『死ねば良かったのに』  
 
 
 急なカーブにも、西村十郎はスピードを落とそうとしなかった。赤い外国製の  
オープンカーを冷静に操り、巧みなクラッチ操作で突っ走っていく。眼鏡にかか  
る髪へ、少し邪魔そうな目をやりながら。  
 濃紺の背広が包むのは、細身で穏やかそうな男だが。隣へ向けた眼差しは冷え  
冷えとした、実験動物でも見るような物だった。  
「ずっと黙っているけど、気分でも悪いのかな。吐きそうなら言ってくれよ、シ  
ートを汚されると困る」  
「いえ、そういう事じゃないんですが」  
 助手席にしがみつく森崎和也が、暗い顔で答えた。運転席を眺めては悲しみに  
満ちた頭を何度も振る、という怪しい行動を繰り返していた。  
 いい加減鬱陶しくなってきて、実験材料にしようかと十郎が思い始めた頃。目  
を剥いた和也は、心の底からの叫びを発した。  
「くそっ、詐欺だ! 真っ赤なスポーツカーだってのに、なぜ必須付属品の色っ  
ぽいねーちゃんがいない」  
 ヘッドバンキングしながらの言葉に、ハンドルを切り損ねる。  
 ガードレールすれすれを掠ってしまい、十郎は背筋を冷やしたが。頭を抱え込  
んだ和也は、全く気にもしていないようだった。  
「神は俺を見捨てたのか。もしかしなくても、いや、他に考えられない。そうと  
も、神は死んだ。運転中で身動き出来ない美人の、乳や太腿を触れずとも、せめ  
て魅惑の空間を見たいだけなのに。なぜ、これほどささやかな願いにすら応えな  
んのだ」  
「僕の精神を乱すとは、大したもんだよ」  
「うわ、またやっちまった」  
 十郎が片頬を緩める横で、頭を掻きむしって和也は悶え始める。無駄なエネル  
ギーに溢れた様子を、興味深い実験材料を見る目が観察した。  
 いきなり初仕事に連れ出したのだから、緊張も当然だろう。リラックスさせよ  
うとした十郎に、絶望しきった顔で和也が呟いた。  
「やっぱ、クビっスか?」  
「何故だい」  
「俺、独り言が癖になってまして。いっつも、それで失敗してるもんスから……  
ああ、どうしよう。仕送りが無くても、生活費は稼げると思ってたのに。明日か  
らは、あてどなく東京砂漠を彷徨う事になるのか」  
「クビにするなんて僕は言ってないよ。君ぐらいの年頃で、性欲が旺盛なのは当  
然だろうしね」  
 もっとも。普通は、それを口に出したりはしないものだ。  
 和也の事情を知っているからこそ、十郎は気にもしていないが。年頃の女の子  
にとっては、思考を垂れ流す男など嫌な相手だろう。特に思春期の少年など、ヤ  
る事しか考えていないのだから。  
「ちくしょう、なんて事だ。こういう台詞を、なぜ美人の保険医だとか、綺麗な  
お姉さんが言ってくれん。だから心の友も、寝たきりなんだよ!」  
「あんまり騒いでると、死ぬと思うよ」  
「や、だなあ。冗談キツイんスから」  
「その下、見てみな」  
 冷淡なままの十郎に促され、ひょいとドアから外の景色を眺める。すぐそこが  
崖になっていて、ひどく遠いところに地面が見えた。  
 春の息吹を感じさせる青々とした森が、大地を覆い隠して繁っている。たとえ  
落下の衝撃で死ななかったとしても、捜索隊が来るまで保たないだろう。事故の  
痕跡が見つけられなければ、そのまま放置されるかもしれない。  
 今までは別の事に気を取られていたせいで、分かっていなかったようだが。理  
解すると同時に、和也が真っ青な顔を隣へ向ける。そこで眼鏡の奥の据わりきっ  
た眼光を見て、今度は紙のように白くなった。  
「……一つ提案なんですが。スピード落としたらどうでしょう?」  
「何を言ってるのかな。それだと、この道路に負けを認めた事になってしまう  
じゃないか。危険過ぎる道というのはつまり、僕に対する挑戦なのさ。逃げるな  
んて許されないな」  
 
