今日のばんご飯はハンバーグ。  
「りょう、それだと焼いたときに崩れちゃうよ?」  
「やってみなきゃわからないじゃないかー」  
 いいごたえすると、ねえさんは、ぼくの頭をはたく。  
 いたくはないけどなんだかなぁ?  
「ほーら、仲良くしなさいっ」  
「「はーい」」  
 がんばってみるけど、かあさん や ねえさんみたいに、上手にできない。  
「俺やることないなー」  
 お酒をのんで楽しそうな、とうさんのこえ。  
「あなた、手伝わないとプロポーズの言葉、言いますよ?」  
「すいません、手伝わせて頂きます」  
 いっつもこんなかんじのとうさん と かあさん。  
「やってらんない」  
 それを見てあきれるねえさん。そして、まだがんばるぼく。  
 ……俺はその日、そんな夢を見た。  
 
 
 
「あ、おいしい」  
「そりゃどうも」  
 今日は年に数回しかない私の貴重なお休み。  
 いつもはのんびり寝て過ごしていたんだけど今は"りょー"がいる。そのお陰で退屈せずに過ごせる訳で。  
「ほんと、りょーって多才だねー」  
 ロレッタも、多才だが"りょー"もそれに近いレベルで多才だ。それに比べて私は、書類仕事と殴り合いくらいしか能が無い。  
「ねえさんに『コーヒーも淹れられないような弟は婿に出せない』とか言われて練習しましたし」  
「ははは……」  
 おねーさん……か。どんな心境でそんな事言ったのか今の私には分からないけど、気まぐれって事はないんじゃないかな?  
「あ」  
 と、小さく声を上げる"りょー"。  
私は首だけ後ろに回すと、コーヒーの追加が置いてあるテラス端の小さなテーブルで固まっているのが見える。  
「あー、ご主人様、紅茶の葉っぱ買ってきますね」  
「ん、えっと、無くなっちゃったの?」  
「えぇ、ロレッタが帰ってくるまでに買ってこないと……」  
 エプロンの紐を解きながら"りょー"はぶつぶつと何か言っている。  
 ネズミの耳はウサギほどではないけど結構いいから、何を言っているのかくらい分かる……ついでにお昼ご飯の材料も買って  
くるつもりみたい。  
 ん〜よしっ!  
 
「りょー、私も行くよ」  
「えっ!」  
 かなり驚いたような顔。……私、嫌われてる?   
「いや、えっと、嫌なら別にいいわよ!?」  
 慌ててる所為か私の声のトーンが跳ね上がるが、心はズドンと沈みこむ私。  
「い、嫌じゃないですよ。ただ今日お休みなんですから、休んでてくださいな」  
「本当にそれだけ……?」  
「それだけです」  
 "りょー"に疑いの目を向けて問うが、ちゃんと見返して答えてくれる。  
 嘘じゃないみたいだけど、ロレッタなら『んじゃ行こうか』で言って終わりそうな事なのに私だとワンステップ必要らしい。  
「ご主人様が嫌なら、俺逃げ出してますよ」  
 ぶーたれる私に"りょー"は冗談めかしてそんな事を言ってくれる。くよくよ考えても仕方ない。  
「それは分かったけど、私も行ってもいい?」  
「えぇ、もちろん。お昼は外って事ですか?」  
「そだねー」  
 リゼットからいくつか美味しいと言われる店を聞いておいてよかったー、と心の中で大喜びの私だが、ふと自分の服装見てみる。  
 厚めの生地の白いブラウスに、黒のロングスカートな地味な格好に一応おしゃれのつもりで首元に赤い紐でリボンのように  
締めてるが、あんまり意味が無い。  
 まぁ、私服自体あんまり着ないからよくわからないけどね……。  
「ちょっと、出かける準備してくるね」  
「分かりました、玄関で待ってますね」  
 すたすたと、玄関へ向かう"りょー"の姿を見ながら私は自分の部屋に入ってドレッサーから髪留めを取り出す。  
 私のくすんだ金色に白のメッシュが入った髪色は、ほとんどこの集落には居ないので、この色=私になのでいろいろ面倒  
なので、いろいろ小細工をする必要がある。  
「ん……」  
 その一つが、長い髪を纏めてアップにする事。こうすることで目立つ長い髪を隠せるので大抵は便利だが、これだけじゃ  
ちょっと足りない。っと、仕上げに髪留めを付けてっと。  
 かーさんから初めて買ってもらった髪留めだが、ちょっと古くなってきたけどまだまだ現役だ。  
「よしっ」  
 私は自分の部屋をきょろきょろとお目当ての代物を探す。……と、あったあった。  
 急がないと、りょーが待ちくたびれてしまう。  
 はしたなく階段を鳴らして降りるとすぐそこに玄関。そこに居るだけで絵になる……それは主人としての欲目かしら?  
「……なんで麦わら帽子なんか持ってるんです?」  
 私の手の中にあるそれを視線で指す"りょー"……その正体は麦わら帽子、しかもかなり大き目の奴だ。  
「ん、これはね……」  
「あぁ、なるほど」  
 私が麦わら帽子を被って見せると納得したように"りょー"が頷く。  
 これをかぶるとアップにした髪が隠れるだけでなく、耳の毛色まで隠せるので私だとバレにくいのだ。  
 ちなみに大きめなのは、耳まで入れる為だ。  
「じゃ、いこっかっ!」  
 私は自然を装って"りょー"の手を握る。そして、顔をちらっと見るとちょっとだけ笑っていたので私はすぐに目を逸らす。  
 手を握るたびにあーだこーだ言い訳しても『はいはい』でかわされるのでもう言い訳はやめた。  
 見透かされているならそれでいい。  
 そう最近は思えてきた。だから、もうちょっとだけ素直になろう、かな?  
 
 
「ん〜どれがいいのかな?」  
「ロレッタ、葉っぱ変わると怒るから同じの買わないといけないのよ……私は何でもいいんだけどね」  
 紅茶の葉っぱ専門店へ早速来た私たちは、いつもの銘柄を探す。  
 店の中にはお客が数人と店員さんしか居ないけど、恥ずかしくて手は離している。  
「ご主人様、アレかな? 字がそれっぽいんだけど」  
「ん……そうだね」  
 ひょいっと指差したのはまさにいつも飲まされてる、もとい飲んでいる葉っぱ。  
 取ろうと思ったけど私の背じゃちょっと届かない。えーと踏み台、踏み台……。  
「はい」  
「うわっ」  
 私の後ろから"りょー"の両手が伸びて軽々と葉の入った袋を掴んで私の目の前まで降ろしてくれる。  
 それは非常に助かるんだけど……私の首に"りょー"が手を回し、見方によれば私が後ろから抱きつかれているような格好だ。  
 たった、たったそれだけのことで私は、口の中が乾いてくる。  
 (落ち着きなさいっ! 私、この程度のことでうろたえてどうするのよっ!)  
「うん、ありがと」  
 表面上はなんでもないように装うのは得意だけどここまで苦労したのは久しぶりだ。  
 大きい袋に入っているお茶の葉を備え付けの小さな袋へ入れて作業終了。  
「これ、戻して頂戴」  
「はい」  
 軽々と"りょー"が袋を戻して終了。……たった5分かそこらの事なのに、かなり精神力を消耗した気がする。  
「この分でいいんですか?」  
「足りなくなったらロレッタが買い足すでしょ、多分」  
 そういいながら、私達はカウンターへ向かい店員さんへと小さな袋を差し出すと重さを量りだす。  
 あ、そうだ。  
「すみません、帰りに取りにこれます?」  
「えぇ、できますよ。何時くらいにお取りに来られますか?」  
「んー4時くらいで」  
「承りしました……この重さなら銀貨20枚です」  
 銀貨20枚を私の財布から取り出し、店員さんへ手渡す。それにしても随分高価な代物だ。  
「はい……お名前は?」  
 んー、どうしようか。本名そのまま使うと面倒だしなぁ。  
「ラヴィニア・アスペルマイヤーです」  
「え?」  
「はい……ありがとうございましたー」  
 後ろにいる"りょー"が声を上げるが、後回し。私は何か言われないうちにそそくさと店を出る。  
「えーと、ご主人様?」  
「んー?」  
 店を出るといろいろ言いたそうな顔でたずねて来る"りょー"。  
 
