握られた手に汗が浮き出る。  
 今日は、ヴァンパイアハンターランキングNO1に輝いた私の生涯で一番大きな仕事だろう。  
 下手をしたら死ぬかもしれない……いや、かなりの確率で死ぬ。  
 ……ダメだわ、こんなことを考えちゃ。  
 私は生き残る、大丈夫。  
 気配を悟られないようになる隠行の術はいつも通り発動してる。  
 いえ、むしろいつもより調子がいい気がする。  
 気配を悟られずに近づいて、奇襲をかけ、動揺しているところでまず一人の心臓を銀のナイフで一突き。  
 返す刃でもう一人の心臓も。  
 その後、白樺の杭を心臓に突き刺して、復活できないように聖なる炎で燃やし尽くした後、  
 日光に晒して完全に滅却すればそれでお終い。  
 たったそれだけなのよ、私。  
 たったそれだけで私は英雄。  
 
 人類を密かに脅かしてきた吸血鬼の二人組。  
 絶大な力を持ち、今まで返り討ちにあった私の同業の人はもう一つの小さな街の人口に匹敵するだろう。  
 だけど、今までの同業者はみんな人間。  
 私から言わせれば、グズでのろまでトンマな連中。  
 このワーウルフである、私なら、吸血鬼を殺すことができる。  
 狼の狩猟の血が騒ぎ、猛るのを抑えきれず、危うく隠行の術を解いてしまうところだった。  
 落ち着け、落ち着くのよ、私。  
 機械のように正確に仕事をこなせばいいの。  
 何度も何百度もシミュレーションをしたじゃない。  
 それ通りに動けばいいの。  
 
 OK、いくわよ。  
 3、2、1、GO!  
 
 ドアを蹴り破り、中へ突入する。  
 二人はここにいる。  
 一瞬の呼吸の隙間も与えず、建物の中に侵入し、一気にターゲットめがけて突き進んだ。  
 銀のナイフを逆手に持ち、心臓目掛けてナイフを突き出す。  
 
「あぁん、いいの、いいのぉ〜」  
「へ?」  
「う、うわっ!」  
 
 一瞬、変な映像が見えた、と思ったら、目の前が一回転した。  
 天と地が逆さまになったと思うと、また天と地が逆さまになる。  
 どがっしゃーん、と派手な音を立て、壁に当たってようやく止まった。  
 
「あ、だ、大丈夫ですか?」  
 
 ああ、そうか、私は転んだんだ。  
 超大物のヴァンパイア相手に、目の前で派手にすっ転んだんだ。  
 あまつさえ、転んだ勢いのままに地面をごろごろ転がって、壁にぶつかって……。  
 アホだ、わたし……。  
 しかも、転んだ原因が、バナナの皮を踏んづけて、だから。  
 一体いつのマンガの話なのかしら。  
 
「す、すいません! で、でも、いきなりあなたが入ってくるからいけないんですよ?  
 しかもその後、バナナの皮が落ちている場所に足を踏み入れるから……」  
 
 ひょろっとした青年がこちらに寄ってきた。  
 見かけにだまされちゃいけない、こいつは吸血鬼になりたてなのにヴァンパイアハンターの猛者達を  
 二十五人を一瞬で屠ったことがあるのだ。  
 へこへこと頭を下げ、なんだか言っている。  
 
「って、そうじゃないでしょーっ!」  
「げぶっ!」  
 
 青年がいきなり吹っ飛んだ。  
 いつの間にか青年の立っていた場所のすぐ近くに女のヴァンパイアが何故かハリセンをもって立っていた。  
 彼女は、その格好からして変だった。  
 ウサギの付け耳を頭につけ、近視や遠視、乱視でもないのに眼鏡をかけ、  
 何故かメイド服を着て、猫の尻尾がついている。  
 見れば見るほどわけのわからない格好だ。  
 
「で、でもさ、やっぱり、使ったバナナの皮に滑ったんだから、謝っておかなきゃ……」  
「おだまりなさい!」  
 
 いつの間にか壁にめり込んでいた青年がずるずると這い出してきたところに、  
 女のヴァンパイアがばしばしとハリセンで頭を打ちすえる。  
 
「痛いっ、痛いって! やめてよ! 第一、バナナを使ったのは君だろ!?  
 ボクはぬるぬるして気持ち悪いから嫌だって言ったのに! 入れる方の身にもなってよ!」  
「こ、このっ! ひ、人前でそーゆーこと言う!? あんたがあんなことを要求するからいけないんでしょうが!」  
「ぼ、ボクはオナニーしてみせてって言っただけで、バナナを使えだなんて一言も言ってないよ」  
「ああっ、また見ている人がいるっていうのにそういうこと言う!」  
「第一バナナなんてどこから持ってきたのさ。いきなりバナナなんて持って、まさか携帯してたの!?」  
「ん、んなわけないでしょー!」  
「じゃ、じゃあ、一体どこから……」  
「う……うっ……そ、それはね……この、そんなこと今は関係ないでしょ!」  
 
 異次元の会話に取り残される私。  
 こ、これが本当に「史上最強のヴァンパイア鴛鴦夫婦」なの?  
 いや、確かに鴛鴦夫婦、なのかもしれないけど、こういう風に仲がいいとは思いもしなかった……。  
 というか、鴛鴦夫婦というのも何かの言い換えかと思ってたんだけど、その通りだったのね。  
 
「それはそれとして、ちゃーんす」  
 
 兎にも角にも、視線がこちらに向いていない今が勝機!  
 咄嗟に身を翻し、銀のナイフをよわっちそうな青年に向ける。  
 
 避ける時間も与えないっ!  
 ナイフが胸に刺されば、最悪このまま逃げてもあたしは十分英雄。  
 他のヴァンパイアハンター達の士気も上がり、もう片方の方のヴァンパイアもあたしを中心とした精鋭グループで討伐隊を結成し、  
 倒せば、それもあたしの手柄。  
 一生左うちわで安泰に暮らせるわっ!  
 
