粗筋》  
 女性を捕らえて女郎にしたてあげてしまう集団に属する鴎蓋(おうがい)は、冴曉を人質にして駿蓉を誘い、これを嬲った後、強姦した。冴曉はこれに抗議したが、文字通り一蹴された。  
 切られた傷は浅く、急所もはずれており、貧血になって意識が薄れていただけだったのだが、そこに強い衝撃が加わったため、彼は短時間、意識が飛んでしまった。  
 二人は軽トラックに乗せられて、娼館に連れ去られる。冴曉は、何故自分が生かされて連れ去られているのか判然としなかったが、泣いている駿蓉を慰めるのに気がいって、そんな事は考えなくなった。  
 トラックに揺られている内に、走行中にも関わらず二人が入り込んできた。入り込んできたのは、竜とそれに乗る曹准。彼は「自警団」なる物に入団しているらしく、弱小警察にかわって自治しているらしい。  
 曹准を乗せてきた竜も同じく自警団所属の者らしかった。  
 竜は二人を乗せて軽トラックから脱出した。冴曉がトラックの方に目をやると、軽トラックから路上に飛び出し、歩道へ走る曹准が見え、直後軽トラックは爆発、炎上した。曹准は多少の魔術を心得ていたのだ。  
 曹准によると、娼館は、カップルを狙う事が多く、女性の取れ高で二人の生活費を賄うシステムらしい。そうすると、女性は体を売らざるを得なくなり、反抗もできなくなる。男性の命が娼館の手中にあるからだ。  
 また、鴎蓋は娼館の捕獲役であり、捕獲役は中絶を強要されるらしい。無断で強姦してしまう者が多発したそうで、娼婦が娼婦として使えなくなってしまうからだ。  
 曹准は二人の事を考え、次回の二ヶ月の有給休暇を与えたが、駿蓉も冴曉もこれは受け入れなかった。二人は、曹准に対し、精神を正月休みで回復する事を約束した。  
《以上。その後二人の正月休みの光景を描きます》  
 
 
 正月の空気も幾分過ぎ去り、ただ怠惰な時間が過ぎる四日の午後八時。世間は何もする事が無く、特に何をするでも無く、何となくテレビを見ている者がほとんどだろう。もうこの頃になると、「正月特番」に違和感が混じってくる。  
 そんな時間帯に、駿蓉はダブルベッドに腰掛けていた。淡い光が照らすだけの部屋である。窓の外の景色も、目を奪うほどには美しくない。ダブルベッド以外にあるのは、クローゼットとデスクのみである。  
 駿蓉はあまり浮かない表情で俯いていた。先日の事件以来、活力は失せ、口数も減っている。自発的な行動はほとんど取らず、冴曉の言葉を受けて答えるだけ、と言ったような、以前の長所を全く無くしてしまった駿蓉がいる。  
 明日を最後にして、休暇は終わってしまう。明後日からは、以前のようにホルンを猛々しく吹かなければならない。心労など覗かせず、喜びに満ちた音色で、合奏しなければならない。  
 
 そうするように決めたのは自分だ。だからこそ、精神的に回復していない自分を責め立ててしまう。合奏は、一人が抜けたり、無気力だったり、自暴自棄になってしまえば、完全は有りえない。  
 明日には完全に元の精神状態に戻っておかなければならないのだが、今の状態ではそれは望めない。  
 冴曉もできるだけ声をかけるようにしてくれたようで、事件翌日以外は積極的に話しかけてくれた。下手なユーモアを言ってみたり、繋がらない話を断片的に聞かせてくれたり、最初と最後で捻れる話をしてくれたり、駿蓉の事も相当気遣ってくれたようだった。  
 駿蓉はそれが涙を起こすほどに嬉しいのと同時に、申し訳無さも同時に感じていた。彼に無理をさせているのは自分であり、そしてその自分はなおも立ち直れていない。彼はあの日から今日まで体も求めてこなかった。  
 当然なのかもしれないが、あれほど愛し合っていた仲で、突然性愛が途切れるのは、男性としては辛いに違いないだろう。  
 それもこれも、自分のせいなのだ。  
 駿蓉は今日何度目か数えられない溜め息をついた。こうして意識を泳がせると、必ず内罰的な方向に泳いでいってしまう。これほど消極的な気持ちになったのは、生来経験した事が無かった。  
 解決策も、見当がつかなかった。  
 そして、最終的に解決してくれたのは、やはりと言うべきか、冴曉だった。  
 
