(あ……ごしゅじん、さま……?)  
 理沙は夢を見ていた。広い病室のベッドの上、四肢を切断された彼女を藤原が優しく微笑みながら覗き込んでいる。藤原は黙って理沙の胸に触れた。  
「ちょっと逢わないうちに、少し大きくなったかな」  
「そ、そんなこと……はうん!」  
 久しぶりの刺激に理沙の体が跳ねる。石本にいじられるのとは比べ物にならないほどの快感に彼女は身をよじった。藤原はそのまま理沙の腹の上をなぞり、彼女の陰核に触れる。理沙は「ひゃん!」と叫んだ。  
「おや、こっちも大きくなったようだね」  
「はぁう……ご主人さまぁ」  
 理沙が甘い声を出した。藤原は彼女の陰核を強弱をつけながら弄ぶ。理沙は太腿を閉じようとしたが、藤原はベッドの上に載ってそれを妨げた。理沙の股の間に顔をうずめ、彼女の秘裂を覗き込む。  
 まだカテーテルが刺さったままの尿道を嘗め回し、膣口を大きくくつろげた。理沙が恥ずかしそうに呻く。  
「ご……主人さま、恥ずかしい……です」  
「ふふ。じゃあ約束どおり、理沙の処女を奪ってあげようか」  
 藤原が微笑みながら服を脱ぐ。そして理沙の淫壷の入り口に太いモノをあてがった。理沙は首を起こしてその接合部分をみる。藤原が理沙の髪の毛を撫でながら告げた。  
「じゃあ……いくよ」  
「は、はい……ご主人様」  
 理沙が歯を食いしばった。藤原が苦笑しながら言う。  
「……理沙、もう『ご主人様』なんて呼ばなくていい」  
「え……」  
 そして藤原がぐっとモノに力を込める。異物が侵入してくる痛みにとまどいながらも、理沙は藤原を呼ぶため口を開いた。  
 
「……あ、お目覚め?」  
「あ……」  
 朦朧とする意識の中、理沙が首を回す。ベッドの脇にいた石本が理沙の顔を覗き込んだ。……ああ、夢だったんだ……。理沙はぼんやりとそう考えた。体中がしびれるような、痒いような奇妙な感覚。まだ麻酔はきれていないらしい。  
「お疲れ様。手術は、ほぼ成功したわ」  
「は……」  
 理沙は何かを言おうとした。しかし口が思うとおり動かない。唾がうまく飲み込めず、口の端からだらりと垂れた。石本がそれをタオルで優しくふきとる。  
「ああ、まだ麻酔が切れてないから無理しちゃだめよ」  
「……ああ、あー」  
 理沙は重い首を動かし、腕の先をみる。肩から肘にかけて幾重にも包帯が巻かれている。そして腕は、肘のところで唐突に終わっていた。腕に力を込めてみようとする。しかし理沙の体は、首から下はまったく動かなかった。石本が少々怖い顔をして理沙を睨む。  
「こら、まだ縫合が終わったばかりなんだから動いちゃダメでしょ」  
「……はひ……おえんなはい……」  
 理沙は痺れる口で何とかそれだけ告げる。まだ頭がぼうっとしている。再び睡魔が襲ってきた。石本がまたタオルで理沙の口元をぬぐう。  
「ま、明日になれば麻酔もきれてくるわ。そしたら多分もの凄く痛いと思うから、今のうちに寝ておきなさい」  
「……あい……」  
 理沙は目を閉じる。どこか深いところへ沈んでいく感覚。意識が完全に沈んでしまう直前、理沙の耳に石本の言葉が聞こえた。  
「……体力が回復したら、残りの手術をしますからね」  
 
 翌朝、正確にはまだ夜が明けきらぬ頃。  
 理沙は鈍痛で目覚めた。麻酔が切れてきたのか全身が痛む。膝や肘が痛むのではない。腹や腰、肩、首、さらにはすでに切断されたはずの指先や踵までもが激しく痛んだ。理沙はたまらず叫ぶ。するとすぐに吉川が部屋にとんできた。  
「どうしたの、理沙ちゃん」  
「い、痛い……体中が、熱くて痛いんです……!」  
 泣きながら理沙は必死に訴えた。熱が上がってきたのか体中から汗が吹き出る。吉川は素早く理沙の状態を見た。直腸に入っているプラグが彼女の体温や脈拍、血圧を報せる。体温が急激に上がっている。それにあわせて脈拍や血圧も急速に変化していた。  
