§     §     3     §     §  
 
 
 
 死にそう。  
「大丈夫ー? ラヴィニアー」  
 いつもの仕事場――行政局の執務室で私は死に掛かっていた。死因は餓死で。  
 朝ごはんも満足に食べれなかった、財布を忘れてきたのコンビネーションで死ぬなんて嫌だわ。  
「おーい」  
 "りょー"のご飯がおいしくて食べすぎなのか、最近服がちょびっときつくなったような気がするが、運動すればいいしね。  
それにしても、さて、どうしたものか。  
「……リョウくん、着たわよ」  
「――っ!」  
 "りょー"という単語が聞こえた瞬間、私は執務机の下に最近じゃ最速の動きで隠れる。  
「……あれ?」  
 おかしい、声がしない。それ以前に、誰?  
 恐る恐る机から顔を出してみれば、頬杖をつきながらにやにや笑っているリゼット。縦に裂けた目から面白がるような物を  
感じるのは気のせいではないと思う。  
「にゃはー、いいネタ貰いっ!」  
「リゼット!」  
 似たような手でからかわれるのはいつもの事だが、これはちょっと致命的。  
 親友と言ってもいい間柄ではあるけど、油断は禁物。イジられた方はたまったもんじゃない。  
 不平不満はあるが、とりあえず私は椅子に座りなおす。この椅子大きくて体が余るから好きじゃないんだけどね。  
「そんなに、怒らなくてもいいでしょー?」  
「やっていい冗談と悪い冗談の区別もつけれないの、アンタは?」  
「その時楽しければいいのよ」  
「流石ネコ、日和見っぷりは尊敬に値するわ」  
「恐悦至極」  
 リゼットと私はいつもこんな感じだ。  
 私と初めて会ったとき、息が出来ないくらいきつく抱きしめる位だからまともじゃないのは分かる。……この抱き癖と、  
なんでも茶化す態度さえなければ完璧なんだけどなー。  
 本当に大切な親友だから許せるけどね。  
「で、何の用?」  
「元気ないそうだから慰めにきたのよ」  
 脇に垂らした房を揺らしながら聞いてくる。そういえばリゼットも綺麗な髪してるから後で聞いておこうかな。  
「私、そんなに元気なかった?」  
 そんな覚えはないのだけれど。  
 
「昨日、夜中にいきなり来て、泣きながら『泊めて頂戴』って何処が元気あるように見える?」  
「う゛」  
 今の今まで記憶の底に抑えてたのに、溢れてくる。  
 私、なにしてんだろうな。  
「リョウ君絡み?」  
「……ひぅ」  
 相変わらず鋭い。  
 ロレッタと"りょー"の……衝撃的瞬間を見て逃げたのは覚えてるだけど、気が付いたら秘密の路地裏で夜中だった。  
 その後、リゼットの家に行ったのは覚えているんだけど間は思い出せない。  
「ケーキ置いていったのはいいけど、中身ぐちゃぐちゃだったわよ。勿体無い」  
「あう」  
 ロレッタに謝って仲介頼もうかなと、ケーキ買ったんだっけか。ははは、私バカだなぁ……  
「挙句の果てには財布忘れて昼ごはん抜き、ねぇ?」  
「ひでぶ」  
 ものすごく惨め。泣きたくなるけど"ぐっ"と堪える。  
 言われてふと気が付く。  
「あれ?なんで私が財布忘れたこと知ってるのよ」  
「この時間になったらご飯食べにいくのに、今日に限って唸ってるなんてダイエットか財布忘れに決まってるじゃない」  
 さもあらんというように推理される。正直そこまで読まれてると悔しい気分すらおきない。  
「ほれほれ、おねーさんに話してみなさい?」  
「いや、いい」  
 あんなこと喋ったら、死ぬまでイジられなねない。  
「リョウくんで遊んでる内に我慢できなくなって、フェラまでして射精させた上に続きをやろうとして怒鳴られて逃げた、  
しかもロレッタまで巻き込んで。これで合ってる?」  
「――どっから聞いたのよ!」  
 非常にマズイ。何処かに隠れる穴ないかしら?  
「リョウくんよ、ホントにどうしていいかかなり迷ってたわよ」  
「でも、私、主人の資格ないよ……」  
 名目上とはいえ奴隷に怒鳴られ逃げたのを1度目、妹と怪しげな状態を見て逃げたのを2度目とするなら、計2回奴隷から  
逃げ出した事になる。  
 自分で飼うと言い出した割には私は、度胸がない。  
 そんなことを考えるとますます気が滅入ってくる。  
「少しは私を頼りなさいよ」  
「へ? またイジるつもり?」  
 私は疑いの目をリゼットに向ける。  
 過去から考えてもあんまりシリアスな場面では茶化されてしまうだろうし。  
「ラヴィニア、あなたは謝る気ある?」  
「そりゃもちろん」  
 謝る気がないならここまで悩まない。  
「なら、分かりきってるわよね?ちゃんと面と向かって謝る、ね?」  
 