「なんで――」  
「はい、ストップ〜」  
 人差し指を立てて、"りょー"の真似をして見たが効果は絶大。  
 "りょー"はイヌみたいに素直に押し黙ってこっちを見つめてくる。  
 あぁもう可愛いなぁ……ごほん、さて本題に行こうな。  
「アスペルマイヤーってのはとーさんの姓なの。ヒュッケルバイト使うと、私が王家の人間ってばれちゃうし、ね?」  
「あ、なるほど……って事はご主人様の、おとうさんは入り婿って事なのか」  
「そう言う事よ」  
 なぜか"りょー"は『おとうさん』の所で一瞬詰まった気がしたが、私は気にせずくるっと反転して石畳の道を歩く。  
 その後ろから遠慮がちに付いて来る気配が感じ取れて思わず 顔が綻ぶ感触がする。  
「それと、私のシャンプーとか細々とした物も買わなきゃいけないし……」  
 続きを言うのはちょっとだけ勇気が必要だった。  
「買い物、付き合って……くれる?」  
 時間にして一瞬。けれど私にとっての数時間。  
「いいですよ、ご主人様」  
「ほ、本当?」  
 私は天邪鬼だから彼の顔は見ない。というか見れない。  
 だから、あっちには私の声だけ。こっちも彼の声だけ。だから嘘は吐き放題じゃないかな……?  
「こんな事で嘘吐いてどうするんですか……細かいところに気がつかなくてごめんなさい、ご主人様」  
 逆に謝られてしまった。  
「次から気をつければいいんじゃないかな?」  
「それもそうですね」  
 ああもう私は何処まで不器用なんだ。『ごめん、言わなかった私も悪かった』と、たったそれだけなのに。  
 だから――  
「ほら、急ぐよ。りょー!」  
「おわっ」   
 私は"りょー"の手を取って走り出す。  
 言葉は不器用でも態度や動きなら素直になれる。  
 ……この時の私は、意識せずに、自然に、"りょー"の手を取れたと思う。  
 
 
 
 ラッキーな事にお気に入りのシャンプーが半額で入手。  
 美味しいコーヒーが飲めた上に"りょー"と一緒に買い物までできるなんて、今日の私はかなり幸運だ。  
「〜♪」  
 思わず鼻歌まで出てしまうのは仕方のない事。うんうん。  
「ご主人様、そろそろお昼時ですけど……?」  
「え、もうそんな時間?」  
 振り向くといろいろ荷物を持った"りょー"。  
 私は自分の物は自分で持つと言ったんだけど、どうしても持つを聞かないので仕方なく持たせている。  
 
「あ」  
 と私が声を上げると、お腹の底に響く鐘の音。  
 この集落の中心にある時計台から鳴っているこの鐘は三時間ごと(夜中は無し)に鳴っているので便利な事この上ない。  
 ……最近老朽化が激しくて、補修費用が掛かって仕方ないからなんとかしないとなー。と、今日はとりあえず後回し。  
「んじゃ、行こうか、りょー」  
「えぇ」  
 ここからだと通りを何本か越えないと外食街に入らないから結構遠い。しかし、何も持っていない私はかなり手持ち無沙汰だ。  
「そういえばご主人様。王族なのに、なんでロレッタは髪伸ばさないんですか?」  
 と、"りょー"からの突然の質問。あっちも持ってるだけじゃ暇らしい。  
「んー、一つはあの子、病気がちだったから髪の毛を短くして病気のリスクを少しでも回避するため」  
 手を繋いでない方の手を後ろにいる"りょー"に見せるように出して親指を指を折り曲げ、『1』を示す。  
「二つ、あの子の髪質がちょっと癖っけが強くて、長くすると外ハネするのよ」  
 人差し指を折り曲げて『2』。  
「三つ、『髪長くするとねーさんと比べられて嫌』……これが髪を伸ばさない理由よ」  
 中指を折り曲げて『3』を表してぶらんと腕を伸ばす。  
「なるほど、髪伸ばすのって大変ですねー」  
「男の子には分からないお話だけどね」  
 私の髪質は『かなり癖がない分面白くない』とかーさんに言われたくらい癖が無い。  
 ポニーテールとか、ツインテールとかに弄ったがイマイチしっくりこなくて結局ストレート。  
 私自身も髪型も服装も地味だなぁ……かといって派手なのもあんまり好きじゃないけど。  
「りょーは、どんな髪型の女の人が好き?」  
「…――げほっ! げほっ!」  
 ……違うっ!  
「ごめん、どんな髪型が好きなのっ?」  
「え、えーと……ははは……」  
 私、いくらなんでも直球すぎよ。でも笑って誤魔化す"りょー"もちょっとアレじゃないかな……?  
「ほ、ほら、外食街ですよご主人様」  
「ん、そうだね。でどうなの」  
「いや、ははは……」  
 私がしつこく食い下がっても、"りょー"は困ったような顔と微笑みで結局ここまで誤魔化された。  
 意外と手ごわく、これ以上追求しても答えないだろうから無言で小走り。もちろん手を引いてだけど。  
「おしゃれですねー」  
 赤を基調としたカフェテラス付きで確かにおしゃれだ。  
 せっかくなので、空いている外の席に二人で座る。  
「いらっしゃいませ、ご注文をお決まりでしょうか?」  
「ん〜」  
 ウェイターさんが出てきて注文を取りに来るが、初めて来たので何が美味しいか分からない……定番でいくしかないか。  
 
「パスタのミートソースでお願いします」  
「はい、デザートは……」  
「レアチーズケーキでっ!」  
「はい、畏まりました」  
 思わず即答してしまう。いくらなんでも好物だからって気張りすぎよ。  
「りょーは?」  
「……同じもので」  
「はい……では少々お待ちください」  
 そういってウェイターさんは奥へ引っ込み、消える。  
「りょー、なんで同じもの頼むの?」  
 "りょー"が何を食べるのかのもちょっと興味あったんだけどなー。  
「いや、メニューの字読めないので」  
 あー、"りょー"ってばまだ2週間ちょっと程度しかいないんだっけ。字を覚えるのが早かったから忘れてた。  
 それにずっと前から居たような感じがしてたしなぁ……。  
「今度から、そーいうこと言わなきゃだめだよ?」  
「はい」  
 ちょっとだけ照れの混じった苦笑いをうかべる"りょー"。  
 私、素直にまた『ごめん』っていえなかったなぁ。……次こそはちゃんと言うぞ私っ!  
 そんな事を私が決意した頃に皿を持ったウェイターが料理を運んでくる。  
「お待たせしました、ご注文のパスタ二つ、お持ちしました」  
 そこに並ぶのは中くらいの二つの平皿にちょっと多めに盛り付けられたミートソースのかかったパスタ。  
 美味しそうな芳しい香りが食欲をそそって、口の中に唾が溢れてくる。  
「えっとじゃ、ご主人様」  
「うん」  
 一息。  
「「いただきます」」  
 そう言って私たちはパスタを勢いよく食べ始める。  
 んー、確かに美味しいけどイマイチ味が濃いような気がする……まぁ十分美味しいけど。  
「……大きな声じゃ言えませんけど、俺、味が濃くてちょっと苦手です」  
「実は私も」  
 茶目っ気たっぷりに笑う"りょー"に私も似たような表情でお返し。同じ感想でちょっと嬉しい、ううん、かなり嬉しい。  
「っはは」  
「あはっ」  
 互いの表情が面白くて吹き出してしまう私達。  
 こんなに楽しい昼食は何年ぶりだろうか。自分のの記憶を探ってみると、多分リゼットとの初対面の時の昼食じゃないかな?  
 そんな感じで楽しく会話し平皿の上の麺はなくなる頃を計った様に、デザートのレアチーズケーキがやってくる。……サー  
ビスなのか紅茶まで付けるのは流石。  
 それはともかく、私はレアチーズケーキには大好物なのでちょっとうるさい。  
 そういうわけで一口。ぱくっとな。  
 