「あたしのために、死んでね、ヴァンパイア!」  
 
 が、そんなあたしの夢は脆くも崩れ去った。  
 神聖な守りが付加された銀のナイフは、確かに彼の心臓をまっすぐ捕らえていた。  
 突き刺さる直前に刀身がぽっきり折れなければ、いくらヴァンパイアとはいえひとたまりもなかっただろうに。  
 
 青年のヴァンパイアは、見かけのひょろっちさからは考えられないほど俊敏な動きをした。  
 こちらを見もしていないのに、的確に、猛スピードで左胸に目掛けてその刃先を定めるナイフの横を、  
 ピンッ、とデコピンしたのだ。  
 あたしだって由緒正しい血統に生まれたワーウルフだ。  
 実力もそれなりにあると思ってた。  
 ただ、あたしの全力の一撃を軌道を見ずに見切り、尚かつデコピン一発でナイフの刀身を折ってはじき飛ばす光景を  
 実際に体験してみたら、自分の実力とかもうどうでもよくなった。  
 
 格が違う。  
 
 勝つとか負けるとか、そういう次元の話じゃあない。  
 歴とした種族差による力の開き。  
 なんで今まで気が付かなかったんだろう。  
 ああ、あたし、死ぬ。  
 人に飼われ、野生を失っていたあたしは、危機を感知する能力が落ちてしまっていたのだ。  
 今まではワーウルフであることのアドバンテージのみで危険を乗り切っていた。  
 今度の敵は、ヴァンパイアであることのアドバンテージのみであたしを殺すことができる。  
 
「痛いっ! 痛いって! 殴るのやめてよ! ハリセンでも痛いんだって!」  
「じゃあグーで殴ってあげるわ!」  
「ギャー」  
 
 ……。  
 そうか、別にあたしは危機を感知する能力がなくなったわけじゃない。  
 ただ、ちょっとこの人達が緊張感という世界とは無縁の場所で生きてるから、  
 ゆるゆる空間によってそもそも危機が存在してなかったんだ。  
 だけど手を出せば瞬殺されること間違いなしで……なんでこんな人達が力持ってるんだろう?  
 世界って不公平よね。  
 あたしがこの二人の力を持っていたら、もっと有効に活用してるのに。  
 
「……えーっと、あのー、あたし、もう帰っていいですか?」  
 
 銀のナイフも折れちゃったことだし、もう帰りたい。  
 
 ああー、また出費……ヴァンパイアハンターって、利益出すときにはドババンとしてるけど、  
 出費もかなりのもんなのよね〜。  
 不必要に出費だしたら、赤字。  
 おまんま食い上げることだって、不思議じゃない。  
 まあ、失敗したら出費の欄に「生命」と追加するから、まだ金銭だけの赤字の方がマシだけどね。  
 
「いいよ……へぶっ!」  
「ダメに決まってるじゃない! 何勝手に許してるのよ、宿六が!」  
 
 チッ、ダメだったか。  
 ひょろっちい男の方だけだったら、難なく帰れたのに……このアルビノ女吸血鬼が。  
 まるで釘のように地面に埋め込める、アルビノ女吸血鬼。  
 男のヴァンパイアの頭と地面との高さがちゃんと同じくらいになったことに満足したのか、  
 ぱんぱんと地面に埋まる男ヴァンパイアの頭をはたくと、ゆっくり立ち上がってこちらにやってきた。  
 
 ウサミミ眼鏡メイド服ネコシッポっていう珍奇奇天烈な格好しているくせに……。  
 
「この姿を見られたからには生かして帰すわけにはいかないわ!」  
「あ、やっぱり気にするの……」  
「当たり前よーっ! 誰がこんな姿見られて喜ぶ変態がいるっていうの!」  
「あはは、さっきはボクに見られて喜んでくせに」  
「あんたは黙ってろ!」  
 
 ずりずりと這い出てきた男が、再びアルビノ吸血鬼によって壁に叩きつけられる。  
 なんというか、ハイパワーなどつき漫才を見ているようだわ。  
 
「い、痛いなハニー。いくらなんでも酷すぎるよ……」  
 
 ひびの入った壁から這い出てくる男ヴァンパイアを見て、あたしゃ少し呆れたわ。  
 
「ハニーっていうな!」  
「なんでさ? さっきはハニーって言わなかったら怒ってたじゃないか?」  
「う、うるさい、馬鹿!」  
「まぁま、今はこんなことしてるより、こっちの方を処理しなきゃ」  
 
 男ヴァンパイアは、アルビノ吸血鬼の目にも止まらぬ速さのジャブを軽くかわしながら言った。  
 こっちの方、とはあたしのことらしい。  
 この男の方は穏健派……まあ、穏健派も何も二人しかいないんだけど……だから、あたしが生き残る手助けをしてくれるかもしれない。  
 
 ……まあ、ひょろっちいけど容姿も悪くないから、ちょっとサービスしてあげよっかな。  
 
「ねぇん、もう手出ししないからさ。助けてくんない?」  
 
 男ヴァンパイアにちょっと警戒しながらしなだれかかってみる。  
 体温は少し低い。まあ、ヴァンパイアだしね。  
 
「あ、こ、こら! 勝手に触るな!」  
 
 アルビノ吸血鬼にぶっとばされた。  
 あれ? おかしいな、ほんのちょっと触られただけだと思ったのにな……。  
 
「こ、これはあたしのだかんね! 勝手に触っちゃダメよ! ダメなのよ!」  
 
 アルビノ吸血鬼はさっきまで殴りまくっていた男の腕にがっしりつかまり、  
 あたしのことを睨んでいる。なるほど、本当に鴛鴦夫婦だったとは。  
 
「あ、あんたも一体何のつもりよ! こんな奴殺しちゃっても構わないじゃない……  
 ま、まさかあんた、私を捨ててこんな薄汚いワンコロに走ろうって言うの!?」  
「何言ってるんだよ、ちょっと落ち着いて。ボクが君を捨てるだなんて本当に思っているのかい?  
 思っているのなら大変な屈辱だ。  
 ボクの君への愛はこれほどまでに溢れているのに、君の目が曇ってそれを見えなくなっているに過ぎないよ。  
 この子をかばったのはただ、女の子をいじめちゃなんねぇ、という死んだおじいちゃんの遺言があったからさ」  
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、一体誰がワンコロだって!?  
 あたしゃれっきとしたワーウルフよ!? 犬なんかと一緒にしないでよ!」  
「狼はイヌ科の生き物なんだからそんなにめくじら立てないでくれよ、君も」  
「て、訂正しなさぁい!」  
「うぅん、ごめんなさい。そうよね、ダーリンが私のこと捨てるわけないわよね。ごめんなさい、私がどうかしてたわ」  
「ちょ、ちょっと、訂正しなさいってば……」  
「わかってくれたらそれでいいんだよ」  
「ねぇ……話を聞いて……」  
「私の悪い癖ね。私もダーリンのこと好きよ」  
「……」  
 
 ……この馬鹿共が!  
 あたしがイヌと同じということは、ウマがイヌと同じだということと変わらないのよ!?  
 仲良くなることが前提の喧嘩をする馬鹿ップルめ……。  
 地上から滅するべきだわ。  
 
「うん、じゃあ私、何の禍根も残さないように、あのワンコロ殺すわ!」  
 
 な、なんですとー!?  
 
