発信者は、あり得ない名前だった。  
『浦島涼美』  
 そんな莫迦な。タチの悪いイタズラか。  
 いや待て。こいつの携帯、見つかってないとか言ってたっけ。  
 拾った誰かが、電話帳に登録されてる相手に適当に電話してきたのか?  
 どうする? 出るべきか?  
 迷っている間に、着メロが途切れた。  
 不在着信1件。  
 いや「着信アリ」というべきか、いまの状況にふさわしく?  
 浦島涼美。  
 高校のクラスメート……だった。数日前まで。  
 きのう葬式に行ってきたばかりだ。  
   
 すぐにまた着メロが流れ出した。おっかなびっくり発信者を見る。  
 同じ名前だった。  
 俺は、いまいる場所を見回す。  
 一人暮らしのアパート。六畳に台所付き、角部屋なので窓は二方向、風呂ありトイレあり。  
 悪くない物件だが、呪いの電話がかかってくるのにも、ぴったりかもしれない。  
 悲鳴を上げても駆けつけて来る家族はいない。隣は夜勤ガードマンのオヤジで、いまは夜だから留守だ。  
 いや待て、俺は呪われる覚えなんてないぞ。  
 浦島とは顔を合わせれば雑談する程度の女友達という関係でしかない。  
 むしろ、怨みを買っているとすれば浦島当人だ。  
 
 文化祭の打ち上げコンパの帰り道。  
 自転車で踏切を横断中にすっ転び、そのまま寝込んだところを電車に轢かれた酒乱癖の女。  
 おかげでコンパに参加したクラス全員が一週間の停学になった。高校三年の二学期にもなって停学だぞ。  
 死んじまった奴のことを悪く言いたくはないが、みんな内心では思っていることだろう。  
 この大莫迦野郎。  
   
 それで、この電話をどうするかだが……  
 今度はいつまでも着メロが鳴りやまないので、俺は電話に出てみた。  
 きっと行方不明の携帯を拾った奴からだ。そうに違いない。  
 無事に葬式も終わったのに、浦島が化けて出るわけないじゃないか。  
「……はい」  
『――あ、坂田?』  
 ――ぷつっ。  
 俺は速攻で電話を切った。相手の声に聞き覚えがあったからだ。  
 アニメみたいな鼻にかかった甘い声。間違いない浦島涼美だ。  
 着信拒否の登録はどうすりゃよかった?  
 考えている間に、三度目の着信。もちろん発信者は同じだった。  
 何故なんだ、浦島。おまえに怨まれる覚えはカケラもないぞ。  
 それともクラス全員に電話してるのか? 停学させるハメになってごめんなさいと。  
 勘弁してくれ。ホラー映画じゃなければブラックコメディでもないんだ。  
 携帯、窓から投げ捨てるべきか?  
 着メロはいつまでも流れ続ける。このシチュエーションにふさわしくないHIP−HOP。  
 
 くそったれ。俺はもう一度、電話に出ることにした。  
 これだけしつこい電話を無視したら、そのほうが呪われそうだった。  
 そんなことを考えている俺は、浦島の死という現実を、まだ受け入れてないのかもな。  
 思いつきのまま何も考えずに生きているような、何の気苦労もなく長生きしそうな奴だったから。  
 現実を受け入れていたら?  
 死人からの電話なんか無視するさ。そんなこと、現実にはあり得ないと決め込んで。  
「……はい、もしもし」  
『――ちょっと、坂田。あんた免許あったでしょ、いまから車で迎えに来れる?』  
「あ?」  
 これが化けて出た奴の第一声か? アニメ声のくせに奥ゆかしさのカケラもないぞんざいな喋り方。  
 俺は思わず、ごく常識的な返事をした。死人ではなく、生きている浦島にしてやるような返事を。  
「免許はあるけど、車なんかねーぞ」  
『そんなもんどこかで借りて来てよ、レンタカーでも何でも』  
 相手の言葉は身も蓋もなかった。まさに生きていたときそのままの浦島だ。  
 俺の理性が、いますぐ電話を切るべきだと警鐘を鳴らす。死人をどこへ迎えに行くのかと。  
 だが、理性よ。相手が浦島だと知りながら電話に出たときすでに、俺は貴様に見切りをつけていたんだ。  
「レンタカー代はおまえが出すんだろうな? どこへ迎えに行けばいいんだ?」  
『えっと、うちの近所の踏切のところ。と言っても、あたしの家は知らないっけ?』  
「わかるよ」  
 きのう葬式でおまえの家に行ったばかりだ。ついでに踏切にはクラスみんなで花を供えてきた。  
『じゃあ、悪いけど、すぐに来て。すごい寒気がするの。このまま凍死したら、化けて出てやる』  
 浦島の声がそう告げて、電話が切れた。  
 
 可哀想に。いまさら凍死とか言っているこいつは、自分の死を認識していないらしい。  
 自分がもっとひどい死に方をしたと知ったら、さぞかしショックだろうな。  
   
 一軒目のレンタカー屋は断られた。申込書の職業欄にバカ正直に高校生と書いたからだ。  
 高校生には親の承諾がないと車を貸せないとさ。この石頭の店員め、呪われちまうがいい。  
 二軒目では申込書に職業を会社員と書いたら、特に詮索もなく車を借りられた。  
 俺の生年月日は免許証でバレてるが、十八歳でも普通に会社員はいるからな。  
 借りたのは一番安い軽自動車だった。仕送り暮らしの高校生の身で贅沢はできない。  
 浦島から代金を取り立てるのは諦めることにした。血まみれの金を出されても嫌だからな。  
 一軒目の石頭のせいで時間をロスしたが、浦島から催促の電話はなかった。  
 死んでる奴から何度も電話があるほうがおかしい。  
 その死んでる奴を迎えに行こうとしている俺は、もっとおかしい。  
 俺は合宿免許を修了した夏休み以来の、おっかなびっくりの運転で浦島の家へ向かった。  
 正確に言えば、浦島の家の近所の、彼女が轢かれた踏切だ。  
 踏切の手前の、クラスのみんなで花やら菓子やらCDやらを供えた前辺りに車を停めた。  
 周囲はJAの倉庫と畑という寂しい場所だが、月が出ているおかげで、それなりに明るい。  
 車を降りて、辺りを見回す。  
 浦島の姿はない。当たり前か。できればそのまま成仏していてくれ。  
「おい、浦島?」  
 それでもいちおう、声をかけてみた。すると、踏切のほうから、  
「……こっち……」  
 浦島の声だった。くそっ、やっぱり化けて出てやがるか。  
 
