「こっくりさんこっくりさん。お願いです、帰ってください!」
「もう、私やだぁっ!」
「ちょ、手を離したら…!」
『ひとりつれていく あとは ころす』
「やあああああああああああああっっっ!!!」
「うわあぁあっっ!!」
「おい、やめ、――――!
暗い。
冷たい。
目を開いて、初めての感想はそれだった。
あまりにも暗く、そして広い。
僕は目を開いて、周囲を見渡そうとする。しかし、起きたばかりなのでよく見えない。暗い上にぼやけた視線では、それは当たり前だった。
落ち着いてから、もう一度眼を凝らす。けれども見えたのは暗い空間。何処までも広がる暗さと、板張りだった。
「おーい」
声を出してみるが、返事はない。どこまでも広がって、木霊するだけだ。
けれども、それで少しは望みが出てきた。
ここには壁がある。暗いここは、しかし何処かの部屋なのだ。
ゆっくりと立ち上がって、僕は一方へ歩いて壁を探す。
此処は何処だろう。そして何故、僕は此処にいるのだろう。
考えて、思い出して。そしてはっとした。
僕は夜中の学校に集まって、いつもの仲良しの五人でこっくりさんをやっていたのだ。それが、途中で変なことになって、見つからないように消していた電灯の代わりの蝋燭が消えて。
こっくりさんが何かを言って。
そして、それからの記憶がない。僕の頭の中にあるのは、悲鳴と、異様な寒気と、第六感が告げる恐ろしさだけだった。
しかし今、それは此処にはない。しんと静まった空気が流れているだけだ。
不思議な感覚だった。これだけ暗くて、静かで、冷たくて、何もないのに、怖くも寒くもなかった。
僕の中の何かが麻痺してしまったのだろうか。きっとそうだろうと思う。いつもの僕なら竦んで立てないまま、無意味な時間を過ごしていただろうから。
ひた、ひた、ひた。
軋みもしない床は、フローリングと言うよりもしっかりと作られた和風建築のようだった。畳は敷かれていないが、しかし綺麗に磨き上げられているようで、靴下が滑る。
「本当に、何なんだろう…」
そう思いながら歩く。思わず口に出てしまったのは、不安に思う気持ちの表れだろう。
と。
「此処は私の家さね」
女の人の声が、丁度僕の真後ろから追いついて、抜けた。
それは若い声ながら、時代劇のような古くささを感じさせる口調。この場にはあまりにも会いすぎていた。
「何時は我の贄として連れてきたのじゃ」
僕は躊躇わずに、振り返った。
そこにいたのは淡く、白い光を放つ女だった。くびれた身体に、豊満な乳が揺れ、尻は締まっていた。
あまりにも美しすぎる、まるで僕の中の理想の女性を作り上げたような身体、そして整った顔だった。
「汝はは贄じゃ。我の玩具であり、物じゃ」
瞬間、それまで無かった何かが僕の中で込み上げる。
そこの言葉で思い出してしまった。
こっくりさんの告げた言葉を。
『ひとりつれていく あとは ころす』
連れてこられたのだ。
僕が連れてこられてしまったのだ。
「思いだしたかぇ」
突如、その女性の身体が次第に膨らみを増す。僕の腰が抜けたことで、ようやく思い出したことを彼女は悟ったのだった。
その足が、手があるべき位置に戻り、四肢を初めとして全身に放たれていた色と同じ淡い白の毛が生えていく。その目はよりつり上がり、僕の理想の女性は崩れていく。
代わりにそこへ現れつつあるものは、獣。尾がまるで中から溶け出すように現れ始め、一本、二本、三本、
計、六本の尾が僕の前で扇子のように広がった。
「九尾の……狐…?」
僕は呟いて、へたりこんだまま後ずさりしようとした。だが、力が入らない。磨き上げられた床は、僕の抵抗を拒むようにつるつると汗で滑るばかりだった。
「たわけ。我の尾が九本に見えるのかぇ?」
違う。六本だ。
けれどもそれが僕の知っている現実の範囲内でないことは、明らかだった。
「九尾の方は我の憧れる者だ。と言っても、下級の獣でもない」
その時代を感じる口調からも、それは理解できた。だが、結局の所僕にはどうでもいい。
「お願いします。二度とあなたのような高貴な方を呼んだりしませんから、僕を帰してください!」
僕は生まれて初めて土下座をした。みっともないことだと思った。
