「精密発育検査・杉原菜月の場合」 17
一つのポーズで一通り撮影が終わると、別のポーズでの撮影となる。彼らはあらゆる角
度から、菜月のあらゆる姿をカメラに収めるつもりなのだ。
そうした撮影も今や未知の経験ではなかったが、彼らの指示の中には、ふたたび菜月に
屈辱を呼び起こすものがあった。
「次は、自分の指でここを引っ張って、広げてくれる?」
菜月に大股開きをさせた上で、そんなことを命令してきたのだ。彼らが広げるようにいっ
たのは少女の秘部である。
菜月自身の手で、自分の陰唇を割り開かせ、秘すべき場所を自ら晒させるつもりなのだ。
(こ、こんな格好を、や、やだ……、でも、いわれたとおりにしなきゃ……)
菜月は指示のとおり、自身の体腔をどうぞ見てくださいといわんばかりに男たちの前に広
げた。指先が触れたその肉のひだは、じわりと濡れていた。
顔に血の気が戻る。そのまま普段以上の血液が流入し、蒼白だったほほが赤く染まる。
少女が素直に従うのを見て、男たちはますます調子に乗った。
菜月の指をつかんで、亀裂の中のある一点に持っていく。
「指をもう少し内側に入れてくれる? ん、片手だけで広げて、こっちの人差し指でここを押
さえるようにして」
菜月が自分の指で触らされたのは、秘唇の上端、かすかに突出する肉の芽だった。
菜月はされるがままに指を置くが、自身の性器に指を差し入れるその姿は、あからさまに
性的な行為のようにも見える。いや、顔を赤らめる菜月の表情から、それ以外のなにに見え
るというのか。
(こ、これじゃあ、まるでわたしが、自分で、い、いじってるみたいじゃない)
菜月は直接的な自慰行為にふけている真っ最中のようなポーズを写真に撮られているの
だ。その写真を見る者があれば、被写体の少女が真っ裸でなにをしているのか、容易に想
像力を膨らませるだろう。
「ちょっと、もう一回だけ、調べておくから」
そんなことをいいながら、一人がその指を、菜月の肛門に伸ばした。すでに潤滑剤を塗っ
てあったらしいその指は、便と浣腸液が何度も出入りした肛門に、ぐいぐいと突っ込まれる。
「んう……っ」
彼は残った手でへその下あたり押さえた。そこから徐々に下部に移動して、陰毛や性器
の上に這わせていく。菜月の手を避け、ごく浅い部分だけだが、少女の反応を待つように
粘膜をなぞる。
それから、また陰核を押さえる菜月の指をつかんで、今度はある程度の力をもって、その
敏感な部分を刺激させた。
(んっ、んっ)
他人の力によるものとはいえ、今、菜月にその刺激を与えているのは菜月自身の指だっ
た。結果だけ見れば、なにより純粋に性的なその行為を、菜月は男たちの目の前で披露し
ていた。
(こ、こんな、恥ずかしいとこ、写さないでっ)
菜月の想いとは逆に、男たちがやめるはずがなかった。かまわずシャッターを切り、フラッ
シュが光る。その光を浴びるたび、菜月は例の昂揚が湧き上がるのを感じた。
(だ、だめ……、気持ちよく、なんか……っ)
男の手が左右ともそっと離れた。菜月がそれに気づくまでのわずかな時間、少女の股間
をなぶるのは少女自身の指だけとなる。
菜月の理性が一瞬、空白となり、わずかに手に力を込めた。
(ん、ん……っ)
その瞬間が見逃されることはなく、
(…………あ、うそ、今の、なし……っ)
菜月はふたたび光を浴びた。
結局、菜月は最後まで二人のいいなりのまま、並みのヌード写真集などまるで問題にな
らないほど過激な写真を、数え切れないほど撮られてしまったのだった。
男たちもようやく満足したのか、それとも時間が押していたのか、菜月の最後の検査も
ついに終わる。
仕上げなのか、薄いタオルで体を余すところなく拭かれ、やはり体中を触られたが、そこ
で「はい、もう終わりだよ」と声がかかった。
「お疲れ様ー」
などと、男たちが仲間にとも菜月にとも取れるような調子でねぎらったりなどもしている。
二人がそのまま軽く片付けてこのスペースを離れようとするので、そこで菜月は区切りが
ついたことがわかり、慌てて声をかけた。
大事なことを忘れるところだった。
「あ、あの、すみません、わわたしの下着は、どこにあるんですか?」
一瞬きょとんとした彼らは、すぐにああ、と気づく。
「そういや、あいつどっか行ったままだな」
すぐに戻ってくるだろといいながら、今をもって影も形も見えない。
「じゃあすぐとっ捕まえてきてやるよ」
菜月のパンツを持っていってしまった男がこの場にいない以上、彼らとしてもそのくらい
のことしかできないのは確かだ。
できるだけ早く戻ってくるように祈りながら、菜月は二人が去っていくのを見送った。
菜月はベッドに腰掛けて、両手を体の前で軽く組んで待っていた。
まだ男たちがいなくなって数分ほど、戻ってくるにしてもまだ先だろう。
と思っていると、パタパタとスリッパの音が聞こえ、ひょいっと看護師が顔をのぞかせた。
「うわ」
ここに女子生徒がいるとは思っていなかったのか、少し驚いている。
「なに? あなた、ここの検査は終わったんじゃないの?」
「ええ、終わることは終わったみたいですけど……」
「じゃあ早く集合場所に行きなさい。もうそろそろみんな集まるわ」
「いえ、あの、わたしの下着を持ってきてくれるって……」
菜月としては自分は被害者のつもりでいるから、それは正当な理由である。
だが細かい事情を知らない看護師は、少女が素っ裸でいる理由を、菜月の短い言葉と
この状況だけでいい加減に判断したようだ。
「なにいってるの、他の子もまだ裸のままよ。自分だけ勝手にそんなことしていいわけない
でしょう。ほら、もう時間いっぱいいっぱいなんだから、急ぎなさい」
「で、でも、あの人たちが勝手に持っていったのに……」
「しょうがないでしょ、あなたが悪いんだから。ほら立って、ぐずぐずしてたら、みんなの迷惑
でしょ。おしり叩かれなきゃわからないの?」
どうやらこの看護師は菜月がパンツを取られてしまったのは、どこかの検査で指示に従
わなかった罰の結果だとでも思っているらしい。
すでに菜月の言葉に聞く耳など持っていないようである。
「もう仕方ない子ねっ」
看護師は菜月の手を握ると、無理矢理引っ張って立たせた。
菜月の個人用検査カードも取ると、菜月に押し付けるようにして持たせる。
「ほら、早く。みんなもう終わりかけてるんだから」
菜月は彼女の剣幕に負け、ついたてで囲まれた一角から引き釣り出されるようにして歩
き出した。
看護師は菜月の片手を握ったまま、先へと進む。
最初につれてこられたのはただの部屋の片隅であった。
検査の前に女子生徒たちが集められていたところだ。しかし、そこにいたはずの生徒た
ちは姿を消していた。
菜月の手を握っている看護師は、別の看護師を見つけ、なにやら訊いているようだ。
「――今、移動しましたよ、みんな」
「そう。ねえ、ちょっと見てよ。この裸ん坊さん、隠れてたのよ」
そういって手を引いて、わざわざ菜月をよろめかせる。
菜月は決して隠れていたわけではなく、時間に遅れ気味になっているのだって自分のせ
いではなく男たちのせいだと思うが、なにもいい返すことはできなかった。
「今年は没収されたの、何人くらい?」
「さあ、その子を入れて四、五人ってところじゃないですか」
「ホント、最初からいうこと聞いてればいいのにねえ」
ここで他の女子生徒の検査カードも回収していたらしく、菜月のカードもこのもう一人の看
護師に手渡す。
菜月を引っ張る看護師は、移動先にまで案内するつもりらしい。ずっと手を握ったままな
のは菜月を子供扱いしているという意思表示だろうか。
そのまま、部屋を出る扉へと向かう。午後の検査会場として使用されてきたこの部屋の
外は、そのまま一般患者も通る廊下である。
ずっと裸足のままだった菜月に、特設の検査会場から出るということでスリッパが貸し出
される。
(やだ……っ)
そこで菜月はあらためてあられもない自分の姿を思い出す。自分は布切れ一枚身に着
けていない、正真正銘の素っ裸なのだ。
菜月は部屋を出ることにかなりためらいを感じたが、手をつないだ看護師が進む以上、
廊下へ出ないわけにはいかなかった。
廊下の空気は冷たく感じた。
菜月は片手を看護師に握られているため、残った手で体を隠すしかないが、できること
はせいぜい内股に歩いて、股間の前を手で隠すことくらいである。それにしたって完全に
は隠せていないし、おしりなどはむきだしのままだ。
この状態で、菜月は病院の長い廊下を無理矢理歩かされたのだった。
看護師がさっさと歩くため、足音を殺すことができない菜月は、スリッパのペタペタという
よく通る音を響かせなければいけない。その音のせいというわけでもないだろうが、進むう
ちに、菜月の恐れていた人々が姿を見せた。
医師や看護師はとにかく、恐れていたのは女子生徒たちの検査に無関係な一般患者た
ちである。その付き添いや見舞いの人間もいる。
少女の期待もむなしく、そうした人々が通りかかる菜月に気づく。その尋常ではない姿に
も。興味を引かないわけがない。
(みんな、みんな見てる……っ)
菜月が歩かされた廊下はこの病院でも主要な通路の一つだったのだろう、行く先々にけ
っこうな数の人間がうろうろしている。
ある者はぎょっとして、またある者は相好を崩して、看護師に連れられる全裸の少女を迎
えた。
(あー、恥ずかしい、恥ずかしい――っ)
もちろん、子供というにはちょっと大きすぎる年齢の少女が、全裸にされて人前を歩かさ
れている姿に、いくら病院とはいえ不適切ではないかと考える者もいた。しかし、彼らも治療
や見舞いなどそれぞれの用事があってこの病院を訪れている。
所詮ひとごとであるのに、わざわざ首を突っ込んで病院とトラブルを起こす気にはならな
かったのである。
多くは「かわいそうだな」とは思いつつも、好奇に満ちた視線を少女に送った。
医者たちの前ではあらゆる恥辱をさらしたというものの、その他の人間に裸体を見られ
るのは話が別である。下着すらない、生まれたままの姿で人前を引き回されるという屈辱
に、菜月は真っ赤になって耐えなければいけなかった。
どうもわざと遠回りさせられているような気さえするが、看護師の手も足も力強く、菜月は
逆らえない。
先へ進むにつれ人通りが増える一方である。
しかも悪いときには悪いことが続くものだった。
「あれ、すっぽんぽんだよ、あのお姉ちゃん!」
廊下の終わりがけに、大きな声があたりに響いた。
菜月を見て反射的に叫んだのだろう、小さな男の子がいた。小学校に入るかどうかという
年齢か。
この男の子の一声で、これまで菜月に気づいていたなかった者たちまで、ほとんどが問題
の方向に振り向く。
(やだぁ――っ)
お年寄りから幼児まで、付き添いの女性も男性も、全員が菜月に注目していくように思え
た。
「ねえ、なんであのお姉ちゃん、裸なのー?」
少女の心中に想像がつかなかったらしい男の子は、追い討ちをかけるように思いつくまま
大声を出していた。
(し、静かにして……、わたしだって、好きで裸になってるんじゃ)
母親らしき女性が「座ってなさい」と叱るが、菜月に集まった視線はもう、戻らない。
看護師は騒ぐ子供を一瞥しただけで、何事もなかったかのように歩みを進める。最初か
ら決めていたらしい進路を変えるつもりはなさそうだった。
いや、こうなったからこそなおさらその道を選んだのだろう。
向かう先は一般患者たちがもっとも多い場所だった。
(いや、いや……っ)
わずかな抵抗もむなしい。
菜月は大勢の人間が集まっている待合コーナーのど真ん中を、強引に横切らされる羽目
になった。
(見ないで……っ)
男の子が騒ぐ声はここまで聞こえていたので、問題の少女の登場に、注目もいっそうであ
る。午前のとき以上に人がいる。
(ひどい、ひどい、いじわるっ)
菜月もこのときばかりは看護師を恨み、つい憎々しげに彼女を後ろからにらんだ。
が、そのとき看護師は振り返っため、にらみつける菜月と目が合った。おそらく羞恥に震
える菜月の顔でも見ようとしたのだろう。
自分をにらみつける菜月に、彼女は一瞬むっとしたが、すぐに含みを持たせた笑みに変
わる。
看護師はそっぽを向いて少し歩き、受付の正面、待合の長椅子から一番よく目立つ位置
で立ち止まった。それから、彼女は菜月のことを忘れたように受付の同僚と言葉を交わし
始めたのだった。
この間、菜月の片手はしっかりと握ったままだ。
(くぅ……っ)
菜月はめまいを覚えた。
会話の内容はよくわからないが、どうしても必要なものとは思えない。看護師の行動はあ
きらかに悪意によるものだ。
彼女が受付を離れてくれるまでたっぷり数十秒、菜月は素っ裸のまま一般患者たちの前
に立たされていたのだった。
(続く)