 確かにそうだ。気まずいのならちゃんと謝ればいいし、"りょう"だってリゼットの所へ相談しに行く位だからその気はあるの  
だろう。  
 つまり問題は、私の決意しだい。……なんだけどねぇ。  
「うぅ」  
「何を悩む事があるのよ?」  
「どう謝っていいか、わかんない」  
「はぁ!?」  
 もう訳が分からないと言わんばかりに目を丸くするリゼット。  
 ごめんなさいと謝るには恥ずかしすぎて。  
 忘れてと言うには印象が強すぎて。  
 何気なく振舞うには近すぎて。……どうしようもない。  
 リゼットから見れば取るに足らない事であっても、私にはどんな難問よりも高度だ。  
「あぁもう、何でネズミって妙な意地張る癖に、普通の事に臆病なのかしら?!」  
「あのー私の性格を、種族全体の傾向としないでー」  
 『妙な意地』には修正を要求したいけど『臆病』なのは否定しきれないので黙っておく。  
 謝れない理由が恥ずかしいでは、臆病極まりない。  
「でも、まさかフェラチオの事、事細かに教えたその日にやるとはその行動力はびっくりね」  
「教えたんじゃなくて、嫌がる私の耳掴んで心構えからやり方を懇切丁寧に聞かせただけじゃないのっ!」  
「でも、役に立ったでしょ? 奴隷とのスキンシップにっ♪」  
「〜〜〜〜っ」  
 にやにやとリゼットは笑うが、私は逃げ出したい気分だ。スキンシップとは聞こえがいいが、やった事は半ば強姦の類だ。  
 しかもロレッタまで巻き込んだのだから手に負えない。  
「にゃははー、もっと凄いこと教えようか?」  
「…リ、リゼット〜〜!」  
 一瞬、いいかもと考えたが、かぶりふって考えを打ち消す。これを聞いたら前以上の段階の事をするんだろうなぁ、私。  
「さて、別視点からアプローチしてみようか」  
「別視点?」  
 険悪な私の口調を聞き流して、何処までも能天気なリゼットの声は明るい。  
 この能天気さは私も見習うべきなのかもしれない。  
「そう、リョウ君はどこからどう見てもオスのヒトね?」  
「そりゃそうよ」  
 あれでメスだったら、リゼットと同じように最高の親友になっていただろう。  
「ヒトって事は、身分階級としたら最底辺。そしてあんたは、最上級の王」  
「うん……」  
 言わんとすることが分かってくる、つまり……  
「つまり、リョウ君をどうしようがあんたの自由。即ち、あんたが何しようが奴隷に謝る必要は――」  
「それだけはないよ」  
 私はきっぱりとリゼットの意見を却下。リゼットも本気ではないんだろうけど、私はこの意見だけは賛成できない。  
 私たちネズミはこの大陸では最低クラスの身体能力で、せいぜいヒトよりある程度マシでしかない。  
 魔法だって使えるのは私くらいで、しかも大した能力じゃない。  
 だから、私はヒトである"りょー"に共感して同じように見ている。例えそれが感傷や見下しの類と言われようが、この考えを  
放棄するつもりかは欠片もない。  
 それに王だからって、なんでも出来る訳じゃない。むしろ出来ない事の方が多いかもしれない。  
 この程度なのに生きているヒトを好き勝手に出来る訳がない。――それが私の偽らざる本心だ。  
 
「ったく、頭固いなー」  
 呆れたように苦笑いするリゼットだけど視線に優しさを感じる。  
 本当にありがとう……と言うと調子乗るので心の中に留めて置く。  
「まぁ、3年前とみたいに血を吐かなきゃいいけどね」  
「……古い事持ち出すわね、3年も前の事よ」  
「アタシにとっちゃ、3年しか立ってない事」  
 ネズミとネコ、その寿命差による時間感覚にはかなりの開きがあるらしい。  
 じっと視線を通わせて見つめ合うが、何故か後ろめたくてリゼットの目を見ることが出来なくて私は目を逸らす。  
「あれは、私の自己管理がなってなかった所為で別にリゼットには責任ないじゃないの」  
 とーさんとかーさんが死んで、私がこの仕事を引き継ぎ始めの頃の事だ。  
 単純に過労と心労がたたって潰瘍で血を吐くなど、我ながらひ弱だったと思う。  
「自分を追い詰めちゃダメよ。下手に頭が回るから限界を読みきれないなんて笑えないわよ?」  
 そんなことは分かってる。  
 私が自分自身の限界を読みきれない事も、多少の不調は意地やら根性で無理矢理押さえ込む事も。  
「それはともかく仲直りの事だけど、思うままに頑張りなさい。でも出来るだけ早めにね?」  
「はい〜」  
 考えるのに疲れて溜息を吐くと、今まで何処にあったのか疲れがどっと溢れ出して私はへたり込む。  
「ま、リョウ君絡みだとしてもラヴィニアなら何とかできるでしょ? 手紙で謝るって手もあるしね」  
「そ、そうね。あはは……」  
 書こうと思って何書けば分からなくてやめた……なんて言えない。  
 さて、本題とリゼットは居住まいを正す。私もだらしなくへたり込んだ体を持ち上げて姿勢を正す。  
「最近ウチのコ、女の子3人ほどが行方不明になってるの」  
「財務局? 商会の方?」  
「その中間の連絡役かな」  
 リゼットはこの集落の財務の長だけでなく、商売まで手がけておりその収入の一部はこっちの懐にも入る。  
 ちょっと後ろ暗いお仕事もやっているんだけどそこは割愛。  
「連絡役で町まで出てもらったんだけど帰ってこないらしいの、足取りとしちゃ商会に顔は出しているんだけどね」  
「むぅ、種族とかは?」  
「全部ネズミ、20歳前後ね。まぁ連絡ってもフード被せて正体ばれない様にって細工ぐらいしてるわよ?」  
 ちょっと由々しき事態かも。  
 これが続くようならリゼットの仕事が格段に増えてしまう。そうなれば、いろいろ面倒になる。  
「とりあえず、今はどうしてる?」  
「軍の方に護衛とか頼んでるだけど、やっぱ優秀なコが抜けるとかなり痛いわ。手間も掛かるし」  
「そっか、親御さんには?」  
 狭い集落だから居なくなれば噂にもなって、余りいい影響にはならないだろうし、何しろリゼットはネコだ。最悪責任問題にも  
なりかねない。  
「アタシ自ら謝りに行ったわ、あんまりいい顔されなかったけど」  
「だろうね、一体なにがあったのやら。取り合えず軍に警戒と捜査を要請、その上で公式発表。それでいい?」  
「ん、軍には言ったけど王の影響は大きいわね……ったく、死んでなきゃいいけど」  
 不機嫌そうにリゼットの耳と尻尾が揺れる。これはかなり苛立ってるわね。  
 ふっとリゼットの昨日の言動とこの事件が繋がる。  
 