 ここまで来たのが無駄足で、むなしく一人で家に帰るハメになっても、俺としては困らなかったんだけどな。  
 恐る恐る、踏切に入る。いきなり遮断機が閉まって電車が突進して来るようなホラーな現象は起こらない。  
 少し離れた線路上に、月の光に照らされて白いモノが転がっているのに気づいた。  
「……浦島?」  
「……うん……」  
 その白いモノから、答えが返る。  
 それは「線路上に横たわった人間」としては、寸足らずだった。  
 黒い髪が生えた頭と、白い服をまとった上半身までは見分けられる。  
 だが、下半身は闇に溶け込んだように見えない。  
 俺はそちらへ近づくことを躊躇した。何を見るハメになるのか、想像がついたからだ。  
 浦島は電車に轢かれて死んだ。葬式のとき、棺桶の中の死に顔は見せてもらえなかった。  
 そういうことだ。  
「……坂田……」  
 浦島が言った。俺の心を読んだかのように、  
「……こっち、来てくれても、大丈夫……と、思う……。腰から下だけ、見ないようにしてくれたら……」  
「ああ……」  
 俺はうなずいたが、足を踏み出すことを、なおもためらった。  
 すると、浦島は焦れたように、生きていたとき同様の素(す)の口調になって、  
「……ちょっと、早く来てってば。電車が来たらどうすんの? 見殺しにする気?」  
 いや、俺が到着するまでに、何本も電車は通り過ぎてると思うけど。終電にはまだ間があるし。  
 しかし、化けて出ても浦島は浦島か。  
 俺は少しばかり安心して、線路の上を歩いて浦島に近づいた。  
 
 枕木を文字通り枕に横たわる、浦島の姿を見下ろす。  
 コンパのときに着ていたのと同じ白いワンピース姿――いや。  
 おなかのあたりは真っ赤に染まり、腰から下は、すっぱりと無い。だからワンピースとも呼べないけど。  
 だが、下半身が無いこと以外、浦島は生きていたときと変わらなかった。  
 ショートボブの髪に、黒眼がちな瞳に、小作りな鼻と口。  
 ひとことで言えば童顔だが、むしろタヌキ顔と呼ぶのがぴったりか。  
 ……おまえ、タヌキが化けてるのか?  
「……坂田……」  
 浦島は、右手を上げて、俺のほうに伸ばした。左手は後生大事に携帯を握っている。  
 ああ、悪い、待たせて悪かった。  
 思ったけど口から言葉が出なくて、だから俺はその場にしゃがみ、浦島の右手を握ってやった。  
 冷たい手だ。死人だから当然だろうけど。  
「坂田……」  
 妙に艶めかしく紅い唇が、言葉を紡ぐ。  
「……あんた、いつまでこんなところに寝かせておく気? 電車が来たらどうすんだってばさ」  
 そうだった。こういう身も蓋もない言い方をする奴だよな、おまえ。  
 しかし、ここに寝かせておけないなら、どうするか。  
 車で迎えに来いと言われたんだから、当然、車に乗せてやるべきだったけど。  
 抱きかかえるのか? この下半身のない、出血多量のお化け女を?  
 それしかないよな。自分じゃ歩けないだろうし。亡霊なんだから空を飛ぶくらいの芸は見せてほしいが。  
 俺は覚悟を決めて、浦島に言った。  
「両手、俺の首に回せ」  
 
「……こう?」  
「って、締めるなバカ。俺をあの世へ道連れにする気か」  
「どうすりゃいいのさ?」  
「肘を曲げて、俺の首に両腕でぶら下がるようにしろ」  
 言いながら俺は、前かがみになって、浦島の背中に手を回す。身体も冷たいな、やっぱり。  
 血の気は失せてるけど、生きていたときと変わらない童顔が、俺の眼の前に近づいた。  
 潤んだ瞳が、俺を見つめて、  
「やだ、顔、近づきすぎ。変な気、起こさないでね」  
「このまま転がしとくぞ、次の電車来るまで」  
「やめてよ、まじそれシャレにならないから」  
 まるで自分が轢かれて死んだことを認識しているみたいな口ぶりだな。  
 俺は浦島の身体を抱え上げたが、このまま前かがみの格好では、まともに歩けなかった。仕方がない。  
「しばらく我慢しろ」  
 俺は言うなり、相手の顔を俺の胸に押し付けるかたちで、しっかり身体を抱え込んだ。  
「……汗くさいけど、我慢する……」  
 浦島が殊勝なことを言う。こっちだって血まみれのおまえを抱えて我慢してるんだから、おあいこだな。  
 いや待て。こいつの本当の身体は、きのう火葬場で焼かれたはずだ。じゃあ、俺が抱えているのは何だ?  
 よくわからないが、抱えている感触は確かにあった。深く考えないことにしよう。現実と理性にサヨナラだ。  
 俺は胸に抱きかかえた浦島の身体を、えっちらおっちら、車まで運んだ。  
 いや、それほど重かったわけではないが、運びづらかった。  
「ちょっと、いったん下ろすぞ」  
 俺は上半身しかない浦島の身体を地面に転がして、助手席のドアを開けた。  
 
「さあ、乗ってくれ」  
 もう一度、浦島の身体を抱えて、助手席に乗せてやった。  
 腰から下がないおかげで妙に座高が低くなる。  
 あえて視線は向けないようにしていたが、胴体の轢断面からは臓器が露出しているはずだ。  
 それで椅子に乗せられているのだが、痛いということはなさそうで、安心した。  
「寒いとか言ってたのは、大丈夫か?」  
「あ、うん。いまは平気」  
 そう言うと、浦島は俺の顔を見て、微笑んでみせた。  
 やべ。こいつ、笑うと妙に可愛かった。  
 死んじまったあとになって気づいてどうすんだ、俺?  
 いや、顔も声もそこそこ可愛いのはわかってたけど、普段の言動がアレだから。  
 女として意識できる相手では、なかったよな。  
 照れ隠しに相手の顔から視線をそらし、俺は浦島の身体にシートベルトを締めてやった。  
 とっくに死んでる奴の身の安全を気にしても仕方ないが、椅子から転げ落ちられても困るしな。  
 その浦島が、狭い車内をぐるりと見回して、  
「軽なの?」  
「ああ。それがどうかしたか?」  
「……いやべつに」  
 さっきの殊勝な微笑みはどこへ行った? 口をとがらしてるんじゃない、このお化け女。  
 俺は助手席のドアを閉め、運転席側に回って、車に乗り込んだ。  
「どこへ連れていきゃいいんだ、おまえの家か?」  
 俺は浦島の横顔を見てたずねる。  
 
