エレベータの扉が開いた。つんと消毒薬の匂いがする。  
 理沙は相変わらずストレッチャーの上で激しく暴れていた。涙を流し、身をよじって叫び続ける。診察室にいた眼鏡の女性がその様子を見ながら苦笑を浮かべた。  
「あらあら、随分我侭なお姫様ねぇ。もっと素直で大人しい娘だって聞いてたけど?」  
「ごめんなさい。歯の治療をするって言ったら、突然暴れだして……」  
「あらあら。ってことは、私は嫌われてるのかしら」  
 しかし女性は、言いながらふふっと不敵に笑った。腕を組むと大きな胸がさらに強調される。そして彼女はつかつかと診察室におかれた婦人科用の椅子の横に移動した。椅子の周りには、今まで置いていなかった様々なライトや治療器具が置いてある。  
「移動用の歯科器具だから本格的な治療は無理だけど、削ったり抜いたりはできるわよ」  
「ありがとう。理沙ちゃん、こちら当院の非常勤の医師、天野先生よ」  
「ひ、ひゃあ……!」  
 石本が女性を理沙に紹介する。しかし理沙は相変わらずストレッチャーの上で暴れ続けていた。よほど治療が怖いのだろう。まるで火がついたかのように泣き叫び、かすかに動く短い手足をバタバタと振り回し続けている。  
 ふう、と天野が溜息をついた。腕組みをしたまま石本に命じる。  
「これは手がかかりそうね。……鎖で固定するしかないかしら」  
「そうですね。では早速」  
 石本は答えるが早いか、椅子の下から太い鎖を取り出した。そしてそれを理沙の拘束具に嵌める。天野が椅子の横に立った。石本が、ストレッチャーの拘束を解く。  
 理沙は咄嗟に飛び起きた。すでに彼女の意識は、ここから逃げ出すことしか考えられなくなっていた。しかし天野は笑いながら椅子についたスイッチを押した。その途端、椅子から伸びた鎖が勢いよく巻き上げられる。  
 ストレッチャーの端から床に転げ落ちそうになっていた理沙の体がぐいと引かれた。理沙は恐怖に目を見開き、声の限りに叫ぶ。しかしその抵抗も空しく、理沙はごろりと椅子に仰向けに転がされた。ただちに石本が理沙の体を拘束しなおす。  
「いやぁぁぁぁぁ!!」  
 理沙が椅子の上にある歯の治療用の無影灯をみて叫んだ。数日前、手術室で死刑囚の気持ちを彼女は想像した。しかし、理沙は今まさしく死刑囚の気持ちを味わっていた。  
 石本がせわしなくビデオカメラを操作した。一台を全身が写るように、一台は顔、そしてもう一台は股間が写るようにセットする。  
「いやぁ、こんなところ写さないでぇ!」  
「ダメよ。ちゃんとご主人様に報告しないと」  
「そうそう、我侭な理沙ちゃんはこうやって歯を治療されました、ってところをね」  
「ああ、嫌ぁ……!」  
 理沙はカメラから顔を背けた。体を拘束されているのでカメラから逃れることはできない。それでも理沙は、こんな自分の姿をご主人様に見られることには耐えられなかった。  
 理沙が目を閉じ歯を食いしばっていると、突然尿道に激しい痛みを覚えた。まった予期していなかった痛みに、理沙は驚いて顔を上げる。と、石本が尿道に挿されたままのカテーテルを操作していた。  
「ひ、なんですか……?」  
「さっき言ったじゃない。カテーテルはもう抜きます、って」  
「ええっ? で、でも今抜かれたら……はぅっ!」  
 理沙が何かを言いかけたとき、石本はすっとカテーテルを抜いた。尿道がこすられる痛みに理沙がのけぞる。石本はカテーテルの先についた袋を持ち上げ、声を立てて笑った。  
「あら理沙ちゃん、よっぽど歯の治療が怖いのねぇ」  
「本当だ、こんなにオシッコしちゃって……。治療中に漏らさないでね」  
「ひ……!」  
 石本が袋をたぷんと振る。それはすでに容量ぎりぎりまで膨らんでいた。そして天野が無影灯の明かりをつける。そのまぶしさに理沙はぎゅっと目をつぶった。  
 