「俺は幾らでも許します! 心の友が引きこもってんのは、崖よりも、このにー  
ちゃんがヤバイからか。縮こまったままじゃ、熱い友情も語れやしねえ」  
「落ちたかったら、しっかり手を離しておくといいよ」  
 十郎の微笑と和也の悲鳴を靡かせて、車は断崖絶壁を爆走していった。  
 運転手がバトルを堪能し、助手席が真っ白に燃え尽きた頃。まだ日の高い時間  
だというのに、やけに薄暗いトンネルへと差し掛かる。怯えで震えていた和也は、  
別種の何かで、うなじの毛を逆立てた。  
「西村さん。気のせいか、ここってやけに冷えますね」  
「気のせいじゃないな」  
 十郎の声が、今までとは違う響き方をした。窺ってみると、鋭い目で冷静に辺  
りを見回している。その横顔は、仕事の出来る人らしい、凛々しい物だった。  
 少し感心しつつ、和也も辺りを眺める。古いトンネルの内壁には、妙な形の染  
みが点在しているようだ。人の顔や髑髏、血が流れた跡じみた代物。しかし、確  
かに不気味ではあるのだが。  
「いまさらナンですけど。やっぱ俺、霊能力なんか無いんじゃないでしょうか。  
ただの染みに見えます」  
「それで良いんだよ。どうやら、この染みは霊障とは無関係みたいだから」  
 自信の無さそうな和也に、自分の正しさを喜ぶ笑みが返ってきた。  
「僕の見込み違いじゃなかったらしい。森崎君は、思ったよりも才能があるよ」  
「からかわないで下さい」  
「あいにく洒落や冗談は苦手でね。森崎さん、君の御両親の紹介というだけで人  
を雇うほど、酔狂じゃないように」  
 車がトンネルを抜け、明るい景色が広がる。不審そうに十郎が背後を振り返る  
ものの、良く分からないようだ。  
 前と違って穏やかな光景だったので、和也はのんびりと眺めていたが。急に目  
の前に白い物が見え、慌てて警句を発した。  
「西村さん、前!」  
 急いで踏まれたブレーキによって、車体が揺れる。性能と機能を知り尽くして  
いるのか、十郎のハンドルさばきは確かなもので。カウンターを当てて立て直し、  
制動しきってみせた。  
 タイヤを滑らせた車が、崖の手前で停止する。  
 飛び出せば地面は遥か下にあり、落ちれば助からなかっただろう。さっきまで  
は、何の加減でか見えなかったのだが。先は気付かないのが不思議なほどの、急  
カーブになっていた。  
「森崎君のおかげだよ、危うく死ぬところだった」  
「俺はただ、白い影みたいのを見ただけっス。でも、何もありませんね。勘違い  
だったんでしょうか」  
「きっと、僕達を助けてくれたんだよ」  
 そう呟いた十郎は、バックミラーに人影を見つけた。白い服を着た少女が、後  
部座席に腰掛けている。気付いて振り返った二人に、彼女は冷たい声で呟いた。  
「死ねば良かったのに」  
「でも、おかげで助かったのは事実だからね。ありがとう」  
「感謝してもしきれないさ! 君みたいに可愛い娘と出会えて、俺の心の友も張  
り切ってる。さっきから元気が無かったから、この歳で枯れたかとも心配してい  
たけど。本当にありがとう。やっぱり、視界には常に女の子がいないとな」  
 十郎は普通に礼を言い、和也は手を握って口説いてくる。そんな彼らを、おそ  
らく三人の中でもっとも常識のある少女が、的確に表現した。  
「変わった連中」  
 そう言い残して、彼女は消え去った。  
 何も無くなったリアシートを、真っ青な顔で和也が凝視する。眼鏡のツルを指  
で叩く十郎は、ミスを悔やんでいるようだ。  
「聞きたい事もあったんだけどな。でも今回の霊障は、依頼人の話と違って、彼  
女が原因では無いらしいね」  
 十郎がハンドルを握ると、悲しみに震えていた和紀が慌てて左右を見回す。少  
女がいなくなってしまったのを確かめ、両手を口の脇に当てて叫んだ。  
「美少女、カムバーック!」  
 嘆きに満ちた声が、崖を虚しく木霊していった。  
 
 
 二十一世紀が到来しても、誰もぴったりした銀色の服など着なかったし。空を  
飛ぶ車や、自我を持つコンピューターも開発されなかった。他の恒星系どころか、  
月旅行すら夢のまた夢だ。  
 科学技術の進歩は、着実で現実的で。同時代の人間が追いつけないような変化  
は、起きるはずが無いのだろう。しかし、新世紀になって大きく変わった物が一  
つある。  
 霊能力。  
 数年前に霊的敵性体、つまり妖怪と人類の間で大規模な戦争が起きて以来。街  
中を化け物や幽霊が徘徊したり、被害を起こす事は日常となっていた。ほぼ毎日  
のように、幾つかはマスコミに取り上げられるほどだ。  
 霊を視る力も、ありふれた物と化したものの。普通の人々に、悪霊は調伏出来  
無い。  
 そこで霊や妖怪を斃す専門家として、除霊業者の資格が整備された。  
 各地の警察に対策課も作られたが、頻発する霊障に民間業者の参入も相次ぎ。  
今では除霊屋も、興信所ぐらいには、ありふれた存在と化している。  
 霊能力があるらしいので、和也は有名な除霊師の十郎に預けられたのだが。彼  
は真相を、両親が長期旅行する為の厄介払いだと思っていた。  
 挨拶に来た足で仕事へ向かうだとか、死んだ場合の誓約書を作らされたりだと  
か。色々と予想外の事もあったが。生活費は稼がなければならないし、いざとい  
う時の為にも資金は必要だ。  
 こうして、西村除霊事務所にバイトが一人雇われたのだった。  
 