 浦島は、その座高ではダッシュボードしか見えてないだろうが、まっすぐ前に視線を向けたまま、  
「……あんたんちは?」  
「構わねーけど」  
 俺が一人暮らしなのは周知のことだ。幽霊が転がり込んでも迷惑になるまいと、浦島も考えたのだろう。  
 自分の家に帰って、腰から下のないスプラッターな姿を家族に見せるよりマシだろうし。  
 しかし俺のアパートへ行くとして、この下半身の無い幽霊女をどうやって車から部屋まで運ぶか問題だぞ。  
 誰かに見られたら、シャレにならんことになりそうだ。  
 ま、いいか。車で走ってる間に成仏するかもしれんしな。  
 シートベルトをしようと思って、ふと自分の体を見て気づく。  
 かなり流血しているように見えた浦島の身体を抱えたのに、俺の服はまったく汚れていない。  
 そんなもんだよな。幽霊だから。  
 俺はシートベルトを締めて、車を発進させた。  
   
 しかし助手席の幽霊女と何を話せばいいのか。  
 とりあえず、自分が死んでいることを認識しているのかどうか、確かめようと思った。  
「おまえ、どうしてあんなところに転がってたんだ?」  
「わかんない。文化祭終わって、打ち上げに行って……かなり飲んでたとは、思うけど」  
「いや相当飲んでたくせに、無理して自転車で帰ったんだろ。他の女子が止めたのも聞かずに」  
「じゃあ、そうなんじゃない? ぜんぜん記憶ないけど」  
「おまえ自身のことだろ、んないい加減な」  
 あきれて俺が言うと、浦島は口をとがらせて、  
「しょうがないじゃん。あんたは酔っ払って記憶なくしたことないの?」  
 
「そこまで飲まねーよ」  
 俺が答えると、浦島は、ふんっと生きた人間みたいに鼻息を鳴らした。  
「つまんない奴。あんたみたいのと飲むのが一番シラけるのよね。一人だけ冷静ぶって」  
 おまえ、酒で文字通り身を滅ぼしたのに、その反省はないんだな。  
 いや、そもそも死んだことを認識してないのか。俺はそこを確かめるべく、さらに質問した。  
「おまえの中で、きょうは文化祭の打ち上げの何日後だ?」  
「は? あたしの中で? 何それ、何かのたとえ話?」  
「つまり、この世の時間では、きょうはあれから六日たってるんだよ。信じられねーかもしれねーけど」  
「……やだ。聞きたくない」  
「あ?」  
「そんな話は信じない。それを認めたら、あたし生きてられないから」  
「いや、生きてられないって……」  
「わかってるよ。お経は聞こえたし、お線香の匂いもしたし、踏切の外でクラスのみんなは泣いてたし」  
「…………」  
 こいつ、自分の死を認識しながら、あえてそこから眼をそむけてたのか。  
 浦島は言葉を続けた。  
「電車はびゅんびゅん、あたしの上を通り過ぎるし。それなのにあたしは、その場に転がったまま動けないし。  
 立ち上がろうとしても立てなくて、腰から下の感覚がないの。体も起こせないから自分では見えないけど、  
 手を伸ばして触ってみたら、わかるじゃない? 自分の身体がどうなってるか」  
「……わかってるなら、ここにいるおまえは何なんだよ?」  
「浦島涼美。それじゃダメなの?」  
 浦島は、じっと俺を見る。そんな顔すんな、畜生。いまにも泣きだしそうな、誰かにすがりたいみたいな。  
 
 どうせなら生きてる間に、おまえのそういう顔を拝みたかったよ。  
 いや、おまえの中では、まだおまえは死んだことになってないのか?  
 生きていることにしたい理由はなんだ? この世に何の未練があるんだ?  
 いっぺんに全部は訊けないので、俺はとりあえず次の質問に移った。  
「……俺に電話してきたのは、どうしてだ?」  
「免許持ってる奴、あんたしか思い浮かばなかった」  
 それだけか。まあ、そうだろうな。  
 俺がさらにたずねようとして、  
「じゃあ……」  
 口を開きかけたとき、浦島が言った。  
「ねえ」  
「あん?」  
「少し、寝させてもらっていい? 疲れた……」  
 返事を待たず、浦島は眼を閉じた。  
 すぐに、寝息を立て始める。  
 こいつが死人だと思わなけりゃ――なおかつ、こいつの素の性格を知らなけりゃ、惚れてしまいそうな寝顔。  
 そっか。自分が轢かれた踏切に、ずっと一人ぼっちで転がっていて。  
 きょうまで落ち着いて眠ることも、できなかったんだろうな。  
 俺の車の助手席でよけりゃ、いくらでも眠ってくれ。軽のレンタカーだけどな。  
 そのまま成仏してくれたら、なおのこといい。  
   
 アパートに着くまでの間に、浦島は成仏しなかった。  
 
 仕方ないので、目を覚ました浦島を車内で待たせて、いったん一人で部屋に帰り、毛布を抱えて車に戻った。  
 車外から見たら、座高は不自然に低いとしても、下半身が無いなんてわからない。  
 まったく、生きているままの浦島に見える。  
 助手席のドアを開けて、シートベルトを外してやった。  
 いや腕はあるんだから、ベルトくらい自分で外せそうだけどな。  
「どうするの、その毛布?」  
「悪いが、しばらく喋るな」  
 俺は浦島に頭から毛布をかぶせた。こうするんだよ、この毛布は。  
「……これ、ちゃんと日に当てて干してる? なんか変な匂いがする……」  
 何やら聞こえたようだが気のせいだ。死人に口なし。俺は毛布でくるんだ浦島の身体を抱え上げた。  
 腰から下がないにしても、いやに軽い。  
 元の体重が四十数キロとして、半分と見積もっても二十キロ超。  
 だが、そこまで重たい荷物とは感じない。やっぱり幽霊だからか。  
 その割に抱いてる感触はあるのだから、わけがわからない。  
 エクトプラズムとかそういうものの塊(かたまり)か? あいにくオカルトには詳しくないが。  
 車のドアを蹴飛ばして閉め、えっちらおっちら階段を上って、自分の部屋に浦島を運び込む。  
 六畳の真ん中にそっと寝かせて、毛布を開封した。  
「悪かったな、変な匂いの毛布でさ」  
「ううん……」  
 しおらしく首を振ったのは、どういう心境の変化か。浦島は、黒眼がちの潤んだ瞳を俺に向けた。  
 わずかに開いた唇から、白い歯が覗いている。  
 考えてみたら、この部屋に、母親か大家のババア以外の女を入れるのは、初めてだった。  
 