けれども、僕にはそれくらいしかできなかった。
とにかく帰ること。それが先決だった。
「汝は本当にそれが叶うと思ってるのかぇ?」
既に狐のそれになった顔が、口の端を、眼を細め広げ、そして笑った。ぼくがこれまで見たこともないような残酷で、無邪気で、そして恐ろしい笑みだった。
「汝らは我を愚弄した。油揚げか、神酒でも用意していればおとなしく帰ったものの。汝らはそれすらも用意してはいなかった」
僕は、泣きそうだった。
「お願いします」
「無理じゃ」
即答されて、僕は背筋が凍るような圧力を受けていることに、ようやく気が付いた。
「どうせもう、人間界に汝の居場所などない」
言われて、恐る恐る顔を上げる。
目と鼻の先に、美しい狐の鼻が笑っていた。
「それって…どういう……?」
「分からぬか? 汝と我は契約をしたのじゃ。汝の存在はもとより人間界になかったことになり、未来永劫我の忠実な下僕じゃ」
そう言った彼女は尾をそれぞれ翻しながら、じわじわと僕との身体の距離を詰めていく。
僕は動けず、ただただ震えるだけだった。近づいていく姿に、しかしもう諦めることしか出来ず、呆然と目の前の彼女に見入るだけだった。
「我は汝が気に入った。これまで見た中でも良質の魂をしておる」
「……僕のことを……魂を食べるんですか?」
彼女の言葉に、恐る恐る返す。彼女はけたけたと笑って、今度はその完璧ですらある造形の黒い鼻を僕の鼻にくっつけた。
「それもよかろう。じゃが、気に入ったと言ったろう。汝は我の下僕じゃ。永遠に我に尽くすのじゃ」
その獣臭い息が、僕の鼻に掛かる。けれども何故だろうか。それが不快には感じない。
「最早汝は戻れぬ。汝と共にいた者達は死んだし、汝の居場所は最早消え失せた」
金色の眼が、僕を覗き込む。吸い込まれるような感覚を受けて、しかしそれから目を逸らせなくなる。
「皆が……死んだ……」
「そう、殺し合ったのじゃ。我の妖力を帯びて、気が狂ったのじゃろう」
目が細められ、彼女は笑う。逸らすことの出来ない視線だけが、僕と彼女を繋ぎ止めていた。
「じゃが、汝は選ばれた。その清純な魂を持つが故にな」
その口が開き、赤い口が現れる。中から伸びた桃色の舌が這い出して、
僕の頬を舐めあげた。
僕の心臓が急に脈動し始める。
恐ろしさと、悲しさと、他の何かが混じり合って、僕が僕でなくなってしまうような浮遊感に襲われた。
「嫌だ……僕は…!」
なんとか掴んだ床を滑りながら、後ずさる。だが彼女はいとも簡単にその距離を詰め、そして先程と同じ体勢を作り出す。
「逃げられはせぬ。死ぬか、我が下僕になるか。まあ、死んでも魂は我のものじゃがな」
その言葉に僕は愕然とするしかなかった。眼前の妖孤は、死しても僕を離すつもりはなく、永遠にその手に留めようと言うのだった。
恐ろしい。あまりにも。
僕に抵抗することは、もう出来はしなかった。
顔を上げると、そこにはやはり彼女が笑う。その金色の眼は僕を見据え、そして眺めていた。
「汝は我が下僕じゃ」
獣の吐息が、その匂いが先程と同じように鼻を突く。
吸い込まれるように僕の頭の中に響く。
「僕は……あなたの下僕…」
心地よかった。あまりにも心地よくて、それが狐であることを忘れてしまうような浮遊感に包まれて、その吐息にとろけるような艶美さを感じていた。
その横で灯が点り始める。青い炎。狐火が僕達を包むように数個、ゆっくりと浮かんでいる。
照らし出された部屋は、神社のようだった。堂になっているその中心で、彼女は僕に覆い被さるように鼻を利かせる。
奥に飾られていたのは金色の狐の銅像。彼女を象っているのだろう。恐ろしく忠実であり、美しさも正にそのままだった。
「さて、そろそろ始めるかぇ」
妖孤は笑んだ。はじめて歯を見せた後、それを閉じて、軽く口を開ける。
僕はその光景にとろんと目を開いたまま、彼女の動向を見守っていた。
ふうっと、その口から吐息が漏れる。僕は逃すまいと反射的にそれを吸う。
飲み込んだ瞬間、僕の中の何かが溶けていく。柔らかく。温かく。
「さあ、飲むがいい」
彼女が差し出したのは、大きめの杯に入った一杯の水。否、漂う匂いは酒のそれだった。