「では西村さんは、あの少女の霊が原因では無いと」  
「ええ。ここへ来る途中で、そのトンネルを通ってきましたけれど。むしろ彼女  
は、事故を未然に防いでいるようです」  
 お茶を啜る十郎に、依頼主達は顔を見合わせた。  
 今回の依頼は地元の観光協会からのもので、主立った者がホテルの応接室に集  
まっている。客足が遠退く前になんとかしたい、というのが依頼の内容だった。  
 やはりプロに任せて正解だったと誰かが頷き、同調する者が現れる。最後まで  
反対していた奴へ、陰口が叩かれると。言われた方が、ごく私的な話まで持ち出  
して相手を責め返した。  
 子供の頃の嫌な想い出だの、先祖の悪行などが飛び交う。  
 このホテルの支配人である中年男は余所者だそうで、仲裁しても収まらない。  
彼らの因縁など知った事では無いと、十郎が湯呑みを置いて告げた。  
「調査に向かいますので、しばらく通行止めにしておいて下さい」  
「急に言われましても」  
 後ろの喧噪に掻き消されないよう、少し声を張りながら支配人が答えた。  
「公道ですから、道路使用許可を取らないと」  
「日本は証拠主義を採用してます。つまり、証拠が無ければ犯罪にならないんで  
すよ。大丈夫。何か言ってきたら、事故を放置する気かと責任を迫って下さい。  
警官も役人ですから、責任問題には『柔軟な対応』をしてくれます」  
「やけに手慣れてるようですね」  
「気のせいでしょう」  
 冷たく微笑む十郎に意見出来るなら、後ろの騒ぎへも怒鳴れるだろう。根っか  
らの中間管理職タイプらしく、支配人は胃痛を増していた。  
 十郎は空になった湯呑みに、お代わりを頼もうと顔を巡らせて。お茶を持って  
きた女中が、しつこくナンパされているのを見つけた。  
「仕事が終わったら、この辺りを案内して貰えませんか」  
「困ります」  
「あなたのように綺麗な人と知り合えた奇跡を、見過ごして良いでしょうか。否  
です。私、森崎和也は全身全霊と心の友を賭け、否と宣言しよう」  
 助けを求めるように見られて、十郎は女中に頷いてやった。  
「何かしたところで、仕事の手は抜かないよ」  
「流石は西村さんです。従業員の恋愛までサポートし、ぐわっ」  
 褒め称えようとした和也を、横から女中がひっぱたく。木製の盆は、ぐらりと  
揺れた彼に、上から追撃を加えた。  
 容赦の無い撃退方法にも涼しい顔で、十郎が空の湯呑みを示す。了解した女中  
は、ストレスを発散した軽快な足取りで、部屋を出ていった。  
「さっきの従業員は、何かあったらすぐ辞めますね」  
 
「分かってます、言わないで下さい。私に何が出来るっていうんですか。義母や  
妻に頭の上がらない私には、どうする事も出来ないんです」  
 このホテルも長くないな、と思いつつ十郎は話を仕事へと戻した。  
「例のトンネルについて、もう少し詳しく聞かせて下さい。以前、あの辺りが墓  
だったりはしませんよね」  
「ええ。その可能性も考えて、供養して頂いたんですが。内部を御覧になったん  
ですよね。あの染みって、やっぱり?」  
「間違いありません」  
 人が悲しげに叫んでいるような染みを思い出し、支配人が背筋を震わせる。十  
数年しか経っていないというのに、トンネル内部はヒビだらけであり。ところど  
ころ、得体の知れない白い筋まで走っていた。  
 十郎は眉間に皺を寄せ、残念そうに解説してやった。  
「手抜き工事です」  
「は?」  
「コンクリートの中にある鉄骨が、錆びているんですよ。いい加減な施工のせい  
で、雨にやられたんですね。放っておけば、近いうちに崩落するでしょう」  
「え、っと。霊障とかでは無いんですか?」  
「それは全く」  
 何を言ってるのやら、という顔に支配人は項垂れていく。今まで自分が怯えて  
きたのは、一体何だったのだろうかと。  
 その憤りや、積もり積もった鬱憤が、ついに沸点を超えたようだ。日本誕生に  
まで遡り始めた喧噪を振り返り、大声で怒鳴り散らした。  
「てめえら、いい加減にしねえか!」  
 しかし、全く誰も聞いていなかった。  
 何もかもが嫌になった顔でソファーへ戻り、テーブルに語り始める。その人生  
回顧録すら、飛び起きた和也の叫び声に掻き消された。  
「また会えると信じていました!」  
「困るんです」  
 飛び掛かってきた和也を、女中が流れるようなコンビネーションで撃墜する。  
少しも零さず取り替えられた湯呑みに、十郎はプロ根性を感じていた。  
 一気に飲み干して立ち上がり、突っ伏す和也を眺める。動けそうにない彼へと、  
歩き去りながら声を掛けた。  
「さっきのトンネルへ行くよ。あの女の子、どうしてるかな」  
「心配ですね」  
 何事も無かったように隣へ並び、和也が恭しくドアを開ける。部屋を出ていく  
彼らの背後には、燃え尽きた支配人と。人類発祥について激論を戦わせる、観光  
協会の皆さんの姿があった。  
 
