初めは大変だった。  
 でも時が過ぎるのは早くて楽しくて。  
 わいわい騒いで楽しんで悩んで、また騒いで。  
 アクシデントもあったけど、また騒いで。  
 そして、今がある。  
 偶然に偶然の綱渡りだったけど、みんながみんな頑張ってのこの結果。  
 それに一切の不満なし!  
 わたしは本当にそう思う。  
 
〜誰かの8冊目の日記帳の終わりに〜  
 
 
 
                §    §    1    §    §  
 
 
 
 俺は、そこそこ黄昏ていた。  
 その原因は、赤点スレスレの数字が大きく載っている将来を左右する紙切れ。それが数枚とも似たり寄ったりなことにある。  
「はぁ……これはなぁ……」  
 テスト用紙から目を離してみればそこは夕暮れの神社の境内。夕日も相まってとても寂しく感じる。  
「なにやってんだろうなぁ、俺」  
 独り言を呟いても肘を壊しかかって野球は出来ないし、テストの点数が上がるわけでもない。  
 それでも愚痴を言いたくなるのが人情。  
「どうにかならんものか、本当に」  
 まぁ周りには誰もいないし、参拝客も正月くらいでなければ見たこともない。多少、独り言を愚痴を言ってもバチは当たらないだろう。さっき賽銭箱に100円入れたし。  
 野球でそれなりの活躍して、大学に入って、獣医になって……と考えていたけど結局途中で挫折。  
 まぁ、それだって無理な練習した所為だし、この点数だってその事実に落ち込んでいて、勉強を疎かにした上にいつもの"要領の悪さ"が災いしてうまく出来なかった。  
 それでもしなかったよりマシだろうし、一時期に比べれば赤点スレスレなだけでも幸いと思うしかない。  
「思えないよなぁ……」  
 この要領の悪さはとーさんとかーさんも分かってくれるだろう。なんせ自分らもそうなんだから。……あの二人から優秀なねえさんができたのが謎だが。  
 要領の悪さのサラブレットだからこの程度。ねえさんには敵わない。だから俺はよく頑張った。  
「頑張ってもこれじゃあなぁ……」  
 親や周りは納得しても自分が納得できない憤り、これだけはどうしようもない。原因を転嫁しなければだけど。  
 
 神頼みは信じてはいないが、ここまでくると居ないものにすら縋りたくなる。だから、もし神様がいるのなら、  
「俺を少しはマシにしてください」  
 そう願わずにはいられない。  
「?」  
 ぼんやりと黄昏ていると、座っている本殿の下からなにやらガタンゴトンと何かが動き回っている音。  
 ネコかなんかの縄張り争いだろうか? それにしちゃ暴れすぎてる気がしないでもない。と、考えていると鳴り始めと同じように唐突に音が収まった。  
「決着ついたかな?」  
 決着ついたのなら負けたほうを手当てしてやらなきゃならない。大怪我でもして死んでいたら夢見が悪すぎる。  
 それにネコは好きだし。  
 覗き込もうとすると、小さいものと遅れてちょっと大きいものがが飛び出して俺の前をくるくる回って走りまくる。  
 どうやら、ネコがネズミを捕まえようとしているらしい。  
 ネズミはよく鍛えられているのかちょろちょろと逃げ回り、ネコは飼い猫なのか鈍重そうな体を無理やり俊敏に動かし追っかけている。  
 トムとジェリーは、現代じゃなかなか見られるものではないだろう。  
「――――!」  
 追っかけるトム(仮)と逃げるジェリー(仮)はそんな鬼ごっこを1分くらい続けて、ついに形勢が崩れる。  
 ネズミのスタミナが切れたのかスピードが落ちると、すかさずネコは姿勢を低くして飛び掛る体勢に移る。  
 さすがはネコ、太っていても天性の狩人か。  
「!!」  
 と、目の前に小石が一つ飛び込んで驚いたように飛び退く。  
 そりゃそうだろう飛び掛る寸前で石が飛んできたら誰だって驚くだろう。それに投げたの俺だしね。  
「……ッ」  
 やっぱりネコに睨まれる。せっかくの獲物を前に邪魔が入ったわけだし当然なんだけど。  
 そんな睨みあいをしていると、捨て台詞を吐きそうな貫禄でネコはゆったり振り返り、階段の方へ歩いていく。  
 足元を見れば逃げていたジェリー君が佇んでいた。  
 ネコとネズミならネコが好きだけど、なんとなくネズミを助けてしまった。  
 ま、たまにはいいんじゃないかな。  
 