「ダメだって言ったじゃないか。  
 死んだおじいちゃんが、男たるもの、女の子を殴ったりしちゃいけねぇ、と言ったんだから」  
「だから私が殺すのよ。私が殺すんならダーリンが手を出さないんだからいいでしょ?」  
「え? うーん、そう考えれば、別に構わないような……」  
「ちょ、そんなにあっさり言いくるめられないでよ! あたしの命がかかってるんだから!」  
「いや、よく考えてみたら、本当に構わないような気がしてきて、ね」  
「こ、困るわよ! あたしの人生、そんなぐだぐだな考えで棒に振らないでって!」  
「ていうか、ボクらを襲いかかってきたんだから、正当防衛かなぁ、って」  
「過剰防衛よ! この馬鹿! 馬鹿! 甲斐性無し!  
 そんなんだったら一生そこの女の尻に敷かれて生きていくことになるわよ!  
 ほら、もっと自分を持って、ウフフフと笑いながらこっちに寄ってくる女を止めなさーい」  
 
 アルビノ女は、なんだか奇妙な笑い声をあげながら、こっちへにじりよってくる。  
 超怖い。  
 この二人、いればいるほどどれだけ化け物じみているかがわかってくる。  
 スケールが違うドツきあいもさることながら、漂ってくる匂いがとてもキツイ。  
 吐き気ではなく、狂気を催す匂いだ。  
 しかもこの女、狂気の魔眼を初期装備かよコンチクショウ。  
 生きて帰ったら、報告書書いた奴とあたしに渡した奴、八つ裂きにしてやるんだから!  
 
「ちょっとあんたぁ! 早くしなさいよ! あたしを殺す気!?」  
 
 人を狂わせる女は赤い瞳をぎらぎら光らせながら、手を振り上げる。  
 ああ、ここで止まらなかったらあたしは間違いなく死ぬ。  
 あたしの後ろにある壁は冷酷な固さがあり、右に左に逃げたとしてももう手遅れ。  
 あぁん、もっと贅沢してから死にたかったぁ〜。  
 
「まあ、ボクとしては、マイハニーのかわいいお尻に敷かれるのも構わないんだけど」  
 
 目をつぶって、迫る死に対する恐怖に耐えようとした。  
 が、いつまでたっても死は訪れない。  
 恐る恐る目を開くと、あの腐れ女の手首を男が掴んでいた。  
 
 た、すかったの……かしら?  
 
「短気はいけないよ、ハニー」  
「な、何するのよ! ま、まさか本当に?」  
「やれやれ、しつこいな。  
 いくらハニーとはいえ、そんなにボクの愛を疑ってると、ちょっと嫌いになっちゃうぞ」  
「……え?」  
「冗談だよ、ちょっとボクに考えがあるんだ、少しお耳を拝借」  
 
 二人はなにやらぼそぼそ話している。  
 ……。  
 ドツキ回されている男の方が基本的にイニシアティブを持ってるのね。  
 ちょっと意外……。  
 でも、何か、あの男のヴァンパイア、違和感がある。  
 
「と、いうわけだよ。わかったかい?」  
「……あんまり賛同はできない意見ね。  
 でも……あなたをつなぎ止めておくのに必要なら……」  
「いやあ、そんな重く考えなくていいよ。  
 嫌だったら言って、しょうがない、ボクが殺るから」  
 
 ……ノリが軽いから人の命も軽い、のかしら。  
 あんまり話の雲行きがよくなさそうね。  
 ああん……こんなんだったらヴァンパイアハンター組合にそそのかされるんじゃなかった。  
 こいつら、別に放っておいても個人レベルの害しか出さなさそうだし。  
 
「……別にいいわよ。  
 正直口惜しいけど、まあ、それを差し引いても得るものがあることが確かだし」  
「よし、じゃあ、決まりだね」  
 
 なんとか、助かるのかしら?  
 まあ、少なくとも命だけは取られないとは思うけど。  
 
 男ヴァンパイアが満面の笑みを浮かべ、こちらに歩いてきた。  
 ……なんとか、彼の思い通りになったみたいね。  
 
「えーっと、二人の意向が決定したので、当事者であるあなたの処遇を発表しますね」  
「お、お手柔らかに頼むわ」  
「あなたは、ボクらの保護下において生命の保障を受けることになります」  
 
 な、なんとか助かったってことね。  
 
「ですが、あなたが『噂の超絶美人ヴァンパイアってウサ耳眼鏡メイド服ネコシッポの格好で  
 バナナオナニーした上、露出癖を持ってるんだって〜』という風評を流す可能性があり、  
 そうなるとボクのハニーは非常に不利益が生じることになるのです」  
「あー、はいはい、黙ってろってことね。大丈夫、あたし、こう見えても口と義理には堅いから」  
「いえ、そうじゃなくてですね。  
 もうちょっと手っ取り早く、且つ、秘密保持が確実な方法があるんで、そっちの方を……」  
「何? 呪的措置を加えるの? あんまり後遺症が残らないように頼むわ」  
「呪的措置も、解除されたらおしまいですから……。  
 ほら、ちゃんと前置きで言ったじゃないですか、『ボクらの保護下において』って」  
「……ちょいまち、えっと、つまり、『殺さないけど、逃がさない』ってこと?」  
「ああ、あなたが話のわかる人でよかったです」  
「っざけんじゃないわよ!」  
 
 そんな要求認めてたまるもんか。  
 もっとあたしは悠々と贅沢して生きたいのよ。  
 もっと自由に、もっとワイルドに、かつスタイリッシュでクールでハッピーに生きたいの。  
 今回の出費はまあ正直ちょっと痛くて、解放されればすぐバイトしなきゃならなくなっちゃうけど、  
 こんな化け物みたいな二人組に拘束されたままなんてうんざりだわ!  
 