 トンネルを調査し始めたが、これといって不審な物は見当たらない。墓地や刑  
場だった痕跡も、怪しげな儀式が行われた形跡も無く。不気味な染みも変な形と  
いうだけで、霊を惹き付ける要因ではなさそうだ。  
 それでも霊が集まっている証拠に、内部を歩き回る二人の背筋が冷える。鳥肌  
を立てて辺りへ目をやる和也を、十郎が出口から招いた。  
「西村さんには視えるんですか?」  
「いいや。しかし、じっと待つのも退屈だからね」  
 鞄から注連縄を取り出し、和也に手伝わせながら入り口に張り渡した。トンネ  
ル内を反対側へ抜けながら、やるべき事を簡単に説明する。  
「ここを封地した後で、集まってる連中を叩き起こす。話を聞いて、まともな要  
求ならともかく、無理難題を言うなら祓うよ。特殊な霊場でも無いようだし、多  
分、今回は見ているだけで終わると思う」  
「次からは、俺も何かやるんでしょうか」  
「いきなりで、危険な事な目には遭わせないさ。君の命もだけれど、うちの信用  
に関わるからね」  
 外が見えてくると、顔つきの変わった和也が走り出す。急に意欲に溢れたので  
首を捻った十郎は、彼の向かった先を見て納得した。  
 白いワンピースを着た少女が、じっと彼らの方を見ていた。勢い良く向かって  
くる和也にも、まるで動じる様子は無いようだ。  
「再び君に会えるなんて、これはもう運命としか表現出来ないさ。その辺りでお  
茶でも飲みながら、二人の将来について、じっくり語り合おうじゃないか」  
 逃げないって事はOKなんだね、と歓喜の涙にくれながら飛び掛かる。  
 
 だが、和也は少女を擦り抜け、地面と熱い口付けを交わした。心の友も元気を  
無くしかけたものの、挫けぬ心を持っているらしい。素通りする手を掴もうと、  
四苦八苦していた。  
 冷たく眺める彼女の肩で、切り揃えられた髪が揺れる。細くて小柄なせいもあ  
って、少女には幽玄に溶けてしまいそうな、儚げな印象があった。  
「除霊屋ね。悪い事は言わない、引き揚げた方が良いわ」  
「幽霊の君と違って、僕らは御飯を食べる為に、仕事しないといけないんだ」  
 神域の場合とは逆向き、つまり内側へ閉じ込めるように注連縄を張る。作業を  
続けつつ、十郎は彼女に尋ねた。  
「ここの連中が人を殺そうとするのを止めていたのは、君だよね」  
「ええ。トンネルを除霊するのも何度か見たけど、効き目が無いどころか酷くな  
るばかり。いずれ、私では事故も防ぎきれなくなる。多分、この道を通行止めに  
するのが一番よ」  
「うんうん、俺もそう思うな。ところで、俺は森崎和也というんだけど、君の名  
前を教えてくれませんか」  
「加藤蛍。死んでから三年」  
 何度も連呼して覚え込む彼へ、蛍は不思議そうに言った。  
「もしかして、私を口説いてるの?」  
「冗談じゃない、『もしかして』なはず無いだろうが! 君みたいな美人と、少  
しでも仲良くなろうと願うのは、全人類の夢だぞ」  
「幽霊に迫る人なんて、初めて見た。流石は除霊屋ね」  
 欲望を語る和也もだが、感心する蛍も大真面目らしい。やりとりは少しずれて  
いるものの、意外と気が合うようだ。  
「ちょっと離れてて貰おうかな」  
 二人を退がらせ、準備を終えた十郎がトンネルに向き合う。  
 両手を合わせて呼吸を繰り返すうちに、次第に辺りの空気が変わってきた。付  
近から虫の声が途絶え、風の音が大きく聞こえ始める。和也が息を呑んだ時、下  
から吹かれたように背広が靡いた。  
 力が抜けきって細くなっていた目を、かっと十郎が開く。左手をずらし、二度  
はっきりと逆手を打った。  
 爆発したような気配が起き、トンネルの中で異様な空気が渦巻いた。穏やかな  
日差しを浴びているのにも関わらず、足下から肌寒さが昇ってくる。トンネルか  
ら沸き出した無数の手や顔が、注連縄に阻まれて怨嗟の唸りを響かせてきた。  
「西村さん、成功なんですか」  
「これはちょっと、思ったより凄かったね。駄目かもしれないな」  
 朗らかに笑う眼鏡へ、必死の形相で和也が詰め寄った。  
「あんたがやったんでしょうが! 責任取って下さい。マジにヤバイんだったら、  
俺は逃げさせて貰うっス」  
「心配要らないよ。僕は自分の力を増幅する、秘密兵器を持っているんだ。それ  
さえあれば、この何倍もの霊だろうと簡単に祓えるのさ」  
「で、ちゃんと持ってるんでしょうね?」  
「車のトランクに入ってる。取りに戻る時間は無さそうだけど」  
 なんだか楽しそうに十郎が笑うと、結界が軋んだ音を立てた。頭を抱える和也  
の視界で、空の雲が両親の顔に見えてくる。  
「お父様、お母様、先立つ不幸をお許、ってあんたらのせいじゃねえか! 死ん  
だら絶対に、化けて出てやるからな」  
 楽しみにしてるぞ、と語り掛ける雲に和也は髪を掻きむしった。  
 騒がしい彼とは違って、十郎は落ち着いていて慌てる素振りも無い。近寄った  
蛍は、和也の肩に手を置きながら口を開いた。  
「あれでは、私にも対処出来ない。何か方法があるんでしょ、早く話して」  
 蛍と十郎は、共に冷たい顔をしているのだが。二人が向き合った事で、明確に  
違いが感じられた。心の奥底まで醒めきった十郎と違い、蛍の瞳には内面の炎が  
揺らめいている。十郎の方が死人、むしろ機械じみた印象があるだろうか。  
 励ますような肩の手に、半分本気で縋り掛けて。和也は、彼女の霊体が小刻み  
に震えている事に気付いた。  
「霊障の原因は分かったよ。何かの加減で竜脈が乱れて、ここに霊が集まってし  
まったらしい。それを元通りにしないと、何度祓っても変わらないだろうな」  
 背広のポケットから、十郎がお守りを取り出した。  
「これをトンネルの中央へ置いてくれば、収まるはずなんだ。問題は、僕が行く  
と消耗してしまい、後始末が出来なくなりそうでね」  
 