 次に吉川は尿道カテーテルの先についた袋を確認した。彼女の体からはほとんど尿が排出されていない。理沙の肩にささった栄養点滴は、まだ半分も終わっていなかった。  
 吉川は直ちにナースステーションへ走った。先生に連絡をし、指示を仰ぐ。わずか数分後、彼女は注射器と薬を持って理沙の部屋へ戻ってきた。  
「理沙ちゃん、ちょっとごめんね」  
 言いながら吉川は枕を理沙の腰の下に差し込んだ。そして注射器を手に取る。アンプルから薬液をシリンダに吸い上げ、目盛りを読む。それから彼女は理沙の右脇腹を消毒液で拭いた。  
 理沙のうっすらと浮き上がった肋骨。少し上には包帯が巻かれている。吉川は慎重に注射針を刺した。ゆっくりと薬液を注入していく。  
「……解熱剤よ。これで熱が下がるはず」  
 理沙の額に浮いた汗を拭きながら吉川が説明する。そして彼女はゴム手袋をはめ、理沙の下半身を覗き込んだ。まずはアナルプラグを抜く。理沙の体がびくんと跳ねた。しかし吉川はそれに構わず持ってきた薬の包装を破った。  
「これからふたつ、麻酔と睡眠薬の座薬を入れるわ。お尻の力を抜いて」  
 吉川は手にした二種類の座薬を示しながら理沙に言う。しかし理沙の耳には届いていなかった。痛みと熱で、彼女の意識は再び朦朧としはじめていた。  
 ベッドの上に吉川が乗る。そしてペンライトで理沙の肛門を照らした。座薬を入れるときには、できればうつ伏せあるいは胸膝位をとらせるべきだ。しかし理沙はまだ縫合を終えたばかりなので、体位を変えることはできない。  
 そこで吉川は、枕で腰を浮かせて隙間を作り、強引に肛門を開いてねじ込むことにした。術者のみならず被術者にも大変な作業だが、そんなことも言っていられない。  
 片手で理沙の肛門を開く。そしてもう片手に座薬を持った。肛門にあてがい、一気に差し込む。ひ、と理沙が呻いた。全身の痛みに半ば意識を失いかけているとはいえ、内臓をいじられる感覚は特別らしい。  
 吉川はなるべく奥にねじこむため細い中指を理沙の肛門の奥に押し込む。そして薬が指の届かないところまで入ってから、彼女はもう一つの座薬を差し込む準備をする。  
 そのとき、ぶうっと理沙の肛門からおならが漏れた。長時間腸内に溜まっていたガスのすさまじい臭気を直接顔面に浴びて、吉川が咳き込む。しかし彼女は息を止め、もう一つの座薬を腸内にねじ込んだ。そして再びアナルプラグで肛門に蓋をする。  
「……どう、理沙ちゃん」  
 吉川は汗をふきながら尋ねた。まだ薬が効くには時間がかかる。理沙は涙目で吉川をみつめた。吉川は溜息をつく。  
「……わかった、薬が効くまでここにいてあげる。安心なさい」  
 言いながら吉川はプラグから送られてくるデータをみた。体温が下がり始めている。直腸温が通常より高くなっているのと、四肢がない分薬は早く効くだろう。ふ、と溜息をつきながら吉川は理沙を見る。彼女はすでに寝息をたてはじめていた。  
 結局吉川は、石本が出勤してくるまで理沙のベッドの脇にいた。  
 
「……ってことがあったのよ」  
「そ、そうですか。ごめんなさい」  
 傍らでリンゴを剥きながら石本が説明する。理沙は恥ずかしそうに顔を赤らめた。  
「ま、熱で覚えてないのはしょうがないか。大変な手術だったからね」  
 小さく切ったリンゴをフォークに刺し、石本は理沙の口へ運んだ。理沙がしゃりしゃりとそれを咀嚼する。  
 あれから一週間、ようやく抜歯が終わった。まだ疼くような痛みはある。しかし熱はほとんど下がっていた。点滴は外され、おかゆのような消化のよいものを食べる許可がおりた。  
 何を食べたい、と石本が聞いた。理沙はリンゴが食べたいと答えた。そこで石本はどこからかリンゴを調達し、彼女に食べさせてあげた。  
「そうそう。今日は久しぶりに、お風呂に入れるわよ」  
 リンゴの皮を片付けながら石本が笑いかけた。手術以後、理沙はお風呂に入っていない。連日ひどい汗をかいていたが、せいぜい蒸しタオルで拭いてもらう程度だった。包帯がぐるぐるに巻かれていたのだから仕方がないが、理沙はやはりお風呂を恋しく思っていた。  
