二重になったすりガラスの向こうから朝日が差し込んでくる。徐々に明るくなる部屋の中で理沙は目を覚ました。  
(……うう……もう朝……?)  
 短く切り取られた腕を使って理沙が寝返りを打つと、部屋の片隅に置いてあるリハビリ器具が視界に入った。リハビリが始まって既に5日目。風呂上がりに毎日アナルと四肢をマッサージされているが、それでも全身に軽い疲労が蓄積されている。  
 石本が来るまでもうしばらく時間がある。理沙は再び目を閉じた。思い出せないけど、何かいい夢を見ていたような気がする。その続きが見られないかな、柔らかい枕に頬を載せながら理沙はゆったりと深呼吸をした。  
 そのとき、病室の扉が開いた。石本がワゴンを押しながら部屋に入ってくる。  
「理沙ちゃんおはよう。あら、まだ寝てたの?」  
 石本の呼びかけに、理沙は名残惜しそうに目を開いた。石本が理沙の背中に手を添えて、彼女をベッドの上に起こす。そして彼女は、まずは暖かい蒸れタオルで理沙の顔を拭いた。そして寝癖のついた長い髪を梳り、その後ベッドの上にテーブルを広げて朝食を並べていく。  
 おかゆ、スープ、牛乳、すりおろしたリンゴ。ここ数日の献立はスープの種類を除けば朝昼晩まったく同じだった。理沙は思わず小さな溜息をつく。  
 石本がスプーンにおかゆを掬い、ふうふうと覚ましたあと理沙の口に運ぶ。理沙はちらりとワゴンの上を見た。保温器の横にはこれ見よがしに胃カテーテルが置いてある。諦めて理沙は口を開いた。味のないおかゆを口の中で転がし、ゆっくりと飲みこむ。  
(……あれ、そういえば)  
 次に石本が差し出したスープを飲みながら理沙は思った。抜歯の翌日……リハビリが始まった日の夕方に、差し歯を入れるって話じゃなかったっけ。  
 理沙の口には未だ奥歯を中心に数本の歯が欠けていた。そのせいで今でも流動食生活が続いているのだが、今後の歯の治療については何も聞いていない。理沙はおそるおそる、次のスープを掬い始めた石本に尋ねてみた。  
「あの、私の歯の治療なんですけど……」  
「ん……ああ」  
 スープの中の小さなジャガイモの破片をスプーンの腹で潰しながら、石本が言いよどんだ。理沙は何か嫌な予感がした。石本が歯切れの悪い言葉を言うときは、決まってあとには辛くて苦しいことが待っている。  
 特に今回は歯の治療に関することだ。理沙は歯医者が最も嫌いだった。ご主人様の命令でも、唯一「歯の治療」だけはどんなお仕置きをされても拒否し続けてきた。ましてやあのサディストの天野先生の治療なら……。  
「天野先生、藤原さんと話をされたようなの」  
 しかし石本は、スープをかき混ぜながら説明を続けた。  
「手も足もないから、これから歯磨きはメイドさん辺りにしてもらうことになるでしょ? それにお口の中が雑菌だらけだと、フェラするときに危険だしね。ならいっそのこと、歯を全部抜いてしまったほうがいいんじゃないかって」  
「え……? あの、それでご主人様は」  
「さあ。そこから先は聞いてないわ。……あれ、顔色悪いけど大丈夫?」  
「え……はい」  
 石本が心配そうに顔を覗き込む。理沙は力なく笑った。それから二人は無言で食事を続けた。おかゆとスープがなくなり、紙パックの牛乳をストローで飲む。摩り下ろしたリンゴを理沙の口に運びながら石本がようやく口を開いた。  
「食事中にごめんなさいね。……お腹のほうはどう?」  
 そう言いながら石本はスプーンを置き、理沙の腹を軽く撫でた。理沙は黙って首を横に振る。  
 排泄も大切なリハビリ項目に挙げられていた。そのため入院以来欠かさず行われてきた浣腸はここ数日まったく行われていない。  