「まあまあ、そう興奮なさらずに」  
「あたしだってね、トランシルバニア生まれのトランシルバニア育ちで生粋のトランシルバニアっ子のワーウルフなのよ!?  
 あんたみたいな連中に自由を束縛されるくらいなら、死んだ方がマシよ!」  
「あ、そうですか、死んだ方がマシですか。  
 じゃあ、しょうがない、ボクはあんまりやりたくないんですが、殺しますよ」  
「え? あ! ちょ! 今のは冗談! 冗談よ!  
 慣用的表現って奴よ! く、首にかけた手をひっこめてよ!」  
 
 やばっ、あと三秒も遅れてたら、完全にお陀仏だったわぁ。  
 力の底が見えないから、首に手をかけられたら、まず窒息するより骨を折られることを心配しなきゃならない。  
 ったく、冗談が通じない奴なんだから。  
 
「こんなときに冗談を言うなんて酷いなあ。一応これでも本気でやってるんですよ。  
 まあ、死んじゃうのはボクじゃなくてあなたですから、文句を言うのもなんなんですけど」  
 
 ひ、人の身になってみなさいよ、このドベッ!  
 て思うけど、声に出せないあたしチキン。  
 だってしょうがないじゃない! こいつ、本当に悪口言ったらあたしの首折りそうなんだもん!  
 文句あんなら、立場逆転して悪態ついてみなさいよ!  
 ごめんなさい、すいません、生意気言いました。  
 謝ります、どうかあたしと立場を逆転させてください。  
 
「だ、第一、あんたらだってあたしの面倒見るのはあまり利益がうまれないと思うけど?  
 言っておくけどね、あんたらがあたしに何かしろって言っても、絶対絶対ずぇーったい、協力しませんからね!」  
「ああ、大丈夫です。その点に関しては問題ありません。他には何か?」  
「え? ちょっ、問題ないって? 説明しなさいよ説明!」  
「説明? ああ、彼女の夢が、結構これまた家庭的というか庶民的でしてね。  
 郊外に庭とプール付きの白い家を買って、男の子三人、女の子四人の平和な家庭を……」  
「何脳みそ腐ってるようなこと言ってるのよ! 説明をしろって言ってるのよ! せ・つ・め・いぃー!!」  
「? してるじゃないですか、説明」  
「はぁ? 今のワケのわからないことが説明? どこをどうとったら説明になるっていうのよ!」  
「うん、それでね、その家庭のペットに犬が一匹……」  
「こら、説明しろって言ってるの! いい加減話を聞け、このスカポンタン!  
 あんたの彼女の馬鹿みたいな夢なんかに付き合っ……て……ら、れな……え?」  
 
 ……。  
 まさか。  
 まさかまさかまさかっ!  
 
「ま、犬って言っても、イヌ科の生物でもギリギリオッケーだそうです」  
「ちょ、冗談でしょ? あたしを、ペットとして飼うってこと?」  
「……まだそこまで言ってないですよ」  
「び、びっくりさせないでよ、心臓止まるかと思ったわ」  
「いや、これから言うので、まだ言ってないと言っただけで今あなたが言ったその通りですけど」  
「ぶ、ぶっ殺すわよ! この阿呆! あたしの人権は? どういうつもりなのよ、コンチクショー!」  
 
 目の前の男の胸ぐらを掴んで上下に揺ら……そうと思ったけど、びくともしない。  
 力に差があることを、今ほど悔しく思ったことはないわ。コンニャロメ!  
 
「まあまあ、落ち着いてください。  
 ちゃんと衣食住も保障しますし、素敵な家も用意しますから。  
 大丈夫、ボク、これでも日曜大工得意ですから」  
「イヌとして生きろって言われて、落ち着けるきゃー!」  
「やれやれ、そんなに取り乱していると、お里が知れますよ」  
「あたしゃ、あんたの彼女と同じ出身地と同じ生まれよっ!」  
 
 ひっぱだこうがぶっただこうがびくともしない。  
 ちょ、ちょっとピンチが過ぎるんじゃなーい?  
 こいつはこいつで人の話を全く聞かずに、ぐいぐいと主張を並べ立てて、がんとして引かない。  
 逃げようとしても、このとんちんかんの後ろにはおっかないアルビノのあねさんが控えている。  
 
「こ、この!」  
 
 我慢ならなくなって首に牙を突き立ててやった。  
 吸血鬼の首に派を立てるなんてこれまた因果なものね。  
 
「あ、あたた! や、やめてくださいよ! 痛いですって!」  
 
 て言っても、血すら出てないのが憎たらしい。  
 
「も、もうやめてくださいって!」  
「ぎゃんっ!」  
 
 それは耳元に飛ぶ蚊を払うかのようなほんの少しの動作だった。  
 首に噛みついたあたしの頭をぽん、と叩く挙動だったのだけれど、  
 あたしの脳は揺さぶられて、次の瞬間地面に叩きつけられた。  
 
「こ、これはしつけが必要みたいですね」  
 
 ぐらぐらと揺れる視界の中、そんな声が聞こえたような気がする。  
 何はともあれ、あたしは、信じられない窮地に陥っている現実から飛び立ち、  
 非常に心地よい無意識の世界へと……。  
 
 
 
 
 
 
 
「というわけでしつけタイムでーす」  
 
 揺さぶられて、目が覚めた。  
 ああ、眠っているときってこんなに幸せだったのね。  
 現実から逃れられるなんて、とてもとても素敵なこと。  
 
 起こすなよ、コンチクショウ……。  
 
「って、ええーっ!? な、なんであたしがこんなチンチクリンな格好をっ!?」  
 
 見下ろせば、そこはファンタジー。  
 見たことのあるメイド服、見たことのある伊達眼鏡……。  
 装備していないのはウサ耳とネコシッポ……あたしは自前で耳と尻尾を持ってるからいらないって判断されたんだろう。  
 ウサ耳はとにかく、ネコシッポにはちょっと興味あったな〜あたし……じゃなくて!  
 