「ん〜〜♪」  
 パスタはちょっと微妙かなー、と思ったけどこのレアチーズケーキは絶品!  
 何処も柔らかめなのが多いけど、ここのは程よい固さで私好み。その上、ちょうどいい酸味が効いて甘さが上手に引き立ってる  
から侮れない。  
 さらにビックリなのはサービスの紅茶。苦手な私でも楽に飲めるのだからかなり気を使っているのだろう。  
「ご主人様、俺の分も食べる?」  
「いいの?!」  
 言ってからちょっと女の子らしくないなぁ、と後悔。……この程度の事で幻滅されなきゃいいけど。  
「俺、ケーキ苦手なので……簡単なのは作れるんですけど食べるのはちょっと」  
 すっと差し出されたのはお皿に乗ったケーキ。  
「……う、うん。貰うね?」  
「どうぞ」  
 微笑と共に差し出された誘惑には勝てず、私は大人しくもらってしまう。  
 確かに美味しいけど、二人で一緒に食べればもっと美味しいとおもうんだけどなぁ……?  
 ――ん……一緒? そうだっ!  
「ね、りょー。あーん……」  
「い゙っ!」  
 フォークでケーキを一切れ刺して、それを"りょー"の前に持っていくと案の定硬直して目がぐるぐると回している。  
「一人で食べても、楽しくないでしょ?」  
「そ、そりゃそうですけど、周りの目もありますから……」  
「大丈夫、周りカップルだらけだし、ね?」  
 慌てて周りを見回す"りょー"。私の言ったとおりカップルだらけなのを確認するとがっくり肩を落とす。  
「りょー、なんならここで"私とりょーの関係"をしっかりと定義する?」  
「それは勘弁してください〜!」  
「なら、はいっ」  
 ぐぐいっとさらに身を乗り出して、"りょー"へケーキ一切れを差し出す。  
 気恥ずかしさが無い訳じゃないけど、木を隠すなら森だし、変装をしているから誰も私と気づかないだろう。  
 なにより、本気で困っている"りょー"の表情は最高だ。  
「あ、あーん……ん、意外と甘くない……」  
「でしょー? だからはいっ」  
「え、でも……」  
 フォークと手付かずのケーキを"りょー"へ返す。が、一度差し出した物を受け取るのは引っかかる物があるらしく歯切れが悪い。  
「りょー、こうしようか。自分のケーキを互いに食べさせあえばいいでしょ?」  
「それは――」  
「"関係の定義"」  
「……………………はい、分かりました」  
 『はい』というまで、しばらくの"困った表情"成分を取れたので大満足。  
 最近、軽い我侭じゃ『はいはい』で流すようになってきたからちょっと不足気味だったんだけど、これでお腹いっぱい。  
「ご、ご主人様。あ、あーん……」  
「あ〜ん♪」  
 やっぱりご飯は、楽しく、美味しく食べないと、ね?  
 
 
 
 カフェテリアで食べさせ合いが終わったら"りょー"が、  
 『休ませてください』  
 と、言ったので少し休ませた後、違うデザートでまた同じ事をさせて"りょー"は精根尽き果てたようにぐったりとしいる。  
「ご主人様、恨みますよ……」  
「何なら、拒否すればいいのに」  
「俺は奴隷ですから、ね」  
 むー、こっち方面から改心させようと、思ったのだけれど意外と頑固で効果は薄い。  
 流石にずっとここに居るわけにも行かないので、グロッキーな"りょー"を強引に引きずりつつ食料品街へやってくる。  
「……えぇと、今日の晩御飯……」  
 ここに来てなんとか、活力が増え始めたのか目に力強い光が戻り始めるが、まだまだ体はふらふらしている。  
 ちょっと、遊びすぎたかしら……?  
「今日は何を作るの、りょー?」  
「んー、ハンバーグかな?」  
「ハンバーグ?」  
 このあたりじゃ、小麦や野菜を使った料理は多いけど肉類のバリエーションは少ない。  
 ネズミ自体あんまり食べないし、入手できる肉も少なめだからだ。そういうわけでハンバーグという料理は知ってても、  
私は実際には食べた事が無かったりする。  
 ちょっと、楽しみ。  
「懐かしい夢見たんで、作ってみたいなぁと思ったんですけど……」  
「材料は何使うの?」  
「玉葱、卵、塩、コショウ……」  
 と、言った物を一つ一つ買い揃えていく私達。  
 荷物がどんどん増えて、可哀相なので『私も持つ』とは言ったのけれど、強情にも決して"りょー"は持たせてくれない。  
「肉が見つからないなぁ……」  
「仕方ないよ、ネズミって肉食べないからそういうお店少ないし」  
 んー、と眉間に皺をたっぷり寄せて悩む"りょー"。こっそり私が手を繋いで隣にいる事に気づかないほど悩んでいる。  
 路地裏なら完璧に覚えてるんだけど、お店の種類までは記憶外。そっち方面のはロレッタの方が上だ。  
「ちょっと、諦めきれないなぁ」  
 それを言う目はとても遠い所を見ているような感じがして、私は握った手により力を入れる。……絶対に離さない様に。  
 "りょー"は、たまにこんな目をしている事がある。  
 何を考えているか分からないけど、ふらっと居なくなる様な感覚に囚われる。  
 奴隷の本人の意思を尊重するとか言っていながら、逃がさないように手を握り、言葉で縛る私。  
 ……ダブルスタンダードは大ッ嫌いだけど、この問題だけはどうしても解けない。  
「ん、ご主人様、あれは肉屋さん?」  
「え?」  
 考え事に没頭していたから、声を掛けられて急停止した思考がばらばらになる。  
 
「あれ、あの店」  
 指差されたお店の看板を見れば確かに『お肉屋さん』。何故か人が群がっているけど。  
「行ってみましょうっ」  
「え、えぇっ?」  
 私が手を引いてそちらへ引っ張ると、――多分、私が手を繋いで隣に居る事に気づかなかったのだろう――ちょっと  
慌てたような声を上げる"りょー"。ちょっと可愛いかも。  
「どんな肉使うの?」  
「え、えぇと合びき肉って言って、豚肉と牛肉を混ぜた代物なんですけど」  
「豚肉? 牛肉?」  
「んーと……」  
 どんな動物の肉なのか説明してくれたけど……多分シュバインとリントかしら?  
「おじさん、シュバインとリントの肉を混ぜた物あるかしら?」  
「お客さん、お目が高い! 今日は、合びき肉がセールでして安いんですよ、いかがですかっ!」  
 勢いはあるけどどこか腰が低いような気がする対応だけど、安いならいいかな?  
「どれぐらい必要かな、りょー?」  
「3人分ですから350gくらいあればいいかと」  
「はい、お包みいたします」  
 そそくさと店の主人は包んで、私は銀貨と品物を交換する。  
 受け取った肉は、包み紙で覆われて当然中が見えない。  
 触れてるとわかるが温度が冷たい上に、ちょっと力を入れると形が変わって面白い。  
「ご主人様、合びき肉って痛みやすいですからさっさと帰りましょうか」  
「え、そうなの?」  
 肉の神秘を楽しんでいると"りょー"そんな事を言われた。  
 というか、合いびき肉って見た事ないなぁ。  
「えぇ、結構簡単に痛んじゃうんです。……それに食べ物で遊んじゃいけません、ご主人様」  
 ひょいっと私の手の中にあった肉を取り上げて、"りょー"は袋へ仕舞う。  
 もうちょっと遊んでいたかったが、すぐ痛んじゃうとの事なので仕方なく大人しく従う私。  
「あー、あっついー」  
 通りに出て歩いてみると、ちょうど日が一番強い時間帯らしく、じりじりと日差しが突き刺さる。  
 私は帽子を被ってるからいいけど、"りょー"はそんな事を一言呟いて大人しくなる。  
 ……両手が重い荷物で塞がっている上、こうも日差しが強いとそりゃ誰でも静かになるわね。  
「あそこで、休みましょう」  
「……え?」  
「ほらほらっ」  
「あ……はい」  
 暑さと疲れのあまり反応が遅い"りょー"を引っ引っ張って、小さな公園のベンチに座らせる。  
 もちろん、日差しの入らない涼しい木陰のベンチだ。  
「あーでも、肉が悪くなるんで早くいかないと……」  
「そんなふらふらでどうするのよ、お肉は換えがきいてもりょー本人は換えきかないだから、休んでる! いいね?」  
「ぁう、はい」  
 流石に正論だったからかベンチで"りょー"はぐったりとへたり込む。  
 
