先端を入り口に当てがう。  
 大量の粘液にまみれた沙希のそこは、それだけで大変な労力を要した。  
 わかるだろうか。魚を手づかみにしようとして逃げられた時の、にゅるりともぬるりとも擬音し難  
いあの感触。焦れば焦るほど、そんなぬめりの感覚とともに、二人の意に反して性器が逃げていく。  
 
「ふ…ひぁ…!」  
 
 その度に快感が募り、沙希は何度も悶えた。  
 尭の未経験は、どうやら沙希にとっては拷問に近いようだった。彼にしてみれば全く故意の行動で  
はないのだが、それは『焦らし』という高等テクにも等しい効果を与え、強いけれどもまだ先がある  
中途半端な責めに沙希は喘いだ。  
 沙希のよがり声に尭は更に焦りを募らせるが、しかしそうしているうちに、何度目かの挑戦の後で  
ようやくそれらしい場所に到達する。  
 とはいえ無論、そんな位置が尭に解るはずもない。では、どうしてわかったか…  
 答えは簡単、亀頭が僅かに潜り込んだのだ。  
 
「ぁ、あ、あ…」  
「…っ!」  
 
 鮮烈な感覚だった。  
 指よりもはるかに太くて熱い肉塊が、快楽器官を押し広げている。大好きな男の大切なところが、  
自分の大切な部分に入ろうとしている。その存在感と幸福感、そして先ほどより広い面積で擦られる  
快楽に、沙希は身を震わせる。  
 
 尭もまた、初めての感覚に思わず息を飲んだ。亀頭の一部のみがようやく滑りこんだだけなのに、  
内部の熱と圧力は自分で慰める時なんかとは比較にならないくらいに気持ちいい。  
 
 だが同時に、尭は覚悟した。  
 沙希に快楽を提供できるのは、もはやここまでだ。  
 女性が初めて性交渉に及ぶときに、何が伴うか…それを知らぬほど幼くはないし、もう意志の力で  
それを止めることはできない。  
 
「あ、あきら…さん…」  
 
 尭の心の揺らぎを感じ取って、沙希は弱々しいながらも心配した声を上げる。  
 大丈夫、という込められた意は伝わったとは思えないが、少なくとも、沙希自身がそれを望んでい  
るということは再確認したらしい。  
 
「沙希、…いくぞ…!」  
 
 ぷつりという糸の切れるような感覚とともに、尭はとうとう、全てを埋めた。  
 
「ああぁッ!」  
 
 熱く脈を打つそれが入ってくると、沙希は小さなぴりっとした痛みとともに、どう表現すべきかわ  
からない生々しいような感覚を覚えて反射的に尭にしがみつく。  
 がっしりした硬い体にきつく抱きつく。広い背中に手を回していると、針で刺されたような痛覚が  
波を打つように少しずつ腰から広がって行く。  
 刺さっている、というよりももっとこう、じんじんとしたものになっていく気がした。  
 
 ――思ったほどではない。  
 
 もし地獄というものがあるのなら、その針の山を想像させるほどの情け容赦ない苦痛だったと母か  
らそう聞いていた沙希の、最初の感想はそれだった。  
 尭の執拗なまでの愛撫は、本人の預かり知らないところで確実に大きな効果をあげていた。  
 尭本人に自覚はなかったが、度重なる刺激は愛液を十分過ぎるくらい分泌させ、指を使った擬似性  
交は膣をほぐして慣れさせ、挿入された時に痛みを最小限にとどめるようにしていたのだ。  
 
「ん…はぁ、ぁ…」  
 
 しがみつく腕力がわずかに緩むのを確認した尭が強烈な絡み付きと締め付けの中体勢を直そうとす  
ると、その動きがゆるゆるとした刺激となって、沙希は明らかに痛みからではない声を上げる。  
 
「沙希…大丈夫か?」  
 
 大丈夫か大丈夫でないかを言うのなら、大丈夫ではないのかもしれない。  
 蜂に刺された後毒がまわっていくように、刺されたところから疼くような痛みが広がっていく。そ  
れは決して弱いわけではなくて、尭のわずかな動きに合わせて沙希を苛んでいる…それは事実。  
 だが、もっと強い別の何かが、沙希の中でくすぶっているのもまた事実だった。  
 入っている大きな肉塊に内壁が少し擦れるたびに、摩擦が痛み以外のある信号として捉えられる。  
 それは全く不快ではなくて、はしたなくももっと欲しくなってしまう。  
 声として表れるのはむしろそちらで、そしてそれは、紛れも無い――  
 