「説明なさいっ!」  
 
 とにかく、こんな格好はいち早くやめたい。  
 それはもう、あと一秒でもこんな変な格好をしていたら、恥ずかしくて死にそうだ。  
 目の前ではあの唐変木がニヤニヤ笑ってあたしのこと見てるし。  
 
「しつけタイムですよ。人に噛みつくイヌは、ちゃんとしつけるのが飼い主の義務ですから」  
「あたしは飼い犬にならないって言ったでしょう!?  
 ていうか常識的に考えて、あたしをイヌにするっていうのは無理がありすぎよ!」  
「大丈夫、大丈夫、ボクたち、そういう細かいことにはあんまり気にしないから」  
「気にしろ、この馬鹿!」  
 
 アホたれはあたしの顔に手を添えた。  
 ひんやりしたそれに、思わず背筋が逆立つ。  
 思わず後ずさると、そこは壁。  
 逃げ場がないどころか、その瞳を見ていると、逃げようとする意欲までが吸い取られていく。  
 
「な、何よ、いきなりシリアスになっちゃって……」  
「ボクは最初から、シリアスでしたよ」  
 
 細い手が、ゆらりと下へ下りていく。  
 あまりにも自然な動作だったので、その手がどこへいきつくのか予測することができなかったが、  
 意識すると次第にわかってきて。  
 
「ちょ、ちょっとどこを触るつもりよ!」  
「おまんこ」  
「なっ! や、やめなさい!」  
 
 全力でスカートの中に潜り込んできた手を止めようとする。  
 それはもう、叩いたりつねったり、ひっかいたりした。  
 けど、びくともしない。  
 抵抗虚しく、ファーストコンタクトを……。  
 
「くぁっ!」  
 
 そこに快楽なんてなかった。  
 当たり前だ。  
 
「こ、この、はなっ、放せ! 放せよ!」  
 
 手は次第に下着の上からなぞるのをやめ、あろうことか下着のゴムに指を引っかけた。  
 このままじゃパンツの中に手を入れられて、直接触られる。  
 生理的な嫌悪感が沸きあがり、全力を持って藻掻き始めた。  
 
「あっ、危ないですよ。大事なところが切れる危険が……」  
 
 ついに吸血鬼の手から逃げ切った。  
 力で押さえつけられ、その力に抗うことはできなかったが、  
 ほんの少しの隙間を見つけ、そこから抜け出したのだ。  
 
 もうここから逃げよう、という気持ちと、こいつらに復讐しないと気が済まない、という気持ちが  
 心の中で激しくぶつかり合う。  
 理性的に考えれば、今すぐ逃げるか頭を下げるかがベターなのだろう。  
 だけど、今は理性なんて遙か彼方ブラジルくらいまで吹っ飛んでおり、頭には血が上っていた。  
 腕と顔付近に、茶色の毛が伸び、ワーウルフとしての本質が現れていく。  
 
 ……おかしい、今夜は満月じゃないから、獣化現象が起きるはずないのに。  
 最後の冷静さが激しく警鐘を鳴らしていたが、あたしの本能はそれを無視した。  
 
「おおっ、すごい! 耳がひくひくして、尻尾がピンと立ってる!」  
 
 今まで退治したどんな人外の生き物も、完全に獣化したあたしを見て恐れないものはいなかった。  
 しかし、今目の前にいるのはあたしらの次元を超越した存在。  
 怯えるわけがなく、むしろ少し嬉しそうにこっちを見てくる。  
 
 それでも本能の赴くままに、飛びかかろうとしたその瞬間、天地が揺れた。  
 獣化によって異常に発達した動体視力が一瞬だけ、あの白い悪魔を視界に捕らえた。  
 
「がふっ!」  
 
 強い衝撃が背中に走る。  
 固いコンクリートの地面がめきりと音を立て、あたしの背骨の位置を中心として大きなヒビが入る。  
 地面に叩きつけられ、のど元と心臓に向かってとどめが入りそうなのが見えた。  
 
「ま、待って待って! 待ってよ! 殺しちゃうのはやっぱマズイよ!」  
「やっぱりイヌはいらないわ。あなたを襲おうなんてしたイヌ、殺すべきよ」  
「な、何事も初めてはそんなもんさ。ボクは大丈夫だから、もうちょっとしつけをさせてよ。  
 殺すのはそれからでも遅くないでしょ?」  
 
 ふ、と、男ヴァンパイアの背後に何かが見えた。  
 丸くて、大きくて、白いもの。  
 なんだろう、あれ?  
 
 ……。  
 
「ね? 君も、もう暴れたりしないよね?」  
 
 何も言わず、頷いた。  
 見える、何かが見える。  
 あたしの血を、あたしの魂を屈服させる、何かが見える。  
 力の有無なんて関係のない、種族的に刃向かえない何かが、男ヴァンパイアの後ろに見える。  
 
「ほら、もう暴れないって。大丈夫だよ。ね? だから、殺すのはマズイって……」  
 
 あ、わかった。  
 あの、白くて、丸くて、大きいのは、月だ。  
 
 はは、こりゃあ、勝てっこないや。  
 
「……ん? 何? なんか顔についてる?」  
「いや、後ろに月が見えるわ」  
「?」  
 
 男ヴァンパイアは後ろを振り返り、首を捻った。  
 
「ねぇ、どういう意味かな? ハニー」  
「知らないわよ。その馬鹿イヌの妄言じゃないの?」  
 
 自覚はないみたいね。  
 でも何故、この男ヴァンパイアが背中に月を背負っているのか……。  
 背負っているっていっても、なんらかの月の女神に連なる血脈の子、なのかしら?  
 そんなところが妥当じゃないかしら。  
 
 古来から、狼は月の眷属とされてきていた。  
 あたしらワーウルフも満月の夜に変身し、新月の夜には常人とほとんど変わらなくなる。  
 つまるところ、あたしらは月に支配されており、月の加護を失えば一般人に成り下がってしまうのだ。  
 目の前の男は、恐らく月の化身か何かの格をもつ生き物。  
 
