「精密発育検査・杉原菜月の場合」 12
看護師は少女の手足の配置まで執拗に指示する。
「もう太もも抱えてなくていいわ。両手は軽くグーに握って頭の横に置いててね」
もはやその指示はその内容がどのようなものであれ、絶対の命令である。菜月はしぶし
ぶ腕を「お手上げ」のポーズに曲げた。太ももから手を離したといってもひざをそろえること
は許されるはずもなく、両足はガニ股に大きく開いたままだ。
なんというか、昆虫の標本を腹側から見ているような格好だ。裸でなくても少女にとっては
なんとも開けっ広げな姿である。
当然裸を見られ続けてきた菜月であっても心理的な抵抗感は大きい。
しかし、下手に抵抗しようものなら、力づくで押さえつけられてより屈辱的な形で検査を強
行されてしまうのに違いない。
菜月は否が応でも自分が完全に支配されていることを思い知らされた。
こんな姿を強要されて、少しも逆らうことが許されない。こんなひとときですら、今の菜月
は異性から胸を隠すことさえできないのだ。
注入から一分ほどもすると、菜月はまたしても猛烈な腹痛に襲われた。今度ものもは先
ほどのものより痛みが強く、吐き気までついてきている。
腸の中を得体の知れない生き物が這いずり回っているようだ。
(ああぁ――、出るものなんかないはずのに――)
だが下半身を襲う強力な便意は紛れもなかった。
最初のものより少ないとはいえ、薬液が入れられたのは確かなのだから、それが外に飛
び出そうとしているのだろう。
寝転がってなどいないで立ち上がるか座るかしたほうが我慢しやすいと思うが、医者たち
の指図を受けた以上、菜月はじっとしているしかなかった。手足の位置まで細かに決められ
ているのだから、動かせばやはり叱られるかもしれない。
言葉の鎖で縛られた菜月は寝返りどころか手足すら動か内容に注意しながら、ひたすら
ベッドの上で苦しむしかなかった。
一度目は四つんばいであったが、あちらのほうがまだ耐えやすかったような気がする。お
しりは丸見えであったとはいえ、上半身や顔は比較的隠しやすかったのも、今思えばまだ
ましだった。
今度は解剖を待つカエルのような姿勢で、恥ずかしい部分をいっさい隠すことなくベッド
の上に裸で横たわっている。この状態では便意をこらえる様を体の正面から見られること
になるのだ。
しかしどうしようもない。結局のところ、菜月にはこのみじめな運命を受け入れる道しかな
かった。どうあがいても菜月が晒し者にされることに変わりはない。
排便を我慢し苦悶にゆがむ赤い顔と、呼吸にあわせて上下する胸はやはり注目の的だ
った。それは少女が受けている責め苦を物語っている。
さらに肛門は必死に中のものを閉じこめようとぴくぴくと動き、体液のせいだろうか、ライト
に照らされた少女の陰唇は光沢を増していた。
(苦しい……恥ずかしい)
菜月は何度も失神するのではないかと思うほど気が遠くなりかけたが、いまだ意識は保
ったままだった。いっそのこと気を失ったほうがこの悪夢から逃れられるかもしれないとい
うのに。
(早く出したい……)
最初の浣腸よりも長く我慢しただろうか。菜月はまったくわからなかった。
少女の内心などに関係なく、終局は唐突に訪れた。
(あうううぅ――っ、が、我慢なんてしてられないよぉ――っ)
それは実に強烈なものだった。便意がどうとかいいう問題ではなく、ひたすら苦しいのだ。
羞恥心を忘れたわけではないが、以前と同じように、至近の苦痛の前には無力なものでし
かなかった。
「あ、あの、我慢できないです、出させてください……」
「え、もう? もう少しがんばれない? おなかは痛くなるけど、そんなに強いお薬じゃない
のよ」
他人事のように、実際他人事なのだろうが、看護師は気楽な口調だ。
だが菜月の実感としては、そんな看護師のいう優しい薬とはとても思えない。少女から恥
じらいを奪うのに十分すぎる衝動が菜月を襲っている。
「無理なんです、も、漏れちゃう――」
「じゃあ、こっちにおしりを乗せてちょうだい」
それは、菜月も目撃した、二台の台の段差を利用した簡易便座だった。女子生徒が寝
転んだままでも、楽に陰部を観察しながら排泄させられるように工夫されたものだ。
菜月は両足をガニ股から「Mの字」状態に変えながら、便器となる容器の上に下半身を
滑らせた。
あらためて股間に複数のライトが照射され、菜月の性器と肛門が白く浮かび上がった。
ようやく動くことを許されたといっても、両腕は体を支えるためシーツに手をついているの
で、体のどこも隠すことはできないところは変わらない。
「いいわ」
「うぅっ」
菜月の、二度目の公開排便が始まった。
ブチュッ、ブチュチュと音を立てて流れ落ちるのは、若干茶色がかっているとはいえ、ほ
とんどは浣腸の薬液である。