「次は無いから、気をつけて帰れよ」  
 言葉も通じないのに、頷くような仕草をして林の方へ帰っていった。ちっちゃい生き物もいいなぁ。  
「さっ、帰ろうか」  
 色々考えてもテストはマシにはならないし、肘が治るわけじゃない。それならさっさと帰って勉強でもしたほうがいいだろう。  
 そんな結論に至った俺は、ネコが降りて行った石階段へ向かう。  
 この石階段、自慢じゃないが夏場に運動部の練習でも使われるほどきつい傾斜の階段だ。  
 転んだら怪我ですめば上等、死ぬかどうかは神様しだい。  
 それ以上恐ろしいのは、10年に1回はこの階段で行方不明者がでるとか。  
 気をつけて降りないと……?  
「――はい?」  
 最初は、階段を踏み外したと思った。  
 しかし、第一歩はちゃんと足をつけたはず。  
 なぜ二歩目を踏み出そうとして踏み外さねばならない?上を見れば青空。  
 下を見れば石畳なわけはなく、夜よりも濃い闇だった。  
「ちょ……まて――」  
 理解が状況についていけなかったが、とりあえず抵抗する俺。いくらなんでも、超常現象しすぎだ。  
 必死に抵抗してもまるで水の中で体を動かしているようでいまいち要領を得ない。  
 着実に上の青い空は狭くなり、それに反比例するように周りは暗くなってゆく。必死にもがいても手ごたえもなく、突然現れた睡魔のような感覚に抱かれ俺は意識は失った……  
 
 
 
              §     §    2    §     §  
 
 
 
 最初の感覚は妙に冷たくて重い感触と頭の辺りの柔らかさ。  
『〜〜♪』  
 次に来た感覚は音だった。  
 その音が歌なのは分かるけど発音が英語っぽくってよくわからない。英語の成績は一番悪かったしなぁ。  
 音自体はとても綺麗だけど。  
『〜〜〜♪』  
 ずいぶん楽しそうに口ずさんでいるから、相当好きな歌なのだろう。それに声が高めだから多分女の子。  
 それにしちゃあ歌い方が汚いというか、雑というか。  
『〜〜〜〜♪』  
 なぜか"ユナイテッドステイツ"と聞こえる発音。  
 アメリカ人の女の子に助けてもらったのだろうか? んじゃあの暗闇は幻覚?  
 とりあえず体を動かして見るが、服が妙に重たい上に冷たい……服が皮膚にへばりつく感触もするから、多分水に濡れたんじゃないかな?  
 それ以外は問題は無いかな。  
『 〜〜〜〜♪……あ、起きた?』  
 それはともかく、体を動かしたことであちらさんも俺が起きたことに気づいたようだ。  
「――まぶし」  
 目を開けてみれば天井などではなく緑色を背景に、大きくてくりっとした黒い目が特徴的な綺麗に整った顔が、すぐ目の前にあった。  
 それ以外は目が光についていけず暗いまま。  
 
