まつろわぬ者 第二話  
『バカは死んでも』  
 
 
 片野千恵が高速道路の中央に立ち、静かに呼吸しながら長い髪を結わえる。ま  
だ肌寒い初夏の夜風に、水色の神官服が微かな音を響かせていた。  
 バリケードを築き終えた警官達は点検を済ませ、足早に引き揚げていく。彼ら  
の白い息が装甲車に吸い込まれると、電灯の唸りさえ聞こえてくるようだ。周囲  
に広がるビルの谷間から、街の音が遠く届けられた。  
「準備完了しました。追尾中の部隊は、あと五キロの地点にいます」  
 トランシーバーで交信していた中年の刑事が、片野の背中に告げる。彼女は酷  
薄そうな目を開き、振り返らずに答えた。  
「御苦労様です。あなたも退避して下さい」  
「ええ。それじゃ、後はお願いしますね」  
 遠ざかる足音と入れ替わり、サイレンの音が近付いてきた。オレンジ色の常夜  
灯が闇夜を淡く拭う中を、赤色回転灯の波が迫ってくる。ヘッドライトがビル壁  
を舐め、長い影が瞬く間に流れていった。  
「二人とも、来るわよ。康介君、いざという時は、美紀ちゃんを頼むわね」  
「はい」  
 バリケードに張り付いた二人のうち、少年の方だけが声を返す。彼は頷くだけ  
で精一杯の少女に気付くと、肩を叩いて安心させるように笑いかけた。  
 目に見えて落ち着いた少女に苦笑しつつ、片野が慎重にタイミングを図る。バ  
リケード越しに差し込む光が、数本の帯から次第に視界を埋め尽くし始めた。  
『前方の暴走霊に次ぐ! 集団での危険走行は禁止されています、ただちに停止  
しなさい』  
「だとさ。年寄りは大人しく、お巡りさんに家まで送って貰ったらどうだい?」  
「最近の若者は、情けないねえ。実力で勝てないと、すぐ警察なんかに泣きつき  
たがる。あたしの若い頃は、そんな腑抜けはいなかったもんさ」  
「こりゃ面白え。誰を挑発したのか教えてやるぜ、婆さん」  
「はっ! 尻の青い小僧が、舐めた口を利くじゃないか。こっちはね、あんたが  
母親の腹の中にいる時から走ってんだよ」  
 パトカーの上げる警告を無視して、疾走する霊達は速度を増していった。  
 頭の無いバイクライダーと白髪の老婆を先頭に、無数の霊が道路上を駆ける。  
仏教の法衣を纏った半裸の鬼や、上半身だけの人間。薪を背負った銅像に、人の  
顔をした犬。車輪の燃え盛る、牛の見えない牛車などが、勢いを落とさずにバリ  
ケードを突き破ろうとした。  
「今よ!」  
 片野の合図に合わせ、大人しそうな少女が御守りを持つ手でバリケードを押さ  
える。霊達の突進は膨大な質量の壁を軋ませる程だったが、彼女は難なく片手で  
受け止めた。  
 志藝山津見神<しぎやまつみのかみ>の名が入った御守りから炎が吹き上がり、  
道路の上を煌々と照らし出す。対峙する霊達との間に起きた圧力で、ばちばちと  
火花が飛び散っていた。  
「そのまま、少しだけ我慢してて」  
 装甲車に向かって片野が手を振ると、霊達の退路を断つべく金網が下ろされた。  
すぐに彼女は玉串を振り翳し、祝詞を上げて封じ込めに掛かる。逃れようと金網  
に体当たりした銅像が、青白い稲光と共に弾き飛ばされた。  
 少女を支える少年は、山を越えたと安堵しかけて、軋んだ音に目を見開く。霊  
達の圧力にコンクリートを固定したナットが緩み、ワイヤーも千切れかけていた。  
「まずい! 先生、バリケードが保ちません」  
「あと一分だけ」  
「無理です」  
 片野は自分でも崩壊寸前の壁を確かめ、忌々しげに舌打ちした。  
「ったく、根性の無いバリケードね。作戦失敗、二人とも退がって」  
 逃げる二人の視界の隅で、玉串を振って片野が結界を張る。不可視の力場が霊  
達を遮るものの、鈍い音を上げて壁面に亀裂が入った。  
 少年が腕の中に少女を庇いつつ、装甲車の陰へと転がり込む。鳴り響いた轟音  
に顔を向け、少女は弾け飛ぶバリケードに叫んだ。  
 
「片野さん!」  
「大丈夫」  
 暴れる彼女を抱き留め、落ち着いた声で少年が告げた。  
 片野は道路の中央に立ったままで、襲い来る破片から逃げようともしない。鞭  
のようにしなったワイヤーが、彼女を引き裂かんと迫るものの。半透明に揺らい  
だ片野を擦り抜け、アスファルトを砕いていった。  
「先生は、幽霊と人間のハーフなんだ。その辺にある物で、あの人を傷つける事  
なんか出来ないよ」  
 尊敬を込めて呟く少年に、返事は無い。彼は心配そうに少女を覗き込み、真っ  
赤な顔を見て自分達の体勢に気が付いた。  
 慌てて離れつつ、しどろもどろに謝罪する。何度も首を振った彼女が、恥ずか  
しそうに俯いていく。前髪に覆い隠された目の下で、緩んだ口元が小さな呟きを  
洩らした。  
「よっしゃあ。どさくさ紛れに抱き締めるなんざ、松原君もあたしを意識しつつ  
あるようじゃねえか。来てる、こりゃ来てるぜ。しかし、あの感触と溶けるよう  
な安心感は、軽くヤバイな」  
「どうかした?」  
「ううん、なんでも」  
 返事と共に顔を上げた少女は、まるで邪気を感じさせない笑みを浮かべていた。  
 場違いなムードの二人を余所に、封鎖を破った霊達が暴走を再開する。土埃を  
抜けた彼らが、競い合いながら走り去っていく。追跡のパトカーは瓦礫に進路を  
塞がれ、成す術無く見送る事しか出来なかった。  
 ふわりふわりと夜空に浮かんだ片野が、その様子を見下ろして舌を打つ。冷酷  
そのものの表情の中で、敗北を舐めた目が鋭さを増していた。  
 
 朝の気怠さを漂わせながら、席に荷物を置いた生徒が会話に混ざる。このクラ  
スに限らないが、学校では昨夜の高速での捕り物が話題の中心だった。  
 ニュース番組で簡単に取り上げられた程度の、本来なら適当に聞き流す事件だ  
ろう。ゴールデンウィーク開けだから、無駄に浪費した連休を愚痴るのが自然で  
もある。しかし、警察に協力した霊能者に、バイトである三年の二人もついてい  
ったとなれば話は別だ。真偽不明な物も含め、詳細な情報が飛び交っている。  
 同じクラスの和也が、先週末から霊能者のところで働くと言っていたので。何  
か知っているかもしれない彼の登校を、クラスメート達は待ち構えていた。  
「おはよう」  
 だが、ドアを開けた和也に、誰も挨拶を返さなかった。  
 生徒の半分ぐらいが、彼、正確には隣に立つセミロングの少女を見て硬直する。  
ブレザーの色が紺ではなく、クリーム色をした他校の制服だから、ではない。訳  
が分からずにいた者も、理由を教えられて戦慄を覚えたようだ。  
「思った通りね」  
 青ざめた顔を見回して、蛍が静かに呟く。対応に困っていた和也は、それで一  
気に憤慨へと針を振ったらしい。彼女を庇うように立ち、薄情なクラスメート達  
を怒鳴りつけるべく息を吸い込んだ。  
「朝から心霊現象か」  
 しかし、口を開く前に真後ろからツッコまれ、気勢を削がれてしまう。振り返  
ると、髪の長い女生徒が、戸口に立つ二人を邪魔そうに眺めていた。  
 彼女、浦島夏子は艶のある黒髪が印象的な少女だ。意志の強そうな整った顔立  
ちよりも、手入れの行き届いた綺麗な髪に目を奪われる。その割に立ち居振る舞  
いはぞんざいで、さっぱりした気性を感じさせた。  
「別にいいじゃねえか。校則には、幽霊が来ちゃいけないなんて書いてないだろ」  
「馬鹿か、お前。誰がいつ、そっちの彼女を問題にしたんだ」  
 いいから退けよ、と視線に込めながら夏子が睨み返す。  
 蛍は気付いたようだが、和也に入り口を塞いでいる自覚は無いらしい。もう一  
方のドアから入るべきだったか、と一瞥した夏子が視線を戻すと。和也が何かに  
気付いたように目を血走らせ、非常に真剣な顔で迫ってきた。  
「なるほど! つまり、俺への愛に気付いて、その胸を揉ませたいんだな」  
「どこをどうしたら、そんな結論になるんだ」  
 わきわきと手を蠢かせながら飛び掛かった和也を、夏子がフック一発で黙らせ  
る。倒れ掛かってきた彼を蹴り飛ばし、長い黒髪を手で払い除けた。  
「みんなが驚いてたのは、和也に彼女が出来るなんて心霊現象に、だと思うぞ」  
「それは違う!」  
 
