パァッと無影灯が光り始めた。先生が手術の開始を告げる。
「まずは卵管結紮から。メス」
傍らにいる石本が先生の手に鋭く光るメスを手渡す。理沙は無影灯に写る自分の姿をぼうっとみつめていた。
腹から上には水色の布がかけられている。先生は慎重に理沙の臍の下あたりに手を置くと、奥から手前に向けてすうっとメスを走らせた。わずか数センチの切れ目ができ、そこからじわっと血が溢れてくる。
(うわ……血だ……)
自分の腹が切られているのに、麻酔で感覚が麻痺しているためか理沙はどこか他人事のような感覚でそれを見ていた。先生は様々な器具を使い、素早く理沙の腹を開いていく。
そして先生がピンセットのような道具で、理沙の腹部から何か細い管を取り出した。ぐっと腹の中がひっぱられるような感覚がして、理沙が小さく呻く。
「痛い? 大丈夫?」
「あ……はい、大丈夫です……」
心配そうに声をかける吉川に理沙は笑顔で答えた。先生も理沙の顔をちらりと見て、それから再びその細い管に視線を戻す。
「わかる? 先生が今持っているのが、理沙ちゃんの卵管よ」
「あれが……」
吉川が説明をする。理沙は無影灯ごしにじっと自らの細い卵管をみつめた。
先生はあっさりと無言のまま卵管を切断した。痛みはない。しかし理沙は、これで自分は一生子供を生むことができないんだと思い、ぎゅっと目を閉じた。涙がこぼれそうになる。慌てて理沙は何度もまばたきをした。
切断した卵管の端を先生がきつく結ぶ。それを腹に戻すと、もう片方の卵管も素早く引っ張り出し、同様に切断して結んだ。そして先生は丁寧に内臓を戻し、開いた腹部を縫合する。
「……はい、おしまい。理沙ちゃん、気分はどう?」
「あ……と。大丈夫、です……」
理沙は慌ててまばたきをしながら答えた。別に気分が悪いとか苦しいということはない。先生はその答えを聞くと、ほほえんで次の手術の段取りを始めた。
「では続いて、包茎手術を行う」
そして先生の手が理沙の陰核に伸びた。ここ数日ずっと全裸で生活していたが、やはり異性に性器を覗き込まれるのは恥ずかしい。理沙は無影灯から視線を外した。
先生は理沙の陰核の包皮をピンセットで丁寧にはさみ、ひっぱった。そして皮にメスをあて、丁寧に切除していく。皮の向こうには理沙の最も敏感な器官がある。そこに傷をつけないよう、作業は慎重に行われていく。
根元から全ての皮を切除してしまうと、陰核が勃起した時にひっぱられて痛みを感じるようになる。かといって皮を多く残しては包茎手術の意味がない。先生は事前に計測された理沙の陰核のデータを基に、限界まで皮を切除していった。
やがて理沙の陰核を包んでいた皮は取り除かれ、赤い豆のような器官がむき出しとなった。微細な針と糸を使い、先生は傷跡が目立たないよう細心の注意を払いながら縫合する。
「……はい、終了」
やがて先生の安堵の声が響いた。理沙は目を開き、先生を見る。先生は血で赤く染まった手袋を取り外しながら理沙に優しく微笑みかけた。
「よく頑張ったね。気分はどうだい?」
「……あ、いえ。あの……ありがとうございました」
石本と吉川が、血で汚れた理沙の下腹部を丁寧に拭く。そして包帯で下腹部をぐるぐるとくるむと、彼女たちはゆっくりストレッチャーを押して理沙を部屋まで運んだ。
それからさらに一週間が過ぎた。
すでに入院から半月が経過していた。抜糸は昨日終わり、いよいよ明日からはリハビリが始まる。
ご主人様からは、今度は大量のプリンが届いた。前回のように「プリンを食べたい」と言ったわけではない。ただ理沙の大好物だからと、藤原が贈ってくれたのだった。
緩くなったと吉川が宣告した理沙の肛門には、今も変わらずアナルプラグが差し込まれている。しかしそれが動かされたことはまだ一度もない。
術後の体を心配して刺激を避けているのかもしれないと理沙は考えていたが、悶々と溜まった性欲を発散させたいという気持ちは日ごとに高まっていた。
「はぁい理沙ちゃん。お昼ごはんですよー」