 その女が死人というのは問題だが、浦島だという点については、いまの顔を見てたら気にならなかった。  
 やべ。まじ、惚れる。  
 どうして生きてる間にその色っぽい顔を見せなかった、浦島?  
 下半身がねーんじゃ、ナニもできねーだろーが。  
「この部屋……」  
 浦島が口を開き、俺はきき返す。  
「あん?」  
「シャワーあんの?」  
「ああ」  
 俺はうなずいたけど、ちょっと待て。男の部屋に来て、まずシャワーの話題か?  
「借りていい? やだもう、血まみれなの……」  
 浦島は寝返りを打つように、ごろりとうつ伏せになると、腕だけでずりずりと、床の上を這い始めた。  
 うわ、礫断面からこぼれた腸を引きずってるぞ、おまえ。  
 ずりずりと這い進んでいく浦島を、あっけにとられて眺めていた俺だったが。  
「……連れてってやるよ。ここまで来て遠慮すんな」  
 我に返って、浦島の前に回り、その両肩の下に手を入れて身体を抱え上げた。  
 濡れた瞳が、すぐ眼の前にある。俺は視線をそらし、浦島を抱えて風呂場に向かいながら言った。  
「誤解しないで聞いてくれ。この身体で一人でシャワーは無理だろう。だから、俺に手伝わせてくれないか?  
 いや、変な気を起こしたわけじゃないぞ。というか、この状況でそれは無理だろう。ただ純粋に……」  
「……もういい。シャワーいらない。下ろして」  
「あ?」  
 きき返す俺に、浦島はそっぽを向いて、それ以上は何も言わない。  
 
 仕方なく、俺は浦島を抱えて六畳間に戻り、床に転がすのもなんなので広げた毛布の上に寝させた。  
 ふくれ面の浦島は、俺と眼を合わせようとしない。  
 何の文句があるんだ? シャワーを手伝うと言ったのが、そんなにスケベに聞こえたか?  
 でなきゃ……まったくその逆で、本当は変な気を起こしてほしかったのか?  
 この俺に? いまの状況で? 下半身のない、腸がはみ出してるおまえに対して??  
 ――だが、その下半身にさえ眼を向けなければ。  
 あどけなさを残した小作りな顔。その割に豊かな、白いワンピースの胸。  
 潤んだ瞳。濡れた唇。乱れて頬にかかった、さらさらの髪。  
 そんな色っぽい風情の女が、俺の部屋の真ん中で、無防備に転がっている。  
 その気になれ……と、誘ってるのか、やっぱり?  
 だけど、相手は浦島だ。ただでさえ地雷みたいな女が、しかも化けて出てきてるんだ。  
 迂闊なことをしたら呪い殺されるだろう。  
 くそったれ。浦島じゃない、ほかの女だったら、ここで口説くって選択肢もアリだけどな。  
「……浦島」  
 呼びかけた俺に、彼女は答えない。構わず俺は、言葉を続けた。  
「本当は何がしたいんだ、おまえ?」  
「…………」  
「自分が、もう死……その、わかってるだろ? でも、心残りがあるから、生き続けなきゃならないんだろ?  
 だから、俺でよけりゃ、手伝うから。行きたいところがあるなら連れて行くし、やりたいことがあれば……」  
「莫迦。健忘症。若年寄り。まだらボケ」  
「は?」  
 そっぽを向いたまま憎まれ口を叩き始めた浦島に、あきれて俺はきき返す。  
 
「健忘症……?」  
 待て。俺は、こいつに何か言ったことがあったか? 何かを約束したりしたか?  
 口説いたことはない。断じてない。女として意識してなかった相手を口説くわけがない。  
 だけど、友達としてなら……  
「……あ」  
 俺は声を上げた。そのときの俺は、ずいぶんなマヌケ面だったろう。  
 免許を取ったら車に乗せてやる。そう言ったんだ、夏休みに入る前に。  
 深い意味なんてなかった。ほかの女友達も何人かいる前で、そいつら全員に向かって言ったんだからな。  
 決して浦島ひとりを誘ったわけじゃない。断じてない。  
 でも、浦島にとっては、それが心残りなのか? なんだよそれ、どういうことだ、いったい?  
「……あたし、まだ十八だよ。心残りなんて、いっぱいあるに決まってるじゃん……」  
 浦島は、顔をそっぽに向けたまま、泣き出していた。  
「行きたいところ、やりたいこと、山ほどあるよ。友達とも……、それに……」  
 何て言いたいか、わかったけど、俺は口に出さなかった。  
 彼氏、か。  
 こいつ、彼氏なんていたのかな? いるわけないよな。いたらクラス中の話題になってたはずだ。  
 地雷女の浦島と付き合いたがる野郎がいたら、そいつのツラを拝みたい。  
 ――鏡を見りゃいいのか。  
 そう。俺は、このお化け女に惚れ始めていた。  
 だって、顔だけ見てりゃ、けっこう可愛いし。  
 いまの泣きじゃくる様子なんて、普段とまるで別人で、保護欲そそられるし。  
 だが、浦島当人は俺をどう思ってる?  
 
 いや、いまさら、その気がないなんて言わせないぞ。  
 一人暮らしの男の家に上がり込んで、シャワー浴びさせろとか言って。  
 挙げ句に部屋の真ん中に転がってるんだからな。  
 生きてるときから、こいつが俺に気があったかどうかは知らん。  
 でも、いまとなっては俺以外の選択肢がないってのが本音だろう。  
 それで構わなかった。消去法で選ばれたのだとしても。  
 俺だって、生きてたときのおまえを女として見てなかったんだ。いまとなっては後悔してるけどな。  
 彼氏ができりゃ成仏するんだろう? 俺でよけりゃ付き合うよ。いや、付き合わせろ。  
「浦島……」  
 俺は彼女のかたわらに膝をつく。  
 そして前かがみになり、床に手をついて、  
「こっち向けよ」  
「…………」  
 涙をためた眼が俺に向けられる。ふくれ面。紅い唇をとがらせてる。  
 俺は顔を近づける。どんな莫迦でも、いくら浦島でも、俺が何をする気かわかるだろう。  
 浦島は拒まなかった。むしろ眼をつむった。  
 俺は唇を重ねた。  
 ひんやり冷たくて――でも不快じゃなかった。精気を吸われるようなこともなかった。  
 舌を突き出すと、受け入れてくれた。  
 冷血な軟体動物みたいな浦島の舌と、たぶん興奮で火照ってるはずの俺の舌が絡み合う。  
 浦島相手に欲情しちまってる俺は莫迦だな。しかも腰から下のない轢死体も同然の浦島に。  
 片手で髪を撫でてやる。さらさらと手触りがいい。  
 