霞のかかった思考でそれを眺めている間にも、彼女はついとそれをよこす。紅く塗られたその中で、酒はとぷんと揺れていた。
「汝の汚れを落とす神酒じゃ。全て飲むのじゃ」
既に、僕には抵抗する力もなく、それをゆっくりと手に取る。
そして躊躇いすらなく、それを一気に飲み干した。
苦い。
始めに感じたのはそれだった。だが、それは咽せる程の辛さではなく、むしろ酒の中では甘い方なのだろう。
喉を通ることにはそれは甘露のような甘さに代わり、僕の口を濡らしていった。
飲み込んだ大半は、喉から急速に熱を増して、酒精を燃やしていく。甘くても、かなり強い。身体が火照り、吐息がその匂いを孕んでいた。
暑い――いや、熱い。身体の芯が燃えたぎっているように熱い。
「どうじゃ。気分がいいじゃろう?」
猫なで声で言った妖孤の声は、僕の耳に何とか届いてはいたが、しかし先程よりも僕に影響を与えるような強さを持ってはいなかった。
「…ぅ……ぁっ……」
床に叩きつけられ、そこで初めて自分がのたうち回り、自ら倒れている事に気が付いた。
「そろそろ頃合いかぇ……」
急にはっきり聞こえるようになった彼女の声は、透き通るように美しかった。
ゆっくりと、倒れ、意識の朦朧とし始める僕に彼女は近づいていく。
「そのような余計なものは着けなくてもよい。熱いのじゃろう?」
黒く、鋭い爪が僕の服を裂いていく。胸元から、繊維の避ける音が部屋中に響き渡って、その根本まで達する。はらりとそれを剥いで、露わになった僕の身体に彼女のふわりとした美しい体毛が掛かった。
だが、もうそれにすら僕は抵抗を感じてはいなかった。熱くて堪らなくて、その行為になすがままになっていく。
ぴちゃと、僕の胸に温かく湿った何かが触れ、つうと嘗めていく。それが彼女の舌であることが分かる前には、既にそれが途轍もない快感を僕にもたらしていた。
「っっぁああっ!!?」
びくんと跳ね上がった僕の上半身は、しかし彼女に強く押さえつけられて再び床へと落ちる。ごつんと重い音がしたが、しかし痛みは微塵にも感じない。むしろ、そこが熱くなるだけで、苦痛といったものは彼方へと葬り去られてしまったようだった。
「その神酒はな、汝の獣を呼び起こす秘酒じゃ。我等が妖孤に代々から伝わる妖酒じゃ」
首筋を這っていく彼女の愛撫にその言葉が混じり、僕を更なる快感に誘っていく。僅かな振動が僕に伝わり、そのまま快感へと変換されていく。
「ほれ、見てみぃ。汝の物が痛い程に勃ちあがっておる」
彼女が膨らんだズボンのジッパーを口で挟んで開くと、弾けるように僕のものが現れる。
最早硬く、限界まで怒張したそれは、今まで嗅いだことのない様な濃い雄の匂いを放っていた。
その先端からは涎のようにとろりと透明な汁が溢れ、竿を伝って落ちていく。
「立派とは言えぬが、なかなか熟れておるではないか」
愛おしそうに眺める彼女は、それを眺めながらすんすんと匂いを嗅いでいた。
泥酔状態になりながらも、僕はその行為に恥辱を感じて顔を覆っていた。だが、彼女がそうしていることは変わらず、そして遂にズボンと、下着までその鋭い爪で引き裂き始めた。
「やめっ……」
言おうとして、飲んだ時と同じような強い浮遊感と、目眩が僕を襲う。抵抗できずに、そのまま視点が深い闇になっている天井を向いた。
びりっびりりりっ
布を裂く音と、外気に触れる感覚で、遂に全身を剥かれてしまったことが分かった。だが、抵抗も出来ず、僕はされるがままに力を抜き、愛撫を受け入れていった。
「ほれ。嫌がっている割には抵抗がないのう」
意地悪げに言った彼女の肉球のついた前足が、僕の性器を焦らすように揉みほぐしていく。それだけで度々していた自慰程度は軽く凌駕する快感が走り、それまで無理矢理押さえつけられていた、神酒を飲んだ時からの高揚が一気に爆発した。
「んぁ……お願いです…。早く…っ…」
とろんとしたあたまで、それだけをようやく紡いで口にする。だが、彼女は不満足な面もちで僕の顔を眺めていた。
「汝は我が下僕と言ったじゃろう。下僕が主人に懇願する時には相応の言い方があるものではないか?