12時の時報と同時に石本が部屋に入ってくる。おかゆや野菜スープなどの消化がよい食べ物、そしてりんごとプリン。石本は膳を理沙の前に置きながら話しかけた。
「えーと、食事の前にひとつ連絡事項ね。明日からのリハビリメニューが決まったわよ」
「……はい」
「まずは半月寝たきりだったから、なまっている体を動かさなきゃね。というわけで、メニューの一つめは散歩」
「さ、散歩ですか? ……あの、足がないのに?」
「膝から上はあるでしょ? それに肘だって」
「え、それって……もしかして」
理沙がさっと表情を曇らせた。膝と肘。もしかして散歩というのは……。その悪い考えを石本はあっさりと肯定した。
「よくわかってるじゃない。四つんばいで歩いてもらうわ。……どちらにしてもこれから先、理沙ちゃんはそうやって歩くことになるのよ」
「……はい」
「それがある程度できるようになったら、徐々にハードにしていきますね。四肢切断をすると、どうしてもホルモンバランスが崩れるし運動量が減るから、太りやすくなるの。退院してからも注意して運動しないと、すぐおデブちゃんになっちゃうわよ?」
「……は、はい。気をつけます」
「あと、今日でアナルプラグと導尿カテーテルはおしまい。あとで外します」
「え?」
予想外の話に理沙は思わず聞き返す。石本は苦笑しながら尋ねた。
「なあに? まだ入れたままにしてほしいの?」
「あ、いえ。そうじゃなくて……」
「ふふ。これもリハビリの一つよ。もう手術も無事終わったから、尿検査も検便も必要ないしね」
「……リハビリ、なんですか?」
「そうよ。このままだと理沙ちゃん、お浣腸に慣れて自力でウンチもできない体になっちゃうわよ。それにアナルもなんだか緩くなってるようだし」
「そ、そんなこと……!」
「だから、トイレトレーニングをもう一度やりなおしてもらうの。自分でオシッコとウンチをする練習ね。それと、リハビリ以外のときは当面オムツをつけてもらうから」
「ええ? そんな……」
まるで赤ちゃんみたいじゃないですか、と理沙は言おうとした。そしてはっと気がつく。
そう、今の自分はまるで赤ん坊だ。ハイハイで移動することしかできず、食事の世話も排泄の世話も、誰かにしてもらわなければならない体なのだ。
「……ま、詳しいことは明日のリハビリでね。じゃあ冷めないうちにご飯を食べちゃいましょうか」
「は、はぁい……」
理沙は観念して、素直に口を開いた。石本が優しくスープを理沙の口に流し込む。やや薄味のスープは少し熱かった。
「はい、それじゃあご主人様のリンゴよ。はい、あーん」
おかゆとスープを食べ終わると、石本はフォークに刺したリンゴを理沙の口元へ運ぶ。理沙は思わず、子供のように大きく口を開けた。……しかしなかなか口にリンゴがいれられない。
怪訝に思って理沙は石本を見た。しかし石本は、じっと理沙の口の中を覗き込んでいる。理沙は慌てて口を閉じた。
「あの……なんですか?」
「理沙ちゃん、大きな虫歯」
はっとして理沙は口をつぐんだ。手があれば口を覆い隠していただろう。
入院前から理沙の口には虫歯があった。そこそこ進行していて、学校の定期健診でも指摘されていた。もちろんご主人様は「早く治すように」と理沙に命じていた。しかし理沙は、それだけは拒み続けていた。
理沙は歯医者が怖かった。歯を削るドリルの甲高い音を聞くだけで気が遠くなる。理沙はご主人様からどんなに激しく言われても、歯医者にだけは行かなかった。主人の命令を無視したのはそれだけだった。
ご主人様は一度、業を煮やして理沙のお尻を叩いたことがある。「歯医者へ行くと約束するまでは叩き続ける」と、理沙を自らの膝の上に載せてスカートをめくり、下着を下ろして何発も叩いた。
理沙は涙を流しながら謝ったが、ついに歯医者へ行くと約束することはなかった。尻に青あざができ、椅子に座れないため翌日は学校を休んだ。
それぐらい、理沙にとって歯医者は恐怖の対象でしかなかった。
「実はね、理沙ちゃん。藤原さんからご連絡があってね」
「……」