 色白のおでこと黒く艶のある髪の境界――つまり生え際に、小さなホクロを発見した。  
 生きてるときには気づかなかった。こんなに顔を近づけたことはないからな。  
 くそ、生々しすぎるぞ。おまえ、本当に死んでるのか?  
 唇を離す。浦島が眼を開けた。  
 頬を上気させ、とろんとした瞳で、俺を見つめる。  
 微笑んだ。やっぱ可愛かった。  
 生きてるときから、ずっとそういう顔をしてりゃよかったのに。  
 そうすりゃ彼氏なんか選び放題だったと思うぞ。  
 ま、それができないのが、浦島だったんだろうけど。  
 浦島が右手を上げて、俺の頬を撫でる。ひんやりした手が心地よい。  
 左手に握っていたはずの携帯は少し離れたところに転がってた。  
 さっき風呂場に這って行こうとしたときか、手放したのは。  
「……どこ見てんの? こっち見て」  
 言われて俺は、浦島の顔に視線を戻す。  
 口調はいつもの浦島だけど、微笑んだ顔は、まるで別人だな。  
 照れ隠しに、どうでもいいことを俺はたずねた。  
「おまえの携帯」  
「ん?」  
「あれも幽霊か?」  
「普通の携帯。電池はとっくに切れてるけど」  
 浦島は、くすくす笑う。  
「電池もないのに、どうやって電話したかは訊かないで。あたしだって説明できない」  
 
「さっきは悪かったよ。すぐに電話に出ないで」  
 謝る俺に、浦島は微笑む。  
「でも、迎えに来てくれたから……」  
 陳腐すぎる言い方だが、笑ってると天使みたいだな。本当のところは幽霊だけど。  
 もう一度キスをした。  
 そして、再び唇を離し――どうするべきか、俺は考えた。  
 キスだけで成仏できるわけじゃないらしい。じゃあ、どうするか?  
「……シャワー」  
「え?」  
「血を流したいんだろ。浴びに行くか?」  
「…………」  
 浦島は真顔になり、じっと俺を見つめる。  
 やべえ、地雷踏んだか? 怒り出すか? 呪われるか?  
 浦島が口を開いた。  
「……あたしの身体、きっとスプラッターだよ。自分でも怖くて見たくないくらい」  
「じゃあ、おまえは眼をつむってていいよ。俺が洗ってやる」  
「我がままなこと言ってもいい?」  
「何だ?」  
「あたしだけ見られるのは、やだ。あんたも服を脱いでくれる?」  
   
 俺はとりあえずトランクス一丁になり、浦島を抱えて風呂場に入った。  
 彼女の身体をタイルの床に置いて、ワンピースの背中のジッパーを下ろす。  
 
 臓器の覗いた轢断面で床に立たせた格好だけど、当人は嫌がりはしなかった。  
 白い背中と、白いブラジャーが覗いた。  
 腰から下が引きちぎられたワンピースから、浦島の両腕を抜いて、完全に脱がせる。  
 浦島は、されるがままになっていた。  
 服の上から見ても豊かだった乳房が、いまやブラジャー一枚だけに覆われて、俺の眼の前にある。  
 あー、そのやわらかそーな谷間に、早く顔を埋(うず)めてーぜ。それくらいさせてくれるよな?  
 脱がしたワンピースは床の隅に放り投げたが、次の瞬間には、消えてなくなっていた。  
 まずワンピースが成仏か。脱がせるたびに、極楽往生が近づいてくるのか?  
 それはいいとして……いままで、あえて見ないようにしてきた彼女の腰から下も。  
 ワンピースがなくなったことで、嫌でも目に入った。  
 ちょうどヘソの辺りだろうか。血で染まった皮膚が引きちぎられて、べらべらにめくれて。  
 その下から、腸やら、そのほか名前のわからない臓器やらが、こぼれ落ちんばかりに覗いていた。  
 皮膚の下の黄色い組織は脂肪かな。ガキの頃、図書館で興味本位で開いた医学事典の解剖写真を思い出す。  
 浦島当人はというと、しっかり眼を見開いて、顎を引き、まじまじとその部分を見つめていた。  
 怖くて見たくないんじゃなかったのか、おまえ?  
「電車になんて、轢かれるもんじゃないね……」  
 他人事みたいに冷静に、浦島は言った。  
「飛び込み自殺を防止したかったら、こういう写真を駅に貼っておいたらいいんじゃない?」  
「おまえ、やっぱり浦島だな」  
 俺としては、あきれるしかなかった。当人が意識してるか知らないが、真顔の台詞もギャグに聞こえる。  
 浦島の身体を壁に立てかけた。ほとんどモノ扱いだけど、これが嫌だったら床に転がしておくしかない。  
 シャワーをフックから外して、風呂桶に向けて、お湯の栓をひねる。  
 
 水流に手を当て、温度を確かめる。温まってきたところで、水の栓もひねり、温度を調節した。  
 凍死しそうだと言っていたくらいだから、少し熱いくらいがいいだろう。  
 これくらいが適温かな。さあ、洗ってやるか。  
 浦島の前でしゃがみ、お湯のシャワーを、彼女の血まみれのおなかに当てた。  
「……あったかい……」  
 浦島が嬉しそうに眼を細める。  
「なんなら、風呂につかるか? お湯ためてやるぞ」  
「ありがとう。でも、大丈夫」  
 浦島は微笑み、首を振る。まじ可愛い。  
 こいつが死んだのは人類の損失だな。生きていたら、(その性格さえ治せば)言い寄る男も出てきただろう。  
 そして恋愛して結婚し、子供の一人も産んでただろう。生まれて来なかった子供と浦島当人にも不幸な死だ。  
 こびりついた血を洗い流すように、浦島のおなかを撫でてやる。  
 床に流れていくお湯は透明のままだけど、浦島の身体からは、確実に血が洗い流されていた。  
 どういう仕組みか俺にはわからん。幽霊自体が理不尽な存在だ。  
 露出した臓器がお湯に濡れるのも平気らしいし。  
「ブラジャー、外すぞ」  
 俺が言うと、  
「あ、待って。先にあんたが脱いでよ」  
 浦島は眼を上げて、じっと俺の顔を見る。  
 俺は苦笑して、シャワーヘッドを風呂桶に放り込み、  
「わかったよ」  
 浦島が見ている前で、おもむろにトランクスを脱いだ。  
 