「……昨日、泊めてくれなかったのは……?」  
「ご明察、コレの所為よ…………まぁ、ロレッタからも言われたんだけどね」  
「?、なんか言った?」  
 最後の方が声が小さくて聞こえなくて聞き返す。  
「なんでもないっ、この事件に伴う軍への要請、資金の調達の目処、ならびに残された人への賠償金の書類を出しにきた訳よ」  
 はい、と何処にあったのかファイルケースからいくつかの書類を取り出し渡された。  
 さらっと目を通すがなんら問題はない。しかし、こういう書類は出来るだけ見たくないのが人情だ。  
 いつも書類の提出がおそいリゼットだが、問題があれば即対応する行動力は私の憧れでもある。  
 さらさらっと書類にサインをして印を押すいつもの作業が、ちょっと重く感じるのは命が掛かっている所為なのか。  
「財布無いならコレ食べる?」  
 ひょいっと小脇に挟んでいた袋を取り出し中身を見せる。  
 小麦の焼けたいい匂いが食欲をそそるパン。空腹には非常に有難い代物だ。  
「どうしたのよコレ?」  
「この前出来た共同かまどの初物よ、財務局特権でちょろまかしたの」  
「……よく反論来なかったわね」  
「かまどを作ったのは財務局よ、使用料も赤字スレスレにしてるからこれ位いいじゃない」  
 そりゃそうなんでしょうけど。  
 お腹が空いて欲しいんだけど、王がコロコロと物を貰うと賄賂になるような気がする。  
「……失礼します、お嬢様」  
 うーうーと懊悩としてる中にノック音の僅かな後に入ってきたのはロジェ将軍。  
 だらけていては示しがつかないので姿勢を正すが、私の変り身っぷりをニヤニヤ笑っているリゼットにちょっと腹が立つ。  
「ずいぶん早いですね、確か予定だと明日では?」  
 確か私の記憶だと"迷宮"の方の改造工事で居ないと思ったけど。  
「えぇ、思ったより早く終わりそうでしたので、走って参りました」  
「馬車で2日は掛かる日程を走るのね……」  
 私も体力に自信はあるが幾らなんでも無理だ。3日あるならできるけど。  
「これが報告書です。……リゼっち久しぶりー」  
「リゼっち言うなっ! てか、4日しか経ってないっ」  
 この2人は仲がいいのか分からないが、将軍はリゼットの事を"リゼっち"と呼ぶ。それをリゼットが止めさせようとするのが  
いつものパターン。この2人の挨拶みたいなものかもしれない。  
 リゼットが妙に嬉しそうに反論してるから本当は呼ばれるのが好きなのかもと推測してみる。  
 ……などと考えているうちに、簡潔な報告書を読み終える。  
「うん、問題ないです。では、一つ、軍に要請があります」  
「はい、何でしょう」  
 すっ、と背筋に鉄心を入れたような姿勢を整える将軍。  
 こういうしっかりした人は個人的に好感が持てる……"りょう"もそんな感じだった気がする。  
「財務局の職員が3名ほど行方不明なのは知っていますね? 王命において捜査、協力を指示します」  
「はっ」  
 将軍は歯切れのいい返事をすると、ドアの方へ顔を向けて口を開いた。  
「どうぞ、ロレッタお嬢様」  
 ――へ?  
「あは、ねーさんお弁当食べよー、にーさんと一緒にね」  
 将軍の手前、逃げることも隠れることも出来ない私はロレッタの言う事をどこか遠くの事のように感じた――。  
 
 
 