「じゃあまずはお口の中をみせてもらいましょうか。はいあーん」  
「……!」  
 天野が優しく声をかける。しかし理沙は歯を食いしばってぷいと横を向いた。  
「あらあら、困った娘ね。ほら、こっちを向くのよ」  
 ふふっと笑いながら、天野は理沙の細い顎に手を掛けた。そしてぐいと力任せに顎を動かす。思わぬ力に理沙は驚くが、それでも歯はまだ食いしばったままだ。  
「言うことを素直に聞けない娘には、痛くしますよ?」  
「……」  
 天野が優しく告げる。しかし理沙は相変わらずぐっと口を閉じていた。どんなことをされても絶対に口は開かない、そう決心して、理沙は目をきつく閉じた。しかし天野はあっさりと理沙の顎から手を離した。  
「……そう、じゃあ先日の発明品を使いましょうか」  
「発明品? 先生、また何かヘンなもの作ったんですか?」  
「ヘンなものとは失礼ね。今度の学会に発表するつもりなんだけど、ちょうどいいわ。理沙ちゃんには被検体になってもらいましょうか」  
 理沙は恐る恐る薄目を開けた。と、天野は楕円形の道具を取り出していた。円の内側には二つの突起があり、円の天辺には何かハンドルがついている。単純な道具だが、それ故に理沙は恐ろしいものを感じた。  
「理沙ちゃん、これが最後よ。……自分からお口を開いてくれるつもりはない?」  
「……」  
「そう、残念ね」  
 全く残念そうではない口調で天野が溜息をついた。そしてその楕円形の道具を、理沙の顔の横にすっと嵌める。  
「石本さん。顔が動かないよう固定して」  
「はい。こうですか?」  
「もうちょっと下、突起の部分を包むように円の上から頬に……そうそう」  
 石本がぐいと、楕円形の道具ごと理沙の頬を押さえる。理沙は顔を捻ろうとしたが、石本はしっかりと顔を掴んでおり動かすことはできない。天野がくすっと楽しそうに笑った。そして頭頂部にあるハンドルをおっくりと回す。  
「……うっ?」  
 すると、突起が内側にゆっくりと伸びてきた。丸い先端部分が理沙の頬に食い込む。天野はまったく手を休めず、ハンドルを回し続けた。突起は徐々に顔を挟んでくる。  
「ひ……いた、いたた……ああ!」  
 そして突起は、理沙の頭蓋骨に食い込んできた。顎骨とのつなぎ目に突起が刺さり、理沙の口は勝手に開き始める。しかしそれでも天野はハンドルをとめなかった。  
「ああ……お、おおやめへぇ……あおがああ……」  
「あらあら。もう顎が外れそうなの? じゃあこれぐらいにしてあげましょうか」  
 大きく理沙の口が開いた。天野は笑いながらハンドルを固定する。理沙は口を閉じようとするが、どうしても閉じることができない。石本が感心したように言った。  
「凄いですねこれ。顎骨に食い込んで、勝手に口が開くようになっているんですね」  
「ふふ。まあ中世の拷問器具をみていて思いついたんだけどね。……さて、理沙ちゃん」  
「おあ……ゆふひへぇ……」  
「大きな手術をしたばかりで、これ以上麻酔を使うと危険なのよね。それに、随分我侭が過ぎるようだし……」  
「はお……!」  
 理沙は大きく目を見開いた。涙がぽろぽろと零れ落ちる。天野は先が針状になった「探針」を、大きく開いた理沙の口の中へ差し込んだ。  
「……あがぁっ!」  
「ほら理沙ちゃん、これは痛い? 痛いわよねぇ。すごい大きな虫歯ですもの。……ほら、こうすると神経にまで触れるんじゃない?」  
「お、おごがぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」  
「さて、ほかに虫歯はっと……あら、これも軽い虫歯かしら?」  
「あが……やえへぇぇぇぇいらいのぉ……」  
「痛いから辞めてって? 辞めてほしいの?」  
「あ……あひ……」  
 理沙が白目をむきながら答えた。天野が優しく微笑む。そして次の瞬間、天野は別の虫歯の穴に探針を突っ込んだ。  
 
