「精密発育検査・杉原菜月の場合」 5
菜月はそこで、なにが行われているか、自分の目で直接見た。
(こんなの……)
信じたくなくても、繰り広げられている惨劇は変わらない。
泣き叫ぶ女子生徒たち。
ほとんど狂乱状態で抵抗するものの、屈強な男性に抱えられ、検査代に縛り付けられてし
まう生徒。
なにもかもあきらめて体を震わせながら検査を受けていく少女。
(いやだ、信じられない)
恐怖の時間は菜月が思っていたより短かった。並んだ列の先がすぐに開き、手招きされ
たのだ。
いや、恐怖はこれからが本番である。
菜月は促されるまま、半ば自失しつつ、下着を脱ぎ、その検査台に上がった。
傾斜した椅子のようなそれには、大きな足掛けが付属している。使用者のひざを固定する
その足掛けは、少女の足を高く上げさせ、左右に大きく広げるために稼動する。
これに乗せられてしまうと、少女たちは、まさにこれから男性自身を受け入れるような、陰
部を開けっぴろげにしたままの格好で、固定されてしまうのだ。
それは婦人科用の診察台、内診台と呼ばれるものだった。
だがそれだけなら、つらいことはつらいがこれまでにも似たようなことされている。
今回はこれからが問題だった。
医者たちは細いチューブを持っている。
今からそれは、菜月のおしっこの穴、尿道に入れられるのだ。
菜月には初めての経験である。だが、それがどんなものなのかは、周囲の女子生徒たち
が教えてくれていた。
「い、痛い、痛いです」
菜月の隣で、一足先にチューブを入れられた少女が、痛みを訴えている。
悲鳴というほどではないが、それは単に少女が必死に我慢しているだけのことだろう。
彼女の苦痛の大きさは、眼からこぼれる涙が物語っている。しかし彼女の努力に対して、
医者たちは冷たく、看護師も「我慢しなさい」といい放つだけだ。
小さな穴にいっぱいいっぱいのチューブを押し込まれて、痛くないはずがないのだ。もちろ
ん個人差があるようで、表情を抑えて静かに検査を受ける少女もいるが、大声で泣く少女も
いる。
もっとも悲痛な泣き声を上げる少女には共通点があった。
素直に医師の指示を聞かず、検査に抵抗した少女は、ほとんど例外なく悲鳴を上げる羽
目になっていたのだ。
というのも、
「いい? 暴れるような元気がある子には、ちょっと太くて硬い管を入れることになりますか
らねっ」
比較のためか、二本のチューブを持って脅しをかける看護師がいるのだった。
一見、その二本のチューブにはほとんど差異が見当たらないようである。しかし、女子生
徒たちにそれは口先だけの脅しではなく、手間を取らせる少女により大きな苦痛を与える
ものにちがいないように思えた。
検査をいやがる少女は男性たちに持ち上げられ、台に座らされ、足だけでなく手や腹まで
ベルトが巻かれて全身を拘束される。もちろん下着は没収である。
診察台に縛り付けられ、いっさい抵抗できなくなったところで、「他の子よりも痛いかもしれ
ないけど我慢するように。あなたがいけないんだから」と管を示しながら告げられる。女子生
徒たちにはそれがどの程度の硬さを持っているのか全然わからないが、ここまでの体験で
恐怖は最高潮に達している。
こうした処置の結果、四肢を固定された少女の悲鳴はたいてい、それ以外の少女の悲鳴
よりも大きいものとなるのだ。
菜月が尿検査の前に聞いた悲鳴も、こういった懲罰的な対応を受けた生徒のものだった
のだろう。
こんな姿を見せつけられては、女子生徒たちに逆らう気が失せるのも当然だった。
どうしても命令に服従するのが一番ということになる。
菜月もそうして、順番になるとまったく逆らわず診察台に座った。
あいかわらず股間には視線が集中する。
裸にされてあらゆる角度から体をなめつくされるように見られたあととはいえ、医師たちの
興味はまだ尽きないようだ。
普段少女たちがなにより秘めているその場所が、博物館の展示物のように並べられてい
る状況だ。男性たちにとって、あるいは女性であっても、女子生徒たちの体について、見る
べきものがいくらでもあるだろう。
特に性器などは、形状、色、陰毛の態様その他、個人それぞれであることにいまさら気づ
いた女子生徒たちも多かった。生徒たちは他の少女を見ようと思って見ているわけではない
が、待っているその前で足を広げられては、ついつい眼に入ってしまう。
菜月も例外ではなく、他の少女の裸を見たり、自分の体を見られたりしていた。
そのことでまた、自分の体型がまた、理想というにはまるではずれるように思えて、恥じら
いを覚えずにはいられない。
裸のままで、医者たちに見られることに慣れてくるどころかますます恥ずかしさが膨れ上
がって、菜月は両手で顔を覆った。
他の女子生徒はどんな気持ちなのだろう。
