「精密発育検査・杉原菜月の場合」 15
他人だけではなく自分のこともどう見られようが気にしない性格なのか、その男は菜月の
眼の前で、菜月のパンツを鼻にこすり付けて匂いを嗅いだ。本当にどういう神経なのか、当
然のように下着を裏返しにして、である。
「うわ、前よりも臭いがきつくなってる気がする」
それはある意味当然のことだった。
多くの検査の結果、菜月の陰部はさまざまな体液で汚れてしまった。その都度拭き取られ
たといっても、多少は残る。菜月もあまり清潔といえなくなっていく下着をふたたび着用する
のは抵抗があったが、全裸で各検査場所を移動する気にはなれなかったので、検査のあと
はきちんと身に付けて行動していた。
男のいうことが本当なら、それが原因だろう。
特に直前の浣腸・排便の検査の影響は大きいのかもしれない。その推測を裏付けるよう
な感想を彼は仲間に報告していた。
「なんか、ウンコ臭い」
「仕方ないんじゃないのか?」
「でも確かにウンコ臭い」
男同士で話しているうちにさらに気が大きくなったのだろうか。
彼らはついに会話の矛先を菜月本人に向けた。
「ねー、昨日はちゃんとお風呂入った?」
「…………っ」
菜月は顔をゆがめた。
侮辱にもほどがある質問だった。
「ちゃんと答えてくれないと困るんだけどー」
「……入りました」
菜月の返答は、消え入りそうな小さな声のものだった。
「体洗ってる? アソコもちゃんときれいにしておかないとダメなんだよ?」
彼は、菜月が午前の検査で恥垢のことを注意されていたのを知っていて、こんなことをい
っているのだ。
からかい以外のなにものでもない。
「……洗ってます……っ」
菜月はやっとそれだけ答えた。
「そう? でもちょっと匂いがきついんだよねー」
激しくうずまく感情でどうにかなりそうな菜月を見て、楽しんでいるようだ。裏返しにした菜
月の下着の、性器や肛門に当たる部分を菜月本人に見せつけるようにしながら、笑って尋
ねる。
「いつもこんな汚いのを平気ではいているの?」
「いつもは……そんなに汚れてるわけじゃ……」
「ふうん。やっぱりきれいなののほうがいい?」
「……それはそうに決まってます……」
菜月は眼を伏せながら、彼らの顔を見ないように答えていた。悔しさで心が張り裂けそう
だった。
「そうだ」
突然、彼はなにかを思いついたらしい。
菜月はまたいやな予感に襲われた。
あいかわらずニヤニヤと笑いながら、彼は菜月にいう。
「きれいなのほうがいいんだろ。ちょっと洗ってきてあげるよ。大丈夫、終わりまでには乾く
って」
その突拍子もない思いつきに、菜月は返事が遅れた。
「え……、そんなっ。いいですっ」
「いいから、いいから、こんな汚れてちゃ気持ち悪いだろ」
汚れているとはいってもこの程度なら、こんな男に洗濯されるより我慢してはいたほうが
ずっとましである。
あわてて断る菜月だったが、どうも彼に耳を貸す気はなさそうだった。
だいたいどこまで本気でいっているのかわからない。しかも表向き善意を装っているとこ
ろが始末に終えない。他の男たちは笑って見ているだけである。
そのうち一人が口を開いたので、止めてくれるのかと一瞬期待したが、まるで違った。
「そろそろ戻ったほうがいいんじゃね」
本人は耳打ちしているつもりらしい。菜月にも聞こえているが。
「だな。――じゃ、そういうことで。あとで返すから」
「ち、ちょっと、待って……」
勝手に提案して勝手に決めてしまったその男は、身動きの取れない菜月の叫びを軽く無
視すると、そのままパンツを持って離れて行ってしまったのだった。
(な、なんなの……)
菜月は唯一残っていた衣服が奪われてしまったことに気づいて愕然となった。
これではこの検査が終わったあとも素っ裸のまま過ごさなくてはいけない。
自身はなにもしていないというのに、他の罰則を受けている生徒たちと同様に、下着を没
収されてしまったことになる。もうすぐ検査は終わりだというが、いつ返してもらえるのかわか
ったものではない。
最悪の場合、彼らを探して菜月は病院をさまようことになるかもしれなかった。
取り残されてからしばらくして、薬液が効いてきたのか、菜月はふたたび便意を感じ始め
ていた。
じりじりと増大するその圧力は、これまでと同じ破局を菜月にもたらすだろう。
わかっていてもなにかできるわけではないのも同じだ。
そうでなくても今はベッドに四肢を拘束されているというのに。
(だいぶしたくなってきた……)
薬液の注入を受けてからそれなりに時間は経っている。
経験からすると、ほどなくして強烈な便意が菜月を襲ってくることは明白だった。
(誰も来ないの……?)