改めて状況を確認すると、頭の辺りの柔らかい感触からどうやら膝枕をしてもらっているらしい。  
 気恥ずかしさから起き上がろうとするが、濡れた服の重みだけでなく妙な疲れでどうにも身動きが取れない。  
「起きない方がいいわよ、池に落ちたから怪我は無いだろけどね」  
 えぇと……?背景の緑は葉っぱだよね?  
 膝枕されているから大き目の胸で見にくいけど目が特徴的な綺麗な顔、ちょっと湿っている黒いブラウスに黒いロングスカートの黒ずくめもおかしい所は無い。  
 しいて言うなら蜂蜜色に所々白のメッシュが入っている長い髪位な物だが、染めているような色合いでもないし濡れているのか水の香りがする。  
 まだ常識の範囲内だよな?  
「…大丈夫そうね、それにしても大きな怪我どころかかすり傷すらないなんてヒトって、落ち物としてはかなり頑丈な部類なのかしら?」  
 そんなことを呟きならがぺたぺたを俺の体を触る目の前の女の子(?)。  
 断言できないのは、頭の上のソレ。  
 本来ソレは顔の横に対でついているが、彼女の場合、頭にちょこんと載っていて時折、自己主張するようにひくひく動く。  
 ソレは髪の毛を掻き分け、付いているのは丸みを帯びた小さな耳。  
 大きさ、形からいえばネコなどではなく、ハムスターやリスなど小動物にありがちがちな丸い形だ。  
 暇さえあればペットショップで見ていたからよくわかる。  
「あなた名前は?」  
 ぺたぺた触るのに満足したのか、今度は俺の髪を梳きながらにっこりと聞かれた。その表情にドギマギしながら思考を回転させる。  
 とりあえず、状況を理解するだけの時間が欲しい。  
「ヒトに聞くときは自分からって言われないか?」  
 正直、この質問の仕方は気分が悪くなる人が多いからあんまりしたくはないんだけどこの際仕方ない。  
 しかし彼女はさほど気分を害した様子も無くさっきと同じ笑みを浮かべて、  
「あぁ、そっか。礼儀は大事にしなきゃね」  
 こほん、と一息。  
「私はラヴィニア――ラヴィニア・ヒュッケルバイト。この近くの町の『王様』をやってるの。って、これだけじゃ意味わかんないかなヒトには」  
 ……ますます理解不能。この時間稼ぎはあまりいい策はでは無いらしい。  
 
「で、あなたの名前は?」  
 現実逃避しても仕方ないので聞かれたことにはきちんと返す。気分を害して放置されるよりはマシだろうし。  
「……藤見、藤見 良」  
 多少ぶっきらぼうなのは警戒心からくるご愛嬌。  
 そんな愛想のいい返事でもないのにいい笑顔を見せる彼女。この子の笑顔はどこか足りないものを支えてくれる感じがする。  
「ふじ、ふじみ……りょー?」  
 名前を呼ぼうとするも、なぜか発音できないらしい。流石にそれで呼ばれるのはイヤだ。  
「ふ・じ・み・りょ・う」  
 もう一度ゆっくりと繰り返してやる。さほど難しい発音でもないだろう。……てか何で言葉が通じる。さっきまで彼女英語使ってたぞ。  
「……面倒だから『りょー』でいいや」  
 彼女は相当適当らしい。  
「りょー、いい?ここはあなたたちの暮らしてたところとは、まったく別の世界なの。見ての通り、私たちにはこんな耳してるの」  
 彼女は自分の耳を弾く様に叩く。そんな行動さえ様になるのはその容姿故か。  
「あなたたちはヒト。落っこちてきて、奴隷として扱われるの」  
 奴隷?何処かで働かされたりするんだろうか?……それにしちゃあ親切すぎる。  
 仮にも王様とか言ってるからかなりの地位があるに違いない。そんなやつが膝枕までしてくれるのだろうか?  
「なんで私が膝枕してるのか、って?」  
 悪戯っぽい表情で気楽に思考を読まれてしまった。かなり出来る。迂闊なことは考えられないか?  
「あぁ、そんなに警戒しないでよ、りょー。今ゼロから説明するから……お願いだから、ね?」  
 両手をあわせて拝むようにお願いされてしまった。なぜか罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。  
 意地を張っても分からない事が多すぎる。  
「えっと、ゼロからお願いします」  
「うん、じゃあ説明するね」  
 彼女は口元に手を当てて少し考え込む。  
 そういや俺、池に落ちたって言ってたな。  
 ……ラヴィニアの髪とか服が濡れているのはもしかして?  
「ありがとう」  
「え?」  
 突然謝られた所為か、大きな目をさらに大きくしてぽかんとしている。  
「俺を助けるのに服とか髪とか濡れただろ、だからありがとう」  
 謝ることには抵抗は無いが、耳がちょいとアレなのを除けばかなり可愛い子の目を見るのは恥ずかしい。  
「き、気にしなくてもいいわよ、ヒト奴隷は高く売れるからね」  
 彼女の顔を見れば真っ赤に染まっている。  
 かなりウソや誤魔化しが苦手なタイプらしいから信用はできるかな。  
 そんな彼女の表情を見ているうちにウトウトとして、俺はいつの間にか眠ってしまっていた。後でしこたま怒られたが。  
   