菜月と同じように顔を隠す生徒もいるし、固い表情で気を持たせようとしている者もいる。
悲しそうにうつむいている少女も多いようだ。
菜月は足の間の裂け目にひんやりと冷気を受けた。やはり消毒液を含ませた脱脂綿だろ
うか。同じ動作が繰り返され、尿道口が念入りに消毒されたようだった。
その口に細い、硬いものがあてられる。
(あ、入ってくる……)
挿入感は得体の知れないものだったが、チューブが押し込まれていくのは確かにわかっ
た。なんともいえない、無数の針が突き刺さるような痛みが走っていく。
(痛い、痛い、痛い――)
菜月は苦しげな声を出していた。
(ううう、痛いよぅ」
たとえ患者の少女がもっと大きな声で泣き叫んでも処置を続ける医者たちは、菜月のうめ
き声程度では気にもとめないそぶりで自身の仕事をすすめる。
(痛い痛いー、もうやめてぇー)
菜月の願いはかなえられることなく、検査は続いた。
それは自分が単なるモルモットとして扱われているのではないかと思える処置だった。
医師たちは体内深くに注入されたチューブを通して、液体を菜月の膀胱に満たしていった
のである。
「これからおしっこしたくなってくるから、どのくらいおしっこしたいのか教えてね」
加えて、そういわれていたため、尿意が強くなるごとに菜月は看護師たちに告白しなけれ
ばいけなかった。
本来それだけでためらわれるようなことを、菜月は忠実に報告しなければならない。
「少し、したい感じです……けっこうしたくなってきました。……すごくおしっこしたいです――」
さらに、恥ずかしさをこらえて菜月が尿意を伝えても、即座に排尿が許されるわけではない。
「おしっこ出そう――です。……ああ、漏れる、我慢できない――。もう限界です、やめて、
まだ入れるのっ、いやぁ、とめてぇっ」
(ありえないとわかっていても)おなかが破裂するまで液体を入れられるのではないかとい
う恐怖から、菜月が外聞もなく叫びだすと、薬液の注入は終わった。
そのあとは当然、衆人環視の中での排尿である。
このときも診察台に座らされたままであるので、秘部の大公開を続けたまま、これまで以
上に性器をよく見られながらの放尿となる。
真っ裸で苦しみあえぎ、涙と尿を垂れ流す少女を見つめる視線の中には、医療や学術と
いったものからほど遠い、おもちゃを見るもののそれが含まれているようだった。検査が進
むにつれ、そういった視線が増えていっているようにも思えた。
菜月は検査が終わるときのことばかり考えていた。
いつの間にか一般患者の途絶えたホールに、同様の苦しみを受ける女子生徒たちの悲
鳴が途切れることなく響いている。
休憩はあっという間に終わった。
尿検査のあとにとられたこの休憩時間は、指定時刻だけを見ればそこそこの長さがあっ
たのだが、残された検査への不安からか、ため息をつきつつ緊張を紛らわしているうちに
終わりを迎えたのだった。
休憩の間でも衣服を着用することは許されなかったため、女子生徒たちは半裸、あるい
は全裸のままである。
女子生徒たちは検査の再開を受けてその姿でぞろぞろと動き出す。
一時は姿を消していた一般患者たちも、午後の診察となって、その数を増やしていた。入
院患者たちを見舞う客も中には混じっている。そのうち少なくとも男性たちは、自分がこの日
この病院を訪れた幸運を喜んでいるに違いなかった。
少女たちも、次々に入れ替わりいっこうに衰える気配のない好奇の視線を当然疎ましく思
っているが、どうしようもない。できるのはせめてお互い身を寄せ合い、異性から少しでも自
分の体を隠すことくらいである。
そんな彼女たちにもささやかな幸運があらわれたかのように思えた。
ここに来てようやく、検査場所はホールの特設会場を離れたのだ。
女子生徒たちが招き入れられたのは一般患者たちから隔絶された、診察室のひとつのよ
うだった。診察室といってもホールの半分ほどの大きさがあり、開放感は大きい。ここでは
ベッドではなく比較的高さのある台が多数設置されていたが、その台やらなにやらを囲む仕
切りが目隠しの意味をなしていないのはこれまでと同様である。
しかし今度はなんといっても四方を壁に囲まれている。少なくとも一般患者たちを気にする
必要はなくなったのだ。
事態の改善を期待する女子生徒も少なくなかっただろう。だが一部の勘の鋭い、そうでな
ければ悲観的な生徒は、一般の眼の届かないこの部屋に、さらに過酷な検査を予感するの
だった。
不幸なことに正解となるのは後者なのである。
検査台は布だけでなくビニール状のカバーにも覆われているようだった。その上には銀色
に光るトレーのような容器がひとつずつ用意されたいる。
たまたま女子生徒の集団の先頭にいた何名かの少女が、看護師たちに呼ばれ、それぞ
れの台の前に呼ばれた。
下着を脱ぐように告げられても、もう驚く少女はいない。