 やっと硬直が解けたらしく、数人の男子生徒が和也を受け止める。ほっとした  
彼を全員で床に押し倒し、殴る蹴るの暴行を加えた。  
「認めん! こんな奴に、そんな可愛い彼女が出来てたまるか」  
「ちい。俺には視えないんだが、和也、てめえは許されざる罪を犯したようだ」  
「そこの君も安心してくれ。僕達の手で、必ず悪を滅ぼしてみせるよ」  
「誰が悪だ!」  
 抗議する和也へ、お前だという返事と共に無数の蹴りが入った。  
 男子生徒達が次々に席を立って、私刑の環へ加わる。クラスの団結力に夏子は  
感心したものの。蛍は相変わらずの無表情ながら、不快そうな声を出した。  
「彼氏を滅ぼされても困る」  
「騙されてるのが分からないの!」  
 彼女の進路を遮るように女生徒達が湧き、口々に説得を始める。仕切り屋タイ  
プの数名が、熱心に言葉を重ねる一方で。全く視えない者達は、見当外れな場所  
へ挨拶したりしていた。  
「どんな弱みを握られたか知らないけど、力になるわ。森崎なんかと付き合って  
も、人生の汚点にしかならないんだから」  
「早まっちゃ駄目。生きてれば、きっと良い事もあるはず」  
 そうよそうよと唱和する女子達へ、蛍は不可解そうに答えた。  
「もう死んでる」  
「相手にされないから殺すなんて、人間の屑ね」  
「なんて野郎だ!」  
 女子も加えながら、クラスが一つとなって和也の息の根を止めようとする。ど  
んなストーカーだったのかを推理していくと、膨らんだ詳細に誰もが身震いを覚  
えた。勢いを増して糾弾するクラスメートを、怒りを漲らせた和也が振り払った。  
「抵抗する気? ストーカーは大人しく死になさい」  
「ふざけんな、冤罪だろうが!」  
 確かに、彼が殺したという証拠や、被害者の訴えは無かった気がした。蛍に聞  
いてみると彼女は事故死で、どうやっても和也は関与出来ないらしい。  
 疑いが晴れた事を共に喜びつつ、クラスメートは噂の怖さについて感想を洩ら  
す。その間中、視線を逸らし続ける女子達に指をつきつけて、和也は叫んだ。  
「乳の一つも揉ませないくせに、人の恋路を邪魔すんじゃねえよ。文句を言いた  
いなら、さっき見せてたパンツを下ろしてだな。俺の溢れんばかりの情熱を処理  
してからにするのが、筋ってもんだろ」  
 俯いた女子達を見て、調子に乗ったのか和也は少し胸を反らした。  
 だからだろう。悲しい事に、目先の勝利に酔った彼には、距離を取る男子達が  
見えていなかった。当然ながら、女子の間で高まる殺気も。  
「勝手に人の下着を見てんじゃ無いわよ」  
「死ね、犯罪者!」  
「俺が覗いたわけじゃないだろ」  
 無罪を訴える和也の主張は頷けるものだったが、怒れる女子達には届かない。  
無慈悲かつ徹底的な制裁に、男子生徒達は同情の涙を禁じ得なかった。  
 打撃音と悲鳴に肩を竦め、夏子は立ち尽くす蛍へ目をやる。表情は乏しいまま  
だが、凝視する様子から心配しているのが伝わってきた。いつもの事だと安心さ  
せてから、彼女は気になっていた点を尋ねてみた。  
「悪い奴じゃ無んだが、和也は『ああ』だから、誰も恋愛対象にしてなかったん  
だ。参考までに、どの辺に魅力を感じたか聞いても良いか?」  
「素直なところ、だと思う」  
 あれはそういう風にも言えるのか、と夏子は感心したように頷いたものの。や  
っぱり、よく分からなそうに髪を掻き上げた。  
「それに、物理的に他の人じゃ駄目だから」  
 蛍は自分の言葉を証明すべく、一人の女子が挨拶と共に差し出した手を取る。  
擦り抜ける手に、初めは驚いたものの。すぐに周りの女子も一緒になって、触れ  
ないという事にはしゃぎ始めた。  
 楽しそうな彼女達から離れ、夏子が自分の席へ荷物を置きに向かう。そこへ灰  
色のスーツを着た教師が入ってきて、入り口付近の女子を出席簿で追い払った。  
「とっくにチャイムは鳴ってるぞ。席に着け」  
 教壇まで進んだ教師は、殴る蹴るの暴行を受ける和也の姿に目を止めた。  
「なんだ、イジメか? 見なかった事にするから、どうしてもイジメたいなら学  
校に関係ないところでやれよ。もし森崎が自殺した場合は、責任を持って遺書を  
検閲するように。先生もな、二人の子供を大学へやらなきゃならないんだ」  
 
 素直な返事をする女子達へ、満足そうに頷き返す。出席を採ろうとした彼を、  
蛍の近くにいる女子の挙手が遮った。  
「どうした」  
「あの、彼女が授業を受けても良いでしょうか」  
 部外者は駄目だと言いかけた教師を遮り、幽霊だと告げた。彼女の手が蛍の体  
を突き抜け、何度も往復する。背後の景色が透けているのも見て、教師も納得し  
たようだ。  
「幽霊の立ち入りは、校則で禁止されて無かったな。構わないが、邪魔はしない  
ように。ただし、授業料を払ってない以上、単位はやれんぞ」  
 自分の事のように喜ぶ周りの女子へ、蛍は曖昧な礼を言っていた。今だに続い  
ている和也への暴行の方が、気になっているらしい。  
 教師は仕事を次に進める枕詞のつもりで、他にあるかと尋ねた。助けを求めて  
和也が手を挙げたものの、それは無視して名簿を読み上げる。和也の罵詈雑言は、  
蹴りに埋もれて聞こえなくなってしまったが。教師は返事が無くても、彼の出席  
に丸をつけてやった。  
 
 高速道路上では、警官による交通誘導が行われていた。渋滞に長く捕まったド  
ライバー達が、原因を確かめようと作業に目をやり。それが車線の制限以上に、  
渋滞の混雑を増す要因となっていた。  
 作業員が飛び散った破片を取り除き、アスファルトや壁面を補強する。騒がし  
い工作機器の音を背に、壁際に集まる人々の姿があった。  
 十郎がヒビの走る壁面へ手を当て、隣の金髪女と意見を交わす。古めかしい服  
装の彼女は、亀裂から目を離して頷く。眼鏡のツルを叩いて何やら考え込む十郎  
に、反対側から和服姿の女が飲み物を差し出した。  
「ほう、今日は紅茶なんだね」  
「もしかして、気を遣わせたかしら」  
 ツリ目を和らげた金髪に、日本髪は柔らかい笑みを浮かべた。  
「好みに合わせてこそ、お茶も美味しく飲んで頂けますしね。十郎さんは何でも  
良い方なので、張り合いがありませんけど」  
 苦笑する十郎を肴にして、二人が会話に華を咲かせる。警官達は、優雅にティ  
ータイムを楽しむ彼らに戸惑っていたが。付き合っていられない、とばかりに片  
野が吐き捨てた。  
「で、何か分かったの?」  
 埃を払って立ち上がる十郎と、間近で向かい合う。そうして並ぶと、酷薄そう  
な顔立ちが、非常に良く似ているのが分かった。  
「壁面へ加えられた衝撃は、散発的な物だけよ」  
 宥めるように割って入った金髪が、片野へ説明した。機械じみた実直な態度へ、  
尖った視線が向けられる。調べるまでもなく分かっている、と片野が言う前に十  
郎が話を続けた。  
「千恵ちゃん。僕は確か、自分の目で現場を確かめろと教えたはずだけどね。彼  
らは試行錯誤もろくにせず、前方の一ヶ所に集まって結界を破ったんだよ」  
「そんなの、現場にいた私が見てたわよ」  
 小馬鹿にしたように、やれやれと十郎が首を振って見せる。  
 歯を噛んで怒りを堪える片野へ、少し怯えつつも。好奇心には逆らえず、一人  
の婦警がおずおずと手を挙げた。  
 しかし、声を出すよりも早く片野に遮られる。彼女が真顔だった為、婦警も息  
を飲んで足を止めた。  
「それ以上、近付かない方が良いわ。身内の恥を晒すようだけど、兄は父に似て  
見境が無いから。両脇の二人も仕事仲間じゃなく、彼の女なのよ」  
 話を聞いた婦警は、笑顔のままで片野の背中に隠れた。下らない事で警察と揉  
めずに済んだ、と息を吐く片野を、眼鏡の奥から十郎が冷たく睨んでいた。  
「心外だな。僕が、人間の女なんかに興味を持つとでも?」  
「全くですわ。たとえ妹さんでも、言って良い事と悪い事があります」  
 気分を害したらしく、十郎達が顔を見合わせあった。和服の女も、厳しい顔で  
片野の無理解を嘆いている。目の前で悪口を言い始めた彼らを、片野は鬱陶しそ  
うに手で払い除けた。  
「馬鹿やってないで、とっとと封鎖の計画を練りなさいよ。兄貴が助っ人に呼ば  
れたのは、私より強力な結界が張れるからでしょ」  
「それは違うな」  
 