「今回は見てるだけ、って言ったじゃないっスか」  
「状況が変わったからなあ」  
 立候補しようとした蛍の前に出て、決定事項のように和也が嘆いた。膝どころ  
か奥歯も震え、かたかたと鳴っている。怯えきった様子に、やはり蛍が代わろう  
としたのだが。気配を察した彼は、さり気なく十郎との間に立った。  
 彼女も怯えていたのを、見たからだろう。  
 とっくに死んだ自分を庇う後ろ姿に、血の流れていない蛍の目元が、心情を表  
わして赤くなる。思わず視線を外してはまた戻すという、可愛い仕草を繰り返し  
ていた。  
「そうだ。きちんとこなせたら、森崎君にボーナスをあげよう」  
「なんでもかんでも、金で解決すると思ったら大間違いです。で、幾らなんスか」  
 十郎は微かに笑って、背広から出した薬瓶を見せた。  
「普通は幽霊とはヤれないんだけど。異種族との交配を可能にする、うちの家に  
伝わる秘薬をあげよう。生殖の方法が違おうと、実体が無かろうと、何の障害に  
もならなくなるよ」  
「ふっ、俺を甘く見て貰っては困ります。こういう場合、彼女が嫌がるのが相場  
なんだ!」  
「私は構わないわ」  
 鼻から垂れた血を手で押さえ、和也が後ろを振り返った。上手い話を信じまい  
と首を振るものの、額では血管が脈打ち、目は血走っていた。  
「いいや、そんな簡単には騙されんぞ。お前さっき、『死ねば良かったのに』と  
言ってたじゃねえか」  
「ええ。あなたが死ねば、一緒にいられるでしょ。好みのタイプだもの」  
「言って良い事と悪い事があるだろ。本気にしたらどうする、俺はヤると言った  
らヤる男だ。どこまで逃げようと、地の果てまで追いかけるぞ」  
「心配要らない。逃げないから」  
 噴き出した鼻血が、掌を真っ赤に染める。血管でも切ったのかと、心配する蛍  
を余所に。和也は限界まで目を見開き、お守りを掴んでトンネル内部へと駆け出  
していく。  
 欲望を漲らせる彼に、霊も怯えたのだろうか。まとわりつく悪霊を蹴散らし、  
叫びながら和也が奥へと突進していった。  
「あれだけ霊力が高ければ、薬なんか無くても私に触れられると思う」  
「くっくっく。それではまるで、僕が嘘を吐いたような口振りじゃないか」  
 蛍が何か言いかけたものの、その前に十郎が頷いてきた。  
「そう、嘘なんだよ。秘薬は本当にあるけど、今持っているはずが無いだろう。  
これは、ただの栄養ドリンクさ」  
 瓶を持つ指をずらすと、わりと有名な商品名のラベルが見えた。跡が残らない  
よう器用に剥がして、ゴミを背広のポケットに戻す。一連の動作を、蛍は冷え冷  
えとした眼差しで追っていた。  
「悪人なのね」  
「違うな。僕はただ、森崎君の力を引き出したに過ぎないよ。あのままでも彼は、  
君の代わりに志願しただろう。だが、」  
 分かっていると、途中で遮って蛍が頭を縦に振る。欲望と共に霊力が高まって  
いなければ、トンネルに入ってすぐ憑き殺されていただろう。  
 お守りに効力があるのは、霊達が避けた事で分かった。悪意を込めて襲い掛か  
ろうとする度に、お守りを通して発せられた霊気の炎で撃たれる。よほどの効力  
があるのか、まともに浴びた者は燃えながら浄化した。  
 だが、蛍は分かってなどいなかったようだ。十郎は彼女の後ろで、楽しそうに  
笑みを浮かべているが。それは、見る者を薄ら寒くさせる笑顔だった。  
「この辺りですか」  
「そうだね」  
 返答を聞いて、和也がお守りをトンネルの中央へ叩き付けた。  
 途端に空気が吸い込まれるような圧力が起こり、彼を引き寄せる。飛ばされる  
霊を横目に、身を低くしながら、一歩一歩目的地へと進む。  
 外の明かりが近付くにつれて、蛍の微笑みも大きく見えてきた。何度か足を滑  
らせつつ、注連縄の向こうへ腕を伸ばす。しかし彼女が手を取るより先に、横か  
ら背広の腕が薬瓶を差し出した。  
「約束の報酬だ」  
 引ったくるように奪った和也が、蓋を空けて一気に煽る。まだ少し距離があっ  
たはずなのだが、いつの間にか外に立っていた。  
 
