「精密発育検査・杉原菜月の場合」 10
「あ、うう、ああーっ」
「はい、――終わり。大げさね、そんなに騒いで」
ここで液体の流入は終わった。
浣腸の直前に示された、容器いっぱいの薬液はすべて菜月のおなかに注ぎ込まれたらし
かった。菜月が訴えたおなかの痛みは、耐えがたいものには違いなかったが、それでも人
間の肉体自体にはすべての液体を受け入れる余裕があったようだ。
しかし、大量の浣腸液を入れられた結果、菜月はおなかだけでなくもっと上のほうまで圧
迫を受けていた。ともすれば、そちらから出すものなどないだろうに、吐きそうにさえなる。
ぎゅるぎゅると、また、おなかが鳴った。
「出すときはちゃんというのよ」
「はぁはぁ……」
浣腸が始まったころ、菜月はごく自然な四つんばいだったが、今では強くなる腹痛をこら
えようと手足を縮めて体を丸めるようにしていた。
それでも処置を受け入れるため出来るだけ高くかかげられていたおしりだけはそのまま
の位置なので、下半身をむやみに突き出した形になって、やたら強調するようなポーズとな
ってしまっている。
当然であるが菜月の陰部はあいかわらず丸見えである。今は、少女の桜色の断裂よりも、
突っ込まれていた異物が消えてひくひくと動く不浄の穴に注目が集まっているようだ。
その穴から液体が流れ落ちるのを、菜月は感じた。
(……やだっ!)
それは、浣腸の終わりにわずかに漏れた薬液が肛門からとろりとたれたものだったが、
菜月自身にはわからない。
(出た? 少し出ちゃったんじゃ?)
これから起こることを想像すれば、なんの意味もない心配であったが、菜月は気にせず
に入られなかった。
菜月があせっているのを知ってか知らずか、看護師は肛門にガーゼをあてて、浣腸液の
ふたとした。軽くあてているだけだから、菜月が便を出そうとしたときは特に問題とならない
が。
おなかが動く間隔は次第に短くなっていくようだ。不意に、ぐぅーっと大きな音を立てる。
便意が急速に高まっていくのを感じた。
(うう、もう出そう)
だが、どうにもならない事態といっても、浣腸を受けて一分ほどでなにもかも終わりにして
しまえるほど、菜月は諦観していなかった。
ある程度は我慢することになるのだろうか。
どのくらいの時間このままにしていればいいのか、思い悩んでいる菜月に、看護師が声を
かける。
「――じゃあ、出来るだけ我慢しなさいね。でも、どうしてもうんちしたくてたまらなくなったら、
無理しないで出していいから」
それは、前よりも厳しくない指示だったが、その言葉になにか引っかかるものを菜月は感
じた。
表面だけ聞けば、先ほどよりも甘い言葉である。
しかし、看護師だって、女子生徒たちがこんな状況での排泄を恥ずかしがらないわけがな
いことくらい、わかっているはずだ。それでもこんなことをいうのは、言外に「やれるものなら
やってみなさい」というからかいを含んでいるのだろう。
少女の心理を考えれば、結局、便意を最後の段階までこらえ続けるであろうことは想像に
難くないのだから。
(ああ、痛いー。おなかが動いてるー)
とはいえ、それは菜月の考えすぎの可能性もあった。
長年の慣れか、患者の羞恥心など気にする思いやりは失われて、無頓着にそのセリフを
発しただけなのかもしれない。
「ちょっといい? そのまま、顔だけでいいからこっち向いて」
「…………?」
看護師が横に立って示したのは、菜月がいつの間にか忘れていた存在だった。
ベッドの手前に置かれた、カバーをかけられた機械だ。
そういえば前の番の女子生徒も、最初の浣腸を受けた直後のタイミングでこの器具の説
明を受けていた。
菜月が機械に目を留めるのを待って、看護師はカバーをはずした。他の者は菜月を注視
して、その反応を待ち構えているようだ。
(……中身は、なに?)
取り払われたカバーの下に、それは姿をあらわした。
そこに設置されていたのは、テレビモニターだった。三台ほどある。横長に見えたのは、
三台のモニターが並べられていたせいだったのだ。それほど大きなものではないが、多少
離れて見ても実用に耐える程度の大きさはある。
看護師がボタンを一つずつ押していくと、明かりがともった。すぐに光が像を結んで、形と
なってあらわれる。
……映し出されたのは菜月自身だった。
(……え?)