 駿蓉がベッドルームで塞ぎ込んでいると、ドアの開く音がした。  
 ドアに背を向けるように座っていた駿蓉は、反射的に耳をそちらに向けたが、匂いをかいで誰だか分かったので、元のように萎れさせる事にした。  
 匂いの主――冴曉は柔らかい足音を立てながら駿蓉に近づき、駿蓉の背に対して、左腕が直角に当たるようにして、ダブルベッドに座った。ゆっくりと座ったので、ダブルベッドは僅かに沈むだけだった。  
 「駿蓉」  
 冴曉は唐突にそう呼びかけたが、駿蓉は顔を向けないようにした。  
 「俺たちは何も悪くないぞ」  
 冴曉のその言葉は初めて聞いた。駿蓉は萎れさせていた耳を立て直し、冴曉の方に向ける。  
 冴曉は説き始めた。  
 「お前はどうやら、この事件の諸悪の根源を自分に置いているみたいだけど、そんなわけない。考えてみろよ? 俺が狼に捕まらなければこんな事にはならなかったんだぞ?」  
 ……確かに。  
 確かにその通りだ。しかし、駿蓉はそんな考え方はするはずも無かった。愛する人を、格闘で負けたからといって責めるのは、冷酷非情である。  
 駿蓉はそんな事ができるはずも無く、ここまで言われても自分を責める気持ちは薄まらなかった。  
 冴曉は説き続ける。  
 「そもそも、狼があんな事をしよう、なんて考えなければこんな事にはならなかった。いやその前に、娼館が狼にあんな事を指図しなければ良かった。いやいやその前に、娼館の創設者が悪い。  
 いやいやいやその前に、娼館の存在が……って、こんな風にどんどん問題が大きくなっていく。そう考えればお前の罪なんて、皆無だ」  
 ……確かに。  
 確かにその通りだ。しかし、それは責任転嫁と言う物ではないのか?  
 いやそれは違う。駿蓉は何故だか釈然としなかった。どう考えても、自分の考えは感情的なのだが、冴曉の論理的な考えが受け入れられない。どうしても自分を悲劇のヒロインに仕立て上げているかのような、そんな感情が無意識に働いているのでは……?  
 駿蓉はいよいよ混乱してきた。  
 
 「……そうなのか」  
 冴曉の、文脈を無視した言葉に駿蓉は内心、首を傾げた。  
 冴曉は、言い切った。  
 「お前がそう思うのなら、お前が一番悪い」  
 駿蓉は冴曉の方に振り向いた。今の言葉が信じられなかった。今まであれほど弁護してきたくせに、突然駿蓉に罪を被せようとしている。変化があまりに急激すぎて、精神はこれを拒んだ。  
 駿蓉が振り向くと、安らかな表情でこちらを眺める冴曉がいた。駿蓉は、半ば無意識に、冴曉の言葉に反抗していた。  
 「どうして私が悪いの」  
 駿蓉は自分の感情が白から黒に一転したのに、内心で目も白黒させた。まるで、暴走する自分を眺める、受動的な自分がいるようで、自分の行動が制御できなかった。反抗したくないのに、それを避けられない。  
 だが、次の冴曉の言葉で、駿蓉の反抗に拍車がかかった。  
 「あの狼を討てなかったお前が悪い」  
 「……なっ……何それ!」  
 駿蓉は立ちあがった。怒髪冠を衝くとはこのような感覚なのだろう。辛うじて冷静な部分がまだ残っていたが、大半は怒りに流されてしまった。  
 私が悪いだなんて、そんなの絶対におかしい。冴曉がこんな事を言うはずもないのに、ただその考えだけが蔓延していた。  
 「私はね、あの狼に犯されたんだよ!」  
 平静を崩している駿蓉を、冴曉は無表情に見上げた。  
 「冴曉を助けにいこうと思って駆け付けてそれで強姦までされて、本当なら体を売らなくちゃいけなくなるはずだったんだよ!  
 運良く曹准先生が気付いてくれて何とかなったけど、本当だったら私は酷い目に遭ったんだよ! そんなに嫌な目に遭ったのに私が悪いなんて酷すぎる! 私は悪くなんかない!」  
 「……なんだと!」  
 冴曉はダブルベッドを手で殴りつけて立ちあがった。恐ろしい形相で小柄な駿蓉を睨みつけ、左手をわなわなと震わせている。  
 冴曉の演技は普遍的だった。  
 「もう一度言ってみろ!」  
 冴曉がそう言うと、駿蓉は従った。  
 