「じゃあ、こっち来て。続きをしよう」  
「……はい」  
 
 口が勝手に言葉を紡ぐ。  
 もはや本能の域でこの男には逆らえない。  
 言われるがままに足を開いて立ち、スカートの裾を自分でめくっていった。  
 
「ほら、しつけの成果があったろう?」  
「しつけって、何もしてないじゃない。ただ、死ぬのが怖いから従ってるだけよ」  
「そういう風にさせるのが、しつけって言うんじゃないか」  
 
 男があたしの頭に手を置いて、耳の付け根を揉むように撫でてきた。  
 手から発せられる月の波動が、あたしのワーウルフの血を揺さぶらせる。  
 上下の感覚がなくなり、重力を感じながらも奇妙な浮遊感が体全体に広がっていく。  
 
「きゅ〜ん」  
 
 喉からかすれた音が出る。  
 何よりも悔しいのは、今現在頭の上にある手を心地よいと思ってしまっていることだ。  
 本能的に逆らえない存在ではあるが、まだ心だけは全部譲っていない。  
 
 くそう、くそう……なんとかして逃げられないの?  
 諦めたらそこで試合終了だけど、こればっかりはどうにもならなさそうだわ……。  
 
「おお、よしよし……ほら、大人しくなった」  
 
 と、男が言うと、女ヴァンパイアはふんと言ってそっぽを向いた。  
 うれしそうな表情だったのが、一瞬にして残念そうな顔へと変わる。  
 
 ……そんなに、あの女ヴァンパイアのことを気にかけてるの?  
 ああっ、ダメだ、ダメだ。思考汚染が始まっている。  
 今回ばかしは、濃すぎるワーウルフの血が憎いわ。  
 
 頭を撫でている手が、ゆっくりと下ろされ頬に触れる。  
 体温が上がった頬には手が気持ちいい。  
 柔らかで、冷たい月の波動が、胸の中に入り込んでくる。  
 その波動は、あたしの体と精神の様々な枷を外し、ばらばらにしてくる。  
 
「わっ、濡れてる……」  
 
 気絶させられていたときに履き替えさせられた下着に、水分を感じる。  
 下着のボトムに、くちりという音が立ち、むず痒いような感触が全身に広がる。  
 あたしの急激な変化に男は首を捻っているみたいだ。  
 
「ま、いいか」  
 
 細かいことには気にしない主義らしい。  
 おおよそデリカシーとか、配慮という言葉を知らない奴だ。  
 濡れた下着を上下にさすり、指を強く押しつけてくる。  
 
「ふっ……ぐっ……」  
 
 段々と下半身に広がるもやもやとした感触が、はっきりしたものになっていく。  
 息が詰まり口から声が漏れるのを抑えることができない。  
 下着についた液体が、より多くなっている。  
 
 き、気持ちいい……。  
 認めたくない、とても屈辱的な事実ではあったけれど、  
 認めざるをえなくなっているほど、その快感は大きくなっていた。  
 
「うわ、すごいや。これならもう大丈夫かな?」  
 
 男はあたしの履いているパンツに指を引っかけ、そのままするすると引き下ろした。  
 敏感な部分が空気に触れるのがわかる。  
 月の波動で官能を無理矢理高めさせられたあたしには、ソコを撫でる風さえも快感に感じてしまう。  
 男はまるで、珍しい甲虫を捕まえた子どものようにあたしのそこをのぞきこんでくる。  
 普段目に晒されない部分が過度の視線を感じ、さらにその視線でさえも  
 自分の秘めたる部分を露出させる背徳的な快楽を生み出している。  
 
「毛深……」  
 
 余計なお世話よ、クソッタレ。  
 第一、誰のせいで獣化現象が起きてると思ってんのよ。  
 メイド服の狼女って、世紀末的な存在であることこの上ないわ。  
 
「でも、こういう感じも結構好きですよ」  
 
 ……。  
 ばっ、馬鹿ね、何顔を赤くしてるのよ、あたし。  
 こ、これは月の波動があたしをおかしくさせてるだけで、本当の気持ちじゃないんだから!  
 あ、そ、そうか、月の波動で心拍数が上がっただけで、生理的現象なんだから、おかしいこともやましいことも何もないのよ。  
 そう、全部が全部月の波動が悪いの!  
 
「あ、片足を上げてください」  
 
 ついにパンツを取り上げられる。  
 ……と思ったら、何故か、片足にひっかけたままだわ。  
 変態ね、こいつ。  
 
「うん、ちゃんとスカートあげたままで偉い偉い」  
 
 そう言いながら、ズボンのファスナーを開き、肉の凶器を取り出す男。  
 ああ、ついに犯られちゃうのね。  
 グッバイ マイ ばーじん。  
 
 処女であることはこの業界で何かと有利なことだったけど、  
 まあ、ここまで来たからには生きてることだけでめっけもん。  
 処女膜の一つや二つ、この男にくれてやるわよ。  
 
「大丈夫、大丈夫だから……」  
 
 何が大丈夫だってのよ。無抵抗な女を犯そうとしてるくせに。  
 どこらへんがどんな風に大丈夫なのか、是非聞かせてもらいたいもんだわ。  
 根拠のない落ち着けなんて要らないわよ。  
 あたしゃ、これでも結構クールなんだから。  
 処女なんかにくだらないこだわりはないし、今だって極めて冷静よ。  
 
 陰茎の先端があたしの結合穴に触れたとき、またビリビリと快楽が走る。  
 男の手があたしの腰に回され、ねらいがはずれないための準備が着々と進んでいく。  
 あー、前言撤回、ちょっと怖い。  
 
 めりめりと男のモノがあたしの体の中に入っていく。  
 無遠慮で不作法なそれは、あたしの膜に到達するや否や、あたしに一息もつかさずそれをぶち破って奥まで到達した。  
 
「……偉い、偉いねぇ。声も出さずに我慢するなんて」  
 
 馬鹿ッ! 声を出したくても出せないのよ!  
 あんたの、その馬鹿でっかい月を早く引っ込めなさいよ。  
 身を引き裂かれそうな痛みに耐えて、最後に男の棒があたしの子宮口を小突く。  
 その瞬間、頭が真っ白になった。  
 
 一年に月は12回満ち欠けする。  
 月齢が29.5であり、これは大体一ヶ月という単位を費やして回っていくからだ。  
 この一ヶ月という単位、女性のあるものも同じようにその期間で回っていくものがある。  
 所謂、月のモノ。  
 つまりは、生理。  
 一ヶ月周期で女性は生理があり、昔から月と女性は何らかの関係があるものとされている。  
 