「うちは外科だけど、その気になれば内科から肛門科から耳鼻咽喉科から婦人科から、なんでもできますよって先生が藤原さんにお話したらしいの。そうしてら藤原さん、『歯科もできるか』って……」
「……そ、そんな……あの」
「だから理沙ちゃん。これから……」
石本の話が終わるより早く、理沙はベッドから飛び出した。身をよじってベッドの上を這い回り、どすんと床に落ちる。上手く手が出せずに鼻を強く打つが、理沙はそれでも逃げようと床を這いずり回った。
と、理沙の眼前に石本が回り込んだ。理沙は慌てて方向を変えようとするが、その途端ぐいっと下半身に強い痛みを感じる。
「ほら理沙ちゃん。まだカテーテルが入ったまんまよ? そんな無茶したらカテーテルが抜けちゃうでしょ」
「や、やだ! やめてぇ!!」
それでもまだ逃げようとする理沙を石本がしっかりと掴む。持ち上げると理沙は四肢を振って暴れるが、構わず石本はベッドに腰を下ろした。そして膝の上に理沙を置き、彼女の脇腹をしっかりと抱え込む。
ぴっ、とベッドの頭の部分にあるスイッチを石本が軽く押した。そして、未だ短い手足をバタバタさせている理沙のお尻に手を当て、特に優しい声で告げる。
「藤原さんから『あまり言うことを聞かないようならお仕置きしてやってくれ』って言われててね」
「やだやだぁ! 離して!」
「うふふ。理沙ちゃんのお尻、小さくて柔らかくて、とても叩き甲斐がありそう」
そう言うと石本は手を大きく振りかぶった。そしてぱぁんと勢いよく、理沙の双丘を叩く。理沙はそれでも抵抗を続けるが、膝までしかない足ではろくな抵抗もできない。石本はぐっとカメラを手繰り寄せ、お尻を正面から写るようにする。
「ほらほら、カメラが理沙ちゃんの真っ赤なお尻を写してるわよ」
「や……やぁ……もうやめて……」
「あら泣いてるの? それじゃそのお顔もカメラに写しておかないとね」
言いながら石本は別のカメラを理沙の顔の前へ持っていった。理沙は身をよじるが、腰を石本につかまれていてはろくに動くこともできない。
「やだ、こんな顔写さないでぇ!」
「じゃあ素直に歯の治療を受けなさい! ほらもう三発、いくわよ!」
「ひ! やめて……ああっ!」
ぱん、ぱん、ぱぁんと立て続けに三発が理沙のお尻に打ち下ろされる。それでも理沙は必死に頭を振り、抵抗を続けた。
「本当に強情ねぇ。それじゃあ、究極の罰を与えてあげなくちゃいけないかしら」
「究極の……罰?」
涙と涎でべとべとに濡れた顔を挙げ、理沙が尋ねる。そのとき部屋の扉が開いて吉川が入ってきた。石本は吉川にウインクをして、吉川は無言で頷く。そして吉川は、手に持った革の拘束具を石本に抱えられたままの理沙の体にまきつけていった。
「え……あの、これって」
同じく吉川が持ってきたストレッチャーに転がされ、ベルトで固定された理沙が不安そうに尋ねる。理沙は首を起こして自分の体を見た。SMの拘束具に似た革が全身に巻かれ、手足を縛ることができない理沙の体を確実に拘束することができるようになっている。
石本は額に浮かんだ汗をぬぐいながら、一度吉川と微笑を交わした。そしてストレッチャーを押しながら理沙に話しかける。
「さ、診察室に歯の治療道具が準備できているわよ」
「ひ……!」
理沙がびくんとはねた。しかしベルトに固定された体は全く動けない。絶望的な表情を浮かべる理沙をみながら、石本は廊下を進む。
「それから理沙ちゃん」
「あ、ああ……」
「大きな手術をふたつもしたあとだし、それに随分我侭がすぎるようだから」
「ああ……許して……」
涙を両目にいっぱいためて、理沙が石本をみる。エレベータの扉が開いた。石本はエレベータに乗り込み、階数ボタンを押した。そして振り返り、にやりと笑って言う。
「我侭な理沙ちゃんには、麻酔なしで歯の治療をしてあげる。もちろん、ご主人様によく見えるよう、カメラも用意して……ね」
「……!」
理沙が何か叫ぼうとした。しかしそれより早くエレベータの扉が閉まり、廊下は元通りの静寂を取り戻した。
(続 く)