 「何度でも言おうじゃないの! 私は悪くな……あ」  
 駿蓉は、砂が落ちるように怒りが退くのを感じた。  
 冴曉は、敢えて駿蓉を責める事で駿蓉の怒りを買い、駿蓉に対して、自責を払う発言をさせたのだ。一度「私は悪くない」と言った時に、芝居がかった仕草で「もう一度言え」と言ったのも、その作戦の一部だったのだろう。  
 何より、今や冴曉が虚偽の怒りを収めて駿蓉に微笑みかけているのが証拠である。  
 冴曉の作戦に見事引っかかってしまった駿蓉は、目のやり場に困ってそれを泳がせた。両手を胸の前で合わせて、肩を狭くさせた。  
 「……駿蓉」  
 冴曉はそう呟いたかと思うと、滑るように駿蓉に一歩近づき、そのまま駿蓉の事を抱き包んだ。冴曉の男性的な肉体、愛する者の肉体を触覚で感じるのは、駿蓉にはしばらくぶりの事に思えた。  
 狼に汚された感覚が、冴曉によって洗い流されるような清浄感。交際当初の初々しい感覚が蘇ってくる。  
 「お前の言う通りだ。お前は悪くない」  
 冴曉が駿蓉の耳に向かってそう呟いた瞬間、駿蓉は、この十日間での苦悩が全て割れて崩れ落ち、心が急に軽くなるのを感じた。心に重くのしかかっていたものは、駿蓉の涙腺から涙となって排出される。  
 駿蓉が冴曉の胸に顔を押し当てると、秋雨のような涙は冴曉の胸を、心を濡らす。冴曉はその思いを受け取り、駿蓉をひしと抱き締めるのみに留めた。この場で、言葉は無力になった。  
 言葉が愛を凌ぐ事など無いのである。  
 
 女性は、一度涙を出すとなかなか止まらない傾向にある。駿蓉もその例に外れる事なく、冴曉に額を押し当てたまま動こうとしなかった。  
 時には口角を強く結びつつ堪える泣いたり、そうかと思えば口から哀咽を漏らして泣いたり、駿蓉は様々な事を冴曉に告白した。辛苦や心労。涙は痛切な思いを語り、冴曉はそれを受け取って霧散させていった。  
 しかし涙は無限ではない。いずれは涸れる時がくる。駿蓉は一度鋭く溜め息をつくと、冴曉の胸に額を擦りつけてから、顔を上げた。  
 その目は未だ哀しく濡れてはいたものの、表情は安静だった。  
 「……ありがと」  
 駿蓉は虚飾の無い声でそう言った。正直な言葉で心に響いたからだろうか、冴曉は肩を竦めて目を背ける。なんだか小恥ずかしそうだった。  
 「いや……別に……当然の事をしたまで……」  
 冴曉の仕草に駿蓉は思わず笑いを誘われ、もう少し冴曉に言ってみる事にした。  
 「本当にありがとね……」  
 「……いやいや、……その……」  
 冴曉はいよいよ言葉を失って困ったような顔をした。冴曉も所詮は男性。好きな女性から、素直に感謝の念を示されれば、照れ臭くもなろうと言うものだ。  
 駿蓉は、自分にとっての男性は、冴曉のみである事を、この時初めて了解した。この前までは、冴曉の以外の者も、雄であるならば全てが男性だと思っていた。  
 だが、この瞬間、真の男性は冴曉のみになったのだ。他の男どもは、全てが「雄」に格下げである。  
 雄は全てが汚物であり、冴曉のみが潔白な男性なのだ。  
 そうなると、突然、冴曉の体を受け入れるべきだと思った。単なる性欲ではない。以前「狼」に汚された体を、冴曉に洗われたくなってしまったのだ。言いかえれば、更新したかったのである。  
 「ねぇ冴曉?」  
 「ん?」  
 冴曉がこちらを向くや否や、駿蓉は言った。  
 「……溜まってるでしょ」  
 「何が? ……え?」  
 冴曉は一瞬分からない風だったが、承知すると呆気に取られた表情になった。駿蓉は攻める。  
 「あのね……私、このまま女性として休み続けるのもあんまり良い事じゃないと思ってるんだ……冴曉も辛いだろうし」  
 「……無理しなくて……良いんだぞ?」  
 駿蓉が言うと冴曉はそう返してきた。どうやら冴曉は、駿蓉が冴曉の事を思って性交をしようと提案していると考えたらしい。駿蓉は言い方を過激に変える事にした。  
 「じゃあ……私を襲って?」  
 冴曉の体が竦みあがった。  
 駿蓉は、面食らっている冴曉を上目遣いで見やり、言葉以上に強い物で訴える。今、冴曉の体を受け入れたいと願った瞬間を逃せば、二度と愛し合えないかもしれない。そういう思考が少しずつ現れ始めているのに駿蓉は焦燥した。  
 焦燥の結果――  
 