三台のモニターに、今この瞬間の菜月の姿が、異なる方向から映し出されている。
一台には斜め上あたりから菜月の全身の姿が。別の一台には背後から、菜月の股間を
拡大して。そして最後の一台には、自分のあられもない姿が映るモニターを目を丸くして見
ている菜月の顔のアップが映っていた。
当然のことだが、モザイクなどはいっさいない。
「見える?」
よく見えていた。
「今、ビデオで撮っているのよ」
菜月が動くと画面の中の少女もそのままの動きを見せる。自分がどんな格好をとらされて
いるのか、しかもその姿があますところなく撮影されていることを思い知って、菜月は唖然と
して言葉も出ない。
特に後方からのカメラなどは、うまい具合に菜月の陰部を見上げるように撮っているので、
菜月の股間の各部位が画面いっぱいに映し出されているのだ。
菜月は自分の性器や肛門をここまでアップで見るのは初めてのことだった。
(な、なにこれ)
あわててカメラを探す。どうして今まで気づかなかったのだろう。
映っている画像からして、菜月の顔を撮影しているカメラが見つけやすいはずだ。菜月は
そのあたりを見回すと、ライトの脇にそれらしきものを見つけた。想像よりも小さく、また、強
い光の陰となっていてわからなかったのだ。
(ビデオに撮られてるなんて)
写真撮影ならこれまでにもあった。あろうことか、至近距離から性器まで撮影されてしまっ
ている。
だが今度は写真ではなく、ビデオ撮影だ。そして、今録画が続いているということは、これ
からまもなく起こるであろう菜月の排便姿を撮影する意図に間違いない。
「うんちするところをビデオに撮られるなんて、恥ずかしいかもしれないけど、我慢してね。
浣腸を始めてから排便するまで、正確な時間を記録する必要があるのよ」
わざわざ動きのある映像を残そうとする理由を、看護師はそう説明した。
浣腸の最初から、撮影は始まっていたのだ。
(そんな……)
すでに浣腸を受けて、便意を覚えつつある菜月には、この撮影になんら抵抗する手段が
ない。菜月を含めた女子生徒たちは、これまでの検査の中で、反抗の手段と意欲をすでに
奪われている。
できることは、悲痛の瞬間を可能な限り先に延ばすことくらいなのだ。
前の少女がひたすら排泄を我慢していた理由がやっとわかった――
「あとね」
いや、これだけじゃないのだ。まだ、あそこまで我慢する理由には足りない。
看護師がいよいよ楽しげに、菜月に告げた。
「これはあくまでただの記録だから、普通は撮影の後は倉庫の奥に保管されるだけよ。いち
いち誰も見ないわ。でもね」
「…………?」
「資料や教材に使うこともないわけじゃないの。特に、我慢している時間が短くて、浣腸から
すぐにうんちを漏らしているような子のビデオは、使われやすいわ。時間が無駄にならない
からね」
(それって……)
「大学の授業で使うのよ。大勢の学生に見せることになるわ。もちろんうんちするところに
モザイクなんかかけないし、音つきよ」
血の気が引いた。
それは実に効果的な脅しだった。
あまり我慢せずに排便してもかまわないが、そのときは撮影したビデオをたくさんの人に
公開することになるぞ、といっているのだ。
冷静に考えれば、彼女の言葉にはおかしな点がいくらでもあるのだが、菜月は衝撃を受
けていてそれに気づくどころではない。
(これじゃ我慢するしか……)
あの少女のように、体力が続く限り、便意に耐え続けるほかない。一分、一秒でも長く排
便を先に延ばさなくてはいけない。
ろくでもない態度をとっていた男性たちへの意趣返しとして、我慢せず排泄することなど
出来るはずもなかったのだ。
「長く我慢した子のビデオなら、教材にはならないでしょうね。あ、今までの子はみんなよく
我慢していたけど、あまり無理しないでね」
もう勘違いしようがなかった。
あの妙に優しい言葉も、この脅しの前振りだった。ここまでいわれて、女子生徒たちが無
理をしないわけがないだろう。
少女に選択の自由は残されていなかった。
ひときわ強力な便意が菜月を襲った。
(ぐううう――っ!)