とはいえ、いったいどこに残っていたのか、一度目とは比較にならない量であるが、固形
の便がぼとりぼとりとこぼれ落ち、悪臭を放つ。
正面では、看護師がビデオとは別に写真を撮っていた。肛門から便が飛び出てくる瞬間
を狙ってシャッターを切っているようだ。
菜月からレンズが見えているそのカメラは、おそらく菜月の下半身だけでなく、表情をこ
わばらせた菜月の顔も、一枚の写真として記録しているようだ。
撮影者の周りには菜月を取り囲む医者たちが並んでいる。
(ああ、みんな見てる、うんこしてるわたしを見てる)
しゃがんだ姿勢との最大の違いがそれだった。あのときは顔を真下に向けることで、視
線を避けることができた。
だが今度は、菜月は自分を見ている人間たちを徹底的に意識しながら排便に望まなけ
ればいけないのだ。
彼らの目線は当然というべきか、菜月の股間に集中している。しかし少なからず、菜月の
顔に眼をやる者もいた。
不意にそんな者たちと眼が合うこともある。菜月の自分からすぐに眼をそらした。立場を
考えれば当然だった。
単に裸というだけならともかく、排便姿や排泄した便など、相手が親しい人間であっても
容易に見せられるものではない。それをこれだけの数の人間の前で無理強いされ、しかも
ビデオ撮影の対象にされ、平気でいられる少女などいるだろうか。
どうしようもなくみじめになって、菜月は鼻をぐずらせながら眼をいっそう充血させた。無
意識のうちにまた看護師に叱られることを恐れたのか、菜月は声を立てずに泣いた。
(ひどすぎる……こんなの……)
菜月の涙に気づいているのか、気づいていたところで叱責以外のものが与えられるとは
思われなかったが、看護師は優しい口調となっていた。
「はい、もう少しがんばってね、あと何回か浣腸すれば、おなかの中もすっかりきれいにな
るから」
しかし伝えられたその内容は、予定どおりの検査の続行宣言でしかないのだった。
次に、菜月は横向きに寝かされ、足を胸に抱えた姿勢で浣腸を受けた。これまででは一
番ましな部類の姿勢である。
ところがその代わりなのか、注入された薬液の量は、今まで出一番多かった。高く吊り
下げられた容器に液体がたっぷりと入っている。
(またおなかがいっぱいになっちゃう……)
ふくらんでいくおなかを看護師が確かめるようになでていく。
しかし菜月はあまり気にとめていなかった。少女の気力にも限界がある。度重なる仕打
ちに、菜月もほとんどあきらめの気分になっているのだ。
そのために菜月は今や無抵抗そのものである。
だが医者たちにとっては菜月の態度は好ましいものではなかったようだ。当たり前のこと
であるが、彼らにとっては女子生徒たちが真剣に排泄をこらえてくれていたほうがいいのだ
ろう。投げやりな心境で検査を受けられていては、有益なデータなど期待できないに決まっ
ているのだから。
「もう出そう?」
「……うん……」
看護師が医師に耳打ちした。それは菜月にも聞こえるものだった。
「今度の子でいいんじゃないですか。時間も短めですし」
内容の真偽など菜月にはわからない。しかし、その不吉な響きは、少女の意識を容易く
覚醒させた。
(え……?)
当の医師のほうも「うん。そうだな」などとうなづいている。
心配そうに彼らの会話を見守る菜月の視線に、今気づいたかのように、その看護師が
菜月に向き直った。
菜月にだけ聞かされる、秘密の会話は、いつものように看護師が顔を近づけて小声で
行われた。
「あなたのうんちするビデオが、教材にいいんじゃないかって話していたのよ」
(……! そ、そんな……)
すでに一度教えられた内容であるが、少女を動揺させるのに十分過ぎる威力を持った
その話を、看護師はもう一度説明する。
「浣腸から排泄まで、おしりの穴の様子の変化とかを、写真とビデオでみんなに見てもらう
の。排泄物……どんなうんちが出たのか、その中身もね。きっとたくさんの人の役に立つわ」
何度も教えられるまでもなく、それは恐るべき提案だった。
菜月の恥ずかしい姿をこれでもかというほど記録したビデオが、この場にいるだけでは
ない、もっと大勢の人間に公開されてしまう。
「大丈夫よ。体はそのままだけど、顔にはちゃんとモザイクがかかるし、名前だって出ないわ」
そんなことはまるで気休めにならない。というより、そんな情報さえ隠されないなら、菜月
のプライバシーなどまるっきりあったものではない。
「まあ、いろんなデータが参考にされるから、うんこのところだけじゃなくて、身長体重とか、
他の検査の、おしっこするところとか、全身の写真やらも、一緒に教材になるかもしれない
けどね」
「…………!」
菜月は心底震え上がった。
そうなってしまったら、これから菜月が知らないところで、自分の体のなにもかも、隅から
隅まで赤の他人に見られていくことになってしまうのだ。