 まあ、何が言いたいかと言うと……。  
 
「……あれ? 処女膜の感触があったと思ったんですけど……なんでイってるんだろ?」  
 
 ついにあたしは、生殺与奪の権利やあたしの大部分の意思だけでなく、  
 悦楽を抑えることすら奪われてしまった。  
 あとに残るのは、微かに抵抗するあたしの意思。  
 今、こうやってここで考えているところだけだ。  
 それ以外の部分は、水圧に負けたホースのように無秩序に暴れ狂っている。  
 筆舌に尽くしがたい感情が、まるで嵐のようにうねっている。  
 かろうじて、ここだけが人間としての意識を保っている。  
 もう罵倒する気も起きない。  
 
「まー、いいですよね、あなたも苦しむより楽しむ方がいいでしょ」  
 
 冗談じゃない。  
 苦しいだけなら耐えればいい。  
 辛いだけなら憎めばいい。  
 ただ、こうやって、女性としての悦びを増幅されたら、どうしようもない。  
 
「ふぁぁ……くぁっ! あっ、ああっ、んっ、あっ、ああんっ」  
 
 食いしばったはずの口から、声が漏れる。  
 男の熱を持ったペニスが、子宮を突くたびに頭の中が馬鹿になる。  
 
「あははっ、そんなに喜んでもらえて光栄ですよ」  
 
 まるで穏やかな天気の日、日光の下の野原でのんびり本を読んでいるかのような朗らかさで、  
 男はあたしに向かって言葉を放つ。  
 もうほとんど何を言っているのか、あたしは理解できなかったけれど、  
 彼も楽しんでくれていることを、至上の喜びに変換し、更にそれを肉体的な快楽に昇華した。  
 
「あっ、あぅ、おぅ……あ、はっ、ううっあ……」  
 
 膝の裏に手を回され、そのままぐいと持ち上げられた。  
 あたしの手は男の肩を掴み、滑って落ちないようにしっかり捕まっている。  
 のけぞったせいで、天と地が逆転シテ見える。  
 口から溢れたよだれが目に入り、痛い。  
 一突き、一突きされるたびに手から力抜けそうになる。  
 子宮の奥底がキュウキュウ唸り、彼のモノを貪欲に求めている。  
 今まで一度も使ったことのない膣が、まるであたしの一部ではないかのように蠢き、  
 より大きな快感を求めている。  
 
「う、うぁあっ! ふぐっ」  
 
 喉が野太いうなり声をあげた。  
 その瞬間、一際大きな波がきた。  
 今までの白い世界とは規模が違う。  
 永久に白い世界。  
 果てはない、ただ白がある。  
 そこには無限の白があり、そしてゼロの白があるだけの世界。  
 
 ここは?  
 ……つ、なか?  
 
「あああ゛っ、あああーーーーっ!」  
 
 足の筋肉が限界まで伸びきった。  
 白が視界にも浸食し、しだいにあたしを飲み込む。  
 その瞬間、あたしはその世界にとけ込み、同化し、そしてゼロに、無限になる。  
 
「あっ」  
 
 目の前が一気に晴れ渡った。  
 頭には鈍痛。  
 
「ご、ごめんなさい、あんまり暴れるもんだから、落ちちゃいました」  
「こ、くぉんの、馬鹿たれーーっ!」  
 
 全く、セックス途中で女の子を落とす男がいるぅ〜?  
 
「……って、あれ?」  
 
 思考が戻ってきている。  
 気が付けば男ヴァンパイアの後ろには月が消えている。  
 
 あ、あら? これは……助かったっていうべきかしら?  
 よく見たら、獣化現象もおさまって、元通り腕も足もつるつるのお肌になってるし。  
 やっと普通のメイド服が似合う女の子に戻れてるわぁ〜。  
 
「すいません。じゃ、今度はあなたの得意な体位でやりましょう」  
「え? ちょっ、何すんのよっ!」  
 
 無理矢理うつむせにされ、更に腰を高く上げさせられた。  
 
「ちょ、馬鹿っ!」  
「うわっ、ぐちょぐちょだ……」  
「ひっ、さ、触るなぁ!」  
 
 唯一あのときの感触が残っている、あたしのアソコに男は指を入れてきた。  
 
「うっ、ああああっ」  
 
 ペニスとは違った動きをし、あたしの中を抉ってくる。  
 ずりずりと膣壁を擦り、ひっかく。  
 
「あっ、はっ……あっ」  
「いいですか?」  
「い、いいわけっ、ない。ひっ、ぁぁ!」  
「そうですか? 気持ちよさそうな声が出てますけど」  
「き、気持ちよいわけなんか……」  
 
 うっそ、すっごく気持ちいい。  
 だけど、認めてやるのはしゃくだわ。  
 
 あたしの中に蠢くあたし以外の存在。  
 何故、拒絶すべきそれがあたしに必要以上に順応しているのか。  
 わからない、あたしにはわからない。  
 ただ一つわかるのは、あたしはこの男を欲している。  
 
「ほら、こんなでしたよ」  
「……み、見せないでよ……そんなの」  
 
 あたしの恥ずかしい液がついている指をひらひらと見せびらかしてくる。  
 ねとねとの人差し指と親指をくっつけて、銀色の橋を造ったり、ありとあらゆる手段であたしを辱めている。  
 自分のはしたなさに目を逸らしながらも、その男の指を舐めたい衝動に耐えてきた。  
 男はあたしの恥ずかしがっている顔に満足したのか、その手をあたしの腰に回し、  
 何の前触れもなしに突いてきた。  
 
「ふぅっ……ぐっ」  
「気持ちいいなら声を出していいんですよ」  
 
 一回目とは段違いにあっさり、あたしの肉の鞘に肉の棒が収まった。  
 憎たらしいことに、あたしのソコはまるであの男のためにあつらえたかのような感じだ。  
 
「ほらほら、我慢は体によくないですって」  
「よ、けいな、お世話……ぐぅ……余計なお世話よっ! ひゃっ」  
 
 あいつはあたしにおかまいなんて無しに、ずんずん突いてくる。  
 さっきまでの暴力的な快楽はないものの、本当の意味であたしを責めさいなんでいく優しい気持ちよさが、  
 腰の辺りにまとわりついて離れない。  
 この状態で屈服したら、本当に負けだ。  
 いつか一矢報いるために、こんなところでくじけたら。  
 