 お茶らけた雰囲気を捨てた十郎が、冷え冷えとした目つきになる。いかにもプ  
ロらしい態度を、よく似た顔つきで片野は歓迎した。  
「僕が受けた依頼の内容は、今回の騒動の解決だからね。勿論、予算の範囲内で。  
千恵ちゃんの結界で止まらない連中を抑えるとしたら、電気代だけで赤字を覚悟  
しないと」  
 そんなの無理でしょう、と眺める彼に管理職らしい警官が頷き返した。  
 交通封鎖も、経済的損失や業界団体の突き上げを考えたら、気楽に出来るもの  
ではない。しかし、暴走側が全く自分の身の心配をしない分、放置すれば事故に  
繋がる危険性も桁違いで。ローリング族等よりも、厄介な連中だと言えた。  
 解決が遠退いたと感じたのか、片野の眉間に皺が寄る。結論を急いだ妹に冷笑  
を浮かべて、十郎が自分の分析を教えてやった。  
「分からないかな。ある集団が、さして時間も掛からず一点へ集中して突破を行  
っているんだ。それには、必要不可欠な要素が存在するじゃないか」  
「つまり、先導者ね」  
 引き取った片野はビデオを確認すべく、警察に準備を頼もうとする。しかし、  
それを止めた十郎が、既に絞り込んでいた容疑者を告げた。高速道路の監視映像  
から、首無しライダーか韋駄天が中心人物だと分かったらしい。  
 今後の方針が決まり、現場の警官が上と連絡を取る。話がつくまで待とうと、  
四人は路肩に停めてある十郎の車に乗り込んだ。  
「旦那様は、お元気ですか?」  
「おかげ様で」  
 和服女から湯呑みを受け取った片野は、礼と共に目を細めたが。ふと、何かを  
思い出して十郎を振り返った。  
「そういえばさ。まだ結婚祝いをくれないの、十郎兄さんだけなんだけど」  
「あげたじゃないか」  
 三年も経つのに、という台詞に被せて十郎が言う。自信たっぷりな彼の態度に  
記憶を探ってみても、片野には見当もつかない。だが、文句を言いかけたところ  
で、何かに思い当たったようだ。  
「もしかして、あの現金?」  
「誰から何を貰うか分からないのだし、使い道に困らない方が良いと思ってね」  
「どうせ、買いはしたものの惜しくなったんでしょ」  
 片野は軽い憎まれ口だけで、ちゃんと礼を言うつもりだったのだが。目を逸ら  
した十郎と、苦笑する二人の女を見て、呆れの溜め息しか続けられなかった。  
 兄弟の多い家庭で育っただけに、親子ほども離れた一番上とは、喧嘩をした覚  
えも無い。その点、歳の近い彼らは同レベルで張り合う事も多く。腹違いなのが  
分からないほど、仲の良い兄妹になっていた。  
 彼らは肩の凝らない雑談をしつつ、お茶を楽しんでいたが。仕事に関わる話に  
なると、揃って視線を鋭くさせた。  
「その竜脈の乱れが、今回の件にも関わってる?」  
「断言は出来ないけれどね。しかし、影響はあっても、直接どうこうは無いと思  
うよ」  
「悠長過ぎるわよ。うちの美紀ちゃんに続いて、兄貴のとこにも山津見神の加護  
を受けた人間が現れたんでしょ。何かの前触れかもしれないわ。例えば、数年前  
のような鬼との全面戦争とか」  
「彼らに怪しい動きは無いさ。それに」  
 くっくっく、と底意地の悪そうな含み笑いを十郎が洩らす。  
「たかが鬼程度が相手じゃ、神様の力なんて要らないねえ。酒呑童子が復活した  
時でさえ、あんな御守りを扱える者は現れなかったんだよ。現に、人間の力だけ  
で倒せてしまっただろう」  
 警官の呼び声に軽く手を挙げて、二人は湯呑みを和服の女に渡した。性別の違  
いもあり、立ち上がる仕草には共通点など感じられない。  
「じゃ、もっとヤバイ相手なわけか」  
 片野が冷酷な眼差しの下へ、ゆっくりと薄笑いを浮かべていく。頷き返す十郎  
に浮かんだ表情は、顔の造り以上に二人の血縁を物語っていた。  
 
「すぐにまた会えるなんて、これはもう運命としか言えないじゃないか」  
「同じクラスなんだから、下駄箱にいりゃ出会すもんでしょうが。めっちゃ急い  
でんのに、邪魔すんじゃないわよ」  
「そんなに照れなくても良いさ。二人の時間は、たっぷりとあるんだから」  
「人の話を聞け、時間無いって言ってんの!」  
 
 慌ただしく靴を履いていた女子生徒が、鞄で和也を追い払う。しっかり受け止  
めた彼は、下手な芝居で恰好つけながら、馴れ馴れしく腰へ手を回した。  
 ぞぞっと背筋を震わせると、今度は一切の手加減抜きで女子生徒が殴りつけた。  
顔面に直撃を貰っても手を離さない和也へ、更なる追撃を加える。股間を抑えて  
蹲る彼に苛立たしげな鼻息を残し、彼女は走り去っていった。  
 流石にダメージが気になったのか、連れの女生徒が和也の隣に屈み込む。外か  
らの苛立たしげな呼び声を聞いて、和也は心配要らないと笑顔をみせた。手は振  
れなかったが。  
「お大事に」  
「ありがとな。俺は大丈夫だから、早く行った方が良いぜ」  
 小走りに駆けていく女生徒を、蛍は不思議そうに見送っていたものの。やはり  
気になったのか、隣で呆れている夏子に解説を求めた。  
「さっきの娘も、可愛かったと思う」  
「ん、ああ。決まった相手のいる奴は、対象外らしい」  
 二人目の彼氏について、夏子が簡単に説明していると。なんとか立ち上がった  
和也が、靴を履き替えて彼女達に並んだ。ぎこちない動作の彼へ、蛍が労るよう  
な声を掛けていたものの。夏子の方は、これ以上無いほど蔑んだ目で眺めていた。  
「彼女でも出来れば、少しは落ち着くかと思っていたんだが」  
「そんなの和也君じゃない」  
「まあ、加藤が気にしないんなら、あたしが口を挟む事じゃないけどさ。いくら  
なんでも、節操無さ過ぎるだろ。本気で、誰でも良いんじゃないか?」  
「ふざけるな!」  
 夏子の言い分に腹を立てたらしく、和也は真剣な顔で詰め寄った。  
「可愛い子限定に決まってんだろうが」  
「威張るとこじゃねえよ」  
「安心しろ、お前でも全然全く構わないぞ」  
 自信満々に宣言した和也の横で、同意するように蛍が頷く。どこかが完全にず  
れた二人を見て、夏子は眉間の皺を揉みほぐした。  
 勢いに乗って女の子の良さを力説し始めた和也が、ふと真顔で考え込む。蛍は  
無表情ながら、心配そうに見守ったものの。ろくでも無い事だと断定した夏子は、  
和也など気にせず蛍に話し掛けた。  
「甘い事を言ってると、こいつ本当に浮気しまくるぞ」  
「別に。私は和也君が好きなんであって、私だけを見てくれる男なら誰でも良い  
わけじゃないから。でも、」  
 少し言葉を切った蛍の顔には、変化らしい変化など何も感じられない。だとい  
うのに、夏子の背筋へ寒気を与え、言葉を奪う迫力があった。  
「私に飽きたら憑き殺す」  
 微妙に綻んだ口元を見て、はっきりと夏子は理解したようだ。目の前の相手が、  
人外の存在なんだという事を。  
 意外に大物だったか、と夏子が感心する間に。妙な敬意を向けられた当の本人  
は、ようやく何かを思い出して一つ手を打ち鳴らした。  
「そうそう、あれだ。三年に、霊能関係のバイトやってる先輩がいるだろ。彼女  
には何も感じなかったな」  
「あの二人は付き合ってるはずだから、それでじゃないのか?」  
「いや。俺の勘では、まだ恋人同士じゃないぞ。性格は悪いらしいが、顔さえ良  
ければ全く構わないんだけど。不思議な事に、まるで惹かれないんだ」  
 和也は例を示すと言って、夏子を見据えた。瓜実顔と呼ばれる少し面長な輪郭  
の中で、切れ長の目が睨み返している。綺麗な黒髪が目立つものの、黙っていれ  
ば育ちの良さが窺える顔だ。どことなく清楚な、お嬢様じみた雰囲気さえ感じさ  
せる。  
 ごく自然に和也の手が胸へ伸び、平手で叩き落とされた。  
「ま、このように。魅力的な相手を前にすれば、行動に移るものじゃないか」  
「そのうち捕まるぞ、お前」  
 何か反論しかけた和也の目が、蛍の姿を捉える。  
 感情を表に出さない事もあるだろうか。肉付きの薄い顔は、冷え冷えとした眼  
差しの威力を存分に発揮していた。セミロングの揺れる肩は細く、景色が透けて  
いなくても、儚げに見えてしまう。  
 考えるより先に飛びついた和也は、両手でしっかりと蛍を抱き締めた。嫌がる  
どころか目を細めた彼女に、感動で視界が滲んでいった。  
 