いや、まだ正式に契約は済んではいないな。我とまぐわうことで、汝がここで我が忠実な下僕になると言う誓いを立てることになるぞ」
その顔を近づけて、彼女は言い放つ。僕はもう何も考えられず、思いついた言葉を口にするしかなかった。
「ご主人様っ…お願いします。僕をっ…あなたの下僕にしてください…」
抵抗など、最早出来るはずもない。神酒の所為で理性という物が取り払われた僕は、彼女からの愛撫を求めて、永遠の忠誠を誓った。
「よいよい。それでよいのじゃ」
にこやかに笑んだ主人は、顔を尻を向けたまま僕に覆い被さっていく。
むっと熱気が顔に掛かる。眼前に突きつけられたのは桃色をした女性器。じわりとは濡れてはいたが、まだ準備が整っていないように見える。
雌の匂いが強くそこから放たれ、僕を更に彼女へと酔わせていく。
彼女は何も言わなかった。それでも、僕は彼女が促したことを理解し、獣のそれであることにもなんの躊躇いすら持たず、むしゃぶりついた。
本来なら抵抗するべき行為を、僕は望んでいた。麻痺した思考で彼女の花弁に口付けをし、涎で湿気を孕んだ舌で淫核を刺激する。その刺激が心地よいのか、喘ぎ声こそ無かったが愛液が孔を濡らし始める。それを味わいながら、僕は舌をそこへと突き刺していく。
くちゅくちゅと刺激すると、使い込んでいるのだろう、初々しい反応ではなく、官能的な腰の振りを見せる。
更に続けていこうと僕は舌を伸ばそうとするが、しかし腰を上げた彼女にそれを憚られた。
「もういいじゃろう」
それまでの体勢を変えて、今度は主人の性器を僕の性器に押し当て、胸を押しつけ合う形になる。
「もう、逃げられはせぬ」
そう言ってゆっくりと、しかし確実に僕のいきり立った肉棒を、彼女は飲み込み始めた。
「ぁっ……ぁあっ!」
刹那、あまりの快感に僕の身体がびくんと跳ね上がった。
痛い程に勃起していたそれがご主人の中に入った瞬間、しゃくりをあげ、更にその中に入っていくことを促進してしまう。だが、その刺激があまりに強すぎて、僕は身体をくねらせ、逃げ出したい衝動に駆られてしまう。
だが、滑らかな絨毛に包まれた彼女の胸が僕の胸を鼓動が聞こえる程に強く押さえつけ、離さない。
「逃げ出すことは出来ないと言ったじゃろう」
怪しく笑んだ彼女の中に、僕の肉が埋まっていき、そして遂に根本まですっかりと飲み込んでしまった。
「あっ…たか……い」
その感覚があまりに凄まじくて、涎を垂らしながら歓喜の声を上げる。
「まだ挿れただけじゃろう。これからじゃ」
ゆっくりと腰を動かし始め、更に膣を締め付け始める。
「理性が壊れる程に乱れるがよい」
射精感が未だに込み上げてこないことに、僕は苦痛すら覚えていた。
ご主人が腰を持ち上げ揺すりながら僕を刺激するたびに狂ってしまいそうな程の快感が押し寄せる。それが断続的に続き、正に僕は肉人形にされてしまったかのような心地でそれを受け入れ続ける。
くちゅっくちゅっくちゅっ
互いに多少は湿っていた性器ではあったが、獣の交わりを始めるうちに更に潤いを増していく。
それが音を立て始め、生臭い空気と匂いに更なる淫猥さを加えていく。
「ぁっっぁっっぁっっ」
それが繰り返されるたび、僕は嬌声をあげる。獣に犯されて、感じてしまう自分が情けないようでいて、逆に彼女と一つになれることが嬉しくもあった。
僕はどうなってしまったのだろう。どうなってしまうのだろう。
その不安すら、目の前のあまりの快感に塗りつぶされていってしまう。
身体が、僕が、彼女が脈動する。その度に神酒によって引き出された獣は微細な刺激すら快感に変えて、僕を覆い尽くしていく。
狐火によって照らされる堂は似つかわしくない程に広く、その行為はあまりにも場違いだった。しかし逆に、それが八百万の神の前で犯されているような、異様な快感に変換されて僕に刻み込まれていった。
腰を振り、胸を押しつけながら、彼女は尾のうちの一本を僕の頬に擦りつける。
「どうじゃ、神々の前で犯される気持ちは」
それはおかしくなる程に気持ちがよかった。いや、実際僕はおかしくなってしまっているだろう。でなければ、無数の神に視姦されていることを悦んだりはしない筈だ。
それがいるかは分からない。だが、彼女の存在がそれを現しているのだと示していた。だから、僕はそう思ったのだ。
ちゅっちゅっっくちゅっ
濡れた音が次第に大きくなり始め、更に僕の肉棒は彼女の中で肥大し始める。まるで自分の物ではないかのように硬く、強く彼女を刺激し、絡みつく彼女の刺激を逃すまいとしているようだった。