「…う、動いて…くださいませんか…?」  
 
 丁寧な依頼のように聞こえるそれは、実際切羽詰まった訴えにも近く、いやらしい願望がたっぷり  
含まれている。尭がそう感じたかはわからないが、沙希はまた顔を熱くした。  
 しかしそれは尭には、沙希が無理矢理我慢しようとしているようにしか聞こえない。  
 
 もちろん、そうしたいのは尭だって山々である。  
 亀頭に、雁首に、竿に、四方八方から灼熱を帯びた肉が締め付け絡み付いてくる。沙希は身じろぎ  
一つしていなかったにも関わらず、その中はまるで別の生き物のように尭を責め立てていた。  
 この上にもしどちらかが本気で動いたとしたら、さらにこの無数の肉襞も加わるはずだ。想像もつ  
かない身も心も蕩けるような快楽が待っているのは、もはや目に見えている。  
 だがしかし…尭は思う。しかし男には、行為に及ぶときは出来るかぎり相手を気遣う責任がある。  
 それが初めての、痛みを伴うものなら尚更のこと、自分の欲望を優先させることなどできない。  
 
「…無理するな。俺なら、いくらでも待つから」  
 
――無理してるのは、一体どっちだか。  
 
 内心自嘲しながら、悟られぬように尭は言う。  
 沙希は小さく首を横に振った。  
 
「ち、違います…たしかに、ちょっと痛いです、でも…んぁっ!」  
「ぅっ! ちょ、ちょっと沙希、何を…ぐ…!」  
 
 確かめるようにきゅっと締められたうえに結合部をゆっくり揺すられて、尭は慌てた。  
 ちゅく、ちゅ、ぐちゅ、といやらしい水音を立てた動きによって内側の起伏のある肉が押し寄せ、  
先端から雁の辺りまでを熱く撫でては引いていく。  
 気持ち良すぎる。  
 
「そ、そんなに、痛くなくて…それより、んっ…う、疼いて…ひゃッ!」  
 
 駄目だ。  
 我慢が効かなくなってしまう。  
 ず、ず、ず、と腰を引く。  
 
「どうなっても、知らんぞ…っ!」  
 
 事実上の敗北宣言をして。  
 尭は、とうとう動き始めた。  
 
「ふあ、ぁッ、んっ!」  
 
 痛いのに変わりはない。  
 現に繋がった場所からは、透明の粘液に混ざって薄い赤色のものが少量ながら溢れてきている。  
 でも、それ以上のある感覚が腰から背筋を貫いて上り、身体を震わせ、抑えようとする声を引き出  
してしまう。  
 どうしようもない、それは快感だった。  
 先ほどまでの、無音でなければ聞こえないような小さいそれとは違い、肌を打ち付けるとともに結  
合部周辺にべったり広がった体液がぱちゃぱちゃと騒ぎたて、内部から溢れる愛液は往復とともに空  
気と混ざり泡立てられ、ぐちゃぐちゃと喜びの声を上げる。それはどうしようもなく耳に届いてしま  
い、沙希はかすかに残った羞恥心で赤面する。  
 
「んぁっ! あ、あ…ひああっ!」  
 
 だがしかし、残されたそれでさえも決壊の時は近かった。こつん、こつんと子宮口を打たれて上壁  
のざらざらしたところを雁首で擦られると、沙希はそれだけで軽く達し、身体を強張らせてしまう。  
 なのに沙希がその反射でしがみついてこようと、ようやく弛緩してくてっと横たわろうと、さらな  
る刺激に再びはしたない声を上げ始めようとも、尭は決して責めの手を緩めなかった。  
 当然と言えば当然だ。前戯の間沙希は快楽を享受していたが、その間尭には何も起きていなかった  
のだ。だから解き放ったものを再び抑えることなど、どうあがいても不可能だった。  
 でもそれは結果として沙希に至上の快楽を与え、理性を完全に流し去ろうとすることになり、そし  
てもはや痛覚が消えうせていることを気付かせないでいた。  
 
「さきっ…、俺、もう……!」  
 
 腰を押さえる両手により力を込め、高まった尭は急激に動きを早めた。  
 同時に沙希の喘ぎもリズムを上げ、鼓動と同じく細かく、急速なものになる。  
 お互いに擦られ刺激される回数が増し、腰から這い登るそれはどんどん太くなっていく。じわじわ  
したものが集束して、電流となって身体の中を駆け巡る。  
 