 んー、水分取らせないとマズイかな? ちょうど奥でで飲み物売ってるみたいだし。  
「ちょっと飲み物買って来るね。動いちゃダメよ」  
「す、すいません……あー」  
 なんか危なそうなので小走りで奥の飲み物売り屋へ向かう。  
 そういえば昼食の時、紅茶に一切手を付けてなかったなぁ……全く。  
「はい、落とさないようにお気をつけて」  
「ん、ありがとう」  
 中身がなみなみと入った大き目の紙コップを二つを片手に一つづつ持って、"りょー"の元へゆっくりと歩く。  
「あれ?」  
 戻ってきてみると、小さな女の子が"りょー"の隣に座って楽しそうに話をしてるのが見えた。  
 私の心に何か黒いものが纏わり付いた気がして、かぶりふってそれを振り払う。  
 ……あーよしなさい私。あんなに小さな女の子に嫉妬してどうするのよ。  
「りょー、おまたせ。……その子どうしたの?」  
 しまった。ちょっと平坦すぎ。  
「迷子みたいだったから座らせたんだけどまずかった?」  
「んー、そのうち親御さんが探しにくるでしょ……はい、りょー」  
「どうも、ご主人様」  
 紙コップを受け取った"りょー"は、一気にコップを傾け、喉を鳴らしながらジュースを飲んでいる。本当に喉が渇いていた  
らしい。  
 私は、女の子を挟むようにベンチに座る。……ん?  
 子供特有の無垢でいながら何でも見通すような瞳で見上げられると、思わず目を合わせてしまう私。  
「おねーちゃん……女王様?」  
「い゙っ」  
 一発で見抜かれるなんてちょっと洒落になってない。  
 嘘ついても無駄だろうし、何よりバレてしまったのなら仕方ない。  
「うん、そうよ。女王様のラヴィニア・ヒュッケルバイトよ。なんでわかったの?」  
「写真で見たとき、すごいきれーだったから」  
「ご主人様、よかったですね」  
「り、りょー、変な事言わない。……飲む?」  
「うん、ありがとうございます」  
 "りょー"の冷やかしが気恥ずかしくて、つい勢いで飲み物を女の子にあげてしまう私。  
 渡した飲み物の末路を見てみると、女の子はストロー使って飲んでるけど、結構飲むスピードが速い。  
 やっぱり、この子も喉が渇いていたらしい。  
「ふふ」  
 一生懸命、飲んでは休み、飲んでは休みを繰り返すこの子を見てると微笑ましくて思わず表情が緩む。っていけない。  
私だと分かっているんだからふやけた表情はマズイよね。  
「おいしい?」  
「うんっ」  
 
 あー可愛いなぁ。  
 と、頭でも撫でるつもりなのか"りょー"の手が伸びる。  
「いてっ、ご、ご主人様……?」  
 伸びた手を抓る私。  
「前も言ったけど、女の子の耳に触れる事には意味があるのよ」  
 一応、あれはホント。とは言っても、もう古い言い伝えみたいなものだから実効性はないけど、"りょー"には私以外の人の  
には触れてほしくない。  
「あれは、冗談だったんじゃ……」  
「さーどうでしょー?」  
 ちょっと悪戯っぽい表情を私はしているはず。  
 "りょー"の顔がちょっと引き攣ってて面白い。しばらくこのネタで遊べそうかな?  
「えと、女王様」  
「ん、おねーちゃんでもいいわよ。で、なにかな?」  
 あー、意識して威厳を出すのは難しい……  
「これっ」  
「あ゙!」  
「え?」  
 女の子が出したのは私の写真……の小さいヤツ。  
 青と白を基調としたドレスを着て椅子に座って微笑んでる写真だがかなり恥ずかしい。  
「きれーでしょ?」  
「……うわ」  
 まさか取り上げる訳にもいかず、私は顔を手で隠して、ただただちっちゃな嵐が通り過ぎるのを待つしかない。  
「うん、ありがとね」  
 お、おわった……?  
「ご主人様、綺麗ですねー」  
「っ」  
 ――ハメられた。  
 終わったと思ったらそれは"りょー"のフェイントで、私は目を輝かせて持っている写真を見つめる小さな姿を直視してしまう。  
 さらに、ふっとこちらを見つめられては全く動けない。  
「……ドレス着てみたい?」  
 硬直した思考でやっとの事で捻り出した言葉はそれだった。  
「うんっ!」  
 大きく頷いた姿に思わずデシャブを感じてしまう。  
 私も小さいとき、かーさんの着ていたドレスに憧れていた時期があった。  
 確か、あの時は――  
「それじゃ、あなたが私くらいの歳になったら家に来なさい。あげるから、ね?」  
 ちらっと主人を騙す不届き者を見ると、少し驚いたような顔をしている。その表情に内心満足しながら私は続ける。  
「ほんと?」  
「えぇ、ほんとよ」  
 私のドレスはほとんどかーさんやお婆様の物を直した物ばかりで私が作らせた物はない。着る機会もないしね。  
 ここからは、女王として言ってあげようかな?  
 
「一人で着ても楽しくないでしょ? 王子様とか欲しくない?」  
「うーん」  
 可愛らしく頭を抱える姿に緩みそうになる表情を自制しつつ、頭を撫でる。  
「今は分からなくてもいいわ、でもドレスを着るだけじゃ満足できなくなって誰かにも見せたくなる時が絶対来る」  
「……うん」  
 私の声に真剣な物を感じ取ったのか、子供なのに大人しく聞いている。  
「だから、勉強して偉くなりなさい。そうすればドレスだって好きなの買えるし、見せる事だって出来る」  
「んー」  
「もちろん、勉強だけじゃだめよ。目標を決めて頑張るの」  
「よくわかんない」  
 ちょっと、早過ぎたかしら?  
「さっきも言ったけど、今は分からなくてもいいわ。頑張るなら財務局に行ける様にするのがいいわよ」  
 リゼットの所はいつも人手不足らしいのに試験の質落とさないもんだから忙しいこと極まりない。……その代わり給料は  
いいのだけれど。  
「リゼット様、怖い。ネコだし」  
「いいネコもいれば、悪いネコもいる。それなのに、『怖い』からって全部を捨てちゃうのは勿体無いよ」  
「んーんー」  
 もう混乱してちょっと泣きそうな女の子。調子にのって言い過ぎたかな?  
「ま、大きくなったら私のところに着なさい。この写真に載ってるドレスあげるからね」  
「うんっ! お返しに、アヤトリ見せてあげる!」  
「「アヤトリ?」」  
 私と"りょー"でイントネーションの違う同じ言葉を口にしたにも関わらず、女の子満面の笑みでポケットから赤い紐――端  
と端が繋がっているやつを取り出して手に絡ませ始めた。  
 子供とは思えないほど正確で早い動きで紐を弄ってできるのは……  
「とうきょうタワーっ!」  
「え?」  
 すっとんきょんな声を上げたのは"りょー"。目を丸くしてかなり驚いているみたいだけど?  
「これ、あっちの世界の建物です……」  
「……なんですって?」  
 つまり、この子はヒトの世界にある物を糸で作り上げたと言う訳で。  
 少なくともヒトが関わっていないと分からない事実だ。……ていうかコレっ!  
「貸してもらっていい?」  
「うん」  
 紐を借りて、僅かな記憶の糸を手繰り寄せる。  
 確か、うん……これを、こうして……!  
「時計塔……」  
 お婆様に同じものを習ったらそんな事を言っていたはず。  
「女王様、知ってるの?」  
「お婆様から習ったの。あなたは?」  
「死んじゃったおばあちゃんからー」  
 ……同じ物を作っていながら名前が違うってどういう事? お婆様の世代というと大体50年前位からかしら?  
 