「……っ」  
 冴曉の口を奪う事にした。  
 自らの吻を冴曉の吻に接させる。文字通りの「接吻」の動作を踏んだ後、躊躇っている冴曉の口先を軽く舐めた。  
 性的に刺激した後の冴曉は積極的だった。数秒間は硬直していたものの、冴曉はたちまち簧を駿蓉に差し出し、求めた。駿蓉も無論これに答えて舌を逢わせる。  
 二人は舌端を合わせると、相手の物を擦りながら舌根へ赴いた。自分の物を相手の奥深くへと侵入させ、そこを掻き乱す。心を許し合った者による攪拌は、快い刺激となる。肉欲の蠢きは熱を増していき、お互いに相手の口腔を叩き合う。  
 本来の官能とはこう言う物なのだ。駿蓉は思った。愛情のある官能は甘く、淡く、そして熱い。あの時の狼に受けた屈辱は官能によるものでは無く、支配される事による自尊心の破壊だったのだ。  
 急激に流入してきた肉感に驚きながらも、駿蓉は冴曉から口を離した。駿蓉が舌先だけを出しながら離れると、唾液は粘着して二人の掛け橋となった。駿蓉はいつもこれに興奮する。この時も、背筋を駆けあがるような感覚を捉えた。  
 冴曉の眼光は紳士の色を全く無くしていた。獣人らしい、欲望に満ち満ちた眼光である。息も荒く、駿蓉を強く見つめている。  
 駿蓉は、ワンピースの袖に腕を引っ込めた。  
 駿蓉が両腕でワンピースを持ち上げて、襟から頭を抜こうとして頃に、冴曉は帯を解き着物の前を肌蹴させた。片方の手で着物を引っ張り、それを床に落とした。  
 駿蓉がワンピースを脱ぎ捨てると、二人を隔てる物は空気だけになった。獣人は下着を身に着けないのが一般的であり、二人はともに一般的な着衣をしていたのである。。  
 冴曉は駿蓉を抱き寄せながらダブルベッドに座らせた。駿蓉はそれに逆らう事無く、従順に冴曉を見上げた。  
 