「まさか自分に、これほどまでの幸せな時が訪れるとは、密かに思ってました。  
神様、いや、何よりもまず加藤蛍さんに言いたい。ありがとう御座います」  
「いちいち大袈裟」  
 蛍は冷たく言ったものの、頬は僅かに緩んでいるようだ。  
 周囲の生徒達は行き過ぎかけてから、片割れが和也と知って自分の目を疑った。  
事実だと知るや、世の中の不可思議さ加減に首を捻っている。  
 夏子でさえ違和感を覚えたのだから当然だろう。和也の人となりを説明するに  
は、『女子に迫って殴られる奴』の一言だったのだから。  
 しばらく至福を堪能した和也が、待たせた詫びと共に歩き始める。蛍から見た  
学校の感想を話題に、囁かれる噂の中を進んでいたものの。校門の外に出たとこ  
ろで、和也は不思議そうに周囲を見回した。  
「あれ? 今日は迎えが無いのか」  
「渋滞に捕まったらしい。高速の規制が影響して、下も混雑してるんだと」  
「んじゃ、駅まで一緒だな」  
 方向が同じなので、駅前へ向かう夏子と並んで進む。途切れた話を再開させた  
のだが、すぐに和也の注意は余所へと逸れていた。  
 道路脇にある小さな公園を、多くの人が通り抜けていく。  
 付近の学校の通学路が重なる場所なだけに、小中学生の姿も多い。彼らは交友  
関係の義理や塾へと、足早に向かっており。公園の入り口で呼び掛けるOL風の  
女になど、構ってやる余裕が無かった。  
「ちょっといいかしら」  
「間に合ってます」  
「私、キレイ?」  
「ポマード」  
 中学生は単語帳から顔を上げず、小学校低学年の女児にすら軽くあしらわれる。  
大きな白いマスクをした女は、世間の風の冷たさに肩を落とした。  
 諦めを湛えた彼女の目の前に、和也が黙って手を差し述べる。  
 おずおずと顔を上げた女へ、歯を光らせながらキザっぽい笑みを返す。悲しい  
ほどに似合っていなかったが、心遣いが身に染みたのだろうか。マスクの女は救  
いを得たかのように、瞳を輝かせていた。  
「貴女のような美人を無視するなんて、愚かな連中もいたものですね。さあ、何  
なりと仰って下さい。この森崎和也に出来る事でしたら、全力を尽くしましょう」  
「それじゃ、一つだけ聞かせてちょうだい。私って綺麗かしら?」  
「当たり前じゃないっすか!」  
 和也が鼻息荒く答えると、彼女は嬉しそうに目を細め。マスクに手をかけて、  
一気に引き剥がした。  
「これでもか!」  
 耳まで裂けた口を見た和也は、悲鳴を上げて逃げ始めた。  
 にたにたと不気味に笑いながら、女が鎌を片手に追いかける。これだ、これこ  
そが生きている証なのだ。言葉にせずとも、充実感に溢れた彼女の表情から、今  
を楽しんでいる事が伝わってきた。  
「逃げろ、ヤバイ女に関わっちまった」  
 叫びながら走ってきた勢いのまま、和也が二人の腕を取って行きかけたのだが。  
素直に従う蛍とは違って、夏子は彼の手を振り払った。  
 足の裏で制動をかけ、絶叫しながら戻ろうとする。必死に指を伸ばす和也の前  
で、女の持つ鎌が振り下ろされ、不敵な笑みが夏子の口元に浮かんだ。  
「まだまだ、だな」  
 夏子は左腕で鎌の柄を受け止めると、右足で女の下腹を蹴り抜いた。呻きなが  
ら前屈みになった顎を、鋭いアッパーが打ち据える。体ごと飛ばされた女は、公  
園に跡を残しながら転がっていった。  
 感嘆の声と共に拍手する和也に合わせて、蛍も無表情ながら手を叩く。厳しい  
顔で女を注視していた夏子が、二人のところへ駆け寄ってきた。  
「駄目だった。逃げるぞ」  
 問い返すまでもなく、夏子の背後で起き上がる女が見えた。  
 和也が表情を強張らせ、しっかりと蛍の手を握って全力疾走する。懐から夏子  
が携帯を出す間にも、彼から嘆きの言葉が溢れ出てきた。  
「ちっくしょう! いくらなんでも、運が悪過ぎる。神は、世界は、運命は、ど  
うしてここまで俺に試練を与えるんだ」  
「声を掛けたのは和也君でしょ」  
 