「んー……昨日も一昨日も、確かお通じなかったわよね。それに痔のマッサージのとき、直腸に固い便があるって言われたし。あまり溜めるとまた痔が悪化するわよ?」  
「……ごめんなさい」  
「まさかとは思うけど、お浣腸してほしくて我慢してる……なんてことは」  
「あ、ありません!」  
 理沙は顔を真っ赤に染めて反論した。ぷっと石本が笑う。そしてリンゴの最後の一口を理沙の口に運ぶと手際よく食事と机を片付け、ワゴンの下部からステンレス製の洗面器を取り出した。  
 ビニールシートを敷き、その上に洗面器を置く。洗面器の中にはトイレットペーパーが幾重にも敷かれていた。そして石本が理沙の腰に手をかけて持ち上げる。くう、と理沙は鼻を鳴らした。  
 
 石本は膝立ちになって、理沙の太腿に手を掛ける。そして赤ん坊に用便をさせるような格好をとらせて、洗面器の上に跨らせた。理沙はきつく目を閉じた。そして下腹部の力を抜いていく。しばらくすると、ステンレスの洗面器に理沙の黄色い小水が注がれ始めた。  
 しゃららら……と軽い音を立て、洗面器の中がみるみる理沙のオシッコで満たされていく。理沙は大きく息を吐いた。赤ちゃんのような格好をさせられて用を足すことには、まだ強い抵抗を感じる。  
「どう? ウンチのほうは出そう?」  
 石本が理沙の背中で尋ねる。理沙は口を閉じ、意識を肛門に集中した。ふるふると太腿が震える。ややぽっこりと膨らんだ腹が収縮を繰り返し、その度に理沙の鼻から息が漏れた。肛門が膨らみ、やがて全身からじわりと汗が流れ始める。  
「……んっ、痛……いたた……!」  
 理沙が呻いた。盛り上がった肛門がじわりと開き、黒い塊がちらりと頭をみせる。  
 そのとき、ベッドの枕元に置かれた電話が鳴った。呼び出し音に理沙が驚き、その拍子に肛門がきゅっと締まった。石本が苦笑しながら理沙を床に下ろし電話をとる。理沙はもう一度大きな溜息をついた。久しぶりの排便をし損ねた肛門が名残惜しそうにひくひくと蠢く。  
「……はい、理沙ちゃんに代わりますね」  
 一方、電話をとった石本はしばらくの会話ののち、受話器を手に理沙を手招きした。いぶかしみながらも理沙は四つんばいで石本の足元まで歩き、短い腕で受話器を肩に挟んだ。石本がにこりと笑う。理沙は不思議そうに石本をみながら話し始めた。  
「もしもし……?」  
『久しぶりだね、理沙』  
「……ご……主人さま!」  
 途端に理沙は大きく目を見開いた。思わず立ち上がろうとして、ころんと倒れてしまう。理沙は慌てて電話機を拾い上げようとした。しかし焦ると余計にうまくいかない。石本が苦笑しながら理沙を起こし、電話機を渡した。理沙はもどかしげにしゃべり始める。  
「ご主人さま……あの……あのっ……!」  
『元気にしているようだね。手術の痕は疼いたりしないかい?』  
「は、はいっ。あの……えと」  
『リハビリも頑張っているようじゃないか。あと数日で退院できると聞いたぞ』  
「はいっ! あの、あの」  
『……理沙、少し落ち着きなさい』  
 電話の向こう側でご主人様……藤原が苦笑しているのが手に取るようにわかる。理沙の両目からは大粒の涙がこぼれ始めていた。石本がカメラを操作し、理沙の様子を映す。理沙はようやく生唾を飲み込み、息を整えながら話し始めた。  
「あの……お仕事、忙しくないんですか?」  
『ん? ああ、ここ数日は忙しくてね。ようやく家に帰ってきて、今は数日分の映像をまとめてみているところだよ』  
「そんな……ごめんなさい、忙しいのにわざわざ電話していただいて……」  
『いいさ。理沙のリハビリの様子は、なかなか面白いぞ』  