 これが、ラヴィニア・ヒュッケルバイトと俺――藤見 良との邂逅だった。  
 
 
 
              §    §    3    §    §  
 
 
 
 とりあえず、俺は落ち物とやらで、ヒトは高級品でなおかつ高く売れる、とのこと。  
 財政的に厳しいここでは、売れという意見もあったらしいが、この町で――彼女曰く王様をしている彼女、ラヴィニア・ヒュッケルバイトが俺を奴隷とし、売ることは絶対にありあえないと宣言したため、俺は奴隷決定。  
 もちろん拒否権はあってなきが如し。拒否したら行くところ無い上に誰かに捕まって売られるに違いない。  
   
   
   
「ご主人様、起きてください」  
 ここに暮らし始めて一週間。  
 ベットの上でブランケットに包まって気持ちよさそうに寝ている"コレ"を『ご主人様』と呼ぶことにも違和感を覚えなくなって、特に病気も怪我もなく暮らしていけるのはありがたい。  
「……りょー、あと5分31秒寝かせて。昨日徹夜寸前まで仕事してたから」  
「それ、5分36秒前も同じ事言ってますよ」  
「時計を持たせたのが失敗だったかしら……」  
 相変わらず、ベットの上でブランケットに包まってで反論するラヴィニア。彼女の場合、こういう台詞を正確に寝言で言えるから恐ろしい。  
 二日目あたりにそれに気づかなくて『なんでしっかり起こさないのよー』と怒られた時は理不尽な気分だったけど。  
 とりあえず、俺はラヴィニアのところで秘書もどきというか、使用人をしている。彼女を起こすのもスケジュール管理するのもその仕事。  
 彼女曰く、スケジュールがもれるといろいろまずい上に、暗号掛けるよりまず普通には読めないヒトの文字を使ったほうが安上がりで、他人に管理をやらせる方が非常に楽だそうだ。  
「んむぅ、おはよう」  
 ようやく起きたようで、ラヴィニアはまぶたを重たげにうっすらと開けた。開けるまでは大変だが開けた後はちゃんと起きてくれるから非常に楽だ。  
 ねえさんなんかは起きないどころか布団に引きずり込もうとするから油断ならない。  
「ん〜〜!」  
 ラヴィニアが元気に仰向けで背伸びをしている。これならちゃんと起きるだろう。  
 これ以上いると着替えまで見せられかねない。  
 二日目にそれをやられたとき『いいよ、奴隷だし』と返されてしまって、男としてヘコんでその日はちょっと立ち直れそうにもなかったのは今はいい思い出だ。  
 部屋を出て階段を下りて台所へ。別方向から扉を開く音もするのでもう一人も、目を覚ましたことだろう。  
 昼食や夕食は、外で食べたり他の誰かのところで食べることの多いこの屋敷の主と、一緒にご相伴に預かる事が多い。しかし、朝食だけはどうしようもないので俺が作ってるという訳だ。  
 俺が来るまでは、妹が色々やっていたらしい。。  
 いつ倒れるか分からないのにやらせるのはどうかと思ったが、そこそこ楽しがってたらしい。  
 