「今度という今度ばかりは、俺も反省しました。マスクで顔を隠してる時点で、  
疑ってかかるべきだったよ。でも、目元だけなら美人だったんだから、しょうが  
無いじゃないか」  
 わけの分からない言い訳をしているが、決して手を離そうとはしない。蛍が惚  
れたのは、彼のこういう部分だろうか。少し想像しながら電話を終えた夏子が、  
真剣な目を向ける和也に教えてやった。  
「さっき駅前に着いたらしい。飛ばしても、追い付かれる方が早いな」  
 言外に、何か手は無いのかと夏子が尋ねる。  
 和也が振り返って確認すると、鎌を持つ女は世界新を塗り替える速度で迫って  
いた。頼れそうなのは十郎ぐらいだが、助けを求めても間に合うはずが無い。  
 望みがあるとすれば、一つだけ。上着のポケットから御守りを取り出すと、落  
とさないように手へ紐を巻き付ける。迷いを振り払った和也は、珍しく真面目極  
まりない顔を夏子に見せた。  
「夏子、大事な話だ」  
 無言で頷き返した彼女に、真摯な態度で和也は頼んだ。  
「乳を揉ませろ」  
 一瞬の間も置かずに鉄拳が振われ、和也が前へつんのめる。なんとか転ばずに  
済んだが、かなり痛かったのか涙目で頭に手をやった。  
「お前という奴は、この非常時もそれなのか!」  
「真面目に言ってんだよ!」  
「尚悪いわ!」  
 夏子と怒鳴り合う和也へと、横から冷え冷えとした視線が浴びせられる。笑っ  
て誤魔化そうとした彼を、芯まで凍り付きそうな鋭い目が貫いた。  
「なんで私に言わないの」  
「あ、いえ。せっかくだから普段味わえない感触を、と思いまして」  
「嫌?」  
「そんなわけがあるか。俺はただ、もし駄目でも夏子なら自分の身は守れるだろ  
う、って」  
 和也は慌てて自分の口を押さえたが、一度出た言葉が戻るはずもない。  
 本気で怒る蛍に釣られて、本音が洩れてしまったようだ。自分の馬鹿さ加減を  
悔やむ和也に、蛍は口元を僅かに綻ばせ。彼の手を退かしながら、顔を近付けて  
いった。  
「大丈夫、私はもう死んでいるから」  
 唇同士が触れ合い、和也の口の中に蛍が舌を伸ばす。唾液と共に舌を絡め合い  
ながら、足を止めた和也が、夏子に逃げろと手を振った。  
 馬鹿にされたと思ったのだろう。口の裂けた女は、驚きに立ち止まる夏子など  
無視して、和也へと迫る。  
 女を捉えた和也の視界の隅で、御守りが燐光を放ち始めた。  
 蛍の細い腕が回されると、青白い火種となり。見た目よりも大きな乳房の感触  
に、半透明の火花が散る。唾液を飲み下す音や、甘ったるい鼻息によって、大き  
な炎が吹き上がった。  
 脅威を感じながらも女は接近を止めず、鎌を振りかぶる。間合いを計った和也  
が御守りを握り締め、両者が腕を伸ばした、ちょうどその時。  
「この、馬鹿者がっ!」  
 鎌女の背後から物凄い速さで現れた鬼が、彼女を殴り倒した。  
 彼は仏僧の法衣を半裸に纏い、よく日焼けした筋肉質な肉体を披露していた。  
血管の脇を伝った汗が、地面に染みを作っていく。  
 頬を抑えて文句を言いかけた鎌女は、鬼の浮かべた憤怒の形相に、喉の奥で悲  
鳴を上げた。  
「何を考えておる。勝負に負けそうだからといって、凶器を使うなど言語道断。  
かような心得で、貴様は己の鍛え上げた肉体に申し訳が立つのか。それほどの健  
脚、生半可な修練で身に付く物ではあるまいに」  
 鬼は繋がりの分からない説教を始め、はらはらと男泣きに泣いた。  
 理解不能の事態を前に、和也達は困惑する事しか出来なかったのだが。鎌女の  
胸には響いたらしく、彼女は武器を投げ捨てて崩れ落ちた。  
「私ずっと、本気で叱ってくれる人を待ってたの!」  
 涙ながらの懺悔を行う彼女へ、そうだろうそうだろうと鬼は頷いてやった。  
 ひとしきり泣いた後、口裂け女が腕で涙の残りを拭い去る。和也達に向き直っ  
た時には、とても晴れ晴れとした笑顔になっていた。  
「みんな、ごめんね。私、間違ってた」  
 
「いや、今のあんただったら、口が裂けてようと綺麗だと思うぜ」  
 お世辞の無い和也の言葉を聞き、はにかんだ笑みと共に深く頭を下げる。顔を  
上げた彼女は、すっきりとした表情で、大きな口へ照れ臭そうな微笑みを浮かべ  
た。  
「少年達にも、迷惑をかけたようだが。この者は責任を持って、心身共に鍛え直  
すと約束する。だから、私に免じて許してくれないだろうか」  
 筋肉に満ち溢れた大男の頼みを断るなど、怖くて和也には出来るはずもない。  
こくこくと頷く三人へ、にかっとした笑みを残すと。半裸の鬼は口裂け女を連れ、  
駅前の方に走り去っていった。  
 道路を疾走してきたバイクが、彼らに親指を立ててみせる。どんな表情をして  
いるかは、首が無いので分からない。  
 他にも二宮金次郎像や老婆等が合流し、競り合いながら大通りへと向かう。全  
身を躍動させる口裂け女が、爽やかな汗を流しているのは容易に想像ついたもの  
の。見送った和也達は、ただただ呆然とする事しか出来なかった。  
「今の、何だったんだ」  
「きっと、分からないままだと思う」  
 まとめた蛍に心底同意してから、ようやく和也の頭が回り始めた。  
「そういや夏子。電話しといた方が良いんじゃないか?」  
「あ、車か。すっかり忘れるところだった」  
 短く礼を言った夏子が、携帯電話を取り出す。呼び出し音を聞きながら顔を上  
げ、彼女は和也の背後に迫る物に気付いた。  
 牽いている牛がいないものの、外観は牛車のようだった。燃え盛る車輪でアス  
ファルトに軌跡を描きつつ、高速で疾駆してくる。それだけなら、どうという事  
も無かったのだが。  
「和也、後ろ!」  
 火車が歩道に寄せたので、夏子が警告を発する。背後を振り返った和也が、御  
者台から身を乗り出す馬面を目にした。  
 馬の頭に人の体を持つ者が腕を伸ばし、逃げかけた和也の襟首を掴んだ。咄嗟  
に彼へしがみついた蛍ごと、火車に引っ張り上げ。火花と和也の悲鳴を散らしな  
がら、遠ざかっていった。  
 追いかけた夏子の先で、火車と擦れ違って黒塗りの外車がやってくる。車道に  
飛び出した彼女を見て、外車は後輪を滑らせつつの急停車を行った。直前で停ま  
った車の後部座席に乗り込み、夏子が運転手に前方を指差した。  
「今のを追え。和也が攫われた」  
「お嬢様ならともかく、森崎君を? なんでまた」  
 ぐにゃぐにゃした声で尋ね返した助手席へ、不機嫌そうな視線が浴びせられる。  
運転手の方は余計な事は言わず、唇をひと舐めしてアクセルを踏んだ。  
 急な加速に助手席が愚痴を零したが、後ろから椅子を蹴られて黙り込む。火車  
を睨み据えた夏子は、和也達の身を案じながらも。理由が分からず、困惑してい  
るようだった。  
 
 車輪の上げる火花が跳ねて、御者台にも降りかかっていた。確実に白バイが追  
跡する速度で流れる景色に、落ちたら最後だと思いつつ。しっかりと両腕の中に  
蛍を庇い、和也は火車を操る二人を観察した。  
 一人は馬の頭に男の体、もう一人は牛の頭に女の体。二人とも、まるでピザ屋  
のような制服を着ている。  
 牛面の方は、並みの女なら十人分ありそうな巨大な乳房を持っていたが。顔が  
死んだ目をした牛では、心の友が反応するはずも無かった。  
「何なんだ、お前ら。身代金を要求しても、うちの親は多分出さないぞ」  
「私の親は他界してる」  
 他の奴を狙えと喚き散らす和也に、手綱を操る馬面が顔を向けた。どう見ても  
馬の口が、流暢に言葉を喋り始める。  
「勘違いだぜ。俺らはただな、おめえに協力して欲しいんよ」  
「とても急いでいたので、了解も取らずに済みません。ですが、せめて話だけで  
も聞いて頂けないでしょうか」  
 言葉は丁寧でも、口を全く動かさずに話す牛の顔は不気味な物だった。ついで  
に、荒い鼻息まで聞こえてくる。和也が頷いたのは、話への興味や落とされる不  
安ではなく、そのせいだろう。怯えを含んで何度も頷く彼へ、馬面は不思議そう  
に首を傾げていた。  
「まずは自己紹介からですかね」  
 