「でも、腕や足にお湯がかからないようにしながらだけどね」  
「ううん。それでもやっぱりお風呂がいいです」  
 にこりと微笑んで、理沙がふと気づいた。ごくりと唾を飲み込んで石本に尋ねる。  
「……あの、お風呂ってやっぱり、診察室の奥のあそこですか?」  
「ん、もちろんそうだけど……どうしたの?」  
 理沙の笑顔が消えた。ためらうように幾度か呼吸を繰りかえし、やがてじっと石本を見つめながら答えた。  
「……あの、確かお風呂には大きな鏡がありましたよね」  
「ああ……」  
 石本もやっと合点した。  
 理沙はまだ一度も手術後の自分の体を見ていない。もちろん首が動く範囲で、腕が肘より先で切断されていることは知っている。しかし全身像をみたことはまだないのだ。  
 いくら覚悟を決めていたといっても、四肢をなくし達磨のようになった自分の姿をみるのは怖いのだろう。石本は笑顔を浮かべたまま言った。  
「じゃあ、お風呂やめとく? 鏡を隠してあげてもいいけど」  
「……いえ」  
 理沙が視線を石本からカメラに移した。いまもカメラは理沙の体を写し続けている。  
「ご主人様はもう、私のこの姿を見られたかもしれません。だから私も、私がご主人様にどう見られているのか知っておきたい……です」  
「……そう」  
 ふふ、と石本が笑った。  
 
 がらりと風呂の扉が開けられた。暖かい湯気が漏れてくる。  
 理沙はストレッチャーに乗せられたまま風呂に入った。石本と吉川が、二人がかりで彼女をストレッチャーからごく浅い湯船に浮かべる。  
「いい、患部が水につからないよう、両手両足を上に向けておいてね」  
「はい……」  
 言われたとおり理沙は四肢を上に向けた。それでも腕は彼女の視界を妨げない。  
 彼女は正直、まだとまどっていた。手術で切り取られた腕や足に、まだ脳が対応していない。まだ手足の指先があるような気がしてしょうがなかった。  
 しかし石本たちはそんな理沙の思いとは関係なく、彼女の体にやさしく湯をかけた。そして柔らかいスポンジで、患部以外の部分を洗った。  
「どう、理沙ちゃん?」  
「はあ。ちょっとくすぐったい……です」  
 吉川が丁寧に理沙の髪の毛を洗う。シャンプーの香りに、自然と理沙の表情がほころぶ。しかし壁にかかった大きな鏡をふとみた瞬間、彼女の表情から笑顔が消えた。石本がそれに気づく。  
「怖い?」  
 鏡は今、湯気で白く曇っていた。理沙は大きく息を吸ってから答えた。  
「……いいえ。あの、お風呂からあがるとき、鏡をみせてください」  
「……わかった」  
 その後石本たちは無言で理沙の体を洗い続ける。理沙もきつく口を結んで、天井をじっと見つめていた。  
 やがて彼女の体が丁寧に流された。行水のような風呂であったが、理沙は体が軽くなったような感じをうけた。石本たちが理沙をストレッチャーに乗せなおし、丁寧に体を拭く。理沙は石本をみながら「あの……」と口を開いた。  
 石本は無言で頷き、理沙をストレッチャーの上に起こす。吉川が鏡に近づいた。一度、念を押すように理沙のほうを振り向く。理沙は固い表情のまま大きく頷いた。  
 吉川はシャワーを手に取った。そしてそのノズルを鏡に向け、蛇口をひねる。  
 しゃあっとシャワーのノズルから水が勢いよく噴き出た。鏡の曇りが瞬時にとれる。理沙はじっと鏡をみた。石本に肩を支えられた自分がそこに写っている。  
「……!」  
 理沙は大きく目を見開いた。瞬きができない。それほどに衝撃的な姿だった。  
 腕も足も、藤原が線をひいたとおりの場所で切り取られていた。丁寧に縫合された切断面は、巾着袋のように真ん中できゅっと締まっている。  
 なんとも奇妙な格好だった。体のバランスが全くとれていない。細い胴体から四本の突起が出ている、といったほうが正しいようなその姿。  
「……理沙ちゃん?」  