「いや、やだ、お願い、お願いだからそんなことしないで」
あわてる菜月に、絶対的な権力を握った看護師は、あらかじめ用意してあった唯一の救
いの道を示す。
「……そうね。時間的にはそんなに差があるわけじゃないから、あなたがもっと我慢できた
ら、他の子のが教材になるかもしれないけどね。……うんち、まだ我慢できる?」
「……で、できます」
菜月の言葉に看護師は笑みを浮かべた。
他の答えが返ってくることなどありえないのだ。
(やっぱり、わたしは……)
菜月も、あるいは、自分がいいように操られているのではないかと疑わないわけではない。
だがほかにどうしようもない。
菜月は一度終わったところでまた何度も浣腸されることがわかっていながら、その都度
体力の続く限り押し寄せる腹痛をこらえ、また全裸の公開排泄の屈辱にも耐え続けなくて
はいけなかった。
医者たちはもはや作業でしかないのか、いちいち気にするでもなく、菜月への浣腸を繰り
返した。もちろん単なる作業としてでなく、菜月の人としての感情に強い関心を持って望んで
いる者も残っている。ところがそういった者たちが菜月に与えるのは、辱めを受けるあわれ
な少女への同情などではなく、まるで逆の、好奇に満ちた視線でしかなかった。
繰り返し行われた浣腸は体位をや器具をいろいろと試すものだったようだ。しかし、それ
がどういう形であれ、少女の肛門と性器は丸見えのままであり、顔や胸もほとんどあらわに
されたまま処置が施されることは変わらなかった。
度重なる浣腸と排泄の連続からようやく解放されたとき、他の女子生徒たちと同様、菜月
はふらふらになっていた。もう、今日だけで自分の恥ずかしい姿はなにもかも人に見られて
しまった気がする。
だが菜月にもようやく希望が見えてきた。
次の検査こそ、最後の検査であると教えられたのだ。
(これが終われば、家に帰れる)
そう思えば、ともすれば疲労からガクガクと震える足にも力が入るというものだった。
(これが、最後の検査?)
たどり着いたその場所では、仕切りに分けられた、たくさんのベッドが並べられていた。ス
ペースを有効に使うためだろう、一つ一つの区画はあまり広くないようだ。
ベッドを区切るのはそこそこ背の高い仕切りであって、いちおうそれぞれのベッドは互い
に見えなくなっている。
手前に列を作っていた女子生徒たちは、先頭から次々とその仕切りの影に消えていく。
(どうか、楽な検査でありますように)
菜月はすがる思いで、手招きされた列の一つに並んだ。
ふと、部屋の片隅に眼をやると、そこにはわずかであるが、早くもすべての検査が終了
した女子生徒たちが集められていた。あいかわらずパンツ一枚のままで、元の服を着用
することは許されていないらしいのはともかく、検査が終了した開放感はあまりなく、心底
疲れきっているように見える。
それは今日の検査を受けた少女のある意味当然の姿でもあるので、彼女たちの姿から
目前の検査の内容を想像することは難しい。
ほどなくして、自分の番を待っていた生徒たちは次々に呼ばれ、菜月もまた、少女たちを
見世物とする白い檻の中にその身を投じるのだった。
そこにあったのはこれまでの検査台と比較してもシンプルなベッドである。病院のものら
しく高さは通常のものよりあるが、頭と足側の面にパイプの柵があるほかは目立つ装飾は
ない。
最初菜月が入ったとき看護師が一人いるだけであったが、すぐに医師たちがどやどやと
集まってきた。最後の検査ともなるとなにもかも手際よくというわけにはいかないのだろう。
菜月は検査の正体を探ろうと、この間辺りをこっそりと見回していた。なにを調べるのか
よくわからない器具も多い。ライトはあるがビデオカメラとモニターはここには見あたらなか
った。
この期に及んでは、指示は簡潔なものばかりであった。「とっととベッドに寝て!」と、年配
の看護師がお決まりとなったセリフを菜月にぶつける。
いつもであれば服を脱いでからベッドに乗せられていたところだが、指示がなかったため
菜月はそのまま寝転んだ。脱がなくてもいいのかとも一瞬思ったが、それは単にいい忘れ
ていただけだったようだ。
「あ」と看護師がつぶやいたが、もういちいち女子生徒に行動の断りも入れるのも面倒な
のか、ベッドの寝たとたんの菜月のパンツに手が伸ばされ、腰、足と持ち上げる間もなく強
引に脱がされてしまう。
「手をしっかり伸ばして」
ふたたび生まれたままの姿になった菜月に次の命令が下される。看護師たちが菜月の
手をつかみながら指示が出されるので、言葉自体は最低限だが彼女たちの意図を取り違
えようはなかった。この場合は両手を頭の方向、やや斜めに左右に伸ばせということだ。
菜月はベッドの枠からはみ出ることを気にしながら両手をいっぱいに伸ばした。
少女の四肢はシーツの上にYの字を作った。
(続く)