だが、それも束の間だった。
ぞくりと背筋が冷たくなる。
込み上げてくる何かが一瞬理解できなくて、恐ろしい程に背筋を仰け反らせる。
それが射精感だと理解できたのは、彼女が妖艶に笑んで、膣を動かした瞬間だった。
「あっ…ぁあああっっ!!」
一際大きく声を上げる。
そして、堂に声を響かせながら、僕は達してしまった。
びゅくっっびゅるるるっるるっ
ご主人の中に、僕の精子が注ぎ込まれていくのが分かる。
焦らされた分、その量と快感は凄まじく、先端から吹き上げる奔流はあっという間に彼女の中を満たして、僕の股間へと溢れ出てきた。
だがそれでも射精は止まらない。自慰程度しかしたことがない僕にとって、それはそれまでしてきた中で最も長く、最も気持ちのよい射精だった。
「―――――!!」
既に声にもならず、仰け反り、主人の中で肉を暴れさせる。それはあまりにも淫らで、あまりにも情けない姿だっただろう。だが、もうそれを気にするような自尊心は僕の中には微塵も残ってはいなかった。
びゅるるっっっ
遂に絶頂が終わり、仰け反った身体が床に落ちてごとんと音を立てる。痛覚は快感の余波で消え去ってしまった。
肩を上下させて絶頂の余韻に浸る僕の意識は、既に殆ど消え去っていた。
だが、ご主人がその身体を掴む。
「我の中にこれだけ出しておきながら、自分だけ達せると思っていたのかぇ?」
その言葉の意味が分からず、僕はゆっくりと彼女を見つめる。
その刹那。
ちゅぷっ
彼女の口が僕の口を塞ぎ、ゆっくりと僕の口の中を貪り、犯していく。ねっとりとした長居したが、逃げ場を無くすように動き回り、唾液を流し込んでいく。
その獣臭さは、先程息を吹きかけられた時など比べ物にならず、しかし明らかに僕を麻痺させ、彼女の虜へと変えていく。
舌を押しつけるように絡ませ、鼻から漏れる吐息を感じ、僕は幸福の頂点にいるような感覚に陥っていた。
とろけるようなその行為に恍惚とした僕の表情を確認した彼女は、満足そうに口の中を嘗め回し、自らの涎を流し込んだ後に、銀色の糸を引きながら口を離していった。
僕はもう、彼女の愛撫が愛おしくて堪らず、あれほど射精した筈なのに再び肉棒をいきり立たせてしまっていた。
だが、彼女は自らの膣にそれを導くような行為はしなかった。
「さて、汝にも注いでやるかぇ」
そう言ったご主人を僕はぼんやりとしたまま見た。
怪しい笑みで、彼女は自らの股間へと視線を向けるように、促していた。
そこには何か、影になって見づらいものが存在していた
しかし太く、長い。それまで無かったその存在を、僕は何も考えられずに見つめることしかできなかった。
「立派じゃろう。汝には見覚えがあると思うのじゃが」
妖しい笑みを浮かべ続ける彼女の妖気が、そして鬼火が近づくことによってはっきりと形を現し始めた股間のそれから放たれる香りが、僕の神経をかき乱し、更に淫らな世界へと誘おうとする。
そして僕はそれに対して、既に抵抗力を失ってしまっていたのだった。否、抵抗すらしたくはなかった。
「自分ばかり心地よくなれるとでも思っていたのかぇ?」
それは恐ろしく、そして美しい笑みだった。悠久の年月を思わせるその瞳が僕だけに向けられ、それだけでも清浄な判断力を奪っていってしまう。ましてや、先程の神酒と、交尾で彼女に身を任せてしまっていた僕に、最早それを拒むことは不可能だった。
目の前に迫ったのは、雌であるはずの彼女の股間に生えた雄の象徴。目の前に突きつけられたそれに無言の意志が込められていることを、僕は感じ取っていた。
そして僕はそれに従う。
本能であるかのようにそれにすり寄り、そしてそれに鼻を突きつける。すんすんと嗅覚を限界まで研ぎ澄ませると、ご主人の肉棒の、雌であるのに雄の、据えたような匂いが僕の鼻を突き抜けて、脳髄まで到達してきた。
頭がくらくらして、しかしそれでも何とか体勢を保とうとする。そんな折りに彼女の前足が僕の頭を押さえつけて、半ば開いた口にそれを無理矢理――しかし僕はそれに対して献身的に――突っ込んだ。
「んぐぅっ」
匂いとは違い、恐ろしく濃い風味が広がる。それすらご主人の物だと思うと愛おしくなり、とにかく僕は舌を這わせた。味わうように嘗め、吸い、彼女の命じるままに刺激を与えていく。
自我という物は、既に僕の中には存在していなかっただろう。ただ彼女に従う獣。それが僕だった。