 お弁当抱えて待つこと数十分。俺は行政局の近くの公園に居た。  
 ロレッタが意外に凝り性だったため、お弁当が非常に大きくなってなおかつ重い。だが時間を掛けた分ボリューム  
は凄まじく、運動会で家族で食べた弁当以上になっている。  
「……」  
 周りをみると木が敷地を囲い、中央は校庭のように何もない。遊具も一つも無いので寂しい限りだが、いくつかベンチが置い  
てあり俺はその一つに座っている。  
 俺はご主人様にどういう顔をして会えばいいか、弁当箱の暖かさを膝で感じながら置いて考えていた。  
 いろいろ考えているが、本心のあるままに――それしかないだろう。  
「にーさんー」  
 呼ばれた方向を見てみると、公園の入り口に元気に手を振るロレッタと妙にギクシャクとした歩き方をしているご主人様。  
そのギャップが妙におかしくて思わず頬が緩む。  
 「えと、えーと、んーと……」  
 ロレッタがご主人様を強引に引っ張ってくるが、かなり挙動不審だ。それはまともにご主人様の顔を見れない俺も同じだが。  
「ねーさん? にーさん?」  
「「はいっ?!」」  
 苦笑いしているロレッタに声を掛けられただけで俺とご主人様は、裏返った返事をしてしまう。  
 ……もうちょっと落ち着け俺、相手はもう逃げないし、ゆっくりやればいい。試合の前の様に落ち着けばなんとかなる。  
 静かに深呼吸をしていると、ご主人様も同じ様に深呼吸をしているのが見えて、焦りが落ち着く。  
「えっとね、んと、その……」  
「ご主人様、ストップ」  
「い?」  
 気合を入れて謝ろうとしているのは見えるんだけど、流石にお弁当が冷えるのはちょっと寂しい。  
「取り合えず、座って食べよ? 冷めちゃうしね」  
「あ、うん……」  
 俺は持ってきたブルーシートを一番大きな木の下に敷いて四隅を適当な石で押さえる。それだけで即席食堂の出来上がりだ。  
「ねーさん」  
「な、なに?」  
「謝るのは後。朝ご飯食べてないんだからさっさと食べよ?」  
「あ、うんっ」  
 ……ブルーシートを敷く前に石を取ればいいのに、取り忘れてわたふたと石を取っているとそんな会話が聞こえてくる。  
 いいところをロレッタに持ってかれてしまったが……俺が言ってたんじゃいつまで掛かるかわかったもんじゃない。  
「御二人とも、こちらへどうぞ」  
「にーさん、似合わないよー」  
「燕尾服でも着てみる?」  
 シート下の石をなんとか全部取って、ちょっと気取った感じで誘ってみたが散々な結果。ひどいよ2人とも。  
 まぁ……似合ってないのは分かりきっているけど。  
「り、りょー、早くー」  
 
 目を合わせてはくれないけれど、ちゃんと名前を名前を呼んでくれる。それだけで俺は小躍りしそうなくらい嬉しい。  
と、ちょっと感慨に浸っているうちに早くも2人はシートの上に陣取り、色とりどりの弁当を広げている。  
 その手の早さに溜息をつきつつ、シートへ俺も座る。  
「ロレッタ、その入れ物をご主人様にも渡して」  
「これ?」  
 配られるのはスチールと思われる金属製の入れ物。微妙に暖かい。  
「開けてみて?」  
「……!」  
 蓋を開けると湯気が飛び出て中身が露わになる。  
 その中身はたけのこ、油揚げが入った簡単な炊き込みご飯。まさかこの世界に圧力鍋があるとは思わなかったが、これのおかげで  
これが出来たと言っても過言じゃない。  
「これ?」  
「ご飯に具を一緒に入れて炊いたものなんだけど、美味しいから一口食べてごらん」  
「ん」  
 たけのこを一緒にスプーンで掬い上げ、口の中へ消える。  
「ん〜〜〜♪」  
 美味しくて嬉しそうな顔をされると苦労した甲斐もあるし、奴隷冥利に尽きるというものだ。  
「んじゃ『いただきますっ』」  
 そこからはもう、戦場というか取り合いというか……  
「ねーさん、それ食べすぎっ! わたしにも一個〜」  
「早い者勝ちよ、ロレッタ……って、りょー! それはダメっ」  
「……はい」  
「っと、これは私のー」  
「それだけは渡せないよっ! にーさんの手作りなんだからっ!」  
「いや、こっちにも同じもの……」  
『これがいいのっ!』  
「はい……」  
 醜い争いになってもうしっちゃかめっちゃか。これほど周りに誰も居なくていいと思ったのは初めてだ。  
「うー、おなか一杯」  
「わたしもー」  
 2人が取り合ったというか奪い合った所為で俺はあまり食べれなかったが、二人が美味しそうに食べてる姿だけでおなか一杯だ。  
「んじゃ、デザートにしますか」  
 横にある袋から取り出すのは、毒リンゴモドキ。それをナイフで丁寧に皮を剥く。  
 皮が途切れずに剥く事が不器用な俺が唯一自慢できる事だ。  
「はい、ご主人様、ロレッタ」  
「ん」  
「どうもー」  
 切った物を二人に渡して上を見上げる。  
 木が視界の半分を遮っているが、残り半分は雲ひとつ無い青空。  
 風は弱くても、木陰で涼しくて気持ちがいい。  
 こういう所はあちらと変わらない。生き物、食べ物、習慣の全てが違う世界だけど、空の色だけは変わらない。  
 
