「精密発育検査・杉原菜月の場合」 4
これまでにない苦痛の時間が終わって、菜月はやっとベッドから降りることができた。もう
自分のなにもかも見られてしまって、恥ずかしがるのも馬鹿らしい気さえする。内心自嘲に
笑いながら、しかしとても開き直ることはできず、肝心なものを探した。
この検査の直前に脱がされた、自分の下着だ。
「あれ……」
てっきりそこらにおいてあると思っていたのだが、見当たらない。
(おかしいな)
範囲を広げて周囲を見回すと、少し離れたところで、三人ほどの白衣の若い男性たちが
布切れを片手に談笑している姿が見えた。
「それだと位置がおかしくないか」
「だからー、ここらへんが当たるんだよ」
布を両手で広げて、なにやらいいあっている。
彼らの話題の中心になっているその布切れは、菜月のパンツだった。
(やだっ)
脱いだばかりの自分の下着をもてあそばれている悔しさに、菜月は自分の姿も忘れ彼ら
に食ってかかった。
「返して!」
彼らは菜月の姿を認めても悪びれもせず、
「ああ、終わったんだ」
とパンツを指先にぶら下げてよこした。
パンツは裏返しにされていた。
(ひどい……)
彼らがなにをしていたのか、想像もしたくない。
ひったくるように菜月は下着を奪ったが、彼らはそんな菜月を見てますますニヤニヤと笑
った。
「ちょっと臭かったよな、顔はかわいいのにな」
「洗ってないんじゃね? アレ」
「そんなわけないだろ。朝からはいてるだけだって」
彼らの会話は、考えるまでもなく菜月の下着についてのものに決まっている。
脱いで放置してあったそれを勝手に手に取って観察し、好き勝手感想をいい合っているの
だ。
発言からすると匂いまで嗅いでいたらしい。
こうなってくると撮影などより屈辱的だった。
(…………ッ)
嫌悪と怒りをこらえながら菜月はパンツをはいた。
それ以外にどうしようもなかった。
「あ、ああ、あなた。ちょっとこれ見なさい」
この区画を立ち去ろうとした菜月を看護師が呼び止める。
そういって看護師が見せてきたのはトレーに乗せられた黒い紙だった。
紙の上には白いぶつぶつがいくつも乗っている。
(…………? あ、これっ――)
それがなんであるか気づいてしまい、菜月は赤面した。
「わかる? あなたのオシッコするところ、垢がこんなにたまっていたのよ。今までちゃんと
洗ってなかったでしょう。不潔にしてると、病気の元になるんですからね」
看護師はさらに垢がどうしてたまるのか、こんこんと菜月に説いて聞かせた。
「――だから、面倒くさがらないで、ちゃんときれいにしなきゃダメよ」
看護師の注意を菜月は、耳まで赤くしつつ黙って聞いているほかなかった。背後では先
ほどの三人組がまだ笑っている。彼らにも今の話はよく聞こえていただろう。
看護師から解放されると、目をあわせることにも耐え切れず、菜月はうつむいたまま小走
りにその場を離れていった。
(尿検査……)
この検査があることは初めからわかっていた。
『精密検査のお知らせ』の中にも、尿検査を行うので当日は起床後なるべくトイレを使用し
ないように、とあったからだ。
その検査区画に向かう女子生徒たちの表情はいちように暗い。
ただでさえそういった生理的なものには恥ずかしさを覚えるというのに、これまで受けてき
た検査からいって、一般的な検尿で終わるとはとても思えないからだ。
彼女たちに不安はすぐに的中する。
そこには少女たちが自分の目を疑うような光景が広がっているのだ。
(うそ、なにこれ……)
用意されていたのは奇妙な形をした便器だった。
横一列に五台ほどが並べられている。
それは一見洋式の便器なのだが、実際は便座があるだけで、排泄物を受け取る部分に
は半透明の漏斗状の容器がすえつけられ、その下にやはり透明のビーカーのような容器が
設置してある。横にはなにを調べるのか検査機器が置かれ、便器とコードで結ばれていた。
各便器にはこれまでと同じように医師や看護師が張り付き、少女たちの様子をうかがって
いる。
申し訳程度に仕切りはあるものの、医者たちが頻繁に出入りしなければいけないので、各
仕切りは間隔が大きく、周囲からの視線を防ぐ役には立っていない。
そして便器の上では当然というべきか、女子生徒たちが放尿を強要されていた。
その便器は、便座の位置がそれなりに高いところにあるため、少女たちの排尿は、医者
たちの眼前で行われているのも同然である。さらにこの付近でも、一般患者だってまったく
いないわけではない。
「検査カード見せてくれる?」
慄然としてその場に突っ立っていた菜月に声をかけてきたのは、尿検査の受付の看護師
だろう。はっとして菜月はすぐにカードを渡す。
「あなたはこのままこっちで並んでね」
「……? はい」
看護師の言葉に一瞬疑問を感じながら、菜月は指されたままの列に並んだ。
素直に指示に従っている限り、彼女たちはやさしい気さえする。
と、後ろで今の看護師が、別の生徒に指示するのが聞こえた。
「あなたはあの奥よ」
(また分けられてる?)