 牛面のセルヴィと馬面のオロッソに続き、和也と蛍も自分の名を告げた。  
 二人は牛頭<ごず>と馬頭<めず>という種族で、死者を冥土に運ぶ仕事をし  
ているらしい。そこまで聞いて、和也は蛍を抱き締めつつ逃げ道を探し始めた。  
「こいつは俺の女だ、誰にも渡さん」  
「心配要らんて。俺らが運ぶんは、生前に悪行を重ねた奴だけだかんな」  
「ええと、加藤蛍さんは全く問題ありませんね。むしろ、森崎和也さんの方が危  
ないと思います」  
「放っといてくれ!」  
 帳面を繰りながら告げるセルヴィに、唾を交えて和也が抗議した。  
 火車の追う霊の集団は次第に膨れ上がり、二車線を埋めるほどになっていた。  
進路の先には、高速に続く国道が見えているが。どんどん霊が流れ込み、普通の  
車の通行は止まりかけていた。  
「話を続けます」  
 セルヴィは大混雑に姿勢を正し、引き締まった声を出す。しかし彼女の牛面は、  
蛍の無表情どころでないほどに、何の変化も無かった。  
 彼らが受けた任務は、この混乱の収拾だそうだ。  
 一人の韋駄天、さっき和也達も見た、法衣を纏った半裸の鬼が元凶らしい。彼  
は方々で霊や妖怪を勧誘し、暴走行為を繰り返しているのだが。規模が大きくな  
り過ぎ、人と鬼の停戦条約に抵触しかねなくなっていた。  
「野郎を捕まえようにも、えれえ速くてよ。そこで和也、おめえの出番なんだ」  
「俺のどこをどう見間違えたら、世界記録保持者に見えるんだよ」  
 馬頭に食ってかかる和也へ、牛頭が首を振る。呆れ混じりの荒い息は聞こえた  
ものの、やはり口すら微動だにしなかった。  
「この火車は、霊力を燃料としています。残念ながら、私とオロッソの力では韋  
駄天に叶うほどの速度は出ませんが。闇山津見神<くらやまつみのかみ>の加護  
を受けた貴方の協力があれば、何者よりも速くなれるでしょう」  
「誰なんだ、それ。聞き覚えも無いぞ」  
「例の御守りに書いてある」  
 蛍の指摘を受けて調べてみると、確かに闇山津見神の名が記されていた。  
 考え込む和也と、牛頭が向かい合う。彼女の死んだ目からですら、その期待が  
感じられた。ついでに、手綱を握る馬頭の横顔からも。  
 残る蛍は、火車に乗った時から収まる和也の腕の中で、温もりを堪能している。  
幸せそうに目を閉じた彼女を見守るうち、決心を固めて和也が顔を上げた。  
「俺達には関係無さそうだし、降ろしてくれないかな」  
「お願いです。私達に出来る事なら、どんな御礼でもしますから」  
「ああっ、やっぱりか! こいつら断るなんて許さねえ気だ」  
「当たり前だろ」  
 ぼそっと呟く馬頭と、和也が怒鳴り合いを始めた。不毛な諍いを積んで、火車  
が高速への侵入を果たす。落とされないように踏ん張った和也は、道路脇に見え  
た人物に全身を硬直させた。  
 霊団を監視する警察の中に、十郎の姿があった。  
 雇い主である彼からは、慣れるまで危険な仕事に連れて行かないと言われてい  
る。つまり、彼が今いるのは呼ばれていない現場なのだろう。  
「嫌じゃあ! もしかしなくても、これってヤバイ事件じゃねえのか」  
「安心していいぜ。俺らが失敗した場合は、また人間と鬼の戦争になる。そんと  
きゃ、まず間違いなく、お前も死ぬんだから」  
 けらけらと笑う馬頭に腹を立てつつ、和也が路面に目をやった。飛び降りたら  
確実に死ぬ速度だろう。進退窮まった彼の肩を、牛頭の両手が強く掴んだ。  
「あなたに助けて欲しいのです。性的な意味で」  
「話だけは聞こうか」  
 和也は返事をしてから、己の浅はかさに頭を抱えた。  
 もし彼女に抱いて欲しいと言われても、相手の顔は牛だ。いくら乳が巨大だろ  
うと、お願いしたい相手では無かった。  
「別に、危険はありません。森崎さんも御存知でしょうが、闇山津見神の力は性  
欲によって導き出されます。車内で、それを高めて頂きたいんです」  
「簡単に言や、奥でセックスしてくれ」  
 戸惑う和也に、人間の交尾になんか興味が無いとオロッソは下品に笑い立てた。  
「ただな、ヤり続けてくんねえと困るわけだ。そこで、丸一日は交尾し続けられ  
る特性の丸薬をやろう。引き受けてくれるなら、御礼って事で一年分やってもい  
い。どうだ?」  
 
「分かったわ」  
 和也に迷う暇さえ与えず、蛍が頷いた。  
 説得しようにも、興味津々に輝く瞳を見れば無駄だと分かった。一緒に住み始  
めた先週末、ほとんど裸で過ごしていたものの。性欲の旺盛な和也でさえ、流石  
に一日中ずっとは無理だったのだから。  
 退路を断たれた和也の目の前で、妖しい笑みを浮かべた蛍が唇を舐める。生唾  
を飲んだ彼は、馬頭の取り出した丸薬をひったくって口へ放り込んだ。  
「そうだな、困ってる奴を放っておけないよ」  
 台詞は爽やかだったが、血走った目が台無しにしていた。  
 
 蛍を抱きかかえて車内へ入った和也は、用意されていた布団に彼女を下ろした。  
そのまま離れずに覆い被さり、唇を重ねる。舌と舌を絡めながら、彼は蛍の胸に  
手を伸ばしていった。  
 ブレザーの上から揉み込んだ胸が、柔らかさと共に生地の質感を伝える。上着  
だけでなく、ワイシャツやブラがずれる様子も明瞭に感じられた。  
「なんだろう、制服のせいかな。いつもと違う気がする」  
「多分、さっきの薬で霊力が高まってるんだと思う。私も、はっきり和也君を感  
じるもの」  
 差し出された舌に舌先で触れると、肉の艶やかさが一杯に広がった。混じり合  
った唾液が、お互いの喉を流れていく。淫らに溶け合う舌の感触で、今までのキ  
スが気持ちで満足していたのだと分かった。溺れそうなほどの肉感的な快楽に、  
二人は夢中になって相手の口を貪り始めた。  
 鼻息を弾ませた蛍が、服越しの愛撫へもどかしげに身を捻らせる。彼女がワイ  
シャツのボタンに手をやると、和也も競うように脱がしていった。  
 はだけたシャツの中に侵入し、ブラのホックを外す。体のわりに大きな胸は、  
車の振動によって、ふるふると美味そうに揺れていた。  
「すげえ、こんなに柔らかかったんだ」  
 和也が感動しながら堪能するのに合わせ、蛍から可愛い喘ぎが洩れる。掌全体  
で味わううちに、固く尖り始めた乳首に気付いた。  
「あ、ふあっ、和也君」  
 指先で優しく摘んだ彼に、甘い声が呼び掛けた。  
 もっと聞きたくなるほど魅力的だったので、吸い付いた和也が舌で転がしてみ  
た。降り注ぐ乱れた息により、心の友が完全に目を覚ます。ズボンを破りかねな  
いほどに隆起し、早く解放しろと叫んでいた。  
 ファスナーへ持っていこうとした手が、蛍の脚に触れる。切なげに擦り合わせ  
る動きに、陰茎が力強く反応した。  
「その、蛍」  
「さっきから言おうと、してたのに」  
 和也の口が離れて、ようやく身動きが取れるようになったらしい。力を抜いた  
脚を、だらしなく左右へと開き。スカートを捲り上げた蛍が、下着に指をかけた。  
 くちゅり、と濡れた音が淫靡に響く。もう片方の手を和也の頬に添え、口付け  
ながら蛍が囁いた。  
「来て」  
 垂れかける鼻血を啜った和也が、壊しかねない勢いでベルトを外す。蛍が下着  
を脱ぎ捨てるのを見て、ズボンを下ろしながら彼女の股を割った。すべすべとし  
た太腿に促されるまま、心の友がスカートの中へ潜り込む。  
 出迎えた陰唇は、淫らに濡れた身で絡みついてきた。  
 スカート越しに陰茎を押し下げて、膣口に照準を合わせる。腰を進めると、何  
度か味わっているはずなのに、まるで違う場所のようだった。  
 淫靡な孔に詰まった肉が強く締め付け、膣内を狭くしている。しかし、襞の一  
つ一つは陰茎を包み、奥へと誘うようで。たまらなくなった和也は、我慢などせ  
ず腰を落としていった。  
「あ、これって、くうっ」  
 蛍が眉間に皺を寄せ、痛々しい悲鳴を洩らす。  
 驚いて止まり掛けた和也に首を振り、蛍が体全部でしがみつく。痛々しく疼く  
膣内ですら、離すまいと密着を増している。  
 火車のスピードが増したようで、何もしなくても床が二人を揺り動かす。結合  
部から溢れた蜜が、いやらしい湿った音を響かせた。  
「悪い、焦り過ぎたみたいだな」  
「違うわ」  
 