 だが、冴曉はそのまま駿蓉を押し倒しはしなかった。  
 冴曉はそのままベッド横の小棚に手をかけた。駿蓉がそれを目で追う中、冴曉が取り出したのは、殺精子剤だった。  
 ほら、やっぱり冴曉は私の事を考えてくれる……駿蓉は冴曉の背中に熱い眼差しを送った。  
 しかし、冴曉はそのまましばらく振りかえらなかった。物思いに耽るように殺精子剤を見つめ、棚の前で蹲っているのだ。少し様子のおかしい冴曉に対して駿蓉の視線は、熱気を失っていき疑問の色が介入してきた。  
 駿蓉が声をかけようか、と考えた時に、冴曉は駿蓉に訊いた。  
 「なぁ、駿蓉」  
 冴曉の声は熱かった。大きな望みを叶えたい者の要求のように熱烈で、なおかつその声は猛る性欲が発した物のようだった。  
 「……なに?」駿蓉の胸は高まり、肩を強張らせながら言った。  
 「……これ、俺が入れていいか?」  
 「……はい?」駿蓉の熱は大人しくなった。  
 冴曉は駿蓉の方に顔を向けながら殺精子剤を見せている。「俺が入れる」と言うのが、「自分に入れる」と言う意味だとすると、それはすなわち「アナルに入れる」としか考えられない。  
 となると、冴曉はいずれホモセクシュアルを経験したいと思っているとか?  
 ……そんな事は嫌だし無駄だし、大体こんなタイミングでそんな事を言うとは思えない。とすると……。  
 「……わ、私のアレに、冴曉が?」  
 「……うん」冴曉は控え目に言った。  
 なるほど。冴曉が入れると言う事はすなわち、冴曉が駿蓉に対して手で責める事にもなり、なおかつ殺精子剤を挿入する事ができる。自分で適当にぐいっと挿入するよりも、それのほうが色っぽいし気持ち良さそうだ。  
 冴曉、流石……。  
 「勿論……いいよ」  
 駿蓉がそう言った途端、冴曉の瞳孔に色が宿った。それはすなわち情が高まったサインである。駿蓉は何故だか息を殺しながら、ベッドの上で長座するために動いた。  
 冴曉は錠剤を一錠取り出してから、駿蓉を寝かせつつ自分もベッドに乗った。  
 「じゃあこれ……入れるよ」冴曉は錠剤を見せながら言った。駿蓉はぎこちない表情で頷いた。  
 
 それを見止めると冴曉は、駿蓉の張りの良い太股を跨いだ。  
 駿蓉の陰唇は未だ閉ざされており、接吻を経たにも関わらず濡れていない。あのような事件の後では、性感に対する警戒が高まるのだろう。しかし、そんな物は解けば良いだけである。  
 冴曉は錠剤を持っていない方の手の人差し指を咥えた。それは纏わりつくアミラーゼによって潤滑性を得る。人差し指を口から引き離すと、冴曉は上半身を屈めた。  
 冴曉は人差し指を濡らす物を駿蓉の花弁に塗り付けた。  
 「……」  
 駿蓉の心境は判然としなかった。接吻では相互に働きかける事ができるので、完全に安心して、素直に感じる事ができる。だから、あの時も自分からしかける事が出来たし、そうする事で冴曉が欲情を高めてくれるのも嬉い。  
 だが、実際に体を交えるのは、必ずどちらかがどちらかを先行するものであり、今、先行者は冴曉だ。冴曉の事は好きだし、性交も、今でも多分、好きだと思う。だが、一方的にやられてしまうのにはどうしても抵抗がある。  
 あの無粋な、コンクリートの直方体の中での出来事が、聞こえてくるのだ。  
 そのためか、淡くて薄い性感しか感じられなかった。「多分」気持ち良い、と言った感じである。  
 性的に閉鎖しそうな駿蓉だが、それがもう一度開くか否かは、冴曉の性的な力量次第である。  
 冴曉は駿蓉が興奮していないと見切ったのか、責めの段階を一つ上げた。すなわち、手による慎重な責めから、簧による積極的な責めに変更した。  
 冴曉は熱っぽく煌く視線で駿蓉の不安げな顔に一瞥してから、赤く光る蛞蝓のような簧の先を少し除かせた。そして口を展開しながら、駿蓉の芯を食しにかかる。  
 駿蓉の股の間を、咥え込んだ。  
 「……ん……」  
 これには駿蓉も流石に声を漏らした。だがそれは直接的に感じたものによるのではなく、性に対する集中力が高まってきた事に対するものである。冴曉に食べられている。そう思うと、愛しい簧に弄ばれている事が、より明示されているように感じられるのだ。  
 すると、そのエロティックな想像によって興奮は高まっていくのである。  
 駿蓉がそうこう考えている内にも、冴曉は責めの手を休めない。駿蓉の陰部を咥え込んだ後は、自らの蛞蝓でそこを刺激していく。中学生の時には吹奏楽部でタンギングを毎日練習させられたので、冴曉の簧の扱いは一般のそれよりも優っている。  
 簧を僅かに痙攣させながら駿蓉の陰唇に簧の腹を押し当てる。ゆったりとそれを舐め上げ、陰核を叩きながら下に下ろす。冴曉は早く膣に侵入したいのを抑えているかのように、優しくも大胆に駿蓉を責めていく。  
 陰唇の縁をなぞるように舐め回した。  
 「くっ……ぅぅ……」  
 駿蓉は焦らされる事にとても弱い。直接入れられるよりも、縁をなぞられたり、押すべきところで引かれたりすると逆に燃えてしまう。その素性は今でも健在のようだった。  
 冴曉に縁をなぞられた刹那に、駿蓉の心は、その全てが快楽に目を向き、ようやく、僅少ながらも膣液も分泌された。  
 駿蓉の声を聞いたからか、膣液を確認したからか、冴曉は仕上げに一舐めすると、口を外して、上半身を持ち上げた。ある種の凶暴性を伴っていた眼光は、ある程度の満足感を得て幾分柔らかくなっていた。  
 駿蓉が惚けた目で冴曉を見ると、冴曉は見返した。冴曉が目を離そうとしなかったので、駿蓉は頷いてやった。  
 冴曉は踏ん切りがついたようで、視線を今一度駿蓉の股間に降ろした。  
 冴曉は、錠剤を握らせる事しかさせていなかった左手を、今ようやく動かし始めた。二本の指で錠剤をつまんでいる。いよいよ挿入しようと言うのだ。  
 冴曉は、少し湿り気を帯びる駿蓉の陰唇にその錠剤を当てると、人差し指の第一関節ほどまでしか入れなかった。駿蓉は入れるべきところまで入っていない事を感じると、冴曉に忠告した。  
 「だめだよ、もっと奥まで入れないと、私妊娠しちゃう……」  
 