「やぁッ! あきらさんっ、それっ、それは、らめ…ああっ!」  
 
 それに合わせて沙希の膣内も愛しくて仕方のないそれをぎゅっ、ぎゅっとリズムよく締め上げる。  
それは尭に天上の快楽を与え、そしてそれを更に得ようと尭が動きを速めることによって、結果とし  
てそれは沙希への性刺激にフィードバックされていた。  
 逆もまた然り。  
 互いが互いを押し上げて、二人とも表情がどんどん切羽詰まっていく。もう頂点がすぐそこに迫っ  
て来ていた。  
 
 そして。  
 
「あっ、や、やっ、ふぁ! …はあああぁッ!!」  
「ぐ………う…あ…!」  
 
 先に極限に達したのは沙希だった。やはり前準備の段階で感度を上げられていたからだろう。  
 しかし身体をがくがくとわななかせて果てた沙希の、今までで最も強い切れ間のない締め付けに、  
程なくして尭も性器を最奥に押し当てて煮えたぎったものを盛大にぶちまける。  
 
 びゅるる、びゅるるる。  
 物凄い量だった。いくら最近処理してなかったとはいえ、これほどまでに長く続く射精を尭は経験  
したことがない。  
 搾り取ろうとばかりに淫らに絡み付いてくる沙希がそうさせているのだろうかと、流されかけた漠  
々とした意識で考える。  
 
「ぁ、ぁぅ…! ぁ…あきら、さんのが……たね…なかに……」  
 
 どろどろとしたものを受け止めて、沙希もまた陶酔の感覚を味わった。  
 恋しい男の子種を、自分の中に出してもらっている。それを考えるだけで頭がくらくらするのに、  
加えて至上の快感をも与えられて。  
 沙希は幸福と快楽に脳を灼かれ、蕩けていく…  
 やがて長い長い絶頂を過ぎ、呼吸がようやく落ち着いた頃。  
 ずるりと引き抜くと、僅かばかり萎縮しつつあるモノとともに、少しだけ赤みがかった濁りがどろ  
りと溢れてきた。  
 不思議な感覚だった。  
 べたべたどろどろしたものがまだ体内に残っている。清潔の中で人生のほとんどを生きてきた沙希  
にとっては、それは決して好ましくない状況のはず。  
 なのに何だろう、この嬉しさは。  
 心の奥から込み上げる、満たされた幸せは。  
 視線を下に向ける。彼はまた自分の頬に口付けをして、そのまま隣で寝転んでいた――その下半身  
が見える。  
 自分のそれよりも黒い茂みは二人分の分泌液に濡れ、明かりを反射してきらきらと輝いていた。  
 彼が気付かない間に体を起こし、そこに焦点を合わせる。  
 先刻まで己を愛してくれたものが、白濁し泡だった液に塗れてそこにあった。  
 
(そう、いえば…たしか……)  
 
 殿方が最も悦ぶのは、主に三つあります――母・弥生の言葉が、記憶の中で反芻する。  
 一つ目は、おんなの体を好きなように操り、触ること。  
 二つ目は、おんなに自分の大事な所を入れて快楽を貪り、時に分け合うこと。  
 三つ目、殿方だけではできない、上半身を使った奉仕をされること。  
 
「あきらさん、いま…きれいにして、さしあげます…」  
 
 尭を、悦ばせてあげたい。  
 恥ずかしい気持ちも忘れ始めた沙希は、とろんとした声で言い、尭が気付いて視線を向けるより早  
く中途半端に元気な尭の肉棒を口にくわえた。  
 
「な、沙希、それは…っ!」  
 
 尭は驚いた。  
 二つ連なった布団を前にして沙希に抱き着かれ、「わたくしと、ち…契って、ください」と泣きそ  
うな声に真っ赤な顔でプロポーズされた時より驚いた。  
 行為はこれで終わりだと思っていた。  
 確かに、確か自分は完全に満足したわけでなく、もうちょっと沙希の身体を蹂躙したいという気持  
ちはある。  
 しかしそれは先ほどまで尭を支配していたものに比べれば微々たるものに過ぎず、尭自身あとは布  
団のなかでいちゃいちゃ…などという妄想を繰り広げてはいたし、それにその考えも自分が主導のも  
のだった。  
 だからこそ沙希が自発的にこのような行動に出ようとは、思いも寄らなかったのである。  
 