今にも限界を超えて汚物が肛門から吹き出そうだ。
「どうしたの? もううんこ出そう?」
菜月がまだまだ我慢しようとすることがわかっていて、看護師は聞いている。
菜月は赤い顔で首を横に振った。
「そう。まだ全然時間たってないものね、我慢できるよね」
彼女はそんなことをいったが、菜月にはもう相当の時間が流れたように思えた。
「あ、わかってる? うんこするときは黙って出すんじゃなくて、今から出ます、ってちゃんと
いいなさいよ。用意がいるんだから」
この便意は通常のものよりはるかに強く、間隔は短い。こんなものをあと何分我慢しなけ
ればいけないのだろう。
(このまま時間が止まってくれればっ)
小康状態になったときなど思わずそう願うが、そんなことが起こるはずがない。すぐさま
次の衝動がやってくる。
(うんこしたい、うんこしたいー)
少し気を抜くと、すぐに便が漏れそうだった。
(ああああ――っ!)
強烈な便意の波を迎えるたびに、菜月は足をガクガクと震わせ、全身を硬直させて耐え
ていた。
しかしそれも長くは続きそうにない。ますますひっきりなしに排泄欲求は繰り返され、しか
もこらえられないほど強いものになってきているのだ。
(あぐうう――っ! もうダメェ――、出ちゃう――っ)
菜月の人生の中で、もっとも必死に排便を我慢している瞬間だった。
菜月に周囲を気にする余裕はないが、少女を見つめる視線は多い。それらはまるっきり
悪意か善意のどちらかだけというわけではなく、さまざまな感情が入り混じったものである。
だが、どうしようもなく背徳的な悦びは、確かに多くの者の心中にひそんでいた。
特にそういった感情が強い者たちは、ビデオ撮影が告げられてから、あわれな少女が絶
望に顔をゆがませていく様をじっくりと観察していた。かわいらしい顔をゆがませて、必死で
便意に耐える少女を見るのが、楽しくてたまらないのだ、としかいいようがない。
彼らはこれまでの経験から、ベッドの上の小さな戦いの、終わりのときが近いことがわか
った。
初めから少女に勝ち目のない戦いだった。
(次は、もう、無理! 絶対耐えられないっ)
よく持ったほうといえるだろう。
菜月はまさに限界まで我慢していたのだ。さまざまな特異な条件が、少女の精神と肉体
の双方から最大の努力を引き出していた。
(これだけ我慢したんだから、大丈夫だよね……。他の子はもっと短いよね……?)
最悪の事態を避けようと、集中させていた神経にもほころびが出始めていた。小さな体は
全身が汗ばみ、しっとりとした湿り気を肌に持たせている。
菜月の額には脂汗が浮かんでいた。
もはや便意は、恥や外聞といったレベルを大きく超えているのだ。どんな姿をさらすことに
なっても、一秒でも早くこの苦痛から逃れたかった。
「で、出そうです……」
「え? もう少し大きな声でいってくれる?」
「も、もう我慢できないです、出ます、出ちゃいます……っ」
「うんちが漏れちゃいそうなのね。でも、そのままだとできないでしょう。ちょっと起き上がっ
てくれる?」
看護師のいうことはもっともだった。
菜月は四つんばいのまま排便をこらえている。この姿勢では、ベッドの上に直接汚物を
撒き散らすことになってしまう。
「起きたらしゃがんで」
いわれたとおりに、菜月は最後の力を振り絞って起き上がり、ベッドの上でしゃがむ格好を
とった。和式便所で用を足すときとだいたい同じ姿勢である。違うのは、両手をベッドの前方
について、通常より体を倒しているので、後方から肛門や性器がよりよく見えるところだ。
起き上がった菜月は真っ赤な顔を真下に曲げた。
前の少女はほとんど仰向けのまま行わされていたが、菜月は比較的自然なスタイルで
排泄させられるらしい。浣腸と排泄は何度も繰り返されるため、次は別のポーズをとらされ
るのだろうが。
看護師はもたもたと、例の銀色のトレーを用意する。
「えっと、この位置でいいかな」
「は、早く、もう出ちゃうっ」
足の間にやっとトレーが置かれた。
「まだダメよ、ちょっと待って」
「で、出る、出るっ」
次に看護師が引っ張り出したのは、ガラス製の尿瓶だった。二つの容器を用いることで、
二種類の便を分離して集めるのだろう。
「じゃあ、あまり力まないで、自然にね、あっ、わわっ」
応対した看護師が、尿瓶の独特の形に折れ曲がった口を、菜月の性器にあてがったその
あたりで、菜月の我慢は限界を迎えた。
(続く)