いつまで放っておくの、と思い始めたころだった。
物音がしてそちらを向くと、そこに看護師があらわれた。
四〇代の前半といったところの年齢だろう。彼女の後ろに続いて、若い男たちが姿を見
せる。
菜月は顔をしかめた。
彼らは少し前に去ったばかりの、自分の下着を持っていってしまった三人組の男たちで
あったのだ。いや、わずかに変化がある。一人少なく、彼らは二人だった。
菜月の見た限り、二人とも菜月のパンツを持っていない。もう一人の手にあるのか、それ
とも洗って乾かしているところだろうか。
少女の表情に気づいているのか気づいていないのか、看護師は菜月に向かって軽く笑み
を見せる。
「どう。そろそろうんちしたくなってきた?」
菜月は男たちへの警戒を緩めないまま、看護師に応える。
異性の前でのこの質問だったが、今日はいろいろなことがありすぎた。それほど動揺する
ものでもない。
「……少し」
本当はかなりの便意を感じていたが、そのまま答える気にはなれなかった。
「そう。じゃあまだ時間がかかりそうね。あなたたちもいい?」
彼女のセリフに不審を感じた菜月は、『あなたたち』とやらを見る。
彼らは菜月に近寄って、会釈をするのだった。
「この検査は、前の浣腸以上にできるだけ我慢してもらうことに意味があるの。でも、本当に
もうダメ、限界だと思ったら、こっちの人たちにいってね」
看護師はさっと二人を示す。
菜月が無言でいると、看護師は一人だけ菜月のベッドを離れる。男二人が代わるように
ベッドの周囲に配置につく。
看護師は振り返って、菜月に言葉を向ける。
「これで最後だから、がんばってね」
口ぶりはともかく、表情にそれほど感情の色はない。もともとそういう性質なのかもしれな
い。
「今日の検査大変だったでしょう。今だって、女の子なんだし、そんな格好じゃあ恥ずかしい
でしょうけど、我慢して。あまり人に余裕がないの。ここにはその三人を残すから、うんちが
したくなったら彼らにいうのよ。男の人相手はいやかも知れないけど、ちゃんというとおりに
しなきゃダメよ」
それから二人の男たちにいくつか注意を残しているようだ。
「――じゃ、ここで見てて、彼女がもう耐えられなくなったら、呼びに来てちょうだい」
そうして彼女は去っていった。
菜月はふたたび暗澹たる気持ちになった。
一人でも同性の人間がいればまだよかったというのに、自分のために残されたのは男ば
かりである。それもつい先ほど、散々菜月にろくでもない態度をとっていた連中だ。
看護師の言から、彼らは今度は公認で菜月の監督に当たっているということだ。
(なんでよりによってこの人たちが……)
二人は看護師がいた間はそれなりにまじめな顔を装っていたが、彼女が去るとすぐにニ
ヤニヤと笑い出す。
菜月はむかむかしながらも、せめて自分の疑問だけは解消しておこうと思った。
「……あの、その、わたしの下着は……」
「ん? ああ」
一人が喜んで応える。
「あれね、もう一人のやつが洗いに行ったから」
「……いや、その、い、いつ、どこで返してもらえるんでしょうか……」
菜月の肝心の質問に、彼は、
「どうなんだろ」
ともう一人に会話を向ける。
もう一人はもう一人で、完全に他人事である。
「他の服を返すときと一緒でいいんじゃないの」
菜月は心中でうめいた。
それではこの検査が終わっても、裸のまま待っていろということなのか。
この検査の直前に見た光景から想像すると、下着以外の服が返却されるのはまだまだ
