「はいどうぞ」  
 鍋でご飯を炊くのは難しかったが、ちゃんとできたかな。授業での調理実習をまじめにやっておいてよかったと心から思う。  
 それぞれの得物はラヴィニアはスプーンで、俺は落ちたときに持っていた鞄に入っていた弁当箱の箸。  
 時間と材料がないのでおかずなしが悲しいけど、久しぶりの白米だ。  
 タイ米とかではなく、日本のお米っぽいのがあるのだから、この世界は不思議に満ちている。というわけで、一口。  
 ……忙しくて朝はパンがいいといつも言ってたが米はいいね。ほんと。  
 彼女はというとスプーンを握ったまま、お椀からもうもうと湯気を上げている物体――ご飯を睨んでいる。なんというか警戒心丸出し?  
「どうやって食べるの、これ?」  
「普通にすくって食べなよ、俺はこれを使うけど」  
 箸を掲げて見せる。知らない人には確かに異文化だろう。  
「そんな棒で食べれるの?」  
「俺らの世界じゃこれで食べてたんだから大丈夫。それより食べてみてくれ、冷めるとあんまりおいしくないから」  
 俺はまた、一口箸でつまんで食べる。  
 ちょっと水多い気もしたが、今度から気をつければ問題はないだろう。  
 ラヴィニアを見れば意を決したようにスプーンをご飯をすくって口に入れたところだった。しかも目を閉じて。  
 知らない物を食べるのにそこまで警戒するなんて何かトラウマでもあるのだろうか……?  
「どう?」  
 "まずい"とか言われたら、お米がここで売られなくなる――そんな現実が容易に想像できる。  
 (俺結構、軽率なマネをしたかもしれない)  
 ご飯を食べさせた事に後悔し始めた頃にやっとで口を開く彼女。  
「……おいしい」  
 そう言ってもぐもぐと咀嚼し、機嫌を反映しているのか一緒に丸い耳もひょこひょこ動いている。  
「噛むと甘くなるんだ……」  
 そう言いつつ二口、三口とおわんの中身が勢い良く減ってゆく。しかし、口元はちゃんと動いてよく噛んで食べているようなので喉を詰まらせる様子は無い。  
 でも口元にご飯粒つけて食べるものだから、なんか小さい子供に見えてくるから不思議だ。  
 これでなんとか、ここからお米がなくなるという悲劇は避けられたらしい。  
 食べるのに夢中なのか、ラヴィニアから声を掛けてこない。  
 そんな一生懸命食べる姿を見ていると、ねえさんを思い出してあちらの世界が懐かしく思えて頬が緩む。  
 ……そういえば拾われた後、こちらの世界の話はされたが、元の世界の話題を避けるような節がある。  
 寂しくならないようにとか、ホームシックにならないようにとの気遣いなのかもしれないが、限度ってものがある。  
 確かに、元の世界は恋しいといえば恋しいが、今の生活を捨ててまで戻りたいとは思わないし、ラヴィニアやロレッタがいてくれるのだから寂しいとは今のところ思った事は無い。  
 それに俺は、目の前でご飯を幸せそうに目を細めて食べている女の子の奴隷だ。  
 主人が奴隷相手に気を使って、遠慮していく関係は何か間違っているような気がする。  
 
「俺の家族は俺含めて4人家族でな」  
 だから、俺からそんな気遣いはいらないと、示せばいい。  
 そうだよな、ご主人様?  
「俺、とーさん、かーさん、そしてねえさんの4人家族」  
「……私のところも昔はとうさんとかあさん、ロレッタと私の4人だったよ、今は両親居ないけどね」  
 そういえば、家族の話もしていなかった。  
 ご主人様自身のことは名前と妹がいて、ここで暮らしている程度しか知らない。  
 まったく、ここまで気を使われていたとは、陰で支える奴隷としては三流以下かな俺は。  
 何かいい話題は……ねえさんがいいかな?  
「ん〜ご主人様を見てると、ねえさんを思い出すよ」  
「わ、私?」  
「なんでもソツなく出来て、完璧に見える癖に何処か抜けた辺りがそっくり」  
「抜けてるのは自覚してるけど……ひどい」  
 コンプレックスか何かを突付いた所為か、唇を尖らせてご主人様は拗ね気味に視線を逸らす。  
「あはは、ごめん。確かに似てるけどねえさんの方が凄いかもね。もちろんご主人様も凄いけど」  
「ふーん、どんなヒト?」  
「テストで満点を突っ走る秀才。容姿端麗、才色兼備。まぁ、背が小さいのが悩みだったらしいけど」  
 よくよく考えると、あの人の弟である現実が未だに信じられないが。  
「すごいねー、そんなヒトがりょーのおねーさんか」  
 なにか感銘を受ける部分でもあるのか感心したように頷く。  
「今、考えるとあの人にかなり助けられていたと思うよ」  
 無理矢理フルートの練習に付き合わされたり、後ろから飛びつかれて『私の身長返せ〜〜!』とか色々読めない所はあったけど、大切な家族だ。  
 ねえさんとの思い出に浸っていると、おずおずとご主人様が声を掛けてくる。  
「えっとさ、私をおねーさんだと思っていいよ?」  
「……はい?」  
 聞き間違いだと思いつつ、ご主人様を見ると申し訳なさげに眉尻を下げ、人差し指をつき合わせていた。  
「いや、えっと、ほら、んと、なんというか」  
「落ち着いて、な?」  
 一瞬の沈黙を否定を受け取ったのかテンパっているご主人様。なんというか、慌てっぷりがオーバーだ。  
「ご主人様」  
「は、はぃ!?」  
 俺は姿勢をただし、相手の目を見つめる。これで大抵の相手は黙る……とはねえさんの言だ。  
「大丈夫だよ、俺は」  
「――……」  
「病気もしてないし、食事もちゃんと取れる。それにあなたやロレッタが居る。だから大丈夫、ね?」  
「元の世界に帰りたいとか思ってない?」  
「帰りたいと思った事はない……と言えば嘘になるけど、俺は十分幸せだよ。だから気兼ねしなくていいよ」  
 ねえさんの料理や、とーさんとかーさんの喧嘩が見れないのは悲しいけど、その分こっちで楽しみを探せばいい。  
 苦境を楽しむコツは楽しみを見出す事、ねえさんもよく言ってたっけ?  
「う、うん、……わかったっ」  
 ご主人様は一瞬ポカンとした表情をしたが、我を取り戻すとにっこりと笑った。  
「それじゃ、一つお願いあるんだけどいい?」  
「な、なにご主人様?」  
 恥ずかしげに体をすくめ、おねだり(?)。  
 なんだか妙な感情が沸きそうだ。  
「……おかわり、ちょうだい?」  
「その前に、口元のご飯粒とろうね、ご主人様」  
 あたふたとご飯粒を取ろうとするご主人様に苦笑いしつつ、俺は差し出されたおわんにおかわりをたっぷりと入れた。  
 