「ん〜」  
 窓から入る光はますます強くなり、庭の木の葉はささやかに揺れる。もう3週間もすればかなり暑くなるそうだが、まだ涼しいからすごしやすい。  
「にーさん、おはよー」  
 昨日の夜の下準備の出来具合に満足しながら台所を動き回っていると、寝ぼけ半分の声を後ろから掛けられた。  
「ん、おはよ」  
 後ろを振り返ると、質素な白パジャマの袖で目を擦りながらラヴィニアの妹――ロレッタ・ヒュッケルバイトが立っていた。  
 なぜか俺を『にーさん』と呼ぶこの子は、病弱だったらしく肌の色がとても白い。さらにショートにしている髪の毛も灰色だが、濃淡の差で波のように見えるために余計に線が細く見えてしまう。まぁ、余り気味なパジャマの袖もあるのだろうけど。  
「準備している内に、しゃんとしてきなよ」  
「うん〜」  
 とぼとぼと危なっかしい歩みで洗面所の方へと消えるロレッタ。ちなみにこの家、トイレ、洗面所、台所、風呂など2階と1階の両方にある。  
 築20数年らしく、お手伝いさんの為の部屋などもあるが使われていない。しかし、こうした設備はこうして姉妹別々に使われている。  
 だからといって仲は悪いわけでなく、むしろ良い。理由を聞いたら『もったいない』だそうだから俺には良く分からない領域だ。  
 そうこうしているうちに出来上がった朝食をテラスへ運ぶ。ガラス張りの為、朝日が清々しくて気持ちいい。  
 高級そうな木で出来た丸い天板のテーブルがあり、これまた高級そうな椅子がそれを取り囲む。  
「えっと、皿、水差し……その前にテーブルクロスっ」  
 独り言を呟きながら台所とテラスを往復する俺。要領が悪い為、最初は時間が掛かったが最近は結構早く準備できるが、ねえさんならもう一皿、料理を用意しそうだ。  
 何度か往復し、オレンジジュースを台所からテラスへ持ってくると、ラヴィニアとロレッタが揃って座っていた。  
 俺がテラスに入ってくると、  
「ほらほら〜さっさとしないと、先に食べちゃうぞー」  
「ねーさんの分抜いちゃうよ?」  
 にこにこと冗談を飛ばしあっていた。何度見ても仲がいい。  
 空いている椅子へ腰掛けて、  
 『いただきますっ』  
 三者三様のいただきますの仕草をして、朝食へ手をつける。  
 今日の朝食はサンドイッチ。昨日の晩に下準備していたからさほど時間は掛からなかったが味は大成功だ。  
 右手側にはちょっと急ぎ気味で朝食を頬張る暗い青のアオザイっぽい服装の――正装らしい――一応、ご主人様のラヴィニア。  
 左手側には病人衣のような白っぽい服装をして、いつ姉が喉を詰まらせないかと今か今かと楽しみにしているロレッタ。  
 
 っと、つまらせた。水、水っと。  
「はい、ねーさん」  
 ロレッタに水の入ったコップを先にささっと出される。こういう阿吽の呼吸にはまだ勝てない。  
「……助かるわ、ほんと」  
「ねーさん、ほんとは急いで食べれるほどの体じゃないんだから無理しちゃダメ」  
「時間に間に合わせないと、じいやとかフランシス卿とかに小言言われるし、リゼットに先越されると後々貸し作るから国政上よくないの」  
「バッカス老とかはともかく、リゼットねーさんに云々はねーさんが個人的によくないんでしょ?」  
「……むぅ」  
 小さい子を叱るように指を立ててロレッタはラヴィニアを突っ込む。  
 こうしてみると彼女たちにはさほど姉妹の感じがしない。  
 ラヴィニアの髪の毛に蜂蜜色に白が混じってメッシュ状になってるが、ロレッタは濃淡の差が激しい灰色だ。  
 髪型だってラヴィニアは背中の中ごろぐらいまでのロングで、ロレッタはショートだ。  
 耳の形だって細かく違うし、身体つきなんかもロレッタは発展途上極まりないように見えるのに対し、ラヴィニアは服装もあいまってそこそこに見える。  
 やっぱり……姉妹、というより友達という感じが強い。  
「りょーにーさん、失礼なこと考えてない?」  
 ……いろいろ似ていない二人だがこういう鋭い所はそっくりだと思う。  
「い、いんや、なんにも」  
 ちょっとどもってしまった。アドリブは苦手なのは昔からだが変わらないのはちょっと悲しい。  
「私たちに対する評価だと思うの。多分」  
 サンドイッチをひと齧りしたラヴィニアの鋭い直感。気づいているか分からないが、かなり勘が鋭い。  
「そーなの?」  
 ちょっとイジワルな表情のロレッタ。遊び足りなさそうな子供の雰囲気を醸し出してあんまり相手にするとロクな目に合わない。  
「あー……さっさと食べようか」  
 取った戦術は我ながら強引なごまかし。ひょいひょいと皿の上のサンドイッチをハイスピードで頬張りながらじっと見てくるし、ロレッタもキラキラをした光を幻視しそうな視線を飛ばしてくる。  
 ……やっぱりこの二人似ている。2人の大きな目が小動物を連想させられるのも本当によく似てる。  
 だから――視線が痛いからじっと見ないで欲しい。  
 