 電話の向こうで藤原が笑う。しかし理沙はかあと頬を染めた。ロードランナーによるリハビリの様子を観ているのだろうか、電話の向こうからは微かに鞭の音と理沙の悲鳴が聞こえる。  
『ところで理沙、さきほどまで虫歯治療の映像をみていたんだが』  
「はい?」  
『……入院している間にずいぶん我侭になったようだね』  
 理沙が息を飲み込んだ。何か言おうとするが、口の中が乾いて舌が上あごに貼りつく。  
『あと数日で退院できると聞いていたが、この分ではまだまだ病院でリハビリを続けてもらわないといけないかな』  
「そんな……そんな……」  
 理沙がやっとの思いでそれだけを告げた。ようやくじわりと湧いた生唾を飲み込む。開いたままの口の中に塩辛い涙が流れ込んだ。  
『……理沙』  
「は……い」  
『反省しなさい。今日は一日リアルタイムにお前の様子を観ている。今日の様子で退院日を決めよう』  
「ご……しゅじ!」  
 叫ぶように理沙が電話に告げた。しかしその言葉を終わりまで聞くことなく、藤原は電話を切る。プッという切断音が、理沙には奈落の底へ落ちていく音のように聞こえた。  
 電話が終わったことを確認し、石本が理沙から電話器をとる。理沙は瞬きすることなく、大きく目を見開いてカメラを見つめていた。理沙は必死に考えた。ご主人様に許してもらう方法を。自分のご主人様に対する思いを伝える方法を。  
 そして理沙は、息を飲み込んだ。石本がカメラを片付けようと手を伸ばす。しかし理沙はそれより早く、ぎゅっと目を閉じて一息で叫んだ。  
「……石本さん、理沙の歯を全部抜いてください!」  
 
 すりガラスの向こうが赤から黒に変わる頃、石本が理沙を抱えて病室を出た。  
「……しかし、驚いたわ。いきなり『歯を全部抜いてください』だもんね」  
 エレベータに乗りながら石本が苦笑する。理沙も笑ったが、その笑みは力ないものだった。全身が小刻みに震え、歯もカチカチ鳴っている。そしてエレベータが診療室のある階に止まったとき、理沙はビクッと大きく震えた。  
「……ホントにいいのね? ご主人様への忠誠を示す方法ならほかにも……」  
「いえ……いいんです」  
 念押しをする石本に理沙が小さく告げる。石本は溜息をつきながらエレベータを降りた。  
 診療室には吉川しかいなかった。複数台のカメラが設置されたベッドには理沙の四肢を固定するための鎖が幾つもつながれ、傍らには歯の治療に使う道具がずらりと並べられてある。ベッドの上に寝かされた理沙を、二人の看護師が手際よく縛り始めた。  
「ん……」  
 まずは腹部がベルト状の拘束具で縛られる。両脇のリングに鎖が嵌められ、理沙は起き上がることができなくなった。しかし理沙は自分から四肢を伸ばし、石本たちが体を固定しやすいようにする。  
 腕は左右に水平に固定された。足は大きく開き、秘裂のみならず肛門まではっきり見えるような格好で縛られる。最後に首にもベルトが巻かれた。そして後頭部のヘッドカバーが外されると、理沙の頭がぐっと下がった。自然と大きく口を開いた格好になる。  
(……ああ……)  
 顔をアップで写すカメラが理沙の眼前にあった。股間や全身を写すカメラもある。この向こうにご主人様がいる。そう思うと理沙はこれからの治療に耐えられるように感じた。  
 ふと思いついたように、石本が理沙の下腹部を撫でた。  
「ひゃあっ!」  
「理沙ちゃん、今のうちにオムツつけてあげようか。治療中に漏らしたら大変でしょ?」  
「ああ。そういえば今日もウンチはしてないんだっけ」  
 くすくすと笑いながら吉川が近くの棚へオムツを取りにいく。しかし理沙は吉川の背中をみながら告げた。  
「あの……オムツは、つけないでください」  
「え?」  