「……りょー?」  
「はい、なんですか?」  
 ご主人様に呼ばれ視線を向ける。  
 微妙に泣きそうに見えるは気のせいか。  
「なんかどっか行きそうだったから呼んだだけ……」  
「大丈夫ですよ」  
「あ……そう」  
 そう言うと水筒に入っていた紅茶をコップへ注ぎ、口をつける。  
 まだ、目を合わせてくれないけどかなり雰囲気は和らいだと思う。  
「うぅ、やっぱ……コーヒーがいい……」  
 と、顔をしかめ行儀悪く舌を出すご主人様。そういや、紅茶を飲んでいる姿を見たことがない。  
「ねーさん、あんな苦くて、不味くて、胃に悪いもの、良く飲めるね……」  
「だってー」  
 子供みたいに不満気な声音と耳が力なく垂れ下げて、駄々をこねるご主人様。  
「はいはい、今度、コーヒー入れますから今はこれで我慢を、ご主人様?」  
「はーい♪」  
 『コーヒー入れる』なんて言ったのは、決してだだこねる姿が可愛かったから……なんて理由じゃない。  
 気まぐれ、ですよね……俺?  
「……んじゃ、にーさん、ねーさん。わたしこれ持ってくから」  
 そんな優雅な(?)食後を満喫していると、いつの間にか弁当箱の山を片付けて纏めているロレッタ。  
「ロレッタ、もうちょっといて欲しいなぁ……ダメ?」  
「ダーメっ、リゼットねーさんに呼ばれてるし」  
 懐中時計をみると既に1時半を過ぎている。バッカスさんの授業は3時からだし、余裕はあるかな。  
「それじゃ、後は若い二人に任せて……2人とも頑張ってねー」  
「ロ、ロレッタ?! 大体、あなた同じ歳でしょうにっ!」  
 ご主人様の突っ込みは空を切り、うなだれている。  
 さ、ここからが本番だ。  
「ご主人様」  
「は、はい?」  
 ちょっと声を掛けただけでさっきまでの雰囲気は一転して、ガチガチに固まっている。  
 ……そうだ。  
「ご主人様、ここ、ここ」  
 俺は正座に座りなおし自分の太ももを叩く。要は膝枕だ。  
「え? えっ?」  
 混乱した様子で目をぐるぐる回しているご主人様。  
 さてさて、どうするのかな?  
「面と向かってじゃ話しにくいでしょ? だからって目をそらして話すのは嫌だけど、ここに頭乗せれば顔見なくても話せるよ?」  
 我ながら完璧な理論武装。とまでは行かないが、パニックってるご主人様にはこれで十分。  
「えぇっと、失礼します……」  
 ご主人様はおずおずと擦り寄って、俺のひざの上に頭を乗せた。  
 
 最初は固まっていたが、流石にそのままだと居心地が悪いのかもぞもぞを頭をずらす。  
 しばらくすると、気に入った場所でも見つけたのか動かなくなる  
「ん……」  
 長い髪に手櫛を入れてみると、するすると抵抗なく手が通り糸か何かと間違えそうになる。  
 ご主人様をそれが気に入ったのか気持ちよさげに小さく身を捩る。  
 よくよくみるとお化粧で隠れているがクマが見える。  
 ……眠れなかったのはお互い様らしい。  
「髪、綺麗だね」  
「そう?」  
 そっけなく答えているが、嬉しくて動きたいのを我慢しているのか耳が微かに震える。  
「手で梳いても、引っかからないしすごいね」  
「……一応、自慢だから。最初は『髪を伸ばすと見た目的に映えるかから』って理由だったけどね」  
 目をつぶったままのご主人様は、淡々と語る。  
 多分これが『王に相応しく』なのだろう。  
 俺は、ロレッタからほんのちょっとしか聞いていない。けれどその苦労の欠片を読み取るには十分すぎる。  
「……大変だったね」  
 一瞬の沈黙。  
「そうでもない……って言えば大嘘。結構辛かったけどね」  
「そっか」  
 俺の一言で何なのか分かったのか、歯切れのいい答え方だった。  
 そういう所は嫌いじゃないが、妙に言葉端が引っかかる。  
 ご主人様は、自分自身の事を使い捨ての物か何かのように語ることがある。  
 見方によっては死にたがりともと取れるけど、その癖、弱みを見せることを嫌う。  
 誇り高い死にたがり……あんまり、いい生き方じゃないと思う。だから、  
「……ごめんね、ご主人様」  
「……っ」  
「俺があそこで断ってれば、ご主人様が寝不足になることも、悩むこともなかったのにね」  
「私がっ」  
「ストップ」  
 ご主人様が口を開こうとする瞬間を見計らって人差し指で唇を抑える。  
「謝る必要はないですよ、俺は奴隷ですから」  
「でもっ」  
 勢いのいい声とともにご主人様は起き上がる。  
 起き上がれば当然俺と目が合うわけだが、多少涙目ではあるけれどしっかりと見返している。  
 あちらも覚悟を決めたならこちらも腹を括らなきゃならない。  
「私が、最初に耳なんか齧らなきゃ――」  
「それが何が悪いの?」  
「……え?」  
 ぽかんと口を開けたまま呆けるご主人様にかまわず、俺は続ける。  
 