その香りに、彼女に口を突き上げられることに、僕は快感を覚え、更に自らの物を硬くしていく。視認することは出来なかったが、感覚で先端から先走り液が垂れていることは容易に想像できた。
「いいじゃろう。腹をみせい」
彼女が命じる。
肉棒を吐き出すと、僕は彼女の言葉のままに仰向けに寝転がった。
先ず触れたのは彼女の肉球だった。
次に舌。先程愛撫された時に殆ど嘗め尽くされてしまってはいたが、今度はもっと深く、涎の増えたような、ぬめりとした感触があった。
刹那、その部分がぞくんと僕の感覚を逆撫でする。形容することが出来ない、極上の快感と嫌悪感を同時に体験しているような、全身が震えるような愛撫だった。
「ん……ぁあっ…」
思わず声が漏れる。それで僕が感じている事を確認したご主人は、僕のいきり立った肉棒に擦れるか触れないかの所でそれを弄る。それが堪らなくて僕は腰を動かすのだが、それを全て把握しているように手を退ける。
「そう簡単に達せるとは思っていないだろうが、しかし我慢できぬだろう?」
猫なで声は、僕の耳元で囁かれる。甘い声が僕をとろけさせ、そして壊していく。
虜となった僕は、彼女の嘗めた部位から広がっていく違和感に対して、遂に疑問を抱く。
気持ちいいのか、嫌悪するべき物なのか。それすら僕には判断基準をもつことは出来なかった。
ちらりと目を向ける。首筋を甘噛みされた時、快感に喘ぎながらも薄く開いた目に、狐火に照らされて僅かに青く見える金色の、芸術品の様に一本一本が細い獣毛。それが、僕の腕から広がり、全身を覆い始めている異様な光景だった。
だが、僕ははっと彼女の瞳を見る。酔わされた思考で手が前足に代わり、股間の勃起しきった逸物も獣のそれに変わる、その絶対的な快感を彼女の瞳から肯定するべき物だと刷り込まれてしまっていた。
そして、僕は狐へと変化していく肉体に、幸福感を覚えていた。
「どうじゃ。獣へと堕ちる快楽は?」
彼女の口から漏れる吐息の匂いに酔いしれ、快感に身をよがらせ、神酒の酒精によっての泥酔状態になった所為で、目をとろんとさせながら涎すらくちから垂れる僕は、ただ彼女の問いかけに肯くことしかできなかった。
「ここも大分変わってきたようじゃ」
妖艶な笑みで僕の股間に口を近づけていくご主人に、しかし僕は抵抗できない。そしてご主人の舌が僕の尻に到達した刹那、僕の中で何かが弾けたような感覚が走り、そして一気に身体が跳ね上がった。
「んぁあっ!!?」
そして身体から沸き上がる不思議な感覚。
その一瞬のうちに、それまで僕の表面を駆けめぐっていた快感が、僕の全てを走り去った。
「んはぁっいぁ!!」
呂律が回らない。まるで内側から溶けていってしまうような、奇妙な感覚が僕の中を一気に駆けめぐっていく。
汗腺から全身の水という水が抜けきってしまうような脱力感。
一方で、至る所の筋肉がより強く結びつき、膨らんでいく感覚。
目を明けている余裕もなくなり、身体を仰け反らせて、彼女が与える刺激と、肉体と精神の両方を駆けめぐっていくあらゆる感覚に堪えていた。が、しかしやはり堪えきれるはずもなく、天井を見ていた瞳を遂に硬く閉じてしまった。
刹那、遂にこれまでの中で最も強い衝撃が僕の中心から放射状に、一気に広がった。
「げっ!!」
言葉にならない呻きが喉の奥から漏れる。同時に、僕の胃の中に入っていただろう吐瀉物が、衝撃によって横向きに寝そべる形となった僕の口から飛び出し、冷たい床を濡らした。
と、それを境にゆっくりと、僕の中から苦しさが逃げていく。少しずつ楽になっていく身体に、ようやく気を抜いて、僕は身体から力を抜いた。
「どうじゃ、辛かったか?」
彼女の言葉に対して、僕は素直に肯いた。
あまりに苦しくて、僕の目からは涙が零れていた。それが感覚で分かる。
そして彼女はそれを嘗めた。もぞもぞとした感覚が身体の何処かであったが、その行為でそれも気にはならなくなっていた。
「じゃが、もう大丈夫じゃ。ほれ、見てみい」
激痛で勃起も治まってしまっていた僕に、彼女は神前に供えられていた神酒を中空へ流す。その非現実的であり、そして鬼火に照らされて流れる美しい光景に僕は目を奪われる。
寝っ転がった僕の上にそれが溜まり、一つの長方形を形作る。そしてその水の反射率が上がり、僕の姿を照らし出す。
其処には腹を見せ、縮んでしまった肉棒を股間に持ち、尻穴を彼女に見せる淫らな格好で寝ころんでいる僕の姿が映っていた。
禁色のきめ細やかな体毛に、柔らかな尻尾を持った、一匹の狐となった僕の姿が。
その姿に愕然とする以上に、幸福感と異常な程の興奮が込み上げてきたことに僕は驚きを感じていた。