「考えるのはよしましょう、ご主人様。ここで考えても答えは出ませんし、何より意味がないです」  
「あ……」  
 おもわず思考の堂々巡りに入りかかったのを"りょー"の声で止まる。  
「それに、ほら」  
 視線で指した先には、母親らしい姿がなにやら――たぶんこの子を探しているのが見える。  
「おかーさんっ!」  
 手を振って答える女の子。一応釘刺しておこうかな。  
「私が、女王様って他の人に言っちゃ駄目だよいいね? 秘密だよ?」  
「うん、秘密っ♪」  
 そう言うと女の子は飛び出す様にベンチを降りて母親の元へ走っていく。  
「ばいばーいっ! ヒトのおにちゃーんっ、おねーちゃん!」  
 女の子は片手をを母親に繋がれながら、私達から見えなくなるまで元気に手を振っていた。  
 私にもあんな時期があったかしら……それはともかく、  
「で、りょー聞きたい事あるんだけど」  
「えぇ、どうぞ」  
 そう答えながら"りょー"は、残り少なくなった飲み物を名残惜しむようにちびちび飲んでいる。たまに混じる何かを  
噛み砕く音は氷かな。  
 一応確かめておきたい事がある。  
「もしかして、小さな女の子って好き?」  
「ゲホッ! ゲホッ!!……な、何を……?」  
 すごく慌てた感じので咳き込む"りょー"。やっぱり小さい子がいいのかな?  
「だって、さっきの子にも妙に優しかったし、ロレッタにもフランクに話してるし……やっぱり小さい方がいいのかな?」  
「誤解ですっ! さっきのは子供だから! ロレッタは危なっかしいからっ! それ以下でもそれ以上でもありません!!」  
 大声で、それはもう慌てて反論している姿を見てると、ますます怪しく見える。  
「ふーん」  
「あー、だからっ……もう、どうにでもしてください」  
 泥沼の雰囲気を嗅ぎ取ったのか、"りょー"は諦めたように背もたれが軋むほどもたれかかる。  
 フェイントの仕返しだったけど、ちょっとやりすぎかな……でも、本当だったら……イヤ、かな。  
「りょーが、好きなタイプを言えば解決するじゃないの」  
「ゔ……そういうの苦手なんですよ……」  
 嘘を言っているようには見えないから、本当に苦手なのかな。  
 ま、いろいろ言いたいけど及第点って事で。  
「それにしても、あの写真綺麗でしたねー」  
「――っ!!」  
 あー、その事は言わないでー言わないでー。  
 
 
 
「うー、面倒な問題をもってくるなわねー」  
「ねーさん、うるさい」  
 ロレッタが帰ってきて、日も沈んで"りょー"が料理中の休日の夜。  
 いくら休日と言っても、完璧に仕事がない訳じゃなくて量が制限しているだけのお話。案の定、家に帰ると急ぎの書類が  
届けられる。  
……急ぎの書類ほど難しい判断が多い気がする。  
「ねぇ、ねーさん。今日の晩御飯何か知ってる?」  
 机に向かってなにやら書いているロレッタが、思い出したように頭を上げる。  
「ハンバーグって聞いたわよ」  
「へー、わたし食べた事ないや」  
「私も無いわよ」  
「……ご主人様ー、ロレッター」  
 そんな事を話していると、台所で料理しているはずの"りょー"に私たちは呼ばれて台所へ入る。  
「あぁ来たね、二人とも」  
 入ると、肉の生臭さが微かに鼻についてちょっとキツイ。ロレッタの方も眉間を僅かに歪ませている。  
 その発生源は恐らく、"りょー"の持っている銀色のボウル。多分買った合いびき肉と材料が入っているのだろう。  
「でさ、手伝ってもらいたいことあるんだけど、いいかな?」  
 そのボウルの中身を捏ね繰り回しながら、妙に歯切れの悪い"りょー"。  
「呼ばれてきたんだから、今更イヤって言わないよ。にーさんは妙によそよそし過ぎるのっ」  
「ははは……それはともかく、さ」  
 ロレッタにボコボコに言われて、ごまかし笑いをしながら話を続ける。  
「ハンバーグを食べやすい形にしなきゃならないんだけど、手伝ってよ」  
 『手伝ってよ』の前に一瞬の空白はあったけど、今度は語尾を濁さずにしっかりと言い切る"りょー"。  
 ロレッタじゃないけど、一緒に暮らしているんだからもうちょっと私達を頼って欲しいかな?  
「ほら、ねーさんっ!」  
「え? あ、うんっ」  
 いつのまにかロレッタはエプロンを付けて既に準備完了。こういう手際は台所に入りなれている彼女の方が格段に上だ。  
 えーとエプロンどこやったかしら……?  
「……んで、肉を丸めて……」  
「うんうん」  
 手を洗って、私がようやくエプロンを見つけて着た時には、二人は薄情な事に説明を始めていた。  
 途中から入ると、どうやら肉をある程度の大きさの楕円にする所らしい。  
「で、このまま焼くと空気入って上手に焼けないんだ」  
「にーさん、具体的にはどんな風になるの?」  
「焼いてる途中にバラバラになったり、食べたときの感触がかなり悪くなる」  
「ふむふむ」  
 どこからかメモを用意して書き込むロレッタ。……あれ、家の妹、こんなに身長あったかしら?  
 
「あぁ、なるほど」  
 足元を見てみると、踏み台が置いてあってその上に立っていた。その踏み台にはご丁寧にも『本気でわたし専用!?』とか  
書いてある。  
 (たまには、この踏み台使ってあげようかしら……?)  
「ご主人様、聞いてた?」  
「え、あ、ごめん。聞いてなかった」  
 ついつい、興味の方に意識が向いてしまった。  
 一度気になるとトコトン調べたくなって、周りが見えなくなるのは私の大きな欠点だ。  
「教えたから出来る?」  
「もちろんっ、わたしははねえさんの妹だよ?」  
「はは、それもそうだね」  
 "りょー"、それ褒めてない。  
「じゃ、一緒にやろうか。ご主人様」  
「あ、うん」  
 そう言うと"りょー"は私の横に寄ってきて、ボウルから私の分だと思われるお肉の塊を千切る。  
 どうも肉の色は見慣れない所為か嫌悪感が背筋を這い上がる。  
 ……血の赤色なんて二度と、見たくはない。  
「まず、油を手に塗って」  
 言われた通りに油を手に垂らすと、冷たくて思わず手を引きそうになる、が堪える。後片付けが倍増したら大変だ。  
「で、均等に火を通りやすいように楕円にする」  
「はーい」  
 爪の間に肉片が入らないようにしながら地道に形を整える私。  
 こういう地道な作業は嫌いじゃないが、遊びが無いとちょっと退屈だ。  
「にーさん、できたよー」  
「ん、上手、上手。で空気を抜くわけだけど、ちょっと見てて二人とも」  
 そういうと"りょー"は自分のを片手に持って、もう片方を拍手でもするかのように近づける。  
「っと!」  
 一拍気合を入れたかと思うと、両手の間で肉塊が魚か何かのように跳ねて軽快なリズムで音を立てる。  
 ただ音を立てて跳ねさせているだけじゃなくて、指先や手の形を微妙に変えて形や厚さまで揃えているので驚きだ。  
「こんなもんかな」  
 時間にして数10秒程度の事なのに数倍にも感じるほど、その動作には迫力があった。  
「すごいねぇ、にーさん」  
 私はまだ声が出せなくてロレッタの言葉に何度も頷く。  
「ほ、褒めても何も出せないよ?」  
 "りょー"は照れてるのか頬をかきながら、トレイに空気を抜いたハンバーグの素を置く。  
 やっぱり、褒め慣れてないのかな? まぁ私も人の事言えないけどさ。  
「ほら、二人ともやってみて」  
 そう促されて私達もさっきの真似をして、空気抜きをしてみる。  
 物を投げる時と同じ要領で出来るので私は楽だが、ロレッタはよく料理はしていても慣れない動きの為かかなり危なっかしい。  
 