「俺は奴隷。いかなる主人、命令であっても従う……それが奴隷だと思う」  
「……」  
「いわば、主人の道具。道具を折ろうが壊そうが齧ろうが道具は文句を言わない」  
「……」  
 なにか言わんとすることがあるのか、黙って見つめてくるご主人様。  
 しかし、その目からは何を考えているのかはまったく分からない。  
「だから、謝る必要なし、ね?」  
「間違ってるよ」  
 気持ちいいほどの即答の否定。  
 歯切れにいい所は結構好みだが、この立場だけは譲れない。  
「でも、ね」  
「でもも、けども無し。りょーは生きているんだよ? 喋るし、食べるし、ちゃんと息もしてるのに、『謝る必要なし』?」  
 すぅっと一息。  
「バカにするならそこまでにして頂戴っ!! 私はそこまで弱った覚えも腐った覚えもないわっ!」  
 思いがけない大声に思わず片目を閉じてしまう俺。しかし、ご主人様はまだまくし立てる。  
「黙って聞いていれば『道具は文句いわない』『謝る必要なし』とかふざけた事言ってるけどね、私がそう思っているなら  
こんなに悩まないわよっ! またおかしな事言ったら反省するまで井戸の中に吊らすわよっ!!」  
「っ、はいっ!」  
 反射的に、はいと答えてしまって後悔。  
 まだちょっと言い足りない。仕方ないので恐る恐る声を掛ける。  
「……えーとご主人様」  
「なに?」  
 大きく頬を膨らませて怒ってるつもり……なのだろうが餌を頬張るリスかなにかを連想させて可愛らしい。  
 ……可愛いけど、譲れないものがある。  
「やっぱり奴隷って立場だけは譲れませんよ」  
「む」  
「何も奴隷相手なのに腰が低い人が王様なんていやでしょ?」  
「それは、そうだけど」  
 口を尖らせ、かなり不満そうなご主人様。  
 ちょっと卑怯だが、強引にでも納得してもらう。  
「謝ることが悪いとは言ってませんよ。要はあの事に関してはご主人様が謝る必要はなしって事です」  
 やると言ったらやる性格だから、"未来永劫俺に謝る必要なし"とか言ったら本気で井戸の中に吊るされるだろう。流石に  
それは勘弁してほしいから軌道修正したが、やっぱり奴隷に謝ろうとするご主人様は変な気がする。  
 ま、バッカスさんに宣言したことと矛盾するけどね。  
「だから、ごめんなさい」  
 頭を下げて座礼のような格好だが、この際仕方ない。  
「むー……もう、そんな顔で言われたら私が怒鳴ったのがバカみたいじゃないの」  
 頭を上げてみると、ご主人様は諦めたようにため息を吐くと、頭を俺の膝へ置いて目をつぶった。  
 不満気な雰囲気を醸し出してはいるが一応納得してもらえたらしい。  
「別に納得した訳じゃないわ、りょーの真面目な顔に免じてここは引いてあげる。……あとでキッチリ決めましょう」  
「はいはい」  
 ……納得したわけではないらしいが、とりあえずは何とかなったかな?  
 
「それはともかく、あんまりしかめっ面してると皺増えるよ、ご主人様?」  
「まだ、そんな歳じゃないですっ」  
 しまった。思わず正直に言っちゃった。  
「〜」  
 妙な緊張感からお互い沈黙だが、今までの気まずい沈黙ではなくむしろ心地いいといえる沈黙だ。  
 俺は無意識の内にご主人様の髪を手櫛し、毛先までたいした抵抗無く通る。  
「俺さ、獣医になりたかったんだ」  
「……獣医? えーと確かペットのお医者さんの事だったっけ?」  
 動物が好きだから獣医とは我ながら単純だが、夢なんてのは単純なのが一番いい。  
「うん、その獣医。まぁ、ここに落ちちゃったからその夢は叶わないけどね」  
「……」  
 妙に空気が重くなってしまった。えぇと、何とかしないと。  
「それでさ、獣医さんの気持ちになって今の状況考えてたんだ」  
「ふーん」  
 ご主人様は興味なさそう口調だが、体を揺すったり、毛先を指でいじったりして妙に落ち着きが無い。  
 そんな様子がおかしくていつにもまして気分がいい。  
「で、答え出たんだけど、言っていいかなご主人様?」  
「べ、別に勝手にすれば」  
 息と一緒に勇気も一息で吸い込む。  
「俺なら……『本当に、いいご主人様に会えたと思いますよ』って言うよ」  
「〜〜〜〜〜っ! 知らないっ! 3時まで寝るから起こしなさいっ!」  
「ん」  
 俺の返事を確認するかしないうちに、さっさとハンカチで顔を隠してしまった。  
 顔を隠しても耳を隠さないのは抜けてると言うかなんと言うか……。  
「……りょー?」  
 ハンカチ越しのためちょっとくぐもったご主人様の声。眠気分もちょっと入ってるのか気だるげだ。  
「はい、何でしょうご主人様」  
「なんで、ずっと耳いじってるの?」  
 髪の毛の感触もいいが、耳の感触もいいのでいつの間にかそこばかりいじってしまった。  
 紙のように薄いのにちゃんと血が通っていて、毛が羽毛か何かと間違えそうなくらいさらさらとして心地いい。  
「えっと、嫌ですか?」  
「ん、嫌じゃないけど……女の子の耳触るってちゃんとした意味あるんだよ。知ってた?」  
「い、いえ、知らないです」  
 ……嫌な予感をひしひしと感じるお言葉。冷や汗の出る寸前の嫌な悪寒が沸々と湧き出て来る。  
「『結婚してください』だって……りょー、責任取れる?」  
「いや、あの……」  
 俺の反応を確かめる為か、わざわざハンカチをずらして悪戯っぽい視線を向けてくるご主人様。  
 ……もしかして、  
「嘘、ですか?」  
「さー、どーでしょー♪」  
 そう言うとまたハンカチ顔を隠してしまう。  
 いまさら、やめても遅いので思う存分堪能しようかな……。  
「〜〜♪」  
「……♪」  
 俺は空を見ながら、鼻歌を歌う。メロディはご主人様の暇さえあれば歌っている、歌詞は分からないあの歌。  
 無意識かどうか分からないけどそれに乗せられるように動く耳を、俺は飽きることなくずっと弄っていた。  
 