生きながら畜生に堕とされた筈なのに、それを幸福と思う自分が居た。
それはきっとご主人が居たからだ。
ご主人の手に因ってのことだったから、僕は悦びに打ち震えたのだ。
痛みが快感に変わっていく。僅かに見えるご主人の顔が、少しだけ快感に歪む。
一方で僕は、薄れていく自我の中で何とか自意識を保とうとするが、彼女のそれが突き入れられるのに比例して、次第に彼女の肉を受け入れる器に過ぎなくなってしまっていた。
美しく、愛おしい肢体。獣に変わってしまったためか、彼女の身体がより完璧な存在のように思えた。
「っぁああ!!」
声が漏れる。そして遂に彼女の身体が僕の尻に付く感覚。
「全部埋まったぞ。どうじゃ、主の物を全て受け入れた気分は?」
想像以上の圧迫感。年月を重ねた、太く長い性器は僕の中を貫き、そして淫らに腰を振り始める。
自分本意な行動。だが、主人のその行為に僕は既に痛みなど感じない。絡みつくような感覚と快感を尻穴から感じながら、肉棒を勃起させ、彼女に無防備な姿を見せるだけだった。
「ふむ、なかなか心地よいぞ」
ねっとりとした声で彼女が僕に耳打ちする。恥ずかしくてみみがぴくぴくと動くが、彼女はより恥辱的な台詞を口から吐いてくる。
そして言葉を脳内で咀嚼するたびに、僕の中で恥ずかしさが快感に変わる。
「言葉で感じるなど淫乱じゃのう」
玉を揉まれながら言われ、そして言葉の意味を理解できたのなできないのかも分からないまま、強く性器を押し込まれたことで更に勃起する。
「んぁあっ」
息が荒くなる。尻穴からの刺激で霞がかかった思考に、膜が張ったように更なる脳の痺れ。
彼女の愛撫は続き、そして僕の存在が遂に壊れていく。
「あっあっあっあっ」
次第に彼女の腰の動きが断続的になり、一方で僕の中の一点を貫き始める。
そこを突かれる度に僕の身体には電撃が走ったような快感が抜ける。それを見てより一層加虐心を刺激された彼女は、何度も何度も其処を突き上げる。
「なんじゃ。初めての雄穴で、言葉でも感じて。此程淫らな存在を我は終ぞ見たこと無いぞ」
涎を垂らし、頬を赤らめ、彼女行為に異常な程の興奮を覚えている僕に、厳しく、そして異様な程に優しい言葉をかける。僕の中の自虐心が更に開花し、彼女からの行為を受け入れる。
双方ともが長い間その行為に没頭する。彼女の腰が突き入れられるたび、僕は淫らに喘ぐ。
正に獣の交わりは、僕の意識が飛んでしまう程に、より激しくなっていく。
頬を紅潮させ喘ぐ僕に、彼女はさらに動きの速度を増していく。
脱げてしまった服に先ほど放出した精液で染みになってしまっているのが目に入ったが、瞬時にどうでもよくなってそのまま快楽に没頭していった。
「あっあっあっ」
涎を垂らして。狂ってしまうほどの快感に耐えながら。彼女に弄られながら。僕はより淫らな獣に堕ちていく。
そして遂に、先端が熱くなってくる。
彼女が激しく腰を振りながら、一方で優しく僕のそれを握った。
刹那、込み上げる熱さ。
「あぁあっ――――!!!」
我慢しきれずに声を出して、彼女にされるがままになっていく僕を、他に見る者がいればどう思うだろうか。
そう考えるだけで羞恥心が増していく。そしてついにそれも考えられなくなってくる。
余裕がなくなって、真っ白になっていく頭の端に彼女の顔。端麗なそれが目に入って、そしてさらに僕は淫らに喘いだ。
いつもの僕だったら。あのこっくりさんをして、ここへ来る前の僕だったら、きっとご主人の立場だっただろう。けれども、淫らな受動の快感を知ってしまった今、二度とそこへは戻れない。戻ろうとなどできない。
尻穴を締め付けると、彼女が気持ちよさそうに呻く。さらにそれによって僕の前立腺が刺激されて、肉棒から透明な汁が床へと落ちて、弾ける。
僕が僕でなくなってしまい、僕が僕になる。
表現できないほどの快感が背筋を駆け抜けて、全身が痙攣する。肉棒が膨張して、尿道を通り、鈴口から一気に何かが迸るのが分かった。溶けて、弾ける。僕という存在がそれとともに放出されていくのがわかる。
人間としての最後の自我が、白濁液と共に僕の中から消え去ってしまっていくのが感じられた。
びゅくびゅるるびゅくびゅびゅっっ
「ぅぁっ…………」
漏れる言葉は、もう僕のものではないような気がした。
そして僕が絶頂に達したと同時に締め付けられた括約筋が、彼女の肉棒を刺激。それによってご主人も無言で絶頂に追いやられる。