先のようだ。
「あの、この検査が終わるまでに持って来て下さい。お願いですから……」
「いや、無理。あいつがどこに洗いに行ったのかわからないし」
むちゃくちゃである。
人の持ち物を強引に持っていきながら、無責任にもほどがある。
「そんな、そっちが勝手に持ってったのに」
腹立たしくなってきた菜月に対して、彼らは意外に冷静だった。
「大丈夫だって、そのうち戻ってくるから」
「そうそう。それにパンツ一枚のことじゃん、いまさら変わらないだろ、恥ずかしがるなよ」
まるで菜月を相手にしていない返答だ。
これではなにをいっても同じだろう。
(…………っ)
早く戻ってくるように祈るくらいしかできることはなさそうだ。
それでもあきらめきれず、なんといえば早く返してくれるかあれこれ思案していた菜月だっ
たが、静かに忍び寄っていた大きな波が、彼女を不意に襲った。
「――――くっ」
ぎゅるぎゅるぎゅる――っと、少女のおなかは盛大に鳴いた。
「お」
男たちも当然気づく。
菜月はあらためて顔を赤くして黙り込んだ。
(来てる、来てるよ)
奪われた下着に気をとられていたが、菜月の便意はかなりの大きさになっていたのだ。
「終わりも近いか」
「いやあ、まだまだ」
彼らは切羽詰った表所の菜月とは対照的にのんびりとした口調でいった。菜月としてはか
なり真剣に便意をこらえているといったところである。
「ほら、我慢できそうだよ」
いいながら、一人が菜月の腹をさすった。腸内にたまったガスの影響だろうか、少女の腹
はわずかにふくらんでいる。
(ぐうう……)
菜月には彼の手を気にする余裕もなかった。
しばらくたっても、菜月の孤独な戦いは続いていた。
男たちもときどき話しかけたりするのだが、排泄欲求を必死にこらえている菜月は反応が
薄く、おもしろくなかったようだ。
(もう、だめ……)
ただ時間の経過は菜月の敗北の瞬間を着実に引き寄せている。
浣腸と排泄を繰り返させられた経験からいっても、我慢の限界はかなり近そうだ。
「そろそろ、限界かな」
苦しむ少女を飽きずにながめていた男たちが、菜月に尋ねる。
菜月もここら辺が限度だろうと見当をつけていた。
こくりと小さくうなづく。
「もう我慢できないって」
「もう少し行けそうじゃないか?」
もう一人は本人でもないのに、適当なことをいっている。菜月は怒りを覚えてなにかいおう
としたが――そのとたんにこれまでで最大の波が来た。
菜月は寝転ばされたままである。
ベッドにはまだなんの用意もされていない。
このまま欲求に身を任せれば、ベッドのシーツは茶色に染まり、菜月のおしりも自身の汚
物でぐちゃぐちゃに汚れることになるだろう。
それだけはいけない。
そう思って、口にしたくないセリフだったが、いうしかなかった。
「う、ううう――っ、あ、あの、で、で、出そうですっ」
「出そうって、うんこが?」
「そ、そうです、出る、う、うんこ、うんこ出ちゃう……っ」
外聞もなくその言葉を連呼する菜月の姿に、今どれだけ切羽詰っているか、彼らにも理解
できるはずだ。
しかし、菜月が聞いたのはやはり無常な言葉だった。
「うん、もう少しだな。もう少し我慢して」
「む、無理です、つ、次は、我慢できない、も漏れちゃいますっ」
「限界かなあ、これは」
「でも、どうせ、な」
「…………?」
彼らの会話に疑問を持ちながらも、菜月はいよいよ我慢できなくなった瞬間を、脳裏に浮
かべた。
(続く)