 
 
『6時に行政局の前で待っててね』  
 と、そうご主人様に言われて大人しく待つ俺。なんだか今日は人を待つ事が多かった気がする。  
 バッカスさんの授業が早めに切り上げられたので俺の時間は大丈夫だがご主人様の時間の方は大丈夫なのだろうか?  
 と、そうこうしている内にパタパタと靴がなる音が入り口の方から聞こえてくる。多分ご主人様かな。  
「……りょー、待った?」  
「今来た、所ですよ。はははは……」  
「へんなの」  
 俺のぎこちない応対に不思議そうな顔をしたが、すぐに長い髪を翻し俺の前へ歩いて言ってしまうご主人様。  
 ……まるでデートの待ち合わせみたい。と意識してしまったら思わずぎこちなくなってしまった。  
 落ち着け俺、相手は獣畜生、もとい獣人だ。いやしかし、耳以外は見た目女の子だし……いやいやいや……  
「りょー、聞いてる?」  
「え?」  
「やっぱり、聞いてないー」  
 いつの間にか真近に顔を寄せて、ぷくぅと頬を膨らませてお怒りの様子。  
 その距離にどぎまぎしながらも煮詰まりそうな頭が徐々に冷えてゆく。  
 ……変な事で悩みすぎだ俺。俺は奴隷、彼女はご主人様。それだけの事。――よしっ。  
「ごめんごめん、えっとなに?」  
「ちゃんと聞いてよ? ……おいしいヒト料理屋があるんだけど、そこで晩御飯食べよ、って事よ」  
「ロレッタの分はどうするの」  
「リゼットに呼ばれたみたいで、晩御飯あっちで食べるって」  
 ありゃりゃ残念。3人で食べればもっとおいしくなると思ったんだけど仕方ないか。  
「ロレッタと二人で食べに行ってもいいんだけど、りょーが居るとメニューの内容が分かるしね」  
「確かにそうでしょうけど」  
「美味しかったら、いつかロレッタも混ぜて一緒に食べに行こうね」  
 言うこと言ったからかくるっと背中を向けるご主人様。  
 その声には迷いが一切含まれてなくてビックリするほど真っ直ぐだ。これなら安心して軽口を叩けるかな。  
「財布を忘れたなんていわれても俺、お金ありませんからね」  
「二度も同じ失敗はしないわよっ。……まあ、朝のゴタゴタの所為なんだけね……」  
「朝のゴタゴタ?」  
 おそらく、朝飯を食べ損ねた事を思い出しているのだろう。心なしかご主人様の声がちょっと暗い。  
「ロレッタに昨日の事謝られてね。それでいろいろあって財布忘れたのよ……持ったとはずだったんだけどなー」  
「そんな時もありますよ」  
「そだねー」  
 それっきり会話は途絶えてご主人様の右後ろに俺は付いて歩く。  
 会話が途絶えたとは言っても、気まずい感じではなくむしろ心地良いともいえる種類だ。  
 虫の音や周りの家からの笑い声に耳を傾けながら夜道をゆったりと歩く。  
 そんな状態を数十メートル続けてると、ふと思いついたような唐突さでご主人様は口を開く。  
「最近、誘拐が多いの。リゼットの所の職員が3人居なくなっちゃったのよ」  
「へぇ、物騒だね」  
 ヒトみたいなものが一杯いるって事は、良からぬ考えを持つ人もいるだろうから当然といえば当然の事だろう。とはいえ、  
こうも身近で起こると結構怖いものがある。  
 
「だから……ん」  
 ひょいっとリレーのバトンを受け取る形で出されたのは手。えーともしかして?  
「ほら、夜道ってヒトだとかなり危ないでしょ? だから、手つなごっ?」  
 俺の前を歩くご主人様の表情は伺えないが、耳が竹串でも入れたかのように垂直に立っている。  
 ……分かりやすくて、頬が緩む。  
「はいはい」  
 差し出された手を握ると、柔らかさと暖かさが心地いい。  
「りょーっ! 『はいはい』なんておざなりな返事しないのっ! これは、夜道をヒトが歩くと危ないから握ってるだけなんだからっ!」  
「分かった、分かったから早くご飯食べにいこ?」  
「あーもう、絶対笑ってるっ! 別に私が握りたくて握らせたみたいな事じゃなくて……」  
 店に着くまで俺達はずっと手を握ったまま、夜道を騒ぎながら歩いた。  
 その間、ご主人様は一度も振り返ってくれなかったけど気まずさは無く、いつも以上にご主人様の事が分かるような気がした。  
 
 
 
         §     §     EXTRA?     §     §  
 
 
 
