うっ、まただ・・・・。
僕は、机の上にあるアイスコーヒーのグラス越しにソレを見る。
ニヤニヤ。
今の彼女の表情を表すなら、この言葉がぴったりだ。
クラスで・・・いや、学校でも1、2を争う人気者。
その彼女がこういう表情をするのは、決まって僕の前だ。
・・・いや、今は彼女に背を向けているから、後ろだけれど。
「・・・ど、どうしたの、さっきから?」
「べっつにぃ?」
またニヤニヤ。
嗚呼、そして僕はついに好奇心に負けてしまったのです。
「なにか、良いことでもあったわけ?」
ディスプレィから体を180度回転させて、彼女に向き合った。
その先にあるものが、ある意味自分の身の破滅とは知らずに。
「聞きたい?」
ごろごろしていたベッドから、身を乗り出す彼女。
昔からこうだ。幼馴染の部屋だからって、無防備すぎる。
・・・まぁ、そんな(どんな?)度胸は無いですけどね。はい。
「うっ・・・・聞きたい、です」
「聞きたいんだぁ? どっしよーかなぁー♪」
うわ、笑顔がパワーアップした。心臓に悪い。
・・・本当、彼女は僕をいじめるのが楽しくて仕方ないらしい。
まぁ、それが嫌じゃない僕も、問題なのかもしれないけど。
「今、またネットで恋愛小説書いてるんでしょう?」
「え? ああ、うんまぁ・・・・」
小説なんて大した物じゃなくて、恋愛物のSSだけれども。
彼女はそれを知っていて、毎回僕の作品を批評してくれる。
元々、僕が作家志望であると知っていた彼女が、ネットに作品を
載せて皆の意見を聞いてみたら?と、勧めてくれたのだった。
実際、ネットには下手な小説より面白い作品が沢山あったし、
なんとなく疎遠になっていた幼馴染の彼女とも、それをキッカケに
前のように話せるようになって、僕にとっては良いことづくめだった。
「・・・君のお陰だよ。文章も、以前より大分ましになったし」
「うんうん。盛大に感謝しなさーい?」
でも、僕が本当に幸運だったのは、彼女の幼馴染に生まれたことだ。
神様がもし存在して、この配偶を決めたのだとしたら、僕は彼(女?)に
感謝してもしきれない。ありがとうございます神様。
「それでさぁ、私、最近気づいちゃったんだよねー?」
「え、なにが?」
「キミの書くのって、青春とか、恋愛とかじゃない?」
「あー、うん。あとは青春恋愛物とか」
「それって同じよね」
「そうだね」
クスクスと笑う彼女。
本当に、どうしちゃったんだろう?
「ああいうのってさ、自分の願望とか理想だったりするんでしょう?」
「うーん、そうかな? ・・・・ああ、確かにそうかもね」
そう、確かに、自分の恋愛観とか想いを描いているかもしれない。
ディティールなんかよりも、気持ちが本物の作品の方が、面白いと思うし。
一人称で描く作品の場合、特にそれが顕著かもしれない。
「でさ、私は気づいちゃったワケよね」
「え? 何に?」
ニヤニヤのパワーアップした笑顔で、僕に近づいてくる彼女。
体を反らして逃げようとする僕の耳元まで唇を近づけて、囁く。
「いっつも、主人公の好きな相手は幼馴染よね♪」
・・・
・・・・・・・
・・・・・・・・・・え゛!?
「えぇ――――っ!!?」
「ちょ・・・っ、耳元で大きな声出さないでくれない!?」
「あっ、ごめ・・・・っ」
どうしたのー、と階下から母の声。そんなに大声だったのか。
なんでもありませーん、と怒った顔の彼女が返事をしているが、目は笑っている。
そして僕の顔を覗き込んで、その目で、白状しなさいと訴えかける。
「え、ええっと、それはつまり、ほら・・・・っ!」
僕は彼女から視線を逸らして・・・彼女の薄着の胸の谷間に。
さらに慌てて、目を瞑ってくるりと椅子ごとディスプレィに向き直った。
今書いているのだって、主人公は幼馴染の女の子にベタ惚れだ・・・。
「あらぁ、どうしたのかしらぁ? んー?」
背後から、椅子ごと彼女に抱きしめられて、頭に血が上ってしまう。
僕は何故、リトマス試験紙みたいな単純な反応しかできないんだっ。
僕は、抱きすくめられたまま、アイスコーヒーのグラスを手にして
一気に飲み干し―――
「今度、アレを参考にデートする? 全部保管してあるよ?」
――ディスプレィに向かって黒い霧を吐いた。