 
      §    §    4    §    §  
 
 
 まるで古い木造の小学校の教室のような環境は行政局の一室。財政の中で一番パーセンテージを占めているとはいえ、かなり苦しいのか結構くたびれている。  
 窓から見えるのは残り滓のような夕日。黄昏時も終わりつある時間だ。  
「わかったかの?リョウくん」  
 素材としては上質の絹かなんかで出来た薄い緑色のローブを着込んだでっかい立ったネズミ。  
 白い毛並みを見れば所々くたびれたところが見え隠れして、重ねてきた年月を感じる。  
「えぇと、これがよくわからないんですけど」  
「あぁ、そこか」  
 ここでバッカスさんから文字や規則を学ばされている。落ちてからも勉強するとは思わなかったが暮らすには必須なのだから仕方ない。  
「……さて、授業はここらで終わりにしようか」  
「あ、はい」  
 授業時間は4時から6時だけど時計を見れば、終わりまでは後30分はある。  
 時間に厳しいこの人が、早めに切り上げるのは何かあるのだろうか。  
「……」  
 バッカスさんは何故かなにも語らず、窓の外を眺める。  
 この雰囲気が、怖い先生に睨まれるより怖く感じるのは年の功か。  
「確認するがヒトは奴隷と聞いたな?」  
「えぇ、奴隷というから、どこかで働かされるのかと思いましたけど」  
 奴隷と言うからひどいのかと思えば案外、楽しい生活だけど。  
「おまえさんは、姫様に拾われたからマシな生活を送れているだけで大半は死ぬ」  
「ここはあちらより環境は悪いだろうし、そしてここの環境は苛酷でヒトは脆過ぎる」  
 常時雪の降る土地、零下20度まで下がることがザラな山、そして未知の病気。死因はいくらでもある。俺も落ちた時は、池に落ちたとか言われたから、最悪そこで溺死もありえたわけで、決して縁遠い事実じゃない。  
「だが、一週間もたって未だに病気の兆候もなければホームシックになりもしない。心身とも頑丈だよ、本当に」  
 確かに病気をしないのはガキのころからの自慢だし、ホームシックかと言われてもあっちに執着心はあるけど、今はこちらも大事だと思う。  
 褒められているのか思ったが、横顔で分かりにくいがバッカスさんは苦虫を噛み潰したような表情をしている。  
「生き残った奴隷が何をするか知っておるか?」  
 仕事かな? なら、力仕事……いや、それなら他の獣人とかにもっと優秀なやつが居る。となれば、  
「頭脳職?」  
「そうなるな」  
 だが、と続けて、  
「頑丈なだけなヒトもいるだろう、おぬしのようなのがな」  
 耳が痛い。確かに勉強もあまり得意でない俺は知識はないし、体力だって所詮はヒトの域を出ない程度だ。  
 