 これは、「まだ冴曉の子供は欲しくない」と言う意味ではない。駿蓉はできるだけ早く冴曉と子育てを始めたいし、どういう名前にするかも、ぼんやりと考える事がある。  
 しかし、今子を孕めば、来年の四月ごろまでは化生もできないし出勤もできないしホルンも吹けない。よって、来年の大晦日の「総集結祭」にも出られない。人間は十ヶ月でお産だそうだが、獣人たちはそれのおよそ二分の三倍かかる。  
 来年の大晦日などは妊娠後期に入るあたりで、「世界古典音楽総集結祭」に出るなんてとても考えられない。それどころか、慣れない飛行機に乗って海外へ飛ぶなんて事も避けるべきである。  
 しかし冴曉はこれを分かっているようだった。  
 「分かっているよ」  
 「……そう」  
 駿蓉は不安げに訊ねた。  
 冴曉は答える代わりに息を大きく吸い込んだ。駿蓉は怪訝な気持ちで冴曉を見つめた。  
 冴曉は肺に多くの空気を溜めると、口を閉じて顔を膣の辺りまで下げた。駿蓉はこの時、冴曉の意図が読めてしまい、それに戦慄を覚えた。  
 冴曉は駿蓉の膣と対峙すると――  
 
 そこに、自らの鼻を押し付け、陰唇を押し退けて侵していった。  
 「ふぁぁっ……!」  
 被挿入の悦びが蘇る。勃起した陰茎よりも遥かに堅い吻が捻り込まれてくる。冴曉は鼻先であちらこちらを擦りながら駿蓉の奥深くを目指していった。  
 駿蓉は津波のような快感に溺れ、膣は一挙に濡れを増す。冴曉は駿蓉の悦びの波を感じると、その波に同調するかのように、がむしゃらに吻を挿入していった。  
 吻は鼻先から離れるほど太くなっていく。冴曉の吻が出来る限りの所まで入れられた時には、駿蓉の外陰部は張り詰めていた。  
 苦しげに声を漏らす駿蓉に対して、冴曉は更に虐待していった。  
 冴曉は、駿蓉の膣の中で簧を出し、それで更なる深みを目指していった。収縮する膣を、簧は退けていき、その場で回転したりしながら、駿蓉に悦楽を与えていく。  
 「はぁあっ……! あぁぁ……うぅ……」  
 駿蓉は思わず身を捩り、牙を突き立ててくる快感に抵抗しようとした。一週間以上忘れていたこの感覚は、駿蓉にとっては激烈で苦しい物でさえあった。 それなのに求めてしまう理由は、考える事が出来なかったので分からなかった。  
 冴曉は置き土産として唾を吐き捨てると、簧で壁を圧迫しながら、駿蓉の膣から脱出した。開放された陰唇からは、膣内で溜まっていた駿蓉の汁が流出して淫靡な音をたてた。  
 天上に行ってしまったか、駿蓉は既に息も絶え絶えで、流涎が枕を濡らしていた。その瞳からは不自然な涙が流れている。  
 冴曉は手で吻の毛を整えると、駿蓉の隣に寝転んで、言った。  
 