「ご主人様が見ていてくださるんです。……あの、絶対お漏らしなんかしませんから」  
「……そう。ただ念のため、お尻の下にタオルは敷かせてもらうわね」  
 苦笑しながら吉川が隣の棚から数枚のタオルを手に取った。そして石本と二人で理沙の尻の下にタオルを重ねていく。その作業が終わったとき、チンと音がしてエレベータの扉が開いた。  
「お待たせー。ごめんごめん。道路が渋滞しててさあ」  
「天野先生お疲れ様です。患者さんの準備は終わってますよ」  
 白衣を纏った女医が吉川の声ににっこりと微笑んだ。そしてぺろりと赤い唇を舐めながらゆっくり理沙に近づいてくる。  
「やあ理沙ちゃん、お久しぶり。でもどうしたの、自分から『歯を全部抜いてほしい』だなんて」  
 手袋を嵌め、理沙の口腔を覗き込みながら天野が尋ねる。しかし理沙は、無言で大きく口を開き続けていた。自分から望んだこととはいえ、またカメラの向こうにご主人様がいるとはいえ、やはり怖いものは怖い。理沙はその恐怖とひたすら戦い続けていた。  
「……ま、しかしこれで、理沙ちゃんのために作っていた差し歯が無駄になっちゃったわね。入れ歯に作り直さなきゃ」  
「……あ、ごめんなさい」  
 口の中から指を抜いた天野に、理沙が詫びた。しかし天野は傍らの治療器具セットをチェックしながら楽しそうに告げる。  
「いいのよ。その分の償いは理沙ちゃん自身にしてもらうから。吉川さん、私が指示したとおりの措置はしてくれた?」  
「はい。そこのボタンを押してもらえれば」  
 戸惑う理沙を無視して、天野は吉川に尋ねた。吉川は治療器具の傍らに置かれた四角い箱のスイッチを指し示す。天野は嬉しそうにそれに手を掛けると、にやりと笑いながら不思議そうな表情を浮かべる理沙に向き直った。一拍の間をおいてからそのスイッチを押す。  
「……はがあっ!!」  
 途端、理沙の体に激しい電流が流れた。手や足の鎖から伝わるその痛みに理沙はベッドの上で跳ね上がる。一瞬のショックだったがその痛みは全身を震わせた。全身からどっと汗が噴き出し、心臓の鼓動が激しくなる。やっとのことで息を継ぎながら理沙が尋ねた。  
「な……なんですか今のは……っ」  
「電気ショックよ。大丈夫、死にはしないから」  
「そ……んなあ……どう、して……」  
「歯を抜いたら痛みで気絶しちゃうでしょ? そうしたらこれで起こしてあげる。大丈夫よ。要は気を失わなければいいんだから」  
「ひ……!」  
「ふふ。怖気づいた? 『やめて』って言ったら、いつでも治療はやめてあげるわよ」  
 
 おそらく石本から事情を聞いている天野は、サディスティックな微笑みを浮かべてそう告げた。理沙はくっと歯を食いしばった。先ほどの痛み、そしてこれからの痛みを思って覚悟が揺らぐ。  
 しかし理沙は涙で濡れる目を瞬かせて、眼前にあるカメラをみた。深呼吸を幾度も繰り返し、なんとか呼吸を落ち着かせる。そして理沙はおずおずと再び大きく口を開いた。  
「今日も全部の歯を麻酔なしで抜くわよ。いいわね、絶対に口を閉じちゃダメだからね」  
 天野は鉗子を手にとりながら理沙に告げた。理沙を怖がらせるようにカチカチと鉗子を目の前で鳴らす。しかし理沙は緩く目を閉じて、ゆったりと呼吸を繰り返していた。  
 鉗子が前歯を掴んだ。理沙の細い眉毛がぴくりと震える。  
(……ご主人様……)  
 理沙が心の中で呟く。鉗子はしばらくそのまま止まっていた。が、やがてゆっくりと力が込められていく。歯が潰されそうなほどきつく挟まれ、そしてゆっくりと抜かれていった。歯に繋がった血管や神経が伸長し、理沙はきつく目を閉じる。  