 すぐに否定した蛍の口元が、ゆっくりと綻んでいった。とても嬉しそうな表情  
は、目を奪われるほどに魅力的で。この女に惚れている自分を、改めて和也に実  
感させた。  
「分からない? 今、私の処女を和也君が奪ってるの」  
「ちょっと待てよ。ここ数日、ずっとシてただろ」  
「あれは、文字通り体を重ねてただけみたい。だって今までよりも、んっ、和也  
君を感じるもの。良かった、ちゃんと和也君に初めてをあげられて」  
 痛みを浮かべながらも、本当に心から喜んでいる。そんな蛍を見て、和也の胸  
いっぱいに愛しさが込み上げてきた。  
 彼女の体を強く抱きしめ、根元まで一気に突き入れる。  
 奥まで埋めきった陰茎を通して、蛍の鼓動が伝わってきた。彼女のリズムを感  
じるうちに、心の友も脈を打ち始める。車の揺れで動いた和也は、辛そうな息に  
踏み止まったものの。押し潰した胸の柔らかさが、あっさり理性を崩壊させた。  
「ごめんな。痛いんだろうけど、止まれそうに無え」  
「我慢しないで。和也君が私で気持ち、あくっ、良くなってくれると」  
 嬉しい、と掠れた声で続けた口を奪って、和也は欲望のままに舌を求めた。  
 注挿を行う度に、引きつるような襞が纏わり付いてくる。拓いたばかりの初々  
しさは、気遣いを掻き消すほどの感動を与えた。  
 深く深く繋がると、シャツからこぼれた乳房が和也の体を撫でてくれる。剥き  
出しになった肩を抱き寄せ、その細さに心を満たされながら。膣の最奥を押し上  
げた和也が、彼女への愛しさを迸らせた。  
 どくんっ、どくどくどくっ  
 精液を浴びた膣内が蠢き、陰茎に残った分も搾り取っていく。和也は心地よい  
脱力感を味わいつつ、息を整える蛍と口付けを交わした。  
「あったかい」  
 注ぎ込まれた胎に当てた掌を、ゆっくりと蛍が動かす。子宮に染み込ませるか  
のような手つきに、陰茎が再び硬度を増したのだが。蛍が限界だと分かる和也は、  
頷く彼女に苦笑しながら首を振った。  
 目的地にでも近付いたのか、さっきまで増し続けていた火車の速度が落ちる。  
 和也と蛍は繋がったまま、頬を触れ合わせて互いの息に聞き入った。目を見交  
わして、甘酸っぱい気持ちに浸る。  
 蛍の額に張り付く髪を払ってから、和也がキスをしようとした時。慌てて飛び  
込んできたセルヴィが、弱り切った声で叫んだ。  
「どうかしたんですか! 速度が落ちてますよ」  
 牛頭の背後、開け放たれた扉の向こうに、暴走する霊達の姿が垣間見えた。  
 高速を猛スピードで突っ走る彼らは、車線や他の車になど構わず競争に熱中す  
る。扉が閉まるまでの間にも、上半身だけの霊が自動車を擦り抜けていき。泡を  
食ったドライバーがハンドルを切り損ね、路肩に突っ込んでいった。  
「もう少しで追いつけそうなんです。疲れたのかもしれませんが、ここは踏ん張  
って頂かないと」  
 休んでいる二人へ、セルヴィが必死の説得を行う。和也が事情の説明を始めた  
ところで、カーブを曲がったのか車体が大きく傾いた。  
 バランスを失って転びかけた彼女に、和也が駆け寄る。床で頭を打つより早く、  
受け止めたはずだったが。死んだ目をした牛頭は、ころころと転がっていった。  
 それを見送った和也が、恐る恐る腕の中の人物へ顔を向けた。  
 褐色のうなじに、汗で湿りきった白い髪が密着して、色っぽいコントラストを  
作る。髪の間から生えているのは、牛の角だろう。丸っこい顔の中から、黒目勝  
ちの大きな目が和也を見つめる。縋るような視線が無くても、放っておけない感  
じの女の子だ。  
 着ている服はともかく、和也が乳を見間違えるはずもない。作り物だったらし  
い牛頭に目をやってから、腕の中の少女に問いかけた。  
「あんたセルヴィ、だよな」  
「助け、て」  
 セルヴィは荒い息の下から言うと、何かを求めるように手を動かした。  
 どうすれば良いか尋ねる和也の声など、耳に入っていないのだろう。懸命に周  
囲を探っていた手が、剥き出しになった和也の陰茎に触れる。童女のように微笑  
みつつも、洩れた吐息は淫らなものだった。  
 両手で大切そうに陰茎を掴んだセルヴィが、ぐいぐいと股間へ押しつける。邪  
魔な下着を破り捨てた彼女は、安堵の表情で膣に迎え入れようとした。  
「ちょっと待った! 何なんだ、一体」  
 
 我に返った和也が彼女を抑えて、挿入を阻んだ。しかし、セルヴィが死力を尽  
くすので、触れた膣口から先端を離せない。涎を垂らしながらキスしてくる陰唇  
も、魅力的だったが。蛍の視線を感じた和也は、なんとか踏み止まっていた。  
 説明を求めても、彼女は交わる事しか頭に無いらしい。耐えきれなくなったの  
か、セルヴィが髪を振り乱しながら泣き叫んだ。  
「お願い、早く精液注いでえっ!」  
「何やってるの」  
 背後から聞こえた声に、和也が慌てて振り返った。肘をついて上体を起こした  
蛍は、不思議そうに彼らを眺めていた。  
「見れば分か、って俺も分かんねえけどさ」  
「彼女じゃなくて、和也君よ。そんなに相手がシたがってるのに、なんで?」  
「せっかく蛍っていう彼女が出来たのに、浮気なんかして振られたくないんだよ。  
学校で、俺が全くモテ無いの見てただろ。お前を逃したら、二度と恋人なんか作  
れないに決まってんじゃねえか」  
 和也は腕に当たる大きな乳房に惑わされないよう、何度も頭を振った。その振  
動で震えさせてしまい、背筋を抗いがたい快楽が昇ってきたが。  
「やっぱり、周りの女に見る目が無いだけ」  
 誇るように目を細めた蛍を見て、ますます和也が自分を律する。セルヴィを押  
し返せそうになった彼へ、蛍は首を傾げてみせた。  
「私、他の女を口説く和也君に嫉妬なんかしてた? 私が好きになった人だもの、  
他の娘があなたを好きになっても当然でしょ。ちゃんと私を好きなら、いくら増  
やしても良い」  
「そんなの決ま、うわっ」  
 力説しようとした事で注意が逸れ、セルヴィに咥え込まれた。そのまま全体重  
をかけてくるので、押し戻せそうにない。まだ和也にあった迷いは、彼女の流し  
た嬉しそうな涙に吹き飛ばされた。  
 腰を掴んで引き寄せると、本当に悦んで応じてくれる。彼女と対面座位で抱き  
合いつつ、和也は蛍へ笑いかけた。  
「好きだぜ、蛍」  
 蛍が小さく頷いて、照れ臭そうに俯く。はにかんだ笑みで応じる和也と、初々  
しい青春物のような雰囲気を作っていたものの。他の女と交わっている最中なの  
だから、二人ともどこかがずれていた。  
 セルヴィに向き直った和也が、彼女の背中に腕を回して抱き締める。  
 乳児の一人二人は入りそうな乳房が潰れて、隙間など無くしてしまう。中身の  
詰まった柔らかさを味わいながら、陰茎をリズミカルに突き上げた。  
「ふあっ、早くちょうだい」  
 脚の筋肉が鍛えられているのか、セルヴィの膣内は強く絡みついてくる。深く  
浅く、捻りも加えて抉る陰茎を、決して逃さないかのように吸い付き。奥へ奥へ  
と導いて、いやらしく蠢いていた。  
 人間とは造りが違うようで、一番奥の突き当たりに、こりこりとした子宮口が  
あった。  
 そこを突く度、セルヴィが期待に満ちて腰を震わせた。再び速度を増した火車  
が、腰の動きに思わぬ変化を与えて快楽を高める。何度か繰り返すと、蕩けきっ  
た顔が辛そうに歪んでいき。我慢の限界を振り切った彼女は、太腿に置かれた和  
也の手を掴み、自分の下腹に触れさせた。  
「ここ、ここっ」  
「もしかしなくても、子宮じゃないのか」  
 セルヴィは嬉しそうに何度も頷き、子宮口で先端にキスを降らせる。その奥に  
ある場所を想像し、陰茎が大きく膨らんだ。  
 膣内に完全に収めきり、円を描くように腰を動かす。座っていられなくなった  
セルヴィは、和也の首に両腕を回して抱きつくと。彼の耳元へ、甘えるように囁  
いた。  
「種付けして」  
 彼女の腰を掴んだ和也が、子宮口を押し上げる。感極まって泣きじゃくるセル  
ヴィに、望み通り注ぎ込んでやった。  
 どくっ、どくんっどくどくどくっ  
 陰茎から全て絞り出そうと、余すところ無く膣内が包み込む。本能的なものな  
のか、無数の襞が陰茎の先を子宮口に当て続ける。一滴残らず欲しがる子宮へ、  
和也は心ゆくまで精液を飲ませてやる事にした。  
 