「ちょ、ちょっと、…ぅっ」  
 
 予想してない。話が違う。想定の範囲外だ。そのような類の言葉が、頭の中でリフレインする。  
 だがしかし、沙希をとどめる言葉を口にすることはできなかった。  
 達した直後に異常に性感が高まっているのは、男性だって同じなのだ。首のまわりを舐められたら  
悶え、柔らかな唇で触れられたら声を奪われるのは当たり前である。  
 
「…ちゅっ…んん…む、ぅん……」  
「さっ、さき、それ、は…!」  
 
 快感が一層強くなり、尭は思わず顔をしかめる。  
 沙希が頭全体を、前後に揺すりはじめたのだ。  
 
「んっ、ん、むぅ、んむっ…」  
「ぅ…、ぁ…っ……!」  
 
 本来それをするべき場所とはまた違う種類の刺激が、尭に容赦なく襲い掛かってきた。  
 鈴口のところを集中的に撫でられ、すぼめられた頬の肉に両側から触れられる。頑張って広げた小  
さな唇が竿の部分をしごきあげ、空気を吸引する力が初めての感覚だった。  
 再び完全復活を果たした、それでいてなおかなり敏感になっている肉槍が、嬌声とも悲鳴ともつか  
ない声をあげているようだった。  
 たまらなく、というよりも勝手に腰が動きそうになって、尭は沙希の首を両手で掴み、退ける。  
 
「ぇ…? …お、お気に…召しません、でしたか…?」  
「っ、そうじゃなくてその、よ、良すぎて…」  
 
 不安げに見つめる沙希の顔、股の間から見える上目使いの表情に内心くらくらしながらも、なだめ  
ようと正直な感想を口にする。  
 
 しかしながら、沙希に止めるつもりは無かったらしい。  
 
「で、では…これは…どう、ですか…?」  
 
 今度は、ずいと乗り上げて。  
 自分の出した液体を、胸の内側に擦り込むように塗りつけて。  
 大きく育った、女性にしかないところ。その両側から手を押し当てて、谷間に挟みこんだ。  
 
「! っぁ…!」  
 
 尭が驚く間もなく、沙希はまたしても動き始める。  
 マシュマロのような、そして大きくたわわに実った果実が二つ、ずりゅっ、ずちゅっと粘液質の音  
を立てて責め立てる。  
 外側に添えられた手が間接的に圧迫し、ふにふにと柔らかな鞠を押し付けたまま擦り上げる。  
 やっとお披露目されることになった、沙希の妖しい夜の技。この日この時のために母の口伝と自身  
の予行によって習得されたそれは、大きな未知の快感を確実に与えていた。  
 だがやはり、真に恐るべきは沙希自身の学習能力の高さであろう。  
 両側から掌が与える圧力は、尭が飽きてしまわないように時には強く、時には弱く、変化をつけて  
包みこむ。  
 それがたまたま雁の部分、茸の傘の底面部を擦りあげると、尭は思わず熱いため息をつく。  
 それはたった一度、ほんのわずかな反応だった。  
 すると少し動きをゆったりしたものにした後、何とそれと全く同じ動作を、二度三度と繰り返す。  
 偶然ではない。明らかに意図してやっている。あの一回の反応で、一体どこをどうすればより気持  
ちいいか学習したのだ。  
 
「ぃッ…ぅあ、ぁぁっ…!」  
 
 そしてそれは今まで強固な意志の力で耐えてきた尭にとって、もはや許容範囲を超える決定的なも  
のだった。  
 
 女の子のような情けない声を上げて、沙希の頭を反射的に両手でおさえつけ、屈み込んだ背中をぶ  
るぶると震わす。  
 二度目だのに、物凄い量の精液が谷の間から勢いよく吐き出されて、沙希の胸を、顔を、髪を汚し  
ていく。  
 
「んぁ…ぁ、あきら、さん……はむっ…」  
 
 長い射精。沙希は噴出を押さえようとするかのように、挟まれたままのその先端に口付けをし、口  
内に受け止めていく。  
 否、それは噴射を押さえるための行動ではなかった。  
 