「だからこそ、ヒトは高級な嗜好品である訳だ」  
「……」  
「頭も無ければ、技術も無いヒトが、嗜好品を言われる理由分かるかの?」  
「……無駄飯食らいだから?」  
 言ってから自分の間抜けさ具合に気づく。  
 『無駄飯食らい』なだけで高級な嗜好品扱いされるのは流石におかしい。  
「……それもあるかもしれんが、違う」  
 ん〜それじゃ何なんだ。もうちっと勉強真面目にしとけばよかったかな。  
「すいません、降参です」  
 何故か空気が重苦しくて、俺はおどけるようにに両手を挙げる。が、しかし、バッカスさんの様子は変わらず重苦しい。  
「ならば聞く覚悟はあるか。この世界に失望して帰りたくなるかもしれんぞ?」  
 上等だ。聞かしてもらいたい。  
「見くびらないでください、バッカスさん。元の世界だって酷い事は一杯あったんです。何聞いてもそれはないです」  
 一息。  
「それに俺はご主人様達が好きでここに居ますから」  
 横からじゃ見難いが、バッカスさんの口元らしきところが開いて白い歯が見える。どうやら笑っているらしい。  
「若いのう、では、よく聞け」  
 若くて結構。  
「包み隠さず簡単に言えば、性処理の道具とか玩具、そんなところだ」  
 ……はい?  
「良かったな、男で」  
「え、えぇ。そうですね……」  
 予想の斜め上をいく言葉に思考が空回りしてまともな反応が出来ない。  
「おぬしが、もし女で見つけたのが男だったら犯され、死ぬぞ」  
「は、ははは……」  
 落ちたのがねえさんでなく、俺でよかったのかな…これは。  
「……まぁ、男が押し倒される場合も多々あるようだがな」  
 (ご主人様で良かった、まともな人に拾ってもらって本当に良かった)  
 思わず、涙ぐみそうになるが堪える。男である以上そういうことは嬉しいが、流石に無理矢理はちょっと嫌だ。  
「さて、ここからが本題だ」  
 目の前のバッカスさんの窓を見つめる視線が厳しくなった気がする。  
「ネコやイヌなら長い寿命だが、我々は70年も生きるのが限界」  
 この大陸でもっとも繁栄しているのはネコは650年なのだからその少なさが伺える。もちろん、人に近い寿命の種族もいるようだけど。  
 
「たった70年しかないのに、もし、王が10年もヒトと遊んで政(まつりごと)を疎かにし、国が乱れたら誰が責任をとるのかね?」  
「それは……」  
「姫様は戴冠式まであと2年あるが、君が原因で王位継ぐ事止めたら、誰が継ぐのかね? ロレッタ姫様は今は良いが、将来また体が弱くなるかもしれない。」  
 大体、言いたいことは分かる。悔しいけど、俺にはそんな責任は取れない。  
「……つまり俺は邪魔ってことでしょうか?」  
「正直に言うなら」  
 この人キッツイ所があるとは思ったけど、ここまでとは……でも、言ってる事は正しいと思う。  
「俺にどうしろと?」  
「静かに去って欲しい。と言ってやりたいが、それではこちらの良心も痛む。コネのあるイヌやネコの研究所へ送ってもいい。それでどうかね」  
 現状では帰れる手段はない。しかし将来的には帰れる可能性のあるのは、ここか、研究所か。そんなことは考えるまでもない。  
「どうするかね?」  
 バッカスさんが窓の外から目をはずし、こちらの瞳を見つめる。やはりかなり厳しい色が見て取れる。  
「――お断りします」  
 確かに、それはそれで"幸せ"なのだろう。だけど、俺はここの生活に"幸せ"を感じている。それは、施設に引き取られて受け取る"幸せ"とは絶対に相容れない"幸せ"の形だ。  
 研究所に引き取られる方が迷惑をかける人間が少なくすむ。俺があの屋敷で生活する以上、この集落で集められた血税を消費する。一人当たりごく僅かでも迷惑を掛けていると俺の理性は訴える。  
 しかし、感情はそうはうまくはいってくれない。  
 俺が居なくなったら誰がご主人様の話し相手になるのだろうか?  
 ロレッタは姉が帰ってくるまで一人で広い屋敷に居ることになるかもしれない。  
 もし二人が喧嘩したら誰が止めるのか?  
 ……一番簡単に早く対応できるのは、俺だと思う。自惚れかもしれないけど。  
「では、責任を取れるのかね?」  
「大丈夫ですよ、彼女なら」  
 この一週間、伊達には暮らしていない。  
 たかが一週間、されど一週間。その重さは重々承知している。  
「言い切れるのか?」  
「もちろん。ラヴィニアは確かに気分屋な所や適当な所はありますけど、仕事の重さと責任を分かっています」  
 バッカスさんの目をしっかりと見つめる。ご主人様の強さを認めさせるため為に。  
「そんな人が、自分の宿命から逃げるわけありません」  
「逃げたらどうする」  
「俺が止めます」  
 ちょっと見栄張りすぎな気もするけど、強気に行こう。  
 