 「錠剤……入れたよ」  
 事実あれはクンニリングスであるのだが、冴曉は白々しくもそう言って、駿蓉の耳に首を伸ばし、軽く食んでやった。くぅ、と駿蓉が声を上げる。  
 「……大丈夫か?」  
 冴曉は耳から口を外すと不適な笑みを浮かべながら訊いた。そして答えを待つ事なく、駿蓉を抱き寄せて背を向けさせる。駿蓉は冴曉の成すがままにしておいた。  
 「な。やっぱり良いだろ。これ」  
 冴曉は駿蓉のうなじに簧を当て、顎の骨に沿うように舐めていく。途中、そこから脱線して耳の後ろまで向かい、髪を愛撫しながらもう一度耳を舐った。  
 「やぁっ……いじわるぅ……」  
 体力は大きく消耗したものの、少しずつ余裕を取り戻してきた駿蓉は力無い笑みを浮かべながらそう言った。  
 「もっといじわるしようか?」冴曉が楽しそうに言うと、  
 「……うん」駿蓉は了解した。所詮はMである。  
 と、冴曉はいきなり手を駿蓉の胸に回し、指と指の間で乳首を挟みながら房を揉み始めた。揉む際に指を縮めるので、指の間にある申し訳程度の水かきが乳首を捻り上げる。駿蓉は息を潜めた。  
 冴曉はそれだけでは飽き足りず、揉みながらも体を持ち上げた。駿蓉の腕をどけて、その体に体重をかけるようにして、空いている方の胸に口付けをした。そのまま簧をじっとりと出し、乳首を巻き取る。  
 「あぁ……」駿蓉の情感はまた燃えあがり始めたようだ。  
 冴曉は手の方は一定のリズムで揉み上げながら、口の方は不規則に動かす。牙で傷つける事だけは注意しながら、口を開閉させて房を按摩し、同時に簧を這わせる。  
 簧の粘着感と、乳房の激動感は、駿蓉の色情を激しくしていく。駿蓉はまたも喘ぎ出す。  
 駿蓉が耐え切れなくなって、足を悶えさせる頃に、冴曉は乳房をできるだけその口腔に含み、それを吸い上げた。  
 「くはぁっ……」                   
 駿蓉の意志とは関係無く、その唇から声が漏れた。駿蓉がKやHを含む声を出す時は、肉感が高まって限界を超える直前である事を示す。  
 
 冴曉は、一度駿蓉の体から離れると、その体を抱き起こした。駿蓉が混乱する前に、その手を枕に突かせ、そっと肩を押して頭だけを降ろした。  
 膝付位である。駿蓉は恥じらって思わず尻尾を丸めて自分の性器を隠したが、この体位での性交の興味が、尾の緊張を解いていった。駿蓉は、尻尾を上げようと思った。  
 が、そんな必要は無かった。  
 冴曉は駿蓉が尻尾を丸めると、それを無理矢理引き剥がして、それが二度と丸まらないよう、自分の下腹部を駿蓉の尻に当てた。  
 駿蓉の尻尾は、駿蓉の背に追いやられた。  
 「あっ……」  
 駿蓉がそう言った時には、冴曉はもう行動していた。  
 血管が浮き出るほどに勃起した陰茎を駿蓉の膣口に当てて、それを深々と刺し込んだ。  
 やはり冴曉は性欲が溜まっており、冴曉の陰茎は膣の感触を味わうと益々硬度を増して形状を歪にしていった。本人の方も荒々しく息を乱しながら腰を往復させる。滅茶苦茶な動きだった。  
 野性的過ぎる体位と冴曉。駿蓉の生殖本能は燃えに燃えた。それに伴って理性ももはや失ってしまった。言葉らしい言葉で喘ぐ事もできず、冴曉の衝撃で揺れる度に、熱を帯びた呼吸をするだけだった。  
 だが、それは呆気なく終わってしまう。駿蓉がそれを満悦する前に冴曉の陰茎は吐いてしまったのだ。それは非常な熱を帯びて膣の中で、まるで胎動するように奔走したが、それはあまりにも早く駿蓉は物足りなかった。  
 冴曉の陰茎は吐くのを止めたが、それはまだ十分性交ができる状態だった。現に堅さも反りも失っていないし、冴曉の目もその気である事が窺いしれる。  
 駿蓉は呻いた。  
 「もっと……」  
 冴曉は突く事で返答した。  
 