 別に隠すことはねーやな。人並みの大きさのモノが、中途半端に堅くなってぶら下がってるだけだ。  
「わあ……」  
 浦島は眼を丸くして、まじまじと俺のモノを見つめた。  
 ちょっと待て。そんなに眼を輝かせて見つめられると、さすがに恥ずかしくなる。  
「……いちおう訊くけど、おまえ、自分のオヤジ以外の男のモノ見るの、初めてじゃねーよな?」  
 俺が言うと、途端に浦島は変な顔をした。頬を赤くして、唇を歪め、  
「……そんなこと、ないけど……」  
 俺の生命を賭けてもいい。こいつ絶対、処女だ。  
 確かめる方法は永遠に失われたけどな。永遠に処女のままなんて、さすがに哀れだ。  
 しかし同情したところで、こいつが成仏できるわけでもない。  
 処女喪失の代わりに、ペッティングくらいは体験させてやろう。  
「ブラ、外すぞ」  
 俺はもう一度、宣言して、浦島の背中に手を回し、ブラジャーのホックを外した。  
 肩紐から両腕を抜かせ(浦島は大人しく協力した)、幽霊ブラジャーも風呂場の隅に投げ捨てる。  
 はい、成仏。あとは浦島、おまえ自身だけだ。  
 処女のオッパイは、感動モノの麗しさだった。  
 ブラジャーを外しても形よく上を向き、その頂きには桜色の控えめな乳輪と乳首が添えられている。  
 生きてる間にこいつをモノにしなかった俺たち男は、本当に莫迦だな。  
 浦島自身にも問題はあったけど。こんど生まれ変わるときは、その性格は絶対、治して来い。  
 シャワーを麗しの乳房に当てた。  
「んっ……」  
 浦島が眼をつむる。色っぽい声を出しやがって、この処女。  
 
 乳房に手を触れ、やさしく洗ってやる。  
 やわらかな質感が最高だった。本当に幽霊か、ますます疑わしくなる。  
 あー、もう、我慢できん!!  
 俺は浦島の唇にむしゃぶりついた。手探りでシャワーの湯と水は止めた。  
 浦島は拒まず、舌を絡めてきた。  
 濡れた乳房を手でまさぐる。最高だよ、おまえ。  
 唇を離し、念願の乳房の谷間に顔を埋めた。むひょー。甘い体臭がたまらねー。  
 いや幽霊に体臭があるのも変だけどな。何かのサービスか?  
 乳首に吸いつく。れろれろと、舌先で転がしてやる。反対側の乳首もだ。  
 眼を上げると、浦島は、頬を紅潮させながら、きゅっと眼をつむっている。  
 声を上げるのさえ、こらえているみたいだ。おまえのその声がいいんだけどな。  
 だから俺は、舌で責めてないほうの乳首をつねってやった。  
「あうっ……!」  
 声を上げた浦島の、耳元でささやく。  
「可愛いから、もっと鳴いてみろよ」  
「そんな……」  
 その切なげな声がたまんねーんだ。  
 乳首を指で、こりこり弄びながら、彼女の白い首筋に舌を這わせる。  
「ああっ……、んくっ……、はうっ……」  
 我慢するのをやめて、浦島は声を上げることにしたようだ。素直で可愛いぞ。  
 もう一度、二度、三度、左右の乳首を交互に吸って。  
 次は当然、もっと「下」を責めるべきだけど……  
 
 浦島が、恍惚とした瞳を俺に向けた。  
「ねえ、口でしてあげよっか……」  
 それしかないわな。おまえとヤるには。  
 だけど、この麗しの処女である浦島が、引きちぎられた胴体から臓器を晒してるのは紛れもない事実で。  
 そんな女と、ナニをいたしている俺は、きっとイカれてるんだろう。  
 浦島は昇天できたとしても、俺が地獄に堕ちるかもしらんな。  
 いまは天国を味わってるけど。  
「そこ、座って……」  
「ああ」  
 言われるがまま、俺はタイルの床に腰を下ろす。両脚は広げて、前に投げ出した。  
 ぱたりと、浦島は、うつ伏せに体を倒すと、ずりずりと両腕で這うようにして俺の下腹に顔を近づける。  
「ヘタクソでも、怒んないでね。あんまり経験ないから……」  
 瞳を潤ませ、俺の顔を見上げて言う。なんというか、浦島らしからぬ、いじらしさ。  
「おまえがしてくれるだけで感動モノだよ」  
 俺は浦島の頭を撫でた。  
 あんまりどころか経験ゼロだろうけど、からかうには永遠の処女である浦島が気の毒で、  
「だけど、歯は立てるなよ」  
 冗談めかして、それだけ言った。  
 浦島は微笑み、  
「わかんない。噛みちぎって天国に持ってちゃうかも。あたしが天国に行ければだけど」  
「おまえなら行けるよ。でも噛みちぎるのは勘弁な。俺は地獄行きかもしれないだろ、去勢されたままで?」  
 俺たちは、くすくす笑い合う。  
 
 だけど、天国か。本当にあるのかね? あるいは、神様なんてやつも本当にいるのか。  
 いるんだったら問い詰めたい。どうして、浦島を死なせたのかと。  
 死にかけるくらいの目にあって、その反省で酒を断ち、ついでに性格も改善されて、まともな恋愛をする。  
 そんなシナリオも有りだったんじゃないか? 浦島に恋愛体験させてやるならさ。  
 ――お?  
 俺が空想にふけっている間に、浦島が大きく口を開けて、俺のモノをくわえ込んだ。  
 いや待て、すまん。シャワーを浴びたのは浦島だけで、俺のチンポは洗ってないんだ、そういえば。  
 だが、浦島はまるで気にしていないようで、ひんやりした口腔全体が俺のペニスを包み込む。  
 処女のオッパイを可愛がる間に八分くらいの堅さになっていたペニスは、さらにむくむくと膨張した。  
 浦島の口の中で、自分のモノが怒張するのが、はっきり感じられたのだ。  
 しかし、浦島は、それきりどうしていいか、わからなかったらしい。  
 爪の綺麗な白い指で、俺のペニスの根元を支えつつ、口はそのペニスを頬張ったまま、眉根を寄せている。  
 とりあえず、もっと奥までくわえようとしたみたいだが、  
「――え゛っ」  
 えづくような声を上げて、いったんペニスを口から放した。涙を浮かべて咳き込みながら、  
「ごめんなさい……」  
「いいよ。無理すんな」  
 俺が頭を撫でてやると、浦島は首を振り、  
「だいじょぶ。要領はわかってるから。あの……雑誌とかで見て」  
 とりあえずフェラは初体験ってことを自分でバラしちまったな、浦島。  
 浦島は、もう一度、俺のペニスを口に含む。  
 奥まで呑み込むと、またえづくと思ったか、ペニスの先っぽを唇でくわえ込むかたちだ。  
 