「ロレッタ、私がやろうか?」  
「……自分でやる」  
 そういやこの子、変なところで負けず嫌いだから逆効果だったかしら?  
「んじゃ、焼く準備するんでご主人様は、ロレッタの方を見てやってください」  
「そうするわ」  
 あっちは焼くだけみたいだし、私は横で見るだけにしておこう。  
「うぅ〜」  
「手首効かせれば、やりやすいわよ」  
「あ、ほんとだ」  
「んで、後は勢いよ」  
 適当な説明だが、この子ならちゃんと分かってくれるだろう。  
 しばらく見ているとコツを掴んだのかパンパンと軽快な音を立てて形が整えられていくのが見える。  
「できたよー、にーさん」  
「ん、そこのトレイに置いて。今焼くからさ」  
「はーい」  
 台所の端の椅子に座って、そんなやり取りを私は見てると料理するかーさんとロレッタを思い出す。  
 "りょー"はかーさんとは似ても似つかないし種族も性別も違う。けど、料理してるときの楽しそうな背中がそっくりだ。  
 私はいろいろあって、とーさんと勉強したりしてあんまり見る機会は無かったけど、あの時の光景は今でも脳裏に  
焼きついている。  
 ふと、ぼけーっと二人の動く様を見ててふと気が付く。  
「あ、片付け」  
 いくら"りょー"が片付けるとはいえ、私もここにいるのだからそれくらいはしないと示しが付かない。  
 というわけで、立ち上がろうとするとロレッタに止められる。  
「ねーさんは、そこで座っててよ」  
「私も何か手伝わないと」  
 ほとんど何もしてないんだからそれ位はやらないとね。  
「それじゃあ、ねーさん。この皿の置き場所は知ってる?」  
「……えーと、分からないです」  
「んじゃ、このトレイ」  
「ごめんなさい、分かんない、ねーさんよろしくー」  
「はいっ」  
 今日初めて分かった事だが、台所じゃ私は役立たずというか邪魔者、という事だ。  
 ……全く、路地裏の道とか知っていても商店街の店並びどころか、台所の物の配置すらしらないのね私は。  
 仕方ないので、ロレッタの動き回る様子や"りょー"の後姿を見て我慢。  
「〜♪」  
 "りょー"の方を最初に見てみると私お気に入りのフレーズを鼻歌で歌っている。  
 どうやらヒトの方の歌らしいけど、"りょー"に歌詞を聞いても分からないそうだがテンポがいいから好きかな。  
「うぅ」  
 それにしても、焼けた肉の香りが芳しく、油の跳ねる音も相まって思わずお腹がなりそうになる。  
 肉を見るのはあまり好きじゃないが、こういう匂いなら好きかな?  
 えーと、ロレッタの方は……例の踏み台に乗って、鍋を上の棚に入れようとしてるけど鍋が大きすぎてひっくり返るところ  
だった。  
 …………ちょっと、まてぇ――!  
 
『危ないっ!』  
 "りょー"と私はほぼ同時に動くが、距離的に近いあちらが近い。  
 (それなら私はサポートに回る)  
 そう結論付けて、私は台所の端から端まで一気に踏破する。  
「――っと」  
「はぁ……危なかった」  
「あ、はははは……」  
 ロレッタの乾いた笑いを聞いて、私は深い深い溜息を吐いた。……鍋抱えながら笑う姿はとってもシュールだ。  
 そうやって、"りょー"が大きい鍋を抱えたロレッタを抱き上げるような格好で、私がそれを支えている。何故か動きづらくて  
そんな状況を数分くらい続けていただろうか、奥のほうから妙な臭いがしてくる。  
「……りょー、フライパン大丈夫かしら……?」  
「――っ! ごめん、ロレッタ頼むっ」  
 そう言うとロレッタを私に任せてコンロの方へ慌てて走っていく。  
「ん、と、ロレッタ、無茶しちゃダメよ?」  
「あーうん、分かったねーさん」  
 ロレッタ下ろして一息吐いて、叱る私。  
 にこにこ笑っていて、イマイチ効果が薄い気がするけどまぁいいかな。  
「ん、二人とも出来たよ。お皿だしてー」  
「「はーい」」  
 危なかったとはいえ"りょー"に抱きとめてもらって羨ましかった……なんて思ったのは絶対秘密だ。  
 
 
 
 夕飯を食べ終え、ロレッタは部屋で引っ込み、"りょー"は台所でカチャカチャと音を立てながら食器洗いしている。  
 私といえば、"りょー"の淹れてくれたコーヒーを飲みながら一応仕事中。なのだが、どうも煮詰まって頭が回らない。  
「うー」  
 王の権力自体は50年前のゴタゴタで大きく制限され、その代わりに仕事の量が激減してかなり楽にはなったはずなんだけ  
ど、私がリゼットを『財務』に置いた為、その質が劇的に上昇してもう大変なわけで。  
 私、この先やっていけるのかしら……?  
「って、ダメダメっ。ネガティブ方面に偏ってる」  
 できるできないの問題ではなく、やるしかないのだから選択の余地はない。……と結論付けて考えを切り替える。  
 (とりあえず、夕飯の事にしようかな。)  
 夕飯のハンバーグはちょっと焦げてたけど頬が落ちそうなくらい美味しくて、ソースも"りょー"が準備したのだからビック  
リだ。  
 でも後片付けでロレッタも手伝えるのに、私は台所で役立たず。これでいいのだろうか?  
 ……もしかして、私要らない?  
「あぁ〜! もう、ネガティブに考えすぎよ私」  
 髪の毛先が見えるくらい頭を振って変な考えを吹き飛ばす。  
 (時間が早いけどいつもの散歩に出て気分転換しようかな。ぐるぐる考えてもネガティブに傾いた挙句、仕事が進まないん  
じゃ意味がないし。)  
 