 ぷち、と音をたてて神経が切れた。反射的に口を閉じそうになるが理沙は必死にそれを押しとどめる。口の中に錆びた鉄の味が広がった。鉗子を持つ天野の手が小刻みに震える。それが歯の根本を揺らし、理沙は涙を流しながら痛みに耐え続けた。  
「は……はおあ……ああ……!」  
 ぶちぶちぶち、と立て続けに神経の切れる音がする。そして数瞬ののち、ぶつっと野太い音を立てて理沙の前歯が抜かれた。  
「はああああっ!」  
 と同時に理沙は断末魔の悲鳴をあげた。手足を拘束している鎖が軋み音を立てて限界まで引っ張られる。全身から噴き出した汗が周囲に飛び散り、やがてがくりと全身の筋肉が弛緩する。  
「あらあら。やっぱり気絶しちゃったのね」  
「麻酔なしで抜歯されたら普通は気絶しますよ……あら?」  
 妖艶な笑みを浮かべる天野に苦笑しながら、石本が理沙の下腹部を見た。その声に促され、吉川や天野も理沙の秘部を覗き込む。意識を失った理沙の秘裂からは噴水のように黄色い液体が噴き出していた。そしてその下にある肛門からは黒い塊が次々と溢れ出してくる。  
「ふふ。3日ぶりのお通じか。……せっかく痔が治りかけてたのに、これでパーですね」  
 吉川が肩をすくめて天野に答えた。排泄が一通り終わったところで、下に敷かれたタオルを取り除く。タオルは理沙のオシッコを吸ってぐっしょりと濡れていた。どす黒く固まった大便には血がついており、また痔が再発したのかと吉川は思った。  
 しかし、理沙の下腹部についた尿と大便を拭いていた石本がそれを否定した。  
「ちがうわよ。理沙ちゃんのアナル、切れてないわ」  
「え、じゃあこの血はなに?」  
 吉川は廃棄しかけたタオルを開いてまじまじと理沙の便を観察した。直腸および肛門からの出血でなければ、大腸の奥が傷ついているという証拠でもある。  
 しかし石本は笑って、吉川を手招いた。そして理沙の秘裂を指で開く。途端、理沙の膣口からどろりと血が流れ落ちた。  
「……ああ、生理?」  
「そうね。考えてみたら1ヶ月近く入院してるんだから」  
 ふ、と石本が苦笑しながら丁寧に経血をふき取った。吉川も笑いながら手に持ったタオルを廃棄用のビニール袋に捨てた。  
「なるほど。だから便秘気味だったのかもね」  
 女性は生理前に便秘になりやすい。石本と吉川は理沙の尻の下に紙オムツを敷いた。秘部を隠さないでほしいというのは理沙の願いでもあった。膣口に脱脂綿を貼ることもできるが、きっと理沙はそれを嫌がるだろう。二人は理沙の気持ちを汲んだ。  
 ひととおりの手当てが終わると、天野が電気ショックのスイッチに手を掛けた。二人の看護師が理沙から離れる。そして天野がスイッチを入れようとしたとき、理沙が呻き声をあげながら目を覚ました。  
「……あらあら、タイミングが悪いわね」  
 残念そうに天野が舌打ちをする。朦朧とする理沙に、石本が状況を説明した。かあ、と頬を染める理沙の顔を覗き込みながら天野が鉗子を振り回した。  
「さて、二本目いきましょうか」  
 すっと天野が目を細めた。反対に理沙は瞳を大きく見開いて天野の顔を凝視する。  
「今回は虫歯治療じゃないから、理沙ちゃんが嫌だって言えばそこでやめてあげるわよ。どうする?」  
「………………あの」  
 ごくりと口の中の唾と血が混じった液体を飲み込んでから、理沙が口を開いた。  
「続けてください……」  
 その言葉を聞いて天野がにやりと笑った。そして鉗子を持ち直し、ふたたび理沙の口の中へ挿入する。理沙は目を閉じる前に、もう一度だけちらりとカメラを見つめた。  
 
   (続 く)  
 
 

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