穴の中のご主人のものが膨れ、中に熱いものが流れ込んでくる。
人間ではありえないほど長く、そして心地よすぎる射精感と服従の悦び。未だ続く二匹の射精は長く、強烈で、僕の中で何かが書き換えられていくような幸福感。
そして、ご主人のものが白濁液を吐きながらより深く僕の奥に潜り込んだところで、僕の意識は尽きてしまったのだった。
「気分はどうじゃ?」
優しく語りかけてくる声。
僕はゆっくりと目を覚まして、慈母のようなその体に鼻を擦り付けた。
暖かく、悠久の時を感じさせる香り。香と混じって、太陽の香りもする。
いつから匂いひとつでこれだけの情報が分かるようになったのだろう。考えて、しかし思い当たらないので考えないことにした。そんなことをしているよりも、ご主人のそばで寄り添っていたほうが気持ちがよいことに気づいたからだ。
障子の外は、森だった。深い深い、緑色の森。僕が眠っていた神殿はその中央に位置していたようで、そのためか思った以上に建物は大きかった。
こうして、もりの少しはずれから考えてみれば、あの神殿のために森が作られていたような、そのような感じも受ける。
とにかく、僕は今この時間がとても幸せなようなものだと思えた。
「気持ちいいです」
「この陽気じゃ。まどろむのも仕方なかろう」
ご主人の言うとおり、ぽかぽかと照らす光に僕は眠気を覚えていた。暖かな香りと、光。そして深い草の中、ゆるりとした時間だけが流れていく。
ご主人の眷族しかいないという森には、鳥のさえずりもない。耳に入るのは葉と枝のさざめく音だけ。それが僕の少し垂れた耳に入って、そのまま寝入ってしまいそうになってしまいそうになる。
「じゃが、ほれ。毛繕いの途中じゃろう。起きぬか」
言われて、僕は前足で目をこすった。ぼやけた視点にご主人の姿が捉えられる。
「んぁ、はーい」
「主、初めてここに来たときの緊張感は消えうせてしまったようじゃな。……まあよい」
ご主人が呆れた声で言うのを、僕は二股の尻尾を振りながら聴く。
その表情がいつか見たような恐ろしいものではなく、どこか困ったような柔らかな表情だったことに安堵したからだ。
僕はとろんとする目を一度ぎゅっと閉じて、そして眠気を振り払う。ご主人はそれを見ながら、母のように微笑む。
そういえば、僕の母はどのような者だったか。思い出すことができない。
けれども、別に思い出さなくてもいいような気がした。むしろ、思い出してしまってはこの幸せな時間が崩れ去ってしまうような気がして。
僕は再び彼女の毛繕いに戻る。
そこには悠久に続く妖の時間。僕はそれを噛み締めながら、
陽光の下で眠ってしまった。
水辺は風に揺らめいて波紋を作る。
その風はどこから来て、どこに吹くのか。そのような疑問すら生まれてしまうほどに、人間の目からすれば木々が生い茂り、それがどこまでもどこまでも続いていた。
木々がざわめき、時折幾つかの尾を持った狐が通り過ぎて、水を飲みに来るだけだ。
そこは久遠の世界。
決して人間の手の入らない、妖の世界。
木々の狭間から光が漏れる。その下、湿った地面に苔が生え、その僅か上に草が生える。
その森の奥に、似つかわしくない大きな神社があった。
あまりにも広すぎる堂は磨く者もいないのに姿を映すほどに綺麗であり、がらんとしたその場所のその神前には美しすぎるほどの稲荷が像として祭られていた。
供える者もいないのに、神前には神酒と稲荷寿司が用意される。
そして、その神殿から離れた森の外れで、新たに眷属となった者と共に、像と寸分違わぬ美しさの妖孤が惰眠を貪っていた。
一方、人間の世界。ある学校の教室で、凄惨な事件が起こっていた。
夜中に学校に忍び込んでいた学生たちが翌朝、警備員によって発見されたのだ。
部屋の中央の机には「こっくりさん」をしていたらしい形跡があり、そして五人の遺体がその傍らに転がっていた。
その五人分の遺体は、それぞれが刺しあったような傷をしており、もともと仲の良かったとされるその男女の集団自傷事件として警察は片付けることにした。
しかし。
面白半分で録られたであろう録音が現場で見つかった。
そこには六人分の声。「こっくりさん」を始める前からそれぞれの名前を呼び合っていた声。
だが、遺体となった彼ら以外のもう一人の名前は、彼らをよく知っていた友人、保護者に聞き込みをしても、誰も知らないと答えたという。
そして自傷の動機、録音の内容、謎のもう一人など、幾つもの解けない不明点を残して、警察の捜査は難航。闇に葬り去られることになったという。
<了>