「ふっ、ワシがその前に君を追い出すかも知れんぞ」  
「俺を追い出したらご主人様も付いていくかもしれないのにそんな事出来ないでしょう、それにバッカスさんがそんなひどい人には見えませんし」  
「保証は無いぞ」  
 確かにない。かなりキッツイ人だし。でも、  
「勘があなたを信用できるって言ってるんです」  
「――」  
 バッカスさんは魂やら、気力やらが抜けた顔をして俯く。俺なにか悪い事言ったか?!  
「く、くっく、く……」  
 ……笑ってる? 確かに子供っぽいかもしれないけど、笑う事はないんじゃないかな……?  
「す、すまん。では、戴冠を止めると言ったら、君に姫様を止めれると証明できるか」  
 このときの俺は、笑われた事でかなり熱くなって止められない機関車のような状態だだった。  
 居心地のいい所に居たいと思う。  
 楽しい人達と暮らして生きたいと思う。  
 ご主人様と一緒にいたいと思う。  
 だから……絶対に引いてやるものか。  
「なら、一ヶ月ください」  
 これから言うことは無謀と同意義。  
 やれるのか俺は? いや、やって認めさせる。  
「そのあとで、議会やバッカスさんで俺を追い出すのか受け入れるのか決めてください」  
 そう思うと自然と舌が回っていた。  
 自分が何言ったのか分かっていたが妙に高揚していて実感というのが沸かない。  
 目の前のバッカスさんははニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべる。  
「はっ!議会でお前さんの処遇を決めるか。面白いことを言うのうヒトは。よろしい、その案受け入れよう」  
 乾坤一擲なのは嫌いじゃない。試合でもよくあることだ。  
「自分もその意見に賛成です」  
 ハスキーでよく通りそうな声が後ろ――入り口の方から聞こえた。  
 振り向くと、きっちりとした服装で何かの刃物を連想させる青っぽい毛並みの若いオスネズミが壁に寄りかかっていた。  
「ロジェか、なにかな?」  
 ロジェ……『軍』担当のロジェ将軍だろうか?  
「"迷宮"の改修許可とそのための資材の購入予算、それと人足の雇用許可証です」  
「うむ」  
 ロジェ将軍の取り出した数枚の紙にサインをしていくバッカスさん。その動きは、慣れと凄みを感じさせる。  
「この労働者に支払う予算が少なすぎではないか」  
「お嬢様に何かあったら、自分のの首が一番に飛びますから自分も働こうかと」  
「さよか」  
 
 俺がぼけっとしているうちに、ロジェ将軍は仕事が終わったらしく持ってきた書類をそそくさとファイルケースに納めていた。  
「りょう君だったかな?」  
 今思い出したと言わんばかりのタイミングで将軍は口を開いた。  
「あ、はい」  
「君はラヴィニアお嬢様をどう思う?」  
 軽い口調で言われてるが多分、かなり重要な事だと思う。  
 嘘をついても仕方ないし、偽っても意味が無い。だから正直に言うしかない。  
「大好きですよ、本当に」  
 一週間しか付き合いは無いけど、今じゃねえさんと同じくらい大事だ。  
「そうか……ところでいいのかな、時間」  
 促されて懐中時計を開くと既に6時を回っている。  
「――…ヤバっ!」  
 ご主人様は今日が会食無いから、7時過ぎには帰ってくる。そして、俺は手際が悪いから料理には1時間以上掛かる場合が多い。  
 即ち、帰ってきてもご飯が無いって事になるから、奴隷としちゃ大失態だろう。  
「す、すいません、失礼しました〜〜〜!」  
 ロジェ将軍の横を抜けて部屋を出て行政局を飛び出す。  
 ……帰り道で、『大好きですよ、本当に』を冷静に考えたら告白みたいじゃないかと考えて、転びそうになったのは秘密だ。  
 
 
 
§     §     5     §     §  
 
 
 
「はい、許可します」  
 私は内政院の執務室でロジェ将軍の持ってきた書類に印を押した。  
 大掛かりな工事を5日でやる上に、先頭に立って働いて安く早く終わらせようなどというアイディアを出すなんて、議会の中で一番職務に関して優秀な人と言われる理由が垣間見える。私は何番目なのやら。  
「失礼しました」  
 ロジェ将軍が会釈して慌しく出て行く。馬車でも二日かかる行程なのに走っていくつもりなのかしら?  
 それはともかく、仕事がない。  
 会議はあったがいつもの定例。話す事はそう多くはない。話題が少ない=平和のバロメータでもあるし。  
 
 将軍のように思いついて即行動する人は珍しく、何日かにまとめて事後承諾風味にするリゼットや、一日ごとにまとめて持ってくるじいやなんかが普通で、暇な時間ができることが多い。  
 それに輪を掛けて昨日がんばりすぎたのがいけなかった。  
 徹夜になりかけたものの書類を片付けたので持ち越しって物がない。睡眠時間が足りなかったので寝てみたが、これ以上寝ると夜眠れなくなれそうだし。  
 それもこれも全部"りょう"の所為だ。  
 昨日、眠い目擦りながら書類を片付けたのだって、今日ロレッタを病院に送るのを見越して帰ってきたときにお昼ご飯を用意して待って驚かせるつもりだった。  
 そのための食材を買いに大通りに行ったら、ちょうど、黒髪に耳が横についている生き物を見つけて"りょう"だと確信して隠れた。そしたら――  
 