 瓶を投げ捨てて口を拭い、おそるおそる手を伸ばす。蛍からも向けた手に、  
ちゃんと触れられる事が分かると。彼女を引き寄せて、腕の中に包み込んだ。  
「柔らかくて、気持ち良いな。本当に、この女が俺のもんになるのか」  
「ここでするのは嫌」  
「ちょっと待って頂けませんかね。その言い方だと、ここじゃなきゃ良いみたい  
になってます。今すぐホテルに帰って、押し倒しちゃっても構わないんでしょう  
か。俺は一生、心の友と戯れてるのがお似合いだとか言われてきたのに。もう一  
人遊びなんかしなくても君が相手してくれる、と理解してしまいますよ」  
「そうよ」  
 あっはっはと和也は笑いかけたが、同意されて完全に硬直した。  
 首の骨でも錆びたのか、ぎこちない動きで蛍を覗き込む。思わず抱き締めてし  
まったものの、顔の近さに改めて気付いて鼓動が速まり。しっかりした頷きで揺  
れる髪に、視界が滲んできた。  
「ごめんよ、まだ僕には帰れるところがあるんだ。こんな嬉しいことは無い。分  
かってくれるよね? 心の友とは、いつでも遊べるから」  
 肉どころか血も無い蛍を、軽々と両腕に抱え上げると。首へ手を回して、胸元  
に顔を預けてきた。切羽詰まった顔で頼む和也に、口の端を持ち上げた十郎が撤  
収を許可してくれた。  
 雄叫びと共に遠ざかる彼らへ、若さを羨むような目を向けてから。懐から玉串  
を取り出し、十郎はトンネルに歩み寄った。  
「素直に根の国へ旅立たないのは、僕に対する挑戦かな」  
 入り口付近で、一体の大柄な霊が地面に爪を立てていた。残りは成仏したよう  
だが、彼だけ踏み止まったらしい。  
「貴様の力は認めている。だからこそ、忠告してやろうと思ったのだ」  
「ほう、忠告ですか」  
 相手が話す間にも、榊の枝を振り翳す。左胸の上で肘を張って逆さに構え、ゆ  
っくり時計回りに動かした。九十度で制止させると、白い木綿<ゆう>が踊って  
麻の澄んだ音が響いた。  
 十郎は念を込めながら、左手だけで玉串を垂直になるまで回し。右手を添えて、  
周囲の圧力に体の縁を揺らがせる、大きな霊体を見据えた。  
「良いか、我らが力を増したのは始まりに過ぎん。なぜ竜脈が乱れたのか、良く  
考えてみよ。この国の根幹に封じられた彼奴が、」  
「はらいたまへ きよえたまへ」  
 さっと払われた玉串により、霊の前面に亀裂が走る。  
 一撃で消滅はしなかったようだが、バランスを崩した彼は周りの圧力に屈した  
らしい。話の途中だと叫びながら、吹き飛ばされていった。  
 清浄な空気が戻ったトンネルを眺めながら、十郎が顔へ手をやる。眼鏡の位置  
を正しつつ、冷静な態度のままで呟いた。  
「態度のわりに、弱過ぎたようだね。おかげで、忠告とやらを聞きそびれてしま  
ったよ」  
 ひらひらと飛ぶ蝶が彼の視界を過ぎって、道脇に生えた草花の上に止まった。  
何の変哲も無い洞窟に戻った中からも、虫の声が聞こえてくる。十郎は癖の無い  
髪を軽く振ってから、ぽかぽかとした陽気の下で注連縄を片付け始めた。  
 
 急に加わった和也にも、ホテル側は部屋を用意してくれた。十郎の物よりも狭  
い部屋だろうと、別に文句は無かったものの。一人用ベッドに二人で入ると狭い、  
という当たり前の事に彼は感涙していた。  
 途中で出会した従業員達は、彼の真剣な表情から、一刻を争う事態と見て邪魔  
しなかった。確かに間違ってはいないだろう。  
 荒々しく閉めたドアとは違って、蛍を優しくベッドに置こうとしたが。未経験  
故の悲しさか、関節がまともに動かない。四苦八苦して乗せた彼女に、ようやく  
和也が覆い被さった。  
「ありがとう」  
「ちょっと待ってくれ。お礼を言うのは、こっちだろ」  
「私、処女のまま死んだから。それで、ずっと未練が残ってた」  
 性欲より優しさが勝った彼へ、なんでも無いように蛍は呟いた。  
「薄情よね。あの崖から落ちた時は、家族が揃ってたのに。一人だけ生き延びて  
しまったのも、きっとそのせいよ」  
「えっと、実は生きてるって事か?」  
 