 そして、ぎこちなく頭を上下させ始め、唇で俺の亀頭をしごき上げるようにした。  
 ギンギンに堅くなっている俺のペニスには、それだけでもなかなかの刺激だった。  
 だいたい、あの一歩間違えたら「痛い」系の性格の、しかしビジュアルだけは上等な部類の浦島が。  
 初体験であろうフェラを自分から申し出て、実行してるんだ。  
 おっかなびっくりな様子で、ちらちら俺の顔を見上げたりしながらな。  
「ちょっと口を離して、舌を伸ばしてみろよ」  
 俺が言うと、きょとんと浦島は眼を丸くして、  
「え、こう?」  
 舌を、べーっと伸ばしてみせる。それだけなら、ただのアカンベーだが、  
「それで俺のチンポ舐めてみな。根元から先っぽまで」  
「うん……」  
 浦島は頬を赤くしながら、眼を細めて、俺のペニスに舌を這わせた。  
「色っぽいぞ、おまえ、その顔」  
 俺が言ってやると、浦島もまんざらでもなさそうに、口の端を笑みの形に吊り上げる。  
 おびえた小動物(というか仔ダヌキ)っぽい表情もいいが、小悪魔っぽい顔が似合うな、おまえには。  
「はあ……、んは……、んっ……、んふ……」  
 血管の浮いた竿から、張り出した雁首から、赤黒く充血した亀頭まで。  
 何度も舌を往復させているうちに、浦島もノッてきたらしい。  
 ときおり竿にキスしたり、ちゅぱっと亀頭を吸ったりするアドリブも効かせる。  
 さらに、俺の玉袋まで舌を這わせたかと思うと、  
「――はうっ!?」  
 玉袋をつまんで引っぱり、甘噛みしやがった。  
 
 いや、金玉ごと噛まれていたら、たとえ甘噛みでも悶絶していたかもしらんけど。  
「ごめーん、痛かった?」  
 小悪魔顔で、くすくす笑う浦島に、俺は苦笑するしかない。  
「遊んでねーで、ちゃんと奉仕しやがれ。口だけで俺をイかせなきゃなんねーんだぞ、おまえ」  
「口だけじゃないわよ。こっちも……」  
 と、浦島は両手で自分の乳房を寄せてみせた。  
 おお、我が麗しの処女乳房。いや、とりあえず、いまの間は「我が」と呼んで許されるよな?  
 浦島は、そのなかなかに豊かな乳房の谷間に俺のペニスを挟み込む。  
 だが、ちょっぴり眉を曇らせて、  
「あ……そか」  
「あん?」  
「あの……さ、オッパイでしごいてあげようと思ったら」  
「ああ」  
「上半身を反らせるというか、どうしても背筋力が必要じゃない? だけど、あたし……」  
「……悪い。俺も気づくべきだった」  
 つい普通のセックスをしてる気分になってたけど、そうなんだよな。  
 しかし浦島は、すぐに悪戯っぽい顔になり、  
「ていうか、あんたが上で動けばいいじゃん? あたしが仰向けに寝て、オッパイで挟んであげるから」  
「……了解」  
 提案通り、俺たちは上下入れ替わった。浦島の体を仰向けに寝かせて、その上に俺がのしかかる。  
 浦島の胸に俺のペニスが来るってことは、彼女の顔は俺の腹の下ということになる。  
 まあ、腕立て伏せみたいに両腕を突っ張って、顎を引けば、なんとか浦島の色っぽい顔も観察できるか。  
 
 浦島が両手で寄せている乳房の間で、俺はペニスをピストン運動させ始めた。  
 唾液で濡れているので、それなりにスムーズに動く。  
 考えるとおかしな現象だがな。浦島の血で俺の服は汚れなかったのに、唾液ではチンポが濡れるのか。  
「んっ……、あ……、く……、んんっ……」  
 チンポでオッパイの谷間を撫でられてるだけなのに、感じてるのか?  
 浦島は眼をつむり、実に可愛らしい声を上げる。その声に俺も興奮して、腰の動きを早める。  
 本当にヤってるような気分になってきた。  
 つまり、浦島の、いまは亡き(というか俺は拝んだこともないが)処女膣に挿入してる気分だ。  
 浦島もそれをイメージしてるのかもな。つまり、正常位の普通のセックスを。  
 愛らしい浦島の鳴き声を聴き、眼の端に涙を浮かべた随喜の表情を眺め、俺は腰を突き上げる。  
 あ、きたきた、けっこう近づいてきたぞ、フィニッシュが……  
「……坂田ぁ……」  
 浦島が俺の腕をつかんだ。涙ぐんだ眼を、俺に向けて、  
「一生のお願い。あたしの身体の中、かき混ぜて」  
「……あ?」  
 浦島が自分の乳房から手を放したおかげで、俺のチンポは、彼女の胸元を上滑りしている。  
 それでも腰を動かし続けながら、俺は、まじまじと浦島の顔を見る。死人が一生のお願いだと?  
 浦島は、何もかもかなぐり捨てたように、俺に訴えた。  
「あたしに突っ込んで、あんたのオチンチン。お願い。あたしの中、ぐちゃぐちゃにして」  
「なっ……?」  
 俺は浦島の腰から下に眼を向ける。まさか、内臓の露出した、そこにチンポを挿入(い)れろってか??  
 俺の腕を、ぎゅっとつかんだ浦島の手。冷たくて、はかなげで。  
 
 黒眼がちな瞳が切実に求めている。  
 だが、それは人倫に外れた所業ではないか? 死んだ女の内臓に挿入だと?  
「このままじゃ逝けないよぅ、あたし……」  
 浦島の眼から涙があふれ出す。  
 くそっ。望み通り昇天させてやる。ここまでイカれた俺は地獄行き確定だな。  
 ヘソの辺りで引きちぎられた浦島の胴体。  
 その礫断面に露出した、腸その他、何やらわからない赤い臓器の間に、俺はペニスを突っ込んだ。  
「あああっっっ……!!」  
 浦島が声を上げ、俺の体に、ぎゅっとしがみつく。  
 冷たく湿った感触が俺のモノを包み込む。俺は腰を動かし始める。  
 臓器とペニスがこすれ合う、いやらしく湿った音が耳に入らないように、  
「鳴けっ! 鳴いてみろっ!!」  
 俺は浦島を怒鳴りつける。  
「ああっ……あっあっ……くっ……あっ……あああっ……!」  
 浦島は狂おしげに髪を振り乱して声を上げ、そして――  
   
 俺は、浦島の中に放出した。  
 
 俺は浦島の身体を抱いて、そのまま風呂場の床に倒れ伏していた。  
 自分の荒い息が、耳にうるさい。  
 何てことやっちまったんだ、俺。このまま死んだほうがいい。死ね、俺。  
 浦島も乱れた息をしている。あんな行為を求めたこいつも、成仏できないかもな。  
 