 冴曉の勢いは衰えなかった。むしろ冴曉の動きは更に野性味を帯び、駿蓉にかける手も握力を増していく。駿蓉はその動きに対抗する事でより深いインサートを得ようとした。  
 途端、冴曉の陰茎からまた粘着質の物が流れ出るのを感じた。駿蓉は訝った。あまりにも冴曉の陰茎が脆いのだ。これほどまでに早漏であってもらっては、駿蓉としてもあまり楽しくない。  
 しかし、冴曉は腰の蠢きを止めなかった。  
 陰茎は尚も精液を吐き続ける。  
 しかし、冴曉は果てる気配を見せなかった。  
 それでも、陰茎は精液を吐き続ける。  
 駿蓉は愕然とした。冴曉は確かに早漏にはなっているが、それで尽きる事がないのだ。冴曉は駿蓉が思っているほど溜めていたのではない。彼女の予想を凌駕するほど性欲と精液を溜めていたのだ。  
 射精しても、陰茎が盛るほどに。  
 駿蓉はそれらを全て解して、再び意識の中に性感が舞い込んでくるのが分かった。そしてそれはたちまちの内に彼女の意識を覆い尽くしていき、濃度を高めていった。  
 「はぁぁ、はっ、はぁ、はぁ……」  
 彼女の喘ぎももはや恣意的に流れ出るばかりだ。駿蓉が止めようとしても止まらないのである。彼女が今、自らの意志でできる事と言えば、腰を打ち振る事だけである。  
 冴曉の陰茎が吐く精液の量は少なくない。今、冴曉の陰茎が三度目の射精を行うと、駿蓉の膣は精液に満たされ、陰唇と陰茎の僅かな隙間から精液が飛び出るほどとなってしまっている。二人の腰は白く濡れ始める。  
 「ぐぅっ……」  
 冴曉が呻き声を上げた。性感は高まりすぎると苦痛にも似た感覚が流れ出す。彼も、今ようやくその領域に達したようである。冴曉は、それを紛らすためか、運動をより重くした。  
 駿蓉はそれに従わなかった。体重をかける事でより深い挿入をしようとする冴曉に対して、駿蓉は無節操に腰を振り回してひたすらに求めた。冴曉の陰茎はそれに弄ばれて、膣の壁にぶつかり、それが性感となって射精を促そうとする。  
 「うっ……あぁっ!」  
 冴曉は思い切り体を仰け反らせながら体全体を駿蓉に押しつけた。  
 冴曉の陰茎は四度目の射精を行った。これまでの射精と全く性質の異ならない、弾丸のような射精圧。高い水圧で押し出された精液は愛液で満たされた膣を突き抜けるように走る。  
 「……ぁぁあ……」  
 駿蓉はその射精の感覚に、全身に力を込めて、耐えた。知らず知らずの内に涙が流れていた。  
 冴曉の陰茎は流石に疲れたようで、射精を終えると然程間を置かずに萎縮していった。冴曉はしばらくの間はそれを挿入したままでいたが、情感の酔いから醒めると、ゆっくりとそれを引き抜いた。  
 精液が、油のように流れ出た。  
 「……はぁ」  
 冴曉はそのままなだれ込むような形で駿蓉の体にのしかかった。久しい情交に疲れてしまったのだろう。冴曉の目には疲労の色が見てとれた。  
 「駿蓉……あれ」  
 冴曉は二人で語らってそのまま眠りにつこうと思ったのだが、それはできなかった。駿蓉は最後の射精の際に、気を失ってしまったのだ。行為に歪んだ表情と、涙の痕が駿蓉を襲った快感の凄烈さを物語っていた。  
 「……」  
 冴曉は、愛しいその頬に口を付けると、自分も力尽きるように眠りに堕ちた。  
 

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