 そう結論を出して、私は急いで部屋に戻り着替える。とは言っても、汗をよく吸うズボンや下着、上着に着替えるだけで  
あんまり色気がない。あっても使い道ないけど。  
「あ、ご主人様お出かけですか……?」  
 ちょうど外に出ようとドアノブに手を掛けると、ちょうど"りょー"が台所から出て声を掛けられた。  
 エプロンはもう何処かに置いたのか着てないし持ってない。いつもの格好だ。  
 そういや、いつも外に出ていること教えてなかったっけ?  
「ちょっと気分転換にね、一緒にくる?」  
「えぇ、行きましょうか」  
 なんの気負いもなく言った自分にビックリ。弱気すぎて少しでも明るい話題が欲しかったのかも。  
 それに即答する"りょー"にもビックリだけどね。  
「ん〜〜〜っ」  
 背伸びをして深呼吸すると、夜特有の冷ややか空気が体に染み渡って気持ちいい。  
 空も昼と同じく、雲ひとつ無く星と双月がくっきりと見える。  
「気分よさそうですね、ご主人様」  
「そう?」  
 確かに、外に出るだけで気分が軽くなった気がする。  
 それじゃぼちぼち、準備運動しようかな。  
「……散歩じゃないんですか?」  
 屈伸や足首を捻ったりと準備運動に勤しんでいると、"りょー"がおずおずと声を掛けてくる。  
「散歩というか、この町壁を一回り走るのが私の日課……って、知らなかったの?」  
「初耳ですよ」  
 必要ないから喋らなくてもいいかな、と思ったけど、言わなかった所為か"りょー"は珍しくちょっと怒ったような顔。  
 あんまり見慣れないから妙に迫力があるように感じる。……と、一つ大きな溜息を吐いた。  
「終わった事を今更言って仕方ないです……一緒に走って勝負してからご主人様への罰を考えます」  
「ふふ、仮にもこっちの世界の住人だよ私は」  
 予想の斜め上の答えに私は戸惑いながら、挑発してみる。  
 "りょー"ならのってくる……そんな根拠の無い自信が私にはあった。  
「言いましたね、ご主人様ッ――」  
 と、いきなりスタートダッシュでどんどん小さくなる"りょー"って、  
「うあ、卑怯だー!」  
 ヒトとはいえ、流石に男の子。体力はそこそこあるらしく私が走っても相対距離はなかなか縮まらない。  
 持久戦という手も無きにしも有らずだが、相手の体力がどれくらいか分からない以上危険だ。  
「ん……よし」  
 卑怯だが、路地裏のショートカットを全速力で抜ける事を私は選択。これならフライングはちょうどいいハンデだ。  
 っと、パン屋を右に曲がらないと。  
 そんなこんなで、細い路地、物が一杯置いてある路地、広場のような路地すべてを全速力で走りぬく。  
 台所や買い物じゃ私は役立たずだけど、この町の道は全て知っているし、彼の考えている事もある程度分かる。  
 ……だから、勘だけで"りょー"のいる予測地点へ迷い無く走りきれる――  
「フライングは卑怯だよっ!」  
「う、うそ……ご主人様、速過ぎ!」  
 私が横道から飛び出すと、丁度"りょー"同じ場所。全力で走った甲斐があるというものだ。  
 驚いた拍子にちょっとスピードダウンしたようで正しくは若干私が先だ。  
 
『…――!』  
 ショートカットをして僅かに私が前だが、全力で走った私の体力は大きく削られておよそ残り5割。  
 一方、"りょー"の方はまだ余裕のある風に見えるが所詮ヒト。幾らネズミの身体能力が最低ランクとはいえ勝てなきゃ、  
この世界で生き残れない。  
 むしろ、勝って主人に勝負を仕掛けた事の罰をしなきゃね、ふふふ……。  
「……負け、るかぁ」  
 そんな声が聞こえたかと思うと追い越して先へ行く"りょー"だがとたんにバテるような兆候が見える。  
 私は大人しく先行する"りょー"の真後ろにつく。これやられると精神的にかなり追い詰める事が出来る。  
「ほらほらー、ゆっくり走ってると追い越しちゃうぞー」  
「ぐ、う」  
 ちょっと声掛けるだけで必死な顔してスピードアップ。だが、すぐに力尽きて遅くなる。  
 じわじわと体力を削る陰険な真似だとは思うけど、勝つ為だからごめんね。  
「お先に〜♪」  
 そんな事を何回も繰り返すと流石にへこたれて加速しなくなったので、私は"りょー"の脇を抜ける。  
 "りょー"はペース配分が苦手な所を見ると、体力づくりに走る事はあっても競技として走る経験は少なめなのだろう。  
 が、しかし気合とか根性とか精神面は侮れない。その証拠に……  
「絶対、勝、つ……」  
「うわわわっ」  
 残り体力と意地を全部をつぎ込んだようなダッシュする"りょー"。  
 追い越される時の鬼気迫る横顔に慄きつつも、私は何故かワクワクしてくる。  
 久しぶりに本気を出せる……そう思ったからかもしれない。  
 それなら、さっさと決めてしまおう。  
「二人で座った公園が、この真っ直ぐ先にあるんだけど、そこがゴールよ。ヒトには丁度いい、ハンデでしょ?」  
「上、等ッ!」  
 ちょっと悪戯っぽく言ったつもりだったのだが、私と併走している"りょー"の顔からバテた表情が一切消えて無表情……というか  
微かに笑っている。  
 それはいつもの優しい物ではく、将軍がたまに見せるような刃物の様な笑みだ。  
 ――後、500メートル。  
「ヒトに……負けるかー!」  
 私は温存した体力を全開放。ラストスパートへ一気に体を傾ける。  
 と、"りょー"もそれにあわせるようにスピードを更に引き上げる――ってまだ上がるのっ!?  
 ――後400メートル。  
「……っは……っは……」  
 そこからは私も"りょー"も僅かな体力の消耗さえ恐れて無言。  
 ただただ、前へ前へと靴裏を石畳へと叩きつけ、走る。  
 ――後300メートル  
 と、私は自分の靴に微かな違和感。  
 ちらっと見ると、紐が解けかかっているのが見えてもっと丈夫に結ぶんだったと今更後悔。  
 今はいいけど、もしかしたらもうちょっと先で解けるかもしれない。  
 ここで止まる?……否、私の矜持が、自信がそれを許可しない。  
 今は、この勝負を全力全開で勝つ!  
 
――後200メートル。  
「ち……」  
 しかし、どう思考しても足の感覚は紐の緩みを欠かさず伝達し、集中力を薄めて負けを勧めてくる。  
 全く冗談じゃない。  
 そうこうしてる間に、最初は併走していたはずがじりじりと私は離されていく。  
 歯を食いしばって体を動かしても紐が脳裏にちらつき、残り少ない体力とスピードをロスさせる。  
――後100メートル。  
 なんとか付いていってるが、それが限界で越すは夢のまた夢。  
 負けたら悔しくないの、私?  
 ヒトにかけっこで勝負して負ける王に人に従うと思う? 力関係で負ける主人に従う奴隷は居る?  
 ……悔しいし、そんな人に従う民も奴隷も居ない。たとえ従っても所詮"お情け"だ。  
 少なくとも私は、そんなのは耐えられない。だから――  
――後50メートル。  
「私は、負けられないのッ!」  
 紐の解けかかった靴を脱ぎ蹴り、もう片方も脱ぎ捨てる。石畳が多少痛いが四の五の言ってられない。  
 無論その効果はすぐに現れる。  
 解けかかってた所為でフラストレーションの溜まっていた足はいつも以上にスムーズに反応、行動する。  
「うぁ……!」  
 ちらっと後ろの私を見た"りょー"の、顔が引き攣ってかなり失礼な反応した。……後で説教だ。  
――後10メートル。  
 ラストスパートする"りょー"だが、今になってばてたのか一気に遅くなる。  
 一生懸命、走ろうとする素振りは見えるがペース配分をミスったツケがたった今、来たのだろう。  
 これで――  
「私のッ! 勝ちぃ〜!」  
 その公園への第一歩は、私の右足だった。  
 
 
 
「ははっ、私の勝ちぃー」  
「……はぁ、はぁ、はぁ……」  
 ゴールしたらもうくたくたで地べたに二人揃って背中合わせに座り込む。  
 誰も見てないだろうし、なにより、こんなに気持ちよく走った感覚を忘れたくない。  
「なんでっ、息……はぁ、切れてないんですか?」  
「あは、まだ余裕あるからねー」  
 思いっきり嘘をつく私。  
 息が切れたように見えない呼吸法なだけで、正直倒れそう。……背中合わせだからバレていそうな気もするけど。  
「……あの遠くに見えるのは、誰の靴ですか?」  
 私が切れてない様に見えるからか強引に呼吸を整えて、そんな事を訊いて来る"りょー"。  
 予想はしているのか呆れるような声音が強い。  
 
