃいませんか』  
 
 全てはその文面から始まった。  
 達筆な字で書かれたそんな内容の手紙が郵便受けの中に入っていたのは、期末テストという名の悪  
魔から解放された丁度その翌日だった。  
 差出人は、水瀬弥生とある。  
 『常々、娘がお世話に…』と書いてあったため、沙希の母親と断定できた。書いてあった番号に電  
話してみると、電話に出てきた家政婦と思しき女性も確かにそう言っていた。  
 
――というかもう親に話してたのか、沙希…  
 
 恋人の親に会いに行くという状況特有の回避願望と、この暑さの中外出するのが嫌だということで  
少々気が引けなくもなかったものの、もともとそれ以上の断る理由も無かったし、名家と名高い沙希  
の自宅を見てみたいという好奇心もあった。  
 そのため、尭はその背後にどんな陰謀があるかも考えずに了承の旨を伝え、学校でも度々噂を小耳  
に挟むの水瀬の屋敷に足を運ぶ事になってしまった。  
 なってしまったのだが――  
 これがまた、広いの何の。  
 純和風の邸宅は庭をはじめとして部屋に至るまで、何から何までが大きく、広かった。植木の配置  
から門のデザインまで、調和のとれた空間は筆舌に尽くし難く、驚きと感嘆の連続で。到底その全て  
は語り尽くせる筈もなく。  
 とりあえず門から玄関まで五十メートル走ができるのは確実そうだったとでも言えば、概要はそれ  
で想像がつくだろうか。  
 辿り着いた丘の上、巨大な鉄の門を前にぼーっと佇んでいると、引き返すことも出来ずに和服のメ  
イドさんたちに連れられて、「和服のメイドさんなんてメイドさんじゃない!」と昼休みに叫んでい  
たクラスメイトの名前を思い出そうとして、思い出せないまま案内されて、そのまま――  
 
                     -*-+-*-+-*-  
 
 眩しいほどの桜色の着物。  
 それは屋敷に案内され、自室の何倍かも分からない客間で待っていた尭に披露された姿だ。  
 障子がさっと開いて目に飛び込んできた沙希のそれは、口に出てしまいそうになるほど可愛くて。  
 そのままの姿でこんな行為に及んでいる事実に、軽く目眩がしそうになる。  
 
「…もっと凄い事、しようか」  
 
 というよりも、自分がしてみたいのだが…今の沙希を見ていると、むらむらとそんな気になる。  
 尭は言うと、抱きしめる力を緩めずにもう一度唇を奪う。  
 
「え、な、何をなさ…んっ…!」  
 
 沙希は何をするつもりなのか聞こうとしたが、それよりも早く言葉を禁じられてしまう。  
 一瞬抵抗するような素振りを見せるが、すぐ先ほど同様尭に身を任せ始める。尭がその口腔内を味  
わいしばらくすると、慣れて来たのだろうか。控え目ながら沙希からも再び舌を絡ませる。尭は相手  
のお返しを快く思いつつも、『それ』を行う機を窺いながら口内愛撫を続ける。  
 だがその機が訪れるのを待たずして、しばらくすると沙希は別の意図を持って舌の動きを変える。  
 
(わ、わたくしも…)  
 
 そう思った沙希は一瞬躊躇した後、今度は尭の唇に触れ、舌を差し込む。  
 する側から一瞬にしてされる側にまわった尭の驚きが、熱い肉塊を通して沙希に伝わる。  
 
(…は、恥ずかしい…っ!)  
 
 涙目になっているのが自分でも分かる。  
 恥ずかし過ぎる…でも。  
 
(駄目っ…これは、ち…契りなのですから…っ)  
 
 大切な誓いであり、自分の望みであり、そして、水瀬家の…  
 そう羞恥心を押し止め、沙希は行為を続行する。  
 
「んっ…ッ……んん……」  
 
 頬の粘膜、硬い上顎。ゆっくりではあるものの、それこそあらゆる箇所に舌が及び、口内を丹念に  
清めるように愛撫される。その主体たる沙希のくぐもった声が耳に響く中、驚きを禁じ得なかった。  
 自分が沙希に行ったことがそのまま、いやそれ以上の行動が返ってくる。…学習能力が高すぎる。  
 それとも、この『水瀬家の慣習』の為の、『予習』のお陰なのか――  
 
(っ…でも…)  
 
 主導権を握られるかもしれないと直感した尭は、両手で沙希の側後頭部をがっちりと掴む。  
 
「…!」  
 
 いきなり顔を固定され、驚きととも不安そうに見上げる沙希。二人の口のまわりは、尭が下あごに  
感じるひんやりとした感覚からも分かるように既に二人分の唾液で濡れきってしまっている。  
 
(…これは、知らないだろ?)  
 
 目で合図し沙希の視線と重なるのを確認すると、少しだが確かに認知できる量の唾液を流し込む。  
 
(これって、まさか……尭さんの…)  
 
 とろとろとしたものが、入ってくる。熱い液体の唐突な浸入に、沙希は驚愕し身悶えた。  
 鼓動が一層早まる。口移しで唾液を交換するなんてそんな、こんな行為があるなんて…そう、抑え  
ようとした羞恥心が再び心に広がり始める。  
 しかし、髄まで蕩けかかっていた沙希の脳は、それをまともに感じる能力を欠きはじめていた。  
   
「んっ…んぅ……こく…」  
 
 無意識…本当に無意識で、沙希は二人分が混じり溶けたそれを喉に流し込んでいた。  
 飲んでしまったことを認識した後から、それは即効性のある甘美な毒だったのかもしれないと他人  
事のような思考がついてくる。  
 何故だろう…嫌でもないし、怖くもない。それどころか喉がかぁっと熱を帯びはじめ、心なしか血  
の巡りが良くなっていく気がする。この感覚はそう、一昨年初めてお酒を飲んで、そのまま飲みすぎ  
てしまった時の感覚に似ていた。熱く、心地よく、熱い――  
   
「ぅんっ、んっ! んくっ…ぅ……ぅむっ…」  
 
 すんなりと飲んでくれた(尭にはそう見えた)沙希に驚くと同時に気を良くし、尭はさらなる量を  
流し入れにかかる。それには一瞬驚くが、沙希はゆっくり、しかし逆らわずに受け取り、口腔内で混  
ぜ合わせ、飲み込んでいく…甘い毒液が喉を灼く。その熱さは全身に飛び火し、あちこちで火花が飛  
散するような熱と快楽をもたらした。  
 やがて溜めた唾液を全て使い切り、また沙希も最後の一滴を飲み干して、二人はさっきよりも何倍  
も長い口付けを終える。双方ともに名残惜しかったが、快楽原料のタンク切れよりも慣れない行為の  
ため息が続かなかったのだ。  
 
「ど…どこ、で…こんな、ことを…」  
 
 肩で荒く息をしながら、沙希はそう聞いてくる。  
 安心した。いくらこういう行為について学習していたとはいえ、知らないことはあるし経験したわ  
けではないようだ。なんとか自分も男としての体裁を保つことができそうだと、尭は心の中で安堵の  
息をつく。  
 
「男だからかな、俺も」  
 
 そうして耳元で答えになってないような返事をし、そのまま耳たぶを唇で挟んでやる。  
 弱点も見つかった。  
 

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