「はがぁ……!」  
 いきなり神経を刺激され、理沙はたまらず気絶した。ぷしゃあああ、と盛大に放尿をする。石本があらかじめ手に持った尿瓶を理沙の股間にあてた。天野が探針を抜く。  
「あらあら。まさか気絶するなんて。……これは思った以上に深い虫歯かもしれないわねえ」  
「……先生、相変わらずサディスティックな治療ですね」  
 石本が苦笑した。天野はとても腕のよい歯科医なのだが、患者の叫び声を聞くのが無常の喜びという性癖をもっている。石本は机の上に乗っている治療器具を一瞥した。最初から麻酔を使うつもりなどないのだろう。そこには注射器が載っていなかった。  
「でも、デンタルマゾっていうのも一定数以上いるのよ。……理沙ちゃんもタービンの音を聞くだけで、はしたなくアソコを塗らしてしまうようになってくれないかしら」  
 天野が笑いながら反論した。理沙は未だ白目を剥いたまま、びくんと体を痙攣させている。剥き出しのクリトリスや尿に濡れた股間は、理沙が歯の治療に快感を感じているかを教えてくれることはなかった。  
 天野はタービンの先にバーを取り付けた。そして、まだ気絶したままの理沙の口の中にタービンを入れる。キィン……と先端のバーが甲高い音を立てて回転を始めた。天野はまず、軽度の虫歯を削り始めた。  
「……あ? あ、あが……はあっ!」  
「あらあらお目覚め? ほら、動いたら危ないでしょ?」  
 歯の刺激に目を覚ました理沙が暴れ始めた。天野は優しく微笑みながらも治療の手を止めない。歯のエナメル質が削られ、バーの先端が歯の神経に触れた。  
「はがぁぁっ!」  
 先ほどの探針の痛みとは比べ物にならないほどの痛みに、理沙の体が跳ねる。気を失いかけたとき、天野はタービンを止めた。  
「……あ」  
 終わったの……? 淡い期待を込めて、理沙が涙の溜まった目で天野を見る。しかし天野は別の器具を手に取り、再び理沙の口の中にそれを差し込んだ。  
「……あ、ああ……」  
「理沙ちゃん、これから歯の神経を抜きます。痛かったら手を挙げて報せてね」  
「え、あ……!」  
 手を挙げてって、肘までしかないのに……! 理沙はそう抗議しようとしたが、それより早く天野が先ほど削った歯の隙間に道具の先端を差し込んだ。ピン、と神経に触れる。  
「は、はあぉ……おお!」  
「痛い? あらあら、でも手は挙がってないわねぇ」  
 にこりと微笑んで天野が神経を抜いていく。理沙は目を大きく見開いて懸命に痛みを訴えた。しかし天野はそれを黙殺し、歯の神経を抜いていく。  
「……さて、この歯はこれぐらいでいいかな」  
 
 天野が息を吐いた。理沙はやっと、この拷問のような治療が終わったのかと思いはぁと息を吐く。その息が歯に触れたとき、ずきんと歯が疼いて理沙の体がびくんと震えた。  
 しかし天野は理沙を見下ろしながら告げた。  
「あらあら理沙ちゃん。まだ一本しか治療は終わってないわよ? それに今の歯も、明日詰め物をするからね」  
「……がっ?」  
「こんなに虫歯があったら、フェラするときに危険でしょ? それに歯は万病の元なのよ。四肢切断して免疫力が落ちているときにはとても危険なの」  
「は、ふぉんなぁ……も、もおやえへぇ……」  
 理沙の股間からぴゅっと尿が漏れた。全身ががくがくと震える。しかし天野は笑いながら冷徹に宣言する。  
「でもね理沙ちゃん。元はといえばあなたが悪いのよ。ちゃんと歯磨きをしないから虫歯ができたんだし、もっと早く治療を受けていればこんな苦しい思いはしなくてよかったはずよ。いわば自業自得なの。反省しなさいね」  
「あ、ああ……」  
「なんなら、全部の歯を抜いてあげましょうか。総入歯になれば歯磨きなんて面倒くさいことをしなくても大丈夫ですものね。……もちろん、麻酔なしで」  
「あが……!」  
 理沙は目を見開いた。この先生ならやりかねない……! 虫歯だけじゃなく、問題のない歯まで全部抜かれたら……。理沙は慌てて首を振った。  
「あらあら、そんなに総入歯が嬉しいの?」  
「ひ、ひが……」  
「うふふ。わかってるわよ。とりあえず今日は、詰め物じゃ治療できないような歯を抜くだけで許してあげる」  
「ひ……!」  
「でも、これからあまり我侭を言ったり、退院後に新しい虫歯ができたりしたら、容赦なく全部の歯を抜きますからね。わかった?」  
「は、はひぃ……おえんなはい……」  
 天野は微笑むと抜歯用の鉗子を手に取った。大きなペンチのような形をしたそれをみて、理沙はひぃと息を呑んだ。  
(ご主人さま……助けて……)  
 理沙は心の底で叫んだ。カメラは冷徹に理沙の表情を写し続ける。鉗子が口の中に入ってきた。理沙は息を止めた。虫歯が左右からぎゅっと挟まれる。理沙は固く目を閉じた。  
 そして次の瞬間。  
「あ……がぁぁぁぁっ!」  
 理沙は大きく仰け反った。拘束具が限界まで伸びる。股間からは大量の尿が一気に溢れ、肛門に差し込まれたままのアナルプラグが勢いよく飛び出す。ごりっという音とともに天野は鉗子を抜いた。  
 天野の持つ鉗子の先端には、理沙の虫歯が握られていた。綺麗にとれたその歯にじっと見つめていた天野は、理沙にその歯をみせようとした。  
「ほら理沙ちゃん。綺麗に歯がとれましたよー……って、あらあら」  
 そして天野は苦笑を浮かべる。  
 理沙は再び、白目を剥いて気絶していた。  
 
(続 く)  
 
 

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