キィキィキィ。  
世間一般ではいわゆる夏休みだと言うのに、僕こと井上哲樹は制服を着て使い古しの自転車でいつもの峠道を登っていた。  
と言っても別に部活に行くわけじゃない。そもそも三年生なのでとうに引退している。  
高校三年生が夏休みに学校へ行くというのはつまり勉強しに行くに決まっていて。  
つまるところ僕は夏休みの特別授業というのを受けに10キロ強の道のりを律儀に辿っているのだ。  
 
「ハァ…ハァッ…いい加減っ……トンネルとかできないの…かなっ…」  
 
僕の前方をのたのた進む自転車をこいでいるのは幼馴染の柚橋夏葉。  
家も隣なら通う学校に加えてクラスも同じ。  
18回目の夏を迎えてそろそろ良い感じに腐れてきた腐れ縁だ。  
名字がそれぞれイとユだからクラスでの席はさすがに遠い……のは出席順に席が並ぶ4月だけ。  
いつ頃からだろうか、席替えが行われるたびによく分からぬ理屈で前後左右のいずれかにさせられるのが長年の慣例になっている。  
これほどひどい話もないとも思うのだが、抗議が通った試しはないので最近ではもう諦めている。  
 
「…まぁっ……無理だろう…ねっ……ハァ…ハァ…」  
 
僕は僕とてのたのたと坂を登りながら返事を返す。  
登り坂で会話は体力の消耗が激しくて困る。  
ちなみに僕と夏葉の住んでいる町は人口40万程の地方都市……のはずれにある小さな町だ。  
コンビニくらいは勿論あるが、あまりコンビニエンスとは言えない距離だったり酒屋さんを兼業していたり。  
山あり川あり田んぼありと、どちらかというと田舎に近いそんな町だ。  
バスに乗って街中まで行こうと思えば何故か市内なのに市内料金の倍以上の金を取られる。  
代々庶民の家柄である僕らは、そのために街中の高校まで一山越えて自転車で通うことを余儀なくされているのだ。  
 
「よしっ…あと…すこしっ!」  
 
峠が見えて元気を取り戻した夏葉がペダルを力強く踏みつける。  
踏みつけたところで一番軽いギアではたかがしれているけれど、それはともかく。  
僕も取りとめもない思考で気を紛らわすのはやめにして、脚に力を込める。  
このラストの坂はとりわけ急勾配なため、前かがみになって立ちこぎするがいつものスタイルだ。  
必然、夏葉のすらっとした太ももやらスカートの奥のアレがしばしば目に飛び込んでくる。  
見慣れているとはいえやはり夏でもあり、なんというか眩しくて困る。  
困るのだけれど、まぁ見えてしまうものは仕方がないのでこっそり楽しんでいる。  
兄妹同然に育ってきたとはいえ、男たるものこれは自然の摂理というものだろう。  
 
ちなみに今日は白。  
 
 
 
「ふー、疲れたぁ……」  
 
ようやく峠にさしかかり、自転車を止めて木陰で一息つく僕と夏葉。  
汗に濡れたカッターシャツにバタバタと風を送り込みながら、タオルで汗を拭く。  
 
「飲む?」  
「ん。ありがと」  
 
夏葉が差し出した飲みさしのポカリを一口ぐいっとやり、空を仰ぐ。  
小気味良いくらいに大きく膨れ上がった入道雲の傍をジェット機が足跡をつけて行く。  
吹き抜ける生ぬるい風もこの時ばかりは心地よい。  
 
「そういえばテッちゃん。また私のパンツ見てたでしょ」  
 
おっと、ばれてたらしい。口を尖らせてこっちを睨んでいる。  
もっともそんなに本気で怒っているわけじゃない。  
小さい頃には風呂だって一緒に入っていたわけで、  
今更スカートめくりやら胸をちょっと触るくらいでは夏葉は怒らない。  
……いや、そういえば中一の頃だったか夏葉の胸が膨らんできたころのことだったか。  
好奇心からぺたりと胸を触ってみたときは、さすがに顔を真っ赤にして怒られた。  
それ以来ついぞ触ってないけれど、みる間に膨らんだ夏葉のそれは今ではクラスで一二を争うくらいのたわわな果実だ。  
よくわからないがそろそろEにはなっているはずで、健康的な高校生にとっては少々目の毒だ。  
 
「見てないよー。ちらっと見えただけだってば」  
 
それはともかくとして投げやりな言い訳を一応する僕。  
こんな言い訳が通るなら世の中というのは綿菓子並に甘いに違いない。  
 
「それを見たって言うの! このスケベ」  
「そんなこと言ったって仕方ないだろ。不可抗力不可抗力――おっと、もうあんまり時間ないや。行くよ夏葉」  
「あ、ちょっと誤魔化さないでよ。もー」  
 
雲行き危うしと見て自転車に飛び乗る僕。ここからは下り坂で一気にいける。  
ジーワジーワとうるさいセミを置き去りにして、僕は自転車にぐっと体重をかけた――  
 

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