 ごーん ごーん ごーん……  
 
 物思いに耽って呆けていると夜7時の鐘の音。閉院だからさっさと出ないと閉じ込められてしまう。  
 急いで身支度をして部屋の外に出てみれば、廊下の奥にじいやの姿。なんだか機嫌よさそうに見える。  
 その所為か、珍しく手を振っていた私に気づかず出入り口へ向かっていった。……本当に大丈夫だろうか。  
 職員の人たちが礼をしていくのに、私は笑顔でお返しをする。  
 最初は慣れなかったけど作り笑いも様になってきたような気がする。  
 空を見上げれば今日は片方だけ満月。もう片方は新月かな?  
 いつもより2割増しで夜道が明るい……せっかくだし、遠回りしよう。  
「今日の晩御飯なにかなー?」  
 今日はどこにも会食に行かないと言ってあるから、"りょう"が用意しているだろう。もしかしたらロレッタと一緒に作ってるかも。  
 ……ご飯といえばお昼のあの現場だ。  
 見つからないように、けれど"りょう"の一挙一動も見逃さないように観察していたら、キツネのきれーな人と楽しそうに会話してなんか"むっ"とした。  
 あんなうれしそうな顔、この一週間見せてくれた事がないと思う。困った顔や苦笑、微笑は見たけどあんなうれしそうな顔見せてくれなかったから。  
 それがなんだか怖くて、何も買わず裏道を通って家に逃げ帰った。けれど屋敷に入る気にもなれなくて、玄関の前で不貞腐れていたら、  
『ご、ご主人様ー』  
 帰ってきた"りょー"に呼ばれてかなりうれしくなった。恥ずかしがっているのにわざわざ言う姿が可愛くて、思わず手を振って走ってしまった。  
 逃げ帰るときは気をつけていたのだけれど、この正装かなり裾が長くて走りにくい。  
 それを忘れて走ったもんだから……盛大に転んだ。  
 あちゃあ、と後悔したのもつかの間、すぐに誰かに抱き支えられた。誰かといっても一人しか居なかったけど。。  
 ……ここで顔上げちゃったらかなり至近距離?  
 それを意識しちゃったらもう心臓がドクドク、止められない。だけど、ここで意識したら負けなような気がしてするりと彼の体から逃げた。  
 
 作り笑いと感情制御は、お手の物だけど、身内に使う技じゃないけど仕方ない。  
 使わないと顔が真っ赤で多分顔合わせる事ができなくなりそうだったから。  
 とりあえず、ごまかす為に"りょう"が落とした袋を指差したけど。  
「ありゃ?」  
 回想から現実に戻されると、どうやら行き止まり。  
 行政区画から屋敷までは近いから遠回りと思ったら住宅街の端っこまで来てしまった。いい加減、私も気に病み過ぎなのかも。  
 いくつか小道を小走りで抜ければ……大通り。この町の路地裏は全て覚えているから庭みたいなものかもしれない。  
 ……さすがに遠回りすぎたからちょっと早足に帰ろう。  
 それにしても、まさか、できるだけ家族や"りょう"自身の事は避けていた事がバレるとは思いもしなかった。  
 でも、私はただ、"帰したくない"から言わなかっただけ。もちろん気遣いの部分もあったけど、おまけみたいなものだ。  
 そんな私が、"りょう"のおねーさん役をやるなんて言ったのは罪悪感からでもある。冷静に考えるとあれも、"帰したくない"という考えから来た物なのだろう。  
「全く、私ってば汚い」  
 期せず出た言葉は、まるで私の心境そのもの。  
 "りょう"が頑張っているのに、どうでもいいことに嫉妬して拘束しようした私は本当に主人として相応しいのだろうか。  
 "りょう"ってばいろんな面を見せてくれる鏡みたいで大好きだ。  
 私が怒れば苦笑を、困れば微笑を、喜べば満面の笑みを返してくれる。本当にありがたい。  
 一番好きなのはわがまま言った時の困ったような表情。これだけで、もう……ふ、ふふふ……  
「……あぁもう、大丈夫、私?!」  
 思わず思考の深みに嵌りそうになりかかって思いっきり自分の頬を叩く。強すぎて、ヒリヒリするけど気にしない。  
 落ち着きなさい私。  
 奴隷である"りょう"に入れ込むのは自由だけど、奴隷本来の使われ方を忘れちゃダメだ。"りょう"には言ってないけど。  
 その用途は、えっちの相手。  
 性処理の道具としては非常に優秀。子供もできないのに快感だけは最高。しかも自分好みにできると、リゼットから聞いたことはある。  
 ネコの方の姫様でも持っているのが数人居ると聞いたこともあるし、事実、夜のお仕事に使われているという噂も仕事柄入ってくる。  
 だけど、私はそういう使い方はしたくはないし、初めても……まだだし。  
 奴隷だって生きているし、意思があるなら尊重したい。  
 あちらさんは意思を尊重しているのだろうか?  
 尊重しているのならどんな感じで暮らしているのだろうか?  
 物扱いしていいのだろうか?  
 他人から見ればどうでもいい事で、この考えが常識はずれってのも分かっている。  
 他の種族みたいに長くは生きられない私たちは一日一日が彼らに比べて非常に重く、早い。  
 私たちの種族の一個人の経験など、長く生きたネコやイヌの一般人の足元にも及ばない。だからヒトを飼っているネコやイヌ、ウサギとかにも聞いてみたい。  
 