 石本が心配そうに声をかけた。理沙はそれで初めて、自分の目から涙がこぼれていることに気づいた。理沙は慌てて涙を拭おうとした。しかし伸ばした腕は肘よりやや上で切られている。  
 頬に触れた切断部。目まで届かない。涙が胸の上に落ちる。  
 石本が慌てて涙を拭った。理沙の目からはさらに涙が溢れてくる。  
「どうしたの?」  
「……腕が、足が……」  
 理沙がしゃくりあげた。覚悟はしていた。自分の腕と足がなくなることを。これから一生、誰かの世話がなければ生きていけない体なることを。しかしその現実を改めて目の当たりにしたとき、やはり後悔の念が湧き上がってきた。  
「どうしよう、ご主人様に棄てられたら……」  
 理沙が四肢を切断したのは、ご主人様である藤原の性癖のためだ。しかしもし彼が理沙の姿に幻滅したら……あるいは将来、飽きられでもしたら。  
 石本が彼女の頭を優しく抱いた。それでも理沙は泣き続けた。  
 
 部屋に戻るまで理沙は泣き続けていた。石本が無言で部屋の扉を開ける。  
 すると部屋の応接セットに先生が腰掛けていた。驚いて石本が何事かと尋ねる。  
「そういうきみたちもゆっくりしたお風呂だったね。もう戻っていると思って部屋にきたら誰もいないんで、驚いたよ」  
「ご用でしたら、あとでこちらから伺いましたのに」  
「いや、いいんだ。今来たばかりだから」  
 言いながら先生は、窓際まで歩いた。そのとき理沙は気づいた。今までなかった大きな段ボール箱が窓際に置かれている。先生はしゃがみこんでそれを開けた。  
「あ……」  
 理沙が驚きの声を上げた。先生がその箱の中身を取り出す。  
 それは綺麗なリンゴだった。段ボールいっぱいに詰められた、大きくておいしそうなリンゴ。先生はそれを片手で投げながら説明した。  
「先ほど届いたんだ。……藤原氏からね」  
「ご主人様から?」  
「ああ。中に伝言のメモも入っていたよ」  
 言いながら先生は箱の中から一枚のカードを取り出す。そこには藤原の直筆でこう書かれていた。  
  『理沙へ。手術が無事終わった祝いに、リンゴを贈る。退院まで頑張れ』  
「……もしかしたら、『リンゴが食べたい』っていう理沙ちゃんの言葉を、カメラ越しに聞いていたのかもね」  
 石本も驚いたように呟いた。理沙は呆気にとられている。先生が石本にリンゴを放った。そして立ち上がりながら言う。  
「石本君、理沙ちゃんをベッドに戻したら早速リンゴを剥いてあげなさい」  
「はい。さ、理沙ちゃん」  
 石本が理沙に声をかける。理沙は涙を流していた。石本は微笑みながら再び彼女の頬に伝う涙をぬぐった。  
「……さて」  
 ベッドに横たえられた理沙をみながら、先生が口を開いた。  
「私が来たのは、もうひとつ重要な用事があったからなんだ」  
 こほん、と咳払いをしてから先生は告げた。  
「理沙ちゃん。きみの四肢切断手術は大成功だった」  
「……はい」  
 理沙が怪訝そうに首を傾げる。  
「ただ、思ったより時間がかかってね。あとの手術をする時間がなくなってしまったんだ」  
「……それじゃ」  
 ごくっと理沙が唾を飲み込んだ。腕や足に気を取られていてすっかり忘れていた。あとふたつ、手術はあったはずだ。  
 先生は相変わらず笑いながら、理沙に宣告した。  
「いまのところ、明後日に残った二つの手術をする予定だから」  
「ふたつの、手術……」  
 包茎手術と卵管結紮。その手術はまだ終わっていない。息を飲み込む理沙に、先生がさらに追い打ちをかけるようなことを告げる。  
「今度は全身麻酔じゃなく、部分麻酔でするよ。そのほうが楽だろう」  
「ええ……」  
「お尻の穴から座薬を入れてね、あと尾てい骨の上あたりに、太くて痛ぁい麻酔を打つのよ」  
 リンゴを剥きながら石本が説明する。理沙ははあ、と息を吐きながら、カメラの向こうにいるであろうご主人様をじっとみつめた。  
 
 
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