 
 
 朝食が終われば月に一度の定例議会。  
 議会は七名によって構成されていて、月に一回全員で顔合わせするらしい。  
 俺はヒトなので会議を見る事すらできない。見ててもあんまり面白くはないだろうけど。  
 そういうわけで、俺は屋敷の掃除をやることになるわけだ。  
「あ、りょーにーさん!」  
 今朝、朝食を取っていたテラスのガラス拭きをしているとロレッタが俺を見つけた走ってくる。ラヴィニアも俺の肩までくらいまでしかないが、ロレッタはもっと小さい。まぁ身体の小さいのがネズミの特徴らしいが。  
 ラヴィニアから貸し出された懐中時計を見るまでも無く何の時間か分かった。  
 ロレッタの服装がフリルが随所に施された白い洋服。これは彼女が病院へ行くときの服装だ。よく似合っていると思う。  
「病院いくのか?」  
「うん、りょーにーさんも準備して」  
「りょーかい」  
 何が楽しいのかロレッタはニコニコ笑っている。白い服装に灰色の髪色だから余計に病弱に見えるとは、口が裂けても言えない。  
 これでも彼女は、ラヴィニアの妹なのだ。何をするか分からないし、楽しそうな気分に水を差すこともない。  
 俺は手早く掃除用具を片付け、適当に着替えて――数も無いので制服のズボンにワイシャツで外へ出る。鍵を掛けてっと。  
「〜♪」  
 おなじみの英語風の歌を鼻歌で演奏しながら、レースがたくさんついた白い鍔広帽子と、これまた白い日傘を持って彼女は待っていた。  
 やっぱり機嫌が相当いいらしい。こういう機嫌の表現の仕方も姉妹そっくりだ。  
「さっさと行こうよ、りょーにーさん」  
 手を引っ張られるが、とりあえず、  
「?」  
 彼女の手にある帽子を被せてやり、日傘を開いて持つ。もちろん日傘は彼女に日が当たらないような位置をキープ。俺のほうが大きいから楽だが。  
 ついでに、俺は道の中心側に彼女を端側に並ぶ。  
 一瞬、ぽかんとした表情を見せたががちょっと帽子の位置を直して、日傘を持ってる俺の腕へしがみつく、というより高さ的にぶら下がるに近いかも。  
「にーさん、ありがと」  
 ちょっと照れくさい。しかもこれ、かなり恥ずかしい。  
 彼女がヒトだったり俺がネズミだったら兄妹かカップルに見えるだろう。こういう対応をされた経験が少ないから苦手だ。  
 