どういった基準か、女子生徒たちはグループを分けられているようだった。
菜月の後ろにいた少女は奇妙な便器が並ぶ場所ではなく、その奥の壁とついたてで仕切
られた区画に移動している。
(あっちのほうは見えないようになってる……)
そこまで行くとホールの完全な隅であり、一般患者たちはまず近寄らない。
仕切りも背が高く、中の様子はわからないだろう。
菜月がそう思っていると、
「ああ――っ」
その奥から悲鳴が聞こえてきた。
「いたいいたいっ、抜いてよぉ――っ。いたいよぅ――っ」
どんな検査が行われているのか、仕切りの向こう側からは少女の苦しげな叫び声が響い
ている。その少女が泣き出したのか、悲鳴はすぐにだみ声になり、聞き取れる言葉は消えた。
しかし苦痛は続いているらしく、「あ――っ」とか「ううう――っ」といったうめき声はおさまる
気配がない。
(なにが起きてるの……!?)
その声を聞いて菜月と同じように動揺したのか、奥に、と指示されていた少女が恐怖を顔
いっぱいに浮かべて立ち尽くしていた。
そのまま中に入ってしまえば自分もなにをされるのかわからないのだから、当たり前だろう。
だが、その少女は看護師に見咎められた。
「なにをしてるの? 早く行きなさい」
「あ、あの、なんの検査なんですか、中でやってるのは」
「普通の検査よ。行けばわかるわ」
「でも、でも、泣いてる子が」
「ちゃんといわれたとおりにしないからよ。いい子にしてればすぐに終わるのに」
看護師の脅し文句はその後も続き、結局その少女は他にとるべき手段もなく、あきらめて
仕切りの奥に向かっていった。
(わたしも、こっちの検査を受けたら、次はあっち……?)
菜月の不安はついたての向こう側に集中していた。
けれども、菜月がなにを考えていても、まったく関係なく順番はやってくる。
「きみ、早く来なさい」
あれこれ思い悩んでいた間に、菜月の番となったらしい。
目前には便器が用意されている。
(おしっこしなきゃいけないんだ)
こっちの検査だって、ひどい屈辱にちがいはない。
「まだ脱いでないの、急ぎなさいよ」
今日だけで何度目か、知らない人たちの前でまたも真っ裸になる。
今回はせめて脱いだパンツは自分で持っていたかったのだが、足先まで下ろして引っ掛
けておいたのを、すばやくしゃがんだ看護師が抜き取って持っていってしまった。
「ここにもたれて、まだ出しちゃだめよ」
いわれたとおりに便座に腰を下ろした。便座の後ろに低い背もたれがあって、そこに背中
をつけるようにいわれる。
背もたれはやや後ろに倒れているので、背中をつけると上半身をそらす形となった。これ
では体を丸めておしっこをするところを隠すこともできない。
(いや……)
「手はここに乗せて。足を閉じない」
そういわれたひじかけは左右に広がっている。看護師にうながされるまま足を開くと、菜月
の陰部の盾となるものはなにもなくなった。
正面のライト点灯し、ただでさえあらわになっている菜月の股間をいっそう明るく照らす。
(こんな近くから見られてるのに……)
「いいっていうまで出しちゃだめだからねー」
落ち着かない様子の菜月を無視し、看護師のひとりがその秘陰に手を伸ばしてきた。
(なにを……?)