「どうしたら、あなた達みたいに付き合えるのかな?」  
 夜風が熱した頭を冷やして、解けない疑問を解こうと自分の髪の毛を梳く。……やっぱりでない。  
 私は為政者達のまとめ役であり、ここから出て旅行など以ての外。  
 ネズミは数も力も少なく、他に比べれば病気にも弱い。だから存在をひたすら隠している。  
 潰そうと思われれば簡単に私たちは滅んでしまうだろう。商売したり、移民を受け入れているのだから完全に隠していないけどそれでも公に広まるほどでもない。  
 でも……気づいて欲しいと思うのは私だけなのだろうか?  
 私はみんなを知っていて、みんなは私を知らないみたいな状況になったらとっても寂しいと思う。  
 寂しい、それは独りよがりの感情かもしれないけど、誰だって寂しいなんて思いたくないだろう。  
「さて」  
 現実を見つめれば、屋敷の前に着いた訳だけど、どう顔をあわせたものか。  
「むー」  
 とりあえず、唸る。案としては、  
 ・抱きつく――却下。  
 ・甘える――却下。  
 ・纏わり付く――却下。  
 "りょう"が来てから分かったことだが、私は自分の心情を表すことが苦手ということがよく分かった。なんの得にもなりゃしない。  
 理屈はないけど甘えたりしたら自分が制御しきれなくなるような気がする。しかも、リゼットのおかげで"余計な知恵"をつけさせられた以上、あんまり派手な事をすると実行しそうで自分が怖い。  
 無難ににこにこ笑ったり、わがまま言って困った表情をじっくり観賞したりして、構って貰おうかな。  
 私は扉を勢いよく開けて、元気に『ただいま』と言って楽しむのだ。そして、私は私のやり方で"りょう"を独占して、いっぱい構ってもらうの。  
 無論、やりすぎない程度って前提だけど、うん、それがいい。  
「ただ――」  
 と決意を新たにドアを開けて入ったのはいいけれど、いきなり淡いピンクのパジャマ姿のロレッタに口元をいきなり押さえられる。……もしかして来客?  
「ねーさん、静かに。今、いいもの見れるからね」  
「いいもの?」  
 大きな音が出ると逃げ出す光る虫か何かだろうか?  
 手招きされてリビングへ。お昼に食べたコメの匂いが漂って食欲を刺激される。晩御飯もコメか。ロレッタは初めてかな?  
「火、止めた?」  
 こげてしまったら食べれないのはおそらく食べ物に共通する事項だろう。  
「だいじょーぶ、今止めた。りょーにーさんが時間を気にしながら『あと10分』とかいってたからね、それよりこれ!」  
 ロレッタが指で指し示す先のソファには、なぜか本に埋もれている"りょう"……どうやら居眠りしているらしい。  
 
「居眠りですって!?」  
「ねーさん、声大きい」  
 思わず、大きい声を出してしまった。ごめん、つい珍しいから。  
「真面目なりょーにーさんの居眠り中の寝顔! かなりのレア物だよ!」  
 声のトーンは低めなが大興奮のロレッタ。……寝顔も可愛いなぁ、可愛いなぁ。  
 困った顔が不動のトップだけど二位の苦笑と交代かな。  
 『可愛いなぁ……』  
 思わず、感想が漏れた上にロレッタとハミングしてしまった。……そういえば、気になっていたところがあったなぁ。この機会だから解決しよう。  
 足音と気配をできるだけ消しながら私は彼の背後に近づいてみる。ロレッタはもうちょっと見たいから起こさないでーとか言ってるが疑問解決が先だ。  
 ヒトの耳は横についているが、私の興味は耳の下辺りにあるとってもやわらかそうな部分。  
 私たちにはないのでとっても興味深い。  
 私は起きない事を祈りつつ、意を決して恐る恐る触れてみる。  
   
   ふにゃん  
   
「!!」  
 見た目どおりやわらかい。ただやわらかいだけじゃなくて血がトクトクと流れている感じがしてとってもあったかい。思わず背筋がしびれてしまった。  
 もっと、もんでみる。  
   
   ふにゃ、ふにゃ  
   
「――」  
 あぁ……癖になりそう。  
 
   ふにゃふにゃふにゃふにゃ  
 
「ん、んん」  
「!!」  
 起きた!? どーしよ!? どう言い訳しよう!? ロレッタに説明押し付けようかしら――…ってここでふにふにしてたら説明責任、私にあるなじゃないの! あぁ、でも感覚が最高すぎて、手が、手が離せない! ちょっと硬くなった? ってさっさと離さないと!?  
「……ZZZ」  
「はぁ……」  
 どうやら、起きないらしい。助かった。この状況で起きられたら私、完璧に変なご主人様扱いされるわ。でも癖になるなぁ、この感触。  
 唐突に思い出すのは何故か、おねーさんの事を自慢する"りょう"。なんだか分からないがふつふつと嫉妬のようなものが沸いてくる。  
 感情の内、嫉妬だけはどうしようもない。嫉妬なんてほとんどしないからつぶし方よく分からないし。   
「ねーさん、傍から見ればすごい挙動不審な上に百面相」  
「……」  
 "りょう"より先に妹に変人扱いされてしまった。なんか悔しいのでこの嫉妬と屈辱と愛を込めて"りょー"にお仕置きしようと思うの。  
 
 ガブっとな。  
 
 
                 §    §    6    §    §  
 
 
 