 ラヴィニアにこういうスキンシップはされたことはないから、もしかしたら苦手なのかもしれないが。  
「赤くなってるー」  
「いや、なってないよ」  
 と言いつつ、顔に血が集まる感触。どうやら俺は表情に出やすいらしい。えぇと、ごまかさないと。  
「そういや、ご主人様とあんまり似てないね」  
 我ながら三流もいいとこのごまかしだと思う。が、これでも必死だ。  
「私たち二卵生だからね」  
「えっと、ってことは双子?」  
 驚愕の新事実。俺の腕にぶら下がるようにくっつきながらロレッタは続ける。  
「ネズミは一回の出産に双子が多いの。まぁ、新生児だからすぐに死んじゃう事が多いんだけどね」  
「なるほど」  
 あっちでも、未熟児なんかは生存率が低いからこっちならなおさらか。  
「そんな訳でわたしたちは双子って事だけど、数少ない二卵生だから似ていないの。ちなみに、わたしは母さん似、ねーさんは父さん似だけどね」  
 なるほど姉妹で髪の色も違うわけだ。……ちょっと待て。  
「ご主人様と同じ歳?」  
「うん、今年で18だよ」  
 見えない。同じ歳には絶対見えない。  
「にーさんはいくつだっけ?」  
「今年で17だね」  
 つまり、俺はロレッタやラヴィニアより年下……?  
「あは〜、これからわたしの事を『ロレッタお姉ちゃん』って呼ぶ?」  
 それはもう楽しそうに笑うロレッタ、お姉ちゃん……だめだ、ラヴィニアならともかく、ちっちゃいロレッタを姉扱いはかなり違和感が出る。  
「えっと、勘弁して」  
「じゃあ一度だけでいいよ?」  
 俺の困る反応が楽しいのか耳がピコピコと活発に動いて、今か今かと待っているように見えた。  
 正直恥ずかしいが、道ですれ違う人はこちらをわざわざ伺ったりはしていないだろうから少しは楽だ。  
 よしっと気合を入れて意を決して俺は口を開いた。  
「ロ、ロレッタお姉ちゃん?」  
「んふ〜〜♪」  
 幸せ一杯のオーラを振りまいて目を細めるロレッタ。ここまで幸せそうなら言った甲斐はあったかな?  
「一度でいいから『お姉ちゃん』って呼ばれたかったのよねー、ありがとうにーさん!」  
「は、ははは……」  
 俺に対する『にーさん』はいいのだろうか……?  
「〜♪」  
 とりあえず機嫌もいいようだし、下手な事を言わないでこのままにしておこう。  
 彼女を病院へ連れて行く事だ。大丈夫だと思うが病気があったら食事を考えてなくては。  
 
 
 
「りょーにーさん、わたし、リゼットねーさんの所で遊んでから帰るね」  
「おーけい、鍵はどうする?」  
「リゼットねーさんに送ってもらうから鍵は大丈夫」  
「分かった気をつけていけよー」  
 もう、行っちまった。  
 病院の診察は異常なし。ここ一年くらいはやっと抵抗力がついてきたのか、外を出歩いて走ることも、ある程度できるようになったとのこと。  
 それまではベットの上で一日を暮らすことがザラだったとか。それでも一生懸命学校へ行ったりして、友達は多いらしい。  
 この一週間でも数人の子が遊びに来ている。目的は珍しいヒトらしいが。  
 リゼットねーさん、もといリゼットさんはこの集落では珍しいネコ。金髪碧眼のきれいな人で、議会での『財務』を担当しているから恐ろしい。  
 ちなみに、尻尾も"金"色だから自慢らしい。  
 議員はリゼットさんや『王』のラヴィニア、『内政』のバッカス老の三人くらいにしか会っていないが、会わなくてもなんとかなるだろう。  
 ロレッタはリゼットさんのところで食べるだろうし、ラヴィニアは財布を持ってるから自分で買うだろうから問題は、自分の昼飯だ。  
 病院から少し通りを歩けば食料品専門の通り差し掛かる。お見舞い品を買っていくのにも近いほうが、よく売れるらしい。  
「さて、と、昼飯はどうにか考えないと」  
 多少は料理は出来るがそれはあちらでのお話。パン食が中心のこの町では米は貴重品というか食べないから、炒飯やオムライスなんて代物は難しいし、かといって洋物はカレーとか大鍋料理くらいしかレパートリーがない。  
 思わず空を見上げれば、じりじりと太陽が真上に上り詰める頃。  
 そうなればこの通りの活気も最高潮に盛り上がる。勢いのある掛け声、値切りと利益確保の攻防、井戸端会議。そんな雑多な音が活気の一部となって盛り立てる。そんな音を聞いていると、ここが、違う世界ということを忘れそうになる。  
「あ?」  
 そんなことを考えつつも回りを見ると、キツネの若い女性がが見覚えのあるものを売っている。  
 白い楕円状の粒――米だ。  
「いらっしゃいませー」  
 俺がヒトなのに眉一つ動かさず、丁寧な営業スマイル。さすがプロ。  
 通りのちゃんとした店でなく屋台風味で売っているからあやうく見逃すところだった。  
「これ、食べれるの?」  
「えぇ、もちろん。裏の山で有機栽培ですよ〜、農家の皆さんの似顔絵付ですよ」  
 似顔絵付きってわざわざ産地表示から生産者表示までしっかりしてる。ってこの似顔絵、この売り子の人かよ。  
 怪しさここに極まれり。でも背は腹に変えられまい。興味あるし。  
 ちょっと触ってみてもちゃんと脱穀してあるし、色もきれい。火力は台所の鍋を使えばなんとかなるかな。  
 