「ふぁっ……あっ! うあっ!」  
 
 腕と足が引きつり、腰を中心として全身が震えた。  
 あ……い、イっちゃった……。  
 
「ふふ、今のイッた顔、とってもかわいかったですよ。  
 耳も、ぴんと張ってて……なんというか、真のイヌ耳って感じがしました」  
「う、うるさぁい……」  
「ふふ」  
 
 また体位を変えられた。  
 騎乗位とかいうやつだ、多分。  
 あたしが、あの男の……その、アレに貫かれるような格好で座らされている。  
 
「自分で動いてください」  
 
 しまった、こう来たか……。  
 
 男のソレは、あたしの中で圧倒的な存在感があるが、  
 それでもやっぱり動かないと気持ちよくない。  
 
「嫌だったら、抜いてもいいんですよ」  
「え?」  
 
 こ、これはチャンスと言うべきか。  
 抜けばこの快楽地獄から抜け出せる。  
 だけど、正直に言うと、ちょっとあたしはこの快楽にはまりかかってる。  
 しのびないとゆーか、なんというか。  
 
「う……」  
 
 それでもちょっと男に対する見栄が勝って、床に手をつき、ゆっくり腰を上げた。  
 ゆっくりゆっくり……亀頭のえらが膣をひっかくのがもどかしいと思うほどゆっくりとしたスピードで。  
 
 ……う……。  
 い、一回だけ……一回だけなら、大丈夫だよ、ね?  
 
 途中まで上げた腰を、またゆっくり下げる。  
 ずぶずぶと、一旦閉じた肉壁の中に入り込んでくるモノに、嘆息した。  
 
 も、もう一回だけ……もう一回動いたら……抜くから……。  
 
 しかし、それが一回、二回、三回となり、気が付けば、全力で腰を振りたくっていた。  
 
「はぁん、あぁ、いぃ。いいのぉ……」  
「うっ……こっちもいいですよ。さっきより絡みついてきて……」  
 
 自らの意思で体の中に出入りするものの快楽に溺れる。  
 
 うう……ちくしょー、ちくしょー……うううっ。  
 
「ひゃうっ!」  
 
 不意に尾てい骨がぐいと引っ張られた。  
 腰の骨をまとめて砕いてしまいそうな衝撃が走り、口からだらだらと涎が溢れていく。  
 
「し、尻尾、ひっぱるなぁ……」  
 
 呂律の回らない舌で言ったせいか、男はめざとく、あたしの尻尾が弱点だと悟ったのか、  
 あたしの訴えになんか耳も貸さずにぐいぐいと尻尾を引っ張りまくる。  
 
「ひっぱるなってばぁ……」  
「いやあ、さっきからずっとばたばたばたばた振りっぱなしだったですから。  
 目の前で動くふかふかするモノがあったんで、つい掴みたくなっちゃいまして」  
「あ、あんた猫ぉ?」  
「ボクは猫じゃないですよ、あなたはイヌですけど」  
「ひぃっぐ……やめてってばぁ……なんでも言うこと聞くからぁ……尻尾だけはやめて……」  
 
 ああ、なんでカミサマはあたしの尻尾の付け根を性感帯なんかにしたのかしら?  
 今度あったらぶっとばしてやらなきゃすまないわ。  
 
 尻尾を引っ張られてついに、腰の動きを止めてしまった。  
 尻尾を引かれることによって生み出される快楽は、あたしが腰を動かして得られる快楽とはまた別種のもので、  
 表現するならば、先の月の波動によって生み出された暴力的な快楽に……規模は違うものであれ、似ているものだった。  
 
 あの波動は一種の拷問だわ。  
 この世のものとは思えないほどの美味な極上の蜜でも、それを大樽何杯も無理矢理飲まされたら誰だって参るわよ。  
 特にあたしはワーウルフだから、もろに影響を受けちゃったし。  
 
「やめてってばぁ……」  
「じゃぁ、ボクらのペットになりますか? なったら、離してあげますよ」  
「う……ぅ……本当に、離してくれるの?」  
「ええ、素直に言えばね」  
「だが、断る!」  
 
 このあたしの一番好きなことの一つは、自分が上に立っていると思いこんでいる奴にNOと言ってやることだッ!  
 
「ひ、ゃぁぁぁぁぁぁ!」  
 
 尻尾が引きちぎられそうなほど強くひっぱられ、あたしは激しく気をやってしまった。  
 
「そうですか、もうちょっとキツくやらなきゃダメだったかな?」  
「じょ、冗談よ! た、ただの露伴先生の真似で……ちょ、やめっ! だめ、だめだって、そこは、ヤバイよ、ヤバイよ!  
 やめよーよ、そこは……ね? いいこちゃんだから……」  
「ちょっと本気出しますね」  
「話聞けよ、おい! こら……あっ、アッ、ああーーーーッ!」  
 
 もう、どのくらい時間がたったのかわからない。  
 やめろっちゅーのに、あのガキャァ調子ずいてあたしを責めまくりまくって、  
 「ペットにさせてください」という言葉を五十回近くあたしに言わせてからようやく解放された。  
 もうぴくりとも動く元気すらなくて……ワーウルフのあたしをここまでバテさせるとは、化け物か!  
 
「……」  
「どうしたのさ、ハニー、そんなムッとした顔をして。しつけは大成功したんだよ?」  
「……こんなの楽しくない」  
「えぇーっ?」  
「……楽しくない」  
「やれやれ、とんだワガママ姫だ。今度はこっちのしつけもしないとね」  
「……あんっ」  
 
 ……あたしの目の前で、またヤり始めた。  
 あー、もう、最初から最後まで徹頭徹尾ムカツクやつらだわっ、こいつら!  
 
 
 
 
 で、まあ、結局それからというものの、「史上最強のヴァンパイア鴛鴦夫婦とそのペット」という間抜けなコードネームで  
 あたしらは世界中のヴァンパイアハンターから恐れられる存在になっちまいましたとさ……。  
 とほほ。  
 
 

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