 最初、感じたのは生ぬるい感触、少し遅れて鋭い痛み。その二段構えの刺激で俺は強引に起こされた。  
 居眠りか……やば、ご飯は炊いてたのに寝たらだめじゃないか!  
 立ち上がろうとして、現在進行形の痛みと生ぬるさのある右耳に気づく。  
「――んむ?」  
 向いてみると、黒い大きな瞳に俺の顔が映る。おそらく相手も似たようなものだろう。  
 蜂蜜色と白の混じった髪の色してるからご主人様だろう。ほんときれーな肌をしてるすべすべだ。  
 それはともかく、努めて冷静に現在の状況を訊こう。答え方次第では晩御飯抜きだ。  
「なにをしてらっしゃるので、ご主人様?」  
「おひおき」  
 お仕置き……かな? なんで噛まれてるのか理解の限度を越えているけど。  
 馬鹿みたいに見つめ合っていると、ご主人様の口の中にある耳たぶを舌でいじくり始める……なんというか背筋が薄ら寒くなる。そんな趣味ないよな俺?  
 完全に陶酔の域絶好調のご主人様の舌は耳たぶをさらに舐る。  
 最初は唾液をまぶすようにねっとりと嘗め回し、ねちゃねちゃと擬音が漏れてくる。  
 別なのを想像しないように必死に思考を切り替える。  
 だが視界の情報は、目を細めて頬を赤く染めて陶酔の表情のご主人様、聴覚は、ささやかな吸い音さえも逃さず伝え、とどめの触覚は舌が耳たぶを舐め回す感覚をダイレクトに伝える。……耐えろって方が無理に近い。  
 ひとしきり舐めることに満足したのか、耳たぶを包むように舌を丸め、ストローのように吸い込む。  
「ひ――」  
 情けないようだが、体は完全硬直、気を抜けば大問題。  
 耳たぶを吸われる度に舌のざらつきがかすって妙な感覚を呼び覚ます。  
 触覚に追加で色っぽい鼻息までかかるのだからたまらない。  
「ね、ねねねねね、ねーさん!!」  
 ご主人様は俺の耳たぶを弄ぶ事をいったんやめ、後方にいるロレッタへ視線を向けたようだ。  
 なおその際も耳たぶを咥えている。なんという執念。  
 ロレッタ、いつものように姉につっこんでこんな奇行を止めてやってくれ。  
 
「ま、混ざっていい!?」  
 ……そういや、双子の姉妹だもんな、は、ははは……はぁ……。  
「いいはよ、ホレッタあ、はんかいがわにぇ」  
「うん!」  
 とことこと悪魔2号が歩いて来て、俺の左側に陣取る。……いきなり口に含むのかよ!ってか何で耳たぶなんだよ! 泣きたい。  
 左側では、舌で耳たぶの感触を確かめるようにつついたり吸ったり、甘噛みしたりとせわしない。  
 右側では、吸うのが疲れたのか、歯ではなく唇で耳をホールドして舌は耳たぶを舌で緩窄して遊んでいる。  
 困ったことに唾液音がバイリンガルで聞こえてくる。異様な空間に変化してどうしようもない……どうにでもしてくれ。  
 『ひあわへ〜〜〜』  
 どっちを見ても恍惚とした表情で耳を噛んでいる。うぁ……かなりまずい。  
「!」  
 ご主人様が先に気づいた、俺の股間で山になっている存在を。  
 この一週間忙しく処理なんぞ記憶の底にもなかったからさぞかし溜まっていることだろう。  
 現在、見たくはないもの二番目に位置する二人の顔。だが見たいものの一番でもあるのだから心は複雑だ。  
「へぇ〜」  
「……わわ」  
 器用にもご主人様はニヤニヤしながら、ロレッタは目を覆いながらも隙間から視線を飛ばしながら耳たぶを弄ぶ。  
 正直、視線と勃ったモノがぶつかってとっても痛い。  
 ご主人様は今まで散々弄んだ耳たぶから口を離し、俺の正面に来て目を合わせる。その目はなにかに酔っているようにも見える。  
「出したい?」  
「へ?」  
 願ってもいない言葉だが、『責任』という言葉が胸の中でリフレインする。  
「りょーが望むならやってあげる。嫌がるならここでオシマイ、どうする?」  
「わ、わたしもりょーにーさんの言葉に従う」  
 ロレッタも耳たぶから口を離して意思表示。どちらも俺任せらしい。  
 ……困った。本能はYESだが理性が許さない。二律相反のジレンマ。  
「――っ」  
「どーするー?」  
 大きくなったテントを人差し指を使って絶妙な力加減で擦られる。  
 ミミ付きとはいえ、可愛い女の子だ、男としては嫌なわけが無い。が、流されていいのか?  
「ほらほら〜?」  
 また力を加えられるが刺激が一味足りない。もどかしさが理性ジワジワと削る。  
 YESならその一味はご主人様やロレッタがやってくれるやってくれるだろうが、これでいいのだろうか。  
 また一段と焦らされて、薄くなる視界にはにニタリと哂うご主人様。こーいう顔もできるのか……女の子って怖いなぁ。  
 
「だ、だしたいです」  
 後々考えれば、どれほど間抜けな答え方だろうか。  
「正直でよろしい」  
 イジワルな笑みを一層強くし、俺のズボンのベルトをかちゃかちゃと外す。  
「ふふ」  
 下着と一緒にズボンをゆっくりと――おそらくわざと――楽しげに下げて行くご主人様。それを唾液で喉を鳴らして見守るロレッタ。  
 今の俺は情けなく思うのと同時に、期待に心臓が痛いほど高鳴るを感じる事しかできない。  
「まぁ」  
 この空気に当てられてモノは既に臨戦態勢。とめる手段は俺にはない。  
「ねーさん、わたしもいい?」  
「いっしょにやる?」  
ロレッタがおずおずとご主人様に尋ねると、とんでもない事を提案した。  
「うん、やる」  
 硬直して動けない俺の前、つまりご主人様の隣にロレッタは陣取りじっと興味深げに見つめる。その瞳は潤み、姉と同じように酔っている様にも見える。  
 俺のモノを見つめたまま動かないロレッタの様子とは尻目に、ご主人様はほっそりと冷たい手がモノを包み込み、  
ゆったりとさする。  
「へえ、こんな形してるんだ。それに、あっつい……」  
 さすられただけで、びくんと小さく脈打つソレ。  
「あは、可愛い……」  
 ……びくん、びくんと動くのが楽しいからって遊ばないでくださいご主人様。  
「えっと、ねーさん、私はなにをしたらいい?」  
「あ、うん……一緒にやりましょ。私は上をやるから、ロレッタは下の方頼むわね」  
「うん」  
 ご主人様と比べると若干小さめだが細いきれいな手。それらが俺のモノを互いに遠慮しあうように弄り、温度の違いが興奮を盛り上げる。  
 『ん…ん……ん……』  
 二人の手が上下運動を繰り返しているうちに水のような音が絡まり始め、快感をさらに煽る。  
「これ、触っても大丈夫かな? にーさん」  
 ……タマまで興味を示しますかこの子。  
「強く握ったりしなきゃ大丈夫よ」  
 なぜ知ってるんだご主人様。と言いたかったが、興奮の余り喉がひり付き声が出ない。  
 そうしているうちにロレッタは軽く頷くと恐る恐る口に含み、唇で、はむはむと甘噛みするようにもみしだく。  
 どうやら彼女、謎な物は口に含む癖があるようです。  
 