看護師は菜月の亀裂を左右に広げると、医療用のテープだろうか、そんなもので広げた
ままで固定する。
(ここまでするなんて)
続いて消毒液らしきものを脱脂綿に含ませ、おしっこの出る穴を丁寧になぞる。
それで菜月の体に対しては準備が終わったらしい。
最後に、正面のライトの横に三脚に固定されたカメラが設置された。
(これも写真に撮るんだ……)
「はい、おしっこしていいよ」
そういわれても体のどこかで拒否反応が出ているのか、菜月は排尿することができなかっ
た。
(ううっ)
何秒間か力の入れ方を変えると、広げられた亀裂のやや上のあたりの穴から、ほとんど
透明の液体が流れ落ちた。
液体は半透明の漏斗に当たってジョボボボと大きな音を立て、下部の容器に吸い込まれ
ていく。
排尿開始とほぼ同時に、正面のカメラもパシパシと小気味のよい音を立て、その有様を
連続した写真で記録していた。
(まだ終わらないー)
朝から我慢させられてきた小水は相当の量となって、菜月の体にたまっていたらしい。
いったん始まった放尿は、数十秒も続くようだった。
やがて尿特有の臭いも便器の奥から盛んにただよってきて、菜月の体を包む。
「ん、んん」
ぽたぽたと雫は残るが、排尿は終わった。
その部分に神経を集中させても、もうこれ以上出ないようだった。
「終わり?」
「は、はい」
菜月の返事を確認した看護師は、やはり脱脂綿だろうか、菜月の陰部をやさしく拭いた。
(う、うぅ)
全裸の放尿には一種の爽快さもあるような気もしたが、やはり人前では二度とやりたくない。
便座から降ろされたあと、菜月はベッドに寝かされさらに別の検査を受けた。
裸のままというのはすでにあった体験だったが、大勢の前で晒し者というのは何度でもい
やなものだ。医者たちだって、どこか少女たちを品定めしているようにも見える。
それから菜月は下着着用の許可を得た。
探すと、今度はすぐに見つかる。
菜月の尿の入った容器は、便座の下から取り外されて、ちょっとした机の上に乗せられて
いた。分類用のものだろうか、数字やバーコード、『杉原菜月』と書かれた名札が取り付けら
れている。
汚らしさはなく、きれいといってもいい透明な薄黄色の液体だったが、ごまかしようのない
『おしっこ』の臭いを強くただよわせていた。
周囲に立つ若い男性には、女子生徒の心情など気にしない者も多くいる。
「多いな」
「よく入ってたよな」
「ションベンくせえ」
「当たり前だろ」
そんな会話を生徒たちにも聞こえるようなところで平気でするのである。
検査が進むにつれて慣れが出てきたのか、女子生徒に軽口を叩く者までいる。
「いっぱいおしっこしたねー。我慢してた?」
菜月はやっとパンツをはいただけの状態で、にやけ笑いを浮かべる男性と向かい合わな
ければいけなかった。
「あの、そんなにしてない……」
小さな声でそれくらいしかいえない。
「バカ、やめろって」
「ごめんねー。はは」
さすがに仲間に戒められたのか、すぐに菜月を解放する。
菜月はふたたび悔しさに視界がにじんだ。
こんな扱いされなければいけない理由なんてどこにもないのに……
看護師が菜月を呼び止める。
「次の検査はあそこよ。行って並びなさい」
泣く暇もなく、あっさりと告げるその看護師の指先は、菜月が恐れた背の高い仕切りの奥
をさしていた。
(続く)