 回転を速め続ける車輪の音が、規則的に聞こえてくる。荒い息で体力を消耗し  
ながらも、二人は満ち足りた目で唇を合わせた。  
「すみま、せんでした」  
 少し落ち着いたらしく、セルヴィが謝罪の言葉を口にした。もっとも、腰は蠢  
き続けていたが。  
 蛍も回復したのか、和也の背中にくっついて腕を回す。足を引き摺った様子を  
見るに、まだ痛みが残っているらしい。労るような和也のキスを受けてから、水  
音を響かせるセルヴィに尋ねた。  
「それで?」  
「私は牛頭と人間の合いの子なんですが。あの被り物が無いと、自分を制御しき  
れなくて」  
 脱げてしまった為に、膣内で精液を浴びるまで理性が飛んでいたそうだ。  
「森崎さんを選んだ大きな理由も、あふっ、好みの人だったからです。本当は最  
初から、私が抱いて貰うつもりだったんですけど」  
「恋人が一緒だから遠慮した、訳でも無いんでしょ」  
「ええ。私に処女膜はありませんが、初めてでしたから。やはり、良く知らない  
方が相手では躊躇もあったので、加藤さんにお任せしようと」  
 納得する蛍に合わせたかのように、火車がスピードを緩め始めた。しばらくす  
ると完全に停まり、御者台から馬頭の降りる気配が届く。外では捕り物が行われ  
ているらしく、罵声や激しい物音が起こっていた。  
 騒ぎを取り巻いて、駆けつけたパトカーのサイレンが鳴り響き。大勢が取っ組  
み合うような、乱暴な騒ぎも聞こえてくる。  
「追い付いたみたいね」  
 さして興味も無さそうに呟き、蛍が冷静にセルヴィを見た。  
 馬頭に続いて表に出ようという意志など、欠片も無いらしい。張りのある太腿  
で和也の体を締め付け、少々の力では離れないくらいに密着していた。  
「まだ半日は続くんです。せめて、その間だけでも構いませんから」  
「駄目よ。この先ずっとなら、私は構わないけど」  
 輝くばかりの明るい顔で、セルヴィが大きく頷く。和也の顔を覗き込んだ彼女  
は、繋がり続ける許しを請う。承諾された歓びに陰唇が震え、激しくなった腰の  
振りが乳房を弾ませた。  
「という事らしいわ」  
「何がなんだか」  
 まとめた蛍へ曖昧に返した和也は、分からない点を尋ねてみた。  
「そもそも、あの牛の頭で何を制御してたんだ?」  
「発情期」  
 照れどころか抑揚すら無く告げられた答えに、ごくりと和也が唾を飲んだ。視  
線をずらすと、柔らかく形を変える巨大な乳房を挟んで、セルヴィと目が合う。  
たまらず唇を重ねてきた彼女が、熱っぽく訴えた。  
「子宮が疼いて仕方ないんですっ。森崎さんとの子供を宿したいのに、ああっ、  
宿しているべきなのに。まだ孕んでいないなんて、間違っています」  
 セルヴィが陰茎の先を子宮口に固定し、自分の言葉を裏付ける。  
「お願いで、ふあっ、すから。確実に子供が出来るよう、たっぷり注ぎ込んで欲  
しいんです。私の子宮を、ふうっ、どうか森崎さんの子種で、いっぱいに満たし  
続けて下さい!」  
 返事の代わりに舌が絡み、腰の動きが加速した。  
 互いが抱き寄せるので、これ以上ないほどに深く繋がり。再び放った和也の精  
液は、子宮口を通して子宮の中に流し込まれた。  
 休みを置かずにセルヴィは動き続け、和也もそれに応えた。彼女の体から、た  
ぷたぷと精液の立てる音が聞こえると。和也は褐色の肌を組み敷き、悦ぶセルヴ  
ィの子宮へ子種を迸らせた。何度も何度も。  
 
 宵闇の降り始めた空の下で、警察が忙しく働いていた。高速道路上で車線規制  
を行い、捕まえた暴走霊を護送車に運んでいく。  
 その一角に、韋駄天に縄をかけた馬頭と、十郎や片野を主とした人間達が話し  
合う姿があった。正式な手続き上は、事務屋に回して長い時間を費やすべきだが。  
現場で有利にしてしまえば、書類をつつき回そうが無駄な足掻きにしかならない。  
「日本の交通法規に違反したのですから、こちらが身柄を預かるのが筋でしょう」  
「こいつを捕まえたんは、俺だ。犯人引き渡し条約は、現地での犯罪者を移送す  
るもんだろ」  
 
「後で取り調べに御協力頂く、という形では?」  
「んな寝言は聞かんな。そっちこそ、こいつに話を聞きたいなら、出向きゃ良い  
んだ。俺は残業代つかねえからよ、早いとこ帰らせてくんねえか」  
「待ちなさいよ。あんたが捕まえたって言うけど、この人の事務所の人間が手を  
貸したおかげでしょ。条件は、五分五分じゃない」  
「残念だが、森崎は就業時間外だっただろ」  
 縄張りと面子の問題だけあって、どちらも退けずに交渉は難航していた。頭脳  
と舌先を駆使して競り合う彼らへ、半裸の韋駄天が満足そうに頷く。己の全力を  
尽くして勝利を得ようとする姿に、感じ入っているようだ。  
 規制の列から、一台の黒い車が強引に警察の中へと割り込む。現場は何本か掛  
けた電話で、無理矢理黙らせたらしい。  
 適当なところで停まると、後部座席から夏子が降り立った。  
 辺りを見回して、騒動の中心から離れた位置に火車を見つける。小走りに近付  
いていった彼女は、不安を振り払うように車内を覗き。目の前へ現れた光景に、  
深々と溜め息を吐いた。  
「心配なんかをした、あたしが馬鹿だった」  
 背中に半裸の蛍を張り付かせ、和也が胸の大きな女と交わっている。西瓜二つ  
分はある乳房は珍しいものの、すけべな和也になど希少価値は全く無かった。  
「いや、これには深い事情があってだな」  
「やめとけ。何を言っても、説得力は無いと思うぞ」  
 バツの悪い顔をする和也を、車内で響く水音を示して嘲り笑う。友人の情事を  
眺める趣味など無いので、夏子はさっさと帰る事にした。  
「ま、無事で良かった」  
「悪かったな、心配かけて」  
 ひらひらと背中越しに手を振る夏子は、かなり絵になっていたのだが。セルヴ  
ィの可愛い喘ぎが、そんな余韻など破壊し尽くしていた。  
「ありゃ、死んでも治らねえだろうな」  
 大きく伸びをして、夏子が車へと戻っていく。途中で行き違った連行中の霊達  
から、互いの健闘を称える声が聞こえてきた。  
「思ったより歯応えがあったぜ。婆さん、あんた伊達に歳食ってるわけじゃねえ  
な」  
「生意気言うんじゃないよ。ただ突っ込む事をコーナリングと思ってるようじゃ、  
まだまだ話にならんさ。まあ、コーナーの出口で膨らむ癖を直せば、ちょっとは  
良くなるかもしれないねえ」  
「けっ、全く口の悪い年寄りだな。しかし、ありがとよ。そのアドバイスを生か  
して、次は俺の背中だけを拝ませてやるぜ」  
「鼻っ柱だけ強くても、レースには勝てないもんさ。今度は、それを身をもって  
教えてやらんと」  
「黙って歩け」  
 警官に言われて口は閉じたものの、熱意は全く奪われていない。もっとも、不  
敵な眼光の老婆はともかく。首の無いライダースーツは、どこで喋っているのか  
分からなかったが。  
 言葉通りに、治っていない連中がいるぐらいだ。和也も、一度や二度死んだ程  
度では、何も変わらないだろう。  
 夏子は心底呆れながらも、口元に浮かんだ苦笑は、どこか温かいものだった。  
 
 
続  
 
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※火車:近世になって、猫バスという説も誕生  
 

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