 なんでわたしはここにいるの……?  
 リゼットねーさんの用事を済ませてねーさんの所へ行こうとしたら、バッカスさんからの呼び出し。  
 それで議会の椅子――ねーさんの席へ座っている今の状況。  
「訳わかんない」  
 まさにその一言に表される。  
 わたしは王妹で権力があると誤解された事もあったが、わたし自身には権力のような力はほとんど無い。  
 それなのに権力の象徴である議会の椅子に座る意味が全く分からない。……いや、一つだけわたしがこの椅子に座る意味がある。  
「ロレッタ、指に包帯巻いてるけどなんかあったの?」  
 リゼットねーさんには何気ない質問なのだろうけど、わたしの心臓が跳ね上がるほど鼓動が早くなる。  
「え、えっと包丁で指切っちゃって……あははは」  
「珍しいわね、ロレッタが包丁で指切るなんて」  
「わたしでもたまにはあるわよ」  
 何とかリゼットねーさんの質問を回避し、人差し指に巻いた包帯にに触れる。ケガの割には包帯巻きすぎだけど。  
 にーさんが、『ばい菌入ったら大変』とか言ってかなり巻いた所為だけど、心配してくれていいヒトだ。  
 それにしても、いきなり指を舐められるなんてにーさん大胆過ぎ。思わず腰ぬけちゃったし……でも、まぁちょっとだけ  
気持ちよかったというか……  
 って、感じてなんかいませんよっ!? わたしの名を懸けても感じてませんっ! てか今そういう場合じゃないよっ、わた  
し!  
 邪念のような物を振り払うように頭を思いっきり振る。  
 
 議会へ目をやると、私の席を12時として時計回りに『財務』リゼットねーさん、『軍』ロジェ将軍、『外務』フランツおじさん、  
『教育』フランシス卿、『移民』マリーさん、そして『行政』バッカス老。  
 これにねーさんを加え7名で政治を動かしている。  
 わたしとリゼットねーさんは、バッカス老の使いに呼ばれてここに居る訳だけどバッカス老だけが来ていない。  
「遅れてすまんね」  
 と、扉が開き入ってくるバッカス老。  
 今年で75歳だからいつ寿命が来てもおかしくないのにボケすらしていないのは流石だ。  
「バッカス老、わたしが呼ばれたということは、ねー、ごほん、『王』の罷免に関する事態ですか?」  
 指定の席に座ったバッカス老に、わたしは早速問いただす。  
 『王』の罷免には半数以上の議会の賛成が必要だが、まさか王に選挙権を与える訳にもいかないので苦肉の策で王の血縁者を  
入れる事になっている。  
 つまり、わたしがここに座る=ねーさんの罷免を意味する。  
 しかもこの議会じゃ、長く在任しているイヌのフランツおじさんならともかく、異種族で一番新しく入ったネコのリゼット  
ねーさんの発言力は極めて弱いから助けは望めない。  
「ロレッタ姫様」  
「はい」  
 ……"姫様"なんてよばれると背筋に寒気が走る。わたしはそんな柄じゃない。  
「この召集はあくまで皆の意見を聞くためであり、すぐに実効性のある物ではありませんし、議題は罷免をは無関係  
……とはいえませんが遠いものです」  
 ……え?  
 わたしの思考停止に間髪入れずにバッカス老は語る。  
「議題は、『王』の奴隷であるヒトの処遇です」  
 語った内容は、わたしを思考停止から掬い上げるほどの内容だ。  
 その議題を聞いても表面上は全く表情の変化しない議員さん達には羨ましさすら感じる。  
 そんなわたしの心の内などしらないバッカス老は続ける。  
「彼は5日前、『一ヶ月欲しい、その後で処遇を議会で決めろ』と言いました」  
 な、なんですってー!? と、思わず言いそうになるが渾身の気合でそれを止める。  
 それでもわたしの表情は引き攣ってたと思う。  
「わしとしては、"あのヒトに王が悪影響を及ぼすか"で決めたいと思うが、各々の各自の基準でかまわない」  
 悪影響……確かに、りょーにーさんが来てからねーさん注意力散漫になってる事が多い。だけど、わたし自身の気持ちを抜き  
にしても、追い出すことは無い。  
「それを伝える事が今回の議題か?」  
 もこもこの毛皮のイヌのフランツさんが口を開く。喋るときに歯が見えてちょっと怖い。  
 血統はかなりいいらしいが、なぜここに来たのかは一切不明。歳だってもう200歳は超えているので誰も知らない。  
「それもあるが、現状で"王にヒトが必要か?"その決議を挙手で取りたい。よろしいかな?」  
 わたしを含む6名が同時に頷く。  
 バッカス老は厳しい人だが公平だ。発言力が弱いリゼットねーさんでも決の取れる挙手の方法はいいが、これは結果が  
分かりやすくてかなりマズイ。  
 「では、挙手を――」  
 結果は5:2。5が『必要』ならどれだけ嬉しいことか……と思わず現実逃避するわたし。  
 全くにーさん無謀だよっ!  
 にーさんの、バカッ! バカッ!! 大バカー!!! 何で勝手に決めるかなっ!?  
 挙手の結果を絶望しつつ、心の中でにーさんを罵倒。そしてどうにもならない状況に、わたしはため息を一つ。  
 こうなったら、行くとこまで行ってもらうしかない。ねーさんには昔みたいな荒れた目をさせちゃいけないから――!  
 
 

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