 試しに腕へ触ってみても、体温は感じられない。和也が半信半疑でいると、下  
で首が振られた。  
「いいえ、出血が酷くて間もなく死んだわ。すぐに追えば、両親や妹のところへ  
行けたでしょうにね。下らない理由で留まり続けて」  
「下らなくなんか無いだろ、俺だったら悪霊になっちまう自信があるぞ。しかし、  
けど、くそっ、どちくしょー!」  
 理性は行けと命じるが、欲望は戻るべきだと説得してきた。情動さえも混乱す  
るほどに、二つの考えが和也の中でせめぎ合う。どちらを選んでも後悔しそうで、  
硬直して動けなくなってしまった。  
 苦悩する彼に、瞳へ悲しみを過ぎらせ。それでも蛍は、最初から諦めていたよ  
うに呟いた。  
「やっぱり、相手が幽霊だと嫌なのね」  
「そんなわけあるか! 女の子で大事なのは、顔と性格だけだ。幽霊だの、人間  
じゃないだのなんて、胸の大きさと同じく個性に過ぎないんだよ」  
 なら何で躊躇っているのかと見上げた彼女に、苦しそうな表情が見えた。  
「未練を断ち切りたいなら、他の野郎にすべきだよな。蛍みたいに可愛い娘が、  
ずっと憧れてた初体験の相手だろ。俺みたいなしょーもない奴に、そんな価値な  
んか無えよ」  
「わりと恰好良いと思う」  
 顔へ手を伸ばし、そっと蛍が撫でさする。温かさは無いが、優しさは伝わって  
きて。何より、襟元から覗いた下着に、和也の憂いが掻き消されていった。  
「慰めてくれてありがたいけど、今まで全然モテた事なんか無いぞ」  
「不思議ね。外見だけじゃなくて、中身も魅力的なのに。私の事、庇ってくれた  
でしょ」  
「あれはだって、当然だろ。怖がってる女の子に任せて見てるだけなんて、いく  
ら俺でも出来ないよ。大体、トンネルに向かえたのも、勇気があるからなんか  
じゃない。西村さんに、上手く乗せられただけというか」  
 誇るどころか反省ばかりする彼を両手で引き寄せ、蛍が口付ける。  
 じっと押しつけあったまま、しばらく二人とも何も言わなかったが。少し離れ  
た蛍は、和也の目を見て囁いた。  
「モテなかったのは、和也君の周りにいる女に、見る目が無かっただけ」  
 硬直が解けて動き出した手へ、頷きかけてやる。それで背中を押された和也は、  
柔らかそうな膨らみを包んでみた。  
 見た目より大きな乳房が、柔らかく掌に広がってくる。  
 拒むどころかブラを外す蛍を見て、脳髄を吹き飛ばされながら両手で掴む。揉  
み込むうちにワンピースの下で生地がずれ、滑らかな感触が伝わる。調子に乗っ  
た彼は、服の下へ手を入れて下着を脱がせていった。  
 恥ずかしそうに視線を彷徨わせるものの、嫌がる素振りは見せない。すべすべ  
した足を割りつつ、再び唇に吸い付いた。  
「その、俺も初めてだから。痛かったらごめんな」  
「構わないわ。和也君と繋がる証だもの」  
 隅々まで染み込む彼女の声が、心地良いからだろう。あれだけ出たがっていた  
のに、心の友はズボンに引っかかってしまう。  
 ようやく現れた時には、長い付き合いの彼でさえ驚くほど立派になっていた。  
「男子三日会わざれば刮目して見るべし、とは言うけど。昨日よりも成長してる  
気がするな、こいつ」  
「あまり、不安にさせないで」  
「悪い。蛍に入れると思ったせいか、いつもより元気みたいでさ」  
「……それならいい」  
 魅入られたように唇を重ね、手を添えた陰茎で陰唇を探る。触れるうちに潤み  
が増してきて、陰核を擦られた彼女の腰が跳ねた。  
 気遣おうとはしているらしいが、焦りばかりが募ってくるようだ。目で確認し  
ないと無理そうだと下げかけた顔を、蛍が引き戻して口付けた。  
「見ないで。恥ずかしいから」  
「でも見た事も触った事も無くて、良く分からな、」  
 陰茎に添えられた手に、息を呑んで蛍を見る。強く瞑った目の周りが、赤味を  
増していて。挟んでくる陰唇も含め、彼女の可愛さが胸いっぱいに広がった。  
 合わせた蛍の口の中へ舌を差し込み、触れた舌先を追い求める。ぎこちなく絡  
めるうち、先端が膣口に触れた。導いた手を固定したまま、脚を和也の背中へ回  
して引き寄せる。  
 