「ふふ、勝つためには仕方ない犠牲よ」  
「物は言い様ですね」  
 まぁ靴は帰りにも拾うとして……背中合わせに座っているから当然だが、"りょー"の体温がじわじわと私の背中に感じる。  
 それが妙に嬉しくてもっと背中を預けてみる。  
「〜♪」  
 2週間ちょっと前くらいに始めて出会った筈なのに、昔からの知り合いの様に感じている私が心のどこかに居る。  
 まるで――  
「……ありがと、そしてごめんね、ご主人様」  
「感謝される謂れも謝られる理由も、今の私にはないわ」  
 折角のいい気分に水を挿されて険を声に混じらせる。  
 いつもは前置きがあるから分かるのだけれど、今度ばかりは推測しかねる。  
「ハンバーグなんて食べなれない物を食べてくれた、感謝と謝罪をしようと思って」  
 ……本気? "りょー"は鈍いと思ってたがここまでとは流石に参った。  
 関係の定義以上にこっちに関しては厳重に説教しておく必要がある。  
「私もロレッタも食べたくない物は食べないし、作るのも手伝わない。それなのに、謝ったり、感謝するなんておかしいわよ」  
「でも」  
「いーい? 一緒に暮らし、同じものを食べて、共通の話題で会話する。これはヒトの世界ではなんて言うのかしら?」  
 ちょっと意地悪な質問だったかなと後悔するが、喋ったのだから撤回は不可能。  
「……家族?」  
「そう、家族よ」  
 言葉にしてかみ締めるとよく分かる。  
 血や種族が違っても、今、こうして仲良く暮らしている。  
 まるで寄せ集めの様に脆い、そして弱いけれど私達はれっきとした家族だ。  
 少なくとも、私は考えている……今、気づいたけどね。  
「でも、俺とご主人様、ロレッタとはヒトとネズミ。そもそも人種が合いませんよ」  
「だから? ヒトの世界にはペットは居ないの? 血が繋がらない家族は居ないの? そんな訳ないでしょ」  
「……」  
 考え込むように"りょー"は静かになるが、私は更に後ろへ背中を預けながら続ける。  
「だから、気を使うのはやめなさい。他人にならともかく、私達に使っても寂しくなるだけよ、私も貴方もね」  
 言いたい事を言い切ると、偶然にも冷たい風が吹き付けて、熱くなった頭が冷えてくる。  
 今喋った事を思い返すと……ちょっと恥ずかしいかも。  
「家族って思っても偽物の家族……とか思ってしまうんですよ、俺は」  
 多分、かなりいい環境と家庭で育ったのだろう。羨ましいほど真っ直ぐだ。  
 だから、こうして気を使うし正直に言ってくれる。  
「それじゃ、一つ御伽噺をしてあげる」  
「え?」  
 いきなり御伽噺と家族という言葉が繋がらなかったのか混乱するような気配を感じるが、"りょー"なら分かってくれるだろう。  
 
 
あるところに男がいました。  
 
その男はお金持ちのおじさんに取り入って遺産を貰う為に善人の仮面をつけました。  
 
そして、おじさんが死んだ後、遺言書にその男へすべての遺産が渡ったのです。  
 
しかし、その男は喜びませんでした。  
 
なぜなら、その男が自分の顔を鏡で見たとき、顔には仮面なはずの善人の顔が張り付いていたからです。  
 
 
「っと、こんな感じの御伽噺よ。私の言いたい事分かるわよね?」  
「……えぇ」  
 分かってくれたならそれで結構。これ以上私は言うつもりはないし、ここより先は"りょー"の心次第。私が踏み込める  
段階じゃない。  
 ……さて、帰ろうかな。  
 夏も近いとはいえ流石に肌寒くなってくる。靴も履いてないしね。  
「あぁ、そうだご主人様。いくつか聞きたい事あるんですけどいいですか?」  
「構わないわ」  
 多分、日中のこの公園での出来事かな?  
「ヒトって、この辺りには俺しか居ないんですよね?」  
「そのはずよ、もしも誰かが拾って売ったりしようにも独自のルートが必要になるしね。なにせ、ネズミは今のところ  
存在自体隠蔽してるしね」  
 私個人の考えを置いとくとしても、公表しても得はないし、国を作ろうにも人数、土地、インフラの全てが足りない。  
 つまるところデメリットが多すぎるのだ。  
「という事は、ご主人様だけがヒト……つまり俺を持っているんですよね?」  
「ん、うん。そういうことになるわね」  
 ……昼間の話題じゃないの?  
 そんあ疑問が浮かぶが大人しく聞くことしか、今の私には出来ない。嫌な予感もセットだが。  
「逆説的に、俺の隣に居る人はご主人様という事ですよね……?」  
「え、えぇ。ロレッタやリゼットの可能性は有るけどあの二人なら顔知ってる人多いから分かるでしょうね」  
 リゼットは『財務』担当、ロレッタは学業優秀者のそれぞれでよく知られている。  
 私といえばあんまり前に出ずに、精々写真でちょろっと出るくらいで知名度はそんなにない。  
「……俺と一緒に買い物行ったんじゃ変装してもばれてると思うんですけど、どう思います?」  
「え゛」  
 ち、ちょっと待ちなさい私。  
 シャンプーが半額だったのも、ケーキに紅茶が付いてたのも、肉が安かったのも、全部私が女王というのがばれてたって事?  
 ……いえ、四六時中手を繋いで歩いたり、あまつさえ『あ〜ん♪』をしていたのも回りに完全公開……?  
「あ、れ……?」  
「ご、ご主人様っ、大丈夫!?」  
『最悪……』と言おうとしても舌回らない。  
 そして、最後の感覚は石畳の冷たい感触だった。  
 
 
 
「ん、あ……」  
「起きましたか?」  
 ゆらゆらと揺られて、宙に浮いているような感触で私は目を覚ました。しかし、どうも視界や思考にも靄がかかったようで  
何が起こっているか良く分からない。  
「あれ、私……?」  
 確か、恥ずかしさの余りぶっ倒れたのは覚えているんだけど……。  
「って、え、え〜〜!」  
 何で私"お姫様だっこ"されてるの!?  
 かなり嬉しいけど、高さがあってちょっと、いえ、かなり怖い。  
「ご、ご主人様?」  
 "りょー"の慌てる声を聞き流して、私は彼の首に手を回して更に密着する。  
「た、高い所と水はダメなのよ……ぜ、絶対に手離さないでよっ!」  
「わわっ」  
 正確には高い所というか、地に足着いてないと怖くて怖くてかなりダメ。水もシャワーやお風呂程度ならともかく、池で  
溺れた事あるからはかなりダメ。  
 『王』なのにこの程度の事出来ないでどうする……とか言われたけど、ダメな物はダメだ。  
「ともかく落ち着いて、落としませんから。ね?」  
「う、うん」  
 正直な事言うと、宙に浮いてると分かった時腰が抜けて立てない。  
 時間を掛ければ何とかなるが、"りょー"に知られたら今以上の弱みを見せる事になる――絶対にばれないようにしないと。  
「……俺、ここに居ていいんでしょうか?」  
 出来るだけ下を見ないようにすれば、自然と視線は至近距離の"りょー"の横顔に向かってしまう。  
 私は、唇の動きから会話の内容は読めるが横顔だけじゃ心の内は読めない。……読めないけど、最善は尽くす。  
「もちろん、リゼットやロレッタもそう思っているだろうし、なによりも……」  
「なによりも……?」  
 "りょー"は目の動きだけで私の顔を見つめ、首を傾げる。  
 視線を合わせながら言うのは結構な勇気は必要だったが、ここまで言ったら引けないと無理矢理自分を鼓舞する私。  
「……あなたには、私がいるわ」  
「……――っ」  
 顔を背けて表情が見えないようにしようとしているのだろうが、耳まで真っ赤にしていれば意味無いと思う。  
「ふふ、りょー♪」  
「……あぁもうっ、く、苦しい……」  
 そんな態度が面白くて、楽しくて、愛しくて、ぎゅーっと抱きしめる。  
 未だ"りょー"との距離の取り方が分からないけど、今はこれで正しいと思いたい。  
 いろいろ大変な日だったけど、今まで最高の休日……いえ、今のところ最高の休日だ。  
 だってこれから何度も休日はあるのだから……ね?  
 
 

PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル