「精密発育検査・杉原菜月の場合」 18  
 
 
 最終的に菜月は午前の検査を行ったホールに連れてこられた。  
 位置的には先ほどの受付や待合に隣接しているため、一般患者からの視線から完全に  
逃れることができたわけではないが、多少はマシだった。  
 そこにはすでに他の女子生徒たちが集められていた。みな暗い表情どころか、多くの者  
が一度は涙をこらえ切れなかったのだろう、赤く泣きはらした顔をしている。中には顔を手  
で覆って、今も泣き続けているのではないかと思われる少女もいた。朝にはきちんと整えら  
れていた少女たちの髪も、今ではなんとなく乱れているように思われた。  
 彼女たちはまだ半裸のままだ。下着を没収されるなどした少女は、菜月と同じように真っ  
裸である。  
 そう指示されているのだろう、少女たちは一人一人が一、二メートルほどの等間隔に格子  
状に座って、整然と並んでいる。ちょうど、学校の体育授業で行うような、準備運動の様子で  
ある。  
 一人一人の間隔がこれだけあると、少女たちが並ぶのに使う面積はかなりのものになる  
が、午前の検査のときと違って、ホールからはほとんどの検査器具はすでに片付けられて  
いるので、まだ余裕があった。  
 広い空間に引き離され、お互いに身を寄せ合って体を隠すことができない少女たちは、  
体操座りに両手で体を覆っている。  
「そこに座って」  
 菜月は女子生徒たちの集団の後ろ、列の最後に回って、腰を下ろした。ここまで連れて  
きてくれた看護師も本来の仕事に戻っていく。  
 女子生徒たちの周囲には、三脚に載せられたカメラが設置してあった。周囲の文字通り、  
大きさや種類は異なるものの何台ものカメラが四方から少女たちを囲んでいる。もちろん、  
レンズはすべて生徒たちに向いていた。  
 まだすべてが終わったわけではないことを、これらのカメラは無言で物語っていた。  
 看護師たちが女子生徒の数を何度か確認する。  
 どうやら全員集まったらしい。女子生徒だけではなく、医師もかなりの数がここに来ている  
ようだ。少女たちの正面には、比較的年配の医師たちがカメラの脇で椅子に座っている。そ  
の左右に若い顔が並ぶ。一部は側面や背面に陣取っていた。カメラのレンズと同じように、  
誰の視線も中央、少女側に向けられている。  
 確認が終わって、看護師は生徒たちに最後の試練を告げた。  
「いいですか、みなさん、最後に全員でラジオ体操をしてもらいます。ラジオ体操はみなさん  
わかりますね。大丈夫ですね。わからない人がいたら手を挙げてください」  
 一方的なものいいにも、生徒たちに目立った動揺はない。眉をひそめる者が何人かいた  
くらいである。  
 検査はすべて終わったと聞かされていた少女たちも、大半は気を緩めていなかった。彼  
女たちはなおパンツ一枚の姿で留め置かれ、衣服が返還される兆候はまったくなかったか  
らだ。設置されているカメラのこともある。服を着て、この病院を出るまでは少女たちは安心  
できるものではなかった。  
 それはともかく、女子生徒たちはこれまでの人生で何度もラジオ体操に触れる機会はあっ  
たが、きちんと最初から最後まで覚えているとは誰も自信を持たなかった。しかし、彼女たち  
はわからないと挙手する気にもなれない。  
 下手に挙手などして目立つことは避けたい。  
「では、わからない人はいないみたいですから、さっそく始めましょう。全員、まじめにやって  
ください。一人でもサボる人がいたら、最初からやり直しですよ」  
 看護師は穏やかな口調で厳しいことをいい、さらに付け加える。それはもともと先に伝え  
る手筈のものだったのかもしれない。  
「あと、誰か、前に出て模範をしてくれる子はいませんか? ここに立って体操してくれれば  
いいですから」  
 
 看護師の言葉が伝わった途端、女子生徒たちはいっそう静まり返った。  
 まず当然の反応だろう。  
 パンツ一丁でラジオ体操をするのだって抵抗があるのに、わざわざ注目を浴びる場所な  
どに出たいわけがないのだ。看護師がいう『前』や『ここ』とは、女子生徒たちの集団の位  
置より、通路に近い場所である。医師たちの近くにもなる。  
 生徒たちはいちおう一般患者たちからすると横を向いて整列しているが、基本的にホー  
ルの周辺は通路として利用されている。そうすると、外縁に近い場所ほど、医師だけでなく  
無関係の人間にも見られやすいことになる。  
 好き好んで恥ずかしい姿を見せに行く少女は存在していなかった。  
「いませんか」  
 看護師はさして困惑した様子でもなかった。  
 こうなることはわかっていたのだろう。  
「じゃあ」  
 看護師は女子生徒の群れの一点を指差す。  
「そこのあなた。……それから、右の、前から二人目の子」  
 目線と指で、少女を特定していく。  
「あなたも。はい、目をそらさない。わからない振りしてるんなら名前呼ぶよ。あと、あなたも  
そうね。今呼ばれた子は前に出てきてください」  
 看護師は生徒の中から五人の少女を選び出した。  
 途中からあわてて目を伏せようとした少女もいたが、無駄なあがきだった。彼女が選ばれ  
たことは周囲の者にもわかることだったのだ。  
 無作為に選び出したのではない。指名を受けた少女たちには共通点があった。五人とも、  
衣類を一枚も着用していないのだ。  
 彼女たちはこれまでの検査の中、それぞれなんらかの理由で、たった一つ残った持ち物、  
その下着を取り上げられてしまった少女たちだった。  
 いうならば、懲罰の追加のようなものである。検査はもう終わりとはいえ、一度でも問題を  
起こした少女を、この場に及んでも見せしめにする気なのだ。  
 選ばれなかった生徒も、最後まで気を抜けないことを思い知って、緊張感を保つことにな  
るだろう。  
 しかし選ばれてしまった少女の中には、菜月も含まれていた。  
(え……っ?)  
 あのろくでもない男たちと菜月のやり取りを知らない以上、この看護師もまた勘違いを起  
こしているに違いない。  
 菜月がパンツをはいていないのは、決して懲罰によるものではないが、外見からではわ  
かるわけがない。病院の人間にとって、今素っ裸になっている生徒は、少なくとも一度は自  
分たちに逆らった要注意人物なのである。  
 指名を受けた残りの四人の少女は、あきらめの表情で立ち上がっていた。  
 一度は従わなかったといっても、その直後に受けたであろうお仕置きで、すでにすっかり  
心は折れているのだ。むしろ、罰を受けていない少女のほうがまだ気力が残っているだろう。  
 選ばれた生徒の中で一人だけ動こうとしない菜月を、近くの看護師が見咎めた。  
「なにじっとしてるの、あなたも呼ばれたでしょ」  
「わ、わたしは違う。あの、違うんです」  
「なにが違うの。間違いなく、選ばれたのはあなたよ」  
 生徒たちにだって想像がつく選考の理由を、看護師が知らないわけがない。菜月は、そ  
の姿格好から『選ばれるに決まっている』生徒であるのだから、間違いなど起きようはずが  
ない、そう考えているのだろう。  
 だが菜月の場合、前提となる条件がそもそも違う。  
 菜月に懲罰を受けなければいけない理由などない。  
 悪いのはすべて非常識なあの若い男たちなのだから、それを伝えればわかってくれるは  
ずだ。  
 
「あの、前の検査で、わたしの下着、ちょっと洗ってきてやるって、お医者さんの人が、その、  
持っていっちゃったんです」  
 少しの間、看護師はあっけにとられていた。  
「……そのお医者さんて、若い子? 男?」  
「あ、はい、若い男の人です」  
 それを聞くと、彼女はまた少しの間考え込む。少なくとも聞く耳は持っていてくれて、菜月  
は少しほっとした。  
 が、期待はすぐに裏切られた。  
「あー、ま、もうみんなの前で呼んじゃったし、あなた選ばれたのは確かなんだから前に出  
て。ラジオ体操なんてすぐ終わるから」  
「そ、そんな」  
 どうも、いちいち他の人間に説明するのも面倒で、例外を作るのを嫌ったようだ。  
 全裸の少女のうちで一人だけ選出をまぬがれたとなると、一見、菜月だけを特別扱いし  
たようにも見える。病院側としては、指示に従わなかった生徒の扱いがどのようなものか、  
最後まできちんと示す気でいるのだから、それは許されないことだ。  
 ほんの少しだけきまりが悪そうな顔をした看護師だったが、すぐに仕事に追われる大人  
の顔になって、菜月を急かす。  
「ほら、急いでっ。本当に罰を受けることになるよっ。ここでおしり叩かれたいっ?」  
 こうなった以上、決定がくつがえることはないだろう。  
 呼ばれた中で一人、出て行かない菜月に、次第に視線が集まり始める。  
 
 ――なにぐずぐずしてるの、早くしてよ。いつまでたっても終わらないじゃない。  
 
 そんな声が聞こえてきそうだ。多数派の少女の、自分じゃなくてよかった、という安堵は、  
女子生徒の間にあった仲間意識のようなものもどこかに追いやっていた。  
 悲劇を共有してきた少女たちの間で、パンツ一枚の差が、いまや覆すことのできない身  
分の差となっていたのだ。  
(うううっ)  
 菜月は涙を呑んで立ち上がった。  
 列を抜け出して少し進むと、そこで待ち構えていた別の看護師が菜月の手をとって引っ  
張る。菜月はたたらを踏みつつ、その場へ躍り出た。  
 選ばれた菜月たち五人の少女は手で必死に胸や股間を隠しつつ、おどおどと立ちすくん  
でいる。  
 たいてい、体操などで演技の代表者は生徒たちに向かって並ぶものだが、ここでは少し  
違った。五人は他の少女たちと同じ向きに立たされたのだ。 菜月は大きめのカメラの正  
面の位置を指定された。カメラの横に陣取っている医師たちの数も多い。  
 数メートル先の通路を歩く一般の患者も、それが男性なら、まず例外なく少女の様子を  
うかがいながら歩いていく。  
「じゃあ、立って、気をつけしてください。始めますよ」  
 女子生徒たちはしぶしぶ、その場で直立した。無表情だが辛そうにしている者が多い。  
 真っ裸の五人は、よりためらいがちに両手を体の横に添えた。紅潮した顔で、体は震え  
ていた。目前には男女を取り混ぜた無数の視線がある。  
 それから、どこかにスピーカーがあるのか、聞き慣れたメロディーが流れてくる。やたら  
快活な声も。音量は抑えてあるようで、あまり大きくない。  
 音楽に合わせて、多少ばらつきはあるものの、女子生徒たちは一斉に手を振り出した。  
体操の始まりだった。  
 多数の少女たちが、その裸身を晒しながら体操を始めると、病院のホールは異様なショ  
ーの場と化した。いうまでもなく見世物になっているのは少女たち、それも一番目立つ場所、  
目立つ格好で手足を振る、菜月たち五人だった。  
 
 体操の間、設置されているものとは別に、カメラを構えている者がかなりいるようだ。フラ  
ッシュは使用していないようだが、明るさは元から十分といえる。彼らは女子生徒たちの周  
囲を回りながら、シャッターを切っていた。白衣の若い男が多い。  
 女子生徒の一人を被写体に決めたのか、一箇所で動かず、ずっとカメラを回し続ける者  
もいる。菜月の前にもそんな男が何人かいて、形状からおそらくビデオカメラだろう、そのレ  
ンズを向けて菜月が体を動かすのを撮影し続けていた。  
 裸の五人の少女と、容姿が優れていると思われる女子生徒が、多く注目を受けているよ  
うに菜月は感じた。  
 素っ裸で踊らされ、一部始終を撮影される悔しさに、菜月は心臓の奥を締め付けられる  
想いだった。  
 
 数分の後、女子生徒たちにはなんの意味があるのかさっぱりわからなかったラジオ体操  
が終わりを告げた。  
 多少リズムに合わなかった少女もいたが、ぶっつけ本番としてなら上等というべきレベル  
だ。特にやり直しの声もかからなかった。  
 菜月も幾分ほっとしている。これ以上の辱めはないだろう。それは、彼女にとってはある  
意味正しかった。  
「はい、ちょっと待って」  
 安堵が広がり始めた女子生徒たちを、不意打ちの一言が襲った。  
 それはただのやり直しではなかった。  
「最後に、衣類を身につけていない状態で、もう一度今のラジオ体操をしてもらいます。体  
の動きを見るのに必要なのです、いい、すぐに全員パンツも脱いで、裸になってください。  
全員です」  
 その言葉に、菜月の背後で動揺がさざ波のように広がっていくようだった。  
 だが指示は絶対だった。  
 少しして、女子生徒たちは自らの下着に手をかけていった。  
「全員、気をつけしなさい」  
 一人残らず素っ裸になった少女たちは、体を隠そうとしていた手をどけ、直立する。  
 ホールにふたたび軽快なメロディーが響きだした。  
 
 看護師たちが生徒の名前を呼びながら、衣服の入った袋を手渡している。  
 今度こそ、すべてのプログラムは終了したのだ。下着を没収されていた生徒も、他の服  
と一緒に返還されているようだ。  
 菜月が体を手で軽く隠しながら順を待っていると「さっきの子ね」と、菜月が話をした看護  
師があらわれた。  
「とりあえず服を着ててくれる?」  
 そうして渡されたのはパンツを除く残りの衣服である。  
 菜月も肝心のものがないのは心もとなかったが、仕方なく、あるだけの服を着て、彼女に  
従うことになった。ようやく衣服を得ることで、菜月は本来の自分に戻っていくように感じた。  
 この間に例の男たちと菜月の下着を探していたらしい。しばらくして見つかったらしく、案  
内される。  
 下着そのものはすでに看護師の手にあって、すぐさま菜月に返され、ついで看護師は菜  
月に男たちを確認させると、説教じみたことをいって咎めているようだった。男たちはあくま  
で汚れた下着を洗うことを菜月が望んだのだといいわけしているらしい。  
 菜月はもはや彼らの会話に興味はなく、一刻も早く家に帰りたかったので、下着を受け取  
るとすぐにその場を去ることにした。その下着にどんな扱いがなされたのか、いやな想像は  
あえて意識に上らせない。  
 手にした下着は実際に簡単な手洗いが行われたのだろう、多少生地がしわになっている  
が、いちおう乾いてはいる。男たちへの嫌悪もあって、場合によってはなにもはかないで帰  
途につくことも覚悟していたが、少なくとも使用できない状態ではなさそうだ。身に着けようと  
思った。  
 
 検査の直後であればその場ではいたかもしれないが、このときになるとそんな気にはな  
れず、トイレで着用するつもりだった。異性の前で着替えをするのはもう十分すぎる。  
 挨拶もそこそこに立ち去って何歩か歩いたとき、男のうちの、誰かのセリフが菜月の耳  
に届いた。  
「来年も参加してえなぁ」  
 ただの仲間内での個人的な感想に過ぎないだろう。  
 だがその一言は菜月に戦慄を与えた。  
 とんでもないことに気づいてしまったのだ。  
(来年……!?)  
 菜月は『精密検査のお知らせ』と書かれたプリントと、関連する書類のことが脳裏によみ  
がえった。親も菜月自身も深く考えずに検査の合意に署名した、あれらの書類にはいった  
いなんと書かれていたか。  
 『発育検査被験者』として、菜月はすでに承諾してしまっている。そこには、対象者は在学  
中、一年に一度、同様の検査を受けることになる旨が確かに記してあった。  
(毎年同じ検査があるんだ?)  
 と、その一文を読んでも、そのときはたいして気にも留めなかった。  
 しかし、その意味することは。  
(ら、来年も、こんな検査を受けなくちゃいけないの……っ!?)  
 そういうことになる。  
 成長期の発育具合を調べるのだから、同じ人間の変化を記録する必要があるのは自然  
なことだ。検査内容が詳細にわたっているのならなおさらだろう。  
 理屈ではわかるが、それは菜月にとって悪夢でしかなかった。なにも知らずに検査の同  
意をしたときとは違う、菜月はいったいなにが繰り返されるのか、骨の髄まで思い知ってい  
るのだ。  
 来年もまた、この検査を受けに来なければいけない――  
 
 いつの間にか菜月は病院のトイレの個室にこもっていた。  
 ふらつく足で無意識のうちに入り込んだようだ。本来の目的であった、下着をはくことは忘  
れていた。  
(来年も、再来年も)  
 今日と同じようにたくさんの人たちの前で素っ裸にされ、そのまま衆人環視の中での浣腸、  
排泄、撮影が待っているのだ。少女の羞恥心などまるで無視した、数々の検査が繰り返さ  
れるのだ。  
 それが逃れられない運命だということに気づいて、菜月はあらためて衝撃を受けていた。  
(そんな……)  
 毎年そんなことをされるくらいなら、いっそ逃げ出したかった。  
 だがそんなことは菜月には無理だった。この検査は元々学校から受けるようにいわれた  
ものである。一度は承諾したというのに、菜月が検査を拒否などしたら、学校に叱られるこ  
とにならないか。親に心配はかけたくない。  
 転校? むやみにできることではない。第一それこそ、親になんといえばいいのか。下手  
に口を滑らせれば、菜月が受けた検査のことが、親どころか、学校の友人たちや近所の人  
たちにも広まるかもしれない。同情されるかもしれないが、面白半分に興味を持つ人間も多  
いだろう。  
(いやだ……っ)  
 そういった人々が無責任にもたらす、検査そのものよりも大きな苦痛を想像すると、菜月  
は心がえぐられるように思えた。  
 今日のことは誰にも知られたくない。  
 菜月は結局、とっくに用意してあった結論にすがるしかなかった。  
(我慢すればいい)  
 いくらつらい検査でも、病院ですることだし、一年に一度のことだ。自分が卒業まで我慢  
すればいい。  
 
 菜月は、狭いトイレの個室の中で、その言葉を胸中に繰り返した。  
 
 
 
(了)  
 
 
 

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