 艶めかしい肉襞に纏わりつかれた和也は、とにかく奥へ挿れていった。  
 彼女の肌が服に隠されているのが我慢出来なくなり、ワンピースを捲り上げる。  
綺麗な体が現れたが、それよりも沈んだ顔に意識が向いた。  
「そんなに痛いのか」  
「いいえ、全然痛くないの。やっぱり、生きている時に会いたかった」  
「なんつーか、非常に申し訳無いんですけども。俺の方は、蛍の中がくっついて  
きて、すっげえ気持ち良いです」  
「そっちは大丈夫、あふっ、私も和也君を感じてる」  
 気持ち良いよ、と恥じらいながら言われて、一気に根元まで突き入れる。繋が  
りきったところで、膣内にいるという感動に浸りかけたものの。蛍が腰を擦り付  
けてくると、快楽が蓄積されていった。  
 試しに前後してみたら、襞が陰茎の表面に絡んできた。ぎゅっと膣内が締まり、  
奥へ留めようとしている。思い切り押し込むと、膣全体で吸い付いてきた。  
「人類の歴史には無関係な一歩だとしても、俺にとっては大きな飛躍だ。凄いな、  
しっかり咥え込んでる。どうしよう、中以外で出したく無いぞ」  
「外にしたら祟、あんっ」  
「あ、そういや死んでたんだっけ、蛍は。妊娠しないんだよな」  
 喜びとも悲しみとも取れる声を聞いた彼女は、確かめてみる事にした。  
「西村さんの薬は、幽霊とも交配を可能にするのよね」  
 冷静ぶろうとしていた和也の仮面が剥がれ、欲望に漲る眼差しで見てくる。ぞ  
くぞくっと背筋を震わせた蛍は、嬉しそうに口元を綻ばせた。  
「生きてる間には産めなかったから。死んでいる私でも良いなら、和也君に妊娠  
させて欲しい」  
「ふっ、後で冗談だとか言っても手遅れだぞ」  
 なんとか立て直そうとしたが、更に深く飲み込まれて余裕など掻き消された。  
 蛍が子宮口へ陰茎を当て、ぐいと腰を落とす。狭過ぎるはずの子宮頸管が、悦  
んで受け入れてくれる。陰唇が根元に押しつけられ、いくらでも精液を溜められ  
そうな空間に先端が出た。  
 人間相手では到達不可能な場所へ到達している、という知識は和也に無い。た  
だ、子宮という単語が頭で渦巻き、心の友が熱い涙を滲ませた。  
「子宮。もしかし、いや、しなくても。子宮なんだ。このまま出したら、蛍さん  
は妊娠するしかないんじゃないんでしょうか」  
「いっぱいにして」  
「どちくしょー! この女、可愛い過ぎるぞ」  
 蕩けた顔でねだる彼女を抱き締め、差し挿れたまま腰を揺らした。お互いを求  
める舌が、唇や歯を撫でていく。胸に広がる乳房の柔らかさや、汗をかけない肌  
の滑らかさを感じるうちに。あますところなく密着して、和也は注ぎ込んでいっ  
た。  
 どくんっ、どくどくどくどくっ  
 まるで年度末の役人にとっての予算のように、心の友が精液を使い切ろうとす  
る。卵管の入り口に浴びせられた蛍が、子宮まで震わせて甘い息を吐いた。  
 陰唇や膣内の締め付けを感じつつ、残らず出していくと。蛍が彼の胸に頭を置  
いて、自分のお腹を撫でた。  
「ここに、赤ちゃんが出来るのね」  
 孕んだ時を想像しているのか、優しい手つきだった。それでいて、伏せた目か  
らは淫靡な気配が滲んでくる。埋め込まれた陰茎が、力を漲らせたままだからだ  
ろう。上目遣いに窺う蛍とキスを交わし、もっと深く繋がるよう腰を抱き寄せた。  
「悪いけど、もう一回ヤらせてくれ。恨むんなら、顔も仕草も性格も俺好みな、  
自分自身を呪うんだな」  
「一回と言わず、妊娠するまで何度でもよ」  
 挑発に乗った和也が腰を振り立て、蛍も応じてくれる。無我夢中で絡み合う二  
人は、水音と嬌声を響かせながら、交わり続けていった。  
 
 蛍達の遺体を埋葬した前で、十郎が鎮魂の祝詞を上げていた。手を合わせて座  
る和也も、一心に祈りを捧げているようだ。  
 草木の這い込んだ車には、四人分の亡骸があった。  
 長らく放置されていたらしく、白骨化した遺体の損傷は酷いもので。崩れかね  
ないそれを、静かに大地へ移した。慣れていない和也は怖々とだったが、丁寧に  
扱っていた。  
 
 依頼主への報告も済んでいるので、崖を昇れば家に帰るだけだ。十郎の祈祷が  
終わると、名残を惜しむように和也は立ち上がった。  
「寂しくなるよ」  
「なぜ?」  
 背中にくっついて浮かぶ蛍を振り返り、涙を堪えながら言い直した。  
「そうだな、今のは俺が悪かった。ようやく成仏出来るんだし、喜んでやらない  
といけないか。ま、お盆にでも、家族と一緒に顔出してくれ」  
「当分無理だと思うけどね」  
 十郎が崖から垂らしたロープに手を掛けて、登攀の準備を進める。眼鏡の奥か  
らは、興味深そうな視線が送られていた。どうやら彼にとって、面白い観察対象  
が出来たようだ。  
 冷静な二人の顔を見比べるうちに、和也も理解したらしい。戸惑いながらも疑  
問符を出し続ける彼へ、呆れたように蛍が言った。  
「未練が出来たから」  
「事務員を捜していたところだし、僕としても渡りに船なんだよ」  
 あまり力があるようには見えないが、器用に十郎が岩肌を昇り始めた。和也は  
両拳を握って、喜びを噛み締めていたものの。まずやるべき事を思い出し、大空  
を見上げた。  
「神様ありがとう。実はずっと信じてました」  
「そう」  
 冷たく吐き捨てて行こうとした蛍の手を、掴もうとして擦り抜ける。無様にひ  
っくり返りながら、自分を見る彼女に満面の笑みを向けた。  
「これからよろしくな。好きだぜ、蛍」  
「ま、いいわ」  
 手を貸して起こそうにも触れられないので、蛍がスカートを摘んでやった。す  
らりと伸びた脚が晒されて、魅惑の隙間まで見えそうになる。  
 途端に感触の返った手を握り、立たせてやりながら。ふわふわと浮かぶ蛍が、  
お腹の中で揺れた精液の感触に、恥ずかしそうに視線を逸らした。  
 
 
続  
 

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