「ちゅっ…ん…ふちゅ、ちゅっ……」  
 
 吸われている。  
 強制的にペニスから、いやその奥から、濃い物を吸い出される感覚。  
 
「ぅぁっ…ぁぁ…」  
 
 どうしようもない気持ち良さに、また声が出てしまう。  
 
 ようやくおさまると、沙希は口を離して新鮮な空気を吸う。  
 
「ぁ…あきらさん…すごい、です…こんなに…んっ」  
 
 そして頬に、胸に着いた液を、指ですくって口に運んでいく。  
 
「…」  
 
 それはものすごく卑猥な光景で。  
 二度も出したはずの息子も、最近処理していなかった甲斐あってか、また元気になってきて。  
 
「沙希…もう一回、いいか…?」  
 
 …雨で引き留められ、空きがないからと強制的に泊まらされることになった沙希の部屋。  
 十七の夜に心に決めた異性を招いて一夜を共にし、許婚の誓いを交わすという水瀬家の風習は、ま  
だまだ続きそうであった。  
 
                     -*-+-*-+-*-  
 
 数日後のとある夕方、突然沙希が付き人を連れて訪ねて来た。  
 川上家の事情を聞いた沙希の両親は親切にもこのまま水瀬家で暮らさないかと提案してきたが、尭  
は相変わらずの一人暮らしを続けていた。  
 そこまで焦る必要はない、と尭は思っている。  
 好きな人と、その家族と暮らす…それはとても魅力的であるけれども。  
 許婚がどうとかそういうことではなく、いつか対等な立場で、堂々と沙希を貰いに行くつもりの身と  
しては、それまではとりあえず依存することなく生活していたいという意地も。  
 まあ、本当にそんなことになったらそれこそ毎日でもあんなことやこんなことをしてしまいそう、と  
いうのもあるのだが…  
 ところで沙希にどうしてここがわかったかと尋ねると、クラス名簿の住所から調べてもらった、と。  
 
「…これ、忘れ物です」  
「ん? ああ、俺のMP3! 無くしたと思ってたら、沙希の家に置いてたのか」  
 
 どうやら忘れ物をしていたようだ。わざわざ届けてくれたのか。  
 
「まったく…しっかりしてください」  
「面目ない。ありがとな」  
 
 玄関先での会話も、どこか互いに今までと違った暖かさを感じるような気がする。  
 やはり許婚の誓いを交わしたからだろうか。  
 あの日沙希からのプロポーズにはさすがに戸惑ったものだが、尭は直ぐに受け入れて契りを交わし  
た。  
 水瀬の家にそういう儀式があるとは、やっぱり驚いたけれども。  
 でも、悪くはない。  
 家族が、できると思えば。  
 自分のことを真剣に考えてくれて、また時には涙すら流してくれて、そして誰よりも恋い慕ってく  
れる、愛しいこの女の子と将来一緒にいると約束したのだと思えば。  
 
「あ、あき…」  
 
 その女の子は、用が済んでなお何か言いにくそうにもじもじとしている。  
 
「どうした?」  
「い、いえ、別に…」  
 
「…?」  
 
 聞くと、赤面して視線を反らしてしまう。  
 そしてちらちらと尭の顔色を窺うのだ。  
 
「…」  
 
 言いたいことが、何となくわかる。  
 沙希には口実が必要なのだ。  
 
「…なあ、沙希。洋食、食べたことあるか?」  
「い、いえ、我が家はいつも和食ですから…」  
「夕食は、これから?」  
「はい、そうですけど…」  
 
 予想通りの返答に、尭は用意した言葉を紡ぐ。  
 
「じゃあ、あがってけよ。今オムレツ焼くところだから、御馳走してやる」  
「え……でも、大変なのでは…」  
 
 そんなに簡単に了承しないのは、ちょっとした意地だろうか。  
 でも、あと一押しだ。  
 
「平気さ。一人分も二人分も変わらんし、それに味は保証する…嫌ならまた今度でいいけど、でもほら」  
 
 顎をくいっと上げて、沙希に後ろを向くよう差し向ける。すると後ろ控えていた付き添い人らしき  
女性は、もう既に携帯電話を片手にOKサインを出していた。  
 話のわかる人だ。  
 尭も思わず親指を立ててGJの意を伝えた。  
 
「…し、仕方ありませんね…尭さんがそこまで、そこまでおっしゃるのなら!」  
 
 再び向き直り、沙希はさも仕方なさそうに言う。  
 ぱあっと花が開いたような顔に説得力はないのだけれど。  
 
 ――とりあえず尭の作るオムレツが二人前になったことと。  
 尭が一人暮しであり、翌日が祭日で休みであること。  
 そして、沙希とは許婚の関係にあることを考えると、想像はつくだろうが…  
 食後のデザートは風呂の中でそれはそれは美味しく戴いたことと、やっぱり布団の中の沙希はすご  
く素直だったことを、念のためここに記しておく。  
 

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