いわれた生徒たちもしぶしぶではあるが、拒否することなくそれぞれパンツを脱ぐ。例によ
って看護師がその下着を奪い取って、いよいよ検査の内容が明かされる。
ささやかな期待か、もしくは悪い予感か、どちらが当たるのかと固唾を呑んで見守る女子
生徒全員の前で、ついにそれは告げられるのだった。
「便の検査をするから、その銀の入れ物の中にうんちしなさいね」
あまりの指示に、少女たちは一瞬にして顔面蒼白となって固まる。
それを医師たちは予期していたのか、生徒たちに考えこむ時間を与えないようにか、看護
師は対象の生徒をさっさと台に上らせようとする。その台は机ほどの高さがあるため、上り
やすいように小さな椅子が横においてあった。
「いや、いやです、せめてトイレで、トイレでさせてください」
生徒の一人が早くも眼に涙を浮かべて懇願するも、看護師は冷たく首を横に振るだけで
ある。
「普通の検便と違って、出すところも量とかも、全部検査のうちのなんだから、しかたないの
よ」
そんな一言で、少女が納得できるはずないが。
看護師も言葉を付け加える。
この少女だけでなく、凍りついている残りの女子生徒たちにも、今度の検査もまた、従わ
ない場合『どうなるか』を教え、検査をスムーズに行えるようにする必要があるのだ。
「そんなこといわれてもすぐに出ないっていう子はね、あそこに座って、しばらくマッサージを
受けてもらいます」
指差す先にあるのは内診台である。
それを見た少女たちの顔に絶望が浮かぶのも当然だった。すでに女子生徒たちは自ら
の身体をもってその機器の役割をよく理解している。
内診台の周囲は、意図的なのかたまたまなのか、老齢の医師や看護師はあまりおらず、
白衣の若者、それも男性たちが多く集まっていた。
看護師は続ける。
「おなかや肛門にマッサージを受ければ、きっとうんちも出やすくなるわ。そうそう、そのとき
はあの台に座ったまましてもらいますから」
生徒たちはその光景を想像して戦慄を覚えたことだろう。
股を大きく開いた姿勢で、裸の腹をいいようにもまれていく。さらに、みっともなく露出させ
られたおしりの穴を、排泄の刺激を与えるために指でもみほぐされるのだ。少女たちの体
に触れるのは若い男たちである。
挙句、終わりのときこそ最大の屈辱を一身に浴びるときだと約束されている。
なにがマシか、どちらがよりひどいかなど、考えるだけでもいやになるような選択だろうが、
少女たちになにができるだろう。
最初に選ばれてしまった女子生徒たちは、金縛りをといて大急ぎで検査用の容器の上に
またがらなくてはいけなかった。
銀色のその入れ物は、少し大きくて深いただの皿である。幼児が使うおまるだってこんな
単純なものではない。この容器には、飛び出している取っ手のような、つかむことができる
部分すらない。この便器は排泄物を受けてためる以外の機能はまるで持っていないのだ。
ベッドよりはるかに背の高いその検査台は、被験者を監視者の目前まで押し上げる。三
六〇度、医者たちが並ぶその台の上にしゃがみこむ少女たちだったが、この期に及んでも
彼女らはできる限り体を隠そうとつとめていた。
しかしそんなはかない努力が一蹴されるのも、もはや決められた運命のようだった。
「それじゃあよく見えないでしょ。手は横にどけなさい」
そうでなくても、すでに手をベッドにつけている生徒もいる。
便座など存在しないため、皿をまたいだ少女たちは中腰でバランスをとらねばならず、手
をつけざるをえないのだ。そんな彼女たちも、手の位置、足の位置を指導を受ける。看護師
は少女たちの肛門をできる限り周りの人間に見せやすくしているのだ。
彼女たちはみな前かがみをとらされ、そのしりを注目の的とされている。
極度の緊張のためか、ある生徒は青白い顔をして、表情は消えていた。
別の生徒はすでに泣き出している。この少女はここまでの検査ですでに泣きわめき、顔を
乱していたようで、赤い眼も生々しいが、これまで以上の屈辱的な検査に枯れていた涙がふ
たたび流れ出したようだった。「もういや」と声をもらしている。
少女たちは検査容器にまたがったものの、その次の一歩はさすがにふみこめないで、そ
のまま少し時間が過ぎた。
じれた看護師が生徒を内診台へ連れて行こうか迷い始める。
「後ろで待っている子たちも、すぐに出せそうにないんなら早くいいなさいね、マッサージして
あげるから」
応える生徒は一人もいない。が、
「前に出ている子は早くしてくれないと、いつまでたっても終わらないよ。まあ、やっぱりいき
なりは出ないかな?」
看護師の言葉にひそむ意図はすみやかに少女たちに伝わった。
さっさと排便しないと内診台に座ることになるぞという脅しだ。
生徒たちはあらためて逃げ道がないことを思い知った。
(続く)