「はは、負けられないなぁ……あ、なんかでてきたわね……ん」  
「う」  
 ご主人様に先っぽを舐められた感触で腰が引く。  
 息は荒くなり、喉がカラカラに渇いて、動く気力すら沸かなくなってくる。  
「ちょっと、苦いかな」  
 俺の反応が楽しいのか、沸いてくる粘液をもぐら叩きのように舐めるご主人様。そのたびに俺は、刺激に腰を振るわせる。  
「もうちょっと焦らそうかしら……」  
「んむぅ……」  
 ご主人様は舌をモノの頭に掠るように舐め、ロレッタはタマを舌で弄りつつ両手を竿に絡ませ、強くモノを握りこむ。  
 そんな単純なコンビネーションにも関わらず、下腹部にかなりの快感が走り、ビクッと俺の腰がはねる。  
 きれいな顔の二人が頬を朱に染め、俺のモノを弄っている様は視覚的にかなりジワジワくる。が、焦らすことが目的な為か、出すまでには至らない。  
「ぐ……」  
「ふふ、足りなさそうね? でも頑張れ男の子っ」  
 不意打ちっぽく亀頭を舐め上げられる。  
「……っ!」  
 その感触だけで達しそうになったのを止めたのは理性か本能か。  
「ふふ、んじゃロレッタ、一気にやるわよ」  
「うん、ねーさん」  
 そういうと2人は亀頭へ下を這わせ、ぺちゃぺちゃを水音を立て舐める。  
「んん……じゅぷ…はぁ………ぺちゃ…」  
「じゅる…ぺた……ちゅぷ…はむ」  
 俺はギリギリと音を立てるほど歯を食いしばり刺激がやり過ごそうとするが、2人は視線で会話したかのように別れ、別なところから刺激を与えられる。  
 頬を膨らませて亀頭を縦横無尽に蹂躙するご主人様。  
 いつの間にか竿の裏に舌を這わせているロレッタ。  
 散々焦らされ、責められたモノはそれらに耐える術をもたず――  
「く――」  
「あつっ」  
「きゃ」  
 三者三様の声が交じりあい、俺のモノから出た白いモノが飛び散る。一週間以上分、かなりの量だ。  
「熱くていっぱいだね」  
 ロレッタは呆然とし、顔や前髪についた白いモノを指で運び舐め取るご主人様。  
 一通り舐め取ると俺に覆いかぶさろうとして――  
「――ラヴィニアッ!!」  
 
 限りなく少ない理性を総動員して大声を出す。すると、少なくともその意図は分かってもらえたのか動きが止まる。  
 彼女らが許可したのも許可されたのも出すまで。それ以上はダメだ。これ以上は俺にも彼女らにもいい結果をにならない。  
 二人の瞳から酔いが覚めていくように理性の光が戻る。これで大丈夫か……?  
「えっと、ご主人様……?」  
「っ……うぁぁぁぁん!」   
 ……止める隙もなく泣きながら行ってしまった。  
「えーと、りょーにーさん……生きてる?」  
「なんとか」  
 冷静なように見えるロレッタ。姉に比べれば肝が据わっているか鈍いのか。  
「とりあえず、ズボン上げて。それとタオル頂戴」  
「あぁ……うお!」  
 俺が出した液体を被ったのロレッタに一瞬見惚れたものの、ズボンを上げてタオルを取りに行こうとしたら本に躓いてコケた。  
 そういや、勉強のため本持ち出したんだっけ?  
 
 
 
 本に躓いて転んだにーさんが、タオルを取りに行ったのを見送ってわたしは大きなため息をついた。  
「厄介なことになったなぁ」  
 短い髪を梳く……あ、りょーにーさんのがくっつく。ぺろっと。  
「苦い……」  
 りょーにーさんのと思えばこれが、おいしくなったりするのだろうか?  
 それは置いといて。  
 こうなった原因、言い訳、ねーさんへの接し方。  
 いろいろ考える必要があるし、何よりわたし自身の心もなんとかしなきゃならない。  
「んむ……」  
 もう一回舐めてみるとおいしい気がする。……全く厄介事ばかり持ってくるなぁ、満月は。  
 
 

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