「一袋分ください」  
「はい、銀貨10枚です」  
 ちょっと高いかな?でもこのくらいあれば色々試せるからこんなもんかな。  
 俺は代金を払うと、軽い情報交換をして屋敷へ足早に向かう。  
 雑然とした通りを抜ければ閑静な高級住宅街。そのほぼ中央に屋敷は存在する。  
 屋敷の前を見れば結構暑いのに誰か立っている。暗い青の服装をした髪の長い女の子……ラヴィニアかな?  
「……ご、ご主人様ー!」  
 正直、この歳でご主人様と大声で叫ぶのは少しばかり勇気が必要だったが。  
 その声に気がついたのか嬉しそうに手を振って、足元の長い裾を振り回して、こちらに駆け寄ってくるって――おいっ!  
「きゃ――」  
「――っと」  
 裾が長い服装な上に、高級住宅街とはいえ荒い石畳。転ばないわけが無い。直前で支えてやらなきゃ、盛大に顔面を地面にぶつけていたことだろう。  
 ふと気づけば……結構頭が近い。  
 ……ラヴィニアが顔を上げたら至近距離か?  
 と、するりと身体を抜いて何事も無かったように彼女は立ち上がる。  
 一瞬でもドキドキしてしまった俺がアホみたいじゃないか。  
「あはは、ありがと」  
「助けて当然なんだから、礼はいらないよ」  
 感謝されるのは慣れてないから適当にごまかす。  
「ふふん、赤くなってるわよ?」  
「なってない、なってない」  
 否定しつつも、顔に血が集まる感触。流石姉妹、いじめるところまで同じだ。  
「えっと、あれいいの?」  
 と彼女が指を指したのは路上に放置している袋。  
 助けるために手放したが見たところ中身が出ていないので破けている様子もなし。  
 拾って触ってみるが、大丈夫。炊けばみんなおんなじかな?  
「大丈夫……、で、ご主人様はなんでここに?」  
 確か、定例会議と仕事場でスケジュールがぎっしりだった気が。  
「じいやが言うと誇大だけど私に掛かれば簡単よ、何年書類仕事してると思ってるのよ?」  
 自慢げに言うあたり本当に終わらせてきたのだろう。  
「まぁ、次の書類来るのは3時過ぎからだからそれまで家で休もうかと思って」  
 なるほど。  
「お昼ごはんは?」  
「まだよ」  
「一緒に食べようか? 珍しいものも手に入れたし」  
 珍しいといえば珍しいのだろうけど、問題は口に合うか、だ。  
「珍しいもの?」  
 目を白黒させた彼女に、米の入った袋を見せながら鍵を開けて屋敷の中へ一緒に入る。  
 ちょっと時間は掛かるが頑張って欲しいなラヴィニア。  
 
 

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