 それとも思い残すことがなくなって、とりあえずこの世におさらばできるか? 行き先は地獄かもしれんが。  
「……ねえ」  
 浦島の指が、俺の指に触れた。そのまま、指を絡めてくる。手をつないだ。恋人同士みたいに。  
 顔を見やると、浦島は満ち足りたように微笑んでいた。  
 地獄行きの予感は霧散した。こいつの行き先は、天国しかあり得ないと思った。それほどの笑顔。  
「あたしのこと……」  
「あん?」  
 何を言いたいのかと俺は訊き返したが、浦島は微笑んだまま、何も言わない。  
 くそったれ。女はいつもそれだ。言葉で言わなきゃわかんねーのか、女って種族は。  
「……愛してるよ」  
 俺は言った。耳が熱くなるのを自分で感じながら。  
「あたしも……愛してる」  
 微笑む浦島。莫迦ヤロウ、本当に愛してんだ。天国で待ってろ。俺も絶対、そこに行ってやる。  
 俺は浦島と唇を重ねた。  
   
 それから俺は、浦島と自分の身体をシャワーで洗い清め、六畳間に場所を移してもう一度、交わった。  
 今度も浦島の腹の中で放出した。本当に俺が地獄行きを回避できるか怪しくなってきた。  
 俺たちは手をつないで並んで床に寝転がった。  
 もう一度「愛してる」を言い合って、それからしばらく無言でいると、浦島の寝息が聞こえてきた。  
 俺は体を起こし、愛する幽霊女の頬にキスをした。  
「おやすみ」  
 俺が声をかけると、浦島は口元に笑みを浮かべたが、眼は開けなかった。いい夢を見てくれ。  
 
 そして翌朝。  
 眼を覚ました俺の隣には、誰もいなかった。幽霊じゃないはずの携帯もなくなっていた。  
 俺が素っ裸で寝ていたことが、昨夜の出来事を物語っていたが、それだって夢か妄想かも知らん。  
 時計を見ると、まだ学校に間に合う時間だったが、きょうばかりは登校する気にならなかった。  
 とりあえず服を着て部屋を出て、レンタカーを返しに行った。車内にも浦島がいた痕跡はなかった。  
 コンビニで弁当を買って部屋に戻り、お気に入りのCDをコンポにセットしてメシを食う。  
 それからもうひと寝入りして、次に起きたのは夕方だった。  
 あしたは、ちゃんと学校行くか。浦島の幽霊の話は誰にも聞かせる気はないけどな。  
 俺は心に決めて、夕飯の買い物のために部屋を出た。  
   
 野球中継を眺めつつ、手作りの雑炊を口に運ぶ。  
 ホームチームの頼りない四番が凡フライを打ち上げてCMタイム。俺は食い終えた雑炊の丼を流しに下げた。  
 六畳間に戻ると――  
 裸の浦島が床にうつ伏せに寝転がり、頬杖ついてテレビを眺めていた。轢断面から見える臓器が生々しい。  
「……おい」  
 俺の押し殺した声に、浦島が振り向く。きょとんと眼を丸くして、  
「え、何?」  
「いや、何じゃなくて、どうして……」  
「ああ、ごめん。夜しか実体化しないみたい、あたし。朝いなくなってたから、心配した?」  
 悪戯っぽく笑って言いやがるが、俺が訊きたいのはそういうことではなくて。  
「成仏したんじゃないのか、おまえ? 思い残すことがなくなって」  
「思い残すことなんて、いっぱいあるよ」  
 
 浦島は口をとがらせた。  
「せっかく、その……あたしたち、付き合ってると思っていいんでしょ? それともまさかセフレのつもり?」  
「せふ……」  
 腰から下のない幽霊をセフレにしたがる莫迦がいたらツラを拝みたい。  
 俺は断じて違うぞ。本気で浦島を愛してる。彼女に告げた言葉に偽りはない。いまでも同じ気持ちだが……  
 浦島は、じーっと睨むような眼を俺に向け、  
「一緒に行きたいところ、やりたいこと、いっぱいあるのに、あんたはエッチだけが目的? はーん?」  
 そうか。考えたら、こいつは最初から、そう言っていたのだ。  
 くそったれ。俺は本当にクソ野郎だ。一発ヤれば浦島が成仏できると勝手に思い込んでいた。  
 だったら何発でもヤってやる。浦島が本当に昇天できるまで。だって俺は、おまえを愛してるんだから。  
「すまん」  
 俺はその場に正座して、浦島に手を合わせた。  
「そんなつもりで言ったんじゃないんだ。とりあえず、今夜どこでも連れて行くから、許してくれ」  
 浦島は視線をそらし、ぶっきらぼうに、  
「……海」  
「海? よし、海だな」  
 俺はうなずく。それで機嫌を治してくれるなら、お安い御用だ。  
 すると浦島は、口をとがらせながらも頬を赤くして、  
「朝日が昇るまで、浜辺でずっと愛し合うの」  
 う……なんだ、それがお前が彼氏を作ったらやりたかったことか? 微笑ましいじゃないか。付き合うぞ。  
 浦島は、じろっと俺の顔を見て、  
「あと、車は軽とセダンは禁止。家族旅行じゃないんだから」  
 
 あー、高校生の財布にそれは厳しいが、きょうくらいは仕方ない、ご要望に応えよう。  
「……わかった」  
 俺がうなずくと、浦島は、そのまましばらく俺の顔を見つめてから、  
「こっちに来て、抱いてキスして」  
 俺は言われるまま、浦島に歩み寄り、彼女の身体を抱き起こして、唇を重ねた。  
 舌を絡め合い――唇を離す。  
 そこで、ようやく浦島は笑顔に戻ってくれた。いまのこいつにぴったりな、小悪魔の笑顔で、  
「出かける前に、一回エッチする?」  
   
 最後に、浦島の携帯のことに触れておく。  
 俺は知らなかったが、行方不明だった携帯は、葬式の翌日に見つかって浦島の家に届けられていたらしい。  
 浦島が轢かれた場所から少し離れた、線路脇の畑に落ちていたのを、畑の持ち主が見つけたそうだ。  
 浦島の両親は、携帯を娘の仏前に供えた。踏切で地縛霊と化しながら、浦島はそのことを知った。  
 葬式の読経も聞こえていたらしいから、そういう超感覚があるってことか、幽霊には?  
 そして念力だか何かで携帯を手元に呼び寄せ、浦島は俺に電話をかけてきたというわけだ。  
 納得いくようないかないような、幽霊の浦島が実体化してるのと同じくらい、都合のいい話だな。  
 ちなみに、きょうの昼間は消えていた浦島の携帯は、実体を失う前に彼女が押入れに隠したらしい。  
 自分が携帯ごと消えたら、俺がどういう反応をするか見たかったのだそうだ。  
「普通に淡々としてるんだもん、薄情な奴だと思った」とは浦島の弁。  
 だから、それはお前が無事に成仏したと勘違いしたからなんだけどな。  
 ともかく、その携帯で、翌日から俺が学校に出かけている間、浦島はバシバシとメールを送って寄越す。  
 発信者『浦島涼美』――他人に見られて季節外れの怪談ネタにされる前に、登録名を変えるべきだろうな。  
【終わり】  
 

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